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2016年9月25日 (日)

津原泰水「11」河出書房新社

 下駄屋に生まれたというくだんのために、僕らは一家総出で岩国に出向いた。もちろん買い取るためだ。
  ――五色の舟

「ねえきみ、だから暗闇になんか、なにも期待しちゃだめだよ。幽かに音が聞こえても、小さな光が見えても、そこには本当は、なにもないんだ。ただ、ゆうううっくりな時間だけがある。そのくせぼくらを引きずりこむときだけは素早いんだよ闇は」
  ――手

「いいんだよ、君だけじゃない。それに君は正しかった。これからも目と耳だけを信じて、物語には気をつけろ」
  ――YYとその身幹

 思えば、得るも失うも人間同士の勝手な取り決めであって、土がみずからの所有者を知る由もない。
  ――土の枕

【どんな本?】

 人気作家の津原泰水による、SF/ファンタジイ/ホラー系の短編を集めた、2011年の作品集。SFファンにも傑作の呼び声が高く漫画化もされた「五色の舟」をはじめとして、美しさと恐ろしさとグロテスクさが入り混じった物語を、卓越した騙りの技で堪能できる。

SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2012年版」でもベストSF2011国内篇4位に輝いた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2011年6月30日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約249頁。今なら河出文庫で文庫版が出ている。9.5ポイント40字×16行×249頁=約159,360字、400字詰め原稿用紙で約399枚。文庫本としてはやや薄め。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくないので、中学生でも楽しんで読めるだろう…多少18禁の場面はあるけど、母ちゃんには内緒だぞ。

【収録作は?】

 それぞれ タイトル / 初出 の順。

五色の舟 / NOVA2 2010年7月
 戦時中で締め付けが厳しくなる中でも、僕ら見世物一家は充分に食っていけた。小屋は出せなくても、旦那衆からお座敷にお呼びがかかるのだ。くだんが生まれたと聞いて、お父さんは大枚はたいて買う算段をする。きっとたんまり稼いでくれるはずだ。
 終戦間近の日本を舞台に、河に浮かべた舟に住む、血縁のない五人の奇形からなる見世物一家の物語。読むのは二度目だけど、やっぱり彼の語りには引きこまれてしまい、読み終えるのが惜しくて最後の一行がなかなか読めなかった。
延長コード / 小説すばる2007年6月号
 十七の時、娘の小春は遺書を置いて家を出て行った。それから五年、受け取ったのは訃報だった。以来、女が猫を虐待する夢を見るようになった。娘の足跡を辿り、父はアダムスキー型円盤のような形の給水塔がある街を訪ね…
 家出した挙句に死んで戻ってきた娘。消えた五年間、彼女はどこでどんな暮らしをしていたのかを聞くお父さんが、妙に冷静で客観的なのがかえって不穏。
追ってくる少年 / 小説すばる2006年1月号
 故郷の家には、両親と私と弟が住んでいたが、すぐに父の妹が転がり込んできた。母と叔母は仲が悪く、それでよく激しい夫婦喧嘩になった。夫の転勤で近くに戻ってきたので、その家を見に行ったところ、とつぜん少年に声をかけられ…
 いるよね、やたらと図々しくって我儘なのに、妙に憎めない人って…などと思いつつ読み返してたら、やっと「おお、そういう意味か!」とオチがわかった。
微笑面・改 / 書下ろし
 最初は月かと思った。浮遊物は日を追うに従い段々と近づいてきて、輪郭が見えてくると、絹子の顔に見えてくる。眼がおかしいのかと思って病院で検査を受けるが、異常は見当たらない。おかしいのは眼ではなく脳らしい。
 日記形式の作品。自分だけに見える何者かが、次第に近づいてくるって形のホラーは、スティ-ヴン・キングの「サン・ドッグ」など前例もあるけど、この語り手が全く恐れを感じていないどころか、読むに従い相当にアレな人だと見えてきて…
琥珀みがき / 朗読会のための書下ろし 2005年12月,小説すばる2006年3月号
 ノリコは琥珀工房で働いている。職人が彫った石をグラインダーで磨く仕事だ。単調で寮は狭く給金は安い。同僚はミツル、オツムが弱くて手際もわるい。お祖母さんから聞いた物語をよく憶えていて、作業中でも語り続ける。結末のあと、彼は必ずこう言い足す。
 六頁の掌編。田舎の村から地方都市に出てきた少女を語り手に、琥珀みがきの仕事や同僚の少年の事で話を膨らませ、綺麗に折りたたむ手腕はみごと。「短編小説はこう書くんだよ」というお手本のような作品。
キリノ / 小説新潮別冊 桐野夏生スペシャル 2005年9月
 この作品集の中で妙に浮いている作品。青年の独白でやたら文も段落も長く、あれ?と思ってたが、初出を見て納得した。そうか、桐野夏生は背が高いのか←そういう話じゃない
手 / 小説NON 1999年6月
 母はわたしの好奇心を強引に抑え込んだ。冴えない14歳の娘だったわたしに例の都市伝説を吹き込んだのは、級友の美和だ。鴉屋敷、またはお化け屋敷。一人暮らしの小説家が住んでいたが、死んでしまい今は誰もいない。そこで…
 よく洗った手に塩を充分にすりつけ、再び手を洗ってよく拭き、しばらくすると細くて白い糸のようなモノが出てくる、なんて話もあったなあ。
クラーケン / 小説すばる 2007年2月号
 15年前から、女は飼い始めた。今は四代目だが、初代からみな名前はクラーケン。すべてグレートデンで、体は大きいがおとなしく、寿命はあまり長くない。初めて見かけたのは、研修先から帰る途中にある犬の訓練所。
 大きくて力持ちなわりにおとなしいグレートデンと、一人暮らしの中年女。張り合いのない日常の中でささやかな交流…なんてのをこの作家が書くはずもなく。
YYとその身幹 / ユリイカ2005年5月号
 殺された彼女、YYは美しかった。造作上は。彼女は予備校の同級生だった。そのクラスのうち10人ぐらいは妙に仲が良く、大学に進んでからもよく集まっていた。その日は三次会にまで雪崩れ込み、気づいたら僕とYYだけになっていて…
 身幹は「むくろ」と読むのか。正直、よくわからない。
テルミン嬢 / SFマガジン2010年4月号
 書店に勤め始めた眞理子は、頑として帽子を脱がなかった。店長は注意したが、帽子がスカーフに変わっただけ。店員としての働きも申し分なく、客の評判も良いので、店長もうるさく言うのをやめた。どころか彼女に好意を抱く男も多く…
 テルミン(→Wikipedia)は電子楽器で、こんな音(→Youtube)。ビーチボーイズのグッド・バイブレーション(→Youtube)が有名。幽霊が出てきそうな、あの音です。帽子の謎から始まった物語はコロコロと転がり…。いいなあ、こういう大法螺。
土の枕 / 小説すばる2008年8月号
 日露戦争に出征した葦村寅次は、戦友の井出六助と話が合った。郷が近く同じ小作人の倅だ。苦しい行軍と野営が続き、多くの兵が途中で倒れる。寅次も脚気に苦しんでいたが、ついに戦が始まった。砲弾に地面が揺れる中、進撃の号令が響き…
 戦友の死のまぎわ、彼が漏らした奇怪な話。維新後とはいえ昔の名残が残る農村から始まった物語は…。奇妙で、少し切なくて、時の流れを感じさせる不思議な話。

 売れる作家はたいていそうなんだが、この人の作品も、次第に作品の舞台が風景として浮かび上がってくる過程が、読んでてとても面白い。お陰で、美味しい所をネタバレせずに作品を紹介しようとすると、全くピント外れの紹介になってしまう。

 ところで斐坂って男が何度か出てくるんだが、何か意味があるんだろうか?

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