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2016年8月17日 (水)

クリストファー・ゴールデン「遠隔機動歩兵 ティン・メン」ハヤカワ文庫SF 山田和子訳

 行きなさいよ、赤ん坊をあと何人か殺しに。

「そこに希望はある……だが、魔法は存在しない」

【どんな本?】

 アメリカのSF/ファンタジイ作家による、近未来を舞台にしたミリタリー長編アクションSF小説。

 気候変動による食糧不足や海面の上昇で、国際紛争や内戦が蔓延する中、アメリカは世界の警察として積極的な軍事介入を繰り広げるが、その代償は世界中から憎まれる事だけだった。そこで前線に投入されたのは、遠隔操作で動く二足歩行のロボット、遠隔機動歩兵ことティン・メンである。

 銃弾を跳ね返し、自動車より速く走り、その銃撃は正確無比。ロボット本体は危険な紛争地帯に投入されるが、操る兵は安全な米軍基地にいる。操作者は交代制で操作し、ロボットは24時間休みなく戦い続ける。

 ダニー・ケルソ上等兵はドイツのヴィースバーデン基地で任務に就く。操るティン・メンはシリアのダマスカスにいる。ダマスカスでのティン・メンの評判は様々だ。好意的な者もいれば、石を投げてくる者もいる。そして勿論、銃や砲で襲ってくる者も。並みの銃ではティン・メンに歯が立たない。だが兵器も戦術も進歩する。

 その日、ダマスカスは妙に静かだった。市場に騒がしい子供がいない。悪い予感は当たった。それも、信じられないほど大きな規模で。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は TIN MEN, by Christopher Golden, 2015。日本語版は2016年4月15日発行。文庫本で縦一段組み、本文約545頁に加え、磯部剛喜の解説「デウス・エクス・マキナの戦争」6頁。9ポイント41字×18行×545頁=約402,210字、400字詰め原稿用紙で約1,006枚。上下巻が相応しい大容量。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。SF的に色々な屁理屈が出てくるけど、ハッキリ言ってハッタリなので気にしなくていい。敢えて言えば、軍の階級ぐらいか。下から二等兵→一等兵→上等兵→兵長→伍長→軍曹→曹長→准尉→少尉→中尉→大尉→少佐→中佐→大佐→准将→少将→中将→大将。

【感想は?】

 ハヤカワ文庫SFとしては、青背より白背が相応しい作品。バトル・アクションたっぷりの娯楽作品だ。

 米軍が凄い勢いでロボットを使い始めているのは事実で、これは「ロボット兵士の戦争」などが詳しい。従来の正規軍相手の戦いが減り、アフガニスタンやイラクなどでのゲリラ相手の非対照戦が増えているのも影響しているんだろう。

 それが戦場にどんな影響を与え、兵士や民間人やゲリラをどう変えるかは興味深いのだが、そういうテーマを前面に押し出す作品ではない。実はコッソリ仕掛けてあるんだけど、あまりお仕着せがましく表に出してない。また、設定もシリアの米軍がやたらこじんまりしてたり、細かい所は色々とアレだったり。

 が、これは、そういうミリヲタ向けの作品ではないのだ。

 あくまでも、ティン・メンたちが、次々と襲い来る危機また危機を乗り越え、敵をなぎ倒し、前へ前へと進んでゆくお話だ。戦車や戦闘機も出てこないんだが、ソコはちゃんと仕掛けが施してある。ハイテク機器が全部オシャカになってるため、ハイテク化が進んだ米軍はかえって無力になっちゃってるわけ。

 この仕掛けのため、ドイツのヴィースバーデンにいる筈の主人公らは、ダマスカスのティン・メン内に閉じ込められてしまう。銃が効かず無敵に見えるティン・メンだが、ちゃんと弱点もあり、巧くやれば銃でも倒せるし、または専用のロケットランチャーを当てれば叩き潰すこともできる。

 こういった設定のお陰で、戦闘場面は相応にスリリングになった。スリルを盛り上げる工夫は他にも幾つかあって。

 例えば、主な登場人物の何人かは生身の人間で、撃たれれば死ぬ。ティイン・メンたちの視点に加え、彼らの目から見たティン・メンの姿を描くことで、戦場でのロボット兵の感触を、肌で感じることができる。

 先の「ロボット兵士の戦争」でも、偵察用の無人航空機プレデターを頼もしく感じる歩兵のインタビューが出てくる。この作品でも、生身の兵に護衛されながら逃げ惑う登場人物たちがティン・メンと合流する場面が幾つかあるんだが、その時に感じる心強さは半端ない。撃たれても平気ってのが、こんなに頼もしいとは。

 戦場への影響については、あまり意識させないようにしてあるけれど、これは隠し味というか、全体を見渡して「あれ?」と気づく程度に抑えてある。

 現代の無人航空機もそうなんだが、ロボット化が進むと、兵に求められる肉体的な条件が大きく変わってくるのだ。

 米軍の最新鋭戦闘F-22のパイロットはエリート中のエリートで、精神・頭脳・肉体そして経験とすべてに卓越した能力が求められる。が、プレデターなどの無人航空機は違って、ハイスクールをドロップアウトしたゲームおたくが操縦してたりする。強力なGに耐える強靭な肉体も、己の命を危険に曝す度胸も要らない。

 ってなわけで、例えば、この作品には、やたら女性の兵が多い。ティン・メンの操縦には体力も運動能力もほとんど関係ないし、敵の捕虜になって強姦される心配もない。なら男も女も関係ないじゃん、というわけ。どころか、隊を率いるケイト・ウェイド伍長に至っては…

 と、肉体的なハンデが問題なくなった反面、人間性みたいのが失われてしまう感覚もある。なにせロボットなんで、見ただけじゃ互いに誰が誰だかわからない。そこは自由を愛するアメリカ人らしく、ボディーにケッタイな絵を描いて個性を主張したり。やっぱり暫く使ってると、鋼のボディにも愛着が沸くんだろうなあ。

 お話は、しつこく追いすがるテロリストたちを、ティン・メンたちが蹴散らし走り続ける形で進んでゆく。テロリストたちはまさしく雲霞のごとくで、しかも国際色豊か。こういったあたりは、全世界を敵に回して戦ってる今のアメリカを皮肉ってる感もあるなあ。にしても、敵の数としつこさには、ちと笑っちゃったり。

 こういった誰彼構わず喧嘩を売りまくるアメリカの姿勢を支えているのも、ハイテクを駆使して高性能化した戦車などの兵器群に加え、無人化ロボット化などで、将兵の危険が大きく減った面は確かにあるんだが、テロリストにそこを突っ込まれる場面では、ちと複雑な気分になったり。

 ロボット化の影響は将兵の危険が減る以外にもあって、例えば攻撃機の無人化では誤爆が減ったってのがある。身の危険がない分、落ち着いて操縦できるので、より正確になるわけ。他にも、兵による強姦や強請りタカリも減るんだろうなあ。

 などの利益がある反面、困った奴も出てくる。車に乗ると性格が変わる人がいるように、無敵感に浸りドヤ顔で暴れる奴もいれば、力の使い方に己のポリシーを貫く奴もいたり。

 設定はラフだけど、最初から最後までピンチとバトルとアクションで描き切った娯楽性は充分。細かい所にはこだわらず、素直にバトルを楽しもう。

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