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2016年8月10日 (水)

ブライアン・フェイガン「人類と家畜の世界史」河出書房新社 東郷えりか訳

動物が、そして彼らと人間のかかわりが、いかに歴史を変えてきたかを、本書は描いている。
  ――序文

彼らはユーフラテス川を地中海と結びつけ、ティグリス川上流をトルコ中部とつなぎ、エジプトの地理的・文化的孤立を静かになし崩しにし、遠征軍の食料を運んだ。これ以上に強力なグローバル化の道具は想像がつかない。
  ――第9章 古代のピックアップ・トラック

馬援(→Wikipedia)「馬は軍事力の根幹であり、国家の最大の資源である」
  ――第12章 天子の廃位

1825年には、ロンドンのパーソロミューの市に少なくとも三つの見世物がでた。ネコ科の大型獣を集めた展示では、見物客が犬か猫を連れてくれば入場無料扱いにさえした。持ち込んだ動物がライオンに食われるところを眺められたのだ。
  ――第18章 殺し、見世物にし、愛する

【どんな本?】

 番犬として家を守ってくれる犬。温かいウールのセーターをもらたす羊。ハムやベーコンの元になる豚。牛乳やチーズを与えてくれる牛。大モンゴル帝国を支えた馬。砂漠の船として隊商を運んだ羊。

 彼らは、いつ、どこで、人間たちと共に暮らし始めたのか。彼らと共に暮らすことで、人間の社会はどう変わったのか。そして、時代や社会の変化とともに、彼らと人間の関係は、どう変わってきたのか。

 文明の中で欠かせない要素である家畜にスポットをあて、彼らと人間の関係、彼らが文明に与えた影響を描き、人間と動物の関わり方を考え直す、一般向けの歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Intimate Bond : How Animals Shaped Human History, by Brian Fagan, 2015。日本語版は2016年1月30日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約314頁。9ポイント46字×19行×314頁=約274,436字、400字詰め原稿用紙で約687枚。文庫本なら少し厚めの一冊分。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。歴史上の有名な文明や地名がしょっちゅう出てくるが、たいていは素人向けに背景事情の解説がついているので、歴史に疎い人でも困らないだろう。

【構成は?】

 第1部と第2部は犬、第3部はヤギ・羊・豚・牛、第4部はロバ、第5部は馬、第6部はラクダを扱い、第7部では産業化にともなう動物と人間の関わり方の大きな変化を扱う。それぞれ比較的に独立しているので、気になる所だけを拾い読みしてもいい。

  • 序文/著者註/地図
  • 第1部 狩人と狩られる獣
    • 第1章 協力関係
  • 第2部 オオカミと人間
    • 第2章 好奇心の強い獣とオオカミイヌ
    • 第3章 大切な相棒
  • 第3部 最初の農業革命
    • 第4章 農地への最初の定住
    • 第5章 人間の営みが作る景観
    • 第6章 オーロックスの囲い込み
    • 第7章 「暴れる野牛」
  • 第4部 ロバはいかにグローバル化を始めたか
    • 第8章 「普通の者たち」
    • 第9章 古代のピックアップ・トラック
  • 第5部 皇帝たちを打倒した動物たち
    • 第10章 馬を馴らす
    • 第11章 調馬師の遺産
    • 第12章 天子の廃位
  • 第6部 砂漠の船
    • 第13章 「神が考案した動物」
  • 第7部 「温和、忍耐、持久力」
    • 第14章 獣を支配しているのか
    • 第15章 「口のきけない愚かな動物の地獄」
    • 第16章 軍の狂気の犠牲者たち
    • 第17章 不可欠な存在への虐待
    • 第18章 殺し、見世物にし、愛する
  • 謝辞/訳者あとがき/原註

【感想は?】

 童謡「メリーさんのひつじ(→Wikipedia)」が、ちょっと切なく思えてくる。

 あの歌には子羊の名前が出てこないけど、きっとメリーさんは名前をつけていたと思う。メリーさんと子羊は、そういう関係のはず。子羊はメリーさんが好きなだけでなく、メリーさんと一緒にいると安心するのだ。

羊は群れることを非常に好み、密接な関係を築くことに慣れている。羊は群れの仲間の近くにいることが多く、ほかの羊から隔離して一匹だけにすると、ストレスを感じることがある。

 子羊にとってメリーさんは群れの大事な仲間で、だから一緒にいないと不安になるのだ。もっとも、こういう群れたがる性質はヤギや牛や馬も同じで、家畜になるのは、たいていが群れで暮らす動物だ。

 それぞれの動物が、どう家畜化されたかについては、今でもよくわかっていないようだ。それぞれについて、想像と断りながらも、一つの物語を語ってゆく。たいていは群れからはぐれた子を、人間が育て始める形だ。やはり幼いうちから人間に慣らすのが大事なんだろう。

 共に暮らし始めると、オオカミから犬に、イノシシから豚に変わるように、動物たちは変わってゆく。だけでなく、人間も変わり始める。どころか、文明社会への大きな転換点をもたらした、と著者は述べる。

 狩猟生活だと、仕留めた獲物はみんなのものだ。ヒトの集団内に格差はなく、みな平等だった。だが、ヤギや豚や羊などは「所有され、世話をされ、子供や親戚に受け渡された」。地位や名誉などの見えないものではなく、目に見える財産として相続されるものになり、「相続、放牧権、それに所有権の問題が生じてきたのだ」。

 家畜を飼い始めることで、ヒトの社会に生まれながらの格差や、財産権など所有の概念がハッキリと姿を現した事になる。良しあしはともかく、ヒトが現代の文明にたどり着くためには、家畜が必要不可欠だったらしい。

 本書が扱うのは、犬・ヤギ・羊・豚・牛・ロバ・馬・ラクダだ。この中で、現代人にとって最も影が薄いのがロバだろう。ラクダも馴染みはないが、特異な風貌と性質でキャラはビンビンに立っており、印象に残りやすい。ちなみに私はラクダに乗ったことがあります(←どうでもいい)。

 が、しかし。古代から現代に至るまで、ロバの働きには頭が下がる。この記事冒頭の二番目の引用の「彼ら」は、ロバを示す。古代メソポタミアから地中海の繁栄は、ロバの背にかかっていたと言っていい。彼らの主な役割は、荷運びだ。しかも、凄まじく頑丈だ。

ロバは体温が変化し易く、乾燥化への耐久性にも優れていて、二、三日に一度しか水を飲まなくても耐えるように訓練すらできた。

 加えて、隊商では「約75キロ分の荷を運び」「一日に約24キロを進んだ」。だいたい大人の男一人分ぐらいの重さだろう。たいへんな力持ちだ。そうやって青銅の原料になる錫を、ウズベキスタンからメソポタミアやエジプトへ運び、古代の青銅文明を支えたわけだ。

 現代でも、「2001年にアメリカの特殊部隊は、アフガンの北部同盟の兵士とともにロバを使って戦った」。この様子は「ホース・ソルジャー」に詳しい。だけでなく、米軍は「駄獣の利用」としてマニュアル化してるそうな。

 にも拘わらず、私たちが持つロバの印象は芳しくない。それは馬がカッコよすぎるためだろう。ロバが北アフリカの乾燥地の出身なのに対し、馬は寒冷な中央アジア出身。

何よりもステップの動物であり、長く厳しい冬に慣れていた。その丈夫な蹄のおかげで、雪をかき分けて食べ物を探し、氷を割って水を飲めたため、氷点下の寒さでも生き延びることができた。

 そうか。馬は寒冷地仕様だったのか。そんな馬を慣らしたステップの民は、長大な機動力を手に入れる。あなたが初めて自転車に乗れるようになった時、バイクや自動車を手に入れた時を思い起こしてほしい。機動力は世界を広げる。同様に、馬はステップの民の世界を広げてゆく。

有力者や一族の指導者は何十キロはおろか、何百キロも離れた相手と個人的なつながりを保ち、いざとなれば協力し合うことが可能となった。

 と、物理的に広い地域を版図に組み入れるだけでなく、ヒトの集団そのものも大きくすることができたわけ。やがて馬は二輪戦車をひいいて王家の栄光を体現し、騎兵として軍の花形に収まり…とカッコいいばかりでなく、農村では重い荷物を運んだり犂をひいたり。

 とコキ使われはしても、それらの馬にも、名前はついていたんだろうなあ、と思う。この名前ってのが大事で、ヒトと動物の関係を表すものだからだ。どんな獣も、家畜化した最初の頃は…

所有者は少数の動物と気心の通じた関係を楽しんでおり、おそらくその多くには名前をつけ、それぞれを見分けていただろう。

 と、相手を「個性のある生き物」と、人間は思っていた。ところが産業化が進むと、動物を大量消費するようになる。鉄道の発達により都市化が進むと、「都市の馬の個体数は急激に増え」るから面白い。駅までは貨車が運ぶが、そこから先は馬車の出番になるわけ。

 荷駄はともかく、牛や豚などは大量に「生産」されて加工されてゆく。こうなったら、いちいち名前などつけていられない。かと思えば、ペットとして可愛がられる犬や猫もいる。などと、現代は人間と動物の関係が、家畜を飼い始めたのと同じぐらい、大きく変わりつつある時代になっている。

 などの人間とのかかわりが主なテーマだが、加えて「個々のオオカミは臆病で、友好的ですらあるほか、非常に好奇心が強い」など、それぞれの動物の意外な性質が分かるのもよかった。田舎に広い土地を買ってロバか羊を飼いたくなる、動物好きにはとても危険な本。

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