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2016年8月15日 (月)

ニーナ・フェドロフ+ナンシー・マリー・ブラウン「食卓のメンデル 科学者が考える遺伝子組み換え食品」日本評論社 難波美帆+小山繁樹訳

20世紀になるまで、農民たちは、彼らの成功と失敗が遺伝子に関係あることを、理解してはいなかったのです。しかし、メンデルが遺伝子がどのように働くのかを明らかにする前から、農民たちは植物の遺伝子を変化させていました。
  ――はじめに

ボブ・ブキャナン「食物アレルギーに対する国民意識の高まりには、三つの要因がある。すなわち理性的な関心と、無知からくる不安と、政治的な動機である」
  ――第8章 ネズミで毒味

ブルース・エイムズ「合成殺虫剤を減らせば、果実や野菜の価格が上がり、それによって消費量が減る。すると、特に貧困層の発がん率が上がるだろう」
  ――第9章 有機農業のルール

フローレンス・ワンブグ「先進国の皆さんが、遺伝子組み換え食品のメリットについて議論されるのはもちろん自由ですが、私たちは先に食べてよろしいいですか?」
  ――第12章 考えるための糧

【どんな本?】

 選抜,接ぎ木,交配,組織培養,染色体倍化技術,放射線照射…。ヒトは、様々な方法で栽培植物に手を加え、新しい品種や作物を生み出してきた。そして今日、もう一つの技術を手に入れた。遺伝子組み換えだ。

 科学者たちは、トウモロコシの遺伝子をイネに、アカハネムシの遺伝子をトマトに、そしてウイルスの遺伝子をプラムに組み込む。いったい、何のために? なぜ全く異なる種の遺伝子を使う? そんな気色の悪い物を、食べでも大丈夫なのか?

 作物の遺伝子組み換え技術の目的や使われ方そして政府の規制を、今までの品種改良・開発技術と対比し、また有機農業や食品アレルギーなど社会運動や消費者の関心と照らし合わせ、遺伝子組み換え技術への理解を求める、一般向け科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Mendel in the Kitchen : A Scientist's View of Genetically Modified Foods, by Nina Fedoroff and Nancy Marie Brown, 2004。日本語版は2013年4月20日第1版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約323頁+訳者あとがき4頁。9.5ポイント46字×18行×323頁=約267,444字、400字詰め原稿用紙で約669枚。文庫本なた少し厚めの分量。

 文章は「です」「ます」調で柔らかいが、イマイチこなれておらず、日本語として意味がよく分からない文章がアチコチにある。内容は高校レベルの生物学の基礎が必要で、プラスミドや不稔性などの専門用語が説明なしに出てくる。全般的に急いで訳した印象があって、見た目ほどとっつきやすくはない。

【構成は?】

 各章は比較的に独立しているので、気になった所を拾い読みしてもいいだろう。

  • はじめに
  • 第1章 自然の法則に反して
  • 第2章 野生種と栽培種
  • 第3章 大地の力
  • 第4章 遺伝子と種
  • 第5章 鋳掛け屋仕事による進化
  • 第6章 製品か、それとも製法か
  • 第7章 食べても安全ですか?
  • 第8章 ネズミで毒味
  • 第9章 有機農業のルール
  • 第10章 持続する農家
  • 第11章 果実の共有
  • 第12章 考えるための糧
  • 謝辞/訳者あとがき/索引

【感想は?】

 「なんでこんなに遺伝子組み換え食品ばかり虐められるんじゃ」みたいな本。

今日、組み換えDNA技術は、本質的に有害であるどころか、これまでに開発された最も安全な技術であることが、わかっています。
  ――第6章 製品か、それとも製法か

 と、こういう姿勢の本だ。

 この記事をここまで読んで、「じゃ読むのやめよう」と思う人も多いだろう。遺伝子組み換え食品の是非には、そういう面がある。関心を持つ人の多くは、最初から結論を出している。自分の意見に沿うモノは歓迎し、沿わないモノを拒む。こういった姿勢は、数学や科学や工学ではあまり見ない。政治や宗教や思想の問題で、よく見る姿勢だ。

 つまり、遺伝子組み込み食品の是非は、科学の問題というより、思想の問題らしい。

 第一章は、ゴールデンライス(→日本植物細胞分子生物学会)の顛末から始まる。発展途上国を中心にビタミンA不足で毎年100万人以上の子どもが亡くなっている。そこで微生物学者のゲイリー・テニセンは考えた。バングラデッシュやカンボジアあたりは米作中心だ。ならイネにビタミンA(の前駆体のベータカロチン)を作らせよう。

 この案を引き継いだのがインゴ・ポトリクスら60数名の科学者たちだ。彼らは10年の歳月を費やし、ラッパズイセンの遺伝子をイネに組み込み、ゴールデンライスを創り上げた。

 だが、このプロジェクトは大反発を受ける。「フランケンフード」と恐れられ、バイオ企業の金儲けに税金を浪費したと、ポトリクスは袋叩きにされてしまう。今でもNGOグリーンピースはゴールデンライスを強く批判している(→国際環境NGOグリーンピース)。

 実際、大企業が金儲けのため遺伝子組み換え技術を使っているのは事実だ。

 例えばモンサント社の除草剤ラウンドアップは、「緑色のものなら何でも殺す」。これに遺伝子組み換えで耐性を持たせたのがラウンドアップレディ大豆・ラウンドアップレディ小麦だ。そこで除草剤ラウンドアップとラウンドアップレディ種子を組み合わせれば、農家は楽して大儲けできますよ、ってわけ。もちろん、最も儲けるのはモンサントだけど。

 が、しかし。遺伝子組み換え技術だけが敵視されるのは変じゃね?と著者は問いかける。

 栽培植物の品種改良とは、まさしく遺伝子改造の連続なのだ。例えば大昔から使われてきた接ぎ木。果樹園の樹の枝が、突然変異を起こして変わった実を実らせる事がある。枝変わり(→Wikipedia)だ。たいていはロクなモンじゃないが、稀に大きかったり美味しかったり、嬉しい変身を遂げる場合がある。

 この枝を他の樹に接ぎ木したり挿し木で増やしたりして、新しい品種を作るなんてのは、大昔からやってきた。自然がランダムに変えた遺伝子の中から、人間に都合がいいものを選び出してきたわけだ。

 特に柑橘類の品種改良や開発は接ぎ木大活躍で…って話は、「柑橘類(シトラス)の文化誌」に詳しい。同じ柑橘類とはいえ異なる種の枝を樹に継ぎ足すわけで、動物で言えばヒトの尻に猿の尻尾を付け加える、みたいな無茶を平気でやってきた。

 でも、これが世界中のフルーツ産業を支えているのも事実で、「フルール・ハンター」によると、世の中には接ぎ木マニアなんて人もいるとか。そんな接ぎ木だが… 

初期のアメリカでは、接ぎ木は、ちょうど今日の分子生物学的手法と同様に、不自然だ、神の計画を妨げるものだとして非難されていました。
  ――第3章 大地の力

 と、忌み嫌われた時期もあるらしい。ヒトは見慣れないシロモノを怪しみ嫌う生き物なんだろう。

 これが20世紀に入ると、放射線を照射して人為的に突然変異を引き起こすようになる。例えば「クレソとよばれるデュラム小麦は、中性子やX線を種子に照射することで作られた二つの品種をさらにかけ合わせ」たものだ。パスタやピザに使う小麦ですね。

 放射線以外にも、種を化学薬品に漬けるなんて方法もある。いずれにせよ、こういった手法で起きる遺伝子の変化はランダムで、「どのくらいの量の遺伝子が変化しているか、わからない」。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるで、とにかく沢山の種で試し都合のいいものだけを選ぶって形で、新品種を作ってきたわけ。

 当然ながら、こういった新品種開発では、山ほどの失敗品が出る。失敗品とはつまり、遺伝子がケッタイに変異したシロモノだ。こういう失敗作の廃棄について、何か規制は…っつーと、実は何もないのだ。この遺伝子汚染の問題を取り上げた映画があって、、リトルショップ・オブ・ホラーズという←大嘘こくな

 などと野放しな従来の品種改良技術に対し、遺伝子組み換え技術はガチガチに規制され、EUあたりは完全に締め出そうとしている。こういった理屈に合わない姿勢の原因の一つは、人々の知識不足にある、と著者たちは考えていて、それにはちゃんと根拠があるのだ。

 遺伝子組み換え食品に関する国際調査を受けたアメリカ人の65%が、以下の質問に間違って答えました。「ふつうのトマトに遺伝子は入っていますか?それとも、遺伝子が入っているのは遺伝子組み換えトマトだけですか?」
  ――第7章 食べても安全ですか?

 ってんで、人々の理解を得るために書いたのがこの本だ。が、「ふつうのトマトに遺伝子は入ってない」と思っている人に対しては、細胞の仕組みや染色体の役割など生物学の初歩的な解説が欠けていて、著者の思惑には役立たないんじゃなかろか。

 そうは言っても、一般向けの科学解説書としては面白いし、高校レベルの生物学の素養がある人に対してなら、充分な説得力がある。

 ガチガチな規制のため遺伝子組み込みに挑戦できるのが資本力のある大企業だけになっちゃったとか、アレルギーの原因は食品が含む数万種のタンパク質の中の一~二種だけとか、有機農業と遺伝子組み換え技術を組み合わせる可能性とか、トリビアも沢山盛り込まれて、なかなか楽しい本だった。

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