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2016年8月 5日 (金)

アーサー・オードヒューム「永久運動の夢」ちくま学芸文庫 高田紀代志・中島秀人訳

奇妙なことに、詐欺に手を染めた人の多くは、最初は自分で動く力を見つけようとする真っ当な試みとして始めたのであった。
  ――はじめに

一人だけ例外として、本当に動く永久機関を作った男がいた。彼の名はジェームズ・コックスといい、ロンドンで生業を営んでいた。
  ――第7章 コックスの永久運動

 多くの場合に発明家が自分の機械にブレーキ・システムを定めているのは、自らの頭脳の産物に対する疑うことのない信念と信頼を示している。(略)それらのブレーキは、機関の速度が危険なほどまで増加することを防ぎ、停止させるためのものなのである!
  ――第13章 永久運動発明家、特許局から締め出される

クリフォード・ヒックス「こうした装置が運よく調べられたということはこれまで一度もなかった。これからも決してない。これも物理法則といっていい」
  ――第13章 永久運動発明家、特許局から締め出される

【どんな本?】

 私たちは、永久機関が無理だと知っている。だが、エネルギー保存則が基本法則として知られるまで、いや知られた後も、多くの知識人・職人そして事業家たちが、永久機関を考え、作ってきた。本気で可能だと信じた者もいるし、詐欺でカネを集めた者もいた。

 どのような者たちが、どのようなアイデアで、どんな永久機関を思い描き、作り、または発表してきたのか。豊富なイラストや写真で彼らの作品を紹介し、またそれが発表された過程や結末を描く、少し変わった工学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Perpetual Motion : The History of an Obsession, by A. W. J . G. Old-Hume, 1977。日本語版は1987年4月20日に朝日新聞社より刊行。私が読んだのはちくま学芸文庫版で、2014年1月10日に第一刷発行。文庫本で横一段組み、本文約347頁。8.5ポイント26字×25行×347頁=約225,550字、400字詰め原稿用紙で約564枚。文庫本では標準的な一冊分だが、イラストや写真を豊富に収録しているので、実際の文字数は8~9割ぐらい。

 文章は少し硬い。内容はそれほど難しくないし、専門的な科学知識も要らない。中学生程度の理科の素養があれば充分だろう。機械のイラストから発明家が望んだ動きを思い浮かべるには、少し時間がかかる物が多く、「なぜ巧く動かないのか」を納得するには、更に多くの時間が必要だったりする。

【構成は?】

 各章は比較的に独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  • はじめに
  • ちくま学芸文庫版への序文
  • 序章
  • 第1章 永久運動とは何か
  • 第2章 初等物理学と永久運動
  • 第3章 中世の永久運動
  • 第4章 自己回転輪と非平衡錘
  • 第5章 磁石、電磁気、蒸気
  • 第6章 毛細管現象と海綿車
  • 第7章 コックスの永久運動
  • 第8章 レドヘッファーの永久運動
  • 第9章 キリーと驚異のモーター
  • 第10章 気化や液化についての妙案
  • 第11章 驚くべきガラべド計画
  • 第12章 鳴り続く鐘とラジウム永久運動
  • 第13章 永久運動発明家、特許局から締め出される
  • 第14章 転がる球の時計
  • 第15章 永久ランプ
  • 第16章 哲学的永久運動と原子エネルギー
  • 第17章 永久運動発明家の永久性
  • 第18章 まとめ
  • 訳者あとがき/文庫版訳者あとがき
  • 参考文献/人名索引

【感想は?】

 バグっちゃったハッカーの墓碑銘。

 後半になるとペテン師が増えてくるが、前半は真面目に永久機関を考えた人たちの話が多い。違いは絵を見ればスグに分かる。真面目に考えたモノは仕組みが丸裸で見えるんだが、ペテン師のは隠された部分が多い。

 西洋で産業革命が起きた理由の一つに、パン食がある。米は簡単に脱穀できるが、小麦は難しい。そこで挽いて粉にする必要がある。欧州の川は流れが豊かで安定しているので、粉を挽く水車が生まれる。この過程で、歯車・カム・クランクなどの機械工学が発達した。産業革命は、つまり動力が水力から蒸気に変わっただけってわけ。

 そういう背景があるためか、「製粉業を営む人は、動力がタダだという幻想にまどわされやすい」。製粉業者の需要が多かったし、彼らは川から動力を貰ってたため、ソレがタダだと思い込みやすかったんだろう。

 とまれ、水車を動かすには川が要る。これは少々不便で、もっと場所を自由に選びたい。要は水が流れりゃいいんだろ、って事で永遠に水が流れ続けるマシンを考え始める。落ちる水で水車を動かすのは既に出来てる。後は水を持ち上げる機構があれば…と文献を漁ったら、おお、あった!アルキメデスのらせん(→Wikipedia)だ。

 ってんで、水車でアルキメデスのらせんを動かすマシンが、幾つも出てくる。最初は水車1にらせん1だったのが、「どうもらせんを回す動力が足りない」と気づいたのか、水車が2個になり3個になり…と増えて行くが、いずれにせよ動かない。

 少しでも力学を齧ってれば「落ちる水が持ち上げられる水の量は、せいぜい同じ量が限界、実際は摩擦やロスでエネルギーが無駄になり云々」と見当がつくんだが、それは近代以降の力学を知っているから。エネルギー保存則なんて知られてなかった時代じゃ、勘違いしちゃうのも無理はない。

 などと言ってはいるものの。やはり絵の力は大きくて、思わず騙されそうになるモノもある。これは人によるんだろうけど、私は重しを使ったタイプ(→Wikipedia)に弱くて、こういう絵を見ると、「なんか動きそう」と感じてしまう。

 最初から「まがいものばっかりですよ」と宣言してる本なんだけど、こういう騙されそうになるモノが出てくると、「読んでよかった」と感じちゃうってのは、なんでだろw

 時代によって主なトリックは変わっていくようで、電気が登場すると、やはり出ました電気力発電。モーターで発電機を回そうって発想で、「有能な電気機械技師によって実際に作られたものもいくつかある」って、途中で計算しなかったんだろうか。でもモーターの技師なら発電機について知らなかったって事もあるのかな?

 後半になると、舞台はアメリカが増え、同時にペテンも増えてくる。1873年から始まるジョン・W・キリーの手口は、現代のペテン起業家がソックリ真似してたり。

 まずは実験を公開する。「科学に心得のある有名な紳士」が仕掛けを見破れなかったため、彼の評判は上がっていく。ただし、見物人は「当の装置を調べることは許されなかった」。次に投資家を集め、「エーテル力」「水空気衝撃真空エンジン」「共感的平衡」「四重否定調和」「原子三重体」だのとソレっぽい言葉を並べ、投資を募る。

 なんか難しそうな造語を並べ立て、画期的な発明と銘打って金を出させるって手口は、現代日本でもアチコチで見かけるなあ。EM菌とかマイナスイオンとかタキオンとか。コンピュータ関係でも専門用語を並べ立てる手合いは多いんだけど、こっちはペテン師と単なる専門馬鹿が混じってるから厄介だったり。

 本書も、ペテンに混じって本物が出てくる。

 ジェームズ・コックスは、1760年代に精巧な時計を作った。宝石軸受けを使って摩擦を減らし、ガラスの枠に収めて埃を防ぐ。徹底してエネルギー損失を減らそうと工夫を凝らしてる。これは決してインチキではなく、ちゃんと動力を外から貰ってるんだが、放っておくだけで自動的に供給してもらえるのだ。

 彼の工夫はとても賢い上に、部品には大変な精度が必要なシロモノなので、あまり実用的ではないけど、工芸品としては見事だし、大元にあるアイデアは色々と応用できそうな気がする。残念ながら取り出せるエネルギーは極めて小さいんで、夢のエネルギー源にはならないけど。

 終盤になると、本当に使えそうなモノが登場してきて、未来に夢が持てたり。ったって、ボルタ電池(→Wikipedia)とかラジウム永久機関とか水飲み鳥(→Wikipedia)とか、聞けば「あ、そう」で終わっちゃうモノなんだけど、この本の流れの中で出てくると、何かに使えないかな、などと考えこんじゃったり。

 そして最後にドカンと出ました高速増殖炉(→Wikipedia)。この本を読むと、本当に夢のエネルギーみたいな気がしてくるから困るんだよなあ。原理はいいんだよね。でも実際に作ろうとすると、工学的な問題が山ほど出てくるんだよなあ。

 などと読み終わってから気が付いたんだけど、ラリイ・ニーヴンのSF小説によく出てくるバサード・ラムジェット(→Wikipedia)宇宙船も、一種の永久機関だった。

 ペテンも面白かったけど、最も気を惹かれたのは、ジェームズ・コックスの永久時計。取り出せるエネルギーの総量こそ小さいんだけど、根っこにあるアイデアは妄想を刺激しまくり。この妄想に憑かれたら人生を棒に振りそうな気がする、危険な本だった。

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