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2016年8月 2日 (火)

ダロン・アセモグル&ジェイムズ・A・ロビンソン「国家はなぜ衰退するのか 権力・繁栄・貧困の起源 上・下」ハヤカワ文庫NF 鬼澤忍訳 2

法の支配とは、法を都合よく、あるいは好き勝手に適用してはならず、何人も法を超越しないという原則である。
  ――下巻 第一一章 好循環

ウッドロー・ウィルソン「独占企業が継続すれば、それはつねに政府の舵をとることになるだろう」
  ――下巻 第一一章 好循環

包括的な政治・経済制度がひとりでに出現することはない。それは経済成長と政治的変化に抵抗する既存のエリートと、彼らの政治的・経済的権力を制限したいと望む人々のあいだの、大規模な争いの結果であることが多い。
  ――下巻 第一一章 好循環

寡頭制の鉄則の核心であり、悪循環でもとくに目立つ一面は、劇的な変化を約束して旧体制を打倒した新しいリーダーは、何の変化ももたらさないということだ。
  ――下巻 第一二章 悪循環

サイモン・クズネッツ「世界には四種類の国がある。先進国、発展途上国、日本、アルゼンチンだ」
  ――下巻 第一三章 こんにち国家はなぜ衰退するのか

「テレビを支配しなければ、何もできない」
  ――第一五章 繁栄と貧困を理解する

 ダロン・アセモグル&ジェイムズ・A・ロビンソン「国家はなぜ衰退するのか 権力・繁栄・貧困の起源 上・下」ハヤカワ文庫NF 鬼澤忍訳 1 から続く。

【著者の主張の要約】

 著者の主張をまとめると、こうなる。

  • 次の二条件を両方とも満たす国家は栄え、満たさない国家は衰える。
    • 制度が包括的である=収奪的ではない。
    • 中央政府が国土の隅々までを支配してる。
  • 国家の繁栄と衰退を決めるのは制度であり、制度だけだ。
    地形も気候も経済も産業も文化も人種も、関係ない。

 上の主張を、歴史上の国家から現代の国家まで、数多くの例をあげて裏付けたのが、この本だ。

 包括的って言葉がわかりにくいが、これは民主的に近い。国内の様々な勢力が権力を分かち合い、一つの勢力が独裁できない形だ。対する収奪的とは、絶対的な権力が君臨するものを示す。絶対王政や軍事政権、共産党独裁を思い浮かべればいい。

本書には書いていないが。多様な勢力が共存し、かつ中央政府が国土の全てを支配する国家形態を考えると、今の所は議会制民主主義に行きつくと思うんだが、それ以外の形はあるんだろうか?

【なぜ収奪的な国が衰えるのか】

 結論から言うと、進歩を受け入れようとしないからだ。

 収奪的と言うからわかりにくいが、独裁的とすればわかりやすい。ナンバーワンにとって、ナンバーツーが育ったら、寝首をかかれかねない。だから、自分以外の何者かが力をつけるのを阻む。ライバルが育ったら困るじゃないか。

 新しい産業の勃興は、同時に新しい勢力の台頭を意味する。そして新しい技術の導入は、新しい産業を興し、国内の力関係を変えてしまうだろう。そうなっては困る者が権力を握っているなら、権力者は新しい技術の導入を拒むだろう。

 現代の中国やロシアは、インターネットを制限している。同様の事が、歴史上にもあった。1445年のグーテンベルクの活版印刷も、全ての国がこぞって受け入れたわけじゃない。

早くも1485年には、オスマン帝国のスルタンであるバヤジット二世が、イスラム教徒を対象に、アラビア語の印刷物を作成してはならぬというお触れを出した。

 以降も権力者による妨害と厳しい検閲が続いた結果、「1800年、オスマン帝国の国民の識字率はわずか2,3%だった」。印刷以外の本と言えば手書きの写本だから、お値段も相当なもんだろう。触れられるのは一部のエリートに限られるんで、庶民が余計な知恵をつける心配はない。

対して日本じゃ木版による草双紙が流行ってた。幕府も民主的とは言えない上に、技術的にも木版は活版に比べたら手間暇がかかる。これは制度的には商工業階級の台頭を示すとともに、技術的な面も大きいんじゃなかろか。製紙(和紙)技術が発達し安く大量に紙を作れたので、印刷物の価格も庶民に手が届く程度に落ち着いた、とか。殖産興業の一環として製紙を奨励した藩もあっただろうし、幕府には制御できなかったのかも。

 これは権力者の都合だが、支配される側の都合もある。この本ではエチオピアの絶対王政が例として出てくる。

土地はすべて王のものだ。王は機嫌が良いときに気に入った相手に土地を与え、気分しだいでそれを取り上げる。(略)国民が所有する土地を二、三年ごとに皇帝が交換したり、改変したり、取り上げたりするのは、よくあることだ。

 こういう状態だと、国民もやる気をなくす。

ある者が土地を耕し、別の者が種をまき、また別の者が収穫するのも珍しいことではない。だから、土地の面倒を最後まで見ようとする者はいない。木を植えようとする者すらいない。木を植えたところで、果実を収穫できることはめったにないとわかっているからだ。

 そりゃそうだよね。つか、よくこれで国が持ったなあ…というか、持たなかったんだけど。持たなかった例として、もっと悲しいのがシエラレオネで、「軍部が政権を転覆するのを恐れて、すでに軍を弱体化していた」って、アホかい。と思うけど、反乱を恐れ軍を抑制するのは、ありがちな事らしい。

 というのも。例えば鳥居順の「イラン・イラク戦争」では、フセイン政権下イラク軍の陸軍と空軍の連携の悪さに触れている。これはフセインが軍の叛乱を恐れ、全ての指揮権を自分に集めたため。中東戦争でのエジプト軍も、反乱を恐れ大規模な演習の経験がなかった。

 実際、反乱が杞憂じゃないのは、シリア内戦が証明している。初期は陸軍兵の脱走と寝返りが多かった。指揮する将校はアラウィ派だが、前線で戦う兵はスンニ派が多いのだ。

 なお、シエラレオネ内戦については、P.W.シンガーの「子ども兵の戦争」や松本仁一の「カラシニコフ」が詳しい。かなりエグい記述が多いが、面白さは圧倒的だ。

【なぜ包括的な制度が栄えるのか】

 これについては、ほとんど「イングランド万歳」ってなエピソードが多い。

 様々な勢力が権力を分け合ってる状態だと、新しい技術や制度を受け入れやすいのだ。なんといっても、まず法の支配が確立する。これにより、所有権が確立する。って、なんか難しそうだよね、「法の支配」とか「所有権」とか。

 先のエチオピアの例だと。土地の所有権は、王の機嫌で変わった。これが法の支配となると、王といえども勝手に土地を与えたり取り上げたりできない。法が王より強いのだ。これにより、王の権限を抑え込める。

 所有権も似たようなものだ。いつ土地を取り上げられるかわからないんじゃ、木を植える気にはならない、どころか、耕すのだって嫌になる。でも、収穫時期まで確実に土地を持っていられるのなら、真面目に耕そうって気にもなる。道路や水路みたいなインフラだって整えたくなるだろうし、トラクター買おうかなって気もおきる。

 ここではイングランド議会が選挙権を拡大していった過程を中心に述べてるんだが、どうも収奪的な制度の話に比べると刺激に欠けるんだよなあ。たぶん大事な話なんだけどw

【悪循環】

 収奪的な制度の改善について、本書はかなり悲観的だ。

 革命で旧政権を倒しても、革命政権はやはり収奪的になるだけだろう、と。結局はナンバーツー不要論に陥ってしまうのだ。だって、自分が独裁者になった方が美味しいし。実際、エジプトは元に戻ったし、イラン革命もイスラム独裁制になったしなあ。チュニジアはなんとか頑張ってるけど。

 また、途上国への支援についても「あんまし意味ないよね」と厳しい。制度を変えない限り、権力者が甘い汁を吸うだけじゃん、と。じゃ、どうすりゃ制度が変わるのかっつーと、そこはムニャムニャなんだよなあ。

【おわりに】

 「制度がすべてだ」という主張は、ちと行きすぎな気もするけど、うなずける部分はいくつかある。それ以上に、歴史上や現代の様々なエピソードが面白い。ウィリアム・マクニールやジャレド・ダイアモンドが好きなら、楽しく読めると思う。

【関連記事】

【私も言いたい】

 読み終えると、著者にいろいろと反論したくなる。繰り返すが、著者の主張はこうだ。

  • 次の二条件を両方とも満たす国家は栄え、満たさない国家は衰える。
    • 制度が包括的である=収奪的ではない。
    • 中央政府が国土の隅々までを支配してる。
  • 国家の繁栄と衰退を決めるのは制度であり、制度だけだ。
    地形も気候も経済も産業も文化も人種も、関係ない。

 最初の主張、つまり包括的な中央集権国家が栄えるって理屈は、もっともだと思う。異論があるのは、次の項だ。「地形も気候も経済も産業も文化も人種も、関係ない」。いやこれ、文化と人種はともかく、地形と気候と経済と産業は、大いに関係あるんじゃないの?

 先のシエラレオネなんだが、あそこは、どうしても独裁的になりがちな経済構造なのだ。

 というのも。シエラレオネ経済は、地下資源、特にダイヤモンド鉱山に多くを負っている。鉱山さえ押さえれば経済を、ひいては国を支配できるのだ。だから支配者は鉱山までの道路は整備しても、他の道路は放置する。だって鉱山さえ押さえておけば、自分の地位は安泰なんだから。国民の生活なんか、どうでもいい。

 こういう産業構造だと、どうしても制度が独裁的になる。「何か一つを抑えれば国を支配できる」ような国では、包括的な制度が育ちにくい。クウェートも栄えちゃいるが、まずもって民主的にはならないだろう。仮に革命勢力が出てきても、アメリカが黙っちゃいない。石油を買えなくなったら、アメリカも困るからね。

 どころか油田のせいで国民が苦しんでる国だってある。ナイジェリアとスーダンだ。スーダンに至っては、内戦のあげくに国が分裂してしまった。

 気候も制度に影響を与える。「カナート イランの地下水路」を読むとわかるんだが、乾燥地帯での灌漑農業が主な土地では、水を支配する者が権力を握る。古代エジプトの王朝が絶対的な権力を握っていたのも、ナイルを支配していたからだ。まあ、結局は、何か一つを抑えれば国を支配できる国は、収奪的になりやすいって理屈に収まるんだけど。

 地形が重要な場合もある。これは北朝鮮と韓国がいい例だ。北朝鮮が貧しいのは収奪的な金王朝が支配しているからで、金王朝が居座れるのは中国とロシアの勢力圏内だからだ。これは単に韓国より北にあるからで、地理的な要因が国際情勢と絡み合い、制度が収奪的になったのだ。

 同じ事情で苦しんでるのが、キルギスだ。アハメド・ラシッドの「聖戦」によると、元は民主的な国だったのだが、周囲をロシアと中国の影響下にある国に抑えられ、収奪的な制度にするよう圧力がかかっている。アメリカが救いに行こうにも、内陸国なんで手を出しにくい。

 これはチェチェンも似たような事情がある。海に面していないので、アメリカは軍事的な圧力を加えにくい。ロシアによる虐殺を見逃しているのも、地理的・軍事的な事情が影響している。そういえば、第二次世界大戦時のポーランドも、似た事情で見捨てられたんだよなあ。

 そんなわけで。「制度こそがキモだ」って著者の主張には同意するけど、その制度には地形や気候や経済や産業が大きく影響してる場合もあるんじゃないの、と思うのだ。

 まあ朝鮮やキルギスみたいな、軍事的な勢力圏の端にある国は、歴史的なスケールだと短い期間で変わっていくけど、ナイジェリアやシエラレオネみたいな地下資源による経済と産業の構造は変わりにくいんで、よほど巧く他の産業を育てて権力を多元化しないと、難しいんじゃないかなあ。

 じゃいろんな産業が育って、様々な経済資本が育てば民主化するのかというと、「中国とロシアはどうなのよ」と言われたら反論できない。ここは笑ってごまかそう。わはは←をい

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