ダロン・アセモグル&ジェイムズ・A・ロビンソン「国家はなぜ衰退するのか 権力・繁栄・貧困の起源 上・下」ハヤカワ文庫NF 鬼澤忍訳 1
本書のテーマは、この世界の裕福な国々(アメリカ合衆国、イギリス、ドイツなど)と貧しい国々(サハラ以南のアフリカ、中央アメリカ、南アジアなどの国々)とを隔てる、収入と生活水準の巨大な格差である。
――上巻 序文本書が示すのは、ある国が貧しいか裕福かを決めるのに重要な役割を果たすのは経済制度だが、国がどんな経済制度を持つかを決めるのは政治と政治制度だということだ。
――上巻 第一章 こんなに近いのに、こんなに違う権力を握るグループは往々にして、経済の発展にも繁栄の原動力にも抵抗するのである。
――上巻 第三章 繁栄と貧困の形成過程収奪的制度のもとでの成長は、包括的制度によって生じる成長とはまったく異なる。最も重要なのは、それが技術の変化を必要とする持続的な成長ではなく、既存の技術を基にした成長だということだ。
――上巻 第五章 「私は未来を見た。うまくいっている未来を」 収奪的制度のもとでの成長フリードリヒ・フォン・ゲンツ「われわれは大衆が豊かになって独立心を養うことを望んでいない――そうなったら、彼らを支配できないではないか」
――上巻 第八章 縄張りを守れ 発展の障壁
【どんな本?】
本書はアメリカとメキシコの国境の町、ノガレスで始まる。国境はフェンスで区切られていて、その両側に町が広がっている。アメリカ側の道路は綺麗に舗装され、鉄筋コンクリートの住宅やオフィスが並んでいるのに対し、メキシコ側は未舗装の道路の横にトタン板のバラックがまばらに建っているだけ。
なぜこんなに差が出るのか。答えは簡単だ。一方はアメリカで、もう一方はメキシコだからだ。では、アメリカとメキシコで、なぜこんなに大きな差が出るんだろう?
ローマ帝国の衰亡・イギリスの産業革命・アラブやアフリカや南アメリカの停滞・ソビエト連邦の成長と破滅・ボツワナの奇跡など、歴史から現代の各国に至る豊富な例を紐解きながら、国家の繁栄と成長のカギを握る原因を探り、繁栄に至る道を探る、一般向けの啓蒙書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Why Nations Fail : The Origins of Power, Prosperity, and Poverty, by Daron Acemoglu & James A. Robinson, 2012。日本語版は2013年に早川書房より単行本で刊行。私が読んだのは2016年5月25日発行のハヤカワ文庫NF版。
文庫本で縦一段組みの上下巻、本文約365頁+310頁=675頁に加え、稲葉振一郎による解説「なぜ『制度』は成長にとって重要なのか」15頁+付録「著者と解説者の質疑応答」7頁。9ポイント41字×18行×(365頁+310頁)=約498,150字、400字詰め原稿用紙で約1,246枚。上下巻としてはちょい厚め。
文章は比較的にこなれている。内容も意外と難しくない。歴史や現在の各国の例が多く出てくるが、たいていは経緯や結果を詳しく書いてあるので、歴史や国際情勢に疎くても充分に読みこなせる。
【構成は?】
各章は比較的に独立している。というか、全般同じテーマを繰り返し述べているだけだ。なので、極論すると、序文~第一章を読んだら、後は美味しそうな所だけを拾い読みしても、著者の主張は充分に伝わるだろう。
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【感想は?】
本書の冒頭はノガレスだが、これはアメリカ人向けの本だからだろう。
日本人には、この写真(→Wall Street Journal)の方がわかりやすい。夜の朝鮮半島を映した、NASA の衛星写真だ。韓国は血管のように光の筋が走り、アチコチに大きな輝点があるのに対し、北朝鮮は真っ黒。
何がこの違いをもたらしたのか。韓国と北朝鮮は隣同士だ。地理的にも気候的にも大きな違いはない。だから、自然条件ではない。両国とも同じ朝鮮民族の国だ。だから、遺伝的な違いでもない。第二次世界大戦が終わるまで、同じ歴史と文化を受け継いできた。だから、文化的な違いでもない。
では、何が違うのか。
アリゾナ州ノガレスがソノラ州ノガレスよりもはるかに裕福な理由は単純である。国境の両側で制度がまるで異なるということだ。
――上巻 第一章 こんなに近いのに、こんなに違う
著者は主張する。それは制度の違いだ、と。北朝鮮は収奪的な制度で、韓国は包括的だ。それが半世紀程度で大きな違いをもたらしたのだ。
わかるような、わからないような。「収奪的」は、なんとなく、わかる。でも「包括的」って何?
実は、この収奪的/包括的って言葉が、この本の最もわかりにくい所。読んでいくと、収奪的は「独裁的」とだいたい同じ意味だと見えてくる。一部の者だけが権力を握り、他の者には発言権がなく、権力者はずっと変わらない、そんな制度だ。うん、確かに北朝鮮の金王朝って、そういう感じだよね。
では、対する「包括的」とは何か。様々な勢力や利害関係者が少しづつ権力をわけあい、互いがぐんずほぐれず群雄割拠して、特定の者が独裁できない状態だ。誰かが抜け駆けして権力を独り占めしようとすると、他の者がツルんで邪魔をする、そんな感じ。
というと、日本の戦国時代や現在のソマリアもそうじゃないかと思えてくるが、著者はもう一つ条件を付ける。それは、国家が強力な中央集権を敷いていて、国の隅々まで政府の権力が行き届いていること。
日本の戦国時代も現代のソマリアも群雄割拠してる。でも、戦国時代は中央政府なんかなかった。理屈の上じゃ朝廷かもしれないけど、事実上はほとんど権力がなかった。ソマリアもモガディシオに政府がある事になっているけど、国土の大半は海賊や軍閥に握られてて、モガディシオ政府は何もできない。
ということで、「包括的」を慣れ親しんだ言葉で言い換えると、「民主的」に近い。
そんなわけで、本書の結論は、こうなる。
民主的で強力な中央集権国家が、国土の全部を把握していれば、国家は繁栄する。そうでなければ、つまり独裁的だったり、国土の一部しか把握できなければ、国家は衰える。
まあ、ここまでは、だいたい納得できる。実は現代の中国やベトナムみたく急成長しちゃう例もあるんだけど、著者は「長くは続かない、いずれ行き詰まるさ」と予言する。著者以外にも、そういう風に考えている人は多いだろうから、主張そのものは特に独創的でもないんだけど、ちゃんと過去の例を引っ張り出してくるあたりが、さすが学者さん。
例の一つは、年寄りには未だ記憶に生々しい東欧およびソ連崩壊。ベルリンの壁が崩れて以来、東欧やロシアの生活水準の酷さは知れ渡った。特に印象に残っているのが、トラバント。あれがウヨウヨと東側から這い出してきた時は、多くの人が驚いた。
どうでもいいが、あれのボディって段ボールだと思ってたけど、今 Wikipedia で確認したら、「プラスチックに紙パルプを混ぜ込んでいた」とある。さすがに段ボールじゃなかったか。でも紙装甲だし下手に事故ったら燃えるって点じゃ、たいした違いはない、と負け惜しみを言っておこう。
しかも、あれ東ドイツ製なんだよね。西じゃBMWやベンツやポルシェとか、凄いの作ってるのに。庶民用にしたって、フォルクスワーゲンの方がよっぽどガッチリしてる。
ソ連&東欧に続くもう一つの行き詰まりの例は、ローマ帝国。
優れた土木技術で有名なローマ帝国だけど、致命的な弱点があった。彼らはギリシャ文明から受け継いだテクノロジーは見事に使いこなしたけど、新しいテクノロジーは何も生み出さなかったのだ。
そんなわけで、中国もベトナムも、今ある技術を取り入れることで先進国に追いつく事はできても、追い抜くには至らない、どころかいずれ行き詰まるだろう、そう予言してるわけ。言われてみると、確かに中国から Google や Facebook は出てこないだろうなあ。
と、私のような素人は「出てこないだろうなあ」で終わるんだが、「なぜ出てこないのか」「なぜそんな制度になっちゃったのか」を考え、多くの事例で裏打ちしたのが、この本の読みごたえのある所。
その辺は、次の記事で。
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