ジョン・K・ガルブレイス「不確実性の時代」講談社学術文庫 斎藤精一郎訳 1
産業革命が起こるまで、そして多くの国ではその後も長いあいだ、すべての経済学は農業経済学だったのです。
――1 予言者たちと古典的資本主義の約束自身の利益をはかろうとして個人は公共の利益に貢献するというのです。(アダム・)スミスの最も卓抜な言葉によれば、人はあたかも神の見えざる手に導かれたかのように、そうするのです。
――1 予言者たちと古典的資本主義の約束かねてから、マルクスの著作から自分に都合のよい意味を読みとり、他人のすべての説を悪しざまに扱うというのが、マルクス主義を信奉するすべての学者の当然の権利とされてきたのです。
――3 カール・マルクスの異議申し立て
【どんな本?】
アダム・スミス,カール・マルクス,ジョン・メイナード・ケインズ…。彼ら経済学の巨匠は、どんな時代に、どんな生涯を送り、どんな問題に対し、どんな解決策を示したのか。彼らの唱えた理論は、どのようなもので、現代の経済学や政治にどんな影響を与えたのか。
リベラル派の経済学者であるガルブレイスが、BBC放送のテレビ番組を元に書いた一般向けの経済思想史の解説書であり、出版当時は流行語ともなったベストセラー。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は The Age of Uncertainty, by John Kenneth Galbraith, 1977。日本語版は1978年にTBSブリタニカより単行本、1983年6月に講談社文庫。私が読んだのは講談社学術文庫版で2009年4月13日発行の第1刷。
文庫本縦一段組みで本文約479頁に加え、訳者あとがき4頁+根井雅弘の解説5頁。8.5ポイント41字×18行×479頁=約353,502字、400字詰め原稿用紙で約884枚。上下巻には少し足りないぐらいの分量。
文章は思ったよりこなれている。内容は、難しそうな書名と裏腹に、とてもわかりやすい。数式も出てくるのは一つだけ。しかも、皮肉なユーモアをたっぷりまぶしてあり、親しみやすさもバッチリ。
ただし、著者は大きな政府を求める立場だ。郵便・通信・公共運輸などを国有化し、不況時には緊縮財政ではなく赤字国債を発行してでも公共事業を求める立場だ。これは後ろに行くに従い色濃く出てくる。そのため、小さな政府を求める立場の人は、終盤を不愉快に感じるだろう。
【構成は?】
話は時系列順に進むので、素直に頭から読もう。
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【感想は?】
読む前は「なんか難しそう」と思ってた。読んでみたら、捧腹絶倒。売れるわ、そりゃ。
なんたって、書名がハッタリ効いてる。「不確実性の時代」って、なんか頭よさげだし。これ読んだと言えば、周りに自慢できそうだよね。
で、恐る恐る読んでみたら、全く違った。とにかくわかりやすい。だけでなく、語り口がいい。洗練された知識人の口調で、恐ろしくキツいギャグをかます。著者はカナダ出身でアメリカで学んだ人だが、ギャグのセンスはむしろバーナード・ショーの影響を感じさせる、毒がたっぷり詰まったもの。例えば…
知識人のほうではおおむね、自分たちが嫌われるのは、他の連中が自分たちの頭のよさを嫉んでいるからだと思っていました。ところが、しばしば嫌われるのは、彼らが騒ぎを起こすからなのです。
――7 ケインズ革命
と、実に手厳しい。こういう毒舌が随所で炸裂し、真面目な本のはずなのに、読んでる最中はついつい笑ってしまう。通勤電車の中で読んだら、中身を知らない人からは「コイツ頭おかしいんじゃないか」と思われるだろう。
さて。書名の「不確実性の時代」とは何か。これ流行った当時は「よくわかんない」と言う代わりに「そりゃ不確実性の時代だから」と言えばカッコついたってぐらい、なんか頭よさげな言葉だけど、著者は全く違う意味で使っている。
前世紀(19世紀)にあっては、資本家は資本主義の繁栄を確信し、社会主義者は社会主義の成功を、帝国主義者は植民地主義の成功をそれぞれ確信しており、支配階級は自分たちが支配するのは当然だと考えていました。しかし、こういった確実性はいまやほとんど失われています。
――はしがき 不確実性の時代について
どういう事か。
昔の人は、それぞれに確固たる信念を持っていた。自分の主義主張は揺るぎない正義であり、その正義に基づいて生き、社会を運営すれば、みんな幸せになる、そう信じていた。でも今は、そんな揺るぎない確信を持ちにくい時代だよ、そういう意味だ。
これから先がどうなるかわからないって意味じゃ、ないのだ。個々人が、強い確信を持ちにくい時代だ、と言っている。で、こういった時代が始まったのは…
第一次世界大戦においてこそ、長年にわたって確実だと思われてきたものが失われたのです。それまで、貴族や資本家は自分たちの地位に確信を抱き、社会主義者でさえもゆるぎない信念を持っていました。二度とそういう確信は生まれませんでした。
――5 レーニンと大いなる解体
と、第一次世界大戦からだ、としているのが、大きな特徴の一つ。特に西部戦線での塹壕戦で、おぞましいまでの犠牲を払い、将軍たちが救いようのない無能を晒すなどの現実を目の当たりにし、人々の持つ既成概念が大きく揺らいでしまった、と著者は説く。
私はリデル・ハートの「第一次世界大戦」しか読んでいないけど、確かに司令官たちの無謀と無能は凄まじい。機関銃と鉄条網で堅く守られた敵陣に対し、大軍による力押しをひたすら繰り返しては力尽きるの繰り返しで、その度に数万の戦死者を出してるんだから、読んでて気分が悪くなる。
それはともかく。
この本の主題は、経済学の思想史だ。経済学史と素直に云えないのが経済学の辛い所で、経済学者の立場や思想によって、理論も結論も違ってきてしまう。国家の運営や私たちの生活がかかってるんだから、もちっとシッカリして欲しいんだが、どうもその時々の政策を決める人に都合のいい理論がもてはやされるらしい。
経済的な事柄では、意思の決定は思想によって影響されるだけでなく、経済的な既得利権によっても影響されるからです。
――1 予言者たちと古典的資本主義の約束
と、きたもんだ。
経済学者というのはおたがいに意見があわないことで定評がありますが、たった一つの点では考えが一致しています。すなわち、経済学に始祖がいるとすれば、それは(アダム・)スミスだということです。
――1 予言者たちと古典的資本主義の約束
なんて、経済学者である自分も含めた自虐ギャグを飛ばしつつ、アダム・スミスの偉大さを印象付ける文章は見事。先の、経済学者は立場によって言う事が違うよね、ってのを鋭く見抜き、厳しく指摘したのが…
「知的生産は、物質的生産が変化するのに比例して、その性格を変える。各時代の支配的な思想は、つねに支配階級の思想だったのである」
――3 カール・マルクスの異議申し立て
そう、かの有名なカール・マルクス。経済学者や思想家の太鼓持ちっぷりを暴露して、挑発的かつ戦闘的なメッセージを叩きつけた。そんな彼の影響の偉大さは認めつつも、マルキストに対しては…
(資本論の)二巻は、読んだと自称する人の数のほうが実際に読んだ人の数よりもずっと多い
――3 カール・マルクスの異議申し立て
と、これまた容赦ない。この毒舌は「5 レーニンと大いなる解体」で、更に鋭さを増すんだけど、それについては次の記事で。
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