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2016年7月24日 (日)

大森望・日下三蔵編「年刊日本SF傑作選2008 超弦領域」創元SF文庫

クンマーとヒューマヤンは、ハイペースで彼らの方程式を拡張し、2047年、ついにノーベル文学賞の栄冠に輝いた。
  ――法月綸太郎「ノックス・マシン」

創作とは、無からではなく混沌から成されるものである。
  ――樺山三英「ONE PIECES」

【どんな本?】

 2008年に発表された日本のSF短編から、大森望と日下三蔵が選び出した作品を集めた、年間日本SF短編アンソロジー。

 生活に入り込むテクノロジーの向こうを仰ぎ見る工学的な作品や、スケールの大きい宇宙空間を舞台としたもの、ホラーとの境界をまたぐ作品、どこがSFなのか頭をかしげるものから、徹底的にバカバカしいものまで、バラエティ豊かなラインナップが揃っている。

【いつ出たの?分量は?】

 本文2009年6月30日初版。文庫本で縦一段組み、約541頁。8ポイント42字×18行×541頁=約408,996字、400字詰め原稿用紙で約1,023枚。上下巻でもいい分量。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 著者 / 初出。

序文 : 大森望
ノックス・マシン / 法月綸太郎 / 野生時代2008年5月号
 ノックスの十戒(→Wikipedia)。それはイギリスの探偵小説家ロナルド・ノックスが1928年に発表した、「フェアな探偵小説」が守るべき10個のルールだ。「超自然現象の類は排除すべし」など妥当なルールが多い中で、奇妙に浮いたルールがある。「中国人を登場させてはならない」。これは一体何を示すのか。
 と書くと、メタな本格推理小説のようだが、とんでもないw 本格推理小説はもちろん、文学全般から計算機テクノロジー、数学から物理学に至るまで、何がどう関係してくるのか見当もつかない実在の法則・知見・仮説にハッタリを混ぜ込み、思いもよらぬ方向にスッ飛んでゆく、大法螺SF。
エイミーの敗北 / 林巧 / 異形コレクション 未来妖怪
 検閲に引っかかったのは、いかにも冴えない普通の若い男だった。ゲート管理官のおれは、男を取り調べつつ、エイミーの報告をこっそり聞いているが、探索処理にやたらと時間がかかっている。やっと出てきた結果は、極めて物騒なものだった。、何もかも偽装の確信犯だ、と。
 集合的無意識の第一階層であるエイミーが管理する、遠未来を舞台とした作品。法に触れる事を考えただけで違法となるとは、ディック的なディストピアみたいだが、そういうオチかいw
ONE PIECES / 樺山三英 / SF Japan 2008年冬号
 メアリ・シェリーが創り出した、フランケンシュタインの怪物。フランケンシュタインは怪物を造ったマッド・サイエンティストの名であって、怪物そのものには名前がない。映画と異なり、原作の怪物は優れた知性と高い倫理観を持つ。そんな怪物が現代に蘇り…
 SFの原点と言われるフランケンシュタインの怪物。狼男や吸血鬼と並び、今でも人気のモンスターだ。メアリ・シェリーが生み出した怪物の印象が現代まで変転する過程を追いつつ、蘇った怪物へのインタビューや怪物が現代に巻き起こす騒動を描き、私たちの中にいる怪物を浮かび上がらせてゆく話…だと、思う。
時空争奪 / 小林泰三 / 天体の回転について
 平安時代末期から鎌倉時代に描かれた、鳥獣戯画。漫画の原点としても有名な作品で、教科書にも載っている。それに、異変が起きた。人に模した兎や蛙を描いた作品のはずが、見たこともないような生物に変わっている。美術館のレプリカばかりでなく、オリジナルにも…
 時の流れを川に例えることはよくあるし、それを使ったSF作品も珍しくないが、この発想はなかった。最初は意地が悪い程度だった教授たちが、次第に悪意を露わにしつつ、その正体が見えてくるあたりで、「おお、そうきたか!」と一部の読者は拍手喝さいするだろう。
土の枕 / 津原泰水 / 小説すばる2008年4月号
 日露戦争に駆り出され、大陸で戦う吉村寅次と井出六助。共に郷が近い小作農のため話が合い、苦しい行軍でも一緒に行動してきた。野営の苦しみと悲惨な食事で身も根も尽きかけたその日、やっと進撃の号令が出た。寅次は嬉しそうに云う。「やっと戦が始まる」
 語り口の巧さが際立つ作品。SFというより、奇談の一種だろうか。体裁としては近代国家の形を整えた日本が、国際社会への存在感を示した日露戦争から、経済成長を成し遂げた昭和までの姿を、田舎の農民の目で描く、短く読みやすいながらも、中身は濃い作品。
胡蝶蘭 / 藤野可織 / モンパルナス2号
 その日の朝。近所の洋菓子店の店先の胡蝶蘭は、猫の血できらきらと輝いていた。鉢の前には、猫の首が一つ。若い男が後始末をしている所に通りがかった私は、捨てられそうになった胡蝶蘭がいじらしく、おもわず胡蝶蘭を引き取る羽目になる。
 リトル・ショップ・オブ・ホラーに連なる、化け物植物を巡る話なのだが、主人公や彼のボケっぷりがいい味だしてるw 気味悪げな胡蝶蘭に、敢えてチョッカイを出して挑む小学生には、幼い頃を思い出して懐かしくなったり。加えて、女から見た男のチョロさが、これまたよく書けててツラいw
分数アパート / 岸本佐和子 / モンキービジネスvol.1
 「ワタシには小さな弟が一人いて、ワタシの右腰の後ろのあたりから生えている」と、何がナニやらサッパリわからない話で始まったと思ったら、賑やかな飲み会やら編集との打ち合わせやら、日常的な事柄も織り交ぜて書いた「日記」。タイトルにもなっている「分数アパート」には、おもわず「ぷよぷよかい!」と突っ込みたくなったりw
眠り課 / 石川美南 / モンキービジネスvol.2
 勤め先の会社に存在するが、組織表には載ってない謎の組織<眠り課>。それは密かに社を牛耳っているとも噂され…
 などと不気味な設定で始まる、短歌集。設定は不気味だが、歌われている事柄は、午後の気だるい時間を巧みに表していて、「あるある」と頷けることしきり。
幻の絵の先生 / 最相葉月 / SF Japan 2008年春号
 緻密な取材により、日本SFの巨星・星新一の姿をよみがえらせた力作「星新一 1001話をつくった人」のスピンオフ。星新一が幼い頃に通っていた絵画教室をきっかけに、彼の父である星一の隠された姿へと迫ってゆく。
 どこまでが事実でどこからが創作か全くわからないけれど、最相葉月がドキュメンタリー作家として事実を掘り起こしてゆく過程がうかがえるあたりが、ノンフィクション好きな者としてゾクゾクくる。一冊の本が出来上がるまでに、どれほど大量の事実が切り捨てられるのか、ジワジワと伝わってくる。
全てはマグロのためだった / Boichi / 週刊モーニング2008年31号
 漫画。地球で最後のマグロを食べ、その美味しさに感激した少年、汐崎潤。マグロの絶滅は国際的な大問題となり、長じた汐崎潤はマグロを蘇らせるためあらゆる努力を注ぎ込み…
 劇画調でベタの多い、ややクドい調子でじっくり書き込まれたリアルな絵を基調としながら、ひょっこり紛れ込むデフォルメした絵の軽さが、物語のドタバタ風味と相まって、ポンポンと気持ちのいい強烈なリズムを生み出している。
アキバ忍法帖 / 倉田英之 / パンドラ vol.1 SIDE-B
 北畠旗子、人気声優。またの名を旗姫様、ツンデレなキャラを演じさせれば並ぶ者のない最高峰アイドルだ。某店での握手会で、忌まわしい呪いが彼女にかかってしまう。折悪く、そこには悪名高き十二人の強者が揃っていた。己の求める物のために、極寒の深夜も真夏の日中もものともしない肉体に鍛え上げた化け物たち。
 山田風太郎の忍法帖を、現代の秋葉原に蘇らせた、強烈な匂いたつ作品…というか、まあ、アレだw 姫の呪いもいい加減に酷いが、語りもやりたい放題w 魔神たちの異能力は、オタクが既に幾つもの種族に枝分かれしている実態を嫌になるほど見せつけてくれる。しかしやっぱり紙使いがいるのかw
笑う闇 / 堀晃 / サイエンス・イマジネーション
 様々な職種にロボットが進出しつつある近未来。大阪駅南側の「旧地下街」の居酒屋で軽く一杯やっていた時、声をかけてきたのは、かつて縁があったゴロー師匠だった。ロボットの芸術的利用を研究するプロジェクトで、師匠は協力してくれたのだが…
 初音ミクなど、芸能の世界にもコンピュータが進出しつつあるとはいえ、その多くは予め綿密に設定されたプログラムに従って動いており、リアルタイムでのアドリブはさすがに難しい。ってな技術的な問題とは別に、大阪ならではのテーマ「お笑い」を取り上げているのが貴重。特にゴロー師匠が選ばれるあたり、実に大阪だよなあ。
青い星まで飛んでいけ / 小川一水 / SFマガジン2008年7月号
 人類が宇宙に向けて送り出した、自己増殖型の探索船団エクス。それは約二千隻の巨大な宇宙船団と、それを取り巻く無数のロボットからなる。目的は知性を探し、接触すること。何万年であろうと、マシーンたちは根気強く虚空を渡り、己を再構成して旅を続け…
 延々と虚ろな空間が続く恒星間宇宙なだけに、その時間スケールも相当なもの。一種の積極的なSETIだが、向こうにも色々と事情があるわけで。光速の壁を越えられないとすれば、やっぱりこういう形になるんだろうか。語り口は軽妙ながら、ちょっとした寂寥感が漂う作品。
ムーンシャイン / 円城塔 / 書き下ろし
 無数の塔の街で、私は育った。地球の全ての原子の数より多い塔。私は17と19、双子の兄弟と一緒に育つ。双子はこの街の者だが、私はいずれ出ていく。
 双子素数(→Wikipedia)やらムーンシャイン予想(→Wikipedia)やらモンスター群(→Wikipedia)やらといった、数学ネタに、共感覚(→Wikipedia)やサヴァン症候群を組み合わせた(→Wikipedia)、いつもの円城塔テイスト全開の作品。
From the Nothing, With Love / 伊藤計劃 / SFマガジン2008年4月号
 「子供たちが殺されている」。上司がそう告げtた。彼らの共通点は、みな<所有物>であること。誰の犯行であるにせよ、この件は私が担当するしかない。私に関して知っているのは、ごく少数の選定委員と上司、そして首相のみ。そしてもう一人、女王陛下。
 007パロディに、ナチスが遺した忌まわしき秘密技術を絡め、ヒトという存在の奥深くへと分け入ってゆく作品。<所有物>にプロパティ、英国臣民にサブジェクト、首都警察にヤードとルビを振るセンスが、雰囲気を盛り上げている。
2008年の日本SF界隈概況 : 大森望
後記 : 大森望
初出一覧
2008日本SF短編推薦作リスト

 SFとは言いがたいが、津原泰水の語り口の巧さには完全にKOされた。ノックス・マシンの評判は聞いていたが、こんなお馬鹿(褒めてます)な作品だったとはw 時空争奪も、あのネタにつなげる意外性にやられた。笑う闇も、師匠の意地が輝く作品。つかもっと書いてくれ堀晃。

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