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2016年7月29日 (金)

A・G・リドル「アトランティス・ジーン2 人類再生戦線 上・下」ハヤカワ文庫SF 友廣純訳

「世の中でいちばん成功しているのは、何かに夢中になっている人ばかりよ」

〝我々の軍隊のために”

「人生には、死よりもはるかに忌まわしきものがある――誇りをもてない人生を生きることだ」

〝我々はどこから来たのか? 我々は何者なのか? 誰が我々を創ったのか? 我々が存在する意味は何なのか?”

【どんな本?】

 個人出版から火が付いた、アメリカの新鋭作家による娯楽アクション伝奇SF長編小説三部作の第二幕。

 南極の氷山から見つかったナチス・ドイツの潜水艦と、ジャカルタで誘拐された二人の天才自閉症児に始まった事変は、世界の人類すべてを巻き込む最悪の事態へと陥ってゆく。アトランティス人の目的は何か。彼らは人類に何をしたのか。圧倒的な科学力を持つ彼らに、人類は抗しえるのか。

 人類史上のミッシングリング,世界各地に残る神話や伝説,歴史上の自然および社会の大異変などの謎に、最新科学の話題をふんだんに盛り込み、ノンストップのアクションで描く、痛快娯楽SF小説。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Atlantis Plague, by A. G. Riddle, 2013。日本語版は2016年7月15日発行。文庫本上下巻で縦一段組み、本文約324頁+302頁=626頁に加え、著者あとがき2頁+古山祐樹の解説5頁。9ポイント40字×17行×(324頁+302頁)=約425,680字、400字詰め原稿用紙で約1,065枚。標準的な上下巻の分量。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。第一部はナチの潜水艦やロズウェルなど比較的に有名なネタが多かったが、今回はマルタ騎士団などややマニアックなネタもあるので、詳しい人ほど楽しめるだろう。もちろん、知らなくても、ジェットコースターなアクションとストーリーで充分に楽しめる。

 また、このパートの舞台が地中海周辺なので、その辺の地図があると、更に楽しめる。なお、お話は第一部の終わりから素直に続いているので、読むなら「第二進化」から続けて読もう。

【どんな話?】

 ドリアンの計画通り、疫病は世界中に広がり、人々は次々と倒れてゆく。幸いにも新薬オーキッドにより症状の進行は抑えられるものの、根本的な治療には至らず、また製造も追いつかない上に、次第に効果も薄れてゆく。軍すら正常に機能しなくなっているスキに、秘密組織イマリがついに姿を現し、南半球から世界を制圧しはじめる。

 目覚めたケイトとディヴィッドは、それぞれにイマリの計画を押しとどめようとするが…

【感想は?】

 ネタはややマニアックになったものの、相変わらず語り口はケレン味たっぷり。

 派手なアクションと気がかりな謎、そしてあっと驚くドンデン返し満載で読者を引っ張っていく、サービス満点の娯楽作品だ。多少、盛り付けがラフな面はあるものの、素材の目利きと裁き方は見事。

 なんといっても、ブチ込んだネタの量が半端ない。それも、第一部で使ったナチスの潜水艦やロズウェルなど、扱い方を間違えばソッチに陥りかねないアブないネタを、最新科学のトピックを巧く盛り込んで、ギリギリの所でSFに留まっているのがスリリングで楽しい。

 こういった微妙な危なっかしさはこの巻でも健在で、相変わらず怖いもの知らずのハッチャケぶりを見せてくれる。第一部でほのめかされたスペイン風邪(→Wikipedia)もそうだが、今回も大洪水伝説や使徒パウロ(→Wikipedia)、そしてマルタ騎士団(→Wikipedia)など、扱い方によっては大炎上しかねないネタがわんさか。

 これは伝奇やオカルト系に限らず、科学でも微妙に危なっかしいようで、実はソレナリに(娯楽作品としては)理屈があってるから楽しい。

 例えば上巻の表紙にある、巨大な銃または砲。形は銃みたいだけど、サイズは砲みたいだ。なぜ大きな砲が銃みたいな形なのかというと、これがチャンと意味があるのですね。

 最近の戦争は機動戦ばかりで、砦を巡る攻防なんて滅多にないから、地上に据え付けた巨砲なんぞというシロモノはとんとご無沙汰してるし、現在開発中のブツもソレナリの機動力を持たせる前提で考えてるけど、その性質を考えると、確かに固定して使う砦の守りには格好の兵器だわ。

 砦の規模を考えると、ちとオーバースペックすぎる気もするが、これも読者サービスの一環と考えれば、確かにアレが火を噴く場面は燃えたから許すw やたら大げさな割に連発が効かないあたりも、実用上は問題だけど、ドラマのガジェットとしては、カウントダウンの場面が盛り上がるし。

 若い著者だけあって「ゼルダの伝説」なんてネタも使っちゃいるが、同時に「洞窟の女王」なんて年寄りを喜ばせるネタも盛り込んでたりするから油断できない。笑っちゃったのが、連立するピカピカのビルを、空中通度が結んでるなんて場面。変な日本語だけど、これぞ「懐かしい未来」。いったい何歳なんだ、この著者。

 でも、考えてみたら、「ズラリと並ぶ透明なチューブの中で冷凍睡眠してるエイリアン」なんて場面も、懐かしのB級SF映画の香りプンプンだゆなあ。そういう、胡散臭いB級SFのフレイバーをタップリ残しつつ、最新の科学で理屈をつけたのが、この作品ならではの魅力なんだろう。なにせ、そういう場面が出てくるだけで、私みたいなオジサンは喜んじゃうし。

 そして、今回も大暴れしてくれるのが、「順調に悪化してる」敵役のドリアン・スローン。

 組織の幹部なんだから椅子に座ってドッシリ構えてりゃいいものを、騒ぎ立てる兵士の血を抑えきれないのか、このパートでも海で陸で空で大暴れ。コイツさえいなけりゃデヴィッド&ケイトも少しは休めるのに、相変わらず無限大の行動力と無限小の忍耐力で、部下の尻を叩きまくり縦横無尽に駆け巡る。

 どこぞのブラック企業の社長よろしく無茶ぶりで部下を振り回す暴走野郎っぷりは変わらないものの、意外な変化を見せるあたりも、このパートの読みどころ。良くも悪くも戦場の人なんだよなあ。普段は悪い所ばっかりが目立つけどw

 殺人ベル,奇妙な蘇り,ミロの旅など、第一部で示された様々な謎に解を示しつつも、更に多くの謎と、より大きな危機と物語のスケール・アップを予感させつつ、第三部へとつなげてゆく。

 懐かしいB級SFの素材を、最新の科学・考古学そして歴史学のトピックで鮮やかに現代に蘇らせた、痛快娯楽大作。著者の騙りの波に乗って楽しもう。

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