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2016年7月 3日 (日)

ジョーゼフ・ヘラー「キャッチ=22 上・下」ハヤカワepi文庫 飛田茂男訳

彼は文学についてあらゆることを知っていた――文学をいかに楽しむかということ以外ならば。

「ドイツ軍はいま追い立てられておる。そしてわしらは相変わらずここにおる。二、三年もたてばあんたがたもいってしまうじゃどうが、わしらはやはりここにおるじゃろうて」

「本官らは本官らのいまだ知らぬ犯罪や過失をおかしたかどによっておまえを告発する」

「おれとあらゆる理想とのあいだに、いつも幾人ものシャイスコプフども、ペケムども、コーンども、キャスカートどもが立ちふさがっているのをおおれは感じるんだ。そして、言ってみればそれが理想を変えてしまうんだな」

【どんな本?】

 アメリカの作家ジョーゼフ・ヘラーによる、第二次世界大戦中の米軍を舞台とした、不条理とブラック・ユーモアあふれる戦争小説。

 第二次世界大戦のイタリア戦線。米軍は地中海に浮かぶピアノーサ島(架空)に航空基地を置き、激しい対空砲火にもめげず連日の出撃を続けているが、隊員はみなイカれていた。

 連隊長のキャスカート大佐は昇進のために責任出撃回数を増やして隊員の帰国を認めず、冗談で少佐にされたメイジャーは人を避け、CID(特捜部)が捜すワシントン・アーウィングは何処かに潜伏し、ペケム将軍は正装での爆撃出撃を画策、マイローはマルタで7セントで買った卵を5セントで隊に売っている。

 帰国を望むヨッサリアン大尉は狂気を装い、さまざまな奇行に走るが、謎の規則キャッチ=22に阻まれ…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は CATCH-22, by Joseph Heller, 1961。日本語版は1977年3月にハヤカワ文庫NVより刊行。私が読んだのは2016年3月15日発行のハヤカワepi文庫版。文庫本の上下巻で縦一段組み、本文約(436頁+415頁)=851頁に加え、訳者あとがき6頁+訳者による「『キャッチ=22』の時間構成について」9頁+松田青子の解説7頁。9ポイント41字×18行×(436頁+415頁)=約628,038字、400字詰め原稿用紙で約1,571枚。文庫本なら上中下の三巻でもいい大容量。

 文章はやや読みにくい。おそらく原文は地口や韻などの仕掛けがタップリ仕込んであって、かなりクセの強い文体なんだろう。お話も時系列をシャッフルした形で進むので、ドコで何が起きているのか、なかなか読者には見えてこない。登場人物は強烈なキャラクターが多いのだが、次から次へと多数の人物が出てくるので、なかなか覚えきれない。できれば登場人物一覧が欲しかった。

 作品中で主人公の所属は空軍となっているが、当時の米軍に空軍はない。陸軍航空隊だ。カバーの著者紹介には「陸軍航空隊に所属」とあるので、著者・訳者ともにわかった上で、作り話である由を強調するためワザと架空の歴史・組織をわかりやすくデッチ上げたのかも。

 舞台は第二次世界大戦の終盤、連合軍がイタリアに上陸し北上をはじめ、イタリアは降伏するがドイツ軍が頑強に抵抗を続けている頃。連合軍はノルマンディー上陸に備え戦力を出し惜しみし、結果としてイタリア戦線は苦戦に陥っている。詳しくは以下の Wikipedia を参照しよう。知らなくても作品を楽しむには大きな問題はないけど。

 イタリア戦線イタリア侵攻

 なお、主人公の乗機B-25(→Wikipedia)は双発の爆撃機で、乗員6名(正副操縦士,航法士兼爆撃手,回転銃座兼機関手1名,無線手兼側面銃座1名、尾部銃座手1名)。

【感想は?】

 出世欲旺盛でわからずやの上司の下で働いた経験のある人には、とても身に染みる作品。

 始まってしばらくは、趣味の悪いドタバタ・ギャグに思える。例えば最初の病院の場面で出てくるギブスとガーゼに包まれた動かない病人。動かないばかりでなく、声すらださない。生きている証拠は、彼につながった2本のチューブだけ。そう、入力と出力だ。ところが…

 と、いきなり凄まじく悪趣味なギャグをかましてくる。

 もっとも、この環境じゃ狂うのも仕方ないなあ、と思ったり。舞台がイタリア戦線だけに、彼らが置かれているのは戦場だ。そりゃ歩兵と比べりゃ敵の姿は見えないが、それだけに恐怖の得体の知れなさは大きい。現実には対空砲も人が撃ってるんだが、爆撃機に乗ってる乗務員には単に「弾が飛んでくる」としか思えない。

 こういった出撃の恐怖は、下巻での出撃場面が巧く描けている。「B-29日本爆撃30回の実録」でも、無敵に見えたB=29の乗員が、ほとんど制空権を失っていた帝国陸海軍の戦闘機に怯える場面が描かれていた。まして優れた対空砲アハト・アハト(→Wikipedia)を擁するドイツ軍が相手なら…

 そんなわけで、主人公のヨッサリアン大尉は、できる限り早く帰国したい。そこで狂気を装おうと軍医に相談するが。

  • 出撃は怖い。よって出撃を望む者は狂っている。
  • 狂った者は飛行任務を免除される。
  • 飛行任務を解くには、軍医に免除願を出す必要がある。
  • だが、軍医に免除願を出す者は正常と看做される。

 どないせえちゅうねん。このルールのイカれ具合が、キャッチ=22だ。

 戦場における狂った論理にも見えるが、現在日本の組織でも、こういった変な規則は珍しくない。例えば生活保護を受けるには住所が必要だが、最も保護を必要とするホームレスには住所がない。虐待する親から逃げた子供が警察に「保護」されると、確実に親元に戻される。

 なんて硬い例を持ち出すまでもなく、似たような身動き取れない状況は多い。私が思わず同情しちゃうのがメイジャー少佐。悪ふざけで変な名前をつけられ、その名前が原因で幼いころからからかわれ続ける。「彼はあまりにも絶望的に友だちを必要とするために、かえってひとりも見つけることができなかった」。切ないねえ。

 あまりに真面目で従順なため、誰からも嫌われる羽目になるメイジャー少佐。軍に入り着任して書類仕事を始めるが、彼が書類を書くたびに仕事の量は膨れ上がってゆく。そこで彼が編み出した書類の処分法は…。

 こういう官僚主義っぽい組織体質をあげつらうエピソードにはこと欠かないし、風通しの悪い組織で働いた経験があれば、「うん、ありがち」と感じるネタも沢山ある。だいたい書類ってのは論理的な構造こそが大事で、見た目なんざどうでもいいだろうに、なんで罫線の位置でゴタゴタ言われにゃならんのだブツブツ…と感じる人も多いだろう。

 これの最たるのがシャイスコプフ中尉。分列行進に入れ込み、分列行進を完璧にするため労を惜しまず、あらゆる改善案を検討する。仕事人間としちゃ立派なもんだが、現代の空軍に分列行進が何の意味があるんだろう。これも今の日本での組体操への拘りとかを考えると、別に軍に限った事じゃないと思えてくる。

ただし、自動小銃が発達する前の昔の陸軍じゃ行進の訓練には確かに意味があったのだ。この辺はマクニールの「戦争の世界史」や「戦闘技術の歴史」シリーズに詳しい。

 こんな組織の中で出世する人ってのは、やはりどこかイカれた人が多いようで、連隊を率いるキャスカート大佐の権威主義・出世主義もなかなか相当なもの。コテコテの軍人である彼と、従軍牧師の会話は、思わず笑っちゃうものの、技術を全く知らない管理職の無茶振りに苦しめられるエンジニア諸氏には、他人事とは思えぬ切実さを感じるだろう。

 そんなキャスカート大佐と陰険にやりあうのが、ペケム将軍。彼も組織の論理を知り尽くした男で。

わしらのこの大部隊においては、実のところ果たすべき非常に重要なことはないし、急を要することもなにひとつ存在しない。その反面、人々にわしらが非常に多くのことをしていると知らせるのは重要なことなのだ。

 あなたの職場にもいませんか、無駄に忙しそうな人。こうなると笑っていいんだか泣いていいんだか。

 そんな軍務に惜しい潰されまいと、ヨッサリアンはじめ隊員たちは度を越した悪ふざけで気を紛らわすしかない。だが、ただ一人、権力の亡者キャスカート大佐を巧くあしらう人物が出てくる。隊員に充分な食事を提供するためあらゆる手を尽くす善意の男、マイローだ。最初は冴えない厨房担当に見えた彼だが…

 お話も終盤に行くに従い、更にブラックさが増してゆき、登場人物の多くも悲惨な運命をたどる。これが単に悲惨なだけでなく、その多くが無駄で無意味で間抜けな死なのがやりきれない。

 くだらない地口や繰り返しのギャグ、ガキに凶器を持たせたが故の危ない悪ふざけも多いが、若者が狂ってゆく戦場と組織の不条理も、いささかワンパターンのドタバタ風味ながら巧く描けている。ただ、アメリカの圧倒的な物量に負けた日本人としては、著者が無意識に当然として描いた米軍の豊かさに複雑な気持ちを抱いてしまう。

 などとは別に、官僚的な組織の不合理さは、アメリカ人より日本人のほうが、よりリアルに感じるんじゃないだろうか。ただ長丁場な上に複雑な構成なので、時間をとって一気に読むのがいいだろう。 

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