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2016年6月 5日 (日)

大森望・日下三蔵編「年刊日本SF傑作選2009 量子回廊」創元SF文庫

「自分に性的な欲望を感じる。オナニーは自分とのセックスだ!」
  ――森奈津子「ナルキッソスたち」

 難病で病院のベッドに伏す可憐な少女の声が聞こえる。
「物語を聞かせて……」
  ――木下古栗「ラビアコントロール」

【どんな本?】

 2009年に発表された日本のSF短編から、大森望と日下三蔵が選び出した作品に加え、第一回創元SF短編賞受賞作の「あがり」を収めた。年間日本SF短編アンソロジー。

 本格的なサイエンス・フィクションからお下劣なギャグ,実験的で意味不明な作品からマンガまで、幅広い収録作が特徴。

【いつ出たの?分量は?】

 2010年7月30日初版。文庫本で縦一段組み、約618頁。8ポイント42字×18行×618頁=約467,208字、400字詰め原稿用紙で約1,169枚。上下巻に分けてもいい分量。

【収録作は?】

序文 / 大森望
夢みる葦笛 / 上田早由里 / 異形コレクション 怪物團
 突然<イソア>は街に出現した。人間サイズの白いイソギンチャクのようなもの。それが奏でる音楽に人はうっとりするが、亜紀は恐ろしく感じる。かつて同じバンドで歌っていた響子は、再起の舞台で鍵盤を弾く。喉を傷めたが、年配の男性の杉野に声のレッスンを受け、再び歌えるようになったらしい。<イソア>は街に溢れだし…
 妙なる響きを奏でるイソア。舞台には立たないまでも、DTMで音楽を作り続ける亜紀。喉を傷め声室は変わっても歌い続ける響子。「音楽に関することは何でも気になる」と語るボイストレーナーの杉野。全ての登場人物が音楽が大好きで、様々な形で音楽と関わりたいと願う者ばかりの、音楽小説。ジャンルに分けるならホラーなんだろうけど、音楽好きな人は切ない想いが先に立っちゃうかも。
ひな菊 / 高野史緒 / SFマガジン2009年4月号
 理科教員をしながらチェロを弾き続けたニーナに、思わぬ招待が届く。憧れの作曲家ショスタコーヴィチも加わる、「才能ある市民音楽家のためのキャンプ」だ。参加者の多くは若者で、三十路のニーナは少し馴染めない。親戚のマルガリータも助手で来ていた。昔は煩い子供だったが、今は魅力的な少女に育った。一人でチェロの練習をするニーナに、美青年ジューコフが声をかける。
 スターリン時代というよりルイセンコ(→Wikipedia)時代のソ連を舞台とした、これも音楽小説。妖艶な少女マルガリータ・美青年ジューコフ・三十路の大女ニーナ・コマシな教授ショスタコーヴィチ(→Wikipedia)の恋愛四重奏…のはずもなく。細かいネタだがエンドピンの工夫は実話が元ネタって気がする。
ナルキッソスたち /  森奈津子 / SFマガジン2009年11月号
 女子大生の知花は男を好きになった事がない。同性愛者かと思って新宿二丁目のレズビアン・バーにも通ったが、どうも違う。悩んだ末に、実は自分が好きなのだと気付いた。同じ性向の者が集う「ナルキッソスの会」を見つけ集会に出かけると、双子の美女ルナとルカと出会った。
 変態性欲を書かせたら並ぶ者なしの森奈津子による、奇想天外な人外SF。いろんな意味で男子禁制な新宿二丁目のレズ社会の様子も楽しいが、双子の美青年との場面は爆笑の連続。いやあルカさん気合い入ってますw にしても、ここまでマイペースな二人はいっそ清々しいw
夕陽が沈む / 皆川博子 / 異形コレクション 怪物團
 新聞から滑り落ちた活字は列をなして水槽に入ってゆく。水槽では指を三本飼っている。命の大切さを訴える教育の成果か、体の隅々までその精神が行きわたり、切断した指も適切な環境で育てると、魚を模倣して生き続けるようになった。
 エッチラオッチラと列をなして水槽に向かって行進する活字が可愛らしい…んだろうか。奇妙な風景を写し取った掌編。
箱 /  小池昌代 / モンキービジネスvol.6
 その文箱は、名文を綴るといわれる。書いた文を入れ寝かせておくと、人の心を打つ名文に仕上げてくれる。多くの者がその文箱を探し求め、その存在から価値の有無、使い方のコツに至るまで、怪しげな説から悟ったような説教まで様々な噂が飛び交い…
 という存在すら怪しい謎の文箱を狂言回しとした、凝った短編。
スパークした /  最果タヒ / 群像5月号
 冬。雪景色。コートを着込み、部屋を出て、雪道を歩き出す。
日下兄妹 /  市川春子 / アフタヌーン2009年12月号
 高校野球でエースピッチャーの日下は、肩を壊して退部を決意、寮を出て叔母の古道具屋で暮らし始めるが、彼の才能を惜しむチームメンバーがひっきりなしに訪ねてくる。店に置いてある古い箪笥をいじっていたら、奇妙な虫のようなものが飛び出し…
 漫画。扉の次の頁の2コマ目で「うおっ」と唸った。マウンドのピッチャーの視点で、バックネット方向を描いたコマなんだが、キャッチャーのミットが遠く小さい。ピッチャーは独特のポジションで、守備中もたった一人でバッターを「攻めて」いる。その孤独な気持ちが、よく出ているコマだと思う。全部を読み終えて再び扉を見ると、ベタで描く快晴の空の意味も違って見える。
夜なのに / 田中哲弥 /異形コレクション 喜劇綺劇
 定年を迎える恩師を囲む、高校の同窓会に片岡俊司は出かけた。みな相応に老け込んでいる。恩師への挨拶を終え、こっそりと退出しようとした俊司の前に、布施友梨子が現れ…
 時間をシャッフルして進む、切ない青春の思い出…かと思ったら、あまりに強烈な山下老人の登場で一気に吉本興業の世界へ突入してゆく。SFかと言われると困るが、まあいいじゃないですか面白いしw
はじめての駅で・観覧車・はじめて降りた駅 / 北野勇作 / WEBアンソロジー「はじめて降りた駅で
 駅に降りるためには、そこに駅がなければならない。そして駅が駅であるためには、線路が必要だ。この線路は巨大な円環状の線路で…
 北野勇作らしい、不思議な風景が印象的な掌編二本。
心の闇 / 綾辻行人 /小説すばる2009年11月号
 齢も50近いので、定期的に病院で検査を受けている。脳には異常がなかったが、腹部エコーで何かが見つかったのか見つからなかったのか。石倉医師は言う。「だいたいにおいて異常は認められません。ただ、肝臓に……」
 若い頃はともかく、いい歳になってからの定期健康検査はおっくうな上に、色々と心当たるフシが多くて出来れば避けたい所。役者や作家などの自由業はつい怠けがちだろうなあと思ったが、ちゃんと受ける人もいるんだなあ。煙草の場面は心に刺さるが、やはり止めるのは難しい。ところで読書は毒書とも言って…
確認済飛行物体 / 三崎亜記 /小説すばる2009年12月号
 政府は、一年前に未確認飛行物体を「確認」した。以来、確認済飛行物体は頻繁に姿を現すようになった。不規則に動起き、分裂し、唐突に静止し、消える。街ゆく人も確認済飛行物体に慣れ、ちょっと綺麗な風景ぐらいに受け止めている。彼女と出会ったのも、飛行物体が飛来した頃だった。
 UFOが「確認」されてしまった後の風景を描く。「確認」ったって何を確認したんだかよくわかんないんだけど、「政府が確認したんだから、まあいいじゃん」となってしまうあたりが日本の風景なんだが、東日本大震災の後だと別の意味に思えてくるけど、これは震災の前に書かれた作品。オチのキレは見事。
紙片50 / 倉田タカシ / 同人出版
 著者が Twitter 上で発表した、140字以内の超短編を集め編集したもの。発想の壊れ方がハンパない。機械と肉のかけあいが楽しい。
ラビアコントロール / 木下古栗 / ポジティヴシンキングの末裔
 ある朝、純一郎が目覚めると、手足が自らの陰毛によって緊縛されていた。
 …最初のニ行は何の意味があるんだw いえ大好きですけどね、こういう芸風w
無限登山 / 八木ナガハル / ウルトラジャンプ2009年5月号
 タカコとトウコは、春休みに「あたま山」に登ることにした。これは人工山の一つで、大気圏を越え静止軌道のさらに先へと伸び…
 漫画。ちょっとテリー・ビッスンの「平ら山を越えて」を思わせるアイデアだが、発想は突き抜けている。可愛い小学生の女の子と、壮大な風景の対照がいい。贅沢を言うとカラーの大判で楽しみたいなあ。
雨ふりマージ / 新城カズマ / SFマガジン2009年10月号
 母が会社をリストラされた。母は考えた末、アドバイザーのアナスタシアさんの助言に従い、ボクと姉も含め架空人になる。これでボクら一家は、法律上は生身の人間じゃなくなった。
 ブログとニコニコ動画を合わせたような形式で進む、近未来を舞台とした作品。実験精神に満ちながら、商業作品としての読みやすさもライトノベル以上に備え、若々しさと切なさを感じさせる青春SF小説。最後の一行は完全に狙ってるなあ。
For a breath I tarry / 瀬名秀明 / 問題小説2009年1月号
 ぼくと琉美は、百貨店の八階のギャラリーに出かけた。共通の友人の望月海の個展だ。入り口には左右に並んだ二枚の絵。順路は右か左、どちらかを選ぶらしいい。物理学出身のぼくはロボットを選び、工学出身の琉美は花を選んだ。
 この著者らしい、ロボットと人間・機械と生命の合間を探る作品。今でこそ意味深な作品が多い人だけど、やっぱりディーン・R・クーンツが好きなんだなあ。
バナナ剥きには最適の日々 / 円城塔 / SF本の雑誌
 星間探査球に備わった知性体。探査球の目的は宇宙人を探る事だが、何をもって宇宙人とするかが難しい。ただの現象かもしれない。その判定が任務なのだが、なにせ暇だ。宇宙は広い。再構成してから百年ほど経っているが、客観時間では何千年か見当もつかない。
 宇宙を漂う探査機の一人称で進む作品。この著者が広大な空間に一人で浮かぶ孤立感なんぞを描くわけもなく、妙にトボけた筆致でバナナ星人とかの変なエピソードを連ねてゆく。にしても超光速~のアイデアには感服した。
星魂転生 / 谷甲州 / SFマガジン2009年10月号
 またひとつ星が破壊された。今度は千光年は離れている。これで五つめだ。観測された時期には六百年のばらつきがあるが、実際の爆発はほぼ同時期、今から約千年前に起きている。
 光速を越えられない相対論的な宇宙で、呆れるほど長い期間に渡り続く戦争の一場面を切り取った作品。兵器を使ってから、その効果を確認するまで千年かかる兵器ってのも、光速を越えられないなら当たり前なんだが、その壮大なビジョンに頭がクラクラする。
あがり / 松崎有理 / 第一回創元SF短編賞受賞作
 イカルは幼馴染。ジェイ先生が亡くなってから、彼は生命研究棟に泊まり込み、設定式温度反復機につきっきりで作業している。さすがに六台の設定式温度反復機を占領すると、研究室内から苦情が出る。特に長髪の院生とは折り合いが悪く…
 大学の生物系の研究室を舞台にした作品。生物系の中でも、細胞や細菌や遺伝子など、小さいシロモノを相手にする部類。「生物の本質は遺伝子か固体か」という大きなテーマに加え、学問の世界に入るきっかけ・研究室内の人間関係・変な所で細かく変な所で大ざっぱな研究室の様子などが生々しい。
第一回創元SF短編賞選考経過および選評 / 大森望・日下三蔵・山田正紀
2009年の日本SF界概況 / 大森望
後記 / 日下三蔵
初出一覧
2009日本SF短編推薦作リスト

 やっぱり森奈津子の「ナルキッソスたち」とか木下古栗の「ラビアコントロール」とかの、お下劣系は読んでて実に楽しい。上田早由里の「夢みる葦笛」は、音楽テーマってのもあるが、何かに打ち込む人を描くと巧いよなあ、この人。谷甲州の「星魂転生」は、壮大なスペースオペラを現代科学に忠実に描く試みに脱帽した。やっぱり、そうなるよなあ。

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