マクス・ガロ「ムッソリーニの時代」文芸春秋 木村裕主訳
「我々は下院議員の団体ではない。突撃隊であり、銃殺体である」
――4 決定的な歳月 1920.6~1921.5「独裁政治は戦争を起こすだろう。……なぜなら、彼らは内政の難局に遭遇して、その出口を戦争に求めるだろうから」
――10 ファシスト体制 統帥 1926~1936カヴァレッロ将軍はチアーノに、軍の機械化の問題を解決したと報告した。どのように? 単に歩兵の行軍度合いを1日20マイルから25マイルとしただけに過ぎなかった。
――14 敗北の三年間 1940.6~1943.7
【どんな本?】
ベニート・ムッソリーニ(→Wikipedia)。20世紀前半のイタリアを類まれな統率力で牽引し、第二次世界大戦へと引きずり込んだ男。ヒトラーに先駆けてファシズムを唱え、ファシスト党を率いて一党独裁を実現した男。第二次世界大戦が始まるまでは、チャーチルなど西欧の有力政治家から絶賛された男。
ムッソリーニが台頭する頃のイタリアは、どんな様子だったのか。ムッソリーニはどのようにファシズムにたどり着き、ファシスト党を牛耳ったのか。ファシストはどんな手段で政権を奪ったのか。ファシストによる統治は、どんなもので、どのように権力から転げ落ちたのか。そしてムッソリーニとは、どんな男だったのか。
ヒトラーと並びヨーロッパで枢軸をなしたもう一人の独裁者ムッソリーニを中心に、20世紀前半の激動するイタリアを描く、一般向け歴史書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は L'ITALIE DE MUSSOLINI, by MAX GALLO, 1971。日本語版は1987年6月1日第一刷。単行本ハードカバー縦二段組みで本文約415頁に加え、訳者あとがき7頁。8ポイント26字×25行×2段×415頁=約539,500字、400字詰め原稿用紙で約1,349枚。文庫本なら上中下の三巻でもいい分量。
歴史書ではあるが、文章は詩的というか文学的というか、もってまわった表現が多くて、私はあまり好きじゃない。登場人物の多くがイタリア人のためか、いちいち気取った台詞が多いからかもしれないけど。
内容も初心者には不親切で、相応の知識を持った者を読者に想定してる。例えばアドワの悲劇(→Wikipedia)とかサバダ岬海戦(→Wikipedia)とかが出てくるが、経緯や結果はハッキリ示さない。それぐらいは心得ている人に向けた書き方になっている。
【構成は?】
ご覧のとおり時系列順に話が進むので、素直に頭から読もう。
- Ⅰ ファシズムの起源と権力の獲得 1883年~1922年10月30日
- 1 若い国、若い男 1883~1914
- 2 戦勝の失望とファシズムの誕生 1914~1919.4
- 3 革命の影 1919.4~1920.6
- 4 決定的な歳月 1920.6~1921.5
- 5 ファシズム、政権へ 1921.5~1922.8
- 6 ローマ進軍 1922.9~1922.10.30
- Ⅱ ムッソリーニ政権誕生 ファシズムの成功 1922年~1936年
- 7 甘い成功の時 1922.10~1924.4
- 8 壊滅の賭け 「マッテオッティ事件」 1924.5~1925.1.3
- 9 ファシズム、全権掌握へ 1925~1926
- 10 ファシスト体制 統帥 1926~1936
- 11 ファシスト組織 「イデオロギー、国家、党」 1926~1936
- 12 ムッソリーニの大きな賭けとエチオピア国家 1933~1936
- Ⅲ 激動するイタリア 1936年~1945年4月29日
- 13 戦争への道 1936~1940
- 14 敗北の三年間 1940.6~1943.7
- 15 ファシズムの倒壊とムッソリーニの復帰 1943.7~1943.10
- 16 サロの社会主義共和国 1943.10~1944.1
- 17 命拾い 「1944年」 1944
- 18 ファシズムの終焉とムッソリーニの死 1945.1~1945.4.29
- エピローグ
- 訳者あとがき/主な登場人物
【感想は?】
まずは著者の姿勢を。現代のイタリアでは再評価の動きもあるムッソリーニだが、著者の姿勢は一貫してムッソリーニを悪役として扱っている。見てくれにこだわり人を魅了する能力には長けるが思慮が浅く暴力的、おまけに女には目がない助兵衛親父。
「マラリア全史」では南部からマラリアの撲滅に功績があったとされ、イタリアの業病マフィアと戦ったと噂されるムッソリーニだが、この本では完全にええトコなしに描かれている。そんなわけで、ムッソリーニが好きな人は白水社の方が向くだろう。
ヒトラー&ナチスの台頭を扱った本は多いが、ムッソリーニ&ファシストを扱った本は少ない。これ以外だと白水社の伝記ぐらいしか私は知らないが、あちらも評判はイマイチだ。
で、この本は、というと、やっぱり相当に読みにくくて、初心者向けじゃない。いささか文学的な文章はともかく、人物像や思惑、細かい政治的な駆け引きに多くの筆を割く反面、その背景となる社会構造や経済的な背景そして事件の内容や歴史的経緯などは、「それぐらい知ってるよね」的な感じでアッサリ流してしまう。
お陰で初心者の私は相当に苦労しながら読む羽目になった。
それでも、ヒトラーやムッソリーニのような独裁者が台頭してくる流れは、なんとか掴めたと思う。
当時のイタリアは農業中心の貧しい南部と工業化が進む北部の差が広がっていた。この格差は今でも続いているっぽい。教育も行き届かず、「南部の人口の80%がほとんど文盲だった」。保守的な支配勢力として国王・法王・地主があり、新興の保守勢力として北部じゃフィアットなどの実業界が台頭しつつある…あれ? 軍はどうなんだろ?
そこに社会党が盛り上がり、ストライキが頻発して国家は麻痺状態になる。第一次世界大戦では戦勝国になったものの、多額の戦費は国庫を圧迫し、国民の暮らしは苦しくなる一方。
ってな所に、新たな保守勢力としてファシストが登場し、若い右翼的な青年を吸収して大きくなってゆく。当時のイタリアじゃ主要なメディアは新聞なんだが、ムッソリーニは自らの新聞「イル・ポーポロ」を持っていた。これで活動資金を得ると共に、人びとを扇動して仲間を増やしていくわけだ。
社会党が勢力を増し追い詰められる旧支配勢力をファシストが結びつけ、軍や警察も味方につける。保守勢力から得えた活動資金と武器で反対勢力を襲い、権力を握ってゆく。
パターンとしてはナチスが台頭したドイツも似ている。箇条書きにすると、こんな感じか。
- 国の経済が悪化し、人びとの暮らしが苦しくなり、不満が高まる。
- 失業者・貧しい農民・労働者などを中心に左派が強くなりストライキが頻発、更に経済が悪化する。
- 若い右派は新しい保守勢力(ファシストやナチス)に集まる。
- 追い詰められた旧支配層は新保守勢力と結託する。
- 新保守勢力は豊かな資金と暴力で権力を握り、独裁へと突き進む。
左派の台頭に対する右派のカウンターで点じゃ、今の日本とも似てるなあ。
そうやって権力を握ったムッソリーニに対する個人崇拝や、国民を駆り立てる様子は、スターリンにソックリだから笑ってしまう。
イタリアのどこに行ってもムッソリーニは人々に歓迎されたが、「半径300ヤードの中にいたのはすべて変装した警察官ばかりだった」。専属の床屋も警官だ。警察大臣アルトゥーロ・ボッキーニ曰く「独裁制はその独裁者の死と共に終わる」。そんなわけで、暗殺の目論見はあったんだが、警察が完全に抑え込んでいたわけ。
加えて、国民を様々な行事に駆り立てる。ファシスト関係の団体を作り、青少年たちは余暇を組織の行事で過ごす。「青少年たちは、年々、集会、制服、歌、競技会が増えて行った」。こういう行事で青少年を追い回す政策は今でもチェチェンのカディロフ(→Wikipedia)や北朝鮮の金正恩がやってるわけで、独裁者の常套手段なんだろう。
人口を増やしたがるのも独裁者の性質なのか、集団結婚式を開催し、「未婚者は、税金を課されることになった」。いやアメリカに大量の移民が出ていってるんですが、主に南部を中心に。国民の暮らしを豊かにするのが先なんでない?
こういう短絡的な政策が祟ってか、賃金は下がり勤務時間は増え物価は上がり、庶民の生活は苦しくなる反面、実業界は大きな利益を得る。
こういった不満に加え、スペイン内戦への介入やドイツとの同盟はファシストにもウケが悪く、次第にムッソリーニの支持はグラついてくる。第二次世界大戦でのイタリアの不甲斐なさは、軍備をスペイン内戦で使い果たした上に、そもそも将兵にヤル気がなかったから、とこの本ではなっている。
ムッソリーニは第一次世界大戦じゃ歩兵として出兵し優れた働きで伍長にまで昇進したとはいえ、大軍を率いる将としては素人なのに、煩く作戦に口出しするんで軍もキレかけていたようだ。しかし伍長から軍のトップってのはヒトラーと同じだなあ。
やがて連合軍が巻き返しイタリアに上陸すると、国王を中心にムッソリーニを見限る動きが出て、独裁者の運命は暗転する。結局のところ、彼は同志と思っていた保守勢力に裏切られたわけだ。この後のドイツ軍の動きを見ると、イタリア人はドイツを快く思っていないだろうと思う。
この本はムッソリーニの死で終わるが、イタリアは第二次世界大戦後も右派と左派の暴力的な対立が続く。王制こそ終わったものの、南北の格差は残っているし、マフィアも健在だ。などと考えると、現代のイタリア史に興味が沸いてきたり。ただ、素人にはかなり不親切な本なので、そこは覚悟しよう。
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