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2016年6月12日 (日)

ジャック・マクデヴィッド「探索者」早川書房 金子浩訳

「とぼけないでくださいよ。どういう意味か承知のくせに。あなたとあなたのパートナーは神殿泥棒コンビなんだから。ぶしつけで申し訳ありませんが、心の底から憤慨しているものでしてね」

「わたしたちは個人よ、チェイス」と女性のひとりがいった。「だって、ひとりひとりのちがいをこんなにはっきり見てとれるんだもの」

【どんな本?】

 アメリカのSF作家ジャック・マクデヴィッドによる、三部作の第二弾。人類が超光速航法を手に入れ、数多くの恒星系に進出した遠未来を舞台に、古美術商のアレックス・ベネディクトと、その相棒である宇宙船パイロットのチェイス・コルパスの冒険と活躍を描く、娯楽スペースオペラ。

 2007年ネビュラ賞長編部門受賞作。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は SEEKER, by Jack McDevitt, 2005。日本語版は2008年10月25日初版発行。単行本ハードカバー縦二段組み本文約372頁に加え、訳者あとがき5頁。8.5ポイント25字×21行×2段×372頁=約390,600字、400字詰め原稿用紙で約977枚。文庫本なら上下巻でもおかしくない分量。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。「ハリダンの紋章」に続く三部作の一作だが、この作品だけでも完結しているので、充分に楽しめる。また、古いSF映画や有名なSF小説をネタにしたクスグリがアチコチにあるので、詳しい人にはピンとくる場面が多い。ただ、登場人物が多く、肝心の謎にかかわっているので、登場人物一覧が欲しかった。

【どんな話?】

 人類が超光速航法を手に入れ、多くの恒星系へと進出した遠未来。アレックス・ベネディクトは、成功した古美術商だ。口の悪い者は墓荒らしと呼ぶが。その相棒は、未知の星系を調べる探査局を退職したパイロットのチェイス・コルパス。

 その日、若い女性が鑑定を頼みに来た。あまり暮らし向きはよくない様子。エイミイ・コルマーが持ち込んだのは、合成樹脂のカップ。推定年代は共通歴2600年、なんと九千年前のお宝だ。当時は恒星間航行の黎明期で、抑圧的な地球から脱出した植民船<探索者>の遺物らしい。

 自由を求め旅だった<探索者>。目的地は伏せられており、今もどこに行ったのかわからない。そのため、植民者・マーゴリア人を巡っては様々な憶測がなされている。このカップが本物なら、植民者たちの行方も明らかになり、人類は九千年ぶりに同胞と出会える…または、彼らが遺した遺跡を訪ねられるだろう。

 かくして、ライバルの大手古美術商オリヴァー・ボルトンや古美術商を敵視する考古学者カスマー・コルチェフスキイなどが入り乱れ、宇宙を駆け巡る探索が始まった。

【感想は?】

 意外な拾い物。特に終盤のスリルと盛り上がりは、なかなかの爽快感。

 ネビュラ賞(→Wikipedia)はプロによる投票のためか、文学的・技巧的な作品が選ばれやすい。そのため私も少し構えて読んだのだが、この作品は全く違う。ストレートで気持ちのいい娯楽作品だ。

 お話はミステリ風味に進む。

 冒頭、<探索者>が登場する前、極秘に遺跡漁りに出たアレックス&チェイスは、何者かに出し抜かれた事を知る。肝心の遺跡=廃棄された六世紀前の探索基地に赴くが、そこは既に荒らされた後だった。しかも、アレックスたちへのメッセージまで残っている。どうやら敵意を持つ者に秘密が漏れているらしい。

 と、探偵物でお馴染みの不穏な空気が漂うが、同時に遠い未来を感じさせる描写もSF者の期待を煽る。なんたって、巨大ガス惑星の第13衛星にある基地が、遺跡となっている時代だ。

 現代の私たちからすれば遠い未来なのに、物語の舞台から見ると遠い過去の遺跡。この時間感覚が、土星のようなリングを伴う巨大ガス惑星の風景と共に、SF者の心にビンビン響いてくる。

 そこに現れる、人類史を書き換えかねないお宝と、それを持って現れる頼りなげで胡散臭い若い女の依頼主。

 依頼主エイミイ・コルマーが、これまた絵にかいたような「だめんず」で。磨けば光りそうなタイプなのに、ビンボが身に沁みついちゃってる上に、男を見る目がなさすぎ。元ボーイフレンドのクリーヴ・プロツキイはコソ泥で、平気で女に手を上げる幼根の腐ったチンピラ。なんでこんな男にブツブツ…

 と、古代の遺物とは全く縁がなさそうな依頼主と、人類史に関わるお宝のミスマッチの謎が、終盤近くまで物語を引っ張ってゆく。

 それと共に、現代では安物の代名詞したいな合成樹脂のカップが、この舞台だと前代未聞のお宝になるってミスマッチも、SF者の心を揺さぶるじゃないか。実際、ガッコで習う歴史ってのは、偉い人や有名な人がナニしたアレしたみたいな話ばっかりだけど、私みたいな庶民がどんな暮らしをしてたかって話は、あんまし出てこない。

人々がどんなふうに暮らしていたのか、どんなふうに時間を使っていたのか、自分たちが生きている世界についてどう思っていたのかについてはほとんどわかっていないのだ。

 そんなこんなで、合成樹脂から始まった調査は、街の犯罪記録から探査局の探索記録から始まり、ブラックホールの観測基地や異星人の惑星、そして地球までを巡る大宇宙の旅へと広がってゆく。

 そこに絡んでくるのが、やり手のビジネスマンらしい大手古美術商のオリヴァー・ボルトンや、空気を全く読まない考古学者カスマー・コルチェフスキイなどのキャラが立ってる面々。

 礼儀正しくスマートで如才なく、政界の大物にも通じているらしいボルトンは、なまじ好意的なだけに、顔に張り付いたような笑顔が余計に胡散臭い。頑固で敵意を露わにするコルチェフスキーは、物語の中だと経済原則無視の敵役なんだが、それも学問一徹の人と思えば可愛らしく思えてくる。

 ってな探偵物のお約束みたいな登場人物もいいが、宇宙を駆け巡る中盤以降は、スペースオペラらしい味わいが次第に増え、SFとしての美味しさも濃くなってくる。

 行方不明のマーゴリア人に関する俗説は、現代のハイランダーや吸血鬼テーマのホラーみたいだし、この時代になっても物語中の凶悪な宇宙人は爬虫類だったり。「こんな形態にどんな進化上の利益があったのか」なんてお約束の突っ込みは、時代を超えるみたいだw

 宇宙ステーションを訪ねる場面でも、レストランの描写に「言われてみれば!」と頷いたり。なにせ数多の惑星から人々が訪れる時代だ。それぞれ時間帯が異なるし、そもそも一日の長さが違う。ってことで、レストランの営業も…。

 などと宇宙を駆け回った末に、アレックス&チェイスが真相にたどり着く終盤では、壮絶で圧倒的な風景が目の前に開けると共に、物語も思いっきり盛り上がってゆく。今ちょっと調べたら、この仕掛けは案外と科学的にもありえるシナリオだったりする。

 犯人捜しと遺跡調査の謎解きで読者を引っ張りながら、終盤では壮大なスペースオペラらしい結末でSF者をうっとりさせる、気持ちいい読了感を味わえる王道の娯楽作品だった。

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