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2016年6月の13件の記事

2016年6月29日 (水)

フィリップ・ボック「現代文化人類学入門 1~4」講談社学術文庫 江渕一公訳 3

技術体系はそれだけでは作動しないので、技術体系の変化と社会構造の変化とは手をたずさえて進む。
  ――第四部 技術体 序論

人間は自分の肉体的努力の結果が不確かなばあいは、いつでも、そうした努力に加えて、霊的技術を用いようとする傾向をもっている。
  ――第九章 技術と技能

 フィリップ・ボック「現代文化人類学入門 1~4」講談社学術文庫 江渕一公訳 2 から続く。

【技術】

技術というものは、狭い範囲の地域的伝統のなかに生きながらえる傾向がある。実際、工芸がある国から別の国へ伝播するのは、その技術をもつ職人の集団が移住したことによるばあいが多い
  ――第九章 技術と技能

 ヘンリー・ペトロスキーの「鉛筆と人間」には、芯のレシピが何度も再発明された歴史が出てきた。技術ってのは、それを使いこなせる人が必要らしい。確か紙もそうだった。

 加えて、特定の技術に携わる職人は、まとまって一つの村や町を作る性質があるようだ。現代でも、シリコンバレーがそうだなあ。確かにコンピュータ・エンジニアが一か所に集まると、様々なアイデアが交換されて、斬新なシステムが生まれやすいだろう。日本もプログラマ団地を作れば…いや、みんなデスマーチで誰も家に帰らないから意味ないかw

【食料調達】

 「食料採取民の間では、植物系の採集はほとんど一定して女性」が担う場合が多いってのは、なんかわかる気がする。しかも「最近の研究は(略)集団の食物に対する貢献度というてんからいうと、ふつう、女のほうがより重要」だとか。やっぱり安定してるから、だろうか。

 お陰で、オーストラリアのティウィ族じゃ、年配の後家さんがモテモテ。なぜって、知識と経験が豊かなもんで採集も調理も上手だから。結局、男は胃袋さえ掴んじゃえば逃げられない生き物なんです。

 農耕で「おお!」と思ったのが、ユカタン半島のマヤ族の焼き畑。ここでは掘った穴に「トウモロコシの実数粒とマメやカボチャの種とを混ぜ合わせたものを入れる」。

 複数種の作物を同じ所に植えるってのは現代農業からすると無茶苦茶な気がするが、マメは窒素を固定する働き(→Wikipedia)があるし、一種類の害虫や病気で全滅する可能性も減るんで、理に適ってるのかも。

 にしても、トロブリアンド島の迷信には意表を突かれた。「ヤム(イモ)は呪術師の求めに応じて、地面のすぐ下をさまよい歩く」。土中をほっつき歩くイモって、その発想はなかったぞ。巧く料理すればちょっとした小説に…と思ったが、既に草上仁が書いてそうな気もする。

【思想】

(思想の)体系化の動きが現れるのは、主として葛藤の時代であって、現状を守るためか、または反対に、現状のもつ矛盾を明らかにして、その打破を要求するためか、そのいずれかを必要とするばあいである。
  ――第五部 思想体系 序論

 当たり前のことが当たり前に通用しているうちは、そういう思想がある事にすらヒトは気づかないわけです。

 この項では神話・伝説の類も追いかけてて、ムーの読者が喜びそうな記述もある。

ある非常に広くゆきわたっている観念の一つに、地球はかつてくまなく水におおわれていたが、伝説上の人物のある特殊な行為が「陸地を出現させた」というのがある。

 洪水伝説とも取れるが、日本の国生みも似た構造だよね。「人物」じゃないけど。

 途上国の発展が難しい理由も、思想面で二つほど上げている。いずれも倫理観の問題だ。官僚は公平無私を求められるが、伝統的な倫理観は親族を重んじよと命じる。つまり彼らは腐敗しているんじゃなくて、伝統的な価値観に従い正しく行動しているわけ。

 もう一つは、「平準化メカニズム」。っていうと小難しいが、格差をなくそうとする働きだ。悪くないように思えるが、問題は「必ずしも経済的でもなければ生産的でもない使い道で、しいて消費させようとする」。出る杭は叩き壊せ、と。途上国で過激な共産主義がはびこりやすいのも、こういう思想的な背景があるためかなあ?

 これが途上国の発展を阻んでもいるんだが、「土着の社会体系の根本的な崩壊をもたらさないことには、それらをなくすことはできない」と、著者は悲観的。

【調査】

文化人類学のもっとも一般的な目標は、あらゆる人類文化の間に見られる類似点と相違点、およびそれらをうみ出した過程を理解しようとすることである。
  ――第十三章 比較法

 四巻では、文化人類学者が現地調査で心がける事を列挙していて、これがちょっとしたボヤキにも解釈できるのが楽しい。例えばエヴァンス=プリチャード(→Wikipedia)がヌーア族を調べた際、最初は言葉も通じず疑われて「余計なヨソモノ」扱いだったけど、言葉を覚えて親しく付き合えるようになった。

 なったはいいが今度は仲良くなりすぎて、ひっきりなしに客がやってくる。誰かに地域の風習について尋ねてる最中に、別の奴が割り込んでくだらない冗談をかます。それは「ヌーア語の知識をふやす機会にはなったものの、同時に激しい心身の疲労を強いるものであった」とボヤいている。人気者はつらいね。

 「最近の若者は」みたく昔を美化する話はよくあるが、これも別に日本独特ってわけじゃなく、「民族誌学的調査では非常に多い」そうな。

理念的文化、すなわち、人びとが、こうあるべきだ、と考えていることと、現実的文化、すなわち、与えられた状況において人びとは実際にどう行動するか

 は、キチンと区別して、ちゃんと数字を取って確認しようね、と釘を刺している。こういう性質は別に未開からってわけではなく、ヒトってのはそういう性質を持ってるって事だんだろうなあ。やっぱり記録の重要さを強調している所では…

調査者がたまたま出くわした、強烈ではあるが典型的とはいえないできごとを不当に重視する

 のを防ぐため、予め観察計画を立てようね、とあったり。これがテレビ番組だと、見事に逆の方針で作ってるから、映像メディアは慎重に見ないと危ない。逆に現地の人に映画を撮らせるなんて手法もあるとか。そうする事で、彼らの興味のありかがわかるわけ。確かにカメラマンが男だと、綺麗な女ばかりを撮りたがるかも←それはお前ぐらいだ

【推論】

一般的進化の研究は、全体としての人類文化の全般的な進歩の傾向に関心を持つ。その進化の度合いは、エネルギー源に対する人類の支配力の増大という観点から測定される。
  ――第十三章 比較法

 そうやって調査して集めたデータを処理する方法もいろいろあって。

 動植物のルーツを探る方法だと、遺伝的な変異が最も大きい地域が原産地だろう、みたいな仮説が有力だし、言語に関しては柳田國男の「蝸牛考(→Wikipedia)」なんて労作がある。似たようなので「年代-領域原理」も、ちょっと納得のアルゴリズムだ。例えば、いくつかの集落が散在する地域があって…

  • 東側の集落にはラジオだけがある。
  • 中央の集落にはラジオと白黒テレビがある。
  • 西の集落にはラジオと白黒テレビとカラーテレビがある。

 このデータから、ラジオ・白黒テレビ・カラーテレビを、古い順に並べてみよう。

 ってな場合、より広く行きわたっているモノほど古い、とする理屈だ。言われてみれば当たり前のように聞こえるが、こういうのをキチンと文章化すると、なんか納得しちゃうんだよなあ。

【おわりに】

「人間というものについての理解の拡大をはかること」こそは、人類――ヒトにかんする正しい研究を標榜する学問としての人類学が継続して掲げるべき目標である、とわたしは信ずるのである。
  ――エピローグ

 この著作では、何度も自文化中心主義(→Wikipedia)を諫める文章が出てきて、一種の思想書みたいな気配すらある。

異文化のもつ統合性を尊重する態度をひろく普及させることによって、自文化中心主義の傾向を減退させることが、今日、人類学者が追及している重要な実践的目標なのである。
  ――第十一章 価値体系

 そういう点では、思想的に合わない人もいるだろうが、一見奇妙な伝説やしきたりもアチコチに出てくるので、社会的なセンス・オブ・ワンダーを求める人にはお勧めのシリーズ。でも今は手に入りにくいんだよなあ。残念。

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2016年6月27日 (月)

フィリップ・ボック「現代文化人類学入門 1~4」講談社学術文庫 江渕一公訳 2

「文化」は、ある人間集団の成員の行動に影響を及ぼす期待、信仰、あるいは同意のすべてを含む。これらの共有観念は、意識的なものであるとは限らないが、つねに社会的学習によって伝達されるものであり、それはあらゆる人間社会が当面する適応上の諸問題に対して、ひと組の解決法となっているものである。
  ――第一章 生物学的背景

言語体系においても、親族体系においても、ある種の属性の選択と強調が行われ、他の属性およびそれらに基礎をもつ範疇は、系統的に無視されるという傾向が見られるのである。
  ――第四章 人間の種類

 フィリップ・ボック「現代文化人類学入門 1~4」講談社学術文庫 江渕一公訳 1 から続く。

【三つの特徴】

 本書の特徴は、次の三つだろう。

  1. 「範疇」と「準則」
  2. 文化相対主義
  3. ときどき皮肉なユーモア

【「範疇」と「準則」】

 これが、著者が強調する本書の特徴だろう。

 「範疇」は、モノゴトの分け方だ。

 例として、親戚の「おじ」を考えよう。日本語で「おじ」は、以下の四種類がある。

  1. 父の兄弟。
  2. 父の姉妹の配偶者。
  3. 母の兄弟。
  4. 母の姉妹の配偶者。

 私たちにとって、これは当たり前に感じる。「おば」って言葉もあって、これは 父の姉妹/父の兄弟の配偶者/母の姉妹/母の兄弟の配偶者 を表す。

 ここから、日本では親戚関係を、二つの属性で区別していることが分かる。一つは世代だ。おじ・おば共に、父母と同じ世代に属する。もう一つは、性別だ。男ならおじ、女ならおばと呼ぶ。

 と同時に、無視する属性もある。まず年齢。稀に年下のおじ・おばも存在しうる。他にも父系と母系の違い・血縁の有無(父の姉妹の配偶者や母の姉妹の配偶者とは血縁がない)・生死の別などを無視しているわけだ。

 このように、モノゴトの区分け方から、どんな属性を見てどんな属性を無視するかで、「範疇」ができあがってゆく。

 そして、それぞれの「範疇」には、相応しい行動スタイルが決まっている。これを準則と著者は呼ぶ。極論すれば、範疇と準則が文化の要素というわけ。

【文化相対主義】

 本書の用語解説では、こうなっている。

信仰や慣習は、それらを一部分として包摂する文化全体という観点から把握されなければならない、とする態度。

 なんかケッタイな習慣も、文化全体を見ると、ソレナリに意味がある(場合が多い)、みたいな観点かな。これは Wikipedia も見てほしい。

 用語解説に沿った例だと、交叉イトコ婚がある。これは、父の姉妹の子または母の兄弟の子との結婚が奨励される風習だ。

 世界には母系社会と父系社会がある。母の血統を重視する社会と、父の血統を重視する社会だ。仮に極端な母系社会を例にしよう。有力な一族・源氏がいる。母が源氏なら、その子は(男でも女でも)源氏だ。父が誰だろうと関係ない。父が源氏でも、母が源氏でなければ、その子は源氏ではない。源氏は女だけを通じて受け継がれる。

 あなたは源氏で、男だ。あなたの母も源氏だ。あなたの祖母も源氏だ。あなたの母の兄弟も源氏だ。なぜなら、源氏である祖母の子だから。だが、あなたの母の兄弟の娘(交叉イトコ)は、源氏ではない。この場合、交叉イトコ婚が奨励されるケースが多い。そうする事で、交叉イトコは一族の身内になるからだ。

 交叉イトコ婚という現象だけ見ると、何かケッタイな風習のように思えるが、他のルールとの関係で、それなりに合理的な意味があるわけ。そういえば「ヌードルの文化史」に、箸の文化は麺の文化と重なってるって話があったなあ。

【皮肉なユーモア】

 これは文化相対主義とも重なっているんだが。

 文化人類学というと未開の民族を対象にするような印象があるし、実際に多くの民族の例が出てくるんだが、当時に世界的に有名な民族「カメリア族」なる者も登場する。名前からわかるように、アメリカ人だ。文化人類学者の目でアメリカ人を見て、その習慣を紹介しているわけ。

 これは一巻の末尾、アメリカの高校や大学の卒業式や、海兵隊の新兵訓練の様子を描く部分が、なかなか楽しい。コドモからオトナへの通過儀礼(→Wikipedia)として解釈し、分離→移行→統合 のステップで説明してゆく。例えば海兵隊だと、次の三段階のステップを経るわけ。

  • 分離:今までの地位を失う。自分の家族やなじみ深い環境から引き離される。
  • 移行:新しい地位(海兵隊員)に相応しい言動を学ぶ。往々にして厳しく屈辱的な扱いを受ける。
  • 統合:新しい地位を得て、今までとは異なる集団(海兵隊)に迎え入れられる。

 なお、通過儀礼に関しては二つほど面白い話があった。一つはこれ。

母親と幼い男の子が親密な社会ほど、思春期の成年儀礼は血なまぐさく、「おうおうにして、割礼や、その他性器に傷をつける儀式をともなっている」。

 巧く説明できないけど、なんか分かるような気がする。強引に母ちゃんから引き離さないと、マザコンを卒業できない…ってのは、ちょっと違うか。でもムスリムの母ちゃんって、子煩悩な人が多い気がする。根拠は全くない。

 もう一つは、これ。

通過儀礼が厳しいほど、新しい地位を人は大事にする。

 これは「影響力の武器」にもあったなあ。海兵隊の例で考えると、新兵のシゴキにも意味があると思えてくる。そうすることで、海兵隊員の地位を誇りに感じ、忠誠心が増すわけで、軍には都合のいい効果だ。

【言語】

文法は、一般的に二つの相互に関係ある部分に分かれる。その第一は、形態論(morphology)で、語の構成法を取り扱うものである。第二は統語論(syntax)で、句、節、文その他、語よりも大きい構造をもつものを対象とするものである。
  ――第二章 言語の習得

 …えっと、lex と yacc の違い? などとトボけた事を言っているが、ここでは言語学の基礎的な話から始まる。

 色の名前が意外で、基本的色彩が2~11と結構バラついてる。というか、たった2色でどうするのかと思ったら、白と黒だった。更に、「付け加えられる各範疇が規則正しい順序で現れる」とか。まあヒトの目の構造が同じなんだから、当たり前なのかもしれない。

 なお、その順番は 明るい→暗い→赤→(黄 or 緑)→(黄 or 緑)→青→茶 までは、だいたい決まってるそうな。これに続くのは結構不規則で、灰色・桃色・橙色・紫だとか。赤って、やっぱりインパクトある色なんだなあ。

【子育て】

 現代社会の核家族じゃ子育ては母親の仕事みたいな雰囲気で、お母さんの負担は大きくなる一方。「地域で子育て」なんて話もあって、そういう文化も多い。

 例えばスーダンのディンカ族。

 ここじゃ「子供が生まれ落ちるとすぐ、助産婦は赤ん坊の鼻腔から粘液を吸い出して呼吸ができるようにする」。以後、助産婦さんは「受領者・受託者」と呼ばれ、子どもと「霊的なきずな」で結ばれる。たいてい助産婦ってのは相応の歳の女性だから、お母さんにすりゃ頼れる育児ヘルパーなんだろう。

 サモアの場合だと、親戚が子供に何かと用事をいいつけコキ使う。酷いようだが、メリットもあるのだ。「子どもたちは一時間たりとも監視の目からのがれることは、ほとんど不可能に近い」。つまり常に誰かが子どもを気にかけてるんで、その分、母ちゃんの負担は減るわけ。メシや昼寝の寝床や傷の手当も、親戚がやってくれるし。

 最近になって騒ぎになってる児童虐待も、こういう環境だと少ないようで。

“未開社会の親たち”は体罰を行使することが動態的に少ない、と述べている観察者が多い。(略)部族民は、“文明化された親たち”の“残忍な行為”には、しばしばショックを受けるのである。

 これには大家族ってのもあるんだろうけど、加えて、人間関係の濃さもあるようだ。悪いうわさが立つと親も困るので、あまし惨い事はできないし、叱るにしても親だけでなく偉い長老が説教してくれたりする。やっぱ相談相手が居るってのは助かるんだろうなあ。

【若者】

 やはり若い男の扱いにはどの社会でも苦慮してるようで、「若者宿」なんて制度を持つ文化が、アフリカには多い。と言うと未開の風習のようだが、西欧にも寄宿舎学校があるし、若者宿が軍の役割も兼ねてる場合も多いんで、若い男の扱いは人類共通なのかも。たとえばマサイ族の男は、10代末~20代を若者宿で過ごす。ここを根城に…

近くに住む種族を襲撃したり、あるいは報復攻撃におもむいて、敵を殺し、栄誉をかちえ、ウシを盗んで自分たちの村へ連れもどったりした。

 って、若者宿っつーより砦だね。ちなみに宿に彼女を連れ込むのはオッケーだそうです。ほっといても若い野郎どもはツルみたがるから、だったら制度化しちゃえってのは、それなりに賢い発想かも。

【認識の違い】

 マンハッタン島を巡る植民者と原住民の軋轢(→Wikipedia)は有名で、これは土地の所有権に関する互いの考え方の違いらしい。アフリカだと、そもそも土地所有権なんて発想はなく、

首長と土地との間には、ある特別な関係があると信じてはいたが、それは土地が肥沃であるように、首長は祈願の儀式をとり行う責任があるという関係

 だった、というわけ、そりゃケンカになるよなあ。

【日本とアメリカ】

 意味微分法ってのがあって、これはモノゴトを評価する次元は、だいたい三つらしい。曰く…

  1. 価値づけ : 良い・悪い,すてき・ひどい,あまい・すっぱい など
  2. 力 : 力がある・力がない,大きい・小さい,強い・弱い など
  3. 活動 : 速い・遅い,煩い・おとなしい,若い・老いた など

 ところが、同じ言葉でも、評価が異なる場合がある。アメリカ英語で rugged(荒っぽい)・delicate(繊細)は「強い・弱い」に近い。だが日本語だと「繊細」は「良い・悪い」に近い。一般に美術品や工芸品に「繊細」と言えば、それは褒め言葉だよね。日本の文化って、もともと美的センスが大事な文化なのかも。

【ねじれ】

 人びとが社会変化をもたらすための運動に参加するためには、違った生活への願望をつよく抱いていることが必要である。
  ――第七章 安定と文化

 イギリスのEU離脱と、日本の7月の参議院選挙と、どっちにも言えるんだが、この引用が事実だと、どうもリベラルが苦戦する状況にあるみたいだ。一般にリベラルは変化を望むんだが、英国ではEU残留、日本では護憲と、現状維持を求めているわけで、支持基盤の性向とは異なった政策を打ち出しちゃってる。

 …と思ったが、英国の場合は単純に保守とリベラルで語れる状況じゃないよなあ。それに、保守側も、現状維持を望む性向の支持基盤に変化を訴えてるわけで、「ねじれ」はお互いさまか。

 にわか仕込みの浅知恵で偉そうなことを言うと恥をかくってサンプルだと思って軽く流してください。

【おわりに】

 そんなわけで、フィリップ・ボック「現代文化人類学入門 1~4」講談社学術文庫 江渕一公訳 3」 に続く。

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2016年6月26日 (日)

フィリップ・ボック「現代文化人類学入門 1~4」講談社学術文庫 江渕一公訳 1

 本書の中心テーマは、文化現象というものはすべて類似した構造をもっているということ、すなわち、文化の構成要素をなす言語、社会、技術、思想などの各体系は、それぞれ、学習によって獲得された「経験の範疇」から成っており、それらの範疇は、慣習によって、一定の「行動準則」と結合しているということである。
  ――日本語版への序文

【どんな本?】

 文化人類学とは何だろう? それは何を扱い、どんなことを調べるんだろう? 社会学や言語学とは、何が違うんだろう? 文化人類学者は、どこに行って何を見て何をしているんだろう? どんな根拠からどんな理屈でどんな結論を引き出すんだろう? そして、今までの研究で、何が分かって何が分かっていないんだろう?

 アメリカの文化人類学者による、文化人類学を学ぶ大学生のための教科書であり、また文化人類学に興味がある一般人向けの入門書。

 ただ原書は1974年といささか古いので、書名の「現代」は割り引いて考えた方がいいかも。また今は手に入れるのが難しいので、読みたい人は図書館で借りよう。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Modern Cultural Anthropology : an introduction : Second Edition, by Philip Karl Bock, 1974。なお原書の初版は1969年。日本語版は1巻&2巻1977年1月10日第1刷発行、3巻&4巻1977年2月10日第1刷発行。文庫本で縦一段組み、本文約(195頁+299頁+297頁+135頁=926頁)に加え、訳者解説13頁+訳者あとがき2頁。8.5ポイント41字×18行×926頁=約683,388字、400字詰め原稿用紙で約1,709枚。3巻か4巻が妥当な分量。

 文章は教科書的で、やや硬い。二重否定などの持って回った表現は少ないものの、学術書らしく正確であるよう心掛けているので、小難しい雰囲気の文になる。が、内容はそれほど難しくない。硬い文章に怖気づかなければ、高校生でも読めるだろう。特に諸星大二郎やジャック・ヴァンスが好きな人にお薦め。

【構成は?】

 「第一版への序文」で「本書は概念的に一貫した構成をとっている」とあるので、できれば素直に頭から読もう。

  •  一巻
  • 日本語版への序文
  • 第一版への序文
  • 第二版への序文
  • 第一部 人間とは何か
    • 序論
      定義につきまとう二つの側面/この部で学ぶこと
    • 第一章 生物学的背景 始原へ導く事実
      • 1 霊長類
        すべて「ものをつかむ」/優劣の順位制とすぐれた頭脳/幼児期の延長
      • 2 人類の起源
        彼らは道具を遺した/最古の道具 オルドワイ式礫石器/ヒト科化石骨の発見/アウストラロピテクス/ホモ・エレクトス/ホモ・サピエンス
      • 3 文化と人種
        人類学のいう「文化」とは/文化的特徴と遺伝的特徴/適応力に人種的優劣はない
      • 4 人類学の諸分野
        形質人類学と文化人類学/文化人類学の多様な分野/「人間とはなにか」 人類学の諸分野に共通する問い
      • 基本文献 注
  • 第二部 人間であるための学習
    • 序論
      学習能力/文化化 社会的学習/文化化と言語
    • 範疇について 補注
    • 第二章 言語の習得
      子どもの言語習得/耳なれない言語について/maのばあい/幼児ことばの生成/独力による言語/「規則」の発見/言語習慣=規則の獲得
      • 1 音体系
        最小対語/前舌閉鎖音の有声音と無声音/音素/音素への音声の類別/音素の結合/音体系の主要な二作用
      • 2 言語と話しことば
        話しことば行動/自由変異と条件変異/変異の社会言語学的要因
      • 3 文法
        形態論/語根と接辞/情報量と種類に基づく差異/非印欧語系統のばあい/音声言語の規則性/形態素の相互対立/統語論/統語論上の諸規則/言語の生産性
      • 4 意味論
        形態素の伝える意味/正しい意味を知る学習/言葉と色彩名称/環境と色彩名称/意味の意味
      • 基本文献 注
    • 第三章 文化化の過程
      本章の問題点
      • 1 文化化の初期段階
        胎児と妊婦についての諸信仰/アメリカ人のばあい/社会の風習・信仰と人間の実際行動/出産をめぐる風習/新生児の沐浴/乳児の栄養摂取と文化/乳児の学習/母子関係の相互作用 日米の比較/おとなの文化と育児慣行との一貫性/育児慣習の社会的機能/育児はだれが担当すべきか/慣習および必要からの所産
      • 2 文化化の後期段階
        社会化の開始/言語学習の社会的機能/小児語/からのガソリン罐/社会的進路/性(男・女)に基づく進路/分業化による進路の増加/分業化社会の典型的進路/教育と社会統制/小規模社会の行動統制/超自然力信仰とタブー信仰/最強の社会統制力 同年仲間集団/未開社会の定型的教育/伝統の口承
      • 3 成年式
        成年式 一つの通過儀礼/成年儀礼の教育的機能/個人の位置確定の劇的表現/文化化の重要側面/カメリア族の成年式/成年式学校四年の最終段階/分離→移行→統合の儀式化
      • 基本文献 注
  •  二巻
  • 第三部 社会体系
    • 序論
      社会体系と対人関係行動/規制と規則違反/社会体系の中の生産性
    • 行動準則について 補注
    • 第四章 人間の行動
      われわれの関心 社会的役割
      • 1 社会的役割
        社会的役割の二つの側面 範疇と準則/役割表示と役割加入/帰属的役割と獲得的役割
      • 2 親族関係の役割
        父と子、母と子の関係/さまざまな“父親”/親族関係の役割の分析/親族名称の基準/世代(Generation)/性別(Sex)/親戚性(Affinity)/傍系性(Collaterality)/双岐性(Bifurcation)/年齢の上下関係(Relative Age)/話す人の性別(Speaker's Sex)/生死の別(Decedence)/親族名称と行動/婚姻規制の壁/社会関係
      • 3 性別役割と年齢別役割
        性別役割の二つの側面/性別役割への社会の期待/社会的年齢とその役割/生涯の最良の時期は?/
      • 4 職業的役割
        職業的役割への加入/職業的役割の遂行/二つのディレンマ
      • 5 指導者としての役割
        権威の合法的行使/世襲的指導者/官僚的指導者とカリスマ的指導者/代表的指導者/権威による役割の格づけ
      • 6 個人的役割と社会的役割
        個人的役割とその属性/個人の名前の役割/社会人的役割とその属性/社会的役割と社会人的役割
      • 基本文献 注
    • 第五章 集団の種類
      前の章で知ったこと
      • 1 範疇と集団
        人間の範疇/集団の分類/集団の統合性/相互依存と相違/集団の三つの機能/トロブリアンド島民のクラ・リング/集団の専門化
      • 2 居住集団
        「磁石と容器」/世帯/世帯の居住/結婚にともなう居住既定の諸類型/若者宿(青年隔離)とその機能/母中心世帯/地域社会の構造と動態/地域社会の分裂・併合/研究対象としての地域社会/居住規定の意味
      • 3 親族集団
        親族集団とは/双系的・自己中心的キンドレッド(親類)/双系親族集団の機能/双系親族集団の維持・強化/真の出自集団(単系出自集団)/系属(母系または父系だけの親族)/単系原理とエゴ/オジ方居住と交叉イトコ婚/氏族 その発生と特色/トーテム氏族とトーテミズム/カーストとその制度/カーストの格づけ 身分階層体系
      • 4 仲間集団と結社
        「仲間集団」という用語/年齢と性別に基づく集団/年齢組/年齢村/青少年の徒党集団/職業集団と結社/臨時の作業集団/臨時編成集団の永久化/表出的集団とその機能/友好団体と秘密結社
      • 5 人種・民族集団
        人種的・文化的差異の所産/民族集団研究の重要性/社会階級
      • 6 社会という集団と制度的組織体
        全体社会の文化と各種の集団/社会人的役割とアイデンティティ/孤立社会と開放社会との文化の相異/組織体 その構図と機能/組織体間の関係/人間の文化のパラドックス
      • 基本文献 注
    • 第六章 社会的空間と社会的時間
      人間活動と時間・空間の概念
      • 1 社会的空間の構造
        社会的空間の多次元性/地名と空間的定位/すべての人間は宇宙観念をもつ/テリトリー/社会的領域間の境界/テリトリーの区分/空間・地位・階層/アメリカの社会階層/個人的空間/身体各部の範疇化の文化的差異/意味的空間と成分分析/成分分析の目的と機能/民俗分類法/意味微分法
      • 2 社会的時間
        時間の知覚は社会によって異なる/社会的時間の多様性/時計に左右されない社会/時間と社会/さまざまな時間的定位/社会的時間の系列としての社会的進路/時間区切りの価値関係/文化による時間の扱い方の差異
      • 3 社会的場
        社会的時間・空間・役割の交差点/知らぬ顔をする/礼儀/暗黙の了解
      • 基本文献 注
    • 第七章 安定と変化
      文化と個人の相互作用
      • 1 社会組織
        社会構造と社会組織/文化変動の要因 個人の選択/共有の文化とその選択/標準化された型と選択の自動的制限
      • 2 予想
        役割遂行 その開始と予想/役割遂行を喚起する条件の二類型/要因の準備/役割遂行への予習と変更/資材の準備と場の設定/予想と実際の行動
      • 3 選択と変化
        期待への対応/期待と選択との相互作用/選択の決定/役割葛藤と矛盾/選択の評価/同調 その時期と強度/同調への選択的方法 ごまかしと拒絶/同調への選択的方法 革新/発明/発見/革新の進行過程
      • 4 適応
        突然変異と自然淘汰/適応の三つのレベル/文化変容/活性化運動
      • 5 交換と互酬の原理
        価値の交換/互酬の規範/一対一の契約/互酬の統合的機能/交換による社会的統合/情報
      • 基本文献 注
  •  三巻
  • 第四部 技術体系
    • 序論
    • 第八章 道具と人間の必要
      道具とは/道具と非道具
      • 1 体温調節の必要
        環境統制法の発展/住みか/地域それぞれの環境/統制/天幕居住/イグルー/衣服 二つの重要機能/永続する衣服の基本形/衣服材料
      • 2 食料と水の必要
        水源の発見/水の“捕獲”のしかた/食料採集/食料用の石臼と容器/脱穀用具としぶ抜き装置/狩猟 棍棒・槍・弓矢/吹き矢・わな/漁労/狩猟・漁労の社会的分業体制
      • 3 コミュニケーションの必要
        生存に不可欠の理由/輸送 事物の伝達/そり その三つのタイプ/舟 その四つの基本形/コミュニケーション メッセージの伝達/コミュニケーションの中心的手段 話しことば/太鼓・銅鑼・笛言語/情報の貯蔵と伝達装置/地域社会への可能性とその限界
    • 第九章 技術と技能
      人間存在と技術/技能 その習得/技術の使用
      • 1 エネルギー利用の技術
        不変のエネルギー源 腕力/腕力以外のエネルギー源/発火技術/燃料革命/霊的エネルギーとその利用技術/霊的技術と非霊的技術
      • 2 食料獲得の技術 生業
        女たちの食料採集/狩猟民族集団の本質的特徴/狩猟・採集民の増進儀礼/タブー/採集から生産へ 鍬農耕/焼畑耕作/物理的技術と霊的技術の混合/牧畜 東アフリカの牧牛体系/犂農耕へ 集約農耕技術/文明
      • 3 病気治療の技術 医術
        病気は治療を要求する/診断 その民俗性/霊媒による診断/なぜある種の治療技術が用いられるか/未開社会の治療法はなぜ効くか/絶大な暗示効果と社会的支持/新分野 医療人類学
      • 4 ものを製作する技術 技術工芸
        かご編みの技術/織物の技術/土器の製作/土器の焼成技術/カヌーの建造/カヌー建造にまつわる呪術/冶金術 銅/鉄の冶金術/文明化社会への警告
      • 基本文献 注
  • 第五部 思想体系
    • 序論
      思想とは/事実と価値/思想体系の探求/大伝統と小伝統/思想の体系化と人類学
    • 第十章 信仰体系
      思想の本質的機能
      • 1 宇宙観
        創世神話/プエブロ・インディアンの出現神話/宇宙観のもつ観念・信仰/口承伝統の民話/文化のパタンと宇宙観/宇宙、社会、人間の一体観/死霊への恐れと祖先崇拝/死への態度・死についての信仰の多様性/生活のあらゆる部分に宗教的次元
      • 2 権威の概念
        なにが従わせるのか/極端な平等主義と個人主義 パリヤ族社会/典型的民俗社会の文化構造/部族社会のカリスマ的指導者/カリスマ的指導者の権威とその役割/身分階層制社会の権威/官僚思想との対立 伝統的権威の苦悩
      • 3 財産の概念
        普遍性と多様性/使用権と処分権/鍬農耕民の土地保有/単一社会での土地保有/貸借関係の土地保有/さまざまな種類の財産権/財産権主張をめぐる紛争とその処置/部族財産の保護と犯罪者処置/財産としての人間/奴隷所有権/未開社会の経済体系
      • 4 エイドス 信仰の統合原理
        家族的個人主義/超道徳的家族主義/二元論〔双分性〕/身分階級制の観念/信仰体系のもつ首尾一貫性/レヴィ=ストロースの貢献
      • 基本文献 注
    • 第十一章 価値体系
      文化的価値とはなにか
      • 1 価値づけの過程
        判断基準の用意/判断のための標準/女性の範疇と動物の範疇/エゴと動物の範疇/等価性または相対的格/手段と目的の区別
      • 2 行為の善悪の判断 道徳性
        普遍主義的基準と特定主義的基準/「義理」という道徳/自殺の道徳性/行動の道徳的評価/倫理的相対主義
      • 3 美の判断 美学
        美の基準は各文化のなかに具現される/スタイルの精選とその展開/美の範疇 トゥール族の四単語から/美の範疇 伝統的民間伝承から/対照・反復・列挙法/音楽と文化的背景/音楽美の構成要素/詩歌韻律学
      • 4 エトス 価値の統合の型
        エトスとは/ベネディクトの失敗とオプラーの提唱/ヤルロ文化の主要な諸主題/グルルンバ文化の重要主題/一般的価値とその具現/人間性についての考えかた/三つの立場/文化の相互理解 その現代的重要性
      • 基本文献 注
  •  四巻
  • 第六部 文化人類学の方法
    • 序論
      観察と推論/自文化中心主義的偏見の克服
    • 第十二章 野外調査の方法
      研究の目的と実際行動
      • 1 行動の観察
        学問的な事前準備/学問外の事前準備/現地入り/インフォーマントの利用と参与観察/仮説の設定/仮説の検証
      • 2 保存資料の収集
        記憶力は頼りにならない/1 フィールド・ノート(野帳)/2 インフォーマントとの面接/3 系図/4 地域の地図の作成/5 構造化された観察/6 文化的要素一覧表/7 質問紙/8 心理的検査法/9 資料の掘り起こし/10 写真/11 加工品の収集/12 文書記録の収集
      • 3 資料からの推論
        記憶・直感よりもものに即して/言語学的推論/言語の生産性への推論/言語学的記述の文法的規則/民族誌的推論/民族誌としての必要な内容/推論の実行に必要な技能/社会的規則の把握/完全な民族誌的記述/生態学的変数の利用/社会的機能発見の基礎/考古学的推論/推論への考古学者の心構え/先史時代社会構造の推論/新考古学の野心的関心
      • 基本文献 注
    • 第十三章 比較法
      文化人類学の目標達成のために/三つの比較法
      • 1 比較言語学
        言語の変化は規則的である/言語が「親族関係にある」とは/言語年代学/言語の普遍的要素/文化と語彙の関係
      • 2 文化史と文化進化
        「年代-領域原理」/新課題 適応的変化と文化成長の過程/文化の一般的進化と特殊的進化
      • 3 通文化的方法
        癒着 ある慣習と慣習の偶然の共存/機能的関係への相関関係的接近法/相関表による計算/マードックの到達した結論/「文化とパーソナリティ」の研究/未解決の問題五つ/“芸術”にとどまる民俗学的推論
      • 4 普遍的文化要素
        普遍的文化要素の有無/あるとすればどう理解するか/一つの規範の普遍性/価値の普遍的要素
      • 5 人類学者の責任
        その職業上の責任/倫理的責任/学生および一般大衆への責任
      • 基本文献 注
    • エピローグ 人類についての正しい研究
      わたしにもいわせてほしい
      • 1 要約と結語(本書で明らかにしたこと)
        ヒト/文化/言語/社会/適応/信仰と価値/研究方法/強調点/念願
      • 2 文化と自由(わたし自身の声)
        慣例(拘束)の打破/異文化の理解/気楽にやってみよう/真の教養人
  • 訳者解説/訳者あとがき
  • 本書に登場する民族の分布
  • 図版出典一覧/用語解説/索引

【感想は?】

 本書の特徴は、次の三つだろうか。

  1. 「範疇」と「準則」
  2. 文化的相対主義
  3. ときどき皮肉なユーモア

 それぞれについては、次の記事から。

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2016年6月23日 (木)

アン・レッキー「叛逆航路」創元SF文庫 赤尾秀子訳

人間のふりをして過ごした19年は、思ったほど多くのことを教えてはくれなかった。

「アナーンダ・ミアナーイによって、わたしはこのようにつくりあげられました。そしてアナーンダ・ミアナーイは、あのようにつくられた。彼の行為もわたしの行為も、やるべくしてやることでしかない。それをやるようにつくられたからです」

ここでひとりきりにはなれない。ここにプライバシーなどないのだ。

【どんな本?】

 2013年のネビュラ賞長編部門・英国SF協会賞長編部門・キッチーズ賞新人部門、そして2014年のヒューゴー賞長編部門・ローカス賞第一長編部門・アーサー・C・クラーク賞・英国幻想文学大賞長編部門の七冠を制覇した話題作で、三部作の開幕編。

 遠い未来。人類は多くの恒星系に進出していた。中でもラドチは厳格な階級制を敷き、強大な艦隊を率いて他星系を併合し拡大を続けている。艦を指揮するのは艦長だが、現場で運用するのは艦のAIである。AIは、人体を基にした多数の属躰と意識・情報を共有する。属体は兵として艦内の将校に従い、艦の運用・前線での戦闘・占領地での警戒にあたる。

 <トーレンの正義>は、ラドチでも最大級の兵員母艦で、艦齢も二千年を超える。惑星シスウルナでの併呑任務の後、ヴァルスカーイへの航行中に行方不明となった。その19年後、ラドチの版図から外れた辺境で極寒の惑星ニルトに、属躰の一つがブレクと名乗って現れた。

 ブレクは一人の行き倒れを助ける。かつて<トーレンの正義>の副官だったセイヴァーデン・ヴェンダーイだ。名家の出だが行方不明になっていた…千年前に。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Ancillary Justice, by Ann Leckie, 2013。日本語版は2015年11月20日初版。文庫本で縦一段組み、本文約465頁に加え渡邉利通の解説7頁+編集部による用語集6頁。8ポイント42字×18行×465頁=約351,540字、400字詰め原稿用紙で約879枚。文庫本としては厚め。

 けっこう読みにくい。そういう作品なのだ。なにせ設定がややこしい。

 語り手のブレクからして、人間ではない。元は艦内のあらゆるセンサーや多数の属躰を統合した人工知性で、同時に複数の場所で見聞きして行動できる存在だ。そのため、モノゴトの認識が人間とは違うし、また複数の場面が同時並行的に描かれる章もある。視点が急に入れ替わるので、注意して読まないと混乱してしまう。

 ラドチ(ラドチャーイ)社会も、ややこしさを増している。どうも性転換が当たり前の社会らしく、三人称がすべて「彼女」なのだが、言葉遣いは男っぽかったりする。これはラドチャーイ独特の特徴で、辺境のシスウルナなどでは違うから、更にややこしい。しかも人類でない異星人もいたりする。

 この辺は、男言葉と女言葉が違う日本語に移し替えるのに、訳者は相当な苦労をしただろうと思う。

 また、半ば制度化された階級制などは作品中に説明があるのだが、礼儀や習慣にあたる手袋や茶については、ハッキリした説明がない。読み通してみると、どうも意図があってワザと説明を省いているようだ。登場人物同士の関係や気持ちの動きに注意しながら読もう。

 お話の流れもややこしいので、用語集の最後の年表はとても役に立つ。特に大きなネタバレはないので、栞を挟んでおこう。

【感想は?】

 表紙を見ると派手なスペース・オペラのようだが、むしろ「異質感」を味わう作品だろう。なにせ語り手が人工知性体だ。

 物語は、多きく分けて二つの時系列で進む。

 一つは19年前、惑星シスウルナ。ここで<トーレンの正義>=後のブレクは、普通のAIとして登場する。艦の全センサーを把握し、同時に多数の属躰でもある。この属躰の正体が実にグロテスクで、とりあえずはゾンビぐらいに思っておこう。

 シスウルナでは、周囲の者も属躰が属躰だとわかっている。そのため、かなり扱いが酷い。なにせ相手はモノだと思っている。そのため被征服民は「血も涙もないロボット」として恐れる。無意味な略奪や暴行や強姦はしないが、命令があれば容赦なく殺す。人間らしい感情もないし、言い訳も聞かない。

 占領される側からすると、人間の兵隊とロボット、どっちが嫌なんだろう? そう考えると、ロボット化しつつある現代の軍への風刺なのかも。

 加えて、植民地支配を皮肉るような場面もチラホラ。なにせラドチに言わせると、「ラドチャーイであること、すなわち文明人」なのだから。こういった姿勢は、かつての西欧による植民地支配そのものだ。その支配の手口も、上町と下町の関係とか、実によくある話だ。その方が占領する側も楽だし。

 特にイメ・ステーション事件とかは、ブッシュJr時代の米軍のイラク占領の様子を連想させて、なかなかに手厳しかったり。

 これだけなら風刺で済むんだが、語り手が<トーレンの正義>ってのがややこしく、またSFとしての味でもある。

 なにせ同時に複数の躰を持ち、それぞれが同時に見聞きでき、かつ情報をリアルタイムで共有できるのだ。警官や兵としては実に優秀なんだが、それを一人称の小説として描くあたりが、なんとも型破り。自分がAIになった気分を味わえるのである。最初は何がどうなってるかわからないが、わかってくると…やっぱり頭がクラクラする。

 もう一つの時系列は、辺境で極寒の惑星シスウルナ。こちらのラドチは<トーレンの正義>の属躰の一つだが、人間のフリをしている。この「人間のフリ」ってのがミソ。

 今は属躰ひとつとはいえ、元は卓越した記憶力と演算力を持つAIだ。だもんで、人間っぽく振る舞うことはできる。かなり無表情だけど。また、表情や体の変化から、相手の気持ちを読むこともできる。せいぜい「怒っている」「何か企んでいる」ぐらいだが、正体を知らなければ「やたらカンのいい奴」ぐらいには振る舞える。

 が、所詮はAI。個々のヒトの感情はわかっても、ヒトが作り上げた文化や習慣は、表面的にしか分かっていない。それでも初対面の相手は誤魔化せちゃうあたりが、ヒトの浅はかさを描いているようでもるが、付き合いが長くなると「コイツなんか変だな」とボロが出てきたり。

 それでも、ややこしい形式的な礼儀作法は、そこらのヒトよりよっぽど詳しく心得ているあたりが憎い。こういう「空気を読むのは苦手だが明文化されれば理解できる」なんて性質には、どうにも親しみが沸いちゃったり。いやラドチは空気読むのも凄まじく巧いんだけど。

 とか書くと、感情のないロボットのようだが、実はちゃんと人の好き嫌いがあるのも、この作品の味。この好き嫌いの表現が、なんとも部妙で、ある意味、性格悪いんだよなー。そこが可愛いんだけどw

 中盤、独裁者として君臨するアナーンダ・ミアナーイが登場し、<トーレンの正義>失踪事件の顛末が明らかになるあたりから、人称は更に混乱し、話も更にややこしくなる。ある意味、最強の独裁者なのだ、コイツは。こんな奴に、どうやって立ち向かえばいいんだ?

 と、一見、派手な艦隊バトルを想像させる表紙だが、実は微妙な言葉遣いや小さなしぐさ、またはちょっとしたアクセサリが深い意味を持っていたり、かなり緻密な読み方が要求される、芸と仕掛けの細かい作品だ。とっつきにくいが、世界は複雑かつ綿密に作られている。

 「人工知性体が見た人類の姿」にワクワクする人なら、読んでみよう。

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2016年6月21日 (火)

最相葉月「セラピスト」新潮社

早急な問題解決を目指すのであれば、年単位の時間を必要とする箱庭療法はじれったい。
  ――第四章 「私」の箱庭

「これが自分でやったことだ、といえることがしたいです」
  ――第五章 ボーン・セラピスト

心理臨床の営みの目的は悩みを取り去ることではなく、悩みを悩むことであるということだった。
  ――第五章 ボーン・セラピスト

「医師は、人間の生命をより長く持続させることを目的としています。一方、心理士は、その人個人がいかに自分を生きるか、それに徹底して寄り添うことが目的です」
  ――第八章 悩めない病

治るためには必ずといってよいほど、かなしみを味わわねばならないようである。(『新版 心理療法論考』)河合隼雄
  ――第九章 回復のかなしみ

【どんな本?】

 学校で事件があると、スクール・カウンセラーなる肩書が新聞紙面に出てくる。カウンセラー。セラピスト。いわゆる「医者」とは、ちょっと違うらしい。役に立つような、立たないような。専門家っぽい気もするし、胡散臭い雰囲気もある。いったい何者で、何をやってるんだ?

 著者は、「青いバラ」「絶対音感」「星新一 1001話を作った人」など、丁寧な取材で傑作ルポルタージュを世に出した最相葉月。

 この本では、得体のしれない肩書「カウンセラー」「セラピスト」の実態を、箱庭療法の河合隼雄と風景構成法の中井久雄を軸に、日本に導入される経緯などの歴史を辿り、また臨床の現場で働く人々の声を聞き、大学に通って講義を受け、更には自らがクライアントとなりセラピーを受ける体当たり取材を敢行して完成させた、迫真のドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2014年1月30日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで約329頁。9ポイント43字×20行×329頁=約282,940字、400字詰め原稿用紙で約708枚。文庫本ならやや厚めの一冊分。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。必要な専門用語は文中で説明があるので特に構える必要はないが、不安な人は以下について軽く調べておくといいだろう。私の理解度はこの程度だが、充分に楽しめた。

  • ジグムント・フロイト(→Wikipedia):精神分析を考え出した偉い人。
  • カール・グスタフ・ユング(→Wikipedia):フロイトと並び有名な偉い人。
  • 河合隼雄(→Wikipedia):ユングの弟子で文化庁長官も務めた偉い人。
  • 中井久夫(→Wikipedia):河合隼雄と並び偉い人。
  • 統合失調症(→Wikipedia):昔は精神分裂症と呼ばれていた。人によっては幻覚や幻聴がある。
  • 双極性障害(→Wikipedia):やたらハイになったり落ち込んだりする。

【構成は?】

 拾い読みしてもいいが、全体を通し穏やかに一つの物語になっているので、できれば頭から読もう。

  • 逐語録 上
  • 第一章 少年と箱庭
  • 第二章 カウンセラーをつくる
  • 第三章 日本人をカウンセリングせよ
  • 第四章 「私」の箱庭
  • 第五章 ボーン・セラピスト
  • 逐語録 中
  • 第六章 砂と画用紙
  • 第七章 黒船の到来
  • 逐語録 下
  • 第八章 悩めない病
  • 第九章 回復のかなしみ
  •  あとがき
  •  参考・引用文献

【感想は?】

 ハッキリとケリがつく本では、ない。なんかモヤモヤしてるけど、なんとなく「そういうもんだ」と思えてしまう、そんな本だ。

 と書くと軽い本のように思われそうだが、とんでもない。最相葉月のドキュメンタリーの多くがそうであるように、これ一冊を書き上げるために、かなりの学習と取材をしている。多くの関係者に会って取材するのはもちろん、大学の講座に通って学び、河合隼雄の著作を読み通し、果ては自らが被験者となってセラピーを受ける。

 このセラピーを受ける場面で、ちょっと笑ってしまった。著者は真剣に悩んでいるんで申し訳ないんだが、長く一つの仕事に就いている人なら、わかってもらえるんじゃないかな。なにせ、ドキュメンタリー作家として心がけてきた態度が、この取材では邪魔になってしまうのだ。

 最相葉月は多くの人に取材して話を聞き、作品にする。相手に気持ちよく話してもらうため、「まず自分の存在を消すところから始める」。変に相手を誘導してはマズいので、自分の意見や気持ちは語らないよう心掛けるわけだ。ところが、セラピーを受ける際には、これが邪魔になる。自分の気持ちを出さければセラピーにならないし、取材にもならない。

 といった板挟みもあるし、内面をさらけ出す事への不安もある。

「何かとんでもない自分を晒してしまうのではないかという不安があって、ごまかさなくてはならないという思いもあるようです」

 なんて、正直に恐れを語っている。著者の生い立ちも少し書かれていて、傍から見たら、いわゆる「しっかりした人」だったんだろうなあ、と思ったり。他にもカウンセリングを受けに行ったのに、つい取材の癖が出て…なんてエピソードも。

 現場で出会う人も、禅僧みたいな人もいれば、至極まっとうなビジネスマンもいるし、学者らしい変人もいる。「統合失調症を知りたければ○○先生、双極性障害なら私が」とくれば「専門です」と続くのかと思ったら「症例です」ときたもんだ。病人が医者やってんのかいw でも患者の気持ちはわかってもらえるかもしれないw

 などの魑魅魍魎が徘徊するがごときカウンセラー業界の中で、著者がたどり着いた河合隼雄の箱庭療法(→Wikipedia)と中井久夫の風景構成法(→Wikipedia)は確かに別格で、効果のほどはともかく「なんか面白そう」と思わせるものがある。

 フロイトやユングは、医師と患者が語り合って、患者の心の中を言葉で表そうとした。言葉で表現できれば治療もできる、と考えたのだ。箱庭療法と風景構成法も、表現できればいい、という所は似ている。ただし、言葉ではなく箱庭や絵で表現する所が違う。

「言葉は因果律を秘めているでしょう。絵にはそれがないんです」

 言葉にすると、綺麗な理屈になる。でもそれじゃうまく言葉に出来ないモヤモヤが削ぎ落とされちゃうし、言葉にしたがために「それだ!」と思い込んで考えが言葉に引っぱられる事もある。絵や箱庭なら、得体のしれないフワフワした印象や気分も表せる。つまりは言葉であれ箱庭であれ絵であれ、「表現する」ことが大事らしい。

ここで牧野修「月世界小説」の凄さが改めてわかったり。あの作品、言葉が秘めた因果律を、言葉で壊してるんだ。

 といった手法に加え、セラピストとしての態度でも、河合隼雄と中井久夫は似た部分がある。クライエントに対し「こうですね」とは、言わない。聞き役に徹し、相手が黙っているならじっと待つ。そしてクライエントが作った箱庭や描いた絵に「感心する」。下手に口出ししたり意見を言ったりせず、とにかく感心するだけ。

 こういうコミュニケーションの方法って、なんかに似てるなあと思ったら、キリスト教の告解とバーのママ、そして奥様の井戸端会議だった。無駄なおしゃべりに見えても、実は心を健やかに保つ大事な役割を果たしているのかも。便所の落書きと貶められる某電子掲示板や、アレな同人誌が集まる即売会も、実はガス抜きの役に立って…いるのかなあ?

 絵を描く際の、病気ごとの違いも面白い。統合失調症だと、「要する時間が非常に短く」「ためらいがない」。なんかわかる気がする。「単一色で描くことや、陰影のない」とか、漫画家にもそんな人がいるかも。

 日本でのカウンセリングの歴史に加え、河合隼雄や中井久夫がこういった手法にたどり着くまでの物語は、ちょっとした成功物語っぽくって気持ちが盛り上がるが、私たちが精神医学に持つ胡散臭さを裏付ける事柄も、ちゃんと書いているあたりが容赦ない。なにせ1980年にDSM-Ⅲが入ってくるまでは…

「診る医者によって診断がころころ変わるということを何度も経験してきたんですよ」

 うん、それじゃ確かに胡散臭いよなあ。かといってDSM万能ってわけでもないらしいけど。

 河合隼雄のカリスマは新興宗教の教祖めいているし、中井久夫の穏やかな佇まいは禅僧っぽい。かと思えば臨床心理学を専攻する学生の「心理三分の一説」は、大丈夫かいな?と不安になったり。

 とりあえず、たまには聞き役に徹してみるのもいいかもしれない、そんな気分になる本だった。いや別に女性にモテようとか、そういう邪心は…ごめんなさい、少しあります←をい

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2016年6月20日 (月)

牧野修「月世界小説」ハヤカワ文庫JA

〔いつでもない時代〕
 それはポリイによって詠まれる物語だ。
〔ありもしない世界でいもしない誰かがとても楽しい偽物の夢を見ていました。あまりにも楽しい夢だったので誰でもない誰かは偽物の夢の中で生きることに決めました〕

【どんな本?】

 鬼才・牧野修が綴る、言語と幻想の黙示録。SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2015年版」でベストSF20015国内篇2位に輝く話題作。

 2014年。親しい啓太に誘われ、作家の菱屋修介は原宿のプライド・パレードを見に出かけた。華やかなパレードを楽しんでいた時、恐ろしい音が鳴り響き、天使の群れが現れた。天使が喇叭を吹くたび、地は震え燃える岩が降り注ぎ巨大な蝗が這い出す。世界の終末だ。

 絶望した菱屋は、目を閉じて馴染んだ妄想に逃げ込む。幼いころから造り上げてきた白昼夢、月世界。そこに居るのは限りなく優しい人ばかり。

 …の筈だったが、月世界で菱屋に語り掛けたのは、無表情で屈強な軍人だった。「月世界へようこそ」

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2015年7月15日発行。文庫本で縦一段組み本文約414頁に加え、山田正紀の解説「わが子よ、『月世界小説』を読みなさい。」7頁を収録。9.5ポイント39字×17行×414頁=約274,482字、400字詰め原稿用紙で約687枚。文庫本としては少し厚め。

 「言語」がテーマのSF作品なので、相当に捻くれた文章かと思ったが、不思議なくらいにこなれている。一部にはケッタイな文章もあるんだが、テーマ的にケッタイでなければならない部分だし、それこそが牧野味の魅力でもある。内容もわかりやすい。改めて読み直すと、実は込み入った理屈を展開しているんだが、読んでいる際はなんとなく納得しちゃうあたりが、牧野修の騙りマジック。

 グロ描写が達者な著者だが、この作品では比較的に控えめ。ちなみに表紙イラストにある John Dee はこんな人(→Wikipedia)

【感想は?】

 テーマは言語であり、世界そのものでもある。

 現在のプログラムは、たいてい高級言語で書かれる。今はそれほどでもないが、昔は言語によって「できる・できない」が決まっていた。例えば FORTRAN では再帰呼び出しができない。無理すれば不可能じゃないが、言語仕様としては再帰呼び出しをサポートしていない。

 そのため、FORTRAN で育ったプログラマは、再帰呼び出しって概念を持っていない。説明されても、何のことだか意味がわからないし、なぜ必要なのかもわからない。

 COBOL はゲームを作るのに向かない。たいていのゲームはリアルタイムでキーボードやコントローラのボタンの状態を知る必要があるが、そういう機能を COBOL は持っていない。OSのAPIを言語仕様に組み込んであるので、新しいハードウェアやサービスに対応するには、COBOL の言語仕様やコンパイラから作り直さなきゃいけない。 

 そのため、昔の COBOL のプログラマは、OSのサービスと言語仕様の区別がついていなかった。「現在、SHIFT キーが押されているか否か」を調べるのはOSの機能なのだが、COBOLプログラマはプログラム言語の機能だと思っていた。というか、昔の大型汎用機のプログラム言語は、みんなそういう仕様だったのだ。

 c言語の優れた点の一つは、言語仕様とOSのAPI(またはそれを使うライブラリ)をハッキリと区別した点だ。

 OSのサービスを使う部分は、ライブラリとして言語仕様から外した。fgets() だの printf() だのは、厳密に言うとc言語の仕様ではない。c言語標準ライブラリの仕様だ。ポインタや構造体は言語仕様だが、入出力やプロセス制御はライブラリやOSの機能だ。

 # この辺、もしかしたら間違っているかもしれない

 こういったc言語の仕様は、革命的だった。少なくともボンクラなプログラマの私には。ある意味、世界の認識が変わったと言ってもいい。「そうか、プログラム言語とOSのAPIは違うのか!」と。

 これは、言語が人の思考を縛っていた一つの例だ。それまでOSのサービスとプログラム言語の仕様の区別がつかなかった私が、c言語を知って、「それは違うのだ」と悟ったのだ。そう、言語は人の思考を、世界観を縛るのだ。

 多くのプログラマにとって、データとプログラムは別の物だ。だが、コンパイラを作る者にとっては、プログラムこそがデータだったりする。LISP屋なんて出鱈目もいいところで、形式上はデータもプログラムも違いはない。だもんで、プログラムの中でプログラムを作って実行する、なんて真似をやったりする。

 もっともこれはアセンブラ屋も同じで、彼らにとって全てはバイト列だから、自らを書き換えるなんて技を使う職人もいる。

 などと、使う言語によって、ヒトの思考は影響を受け、それは世界観にも影響を及ぼし、社会も影響を受けてゆく。

 ってな小難しい話が分からなくても、この小説は充分に楽しめる。分かっていると更に迫力が増すってだけ。なんせ、菱屋修介が渡った先の月世界ってのが、牧野マジックがフル展開する異様極まりない世界だし。なんだよ『よじれ!れじれ!スノモモ娘もギチギチすぐよ~ん』ってw

 などとは別に、やはりこの物語で描かれる1975年の(異)世界も、オジサンには懐かしかったり。

 当然ながら、私が知っている1975年とは色々と違ってるんだけど、その元ネタが実に郷愁を誘うもので。痴呆症老人はヘンリー・ダーガー(→Wikipedia)を思わせるし、某超能力者(→Wikipedia)やら某出版物(→Wikipedia)やら某ベストセラー(→Wikipedia)やら五百円札やら。

 今はスマートフォンが当たり前だけど、当時は呼び出し電話だったし、テレビはブラウン管で、温まるまで数分かかった。電波状態が悪いと画面をゆっくりノイズの縞が横切ったり。そういえば1999年7月、特に騒動を起こす奴はいなかったね。

 といった懐かしいシロモノをアレンジするばかりでなく、当時の日本社会もなかなか悪趣味にアレンジしているあたりが、著者の味だったり。当然、そこで展開される物語も、厨二な妄想なんて甘っちょろいシロモノではなく。

 物語なんて、所詮は妄想だ。どうせ妄想するなら、思いっきりイカれてケッタイな世界を創りだしてみろよ、そう激を入れられたような気になる、物語と妄想を愛する全ての人に薦め…られるかなあ? まあ、アレです、頭のネジを吹き飛ばされるのが快く感じる人向けの、奇想が詰まった極楽エンタテイメント。

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2016年6月19日 (日)

ベルンド・ハインリッチ「マルハナバチの経済学」文一総合出版 井上民二監訳 加藤真・市野隆雄・角谷岳彦訳

 この本全体の目的は、マルハナバチをモデルとして、生物学的なエネルギーのコストと利益について探求するということである。
  ――まえがき

コロニーの利益は究極的には崩壊の時以前に生産された新女王バチと雄バチの数によって測定できる。
  ――7 コストと利益の巧みなバランス

【どんな本?】

 マルハナバチ(→Wikipedia)は、北半球のほぼ全域に住み、日本でも15種が見つかっていて、比較的に身近な昆虫だ。多くの種は春に女王が目覚め、土中などに巣を構えコロニーを作り、花粉と蜜を集めて子を育て、晩夏から秋に多くの新女王が巣立ち、交尾して土の中で冬を越す。

 ミツバチに比べコロニーが小さく多くの蜜を貯めないため蜂蜜採りには使えないが、農作物の受粉用に使われることもある。

 身近なマルハナバチを例にとり、彼女たちを「女王を再生産する工場」と見立て、原材料費・加工費・光熱費などを、周囲の環境・彼女たちの戦略・季節や時間などの変化も合わせ、その収支を科学的な手段で測り数値化した、現代生物学の古典的な名著。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Bumblebee Economics, by Bernd Heinrich, 1979、日本語版は1991年11月20日初版第1版発行。単行本ソフトカバー横一段組みで約289頁。9ポイント35字×28行×289頁=約283,220字、400字詰め原稿用紙で約709枚。文庫本なら厚めの一冊分ぐらい。

 文章はやや硬いが、悪文ではない。内容は拍子抜けするぐらい素人にも優しく、化学式は滅多に出てこない。稀に数式が出てくるが、加減乗除だけなので、あまり構えなくていい。数式の大半は費用と利益に関するもので、x円の物をy個仕入れz円で売ったら利益は幾ら、みたいなもの。

【構成は?】

 基本的に前の章を受けて後の章が展開する形なので、素直に頭から読もう。

  • 日本語版への序文/謝辞
  • まえがき
  • 1 コロニーの生活環
  • 2 コロニーの経済
  • 3 空飛ぶ機械とその温度
  • 4 ウォーミングアップ
  • 5 巣の暖房
  • 6 熱の転送システム
  • 7 コストと利益の巧みなバランス
  • 8 通勤と採餌のための移動
  • 9 個体主導による採餌の最適化
  • 10 種間競争
  • 11 送粉とエネルギー論
  • 12 生態学と共進化
  • 13 要約
  • 14 マルハナバチの飼育法
  • 15 北米のマルハナバチ
  • 文献/さくいん
  • 付・日本産マルハナバチの分類・生態・分布(伊藤誠夫)
  • 監訳者あとがき

【感想は?】

 楽しそうな育成シミュレーション・ゲームの、とっても詳しいシナリオ。ゲームは、こんな感じだ。

<概要>

 あなたは早春に目覚めたマルハナバチの女王です。秋までに、できるだけ多くの新女王を巣立たせましょう。だいたい100匹ほど巣立てば、うち一匹ほどが冬を越して生き残れます。

<ゲームの流れ>

 1)巣作り
 2)働きバチを育てる
 3)コロニーの拡張
 4)更にコロニーを広げる:2)と3)の繰り返し
 5)雄バチと新女王を育てる

<特徴>

 このゲームの特徴は、常に蜜と花粉が制約条件となる点です。あなたも働きバチも、できるだけ要領よく花から蜜と花粉を集めなければなりません。いかに巧みに蜜と花粉を集めるかが、このゲームのポイントです。

 特に蜜が最も大事な役割を果たしますが、これは次の章に譲り、まずは花粉の役割から説明しましょう。

 花粉は、あらゆるモノの原材料です。あなたが生み育てる働きバチ・雄バチ・新女王は、花粉を食べて肉体に変換します。その変換効率は、質量にしてほぼ100%で、「花粉1gは体重約1gの成虫を生産」できます。

 女王蜂の体重は約0.43g,雄バチ(と働きバチ)は約0.1gですから、10匹の働きバチを育てるには約1gの花粉が要ります。1匹の働きバチは、平均して1日に0.2gの花粉を集めますので、4~5日で新女王1匹分の花粉を集める勘定になります。

 花粉は他にも、巣の建材になったり、蜜壺の材料になったりします。

<蜜>

 蜜は花粉以上に重要です。あなたや幼虫や働きバチの主食であり、エネルギー源です。飛ぶのはもちろん、幼虫を育てるのにも必要だし、花粉と共に巣や蜜壺の材料にもなります。

 意外な事に、マルハナバチは体温があります。これは大変に重要で、胸の体温が30℃~45℃でないと飛べません。体温を上げるには、胸の筋肉を動かします。マルハナバチの羽は凄まじい高速エンジンで、空中に浮くときは1秒間に約200回転もします。アイドリングで12000rpmですよ。そこらの車ならレッドゾーンをブッチ切ってます。

 筋肉と羽の間にはクラッチのような機構があり、羽を動かさずに筋肉だけを動かす事も出来ます。体が冷えている時は、クラッチを切り羽を動かさず暖機運転します。車と同じで、冷えている時は速く回せません。少しづつ回転を上げ体を温めます。

 マルハナバチは小さいので、寒い時はすぐ体が冷えてしまいます。冷えると素早く飛び立てません。そのため、飛んでいない時も、急発進できるようアイドリングして体を温めておく場合があります。

 車がガソリンや軽油で走るように、マルハナバチが筋肉を動かして飛ぶには蜜が要ります。正確には蜜の中の糖です。つまり、花まで飛んで蜜を集めるには、元手となる蜜が必要なのです。では、燃費はどれぐらいでしょうか?

 1グラムの水の温度を1℃上げるには、1カロリー必要です。働きバチだと、体温を1℃上げるには約0.02カロリーが要ります。気温5℃の時に体温を30℃に保つには、1分間に約0.5カロリーちょっとを消費します。なお、気温が25℃以上の時は、1分飛ぶのに約0.27カロリーを消費します。

 1mgの糖は4カロリーの熱になります。「糖度20%の蜜を1μℓ採集したら、その花蜜中に0.8カロリー」を得られます。計算式では 1×0.2×4=0.8 となります。充分に花蜜を蓄えたヤナギランの花は、糖度33%の蜜を5.4μℓ含むので、働きバチが約10分飛ぶエネルギーを持ちます。

 なお、一匹のマルハナバチが運べる蜜の量は、体重の約90%です。

<いつ、どこで蜜を集めるか>

 寒い早朝は燃費が悪いので、蜜集めに向かないように思えます。しかし、多くの草花は夜の間に蜜を蓄えるので、早朝は多くの蜜を持っています。温かくなる昼頃には、他の虫やハチドリに蜜を奪われ、少しの蜜しか採れません。早朝は大きな元手がかかりますが、儲けも大きいのです。

 巣の近くの花は長く飛ばずに済むので、元手が少なくて済みます。しかし、同じ巣の仲間も同じことを考えるので、既に蜜を取られている場合が多いでしょう。遠征して稼ぐのもよいですが、充分な元手が必要です。

<経験値>

 働きバチは経験を積むと、蜜の集めるのが上手になり、短い時間で沢山の蜜を集められるようになります。ただし、経験値は花ごとに異なります。ミズネコヤナギの経験値はミズネコヤナギだけに有効で、ヤチツツジの蜜集めには効きません。そのため、個体ごとに得意な花を決めるとよいでしょう。

 花は、種ごとに開花の時期が違います。例えばカナダシャクナゲは5月末~6月初に咲き、3週間ほど後にラブラドルイソツツジが咲きます。

 そんなわけで、極端に一種類に特化すると、次の花には役立たずになってしまうので、それぞれの働きバチは「主な花8割+次に得意な花2割」ぐらいにしておきましょう。また、各働きバチごとに異なった専門を持たせ、コロニー全体としては多角経営になるように心がけましょう。

<ゲーム開始時> 

 ゲームを始めたら、まず近くの花で蜜と花粉を集めて飛びながら、巣に相応しい場所を探します。リスやネズミや小鳥の放棄された巣がよいでしょう。保温に優れた草やオガクズなど乾いてフカフカな物を集め、巣にします。次に蜜と花粉を集めて蜜壺を作ります。これはあなたの食器と共に、幼虫の餌箱でもあります。

 準備が整ったら卵を産みます。だいたい8~10個です。

 意外な事に、マルハナバチは抱卵します。温度が30℃ほどでないと、卵の中の幼虫が育たないのです。鳥のようにずっと抱える必要はなく、冷えても再び温めれば再び成長を始めるのですが、育つのは30℃以上に温まっている時だけです。そのため、巣の保温がの良しあしが、卵の孵る日数を決めます。

 温めるための熱源は、あなたの体温です。胸の筋肉を動かして熱を作ります。熱を作るには蜜が要ります。そこであなたは、近くの花から蜜と花粉を集めて巣に戻り、暫く卵を温めては再び蜜を集め…と、忙しく働かねばなりません。

 卵が孵ると、ウジ虫のような幼虫になります。これはみな働きバチです。あなたは蜜と花粉を集め、幼虫に与えます。やがて幼虫は蛹になり、羽化して成虫に育ちます。

 最初の成虫が羽化するまで、あなたは巣作りに蜜集めに抱卵と多忙ですが、成虫が羽化すれば仕事は働きバチが引き継ぎ、あなたは産卵に専念できるでしょう。ただし、まれに卵を食べようとする不届きな働きバチもいるので、卵には充分な注意を払いましょう。

<コロニーの大きさ>

 できるだけ沢山の新女王を育てるのが目的のゲームですが、コロニーが大きすぎるのも問題です。なぜなら、コロニーが大きくなると、必要な蜜の量も 多くなり、より遠くに遠征しなければならず、より多くの元手がかかるからです。遠くに飛ぶほど必要な元手は増えますが、採れる蜜が増えるとは限りません。

 ゲームバランスに応じ、コロニーのサイズを適切に抑えるのもコツのひとつです。

  ――

 と、読み終わると、「まんま育成シミュレーション・ゲームになるんじゃね?」と思えるほど、詳しく調べてあるのが凄い。しかも、旧来の生物学のように、定性的にマルハナバチの生態を調べるだけで終わらない。

 酸素消費量から消費カロリーを求めたり、センサーをつけて体温を測ったりと、徹底して数字を追い求め、「新女王蜂を再生産するシステム」として収支を計算しているのが、本書の際立った特徴。その分、数字が多くなるので、数字が苦手な人は頭が痛くなる本かも。

 私はガスト社のアトリエ・シリーズを思い出しながら読んだ。だって働きバチ、最初は間抜けだけど次第に専門家に育つあたり、あの妖精さんによく似てるし。そんなわけで、アトリエ・シリーズが好きな人にお薦め…って、えらくピンポイントだなw

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2016年6月16日 (木)

宇月原清明「安徳天皇漂海記」中央公論新社

出ていなば 主なき宿と 成りぬとも 軒端の梅よ 春をわするな
  ――第一部 東海漂泊 源実朝篇

「根も葉もない話に、よくここまで根と葉をそろえたものだ」
  ――第二部 南海流離 マルコ・ポーロ篇

「不可思議なるものはな、魅入るのだ。すべて不可思議なるものは、はるは天上へと続く彼方の消息を帯びておる。彼方は人に憑き、人は彼方に魅せられてやまない。魅入られた魂が何事もなくこの世に還ってくることは、汝が思っているほど容易ではないのだ」
  ――第二部 南海流離 マルコ・ポーロ篇 

【どんな本?】

 史実に奇想を織り交ぜ歴史を騙る宇月原清明による、壮大で幽玄なる伝奇小説。

 1185年、栄華を誇った平家は壇ノ浦に散る。この時、数え年でわずか八歳の安徳天皇(→Wikipedia)も海に身を投げた。

 そして約30年。鎌倉の若き三代目征夷大将軍・源実朝(→Wikipedia)を、怪しい者が訪ねてくる。幻術を操り天竺丸と名乗る男は、実朝を江の島へと誘う。そこには蜜色の巨大な琥珀の玉にくるまれた童子が眠っていた。安徳天皇である。

 幼くして帝の地位を得ながらも海に沈んだ幼帝と、若くして己の命運を見限った将軍。都で謀を巡らす後鳥羽院、将軍の背後で実権を握らんとする北条家などの権謀が渦巻く中、非業の運命を抱えた二人の出会いは何をもたらすのか。

 日本書紀・古事記・吾妻鑑・金槐和歌集・東方見聞録などの文献を引用しつつ、奇想を交えて歴史を再構成し、滅びゆく者の無念と諦観の向こうを華麗に描く、切ない長編伝奇小説。

 2006年第19回山本周五郎賞受賞のほか、SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2007年版」でも、ベストSF2006国内篇で7位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2006年2月25日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約320頁。今は中公文庫から文庫版が出ている。9.5ポイント43字×19行×320頁=約261,440字、400字詰め原稿用紙で約654枚。文庫本ならやや厚め。

 第一部の源実朝篇と第二部のマルコ・ポーロ篇の二部構成で、第一部は少々読みにくい。というのも、吾妻鑑や古今著文集など古文の引用が多く、そこで古文に慣れない私はかなり苦労した。地の文は読みやすいんで、第二部に入るとスラスラ読めるんだけど。

 内容は特に難しくない。歴史に疎くても必要な事柄は作品中で充分に説明があるので構える必要はないが、詳しい人は更に楽しめるだろう。

【感想は?】

 第一部は、平家の神輿だった童子の怨霊が、敵である源氏の神輿と出会う話だ。

 とくれば、安徳天皇が実朝に祟る話になりそうなもんだが、見事に予想を裏切ってくれる。これの一つには、実朝の人物像が、若いわりに落ち着きがあり、歌も詠む洗練された好青年で、しかも武家の棟梁だけあって肝も据わっているため。

 実朝は将軍位にあるとはいえ、己が傀儡であることを良く知っている。兄の頼家(→Wikipedia)も非業の死を遂げており、自分の運命を悟っていたのだろう。この作品中でも、短い生涯と知りながら、静かに「その時」を待つ覚悟と、周りの者を気遣う優しさが漂ってくる。

 その実朝に近づく安徳天皇。平家が担いだ神輿であり、源氏に追い詰められた壇ノ浦で、幼くして入水する悲劇の帝だ。源氏の実朝を敵と見てもいい立場的であり、この世ならぬ力も持っている。にもかかわらず、この物語に登場するのは、入水時の幼さを保ったままで、身寄りのない幼子の心細さが伝わってくる。

 かつて滅びた幼き帝と、今まさに滅びんとする若き将軍。

 とくれば、「私が滅びるのはどう考えてもお前らが悪い」とタッグを組んで暴れ…たりはしない。

 いや幼き帝は現世に未練たらたらなんだが、最後の頼みとすがった実朝君が、そういう暴れるタイプじゃないのだ。既に滅びる事を受け入れ、命のあるうちに出来ることをやっておこうと、腹の底は据えてかかっている。しかも根が優しいたちで、幼い帝の無念を充分に理解しつつ…

 と、そんな典雅な若武者と、怨念に凝り固まった幼子の交流を、静かに描いてゆく。安徳天皇のつぶやく「もう誰もおらぬ」の、なんと悲しく切ないことか。

 などとはかなげな雰囲気で物語は進むが、仕掛けは大きく巧妙だ。現世を彷徨う安徳天皇という表向きの大仕掛のほかに、鴨長明や天竺の冠者や八岐大蛇、三種の神器などに虚と実を織り交ぜ、実朝の遺した金槐和歌集の歌も、隠された意味を鮮やかに創り上げてゆく。

 第二部では、舞台を大陸へと移す。

 ここではマルコ・ポーロを語り手として、勃興する元帝国を率いるクビライと、追い詰められ滅びゆく南宋の最後の皇帝である幼い祥興帝(→Wikipedia)を描いてゆく。

 不可思議を不可思議として受け入れ、滅びゆく運命に身をゆだねた実朝に対し、己の力で広がりゆく帝国を治めるクビライは、深い知恵を持ち現実と不可思議の境を心得た老獪な現実主義者として描かれる。日本では強欲で冷徹で乱暴な独裁者として描かれることの多いクビライだが、この人物像は意外でもあり、魅力的でもあり。

 語り手のマルコ・ポーロは、若くして遠方への旅にでるだけあって、相応の世知には通じていると同時に、若者らしい好奇心も旺盛な人物だ。相応の度胸と知恵がなければユーラシアの横断なんかできないだろうし、好奇心と実行力がなければユーラシア横断なんて考えないだろう。

 そして幼き帝である祥興帝。彼もまた、安徳天皇と同じく滅びゆく運命にあった…

 底知れぬ無念の想いを抱えて漂う安徳天皇と、その想いを共に抱く源実朝と祥興帝。無常の感に満ちた物語は、しかし終盤で再び大仕掛が炸裂する。

 並みの作家ならアクションてんこ盛りの活劇になりそうな骨組みなのに、著者ならではの騙りで切なく静かな、だが読者を驚かせるのに充分な結末まで用意し、穏やかながらも壮大で幻想感あふれる物語だ。 

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2016年6月15日 (水)

マクス・ガロ「ムッソリーニの時代」文芸春秋 木村裕主訳

「我々は下院議員の団体ではない。突撃隊であり、銃殺体である」
  ――4 決定的な歳月 1920.6~1921.5

「独裁政治は戦争を起こすだろう。……なぜなら、彼らは内政の難局に遭遇して、その出口を戦争に求めるだろうから」
  ――10 ファシスト体制 統帥 1926~1936

カヴァレッロ将軍はチアーノに、軍の機械化の問題を解決したと報告した。どのように? 単に歩兵の行軍度合いを1日20マイルから25マイルとしただけに過ぎなかった。
  ――14 敗北の三年間 1940.6~1943.7

【どんな本?】

 ベニート・ムッソリーニ(→Wikipedia)。20世紀前半のイタリアを類まれな統率力で牽引し、第二次世界大戦へと引きずり込んだ男。ヒトラーに先駆けてファシズムを唱え、ファシスト党を率いて一党独裁を実現した男。第二次世界大戦が始まるまでは、チャーチルなど西欧の有力政治家から絶賛された男。

 ムッソリーニが台頭する頃のイタリアは、どんな様子だったのか。ムッソリーニはどのようにファシズムにたどり着き、ファシスト党を牛耳ったのか。ファシストはどんな手段で政権を奪ったのか。ファシストによる統治は、どんなもので、どのように権力から転げ落ちたのか。そしてムッソリーニとは、どんな男だったのか。

 ヒトラーと並びヨーロッパで枢軸をなしたもう一人の独裁者ムッソリーニを中心に、20世紀前半の激動するイタリアを描く、一般向け歴史書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は L'ITALIE DE MUSSOLINI, by MAX GALLO, 1971。日本語版は1987年6月1日第一刷。単行本ハードカバー縦二段組みで本文約415頁に加え、訳者あとがき7頁。8ポイント26字×25行×2段×415頁=約539,500字、400字詰め原稿用紙で約1,349枚。文庫本なら上中下の三巻でもいい分量。

 歴史書ではあるが、文章は詩的というか文学的というか、もってまわった表現が多くて、私はあまり好きじゃない。登場人物の多くがイタリア人のためか、いちいち気取った台詞が多いからかもしれないけど。

 内容も初心者には不親切で、相応の知識を持った者を読者に想定してる。例えばアドワの悲劇(→Wikipedia)とかサバダ岬海戦(→Wikipedia)とかが出てくるが、経緯や結果はハッキリ示さない。それぐらいは心得ている人に向けた書き方になっている。

【構成は?】

 ご覧のとおり時系列順に話が進むので、素直に頭から読もう。

  • Ⅰ ファシズムの起源と権力の獲得 1883年~1922年10月30日
    • 1 若い国、若い男 1883~1914
    • 2 戦勝の失望とファシズムの誕生 1914~1919.4
    • 3 革命の影 1919.4~1920.6
    • 4 決定的な歳月 1920.6~1921.5
    • 5 ファシズム、政権へ 1921.5~1922.8
    • 6 ローマ進軍 1922.9~1922.10.30
  • Ⅱ ムッソリーニ政権誕生 ファシズムの成功 1922年~1936年
    • 7 甘い成功の時 1922.10~1924.4
    • 8 壊滅の賭け 「マッテオッティ事件」 1924.5~1925.1.3
    • 9 ファシズム、全権掌握へ 1925~1926
    • 10 ファシスト体制 統帥 1926~1936
    • 11 ファシスト組織 「イデオロギー、国家、党」 1926~1936
    • 12 ムッソリーニの大きな賭けとエチオピア国家 1933~1936
  • Ⅲ 激動するイタリア 1936年~1945年4月29日
    • 13 戦争への道 1936~1940
    • 14 敗北の三年間 1940.6~1943.7
    • 15 ファシズムの倒壊とムッソリーニの復帰 1943.7~1943.10
    • 16 サロの社会主義共和国 1943.10~1944.1
    • 17 命拾い 「1944年」 1944
    • 18 ファシズムの終焉とムッソリーニの死 1945.1~1945.4.29
  • エピローグ
  • 訳者あとがき/主な登場人物

【感想は?】

 まずは著者の姿勢を。現代のイタリアでは再評価の動きもあるムッソリーニだが、著者の姿勢は一貫してムッソリーニを悪役として扱っている。見てくれにこだわり人を魅了する能力には長けるが思慮が浅く暴力的、おまけに女には目がない助兵衛親父。

 「マラリア全史」では南部からマラリアの撲滅に功績があったとされ、イタリアの業病マフィアと戦ったと噂されるムッソリーニだが、この本では完全にええトコなしに描かれている。そんなわけで、ムッソリーニが好きな人は白水社の方が向くだろう。

 ヒトラー&ナチスの台頭を扱った本は多いが、ムッソリーニ&ファシストを扱った本は少ない。これ以外だと白水社の伝記ぐらいしか私は知らないが、あちらも評判はイマイチだ。

 で、この本は、というと、やっぱり相当に読みにくくて、初心者向けじゃない。いささか文学的な文章はともかく、人物像や思惑、細かい政治的な駆け引きに多くの筆を割く半面、その背景となる社会構造や経済的な背景そして事件の内容や歴史的経緯などは、「それぐらい知ってるよね」的な感じでアッサリ流してしまう。

 お陰で初心者の私は相当に苦労しながら読む羽目になった。

 それでも、ヒトラーやムッソリーニのような独裁者が台頭してくる流れは、なんとか掴めたと思う。

 当時のイタリアは農業中心の貧しい南部と工業化が進む北部の差が広がっていた。この格差は今でも続いているっぽい。教育も行き届かず、「南部の人口の80%がほとんど文盲だった」。保守的な支配勢力として国王・法王・地主があり、新興の保守勢力として北部じゃフィアットなどの実業界が台頭しつつある…あれ? 軍はどうなんだろ?

 そこに社会党が盛り上がり、ストライキが頻発して国家は麻痺状態になる。第一次世界大戦では戦勝国になったものの、多額の戦費は国庫を圧迫し、国民の暮らしは苦しくなる一方。

 ってな所に、新たな保守勢力としてファシストが登場し、若い右翼的な青年を吸収して大きくなってゆく。当時のイタリアじゃ主要なメディアは新聞なんだが、ムッソリーニは自らの新聞「イル・ポーポロ」を持っていた。これで活動資金を得ると共に、人びとを扇動して仲間を増やしていくわけだ。

 社会党が勢力を増し追い詰められる旧支配勢力をファシストが結びつけ、軍や警察も味方につける。保守勢力から得えた活動資金と武器で反対勢力を襲い、権力を握ってゆく。

 パターンとしてはナチスが台頭したドイツも似ている。箇条書きにすると、こんな感じか。

  1. 国の経済が悪化し、人びとの暮らしが苦しくなり、不満が高まる。
  2. 失業者・貧しい農民・労働者などを中心に左派が強くなりストライキが頻発、更に経済が悪化する。
  3. 若い右派は新しい保守勢力(ファシストやナチス)に集まる。
  4. 追い詰められた旧支配層は新保守勢力と結託する。
  5. 新保守勢力は豊かな資金と暴力で権力を握り、独裁へと突き進む。

 左派の台頭に対する右派のカウンターで点じゃ、今の日本とも似てるなあ。

 そうやって権力を握ったムッソリーニに対する個人崇拝や、国民を駆り立てる様子は、スターリンにソックリだから笑ってしまう。

 イタリアのどこに行ってもムッソリーニは人々に歓迎されたが、「半径300ヤードの中にいたのはすべて変装した警察官ばかりだった」。専属の床屋も警官だ。警察大臣アルトゥーロ・ボッキーニ曰く「独裁制はその独裁者の死と共に終わる」。そんなわけで、暗殺の目論見はあったんだが、警察が完全に抑え込んでいたわけ。

 加えて、国民を様々な行事に駆り立てる。ファシスト関係の団体を作り、青少年たちは余暇を組織の行事で過ごす。「青少年たちは、年々、集会、制服、歌、競技会が増えて行った」。こういう行事で青少年を追い回す政策は今でもチェチェンのカディロフ(→Wikipedia)や北朝鮮の金正恩がやってるわけで、独裁者の常套手段なんだろう。

 人口を増やしたがるのも独裁者の性質なのか、集団結婚式を開催し、「未婚者は、税金を課されることになった」。いやアメリカに大量の移民が出ていってるんですが、主に南部を中心に。国民の暮らしを豊かにするのが先なんでない?

 こういう短絡的な政策が祟ってか、賃金は下がり勤務時間は増え物価は上がり、庶民の生活は苦しくなる半面、実業界は大きな利益を得る。

 こういった不満に加え、スペイン内戦への介入やドイツとの同盟はファシストにもウケが悪く、次第にムッソリーニの支持はグラついてくる。第二次世界大戦でのイタリアの不甲斐なさは、軍備をスペイン内戦で使い果たした上に、そもそも将兵にヤル気がなかったから、とこの本ではなっている。

 ムッソリーニは第一次世界大戦じゃ歩兵として出兵し優れた働きで伍長にまで昇進したとはいえ、大軍を率いる将としては素人なのに、煩く作戦に口出しするんで軍もキレかけていたようだ。しかし伍長から軍のトップってのはヒトラーと同じだなあ。

 やがて連合軍が巻き返しイタリアに上陸すると、国王を中心にムッソリーニを見限る動きが出て、独裁者の運命は暗転する。結局のところ、彼は同志と思っていた保守勢力に裏切られたわけだ。この後のドイツ軍の動きを見ると、イタリア人はドイツを快く思っていないだろうと思う。

 この本はムッソリーニの死で終わるが、イタリアは第二次世界大戦後も右派と左派の暴力的な対立が続く。王制こそ終わったものの、南北の格差は残っているし、マフィアも健在だ。などと考えると、現代のイタリア史に興味が沸いてきたり。ただ、素人にはかなり不親切な本なので、そこは覚悟しよう。

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2016年6月12日 (日)

ジャック・マクデヴィッド「探索者」早川書房 金子浩訳

「とぼけないでくださいよ。どういう意味か承知のくせに。あなたとあなたのパートナーは神殿泥棒コンビなんだから。ぶしつけで申し訳ありませんが、心の底から憤慨しているものでしてね」

「わたしたちは個人よ、チェイス」と女性のひとりがいった。「だって、ひとりひとりのちがいをこんなにはっきり見てとれるんだもの」

【どんな本?】

 アメリカのSF作家ジャック・マクデヴィッドによる、三部作の第二弾。人類が超光速航法を手に入れ、数多くの恒星系に進出した遠未来を舞台に、古美術商のアレックス・ベネディクトと、その相棒である宇宙船パイロットのチェイス・コルパスの冒険と活躍を描く、娯楽スペースオペラ。

 2007年ネビュラ賞長編部門受賞作。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は SEEKER, by Jack McDevitt, 2005。日本語版は2008年10月25日初版発行。単行本ハードカバー縦二段組み本文約372頁に加え、訳者あとがき5頁。8.5ポイント25字×21行×2段×372頁=約390,600字、400字詰め原稿用紙で約977枚。文庫本なら上下巻でもおかしくない分量。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。「ハリダンの紋章」に続く三部作の一作だが、この作品だけでも完結しているので、充分に楽しめる。また、古いSF映画や有名なSF小説をネタにしたクスグリがアチコチにあるので、詳しい人にはピンとくる場面が多い。ただ、登場人物が多く、肝心の謎にかかわっているので、登場人物一覧が欲しかった。

【どんな話?】

 人類が超光速航法を手に入れ、多くの恒星系へと進出した遠未来。アレックス・ベネディクトは、成功した古美術商だ。口の悪い者は墓荒らしと呼ぶが。その相棒は、未知の星系を調べる探査局を退職したパイロットのチェイス・コルパス。

 その日、若い女性が鑑定を頼みに来た。あまり暮らし向きはよくない様子。エイミイ・コルマーが持ち込んだのは、合成樹脂のカップ。推定年代は共通歴2600年、なんと九千年前のお宝だ。当時は恒星間航行の黎明期で、抑圧的な地球から脱出した植民船<探索者>の遺物らしい。

 自由を求め旅だった<探索者>。目的地は伏せられており、今もどこに行ったのかわからない。そのため、植民者・マーゴリア人を巡っては様々な憶測がなされている。このカップが本物なら、植民者たちの行方も明らかになり、人類は九千年ぶりに同胞と出会える…または、彼らが遺した遺跡を訪ねられるだろう。

 かくして、ライバルの大手古美術商オリヴァー・ボルトンや古美術商を敵視する考古学者カスマー・コルチェフスキイなどが入り乱れ、宇宙を駆け巡る探索が始まった。

【感想は?】

 意外な拾い物。特に終盤のスリルと盛り上がりは、なかなかの爽快感。

 ネビュラ賞(→Wikipedia)はプロによる投票のためか、文学的・技巧的な作品が選ばれやすい。そのため私も少し構えて読んだのだが、この作品は全く違う。ストレートで気持ちのいい娯楽作品だ。

 お話はミステリ風味に進む。

 冒頭、<探索者>が登場する前、極秘に遺跡漁りに出たアレックス&チェイスは、何者かに出し抜かれた事を知る。肝心の遺跡=廃棄された六世紀前の探索基地に赴くが、そこは既に荒らされた後だった。しかも、アレックスたちへのメッセージまで残っている。どうやら敵意を持つ者に秘密が漏れているらしい。

 と、探偵物でお馴染みの不穏な空気が漂うが、同時に遠い未来を感じさせる描写もSF者の期待を煽る。なんたって、巨大ガス惑星の第13衛星にある基地が、遺跡となっている時代だ。

 現代の私たちからすれば遠い未来なのに、物語の舞台から見ると遠い過去の遺跡。この時間感覚が、土星のようなリングを伴う巨大ガス惑星の風景と共に、SF者の心にビンビン響いてくる。

 そこに現れる、人類史を書き換えかねないお宝と、それを持って現れる頼りなげで胡散臭い若い女の依頼主。

 依頼主エイミイ・コルマーが、これまた絵にかいたような「だめんず」で。磨けば光りそうなタイプなのに、ビンボが身に沁みついちゃってる上に、男を見る目がなさすぎ。元ボーイフレンドのクリーヴ・プロツキイはコソ泥で、平気で女に手を上げる幼根の腐ったチンピラ。なんでこんな男にブツブツ…

 と、古代の遺物とは全く縁がなさそうな依頼主と、人類史に関わるお宝のミスマッチの謎が、終盤近くまで物語を引っ張ってゆく。

 それと共に、現代では安物の代名詞したいな合成樹脂のカップが、この舞台だと前代未聞のお宝になるってミスマッチも、SF者の心を揺さぶるじゃないか。実際、ガッコで習う歴史ってのは、偉い人や有名な人がナニしたアレしたみたいな話ばっかりだけど、私みたいな庶民がどんな暮らしをしてたかって話は、あんまし出てこない。

人々がどんなふうに暮らしていたのか、どんなふうに時間を使っていたのか、自分たちが生きている世界についてどう思っていたのかについてはほとんどわかっていないのだ。

 そんなこんなで、合成樹脂から始まった調査は、街の犯罪記録から探査局の探索記録から始まり、ブラックホールの観測基地や異星人の惑星、そして地球までを巡る大宇宙の旅へと広がってゆく。

 そこに絡んでくるのが、やり手のビジネスマンらしい大手古美術商のオリヴァー・ボルトンや、空気を全く読まない考古学者カスマー・コルチェフスキイなどのキャラが立ってる面々。

 礼儀正しくスマートで如才なく、政界の大物にも通じているらしいボルトンは、なまじ好意的なだけに、顔に張り付いたような笑顔が余計に胡散臭い。頑固で敵意を露わにするコルチェフスキーは、物語の中だと経済原則無視の敵役なんだが、それも学問一徹の人と思えば可愛らしく思えてくる。

 ってな探偵物のお約束みたいな登場人物もいいが、宇宙を駆け巡る中盤以降は、スペースオペラらしい味わいが次第に増え、SFとしての美味しさも濃くなってくる。

 行方不明のマーゴリア人に関する俗説は、現代のハイランダーや吸血鬼テーマのホラーみたいだし、この時代になっても物語中の凶悪な宇宙人は爬虫類だったり。「こんな形態にどんな進化上の利益があったのか」なんてお約束の突っ込みは、時代を超えるみたいだw

 宇宙ステーションを訪ねる場面でも、レストランの描写に「言われてみれば!」と頷いたり。なにせ数多の惑星から人々が訪れる時代だ。それぞれ時間帯が異なるし、そもそも一日の長さが違う。ってことで、レストランの営業も…。

 などと宇宙を駆け回った末に、アレックス&チェイスが真相にたどり着く終盤では、壮絶で圧倒的な風景が目の前に開けると共に、物語も思いっきり盛り上がってゆく。今ちょっと調べたら、この仕掛けは案外と科学的にもありえるシナリオだったりする。

 犯人捜しと遺跡調査の謎解きで読者を引っ張りながら、終盤では壮大なスペースオペラらしい結末でSF者をうっとりさせる、気持ちいい読了感を味わえる王道の娯楽作品だった。

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2016年6月 9日 (木)

マーティン・ゴールドスタイン/インゲ・F・ドールドスタイン「冷蔵庫と宇宙」東京電機大学出版局 米沢富美子監訳

 熱力学は、エネルギーがある物体から他の物体へ、ある形態から他の形態へ移りゆくことを扱った科学である。
  ――第1章 日常におけるエネルギーとエントロピー

 噴散の速さは分子の質量に依存するが、第二次世界大戦中にはそのことが利用され、強力な影響を及ぼした。豊富に存在するウラン238から、それよりも軽くて核分裂を起こす同位元素ウラン235を選り分けることに利用されたのである。
  ――コラム いろいろな分子の質量や速さを実験で比較する

水車では、落ちる水から得られる仕事、つまり「運動を生み出す力」は、水の重さと水が落ちる高さとの積で与えられる。同様にして、熱の「運動を生み出す力」は、熱の量(カルノーはこれを熱素により著した)とそれが落下する「高さ」つまり温度差で決まると考えたのである。
  ――第5章 エンジンと冷蔵庫 第二法則

【どんな本?】

 熱力学の第一法則は、エネルギー保存則だ。これは、なんとなくわかる。だが第二法則となると、難しい。「エントロピーは増大する」。そのエントロピーって、なんじゃい? そもそも、熱力学って、何をする学問なの?

 直感的にはわかりにくい「エントロピー」の概念を含め、主にニュートン以降の科学の歴史を振り返って、力学・熱・光・電気・磁力・化学などが統合されてゆく模様を辿り、熱力学として発展してゆく模様を描くとともに、最近の量子力学や相対性理論との関係も明らかにし、熱力学の基本を紹介する、一般向けの科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Refrigerator and the Universe : Understanding the Laws of Energy, by Martin Goldstein and Inge Goldstein, 1933。日本語版は2003年5月20日第1版1刷発行。単行本ハードカバー縦二段組みで本文約426頁に加え、訳者あとがき6頁。9ポイント25字×22行×2段×426頁=約468,600字、400字詰め原稿用紙で約1,172枚。文庫本なら少し厚めの上下巻ぐらいの分量。

 なお、日本語版の正式な書名は「冷蔵庫と宇宙 エントロピーから見た科学の地平」。訳は森弘之&米沢ルミ子。

 日本語の文章は少々硬い。ありがちな「理科の教科書っぽい文章」で、正確さを優先した翻訳だ。内容もいささか高度で、理系の大学生向けのレベル。数式もよく出てくる。それも加減乗除に加え、後半では指数や対数も増えてくる。それなりに覚悟しよう。面倒くさかったら数式を読み飛ばしても構わないけど。

【構成は?】

 基本的に前の章を受けて後の章が展開する形なので、素直に頭から読もう。

  • 謝辞
  • 第1章 日常におけるエネルギーとエントロピー
    • 第一法則
    • 第二法則
    • エントロピーを分子で見る
    • 量子力学と相対性理論
  • 第2章 仕事と力
    • 仕事
    • 水力
    • 摩擦
    • ニュートンによる統合
    • 運動エネルギーとポテンシャルエネルギー
  • 第3章 熱と仕事 第一法則
    • 熱素理論の発展
    • 熱素理論が意味するところ
    • 比熱 物質の新しい性質
    • 論争の始まり
    • 物理学の統一
    • エネルギーの出現
    • ジュールの結論
    • 解説1 エネルギーのナットとボルト
    • 解説2 外部者、内部者、そして科学的貢献の受け入れ
  • 第4章 ミクロな観点から見たエネルギー
    • 分子運動の一つのモデル
    • ミクロに見た摩擦
    • 運動理論の構築、およびそのテスト
    • 勝利と失敗
  • 第5章 エンジンと冷蔵庫 第二法則
    • 熱エンジン、その可能性と不可能性
    • 間違った定理と正しい答え カルノーの貢献
    • 第二法則とその帰結
    • エントロピー 物質の新しい性質
    • 解説 エントロピー変化とその決め方
  • 第6章 第二法則の意味するところ
    • 氷の熱エンジン
    • 一方通行の薄膜
    • エントロピーと時間
  • 第7章 分子レベルで眺めたエントロピー
    • コイン、サイコロ、カードに対する確率論
    • 秩序と乱れ
    • 分子の確率
    • 要点の確認 確率とエントロピー
    • エントロピーは減少できるか
    • 和解
    • ふたたび、温度とは何か
  • 第8章 エントロピーはなぜ常に増大するのか
    • 時間の矢
    • トランプのシャッフルについてもう一度考えてみよう
    • これまでに提案された解決策
    • ニュートンの決定論的法則
    • ランダムさ
    • 誤差とその結果
    • カオス
    • 確率と分子
  • 第9章 エントロピー、そして(または)情報
    • シャノンによる情報量の定義
    • 二進数
    • 情報とエントロピー
    • マクスウェルの悪魔
    • 情報に払う代償はない?
    • 知性のある生き物と機械的な装置
  • 第10章 放射エネルギー、黒体、および温室効果
    • 光とは何か
    • 高温物体からの放射
    • 第二法則が教えてくれるもの
    • 黒体放射
    • 実際的な結果
  • 第11章 化学 ダイアモンド、血液、鉄
    • 物理的変化と化学的変化
    • 「熱力学的に可能な」反応は実際に起こらなければならないのか
    • 平衡状態
    • 柔軟性のある平衡状態
  • 第12章 生物学 筋肉、腎臓、進化
    • 筋肉の仕事
    • 化学エンジン
    • 熱力学と創造説信者
  • 第13章 地質学 地球の年齢は?
    • 地球内部での熱の流れ
    • 放射能と地球年齢
  • 第14章 量子力学と第三法則
    • 量子力学 新しい分子論
    • 量子力学の基本概念
    • 量子力学と熱力学 何が変わって何が変わらないか
    • 第三法則
  • 第15章 相対性理論と宇宙の運命
    • 特殊相対性理論
    • なぜE=mc2なのか
    • 一般相対性理論
    • ブラックホール
    • 一般相対性理論がいかに第一法則と第二法則を変えるか
    • 宇宙の運命
    • 解説1 相対的時間
    • 解説2 結合エネルギー曲線
  • あとがき/付録 数学の道具
  • 訳者あとがき/索引
  • コラム
    • 永久機関
    • はずみ車
    • 溶ける雪についてジョセフ・ブラックが語る
    • 現代のカロリー・メーター
    • エネルギーの変換
    • 物質の状態:気体、液体、固体
    • マクスウェルの速度分布に対する実験的検証
    • いろいろな分子の質量や速さを実験で比較する
    • 米国特許をとった永久機関
    • 天球の音楽
    • 低いエントロピーと高いエントロピー
    • ウサギのカオス
    • 鋭い注意力と手先の器用な生き物
    • 化学的運動学
    • ダイアモンドの熱力学
    • 仕事はいつも測ることができるのか
    • 自由エネルギー
    • 長時間にわたって行われる作用の効果
    • ある種の運動がとり得るエネルギー

【感想は?】

 熱力学ってのは、冷蔵庫やエアコンを改良したり、クルマのエンジンを設計する学問かと思ったら、全然違った。

 いや確かにそういう部分にも応用されてるんだろうけど、もっと幅広い学問なのだ。どうやらエネルギー全般を扱う学問らしい。そのエネルギーにも色々あって…

 私たちはエネルギー保存則を知っている。モノが動いたり止まったり、飛んだり落ちたり、溶けたり凍ったりすると、エネルギーが変わる。水力発電は水の位置エネルギーを電力に変えるし、クルマのエンジンはガソリンと酸素の化学エネルギーを運動エネルギーに変える。

 エネルギーの形は変わるけど、全体としてのエネルギーの量は変わらない。これがエネルギー保存則だ。

 お陰で私の下腹にはタップリと化学エネルギーが溜まった。こういうエネルギーを、一般にはカロリーで表す。1カロリーは「1グラムの水を1℃上昇させるために必要な熱量」だそうで、なら水風呂に浸かっていれば痩せるのか? と思ったが、一般に食品のカロリーはキロカロリーすなわち1000カロリーで表すので、水風呂じゃ誤差程度だった。

 今でこそ熱も電気も同じ「エネルギー」だが、昔の科学者たちは別々に扱っていた。熱は「熱素」なるシロモノの量で決まる、と考える人もいたのだ。今となっては間違いだが、直感的にはわかりやすい。指で氷に触ると指が冷たくなり氷は解ける。これを指から氷に熱素が移った、と考えたわけ。

 これを蒸気エンジンに応用して定式化したのが、サディ・カルノー(→Wikipedia)で、彼の式はエンジン屋の聖典だ。

Eff = ( TH - TL ) / TH

 ここで TH はエンジンの高温部で、TL はエンジンの低温部。温度差が大きいほどエンジン効率はいいって理屈で、今でもエンジン屋さんはこの式に従って工夫している。より高温で燃やすほど効率は良くなるが、エンジンの部品が耐えられない、じゃどの辺でバランスを取るか、みたいな。

 話がそれた。それぐらい重要な式を見つけたカルノーなんだが、その元となったのが、今となっては間違いとされている熱素理論ってのが面白い。でもなんかわかりやすいんだよね、熱素理論。

 やがて話題はエントロピーへと向かい、ここでは「確率」が舞台に登場する。値が決まれば結果も決まる筈の物理学で、結果があやふやな確率が出てくるのも変な気がするが、エントロピーとはそういうモノらしい。つまりは分子のバラけ方って事だが、その「分子」を巡ってのロバート・ブラウン(→Wikipedia)の逸話は有名。

 だが、落ち着いて考えると、ブラウン運動をめぐる話は怪しげに思えてくる。だって花粉でしょ。生物じゃん。勝手に動いても不思議じゃなくね? と思ったら、やはり当時も同じ異議が出たようで、「無機質の微粒子を水中に漂わせる実験も行った」。やっぱりちゃんと異論が出て検証したんだなあ。

 終盤では、相対性理論や量子力学が登場してくる。アインシュタインがノーベル賞を取った光電効果(→Wikipedia)に、意外な人物が出てくるのに驚いた。なんとトーマス・エジソンだ。この本ではエジソンの実験結果をアインシュタインが理論づけた、となっている。

 光を金属に当てると電子が飛び出す。ただし電子が飛び出すか否かは光の強さは関係なく、光の色で決まる。赤い光じゃどんなに強くても飛び出さないが、紫色だと飛び出す。確かに不思議な現象だよなあ。

 有名なブラックホールも、18世紀に予言されているとは知らなかった。この本では「ケンブリッジ大学のジョン・マイケル(→Wikipedia)」が「1783年に論文を発表した」となっているが、Wikipedia によるとラプラスと同時期ってなってる。

 にしても、かのスティーヴン・ホーキングが語るブラックホールのホーキング放射(→Wikipedia)の説明が豪快だ。曰く「ホーキングが出した驚くべき答は、とにかく放射をするというのである」。ええんかい、そんなんでw

 などのエピソードに混ぜ、理想気体・黒体放射・触媒・熱死などSF者や科学解説書愛好家にはお馴染みの用語とその意味を語りつつ、熱力学的に見た宇宙の姿や生物のしくみなど、意外な視点を影響してくれる本だった。ただし、理系の大学の教科書として使ってもいいぐらいの歯ごたえはあるので、充分に覚悟はしておこう。

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2016年6月 5日 (日)

大森望・日下三蔵編「年刊日本SF傑作選2009 量子回廊」創元SF文庫

「自分に性的な欲望を感じる。オナニーは自分とのセックスだ!」
  ――森奈津子「ナルキッソスたち」

 難病で病院のベッドに伏す可憐な少女の声が聞こえる。
「物語を聞かせて……」
  ――木下古栗「ラビアコントロール」

【どんな本?】

 2009年に発表された日本のSF短編から、大森望と日下三蔵が選び出した作品に加え、第一回創元SF短編賞受賞作の「あがり」を収めた。年間日本SF短編アンソロジー。

 本格的なサイエンス・フィクションからお下劣なギャグ,実験的で意味不明な作品からマンガまで、幅広い収録作が特徴。

【いつ出たの?分量は?】

 2010年7月30日初版。文庫本で縦一段組み、約618頁。8ポイント42字×18行×618頁=約467,208字、400字詰め原稿用紙で約1,169枚。上下巻に分けてもいい分量。

【収録作は?】

序文 / 大森望
夢みる葦笛 / 上田早由里 / 異形コレクション 怪物團
 突然<イソア>は街に出現した。人間サイズの白いイソギンチャクのようなもの。それが奏でる音楽に人はうっとりするが、亜紀は恐ろしく感じる。かつて同じバンドで歌っていた響子は、再起の舞台で鍵盤を弾く。喉を傷めたが、年配の男性の杉野に声のレッスンを受け、再び歌えるようになったらしい。<イソア>は街に溢れだし…
 妙なる響きを奏でるイソア。舞台には立たないまでも、DTMで音楽を作り続ける亜紀。喉を傷め声室は変わっても歌い続ける響子。「音楽に関することは何でも気になる」と語るボイストレーナーの杉野。全ての登場人物が音楽が大好きで、様々な形で音楽と関わりたいと願う者ばかりの、音楽小説。ジャンルに分けるならホラーなんだろうけど、音楽好きな人は切ない想いが先に立っちゃうかも。
ひな菊 / 高野史緒 / SFマガジン2009年4月号
 理科教員をしながらチェロを弾き続けたニーナに、思わぬ招待が届く。憧れの作曲家ショスタコーヴィチも加わる、「才能ある市民音楽家のためのキャンプ」だ。参加者の多くは若者で、三十路のニーナは少し馴染めない。親戚のマルガリータも助手で来ていた。昔は煩い子供だったが、今は魅力的な少女に育った。一人でチェロの練習をするニーナに、美青年ジューコフが声をかける。
 スターリン時代というよりルイセンコ(→Wikipedia)時代のソ連を舞台とした、これも音楽小説。妖艶な少女マルガリータ・美青年ジューコフ・三十路の大女ニーナ・コマシな教授ショスタコーヴィチ(→Wikipedia)の恋愛四重奏…のはずもなく。細かいネタだがエンドピンの工夫は実話が元ネタって気がする。
ナルキッソスたち /  森奈津子 / SFマガジン2009年11月号
 女子大生の知花は男を好きになった事がない。同性愛者かと思って新宿二丁目のレズビアン・バーにも通ったが、どうも違う。悩んだ末に、実は自分が好きなのだと気付いた。同じ性向の者が集う「ナルキッソスの会」を見つけ集会に出かけると、双子の美女ルナとルカと出会った。
 変態性欲を書かせたら並ぶ者なしの森奈津子による、奇想天外な人外SF。いろんな意味で男子禁制な新宿二丁目のレズ社会の様子も楽しいが、双子の美青年との場面は爆笑の連続。いやあルカさん気合い入ってますw にしても、ここまでマイペースな二人はいっそ清々しいw
夕陽が沈む / 皆川博子 / 異形コレクション 怪物團
 新聞から滑り落ちた活字は列をなして水槽に入ってゆく。水槽では指を三本飼っている。命の大切さを訴える教育の成果か、体の隅々までその精神が行きわたり、切断した指も適切な環境で育てると、魚を模倣して生き続けるようになった。
 エッチラオッチラと列をなして水槽に向かって行進する活字が可愛らしい…んだろうか。奇妙な風景を写し取った掌編。
箱 /  小池昌代 / モンキービジネスvol.6
 その文箱は、名文を綴るといわれる。書いた文を入れ寝かせておくと、人の心を打つ名文に仕上げてくれる。多くの者がその文箱を探し求め、その存在から価値の有無、使い方のコツに至るまで、怪しげな説から悟ったような説教まで様々な噂が飛び交い…
 という存在すら怪しい謎の文箱を狂言回しとした、凝った短編。
スパークした /  最果タヒ / 群像5月号
 冬。雪景色。コートを着込み、部屋を出て、雪道を歩き出す。
日下兄妹 /  市川春子 / アフタヌーン2009年12月号
 高校野球でエースピッチャーの日下は、肩を壊して退部を決意、寮を出て叔母の古道具屋で暮らし始めるが、彼の才能を惜しむチームメンバーがひっきりなしに訪ねてくる。店に置いてある古い箪笥をいじっていたら、奇妙な虫のようなものが飛び出し…
 漫画。扉の次の頁の2コマ目で「うおっ」と唸った。マウンドのピッチャーの視点で、バックネット方向を描いたコマなんだが、キャッチャーのミットが遠く小さい。ピッチャーは独特のポジションで、守備中もたった一人でバッターを「攻めて」いる。その孤独な気持ちが、よく出ているコマだと思う。全部を読み終えて再び扉を見ると、ベタで描く快晴の空の意味も違って見える。
夜なのに / 田中哲弥 /異形コレクション 喜劇綺劇
 定年を迎える恩師を囲む、高校の同窓会に片岡俊司は出かけた。みな相応に老け込んでいる。恩師への挨拶を終え、こっそりと退出しようとした俊司の前に、布施友梨子が現れ…
 時間をシャッフルして進む、切ない青春の思い出…かと思ったら、あまりに強烈な山下老人の登場で一気に吉本興業の世界へ突入してゆく。SFかと言われると困るが、まあいいじゃないですか面白いしw
はじめての駅で・観覧車・はじめて降りた駅 / 北野勇作 / WEBアンソロジー「はじめて降りた駅で
 駅に降りるためには、そこに駅がなければならない。そして駅が駅であるためには、線路が必要だ。この線路は巨大な円環状の線路で…
 北野勇作らしい、不思議な風景が印象的な掌編二本。
心の闇 / 綾辻行人 /小説すばる2009年11月号
 齢も50近いので、定期的に病院で検査を受けている。脳には異常がなかったが、腹部エコーで何かが見つかったのか見つからなかったのか。石倉医師は言う。「だいたいにおいて異常は認められません。ただ、肝臓に……」
 若い頃はともかく、いい歳になってからの定期健康検査はおっくうな上に、色々と心当たるフシが多くて出来れば避けたい所。役者や作家などの自由業はつい怠けがちだろうなあと思ったが、ちゃんと受ける人もいるんだなあ。煙草の場面は心に刺さるが、やはり止めるのは難しい。ところで読書は毒書とも言って…
確認済飛行物体 / 三崎亜記 /小説すばる2009年12月号
 政府は、一年前に未確認飛行物体を「確認」した。以来、確認済飛行物体は頻繁に姿を現すようになった。不規則に動起き、分裂し、唐突に静止し、消える。街ゆく人も確認済飛行物体に慣れ、ちょっと綺麗な風景ぐらいに受け止めている。彼女と出会ったのも、飛行物体が飛来した頃だった。
 UFOが「確認」されてしまった後の風景を描く。「確認」ったって何を確認したんだかよくわかんないんだけど、「政府が確認したんだから、まあいいじゃん」となってしまうあたりが日本の風景なんだが、東日本大震災の後だと別の意味に思えてくるけど、これは震災の前に書かれた作品。オチのキレは見事。
紙片50 / 倉田タカシ / 同人出版
 著者が Twitter 上で発表した、140字以内の超短編を集め編集したもの。発想の壊れ方がハンパない。機械と肉のかけあいが楽しい。
ラビアコントロール / 木下古栗 / ポジティヴシンキングの末裔
 ある朝、純一郎が目覚めると、手足が自らの陰毛によって緊縛されていた。
 …最初のニ行は何の意味があるんだw いえ大好きですけどね、こういう芸風w
無限登山 / 八木ナガハル / ウルトラジャンプ2009年5月号
 タカコとトウコは、春休みに「あたま山」に登ることにした。これは人工山の一つで、大気圏を越え静止軌道のさらに先へと伸び…
 漫画。ちょっとテリー・ビッスンの「平ら山を越えて」を思わせるアイデアだが、発想は突き抜けている。可愛い小学生の女の子と、壮大な風景の対照がいい。贅沢を言うとカラーの大判で楽しみたいなあ。
雨ふりマージ / 新城カズマ / SFマガジン2009年10月号
 母が会社をリストラされた。母は考えた末、アドバイザーのアナスタシアさんの助言に従い、ボクと姉も含め架空人になる。これでボクら一家は、法律上は生身の人間じゃなくなった。
 ブログとニコニコ動画を合わせたような形式で進む、近未来を舞台とした作品。実験精神に満ちながら、商業作品としての読みやすさもライトノベル以上に備え、若々しさと切なさを感じさせる青春SF小説。最後の一行は完全に狙ってるなあ。
For a breath I tarry / 瀬名秀明 / 問題小説2009年1月号
 ぼくと琉美は、百貨店の八階のギャラリーに出かけた。共通の友人の望月海の個展だ。入り口には左右に並んだ二枚の絵。順路は右か左、どちらかを選ぶらしいい。物理学出身のぼくはロボットを選び、工学出身の琉美は花を選んだ。
 この著者らしい、ロボットと人間・機械と生命の合間を探る作品。今でこそ意味深な作品が多い人だけど、やっぱりディーン・R・クーンツが好きなんだなあ。
バナナ剥きには最適の日々 / 円城塔 / SF本の雑誌
 星間探査球に備わった知性体。探査球の目的は宇宙人を探る事だが、何をもって宇宙人とするかが難しい。ただの現象かもしれない。その判定が任務なのだが、なにせ暇だ。宇宙は広い。再構成してから百年ほど経っているが、客観時間では何千年か見当もつかない。
 宇宙を漂う探査機の一人称で進む作品。この著者が広大な空間に一人で浮かぶ孤立感なんぞを描くわけもなく、妙にトボけた筆致でバナナ星人とかの変なエピソードを連ねてゆく。にしても超光速~のアイデアには感服した。
星魂転生 / 谷甲州 / SFマガジン2009年10月号
 またひとつ星が破壊された。今度は千光年は離れている。これで五つめだ。観測された時期には六百年のばらつきがあるが、実際の爆発はほぼ同時期、今から約千年前に起きている。
 光速を越えられない相対論的な宇宙で、呆れるほど長い期間に渡り続く戦争の一場面を切り取った作品。兵器を使ってから、その効果を確認するまで千年かかる兵器ってのも、光速を越えられないなら当たり前なんだが、その壮大なビジョンに頭がクラクラする。
あがり / 松崎有理 / 第一回創元SF短編賞受賞作
 イカルは幼馴染。ジェイ先生が亡くなってから、彼は生命研究棟に泊まり込み、設定式温度反復機につきっきりで作業している。さすがに六台の設定式温度反復機を占領すると、研究室内から苦情が出る。特に長髪の院生とは折り合いが悪く…
 大学の生物系の研究室を舞台にした作品。生物系の中でも、細胞や細菌や遺伝子など、小さいシロモノを相手にする部類。「生物の本質は遺伝子か固体か」という大きなテーマに加え、学問の世界に入るきっかけ・研究室内の人間関係・変な所で細かく変な所で大ざっぱな研究室の様子などが生々しい。
第一回創元SF短編賞選考経過および選評 / 大森望・日下三蔵・山田正紀
2009年の日本SF界概況 / 大森望
後記 / 日下三蔵
初出一覧
2009日本SF短編推薦作リスト

 やっぱり森奈津子の「ナルキッソスたち」とか木下古栗の「ラビアコントロール」とかの、お下劣系は読んでて実に楽しい。上田早由里の「夢みる葦笛」は、音楽テーマってのもあるが、何かに打ち込む人を描くと巧いよなあ、この人。谷甲州の「星魂転生」は、壮大なスペースオペラを現代科学に忠実に描く試みに脱帽した。やっぱり、そうなるよなあ。

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2016年6月 2日 (木)

ローレンス・レッシグ「FREE CULTURE」翔泳社 山形浩生・守岡桜訳

 本書の狙いは、あるミームを紹介し、それを擁護する議論を提供することだ。そのミームとは、「フリー文化」という発想だ。この発想の擁護論としては、それが多くの自由社会の伝統だったし、それをわれわれが再び採用すれば、言論や創造性のもっとも重要な価値観を発展させることになる、ということだ。
  ――日本語版への序文

歴史上、文化の発展をこれほど少数の人々がここまでコントロールする法的権利を持っていたことは未だかつてないのだ。
  ――第一○章 「財産」

許認可文化とはつまり弁護士文化だ
  ――第一二章 害

「スタジオの連中ととんでもない話をしたんだ。連中、使いたい驚異的な(古い)コンテンツを持っているんだけれど、れも権利のクリアの手のつけようがないので、使えないんだって。このコンテンツを使ってすごいことができる連中は山ほどいるけど、でも権利の処理には弁護士が山ほどいるんだと」
  ――結論

【どんな本?】

 副題は「いかに巨大メディアが法をつかって創造性や文化をコントロールするか」。

 1995年。ニューハンプシャーに住む男は考えた。「俺はホーソーン(→Wikipedia)が好きだ。娘にも読んでほしい」。だが時代はデジタル。そこで男はウェブサイトを作り始める。「カビ臭い本じゃなくてカラフルでグラフィカルなウェブなら娘も喜ぶだろう」。そう考えて、ホーソンの作品に絵や説明文を加えたサイトを作り、公開する。

 幸か不幸か、男の陰謀は潰えた。娘はホーソーンに興味を示さなかったのだ。だが、男は著作権フリーとなった他の作家の作品も手掛け始める。男はこの作業が好きになったのだ。

 1998年、男はロバート・フロスト(→Wikipedia)の作品を手掛けようとする。だが、大きな問題が立ちはだかった。同年、合衆国議会が著作権期間を延長したためだ。悪名高い著作権延長法(CTEA、→Wikipedia)である。

 その男エリック・エルドレッドは戦いはじめる。この戦いは全米で話題となり、著者も応援に駆け付け、法廷で共に戦う。だが、結果は残念な形に終わった。

 この裁判での敗北が、この本を書く原動力となっている。

 そもそも、なぜ著作権法が要るんだろう? なぜ最近になって、こんなに著作権法が話題になるんだろう? 著作権を守ることにどんな得があって、どんな害があるんだろう? なぜアメリカでは著作権の期間が次々と伸びるんだろう? 伸びることで、誰にどんな利害があるんだろう? 現在のクリエーターは、どんな状況に置かれているんだろう?

 デジタル時代の文化に著作権がどう影響するかを、クリエーターたちの生々しい声で語り、その法的根拠や文化に与える利害を検証し、あるべき姿を模索するとともに、著者なりの戦術を示して読者を扇動する、一般向けの啓蒙書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は FREE CULTURE : How Big Media Uses Technology and the Law to Lock Down Culture and Control Creativity, by Lawrence Lessig, 2004。日本語版は2004年7月22日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本部約348頁に加え、訳者あとがき13頁。9.5ポイント51字×18行×348頁=約319,464字、400字詰め原稿用紙で約799枚。文庫本なら厚めの一冊分。

 基本的には法律の本だが、意外と文章はこなれていて読みやすい。共訳のためか、山形浩生のトンガった文体も控えめ。内容も特に難しくない。ぶ厚さにたじろがなければ、高校生でも読みこなせると思う。

【構成は?】

 厚いわりに繰り返しも多い本だ。一部を拾い読みするなら、「財産」がいいかも。

  • 日本語版への序文
  • 序/はじめに
  • 「海賊行為」
    • 第一章 クリエータ
    • 第二章 ただの猿まね屋
    • 第三章 カタログ
    • 第四章 「海賊たち」
    • 第五章 「海賊行為」
  • 「財産」
    • 第六章 創設者たち
    • 第七章 記録者たち
    • 第八章 変換者たち
    • 第九章 コレクターたち
    • 第一○章 「財産」
    • 第一一章 キメラ
    • 第一二章 害
  • バランス
    • 第一三章 エルドレッド
    • 第一四章 エルドレッドⅡ
    • 結論
  • あとがき
  • 隗より始めよ
  • そしていずれは本丸を
  • 謝辞/訳者あとがき
  • 注/企業名・人名索引/索引

【感想は?】

 著作権の本だ。ただし、実用的な本じゃない。そもそも舞台の多くはアメリカだし。

 それでも、中身の事の多くは日本に住む私たちにも当てはまる。次のいずれかに当てはまるなら、あなたもこの本の当事者だ。

  • 自分のウェブサイトまたはブログを持っている。
  • コミックマーケットなど同人誌の即売会に行っている。
  • コスプレが好きだ。
  • Youtube やニコニコ動画などで素人が作った作品を楽しんでいる。
  • バンドをやっていて、レパートリーの多くはカバーだ。
  • P2Pを使ったことがある。
  • iTunes などでCDを取り込んだことがある。

 著者の主張をまとめると、こんな所だろうか。

著作権は守った方が世のため人のためだ。でも限度ってもんがある。今のアメリカじゃ著作権法の影響が強すぎて、クリエーターが身動き取れなくなってしまった。著作権者と利用者と消費者のバランスを取って、みんなが得する制度を作ろうよ。

 テレビドラマには、不自然な点が多い。その一つは、家族の食事場面だ。多くの家庭では、テレビを見ながら食べる。が、テレビドラマではテレビを見ていない。これには幾つかの理由があるだろうが、その一つは、この本に書いてあるような事情なのかもしれない。

 この本では、ドキュメンタリー映画作家が、撮影中の場面にテレビ番組「シンプソンズ」が映りこんだエピソードを挙げる。4.5秒のシーンのため、シンプソンズの権利を持つフォックス社に電話したところ、一万ドルを請求された。

 これだけならフォックス社が悪役だが、次のエピソードではいささか様子が違う。クリント・イーストウッドの回顧録CDを作る際の話だ。イーストウッドが出た作品からハイライト・シーンを抜き出し、それをCDに収めた。このCD制作には多くの困難があったが、その一つは著作権だ。曰く。

「いやあ映画って、すごい著作権があって、音楽も、脚本も、監督も、俳優も全部なんだねえ」

 その映画に関わる全ての人に連絡を取り、許可を得なきゃいけなかったのだ。プロの弁護士ならできるだろうが、道楽で Youtube で動画を晒す素人じゃ、とてもそこまで手が回らない。今のアメリカじゃ、映像の引用はとても難しい。最萌(→Wikipedia)で動画をバラまき釘宮病のパンデミックを起こすなんて陰謀を企てる者は、凶悪な窃盗犯とされてしまう。

 ばかりではない。アメリカの著作権法の問題は、全ての著作物の著作権を、自動的に延長してしまう点だ。

 文学であれ音楽であれ映像であれ、商業作品には共通した性質がある。大当たりするのは一握りの作品で、大半はコケる。シオドア・スタージョン曰く「なんであれ、その90%はクズだ」(→Wikipedia)。出版社は売り上げが見込めない本を絶版にする。音楽会社は売れなかったLPはCDを出さない。映画会社もハズれた作品はBD化しない。

 お陰で私は Ecce Rock を Youtube で聴くしかない。まあこういうのは聴けるだけラッキーだけど、本はもっと難しい。アレックス・ヘイリーのルーツなんて一世を風靡した大傑作なのに、今じゃ古本屋を漁らにゃならん。いや本はまだマシで、映画のフィルムは映画会社の倉庫で朽ち果てつつある。ましてテレビやラジオに至っては…

 と、そんなわけで、20世紀が生み出した優れたコンテンツの数々が、永遠に失われようとしている。せっかくデジタルメディアが発達し、桁違いの記憶容量を人類は手に入れたっていうのに。そういえば、ファミコンのゲームもどうなるんだろう?カセットを読み込めるマシンはあるんだろうか?

 新しいモノってのは、たいていが既存の何かを雛形にしている。スターウォーズはアラビアのロレンスを参考にした。多くのファンタジイは指輪物語に影響を受けている。その指輪物語は、北欧の神話や伝説からアイデアを貰っている。さすがに関羽を美少女にするのは←をい

 そんなワケで、あまり著作権をガチガチにしちゃうと、文化そのものが衰えかねない。バランスと工夫が必要だ、と著者は訴えているわけだ。

 なんでこんな酷いことになったのか、そのプロセスについては、「CODE Version 2.0」にも書かれていたが、この本ではもう一つの原因も提起している。つまり今のアメリカは訴訟社会だって点だ。

 2004年の著作だけに、今は少し様子が違っている。アメリカの事はよくわからないが、日本では青空文庫を楽しむ人が増えてきた。様々な問題を抱えながらもコミケは健在だし、マンガ図書館Z なんて斬新な試みも始まっている。フリーで配布→出版って動きも、小説家になろうから多くの作家がデビューしているし、藤井大洋は個人で成功させた。

 いやアメリカでも、この本ではコーリー・ドクトロウ「マジックキングダムにてボコボコに」(日本語訳はコリィ・ドクトロウ「マジック・キングダムで落ちぶれて」としてハヤカワ文庫SFから出た)を例に挙げているが、今年になってもっと大物が出た。「火星の人」→映画「オデッセイ」って流れだ。音楽では iTunes Music Store がブレイクしている。

 が、頑として iTunes とは距離を置く企業もあるし、テレビ業界は録画禁止なんて陳情をしてる。今なお権利関係は一進一退で、予断を許さない。2019年にはアメリカで著作権延長法の期限が来て、熱い議論を引き起こすだろう。

 細かいエピソードも、興味深い点は尽きない。911の冷徹な計算、テレビとラジオの著作権の扱いの違い、ケーブルテレビの黎明期、P2Pが音楽産業に与えた具体的な損害額、米国メディア再編成の状況…。

 私たちの文化を守り、そして育てていくために、どんなしくみが必要なのか。ブログで好き放題な記事を書き続けるために、どうなればいいのか。そして極端な法が私たちの社会をどう変えるのか。文化を愛するすべての人に向けた、熱いアジテーションの本だ。

 ただ、できればグレイトフル・デッドにも少し触れてほしかったぞ。

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