ジェニファー・フェナー・ウェルズ「異種間通信」早川文庫SF 幹瑤子訳
「1964年、最初の火星調査用探査機、マリナー4号が撮影した写真の五枚ほどに、思いがけないものが写っていた。グレーター小惑星帯のなかに、未知の物体があったんだ。その物体は異星人の宇宙船だということが判明した」
「わかるだろう? やつの策略はもうはじまってるんだ。すべての地獄が解き放たれる前にここから出るべきだ」
どんなものでも動かし方を知っているのはエンジニアならではだ。
【どんな本?】
アメリカ在住のSF作家/編集者によるデビュー作。
舞台は近未来。小惑星帯に謎の人工物が発見される。異星人の宇宙船だと判断したNASAは、ファースト・コンタクトに備え6人のチームを送り込む。その一人、言語学者のジェーン・ホロウェイには独特の能力があった。易々と新しい言語が身につくのだ。だが接触が近づくにつれ、チーム内の軋轢は高まり…
娯楽成分たっぷりに仕上げた、アクション・スペースオペラ三部作の開幕編。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は FLUENCY, by Jennifer Foehner Wells, 2014。日本語版は2016年1月15日発行。文庫本で縦一段組み、本文約465頁に加え訳者あとがき4頁。9ポイント41字×18行×465頁=約343,170字、400字詰め原稿用紙で約858頁。文庫本としては厚めの部類。
文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。ナニやら学術的な言葉も出てくるが、ハッタリなので真面目に考え込まないこと。「なんかカッコよさげ」ぐらいに思っていればOK。
ただ、登場人物の紹介が遅いのは辛い。互いの呼び方がファミリー・ネームだったりラスト・ネームだったりするのに、フル・ネームが出てくるのは中盤~終盤だったりする。登場人物一覧が欲しかった。
【感想は?】
ノリが大事な作品。だから細かい突込みは控えること。
著者はたぶんコミコン(→Wikipedia)やワールドコン(→Wikipedia)の常連さん。日本でいえば、コミケの壁サークルに当たるポジションだろう。そういう感じの作品だ。
なんたって、いきなり「1947年にニューメキシコ州のロズウェルに墜落した宇宙船」とくる。そう、好き者には有名なロズウェル事件(→Wikipedia)のアレ。怪しげな匂いプンプンだ。この作品の中だと、あの事件は本当に異星人がいた事になっている。大金かけた天下無敵のおバカ映画「ID4(→Wikipedia)」と同じ設定だ。
つまり頭の方で「そういうお話ですよ」と宣言しているわけで、ファースト・コンタクト物ではあっても、決してキッチリと理詰めで攻める作品ではない。キャラクターとアクションとストーリー、そしてノリで楽しむ作品である。
主人公はジェーン・ホロウェイ、三十路の言語学者、独身女性。研究室に閉じこもるタイプではなく、自らアマゾンの奥地など現地に赴いて、研究さえていない少数民族の言語を収集する行動派だ。独特の能力を持っていて、新しい言語に接すると、誰よりも早く相手の言語を身に着けてしまう。
というと明るく社交的で自信に満ちた体育会系の専門馬鹿を想像しそうだが、だいぶ違う。確かに専門馬鹿ではあるのだが、ちゃんとソレを自覚していて、あまり人の仕事には口を出さない、どころか少々引っ込み思案気味。理系にコンプレックスがあるのか、「わけのわからないNASAの用語」なんて言ってる。
ファースト・コンタクトのクルーが、本番の任務の最中にそんな事でいいのか? と突っ込みたくなるが、最初の頁からコレなわけで、つまりは著者が読者に「こういうノリだから覚悟しなさいね」と宣言しているわけだ。
彼女が「彼、ちょっといいかも」と思っているのが、同じクルーのアラン・ベルゲン。独身のエンジニアで、やっぱり自覚のある専門馬鹿。あまり身なりに構うタイプではなく、モテる方でもない…と、本人は思っている。ここ大事。書いてないが、たぶん磨けば光る類のイケメンなんだろう。
と、そんなわけで、エイリアンとのコンタクトと同時に、下手をするとファースト・コンタクト以上の細かさで、ジェーンとベルゲンの不器用な接近遭遇を描いてゆく。ねっとりした第三次接近遭遇の場面もあるんだが、どうも女性向けって感じがする。
映画「プリンセス・ブライド・ストーリー(→Wikipedia)」を引き合いに出す場面とかもあるし。ちなみにキンポウゲ姫は、その名のとおり囚われのお姫様で、ウェズリーは彼女を助ける白馬の王子さま。プロレスラーのアンドレ・ザ・ジャイアントも出演してるが、基本的には「囚われのお姫様を運命の恋人が救い出す」わかりやすいお話の映画だ。
と、そんな風に、ええ歳こいた専門家同士の奥手なオタク・カップルが、奥手ゆえの勘違いやスレ違いで、くっついたり離れたりのジュンジョーな接近模様をじっくり描いてゆく。ほんと、「おまいら高校生かい!」と言いたくなったり。
そんな二人の邪魔者役が、マーク・ウォルシュ中佐。ガチガチの軍人さんで、しかも短気。猜疑心の塊で、このお話ではいつも怒ってる。軍人さんとしかわからないが、せわしなく攻撃的な感じは海兵隊っぽく、マッチョイズムの権化みたいなお方で、全編を通して嫌われ者役。
と、こういったあたりは女性向けなんだが、中盤のアクション・シーンは相当の緊張感。ゲーム「地球防衛軍」みたいな、無数の敵が次から次へと出てくるのに対し、ひたすら撃ちまくるのに加え、近接武器として剣や棍棒、はてはキックもあり的な、迫力ある描写が続く。この著者、こっちの方が向いてると思うんだけどなあ。
…と思ってたら、まさかのラストシーン。明日はどっちだ?
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