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2016年5月23日 (月)

アダム・リース・ゴウルナー「フルーツ・ハンター 果物をめぐる冒険とビジネス」白水社 立石光子訳

「フルーツ・ツーリズムの特徴は、同じものがふたつとないところだ」とジャイトはいった。「自然は世界じゅうどこでも脅威に満ちている。これまでわれわれが知っている果実だけで何万種もあるんだ。スーパーマーケットにはいくつ並んでいる? せいぜい25種類ぐらいだろう」
  ――2 ハワイのウルトラ・エキゾチック

「完璧なモモを探すのは容易なことじゃない」と彼は言った。「しばらくはよくても、ほんの二、三日でだめになってしまう。栽培するのも難しい。湿度や気温がひと晩わずかにちがっただけで、品質がかたおちすることもある」
  ――11 大量生産 甘みの地政学

「喜びとは巧みにつくられた物で、それに匹敵するのは、それをつくる喜びだけである」
  ――13 保護 果物への情熱

【どんな本?】

 ミカン、カキ、メロン、モモ、スイカ、ナシ、リンゴ、バナナ、イチゴ、パイナップル…。多くの人が、これらの果物を知っている。最近ではパパイア,マンゴー,パッションフルーツなども市場に出てきた。では、アラサー,マジックビーン,サンドロップス,キャノンボールは?

 世の中には、万を超える果物がある。その大半は、滅多に我々の目に触れない。美味しいのだが、収穫量が少なすぎたり、食べられる時期が短く販売ルートに乗らなかったり、税関を通れなかったりで、産業として成立しないためだ。

 そういった珍しい果物を漁って世界中を飛び回るフルーツ・ハンターたち、または現地の果物に憑かれて住み着いてしまった旅行者、貴重な果樹を守ろうと奮闘する園芸家たち、果物だけを食べる果食主義者たち、新品種の創造に挑む農家、せわしなく荒っぽい青物市場、そして珍しい果物にまつわる歴史上のエピソードや果物を語る文学の一節。

 果物に憑かれた者たちや珍しい果物を求め、インド洋に浮かぶ小島から近所の市場まで、著者は世界中を巡り、味わう。珍しい果物の味と香り、その歴史や生態から栽培・販売・保護に関わる人々に至るまで、様々な視点で綴った、美味しく楽しいルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Fruit Hunters : A Story of Nature, Adventure, Commerce and Obsession, by Adam Leith Gollner, 2008。日本語版は2009年10月10日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約365頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント45字×20行×365頁=約328,500字、400字詰め原稿用紙で約822枚。文庫本なら厚めの一冊分ぐらいの分量。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。随所に文学作品の引用が出てくるが、わからなくても特に問題はない。ただし、美味しそうな果物を味わう場面が次から次へと出てくるので、ダイエット中の人は深夜に読むのは危険かも。

【構成は?】

 各章は比較的に独立しているので、美味しそうな所だけをツマミ食いしてもいいだろう。

  • プロローグ はじまりはブラジルだった
  • はしがき 果物の黄泉の国
  • 第1部 自然
    • 1 野生、成熟、多汁 果物とは何か?
    • 2 ハワイのウルトラ・エキゾチック
    • 3 果物と人間との関わり
    • 4 国際気象果実振興会
  • 第2部 冒険
    • 5 ボルネオの奥地へ
    • 6 果食主義者
    • 7 淑女の果実
    • 8 いかがわしい連中 果物の密輸業者
  • 第3部 商業
    • 9 マーケティング グレイプルからゴジまで
    • 10 ミラクリン ミラクルフルーツの物語
    • 11 大量生産 甘みの地政学
    • 12 常夏の地球
  • 第4部 情熱
    • 13 保護 果物への情熱
    • 14 果物探偵の事件簿
    • 15 異界との接触
    • 16 結実 あるいは創造への熱意
  • 謝辞/訳者あとがき
  • 参考文献/索引

【感想は?】

 思わず旅に出たくなる。それも南の国に。いや中国でもいい。

 なにせ、魅力的な果物が次から次へと出てくるのだ。まずはドラゴンフルーツ(→Wikipedia)。これは日本でも出回っているらしい。口絵に出てくるジャックフルーツ(→Wikipedia)の大きさはハンパない。著者の顔ぐらいのサイズだ。

 世界中を巡り美味しい果物を食べまくる著者だが、その中でも最も印象的なのは、オオミヤシ(→Google画像検索)だろう。どっからどう見ても女性の腰だw この形のためか色々と騒がれ、「不正採集が横行」している。酷いのになると「種子を手に入れるために木まで切り倒す」。栽培も大変で、「受精してから果実が熟すまでに約七年かかる」。

 これを味わうためにセイシェルへ出向いた著者だが、なにせ「年間に熟す果実はたった1769個」。なっとうな手段で口に入れるのはまず無理…かと思ったら、蛇の道は蛇でw

 などと、珍しい果物を手に入れる方法を、合法的な手段から怪しげな手口まで、色々と教えてくれるのも嬉しい。

 アメリカではチャイナタウンが狙い目…ってのは日本に住む我々には役に立たないが、ファーマーズ・マーケットは旅先で見つかりそう。最近は道の駅も多いし。あと、近所に青果市場があったら狙ってみよう。市場は旅先でも狙い目で、プロのフルーツ・ハンターも「現地でガイドを雇って」「村の市場に案内してもらう」とか。

 もう一つ、是非味わいたいのが、ミラクルフルーツ(→Wikipedia)。著者はこれを味わいにカメルーンに向かう。軍によるものものしい検問を幾つも超えて、魔法を体験する。そう、ミラクルフルーツには魔法が閉じ込められている。これを食べた後にレモンをかじると…

えもいわれぬ甘みが加わり、鳥肌がたつくらいだった。

 魔法のタネはミラクリン(→Wikipedia)という物質で、これは酸味を甘みに変えるのだ。酸が糖にかわるんじゃない。酸っぱい味を、甘みと感じるようになる。甘いものが大好きで、でも太りたくない人には、実に嬉しい話じゃないか。

 とまれ、果物を流通に乗せるのは難しい。旬があるし、傷みも早い。そこでミラクリンを抽出し甘味料として売り出そうと試みたが…。

 と、果物自体の話も楽しいが、それにまつわる人々も真面目な人からケッタイな奴まで、色とりどり。

 珍しい果物を探して虎や毒蛇に怯えつつインドやビルマを巡り、南フロリダに持ち帰って栽培するフルーツ・ハンターたちの中で、ひときわイカれてるのが、接ぎ木屋クラフトン。その名のとおり接ぎ木の名人で、様々な品種を新たに生み出す…

 のはいいが、いささか熱心すぎて、熱帯植物園ではブラックリストに載ってしまった。勝手に木に登って接ぎ木ししまうのだ。本人曰く「とにかくそうせずにはいられない」。これぞオタクの極み。ある意味、危険人物ではあるが、どうにも憎めない。

 かと思えば、果食主義者は変に神がかってる。火を使わず、果物と干し肉だけを食べている。その理由は「原初の食べ物」とか「浄化作用」とか超越的な体験とか、ニューエイジ系のアレだ。若いうちなら気の迷いで済むが、終盤に出てくる「光の子どもたち」は強烈。

 「不老不死を求める性的に純潔な難所からなる教団」って、つまりはカルトだ。アリゾナの砂漠に居を構え、ナツメヤシを栽培し、「かつては60名を超え」ていたが、「いまではこの三人だけになってしまいました」と、老いた三人が言う。他のみなさんは老衰で亡くなったのだ。不老不死じゃないじゃんw

 世界には色とりどりの果物があるが、市場に出回っているのはごくわずかだ。この理由にも、ちゃんと斬り込んでいる。果物の魅力の一つは、その柔らかさやたっぷりの果汁だが、柔らかい果物は輸送で痛むし、果汁を味わうには多少の行儀悪さを覚悟しなきゃいけない。加えて、経済的な問題もある。

 最初は珍しいため高値で売れる果物も、すぐにライバルが参入してくる。流通量が増えると値段も下がり、収益は悪化する。この辺の加減が難しく、珍しさとなじみ深さのバランスを取らないといけない。

 など下世話な話の合間に、歴史上のエピソードや文学の引用を挟み、人と果物の関わりは昨日今日始まったわけではない事を再確認させてくれる。ここではシェイクスピアの「冬物語」に、SF的な視野の広さを感じたので、締めの引用としよう。

だが、なんらかの手を加えて自然がよりよくなるとすれば
その手を生み出すのも自然なのだ。だから、その人工の手について
あなたは自然につけ加えたとおっしゃるが
じつはその手も自然がつくり出しているのだ

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