蘇部健一「六枚のとんかつ」講談社文庫
オナニーさん求む!
毎週土曜、日曜の午前十時から午後五時までの簡単な仕事で、日当三万円を支給される権利を持つ連盟のメンバーに空席がひとつできた。仕事はあくまで名目上のものである。われこそはと思うオナニーさんは、今週の土曜日の午後三時から五時までのあいだに、○○ホテル072号号室まで直接こられたし。
――FILE No 7 オナニー連盟
【どんな本?】
あまりに大胆な作風で賛否両論を巻き起こした、1997年の第三回メフィスト賞受賞作。
小野由一は、保険会社のエース調査員だ。職業柄から多くの不可解な事件を担当したが、友人で推理作家の古藤や前途有望な後輩の早乙女とチームを組み、鮮やかに謎を解き真相を明らかにしてきた。
これは、彼が手掛けた数々の事件の記録である。
…という体裁の、おバカなミステリ・ギャグ連作短編集。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
1997年9月に講談社ノベルズで出版。1998年2月、同じく講談社ノベルズより「六枚のとんかつ 改定新版」を出版。これを加筆・訂正したのが講談社文庫版で、2002年1月15日第1刷発行。
文庫本で縦一段組、本文約419頁に加え、文庫版あとがき2頁+葉山響&海路友の解説11頁。8.5ポイント41字×17行×419頁=約292,043字、400字詰め原稿用紙で約731枚。文庫本としては厚め。
文章はこなれている。内容も難しくない…というか、FILE No 7 で想像がつくように、お下劣な芸風なので、覚悟しよう。また名作ミステリへのオマージュが多いが、知らなくても全く問題ない。もしかしたら元ネタが好きな人は怒り出すかも。
【収録作】
各作品は独立しているが、モノによっては順番が大事なので、できれば頭から読んだ方がいい。
- はじめに
- FILE No 1 音の気がかり
- FILE No 2 桂男爵の舞踏会
- FILE No 3 黄金
- FILE No 4 エースの誇り
- FILE No 5 見えない証拠
- FILE No 6 しおかぜ17号49分の壁
- FILE No 7 オナニー連盟
- FILE No 8 丸ノ内線70秒の壁
- FILE No 9 欠けているもの
- FILE No 10 鏡の向こう側
- FILE No 11 消えた黒いドレスの女
- FILE No 12 五枚のとんかつ
- FILE No 13 六枚のとんかつ
- FILE No 14 「ジョン・ディクスン・カーを読んだ男」を読んだ男
- 最後のエピローグ
- ボーナス・トラック 保険調査員の長い一日
- 文庫版あとがき
- 解説 葉山響 with 海路友
【感想は?】
発表当時は賛否両論があったそうだが、評価はいずれも同じだ。
否:くだらない!
賛:くだらねーw
芸風は、しょうもないギャグ。どれぐらい酷いかは、最初の「FILE No 1 音の気がかり」で充分に伝わるので、味見にはちょうどいいだろう。ギャグの好き嫌いは、リズムや好みで分かれるので、言葉で説明するのは難しいのだが、この作品集ではお下劣かつしょうもない芸風で突っ走ってゆく。
最初の「音の気がかり」からして、肝心のトリックもしくはネタが実に酷いというかおバカというか、中学生の思いつきを小説に仕立てたようなシロモノで、これでよくメフィスト賞を取れたなあ、と選んだ編集部の大胆さに呆れてしまう。
私はミステリに疎いのでよく分からなかったが、作品の多くが有名な作品を引き合いに出しているのも特徴だろう。ただし、元作品のファンが出されて嬉しいかどうかは難しいところ。例えばシャーロッキアンの皆さん、「赤毛連盟」が「オナニー連盟」って、納得できますか?
困ったことにこの作品、単にネタを戴くだけでなく、お話の構成までなぞっている(っぽい)のが嬉しいような困るような。つまりは単にトリックを味わうミステリとしてだけでなく、パロディ小説としての仕掛けまであるから始末が悪い。こういう頭よさげなネタをコッソリと隠しておきながら、タイトルが「オナニー連盟」なんだもんなあ。
ホームズ物で欠かせないのっがワトソン君で、昔からミステリじゃ探偵には相棒がいると相場が決まっている。この作品集、前半では保険調査員の小野がワトソン役で、探偵は古藤のように見えるが、読み終えて振り返ると、「どこが名探偵じゃい!」と突っ込みたくなったり。
「FILE No 6 しおかぜ17号49分の壁」あたりは、素人の私でも「西村京太郎のパロディかな」ぐらいの見当をつけながら読んでいたんだが、まさかこれほどヒドいネタとはw
などと徹底して読者のガードを下げさせておいて、「FILE No 8 丸ノ内線70秒の壁」だ。まるで本格ミステリのように≪読者への挑戦状≫なんてモノを差し挟んでくる。「どうせくだらない下ネタだろう」とタカをくくっていたら、実はまっとうなトリックなので驚いた。ただ、このネタは、首都圏に住んでいる人じゃないとわかりにくいかも。
そして、終盤になって、やっと出ました、タイトルにもなっている「五枚のとんかつ」「六枚のとんかつ」。タイトルでわかるように姉妹作で、肝心のトリックも似たアイデアを使っている。ばかりか、小説としての構成もソックリ同じで、これは手抜きなのかギャグなのかw しかも元ネタが畏れ多くも島田荘司の「占星術殺人事件」。いや私は読んでないけど。
と、芸風はアレなんだが、肝心のネタを「とんかつ」で解説するあたりが、なかなか見事な工夫で感服してしまった。いやマジで。どうもミステリってのは込み入った話が多いんで、こういう風にわかりやすく説明する工夫には、私のように粗雑なオツムの者にはとてもありがたい。
などと感心していたら、「最後のエピローグ」「ボーナス・トラック 保険調査員の長い一日」で再び「こんなんありかよw」と噴き出す羽目に。
肌が合えばミステリに詳しい人ほど笑えて、合わなければミステリに詳しい人ほど怒りが募る、困った作品集。ミステリに疎い私は、もちろん気軽に楽しめた。
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