上田岳弘「私の恋人」新潮社
2年前に絶命した高橋陽平の所見によると、この「繰り広げ絶滅の戦争」は、人類の二周目目の旅の最中に起きた悲劇であるとのことだ。
「人類は今三週目にいる」
【どんな本?】
「太陽」で2013年の第45回新潮新人賞受賞を受賞したフレッシュな作家・上田岳弘による、「太陽・惑星」に続く二作目。アフリカから出て、ユーラシア全体に広がり、アメリカに渡り太平洋を越え地球全体へと広がった人類の歴史と、理想の女性に出会った男の物語を、独特の達観した視点で語る。
第28回(2015年)三島由紀夫賞受賞作品。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
初出は雑誌「新潮」2015年4月号。単行本は2015年6月30日発行。ハードカバー縦一段組みで本文約124頁。9.5ポイント40字×16行×124頁=約79,360字、400字詰め原稿用紙で約199枚。長さとしては中編で、文庫本なら他の作品と合わせて出す分量。
文章はこなれている。SFか純文学かは解釈が分かれるところだが、いずれにせよ特に難しい仕掛けは出てこないので、理科が苦手な人でも大丈夫。
【どんな話?】
一人目の私は、約10万年前のクロマニョン人だ。とても賢かった当時の私は、人類の未来を見通し、それを退屈しのぎに洞窟に書き留めたのだが、未だ発掘されていない。二人目の私ハインリヒ・ケプラーは20世紀のドイツに生まれた。折悪くユダヤ人だったため、収容所送りとなった。
現代日本に生まれた三人目の井上由祐は、前々生から理想の相手として思い描いた女性キャロライン・ホプキンスと出会う。
【感想は?】
三人目の私って、「綾波レイかよ」と思ったが、ある意味サード・インパクトをテーマとした話かも。
SFとして見たら、作品中で示されるヴィジョンは人類史全般に渡り、間近に迫る未来を展望する壮大なもの。既にセカンド・インパクトまでは起きていて、間もなくサード・インパクトが起きる、そういう世界観の話だ。
話は一人称で進む。語り手の私こと井上由祐は、現代の日本に生きる三十代の独身男。歳も職業も、著者本人を投影しているのかも。彼は前世と前々世を覚えている…と、主張する。読み終わってから気づいたが、一人称って時点で、語り手の言葉を信じるか否かは読者に任されるんだよなあ。
前々世の彼は、10万年前のクロマニョン人。賢明な彼は、人類の遠い未来を見通と共に、彼は理想の女性を思い浮かべるが、彼女と出会うことはなかった。前世の彼ハインリヒ・ケプラーはユダヤ人で、ナチスに連行され収容所で飢え死にする。彼も独房で彼女に思いを馳せた。
と書くと、時を越えて運命の恋人に出会った二人の熱く切ない恋物語のように思えるが、全くそうはならない。
どうもこの人の文章はどこか醒めていて、場面の描写もカメラ越しに見るような落ち着きと、他人事のような距離感がある。そのためか、「今、そこで起きていること」を語るワイドショーのレポーターというより、「歴史的に起こったこと」を解説する歴史家みたいな上から目線の冷徹さがあるんだよなあ。
その割には堅苦しいだけではなく、ところどころに独特のユーモアがあったり。なんだよ「来世から本気を出そう」ってw と、語りに加え、登場人物も妙に醒めているというか達観しているというか。あまり感情に走らず、かといって四角四面の理屈に従うわけでもなく、波風立てずに生きてく感じの人が多い。
こういうあたりが、マジなんだかオチョくってんだか本音が読めない所。
この冷徹さが純文学らしくなくて、俯瞰した視点で見るSF的な感性を感じさせるし、実際に扱っているテーマも人類史そのもの…の、フリをしている。
なにせ、最初に出てくるのが、「人類の二周目目の旅」ときた。
人類の最初の旅は、アフリカを出て世界中に広がるまでを示す。約10万円前に始まり、スエズの地峡を経て東地中海沿岸へと渡り、西へ向かえばヨーロッパへ、東に向かえばユーラシアを横断し、ベーリング海峡を越えてアメリカ大陸にたどり着き…と、人類が地球全体を覆いつくすまでの旅を示す。
「すげえ、頑張ったな、俺たちのご先祖は」と称えたくなるが、実はそれほど呑気な話でもないのが、終盤でそれとなく示唆される。なにせ今生き残っているのは、ホモ・サピエンスだけだし。他にもジャワ原人や北京原人などがいたはずなんだが、連中はどこにいったのか。
そして第二の旅は、更に禍々しい。なにせ「二周目の旅の行き止まりの一つに二つの原子爆弾を落とした」とくる。リリンの生み出した文化の極みが、ソレかい。
などの人類の旅と交互に語られるのが、「私の恋人」キャロライン・ホプキンス。なかなか理想と行動力に溢れた女性で、美貌と卓越した頭脳で一世を風靡し、NPOで人道支援に携わって大きな成果を上げるが組織の方針に疑問を抱き、一時期はジャンキーとなり果てるが…
語り手の煮え切らなさとヒロインの苛烈さは、キョンと涼宮ハルヒを思わせるが、これはたぶん偶然でしょう、きっと。
彼女の思想が、前作同様に倫理学者のピーター・シンガー(→Wikipedia)の影響を強く感じさせるもの。彼ほど徹底してはいないが、反捕鯨運動に携わるなど、少しづつでも理想に近づこうとするもの。
一周目・二周目ともに、歴史では華やかな成果が語られるが、決して綺麗ごとではなかった。一周目は、そもそも綺麗ごとなんて概念すらなかった。二周目には綺麗ごとの概念はあったが、同時にそれを誤魔化す手口も狡猾なまでに発達を遂げた。これから始まる三周目は、少なくとも過去を踏まえた上で始めたい。
などと大仰な話が進みながらも、主人公が考えているのは…
解釈次第じゃ「男ってしょうもない生き物だよなあ」なんて身もふたもないトコに落ち着きそうだが、前の「太陽・惑星」じゃとんでもないヴィジョンを示してくれた著者だけに、どうなんだろう。
いっそ吹っ切ってエンターテイメントな大作を書いてほしいなあ。
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