大澤昭彦「高層建築物の世界史」講談社現代新書
本書のねらいは、以下の三点を示すことにある。
まず一つは、歴史を通して、人びとがどのような高層建築物をつくってきたのかを振り返ることである。時代や地域ごとに、たどっていきたい。
二つ目は、人びとがどのような動機で高層建築物をつくってきたのかを探ることである。高層建築物にどのような意味を見出してきたのかについて、時代的、社会的背景をふまえながら探っていきたい。
三つめは、高層建築物の歴史を通して、「建物の高さから見た都市の歴史」を考える事である。建物が作る街並みの高さが都市において何を表現してきたのかについて考えたい。
――はじめに
【どんな本?】
ピラミッド,セント・ポール大聖堂,エッフェル塔,そしてワールド・トレード・センターやブルジュ・ハリファ。大きく高い建物は、その時代や地域のシンボルとなる。
それぞれの時代や地域には、どんな高層建築物があるのか。いつ・だれが・何のために作ったのか。それはどう使われ、どんな役割を担ったのか。それを作った背景にはどんな事情があり、同時代や後世の者から、どう見られたのか。
古代のジッグラトから現代の摩天楼まで、様々な高層建築物を訪ね、その背景を探るとともに、それが地域や後世に与えた影響にも目を向け、または高層建築が「建てられなかった」事情にも思いを馳せる、一般向けの解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2015年2月20日第一刷発行。新書版で縦一段組み、本部約399頁。9.5ポイント40字×16行×399頁=約255,360字、400字詰め原稿用紙で約639枚。文庫本なら少し厚めの一冊分。
文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。敢えて言えば、錬鉄と鋼鉄の違いか。大ざっぱに言うと、錬鉄は比較的に古い技術で製鉄でき、炭素含有量が少ない。鋼鉄は新しい技術が必要で、錬鉄より多くの炭素を含み、錬鉄より強くて硬い(鉱物たちの庭より19世紀中頃のヨーロッパ製鉄)。
【構成は?】
流れとしては古代から現代に向かって時系列順に進むが、各章は比較的に独立しているので、気になった所だけをつまみ食いしてもいい。
|
|
|
|
|
|
【感想は?】
書名は「高層建築物の世界史」だが、実際には「都市と高層建築」みたいな内容だ。
と、いうのも。高層建築物は、都市と深い関係がある。大抵の高層建築物は、都市にあるからだ。そのため、高層建築物は、都市の象徴やランドマークとなる。
また、都市は、権威や権力が居座る場所でもある。よって、高層建築は権威や権力とも深い関係がある。
そもそも高層建築物を建てるには莫大な費用が必要なわけで、当たり前の話なのだが、そういった事情もあって、この本では高層建築物そのものに加え、それが建っている都市の政治・行政・経済事情の話もふんだんに入っている。
最初に出てくる都市は、ローマだ。なんと紀元前からインスラ(→Wikipedia)と呼ばれる「六階から八階建ての高層アパート」で庶民は暮らしていた。増えた人口を収容するためだ。当然エレベーターも水道もないんで、「市民は水場まで水を汲みに行く必要があった」。眺めはいいんだろうけど、かなり不便だなあ。
中世ヨーロッパでは、教会が高層建築の代表になる。教会が高い建築物にこだわった理由の解釈が面白い。都市住民の多くは多神教の元農民で、巨木に畏敬の念を抱いている。
そこで、キリスト教会側は、失った巨木の森林の象徴としてゴシック大聖堂を建設することで、住民のキリスト教化を図っていったとされる。
信者獲得用の広告塔みたいな効果も狙ったのね。
ここでは出雲大社の話も出てくる。その本殿は「平安時代の中期から、鎌倉時代の初期にかけて七回も倒壊したとの記録が残っている」。友森工業の古代出雲大社48m復元CG遷宮に、CGで再現した画像があるんだが、確かにあぶなっかしい感じがする。もちっと下半身デブなピラミッド型にするとか、考えなかったのかなあ。
さて。高層建築物が一つだけなら、それは都市のシンボルになる。シンボルとして定着すると、これは都市に別の影響を及ぼし始める。
この影響がよくわかるのが、ロンドンのセント・ポール大聖堂(→Wikipedia)だ。SFファンにはコニー・ウィリスの「空襲警報」などでお馴染みの建物。ザ・シティの象徴となったのはいいが、その景観を守るために、今でもロンドンでは高層建築物の規制の基準となっている。
この根っこにあるのが、「図」と「地」の理屈。低い建物ばかりの所に、一つだけ高い建物があれば、とても目立つ。でも周りに高い建物が沢山できたら、景色の中に埋もれてしまう。都市計画のなかで、そういったバランスを考えながら開発を進めていこう、そういう配慮が、次第に芽生えてくるわけです。
ロンドンでは市民が中心となって規制を進めたが、日本の江戸時代は対照的に幕府が規制を加えている。このため、自然とお城の天守閣がランドマークとなっていく。こういう都市の景観も、お上にひれ伏す日本人の意識構造に影響を与えたのかなあ?
やがて産業革命以降に進んだテクノロジーが生み出した鉄筋コンクリートと電気とエレベーターは、より高いビルを建築可能にし、また利用可能にもしてゆく。
「オフィスの仕事と運営を変えつつあったタイプライターと電話の発達がなかったなら、摩天楼は利益をもたらさず、事業としても成り立たなかった」(エドワード・レルフ「都市景観の20世紀」)。
情報機器も高層化に大きな役割を果たしたんだなあ。
摩天楼のもう一つの特徴は、民間の資本が作っていること。かつては王や教会など権力者でなければ建てられなかった高層建築物が、民間でも建てられるようになった。と同時に、シカゴやニューヨークではニョキニョキと高さの競争が始まり、スカイラインは一変してゆく。
ところが、今世紀あたりから、新しい高層建築物が、アジアや中東で次々と建ち始めた。「資本主義経済を導入しつつも、国の関与が強いため、トップダウンで建築が進められていった」。ドバイのブルジュ・ハリファが、その代表だろう。普通に考えたら高すぎて採算が取れそうにないんだが、高い事に意味があるんだろうなあ。
笑っちゃうのが、イランのミーラード・タワー。イスラム主義のイランじゃ、情報を統制したい。ってんで、1995年に衛星放送受信禁止法を決めた。「勝手に西側の衛星放送を見るな」って法律だ。ところが、コッソリとパラポラ・アンテナを買って衛星放送を見る人が絶えない。そこでミーラード・タワーから妨害電波を出している。ご苦労なこって。
各章には、同時代の日本の事情も書いてあって、東京タワー誕生秘話とかは実に日本らしいゴタゴタが面白かった。高層建築物を通し、世界に共通する都市の事情と、逆にお国や都市ごとの違いが見えてくる、少し変わった視点から見た歴史と地理の本。
【関連記事】
| 固定リンク
「書評:歴史/地理」カテゴリの記事
- ローレンス・C・スミス「川と人類の文明史」草思社 藤崎百合訳(2023.10.29)
- ニーアル・ファーガソン「スクエア・アンド・タワー 上・下」東洋経済新聞社 柴田裕之訳(2023.10.08)
- 植村和代「ものと人間の文化史169 織物」法政大学出版局(2023.09.29)
- マイケル・フレンドリー&ハワード・ウェイナー「データ視覚化の人類史 グラフの発明から時間と空間の可視化まで」青土社 飯嶋貴子訳(2023.08.08)
- ソフィ・タンハウザー「織物の世界史 人類はどのように紡ぎ、織り、纏ってきたのか」原書房 鳥飼まこと訳(2023.07.18)
コメント