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2016年5月24日 (火)

オルダス・ハクスリー「すばらしい新世界」光文社古典翻訳文庫 黒原敏行訳

総合的理解は知的な必要悪である。社会の屋台骨を支えているのは哲学者ではなく、旋盤工や切手収集家なのだ。

「歴史的事実というのはたいてい不快なものなのだよ」

友達の効用のひとつは、敵に加えられない攻撃を(いくらか穏やかなシンボリックな形で)受け止めてもらう犠牲者にできることだ。

「いいかねきみ、文明には高貴なことも英雄的なことも全然必要ないんだ。そんなものが現れるのは政治が機能していない証拠だ」

【どんな本?】

 ジョージ・オーウェルの「1984年」と並ぶ、ユートピア/ディストピア小説の代表作であり、今日のSFにも大きな影響を与えた作品。。著者は20世紀前半に活躍したイギリスの作家オルダス・ハクスリー。ちなみにオーウェルはイートン校在学中、ハクスリーにフランス語を学んでいる。

 遠い未来。世界は完全な管理社会になった。世界国家は「共同性、同一性、安定性」をモットーとし、人工的に培養された人々は胎児の頃から相応しい地位・職業に就くべく条件付けされ、仕事に喜びを感じながら幸福感に満ちた生涯を送る。

 恋愛や家族愛などの激しい感情をもたらす一夫一婦制や、一人で深く考え込む事は否定され、小難しい書物は封じられる。「よく働き、よく遊べ」を合言葉に、触覚映画やスポーツやフリーセックスが奨励され、手軽に素早くお気楽ご気楽な気分になり副作用もない快楽薬「ソーマ」の服用が規範となった社会。

 誰もが幸福な社会のようだが、そんな世界に馴染めない者もいて…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Brave New World, by Aldous Huxley, 1932。Wikipedia によると初の日本語訳は1933年の改造社版「みごとな新世界」の名前で渡邉二三郎訳。私が読んだのは黒原敏行訳の光文社古典翻訳文庫で2013年6月20日初版第1刷発行。

 文庫本縦一段組みで本文約365頁に加え、著者による新版への前書き16頁+植松靖夫の解説26頁+オルダス・ハクスリー年譜8頁+訳者あとがき10頁。9ポイント38字×16行×365頁=約210,240字、400字詰め原稿用紙で約526枚。文庫本としては標準的な分量。

 文章はこなれていて読みやすい。というか、むしろ軽快でコミカルだ。内容も難しくない。SFだから色々とガジェットは出てくるが、正直かなり古臭い仕掛けなので、理科が苦手な人でも全く問題ない。逆に仕掛けの古臭さが気になる人には辛いかも。

 それと、できれば主な登場人物一覧をつけて欲しかった。

【感想は?】

 SFの古典の一つだ。だが、それは忘れていい。

 古典というと、どうも高尚で小難しい気配がある。が、この作品はそんな事はない。いや確かに古典として高く評価されるに相応しい作品なんだが、お高くとまった教養小説的な近寄りがたさは、微塵もない。

 代わりにあるのはリズミカルな会話であり、モンティ・パイソンを彷彿とさせるイギリス流のひねくれたユーモアだ。

 家族を否定しフリーセックスを奨励するなど、様々な形で現代の倫理をひっくり返した世界で、この舞台に相応しいギャグをかまして重苦しさを吹き飛ばしつつ、更なる毒舌で読者の世界観を根底から揺さぶったスキに…重いボディブローをブチ込む。

 冒頭の人間工場の場面で、多くの読者はこの世界に嫌悪感を抱くだろう。ズラリと並んだガラスの容器で工業製品のように大量生産される胎児たち。様々な薬品を注入し、計画的に成長を促進または抑制し、それぞれの階層に相応しい「部品」として磨き上げられる。

 なんたって、年号からして「フォード紀元」だ。流れ作業で大量生産する低価格の大衆車、T型フォード(→Wikipedia)を生んだヘンリー・フォードに因んだ年号である。規格化や流れ作業による徹底した低価格・大量生産戦略により、大消費社会への道を切り開いたヘンリー・フォードを神と崇める社会。

 いかにも禍々しい世界のようだが、読んでいくと「あれ?意外といいかも」なんて気分になってくる。確かに職業の自由はない。だが、そんなものは要らないのだ。

 この世界では、人は機械的に「生産」される。その際、徹底した品質管理と条件付けで、将来就く職業を天職と感じるよう育てられる。だから定められた仕事をするのが幸福であり、不満は感じない。しかも、合法的な麻薬「ソーマ」がある。副作用はなく、手軽に飲めて、素早く効く。飲めば気持ちはハッピーになり、ややこしい事は考えなくなる。

 おまけにフリーセックスだ。私のようなモテない男には、最高の福音じゃないか。しかもハクスリー氏、なかなかわかってらっしゃる御仁で、「靴とハイソックスと香水だけ」なんてマニアックな趣味も←うるさい

 正気に返ると不気味な世界のように感じるが、その中で生きている人々にとっては、これが幸福なのだ。なら、それでいいんじゃないか、そんな気分にもなってくる。なってはくるが、どうにも割り切れない何かも残る。

 そこに登場するのが、バーナード・マルクス君。どうにも世界とのズレを感じてしまい、かといってソーマに頼ろうという気にもなれない。「自分は他人とは違うひとりの個人だと知って」おり、孤独と深い思索を愛する男。おお、彼こそが疎外され虐げられし我らSF者の化身。

 などといい気になってると、まあ、アレだ。彼に入れ込んだ読者を、思う存分に著者はいたぶってくれる。

 こういったあたり、著者の実にイギリス人らしい底意地の悪さがたまらない。先の家族否定・フリーセックス奨励などのヒネくれた、だが一見合理的に思える倫理観などもあわせ、オタク・知識人・伝統主義者・功利主義者・リバタリアン・共産主義者・無政府主義者など、全方面に喧嘩を売っている。

 この全方面に向けての啖呵が炸裂する終盤の展開は、革命家を揶揄する野蛮人ジョンの反乱から、統制官ムスタファ・モンドとの対決、そして相も変らぬ大量消費社会の象徴への批判まで、怒涛の勢いで著者の筆が暴れまくる。表面的にはモンティ・パイソン風のドタバタを演じつつ、読者の胸に割り切れない物を残す見事な手管だ。

 「自然の愛好は工場に需要をもたらさない」「幸福のことを考えずにすむなら、どんなに愉しいことだろう!」「人が神を信じるのは神を信じるよう条件づけられているからだ」など、気の利いたフレーズが続く練り込まれた文章で、重たいテーマを軽い食感に仕上げた、古典だが現代的な新鮮さを保つSFの傑作。筒井康隆が好きな人なら、きっとハマる。

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