ニーアル・ファーガソン「マネーの進化史」ハヤカワ文庫NF 仙名紀訳
この本の目的の一つは、金融、とくに金融史になじみの薄い方のために、入門書の役割を果たすことだ。
――はじめに金属がカネなのではない。信用を刻印されたものがカネなのだ。
――第1章 一攫千金の夢「このような戦いや乱闘ざた、それらはすべて金品のため」
「このような戦いに参加できるのは、それだけのカネを使える者だけ」
――第2章 人間と債権の絆世界で最初に誕生した福祉超大国、もとよりこの原理を最大限に推し進めて大成功した国は、じつはイギリスではなく日本だった。日本ほど、福祉国家と戦争国家を厳密に連携させた国はない。
――第4章 リスクの逆襲ボリビアのような国ぐにで、マイクロファイナンスの運動は驚くべき事実を掘り起こした。それは、ローンの担保にする持ち家があるかないかにかかわらず、女性は男性よりもじつは信用があるという点だ。
――第5章 わが家ほど安全なところはない
【どんな本?】
「ベニスの商人」のシャイロックや、陰謀論の常連ロスチャイルド家など、金融関係者には胡散臭い印象が付きまとう。最近でもリーマン・ブラザースの破綻など、カネを動かす連中は世の中に迷惑ばかりをかけているように見える。中には「いっそカネなんかなくしてしまえ」と主張する強硬派さえいる。
こういった考え方が出てくる原因の一つは、金融関係の理屈や言葉がやたら難しくて、わからないからだ。
銀行・債権・株式・保険・先物取引など、金融には様々な制度がある。それぞれ、どんな仕組みで、いつ・だれが・何のために作ったのか。そういった制度があると、誰がどう嬉しいのか。それらは、歴史にどんな影響を与えたのか。ペテン師がデッチあげた幻想ではないのか。
メディチ家がのし上がった原動力,新興国のオランダが新大陸の征服で豊かになったスペインに抗しえた理由,フランスの絶対王政が倒れた元凶などの歴史的なエピソードから、1960年代アメリカの公民権運動のもう一つの姿・エンロンの破綻・サブプライムの焦げ付きやジョージ・ソロスの魔術まで、様々なエピソードを取り混ぜて語る、一般向け金融史の入門書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は The Ascent of Money : A Financial History of the World, by Niall Ferguson, 2008。日本語版は2009年12月に早川書房より単行本で刊行。私が読んだのは2015年10月25日発行のハヤカワ文庫NF版。文庫本で縦一段組み、本文約472頁に加え、野口悠紀雄の解説「歴史的事例でマネーの魔術を解き明かす」10頁。9ポイント41字×18行×472頁=約348,336字、400字詰め原稿用紙で約871頁。文庫本としては厚い部類。
文章は比較的にこなれている。ただ、内容的には、金融に関してズブの素人にはお勧めしがたい。というのも、金融・投機・経済に関する専門用語が、説明なしに出てくるためだ。特に、現代に近づく後半になるほど、馴染みのない言葉が増える。具体的な例を、次に挙げよう。
- 利食い(→野村証券の証券用語解説集)
- 債務不履行(→Wikipedia)
- バブル(→Wikipedia)
- リターン(→投資信託協会)
- インセンティブ(→Wikipedia)
- 流動性(→Wikipedia)
- レバレッジ(→Wikipedia)
- ポジション(→金融・経済用語辞典)
- デリバリティブ(→Wikipedia)
【構成は?】
穏やかながら、前章を受けて次の章が展開する構成なので、素直に頭から読もう。
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【感想は?】
正直って、たぶん充分には読みこなせていない。
全般的な流れとして、だいたい過去から現代へと向かって流れる構成だ。それぞれの章では、金融関係の商品や概念を扱い、ソレが誕生した背景から、与えた影響を語ってゆく。それぞれ、こんな所か。
- 第1章 一攫千金の夢 =銀行の誕生と進化
- 第2章 人間と債権の絆 =債権の誕生と影響
- 第3章 バブルと戯れて =株式市場
- 第4章 リスクの逆襲 =保険
- 第5章 わが家ほど安全なところはない =不動産市場
- 第6章 帝国からチャイメリカへ =グローバル化の影響
- 終章 マネーの系譜と退歩 =総まとめ
わかったつもりになれたのは、第1章の銀行・第2章の債権・第4章の保険・第5章の不動産ぐらいで、第3章の株式と第6章のグローバル化は、よくわからなかった。傾向として保守的で堅実なモノはわかりやすく、投機的でリスクが高いモノはわかりにくいようだ。
とまれ、本書は金融の教科書ではない。金融史の本だ。だから、金融そのものより、それが歴史に与えた影響に力点を置いているし、歴史に絡めて語られるエピソードの方が、読んで面白い。
最初に印象に残るのは、16世紀~17世紀にかけてのオランダの独立(→Wikipedia)だ。新大陸から大量の貴金属を調達したスペインに対し、なぜ新興国のオランダが抗しえたのか。ウィリアム・マクニールは戦争の世界史で「常備軍を整え教練したから」としているが、これには一つ疑問が残る。
常備軍を維持し、兵を平時から食わせる費用を、どうやって調達した?
この秘訣を、著者は銀行制度に求める。当時のアムステルダム為替銀行は国内外の様々な通貨を両替し、「小切手や口座引き落とし、振り替えなどの業務を、世界ではじめて導入した」。これだけならどってことないが、大きいのは部分準備銀行制度(→Wikipediaの準備預金制度)だ。これを使うと、手元にあるカネの数倍が世に流れる。
なんかインチキみたいだし、そう考える人も多い。だが、これのお陰でオランダは独立できた。つまりは借金なんだが、今だって日本の企業の多くは何らかの形で借金している。銀行からの融資ばかりでなく、社債や約束手形も借金の一種だし、株式だって株主から預かったカネだ。
カネが流れて何が嬉しいのか。商人はそのカネで商品を仕入れて売れば利益が出る。元手が大きければ利益も大きい。と書くと得するのは金持ちばかりのようだが、実は貧乏人にも恩恵がある。ここで登場するのが、「ベニスの商人」のシャイロックと、現代グラスゴーの高利貸しジェラード・ロー。
高利貸しは、その名のとおり高い利率でカネを貸す。悪辣なようだが、連中にも言い分はある。まっとうな銀行は失業者に貸さない。踏み倒される危険が大きいからだ。そのリスクがある分、利息が高くないとモトが取れない。特に規模が小さい業者だと、踏み倒された時のダメージは大きい。一度の焦げ付きで破産しかねない。
規模が大きければ、一度や二度の焦げ付きでも持ちこたえられるだろう。そこで大資本の銀行だ。多くの商人に貸せば、うち何件かが踏み倒されても、他から取った利息で埋め合わせが効く。
これは直感的にわかる図式だが、キチンと数学的に検証して誕生したのが、保険だよ、というのが第4章。はじまりはスコットランドの国教会牧師の寡婦年金で、二人の牧師ロバート・ウォーレスとアレグザンダー・ウェブスターがエディンバラ大学の数学教授コリン・マクローリンと共に、教区のデータを集めて計算し、保険をスタートする。
保険というと人当たりのいいセールスのオバチャンが思い浮かぶが、その奥には相当なデータの蓄積があるんだなあ。そういえば安全管理の祖ハーバート・ウィリアム・ハインリッヒも保険関係の人だっけ。
ってな歴史の話から始まり、国家が住宅ローンを支援する意外な理由を経てサブプライム騒ぎへと続き、中華マネーがアメリカへ流入する現状へと向かってゆく。
終盤に近くなるほど現代の金融・投機・経済の専門用語が多くなって厳しくなるが、それもオプション取引(→Wikipedia)など多くの金融システムが生まれてきたため。これからも更にややこしくなっていくんだろうなあ。
また、手持ちのお金に余裕がある人は、この本を読むと株を買いたくなります。投機じゃなくて投資の意味で。
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