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2016年5月の18件の記事

2016年5月31日 (火)

蘇部健一「六枚のとんかつ」講談社文庫

オナニーさん求む!
 毎週土曜、日曜の午前十時から午後五時までの簡単な仕事で、日当三万円を支給される権利を持つ連盟のメンバーに空席がひとつできた。仕事はあくまで名目上のものである。われこそはと思うオナニーさんは、今週の土曜日の午後三時から五時までのあいだに、○○ホテル072号号室まで直接こられたし。
  ――FILE No 7 オナニー連盟

【どんな本?】

 あまりに大胆な作風で賛否両論を巻き起こした、1997年の第三回メフィスト賞受賞作。

 小野由一は、保険会社のエース調査員だ。職業柄から多くの不可解な事件を担当したが、友人で推理作家の古藤や前途有望な後輩の早乙女とチームを組み、鮮やかに謎を解き真相を明らかにしてきた。

 これは、彼が手掛けた数々の事件の記録である。

 …という体裁の、おバカなミステリ・ギャグ連作短編集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 1997年9月に講談社ノベルズで出版。1998年2月、同じく講談社ノベルズより「六枚のとんかつ 改定新版」を出版。これを加筆・訂正したのが講談社文庫版で、2002年1月15日第1刷発行。

 文庫本で縦一段組、本文約419頁に加え、文庫版あとがき2頁+葉山響&海路友の解説11頁。8.5ポイント41字×17行×419頁=約292,043字、400字詰め原稿用紙で約731枚。文庫本としては厚め。

 文章はこなれている。内容も難しくない…というか、FILE No 7 で想像がつくように、お下劣な芸風なので、覚悟しよう。また名作ミステリへのオマージュが多いが、知らなくても全く問題ない。もしかしたら元ネタが好きな人は怒り出すかも。

【収録作】

 各作品は独立しているが、モノによっては順番が大事なので、できれば頭から読んだ方がいい。

  • はじめに
  • FILE No 1 音の気がかり
  • FILE No 2 桂男爵の舞踏会
  • FILE No 3 黄金
  • FILE No 4 エースの誇り
  • FILE No 5 見えない証拠
  • FILE No 6 しおかぜ17号49分の壁
  • FILE No 7 オナニー連盟
  • FILE No 8 丸ノ内線70秒の壁
  • FILE No 9 欠けているもの
  • FILE No 10 鏡の向こう側
  • FILE No 11 消えた黒いドレスの女
  • FILE No 12 五枚のとんかつ
  • FILE No 13 六枚のとんかつ
  • FILE No 14 「ジョン・ディクスン・カーを読んだ男」を読んだ男
  • 最後のエピローグ
  • ボーナス・トラック 保険調査員の長い一日
  • 文庫版あとがき
  • 解説 葉山響 with 海路友

【感想は?】

 発表当時は賛否両論があったそうだが、評価はいずれも同じだ。

否:くだらない!
賛:くだらねーw

 芸風は、しょうもないギャグ。どれぐらい酷いかは、最初の「FILE No 1 音の気がかり」で充分に伝わるので、味見にはちょうどいいだろう。ギャグの好き嫌いは、リズムや好みで分かれるので、言葉で説明するのは難しいのだが、この作品集ではお下劣かつしょうもない芸風で突っ走ってゆく。

 最初の「音の気がかり」からして、肝心のトリックもしくはネタが実に酷いというかおバカというか、中学生の思いつきを小説に仕立てたようなシロモノで、これでよくメフィスト賞を取れたなあ、と選んだ編集部の大胆さに呆れてしまう。

 私はミステリに疎いのでよく分からなかったが、作品の多くが有名な作品を引き合いに出しているのも特徴だろう。ただし、元作品のファンが出されて嬉しいかどうかは難しいところ。例えばシャーロッキアンの皆さん、「赤毛連盟」が「オナニー連盟」って、納得できますか?

 困ったことにこの作品、単にネタを戴くだけでなく、お話の構成までなぞっている(っぽい)のが嬉しいような困るような。つまりは単にトリックを味わうミステリとしてだけでなく、パロディ小説としての仕掛けまであるから始末が悪い。こういう頭よさげなネタをコッソリと隠しておきながら、タイトルが「オナニー連盟」なんだもんなあ。

 ホームズ物で欠かせないのっがワトソン君で、昔からミステリじゃ探偵には相棒がいると相場が決まっている。この作品集、前半では保険調査員の小野がワトソン役で、探偵は古藤のように見えるが、読み終えて振り返ると、「どこが名探偵じゃい!」と突っ込みたくなったり。

 「FILE No 6 しおかぜ17号49分の壁」あたりは、素人の私でも「西村京太郎のパロディかな」ぐらいの見当をつけながら読んでいたんだが、まさかこれほどヒドいネタとはw

 などと徹底して読者のガードを下げさせておいて、「FILE No 8 丸ノ内線70秒の壁」だ。まるで本格ミステリのように≪読者への挑戦状≫なんてモノを差し挟んでくる。「どうせくだらない下ネタだろう」とタカをくくっていたら、実はまっとうなトリックなので驚いた。ただ、このネタは、首都圏に住んでいる人じゃないとわかりにくいかも。

 そして、終盤になって、やっと出ました、タイトルにもなっている「五枚のとんかつ」「六枚のとんかつ」。タイトルでわかるように姉妹作で、肝心のトリックも似たアイデアを使っている。ばかりか、小説としての構成もソックリ同じで、これは手抜きなのかギャグなのかw しかも元ネタが畏れ多くも島田荘司の「占星術殺人事件」。いや私は読んでないけど。

 と、芸風はアレなんだが、肝心のネタを「とんかつ」で解説するあたりが、なかなか見事な工夫で感服してしまった。いやマジで。どうもミステリってのは込み入った話が多いんで、こういう風にわかりやすく説明する工夫には、私のように粗雑なオツムの者にはとてもありがたい。

 などと感心していたら、「最後のエピローグ」「ボーナス・トラック 保険調査員の長い一日」で再び「こんなんありかよw」と噴き出す羽目に。

 肌が合えばミステリに詳しい人ほど笑えて、合わなければミステリに詳しい人ほど怒りが募る、困った作品集。ミステリに疎い私は、もちろん気軽に楽しめた。

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2016年5月30日 (月)

ヘンリー・ペトロスキー「鉛筆と人間」晶文社 渡辺潤・岡田朋之訳

 この本は、ありふれた鉛筆の歴史や鉛筆によって象徴されるものを通した工学技術の研究である。
  ――はじめに

インクは、考えが公の世界にでるときに身につける化粧品であり、黒鉛は汚れた真実なのである。
  ――1 忘れられた道具

 (鉛筆の芯の)製造方法は今世紀のはじめと同様、今日でも、秘密にされている。
  ――7 ドイツの鉛筆職人

われわれがつかうもっとも身近なモノの形や品質は、生産の際の経済性とつかい勝手のよさが一致する点に落ちついた結果なのである。
  ――15 技術者が心のなかで描くもの

 工学技術はもっとも理解されにくい分野である。信頼され効率よく働く製品の製造に成功すればするほど、技術自体は目に見えないものになり、退屈なものに思えるようになってしまう。
  ――22 どこにでもあるモノの物語

【どんな本?】

 鉛筆は身近で素朴な道具だ。私たちは鉛筆で文字を学び、三目ならべで遊ぶ。絵描きは鉛筆で下書きし、技術者は鉛筆でアイデアを練り上げる。鉛筆で書いたものは往々にして捨てられ、絵筆で描いた絵画や完成した製品だけが残る。

 かつて競馬新聞はオマケに短い赤鉛筆がついてきた。現代日本の鉛筆は、安くいつでも手に入り安定して書け、気軽に使い捨てられる道具だ。芯の硬さも、例えば三菱鉛筆では10Bから10Hまで規格化され、目的と好みに合った鉛筆を選べる。芯に石が混じっていたり途中で折れている不良品は、まずありえない。

 鉛筆はあまりに身近で安く手軽に手に入り、かつ品質も安定しているために、鉛筆を造るのは簡単そうに思えてしまう。だが、今日の低価格・高品質は、多くの人や企業の工夫と努力の積み重ねであり、また国際貿易の賜物でもあった。

 身近で、どこにでもある道具の代表である鉛筆。その技術の発展と産業の栄枯盛衰を辿りながら、現代の便利な生活を支えるテクノロジーが育ってゆく過程を描いた、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Pencil : A History of Design and Circumstance, by Henry Petroski, 1989。日本語版は1993年11月10日発行。単行本ハードカバー縦二段組みで本文約360頁に加え、付録A3頁+付録B12頁+訳者あとがき8頁。9ポイント25字×20行×2段×360頁=約360,000字、400字詰め原稿用紙で約900枚。文庫本なら薄めの上下巻ぐらいの分量。

 文章は比較的にこなれている。内容もあまり難しくないが、多少は不慣れな言葉も出てくる。代表的なのはシダーと石墨だろう。シダー(→Wikipedia)はヒマラヤスギ属を示すが、スギやヒノキを含む。石墨(→Wikipedia)は、別名グラファイトまたは黒鉛。金属みたいな名前だが、実は炭素の結晶。

【構成は?】

 原則として時系列順に進むので、なるべく頭から読もう。

  • はじめに
  • 1 忘れられた道具
  • 2 「鉛の筆」の謎
  • 3 鉛筆前史
  • 4 木製鉛筆の登場
  • 5 イギリスの石墨発見
  • 6 現在の鉛筆はフランスでつくられた
  • 7 ドイツの鉛筆職人
  • 8 アメリカの鉛筆開拓者
  • 9 森の職人 D・H・ソロー
  • 10 ロンドン万博で行われた実験
  • 11 ドイツのブランド合戦
  • 12 アメリカ初の鉛筆工場
  • 13 世界鉛筆戦争
  • 14 芯を支える木
  • 15 技術者が心のなかで描くもの
  • 16 折れない芯
  • 17 鉛筆削りとシャープペンシル
  • 18 レーニンが認めた米国のビジネスマン
  • 19 競争、恐慌、そして戦争
  • 20 鉛筆先進国と後進国
  • 21 完ぺきな鉛筆
  • 22 どこにでもあるモノの物語
  • 付録A コ・イ・ノア鉛筆会社の「鉛筆製造法」より
  • 付録B 鉛筆のコレクション
  • 訳者あとがき/索引

【感想は?】

 資本主義ってすごい。国際貿易ってすごい。現代テクノロジーってすごい。そして、鉛筆ってすごい。

 子供のころから何の気なしに使っていた鉛筆。だが、その歴史を辿ると、現代の鉛筆がいかに優れているか、よくわかる。特に製造業で品質管理に関わっている人なら、この本を読むとそのすごさが身に染みるだろう。

 どうすごいのか。これは、かつての鉛筆がどんなものだったのか、どんな不具合があったのかを知れば、「おお、言われてみれば」と改めて感じ入るだろう。あまりに安定して便利に使えるモノだと、人は「ソレを安定して流通させるのがどれほど大変か」なんて全く考えなくなってしまうのだ。

 例えば水道のありがたみは、断水した時によくわかる。電気もそうだ。停電してはじめて、自分がどれほど電気に依存していたか身に染みる。

 この本では、鉛筆がどう生まれ、どう進歩し、どう普及し、その過程でどんな競争が行われたかを描いてゆく。

 鉛筆の記録で最も古いのは、ドイツ系スイス人コンラッド・ゲスナーが1565年にチューリッヒで出版した本だ。当時は鉛筆の芯である石墨を、そのままつかっていたらしい。

 普及のきっかけはイギリスのボローデール鉱山で、ここから採れる石墨の品質は安定していた。そこでコレを細長く切って木枠にはめたのが、今の鉛筆の形を決めた。ここで問題なのが、「安定している」とは何かってこと。

 石墨は所詮は鉱物だ。中には砂などの不純物が混じっている。鉛筆の芯に砂が混じっていると、どうなるだろう。当然、書けない。ばかりか、下手すると紙にひっかかって穴をあけてしまう。天然の好物だから、硬さや濃さの調整も難しい。

 また、芯が途中で折れることもある。すると、ボディである木から芯が抜けてしまう。これは木の性質も大事で、あまりヤワいと落とした拍子に芯が折れちゃうし、湿気や乾燥で曲がっても芯が折れる。年輪で硬さが途中で変わると、削るのが難しい。これは硬すぎても、やっぱり削りにくい。

 木の加工も大事だ。芯を入れる溝が細すぎたら芯が入らないし、太すぎると芯が抜け落ちてしまう。ささくれなんて、もってのほか。正確な太さ・深さの溝を、滑らかな面で削らなきゃいけない。天然物の木を使って、鉛筆のような小さなモノを、正確に同じ形・硬さに加工し量産するのは、どれだけ大変なことか。しかも、当時は機械化が進む前の職人仕事だ。

 それでもヨーロッパに普及した鉛筆だが、ボローデール鉱山の枯渇や外交不和による原材料の不足が、フランスやドイツを苦しめる。ここで鉛筆史上の大転換が訪れるのが皮肉。

 時は1793年。フランスは革命戦争(→Wikipedia)でイギリスからボローデール鉱山の石墨が使えなくなった。大陸の石墨は質が悪くて使い物にならない。ここでニコラ・ジャック・コンテに大任がおりる。「ボローデール産の石墨に匹敵する芯を作れ」。

 無茶と思われた仕事だが、コンテ氏は立派に成し遂げた。石墨を細かい粉にして不純物を取り除き、粘土と混ぜて高温で焼く。これには多くの利点があって、例えば石墨と粘土の比率を変えれば芯の硬さも変えられる。

 彼が開発した方法が、原理的には現在も使われている。著者は彼の工夫こそが鉛筆史上の最大の発明としている。ピンチを飛躍の踏み台にしたという、作り話みたいなエピソードだ。

 とまれ。理屈が分かっても、実際に再現するのは難しい。石墨を粉に砕く方法・不純物を取り除く方法・どの粘土を使うか・どんな比率で混ぜるか・どれぐらいの温度でどれぐらいの時間焼くかなど、具体的なレシピは秘密とされた。どころか、現代でも企業秘密となっている。

 お陰で、このレシピは、鉛筆の歴史で何度も再発見されている。ドイツ諸国で、アメリカで、ソ連で。幾つもの企業が、独自にレシピを探り、再発見してきた様子が、この本では何度も繰り返される。中でもインドは別格で、なんと国家がレシピづくりを主導するのだ。

 この模様は、社会主義国家の強さを実感してしまう。電気抵抗で石墨の割合を測り、硬さは三点屈で測り、色の濃さは光電池で測り、芯の減りと筆圧を測り…と、徹底して数値化し、仕様書を定めてゆく。こういった科学的方法ばかりでなく、原材料についても、材質に加え価格や外交関係も考えて勧告を定めてゆく。

 「社会主義ってイケるんじゃね?」と思いたくなるが、その前の「18 レーニンが認めた米国のビジネスマン」では、出来高払い制の導入が飛躍的な労働生産性の向上を果たしてたり、なかなか理屈どりにはいかないもんです。

 やがて万年筆やシャープペンシルなどのライバルが台頭し、鉛筆企業は更に激しい競争に晒されてゆく。

 今やシャープペンシルも芯も100円ショップで買える時代だが、その機構の巧妙さと加工精度を考えると、あまりの安さに頭がクラクラしてくる。0.5mmの細さの芯を造るのに、どれほど厳しい精度が必要なことか。その芯を保持し送り出す機構も、凄まじい精度が要求されるのに、100円ショップで買えてしまう。改めて考えると、とんでもない世界だ。

 鉛筆が普及する前は、ペンとインクだった。これでは消せない。鉛筆で書いたモノは、気軽に消せる。この消せる・消せないってのは、意外と気分を大きく変えてしまう。

 エンジニアやプログラマがモヤモヤしたアイデアを書き留めるのは、たいてい鉛筆かシャープペンシルだ。ボールペンを使う人は滅多にいない。縫い物の台紙も、たいてい鉛筆かシャープペンシルで書く。これらの作業には、共通した性質がある。

 それは試行錯誤が必要だってこと。最初から完成した形が出来上がる事は、まず、ない。最初の案は、たたき台だ。最悪、全部捨てる場合もある。基本的な部分すら何度も考え直し、最初からやり直す事も珍しくない。必ず直される、または捨てられるのが、最初の案の運命である。

 ここで、鉛筆の性質が生きてくる。鉛筆で書いたものは、いつでも消せる。間違ったらいつでも直せる。そのためか、鉛筆で走り書きしたモノは、捨てても悔しくない。「せっかくここまでやったのに」と、変に拘る気持ちも沸かない。この「書いたモノを惜しまず捨てられる」性質が、柔軟で奔放な発想が必要で試行錯誤を繰り返す作業に向いている。

 ケン・トンプソン(→Wikipedia)は unix の設計で、デニス・リッチー(→Wikipedia)はC言語の設計で、鉛筆によるメモを書き散らしただろう。それを考えると、鉛筆もまた現代テクノロジーの進歩に大きく貢献したんだなあ、としみじみ感じてしまう。

 あ、そうそう、きっと三菱鉛筆の技術者だって、新しい改善案を作り上げる際には、鉛筆で汚いメモを書き散らしたに違いない。とすると、優れた鉛筆が更に優れた鉛筆を産む体制になっているわけで、もしかしたら人類は進化を望む鉛筆の道具に過ぎないのかも←これだからSF者は

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2016年5月29日 (日)

ブロガーのうた

♪ おいらは ブロガー
炎上 ブロガー
おいらが 記事書きゃ
荒らしを よぶぜ

♪ おいらは ブロガー
ダイエット ブロガー
体重 グラフは
右肩 上がり

♪ おいらは ブロガー
三日坊主の ブロガー
最近の コメント
業者の スパム

♪ おいらは ブロガー
泡沫 ブロガー
おいらが 記事書きゃ
閑古鳥を よぶぜ

 ついカッとなってやった。今はスッキリしている。

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2016年5月27日 (金)

ジェニファー・フェナー・ウェルズ「異種間通信」早川文庫SF 幹瑤子訳

「1964年、最初の火星調査用探査機、マリナー4号が撮影した写真の五枚ほどに、思いがけないものが写っていた。グレーター小惑星帯のなかに、未知の物体があったんだ。その物体は異星人の宇宙船だということが判明した」

「わかるだろう? やつの策略はもうはじまってるんだ。すべての地獄が解き放たれる前にここから出るべきだ」

どんなものでも動かし方を知っているのはエンジニアならではだ。

【どんな本?】

 アメリカ在住のSF作家/編集者によるデビュー作。

 舞台は近未来。小惑星帯に謎の人工物が発見される。異星人の宇宙船だと判断したNASAは、ファースト・コンタクトに備え6人のチームを送り込む。その一人、言語学者のジェーン・ホロウェイには独特の能力があった。易々と新しい言語が身につくのだ。だが接触が近づくにつれ、チーム内の軋轢は高まり…

 娯楽成分たっぷりに仕上げた、アクション・スペースオペラ三部作の開幕編。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は FLUENCY, by Jennifer Foehner Wells, 2014。日本語版は2016年1月15日発行。文庫本で縦一段組み、本文約465頁に加え訳者あとがき4頁。9ポイント41字×18行×465頁=約343,170字、400字詰め原稿用紙で約858頁。文庫本としては厚めの部類。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。ナニやら学術的な言葉も出てくるが、ハッタリなので真面目に考え込まないこと。「なんかカッコよさげ」ぐらいに思っていればOK。

 ただ、登場人物の紹介が遅いのは辛い。互いの呼び方がファミリー・ネームだったりラスト・ネームだったりするのに、フル・ネームが出てくるのは中盤~終盤だったりする。登場人物一覧が欲しかった。

【感想は?】

 ノリが大事な作品。だから細かい突込みは控えること。

 著者はたぶんコミコン(→Wikipedia)やワールドコン(→Wikipedia)の常連さん。日本でいえば、コミケの壁サークルに当たるポジションだろう。そういう感じの作品だ。

 なんたって、いきなり「1947年にニューメキシコ州のロズウェルに墜落した宇宙船」とくる。そう、好き者には有名なロズウェル事件(→Wikipedia)のアレ。怪しげな匂いプンプンだ。この作品の中だと、あの事件は本当に異星人がいた事になっている。大金かけた天下無敵のおバカ映画「ID4(→Wikipedia)」と同じ設定だ。

 つまり頭の方で「そういうお話ですよ」と宣言しているわけで、ファースト・コンタクト物ではあっても、決してキッチリと理詰めで攻める作品ではない。キャラクターとアクションとストーリー、そしてノリで楽しむ作品である。

 主人公はジェーン・ホロウェイ、三十路の言語学者、独身女性。研究室に閉じこもるタイプではなく、自らアマゾンの奥地など現地に赴いて、研究さえていない少数民族の言語を収集する行動派だ。独特の能力を持っていて、新しい言語に接すると、誰よりも早く相手の言語を身に着けてしまう。

 というと明るく社交的で自信に満ちた体育会系の専門馬鹿を想像しそうだが、だいぶ違う。確かに専門馬鹿ではあるのだが、ちゃんとソレを自覚していて、あまり人の仕事には口を出さない、どころか少々引っ込み思案気味。理系にコンプレックスがあるのか、「わけのわからないNASAの用語」なんて言ってる。

 ファースト・コンタクトのクルーが、本番の任務の最中にそんな事でいいのか? と突っ込みたくなるが、最初の頁からコレなわけで、つまりは著者が読者に「こういうノリだから覚悟しなさいね」と宣言しているわけだ。

 彼女が「彼、ちょっといいかも」と思っているのが、同じクルーのアラン・ベルゲン。独身のエンジニアで、やっぱり自覚のある専門馬鹿。あまり身なりに構うタイプではなく、モテる方でもない…と、本人は思っている。ここ大事。書いてないが、たぶん磨けば光る類のイケメンなんだろう。

 と、そんなわけで、エイリアンとのコンタクトと同時に、下手をするとファースト・コンタクト以上の細かさで、ジェーンとベルゲンの不器用な接近遭遇を描いてゆく。ねっとりした第三次接近遭遇の場面もあるんだが、どうも女性向けって感じがする。

 映画「プリンセス・ブライド・ストーリー(→Wikipedia)」を引き合いに出す場面とかもあるし。ちなみにキンポウゲ姫は、その名のとおり囚われのお姫様で、ウェズリーは彼女を助ける白馬の王子さま。プロレスラーのアンドレ・ザ・ジャイアントも出演してるが、基本的には「囚われのお姫様を運命の恋人が救い出す」わかりやすいお話の映画だ。

 と、そんな風に、ええ歳こいた専門家同士の奥手なオタク・カップルが、奥手ゆえの勘違いやスレ違いで、くっついたり離れたりのジュンジョーな接近模様をじっくり描いてゆく。ほんと、「おまいら高校生かい!」と言いたくなったり。

 そんな二人の邪魔者役が、マーク・ウォルシュ中佐。ガチガチの軍人さんで、しかも短気。猜疑心の塊で、このお話ではいつも怒ってる。軍人さんとしかわからないが、せわしなく攻撃的な感じは海兵隊っぽく、マッチョイズムの権化みたいなお方で、全編を通して嫌われ者役。

 と、こういったあたりは女性向けなんだが、中盤のアクション・シーンは相当の緊張感。ゲーム「地球防衛軍」みたいな、無数の敵が次から次へと出てくるのに対し、ひたすら撃ちまくるのに加え、近接武器として剣や棍棒、はてはキックもあり的な、迫力ある描写が続く。この著者、こっちの方が向いてると思うんだけどなあ。

 …と思ってたら、まさかのラストシーン。明日はどっちだ? 

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2016年5月25日 (水)

「六韜」中公文庫 林富士馬訳

死刑は大物ほど効果があり、表彰は卑賎な者ほど効果があります。
  ――第三巻 竜韜  第二十二 将威(大将の権威)

弱い勢力で強敵を撃ち破るには、かならず大国の同盟と隣国の援助とを得なければなりません
  ――第五巻 豹韜  第四十九 少衆(衆寡、敵せず)

歩兵の戦いには敵軍の変動を知ることが大切でありますが、戦車は地形を知ることが肝要なことになります。また、騎兵は、間道や思いがけぬ抜け道を知って、敵の予想外のところを奇襲することが肝要であります。
  ――第六巻 犬韜 第五十八 戦車(戦車戦法)

【どんな本?】

 六韜(→Wikipedia)は、中国の古典的な兵法書である武経七書の一つ。古代の周の文王(→Wikipedia)・武王(→Wikipedia)の問いに、太公望(→Wikipedia)が答える形で論が進む。後半は戦略・戦術や部隊編成など軍事的な内容が多くなるが、前半では外交や国政・人材登用など政治全般に渡っている。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 表向きは太公望の著作となっているが、使われている言葉や出てくる戦術などから、実際は後世の作とされている。ただし、いつ・だれが書いたのかとなると、「秦漢のあいだ」・「漢魏以後晋宋の際の偽作」と様々な説があり、Wikipedia には「戦国時代には成立していた可能性が高い」とある。

もしかしたら戦国時代に原本が成立し、後世の者がアチコチに手を入れたのかも。

 日本には平安時代に入ってきたとされる。

 中公文庫版は2005年2月25日初版発行、私が読んだのは2012年8月5日発行の7刷。だいたい年に一刷の堅実なペース。文庫本で本文約357頁(うち現代文は206頁)に加え、竹内実の解説14頁。9ポイント40字×17行×357頁=約242,760字、400字詰め原稿用紙で約607枚。文庫本としては少し厚め。

 現代文の部分は読みやすい。内容だと、素人でもだいたいの所は分かると思うが、戦術などの細かく具体的な部分は、当時の時代背景や技術レベルの知識が必要になる。

 例えば戦車が出てくるが、当然ながらタンクではなく馬が引くチャリオット(→Wikipedia)だ。また騎兵は鐙(→Wikipedia)のない時代なので、馬上で武器をふるうのは難しい。馬は主に移動に使い、戦闘時は馬を降りて戦ったのかも。

【構成は?】

 だいたい前半は政治の事柄が多く、後半は具体的な戦術や道具の話になる。

  • 六韜について
  • 第一巻 文韜
    • 第一  文師(文王の師)
    • 第二  盈虚(国家の治乱)
    • 第三  国務(政治の基本)
    • 第四  大礼(君臣の礼)
    • 第五  明伝(至道を伝う)
    • 第六  六守(仁義忠信勇謀の守り)
    • 第七  守土(国土の防衛)
    • 第八  守国(国家の保持)
    • 第九  上賢(賢者を尊ぶ)
    • 第十  拳賢(人材の登用)
    • 第十一 賞罰(功を賞し、罪を罰す)
    • 第十二 兵道(用兵の要道)
  • 第二巻 武韜
    • 第十三 発啓(民を愛する政治)
    • 第十四 文啓(文徳の政治)
    • 第十五 文伐(文をもって人を伐つ)
    • 第十六 順啓(人心を重んず)
    • 第十七 三疑(三つの疑問)
  • 第三巻 竜韜
    • 第十八  王翼(王者の腹心)
    • 第十九  論将(大将を論ず)
    • 第二十  選将(大将を選ぶ)
    • 第二十一 立将(大将に大事を命ず)
    • 第二十二 将威(大将の権威)
    • 第二十三 励軍(軍卒を激励する)
    • 第二十四 陰符(主君と大将の契り)
    • 第二十五 陰書(密書)
    • 第二十六 軍勢(敵を破る勢い)
    • 第二十七 奇兵(臨機応変の戦術)
    • 第二十八 五音(五つの音声)
    • 第二十九 兵徴(勝敗の前兆)
    • 第三十  農器(農具と兵器)
  • 第四巻 虎韜
    • 第三十一 軍用(軍の器具の効用)
    • 第三十二 三陣(天陣・地陣・人陣)
    • 第三十三 疾戦(速攻戦術)
    • 第三十四 必出(脱出戦術)
    • 第三十五 軍略(軍事謀略)
    • 第三十六 臨堺(敵陣攻略法)
    • 第三十七 動静(敵の動静を探る)
    • 第三十八 金鼓(防禦戦術)
    • 第三十九 絶道(糧道を絶つ)
    • 第四十  略地(敵地攻略)
    • 第四十一 火戦(放火作戦)
    • 第四十二 塁虚(敵陣探察法)
  • 第五巻 豹韜
    • 第四十三 林戦(林間作戦)
    • 第四十四 突戦(奇襲作戦)
    • 第四十五 敵強(強敵対抗作戦)
    • 第四十六 敵武(衆敵対抗作戦)
    • 第四十七 鳥雲山兵(山岳作戦)
    • 第四十八 鳥雲沢兵(水辺作戦)
    • 第四十九 少衆(衆寡、敵せず)
    • 第五十  分険(険阻の攻防)
  • 第六巻 犬韜
    • 第五十一 分合(分散集合作戦)
    • 第五十二 武鋒(精鋭奇襲作戦)
    • 第五十三 錬士(勇士の錬成)
    • 第五十四 教戦(戦法の訓練)
    • 第五十五 均兵(兵力均分法)
    • 第五十六 武車士(車兵登用法)
    • 第五十七 武騎士(騎兵登用法)
    • 第五十八 戦車(戦車戦法)
    • 第五十九 戦騎(騎兵戦法)
    • 第六十  戦歩(歩兵戦法)
  • 読下し文
    • 文韜
    • 武韜
    • 竜韜
    • 虎韜
    • 豹韜
    • 犬韜
  • 解説 竹内実

【感想は?】

 孫子もそうだが、中国の古典は成立が怪しいものが多い。特に六韜は、明らかに後世の作だし。

 表向きは太公望が著した事になっているが、多くの専門家も「さすがにソレはないだろう」という点では意見が一致している模様。それに続く「いつ・だれが」で議論が続いている。

 そんな事情があるので、ある程度は疑いながら読もう。

 舞台は落ち目の殷王朝に対し周王朝が取って代わろうとする時代。周王朝を築く文王・武王父子に、名宰相の誉れ高い太公望が講釈する形で話が進む。武経と呼ばれるが、前半は君主論が中心だし、周辺国についても外交的な方法をまず説くなど、あくまで軍事を政治の一環として捉えている。

 そんなわけで、物騒な内容を期待すると、最初は裏切られた気持ちになるかも。例えば冒頭の文韜では、君主論の基礎として、現代の感覚で考えても実にまっとうな事を言ってたり。

「天下は君主一人の天下ではありません。天下万民のための天下であります。天下の利益を万民と共有する心がけがあれば天下を得、天下の利益を独占すれば天下を失うことになるのは当然です」

 なんか綺麗ごとだよなあ、と思ってると、次には人を用いるにあたり、これを試すような真似を薦めてる。試しに富を与える・高位につける・重責を課す・任を与える・危機にあたらせる・変事に対応させるなどして、その働きを見よ、と。人が悪いようにも思えるが、「とりあえず機会を与えてみようよ」と解釈すれば、太っ腹なボスとも思えるかな。

 とまれ、これが敵国に対しては、実に陰険。敵の重臣を持ち上げて勢力を二分させたり賄賂で買収したり、君主をおだててツケあがらせる・君主に取り入って後で裏切る、敵国内の武装勢力に反乱をそそのかす。こういった手口は、今でも変わってないなあ。

 将の補佐役は「天道72侯にちなみ72人」といささか怪しいが、その内情は結構合理的。副将1・参謀5・占い3・地理担当3・兵法者9・兵糧担当4・斬り込み役4・奇襲要員3・工兵4・外交官2・奇計家3・情報担当7・精鋭5・宣伝4・スパイ8・方術2・軍医3・主計2。

 占い3や方術2はともかく、地理3・外交2・情報担当2・スパイ8など、情報系が意外と多い。しかも敵をかく乱する役目が多い。確か当時は常備軍なんてものはなく、農民を駆り集めて兵にしてたんで、劣勢とみると一気に崩れてしまう。だから敵をかく乱して士気をくじく作戦の効果が大きかったんだろう。

 そんな風に当時の戦闘をうかがわせる部分も多く、例えば「国境を越えたら、十日以内に敵国を滅ぼさなければ、かならず自軍が敗れ」とある。補給の問題で、それぐらいが限度だったのかな。

 逆に今でも通用しそうな事も多い。例えば、将の出陣に際して、君主は「すべて将軍の処置に一任する」と宣言する。後方からゴチャゴチャ言わず、前線の将に全てを任せるわけ。当時は衛星通信なんて便利なものはないから、そうするしかなかったんだが、今でも現場にあれこれ口出しする政治家はたいていロクな真似をしないんだよなあ。

 暗号通信も出てくる。基本は符牒で、予め決めておいた札の大きさで内容を伝えるもの。次は文を三分割して三人の使者が一部分づつ運ぶ。ちなみに当時は実用的な紙はない筈なので、木簡か竹簡だろう。

 意外な事に、「十二律五音」なんてのも出てくる。つまりは十二音階とペンタトニック(→Wikipedia)だ。使い方はオカルトだが、基本的な音楽理論は洋の東西を問わず同じらしい。、

 戦術面だと、何かと伏兵が好きなのが、この六韜の特徴だろう。攻撃時に伏兵で叩くのはもちろん、撤退戦でも伏兵を残し潜ませ、敢えて前衛を通し後衛を叩け、なんて出てくる。言うのは簡単だが、相当に練度の高い精鋭じゃないと伏兵は務まらないぞ。

 戦車・騎兵・歩兵のおおまかな戦力差も書いてある。平野では戦車80・騎兵8・歩兵1で、険阻な地だと戦車40・騎兵4・歩兵1となる。この数字で分かるように、戦車は開けた土地でこそ威力を発揮したようだ。冒頭の引用にあるように、戦車の威力は地形に左右されるし、歩兵で戦車に対するには険阻な地を背にしろ、とある。

 これは現代でもあまり変わってなくて、一般に兵力も装備も貧弱なゲリラは山岳地帯に潜む。また少数民族はたいてい山岳民族で、これは武力に劣っても山岳地帯なら大兵力に対し互角に戦えるため。元は平野に居たけど多数派の民族に土地を奪われ山岳に追いやられたってケースも多いみたい。

 古典というと難しそうだが、中公文庫の林富士馬訳は文章がこなれていて読みやすいし、現代文だけなら206頁とやや短めの長編小説の分量なので、読み始めればあっさり読み通せるので、古典の入門としては向いてるかも。

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2016年5月24日 (火)

オルダス・ハクスリー「すばらしい新世界」光文社古典翻訳文庫 黒原敏行訳

総合的理解は知的な必要悪である。社会の屋台骨を支えているのは哲学者ではなく、旋盤工や切手収集家なのだ。

「歴史的事実というのはたいてい不快なものなのだよ」

友達の効用のひとつは、敵に加えられない攻撃を(いくらか穏やかなシンボリックな形で)受け止めてもらう犠牲者にできることだ。

「いいかねきみ、文明には高貴なことも英雄的なことも全然必要ないんだ。そんなものが現れるのは政治が機能していない証拠だ」

【どんな本?】

 ジョージ・オーウェルの「1984年」と並ぶ、ユートピア/ディストピア小説の代表作であり、今日のSFにも大きな影響を与えた作品。。著者は20世紀前半に活躍したイギリスの作家オルダス・ハクスリー。ちなみにオーウェルはイートン校在学中、ハクスリーにフランス語を学んでいる。

 遠い未来。世界は完全な管理社会になった。世界国家は「共同性、同一性、安定性」をモットーとし、人工的に培養された人々は胎児の頃から相応しい地位・職業に就くべく条件付けされ、仕事に喜びを感じながら幸福感に満ちた生涯を送る。

 恋愛や家族愛などの激しい感情をもたらす一夫一婦制や、一人で深く考え込む事は否定され、小難しい書物は封じられる。「よく働き、よく遊べ」を合言葉に、触覚映画やスポーツやフリーセックスが奨励され、手軽に素早くお気楽ご気楽な気分になり副作用もない快楽薬「ソーマ」の服用が規範となった社会。

 誰もが幸福な社会のようだが、そんな世界に馴染めない者もいて…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Brave New World, by Aldous Huxley, 1932。Wikipedia によると初の日本語訳は1933年の改造社版「みごとな新世界」の名前で渡邉二三郎訳。私が読んだのは黒原敏行訳の光文社古典翻訳文庫で2013年6月20日初版第1刷発行。

 文庫本縦一段組みで本文約365頁に加え、著者による新版への前書き16頁+植松靖夫の解説26頁+オルダス・ハクスリー年譜8頁+訳者あとがき10頁。9ポイント38字×16行×365頁=約210,240字、400字詰め原稿用紙で約526枚。文庫本としては標準的な分量。

 文章はこなれていて読みやすい。というか、むしろ軽快でコミカルだ。内容も難しくない。SFだから色々とガジェットは出てくるが、正直かなり古臭い仕掛けなので、理科が苦手な人でも全く問題ない。逆に仕掛けの古臭さが気になる人には辛いかも。

 それと、できれば主な登場人物一覧をつけて欲しかった。

【感想は?】

 SFの古典の一つだ。だが、それは忘れていい。

 古典というと、どうも高尚で小難しい気配がある。が、この作品はそんな事はない。いや確かに古典として高く評価されるに相応しい作品なんだが、お高くとまった教養小説的な近寄りがたさは、微塵もない。

 代わりにあるのはリズミカルな会話であり、モンティ・パイソンを彷彿とさせるイギリス流のひねくれたユーモアだ。

 家族を否定しフリーセックスを奨励するなど、様々な形で現代の倫理をひっくり返した世界で、この舞台に相応しいギャグをかまして重苦しさを吹き飛ばしつつ、更なる毒舌で読者の世界観を根底から揺さぶったスキに…重いボディブローをブチ込む。

 冒頭の人間工場の場面で、多くの読者はこの世界に嫌悪感を抱くだろう。ズラリと並んだガラスの容器で工業製品のように大量生産される胎児たち。様々な薬品を注入し、計画的に成長を促進または抑制し、それぞれの階層に相応しい「部品」として磨き上げられる。

 なんたって、年号からして「フォード紀元」だ。流れ作業で大量生産する低価格の大衆車、T型フォード(→Wikipedia)を生んだヘンリー・フォードに因んだ年号である。規格化や流れ作業による徹底した低価格・大量生産戦略により、大消費社会への道を切り開いたヘンリー・フォードを神と崇める社会。

 いかにも禍々しい世界のようだが、読んでいくと「あれ?意外といいかも」なんて気分になってくる。確かに職業の自由はない。だが、そんなものは要らないのだ。

 この世界では、人は機械的に「生産」される。その際、徹底した品質管理と条件付けで、将来就く職業を天職と感じるよう育てられる。だから定められた仕事をするのが幸福であり、不満は感じない。しかも、合法的な麻薬「ソーマ」がある。副作用はなく、手軽に飲めて、素早く効く。飲めば気持ちはハッピーになり、ややこしい事は考えなくなる。

 おまけにフリーセックスだ。私のようなモテない男には、最高の福音じゃないか。しかもハクスリー氏、なかなかわかってらっしゃる御仁で、「靴とハイソックスと香水だけ」なんてマニアックな趣味も←うるさい

 正気に返ると不気味な世界のように感じるが、その中で生きている人々にとっては、これが幸福なのだ。なら、それでいいんじゃないか、そんな気分にもなってくる。なってはくるが、どうにも割り切れない何かも残る。

 そこに登場するのが、バーナード・マルクス君。どうにも世界とのズレを感じてしまい、かといってソーマに頼ろうという気にもなれない。「自分は他人とは違うひとりの個人だと知って」おり、孤独と深い思索を愛する男。おお、彼こそが疎外され虐げられし我らSF者の化身。

 などといい気になってると、まあ、アレだ。彼に入れ込んだ読者を、思う存分に著者はいたぶってくれる。

 こういったあたり、著者の実にイギリス人らしい底意地の悪さがたまらない。先の家族否定・フリーセックス奨励などのヒネくれた、だが一見合理的に思える倫理観などもあわせ、オタク・知識人・伝統主義者・功利主義者・リバタリアン・共産主義者・無政府主義者など、全方面に喧嘩を売っている。

 この全方面に向けての啖呵が炸裂する終盤の展開は、革命家を揶揄する野蛮人ジョンの反乱から、統制官ムスタファ・モンドとの対決、そして相も変らぬ大量消費社会の象徴への批判まで、怒涛の勢いで著者の筆が暴れまくる。表面的にはモンティ・パイソン風のドタバタを演じつつ、読者の胸に割り切れない物を残す見事な手管だ。

 「自然の愛好は工場に需要をもたらさない」「幸福のことを考えずにすむなら、どんなに愉しいことだろう!」「人が神を信じるのは神を信じるよう条件づけられているからだ」など、気の利いたフレーズが続く練り込まれた文章で、重たいテーマを軽い食感に仕上げた、古典だが現代的な新鮮さを保つSFの傑作。筒井康隆が好きな人なら、きっとハマる。

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2016年5月23日 (月)

アダム・リース・ゴウルナー「フルーツ・ハンター 果物をめぐる冒険とビジネス」白水社 立石光子訳

「フルーツ・ツーリズムの特徴は、同じものがふたつとないところだ」とジャイトはいった。「自然は世界じゅうどこでも脅威に満ちている。これまでわれわれが知っている果実だけで何万種もあるんだ。スーパーマーケットにはいくつ並んでいる? せいぜい25種類ぐらいだろう」
  ――2 ハワイのウルトラ・エキゾチック

「完璧なモモを探すのは容易なことじゃない」と彼は言った。「しばらくはよくても、ほんの二、三日でだめになってしまう。栽培するのも難しい。湿度や気温がひと晩わずかにちがっただけで、品質がかたおちすることもある」
  ――11 大量生産 甘みの地政学

「喜びとは巧みにつくられた物で、それに匹敵するのは、それをつくる喜びだけである」
  ――13 保護 果物への情熱

【どんな本?】

 ミカン、カキ、メロン、モモ、スイカ、ナシ、リンゴ、バナナ、イチゴ、パイナップル…。多くの人が、これらの果物を知っている。最近ではパパイア,マンゴー,パッションフルーツなども市場に出てきた。では、アラサー,マジックビーン,サンドロップス,キャノンボールは?

 世の中には、万を超える果物がある。その大半は、滅多に我々の目に触れない。美味しいのだが、収穫量が少なすぎたり、食べられる時期が短く販売ルートに乗らなかったり、税関を通れなかったりで、産業として成立しないためだ。

 そういった珍しい果物を漁って世界中を飛び回るフルーツ・ハンターたち、または現地の果物に憑かれて住み着いてしまった旅行者、貴重な果樹を守ろうと奮闘する園芸家たち、果物だけを食べる果食主義者たち、新品種の創造に挑む農家、せわしなく荒っぽい青物市場、そして珍しい果物にまつわる歴史上のエピソードや果物を語る文学の一節。

 果物に憑かれた者たちや珍しい果物を求め、インド洋に浮かぶ小島から近所の市場まで、著者は世界中を巡り、味わう。珍しい果物の味と香り、その歴史や生態から栽培・販売・保護に関わる人々に至るまで、様々な視点で綴った、美味しく楽しいルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Fruit Hunters : A Story of Nature, Adventure, Commerce and Obsession, by Adam Leith Gollner, 2008。日本語版は2009年10月10日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約365頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント45字×20行×365頁=約328,500字、400字詰め原稿用紙で約822枚。文庫本なら厚めの一冊分ぐらいの分量。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。随所に文学作品の引用が出てくるが、わからなくても特に問題はない。ただし、美味しそうな果物を味わう場面が次から次へと出てくるので、ダイエット中の人は深夜に読むのは危険かも。

【構成は?】

 各章は比較的に独立しているので、美味しそうな所だけをツマミ食いしてもいいだろう。

  • プロローグ はじまりはブラジルだった
  • はしがき 果物の黄泉の国
  • 第1部 自然
    • 1 野生、成熟、多汁 果物とは何か?
    • 2 ハワイのウルトラ・エキゾチック
    • 3 果物と人間との関わり
    • 4 国際気象果実振興会
  • 第2部 冒険
    • 5 ボルネオの奥地へ
    • 6 果食主義者
    • 7 淑女の果実
    • 8 いかがわしい連中 果物の密輸業者
  • 第3部 商業
    • 9 マーケティング グレイプルからゴジまで
    • 10 ミラクリン ミラクルフルーツの物語
    • 11 大量生産 甘みの地政学
    • 12 常夏の地球
  • 第4部 情熱
    • 13 保護 果物への情熱
    • 14 果物探偵の事件簿
    • 15 異界との接触
    • 16 結実 あるいは創造への熱意
  • 謝辞/訳者あとがき
  • 参考文献/索引

【感想は?】

 思わず旅に出たくなる。それも南の国に。いや中国でもいい。

 なにせ、魅力的な果物が次から次へと出てくるのだ。まずはドラゴンフルーツ(→Wikipedia)。これは日本でも出回っているらしい。口絵に出てくるジャックフルーツ(→Wikipedia)の大きさはハンパない。著者の顔ぐらいのサイズだ。

 世界中を巡り美味しい果物を食べまくる著者だが、その中でも最も印象的なのは、オオミヤシ(→Google画像検索)だろう。どっからどう見ても女性の腰だw この形のためか色々と騒がれ、「不正採集が横行」している。酷いのになると「種子を手に入れるために木まで切り倒す」。栽培も大変で、「受精してから果実が熟すまでに約七年かかる」。

 これを味わうためにセイシェルへ出向いた著者だが、なにせ「年間に熟す果実はたった1769個」。なっとうな手段で口に入れるのはまず無理…かと思ったら、蛇の道は蛇でw

 などと、珍しい果物を手に入れる方法を、合法的な手段から怪しげな手口まで、色々と教えてくれるのも嬉しい。

 アメリカではチャイナタウンが狙い目…ってのは日本に住む我々には役に立たないが、ファーマーズ・マーケットは旅先で見つかりそう。最近は道の駅も多いし。あと、近所に青果市場があったら狙ってみよう。市場は旅先でも狙い目で、プロのフルーツ・ハンターも「現地でガイドを雇って」「村の市場に案内してもらう」とか。

 もう一つ、是非味わいたいのが、ミラクルフルーツ(→Wikipedia)。著者はこれを味わいにカメルーンに向かう。軍によるものものしい検問を幾つも超えて、魔法を体験する。そう、ミラクルフルーツには魔法が閉じ込められている。これを食べた後にレモンをかじると…

えもいわれぬ甘みが加わり、鳥肌がたつくらいだった。

 魔法のタネはミラクリン(→Wikipedia)という物質で、これは酸味を甘みに変えるのだ。酸が糖にかわるんじゃない。酸っぱい味を、甘みと感じるようになる。甘いものが大好きで、でも太りたくない人には、実に嬉しい話じゃないか。

 とまれ、果物を流通に乗せるのは難しい。旬があるし、傷みも早い。そこでミラクリンを抽出し甘味料として売り出そうと試みたが…。

 と、果物自体の話も楽しいが、それにまつわる人々も真面目な人からケッタイな奴まで、色とりどり。

 珍しい果物を探して虎や毒蛇に怯えつつインドやビルマを巡り、南フロリダに持ち帰って栽培するフルーツ・ハンターたちの中で、ひときわイカれてるのが、接ぎ木屋クラフトン。その名のとおり接ぎ木の名人で、様々な品種を新たに生み出す…

 のはいいが、いささか熱心すぎて、熱帯植物園ではブラックリストに載ってしまった。勝手に木に登って接ぎ木ししまうのだ。本人曰く「とにかくそうせずにはいられない」。これぞオタクの極み。ある意味、危険人物ではあるが、どうにも憎めない。

 かと思えば、果食主義者は変に神がかってる。火を使わず、果物と干し肉だけを食べている。その理由は「原初の食べ物」とか「浄化作用」とか超越的な体験とか、ニューエイジ系のアレだ。若いうちなら気の迷いで済むが、終盤に出てくる「光の子どもたち」は強烈。

 「不老不死を求める性的に純潔な難所からなる教団」って、つまりはカルトだ。アリゾナの砂漠に居を構え、ナツメヤシを栽培し、「かつては60名を超え」ていたが、「いまではこの三人だけになってしまいました」と、老いた三人が言う。他のみなさんは老衰で亡くなったのだ。不老不死じゃないじゃんw

 世界には色とりどりの果物があるが、市場に出回っているのはごくわずかだ。この理由にも、ちゃんと斬り込んでいる。果物の魅力の一つは、その柔らかさやたっぷりの果汁だが、柔らかい果物は輸送で痛むし、果汁を味わうには多少の行儀悪さを覚悟しなきゃいけない。加えて、経済的な問題もある。

 最初は珍しいため高値で売れる果物も、すぐにライバルが参入してくる。流通量が増えると値段も下がり、収益は悪化する。この辺の加減が難しく、珍しさとなじみ深さのバランスを取らないといけない。

 など下世話な話の合間に、歴史上のエピソードや文学の引用を挟み、人と果物の関わりは昨日今日始まったわけではない事を再確認させてくれる。ここではシェイクスピアの「冬物語」に、SF的な視野の広さを感じたので、締めの引用としよう。

だが、なんらかの手を加えて自然がよりよくなるとすれば
その手を生み出すのも自然なのだ。だから、その人工の手について
あなたは自然につけ加えたとおっしゃるが
じつはその手も自然がつくり出しているのだ

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2016年5月20日 (金)

眉村卓「司政官 全短編」創元SF文庫

「理解だと? ほら、そのいいかただ。 これは理解の問題ではない。実感するか否か、それだけのことだとわしらは思う。理解するかどうか、といったものではないぞ」
  ――炎と花びら

「司政官は植民者と原住民の両方を見ている――双面神だが、その双面性をいつまでつづけられるか……」
  ――限界のヤヌス

【どんな本?】

 ベテランSF作家、眉村卓が書き綴った司政官シリーズの短編を集めた作品。

 人類が他恒星系へと進出した未来。当初は連邦軍が先導して多くの惑星を占領・開拓する。いくつかの惑星には知的な原住民もいたが、軍は武力で制圧し、人間の植民者も増えていった。

 やがて植民星の社会が大きくなるにつれ、連邦は開発の主導を軍から官僚へと移し始める。多くの官僚ロボットを引き連れた司政官がそれぞれの惑星へ赴き、原住民と植民者の利害を調整し、植民星の自立と発展を促すのである。

 エリート官僚として連邦を代表する司政官、武力制圧を旨とする軍、自分たちの利害で動く植民者、そして奇天烈な生態のエイリアンたち。それぞれの思惑がぶつかりあう中で調整に苦慮する司政官たちと、時代を経て変質してゆく官僚組織を描く、眉村卓ならではのSFシリーズ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2008年1月31日初版。文庫本で縦一段組み本文約676頁に加え、児島冬樹の「司政官制度概要」21頁+あとがき4頁+中村融の「司政官の登場」13頁。8ポイント42字×18行×676頁=約511,056字、400字詰め原稿用紙で約1,278枚。上中下の三巻でもいいぐらいの大容量。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。ただ、今読むと、官僚ロボットに違和感を感じるかも。なにせ今は軍用の無人航空機が実用化されているし、身の回りにもコンピュータが溢れ、それぞれがネットワークで繋がっているので、「ロボット」という言葉で想像するモノや性質が、当時とは大きく違う。

 この物語に出てくるロボットは、それぞれが完全に独立してモノを考える。そういう意味では、鉄腕アトムに出てくるロボットに近い。間違っても集合知性なんか持ってない。ただし指揮系統はハッキリしていて、上位のロボットの指示に従って動く。とても我慢強く優秀で忠実だがセクショナリズムに凝り固まった頭の固い輩と思ってください。

【収録作は?】

 それぞれ タイトル / 初出 の順。作品はシリーズ中の時間軸に沿って並べてあり、最初の「長い暁」は司政官制度の初期、最後の「限界のヤヌス」は制度が下り坂へと向かう時期となっている。

長い暁 / SFマガジン1980年2月号~9月号
 数万の島が散在する惑星ミローゼンは孤立した位置にある。連邦も軽視しており、軍も小部隊を置くだけだ。島に住む原住民は閉鎖的で、人類との交流は進んでいない。司政官のヤトウ・PPK・キーンは軍に呼び出された。三時間ほど前に、漂流中の原住民二名を保護したという。駐屯隊長のカーマイン・PSS・ロックボウ=BAは提案する。保護した原住民を故郷に送り返し、これを機に原住民との交流の糸口を作ろう、と。
 冒頭では、発足したての新制度である司政官と、充分な実績がある軍との力関係を説き、圧倒的な劣勢の中で、時として陰険な手口も使いながら主導権を奪く機会を伺う司政官ヤトウのしたたかで野心的な計算をじっくりと描いてゆく。ヤトウの一人称で語られるその内心は、常に権限の拡張を狙う役人の本性がよく出ている。
照り返しの丘 / SFマガジン1975年2月号
 惑星テルセンには大陸が一つだけある。そこを支配するのはS=テルセア、ロボットだ。かつて住んでいた知的生物がテルセアを作ったが、テルセアを残し知的生物は滅びたらしい。大陸には柵で囲まれた大きな森がたくさんあり、その森に知的生物の遺跡が残っているようだ。
 かつて連邦軍は強引に森に侵入を試みたが、テルセアに撃退される。人類との関係は悪化したが、ロボット官僚が根気強くテルセアと交渉し、やっと司政官ソウマ・PPK・ジョウに大陸への上陸を許可した。
 今回のエイリアンはロボット。何かとやりかたが強引なのが軍の性格だが、この話では司政官がその尻拭いをさせられる形になっている。オチはなかなかに皮肉が効いていて、司政官とロボット官僚の関係は、お役所にありがちなアレを模してるんだなあ、とわかる仕掛け。
炎と花びら / SFマガジン1971年10月臨時増刊号
 司政官クロベ・PPK・タイジは、惑星サルルニンに赴任した。時折、星系パトロール隊長がタイジを訪ねてくる。彼の意見は、かつて軍の花形だったカルガイストと同じだ。「もっと積極的に開発を進めろ」と。ここサルルニンにも知的生物がいる、サルルニア。
 エイリアンのサルルニアの生態が、実に奇想天外で魅力的な作品。一応は植物ってことになっているが、同時に鮭のようでもあり、渡り鳥のようでもあり。
扉のひらくとき / SFマガジン1975年7月号・8月号
 定期航路に組み入れられた惑星ゼクテン。連邦軍はこの星を軽視し、それが幸いして開発が遅れ、原住民のゼクセアとの接触もなかった。間もなくゼクセアの定期移動の時期だ。定期運航貨客船の船客の一人が、司政官シゲイ・PPK・コウへの面会を求めてきた。
 これもまた、エイリアンのゼクセアの生態が魅力的な作品。一見、穏やかに見える草原や森林も、よく見ると植物同志が光や水を求めて激しい競争をしてるし、のどかに見えるタンポポにしても、その綿毛の大半は芽吹かずに終わるわけで、生きていくってのは、そういう事なんだろうなあ。
遥かなる真昼 / SFマガジン1973年2月号
 惑星ネネギンは厚い雲に覆われ、雨が降り注ぐ、灰色の昼と暗い夜の惑星だ。赴任した司政官オキ・PPK・ナスカは極彩色の幻覚に襲われる。これは色彩に乏しいネネギンの、いわば風土病だ。そのためか入植者も幻覚の虜となった落伍者ばかりだ。支配種族のネネギアは両生類で…
 これまでの作品では存在感のあった連邦軍は完全に影を潜め、かわりに民間人である入植者がクローズアップされる作品。頑固ではあるが、序列がハッキリしていて、また統制もとれているため、要所を抑えれば制御もできる軍に対し、様々な思惑を抱えた者が群れている民間人のウザさが際立つ。
遺跡の風 / SFマガジン1973年5月号
 惑星タユネインは花が咲き誇り、住む人はその豊かな香りを楽しんでいる。先住種族は遺跡を残して消え、植民者も穏やかであり、ベテラン司政官カゼタ・PPKB・モロを煩わせる問題も少ない。タユネインでの暮らしを楽しんでいたカゼタに、近く客が訪れる。待命司政官の実習生と、巡察官だ。
 この作品集の中では、珍しく平穏な雰囲気の作品。明るく花が咲き誇り、かぐわしい香りが漂う大地と、そこに住む穏やかな人々。こういう所を司る者が、これまた野心も枯れたベテランとなれば、そりゃもう楽園と言っていいんだが。
限界のヤヌス / SFマガジン1974年1月号・2月号
 金属資源が豊かな惑星ガンガゼンには、知的種族ガンガゼアがいる。多くの生物はケラチンと金属が混じった硬い外殻を持ち、定期的に脱皮する。ガンガゼアも表皮が硬化するが、脱皮はしない。硬化した者は<ド>として指導的役割を果たし、寿命を迎える。司政官セイ・PPC・コンダは新しい<ド>の叙任式に出席し…
 ラリイ・ニーヴンの作品に出てくるパク人を思わせる<ド>が魅力的。冒頭の「長い暁」ではお飾りだった司政官が「遺跡の風」では大きな権威となったが、この作品では権威ゆえに煙たがられる存在となっている。ちょっとアメリカ合衆国の建国までの歴史を連想してしまった。
児島冬樹「司政官制度概要」/あとがき/中村融「司政官の登場」

 最後の「限界のヤヌス」で明らかになるように、このシリーズには歴史上の植民地支配を匂わせる記述もチラホラ。人類側も、軍と官僚と民間人で争いがあり、原住民も勢力争いがあるあたり、実に生々しい。組織を描く眉村卓の描写力を、改めて実感させてくれる作品集だ。

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2016年5月18日 (水)

「G. ガモフ コレクション 1 トムキンスの冒険」白揚社 伏見康治・市井三郎・鎮目恭夫・林一訳 2

「いろいろな動物のジャンプの高さを、そのからだの大きさは問題にせず、同じふつうの物差しで測定してごらんになれば、どんな動物でも地面からほぼ同じ高さまで跳びあがることがおわかりになるでしょう」
  ――第2話 筋肉の浜

「あの人は、自分がこの機械の主人だと思ってるんですが、実際のところは、あの人はこのぼくの召使いにすぎないんですよ」
  ――第8話 マニアック 人工頭脳の話

腹いっぱい食べたニワトリはもうついばもうとしませんが、腹がすいていれば、ふたたび穀粒をついばむようになります。しかし、極端に飢えてくると、穀粒がなくても地面をついばむようになるのです。
  ――第9話 脳みそ

 「G. ガモフ コレクション 1 トムキンスの冒険」白揚社 伏見康治・市井三郎・鎮目恭夫・林一訳 1 から続く。

【どんな本?】

 理論物理学者ジョージ・ガモフ(→Wikipedia)が一般向けに著した、おとぎばなし仕立ての科学解説書シリーズ。銀行員のトムキンス氏が奇妙な国に迷い込み、不思議な体験をする形で話が進む。

 この本はⅠ部とⅡ部からなり、Ⅰ部では主に相対性理論と量子力学を、Ⅱ部では生物学を扱う。Ⅰ部の元本が出たのは1940年、Ⅱ部は1953年といささか古いが、その分、現代科学の基礎になっている話題をじっくり説明してくれるのが魅力。

 Ⅰ部では、奇妙な国から帰ってきたトムキンス氏が、次の章で「教授」に不思議な現象の謎を解いてもらう形式だった。これだと怪奇現象が幾つか続き、その後で解説がダラダラと続く形なので、読者の記憶力が試される。

 だがⅡ部では、その道の専門家がトムキンス氏の旅行ガイドとして随行し、その場で様々な現象を解説する形なので、疑問がすぐ解決するため、かなり読みやすくなっている。

【Mr Tompkins inside himself】

 おとぎ話としては、第1話「血流の流れに乗って」から、相当にぶっ飛んだ仕掛けで始まる。

 なにせ、トムキンス氏が凄まじく小さくなり、自分自身の体の中に入っていくのだ。「ミクロの決死圏かい!」と突っ込みたくなるが、それ以前に、「自分の体の中に入る」って、どういうことだ?

 などと野暮な突っ込みは控えて読もう。

【ヘムとグロビン】

 お約束どおり血管内に入ったトムキンス氏は、赤血球に乗り、ヘモグロビンを調べ、その素材であるアミノ酸(→Wikipedia)とタンパク質(→Wikipedia)の構造へと迫ってゆく。

 アミノ酸というと一種類の物質のようだが、実は様々な種類がある。ところが「さいわいにも、自然はタンパク質分子を作るのにたった20種類のアミノ酸しか使わない」。とすると、アミノ酸が沢山つながったのがタンパク質なのか。

【筋肉聖者】

 次に訪れるのは筋肉の浜。ここでは筋肉大好きな先生が筋肉のウンチクを語る。ここでは科学者が行ったケッタイな実験や作った変態装置が楽しい。

 例えばアリ寒暖計。冷血動物は暑いと活発に、寒いと不活発になる。「海の魚は、温かいメキシコ湾流にはいると、泳ぐ速度がいくらか速く」なる。そこで、アリが歩く速度を測って、気温を測るって仕掛け。

 メカノケミカル・エンジンも笑える。タービンにせよピストンにせよ、熱を仕事に変えるエンジンはエネルギー変換効率に難がある。筋肉はもっと効率がいい。そこで、物質の化学エネルギーを直接仕事に変換するエンジンを考えた。

 コラーゲンは塩類に触れると縮む。そこでコラーゲンの紐を塩水と真水に交互に浸るようにすると、紐は塩水で縮み、真水で塩水を洗い流すので元に戻る。これに滑車を組み合わせると、回転するエンジンがれきる。作ったのはイスラエルのバイツマン研究所(→Wikipedia)の三人の科学者。ねじまき少女の世界だw

 ケッタイな事を考えるなあ、などと思ったけど、渡り鳥はえらく長い旅をするわけで、効率を考えると将来的にはアリかも。

【時間】

 「時間は、ある期間をへだてて、周期的に出発したときの状態に帰るようなできごとによって測られるのじゃ」

 時間と一言で言っても、大きく分けて二種類がある。宇宙時間と体内時間だ。宇宙時間は時計で測る時間で、体内時間は生物の体が持っているリズム。これが狂うと時差ボケになる。ややこしい事に、体内時計は複数あるらしい。ここでは時差ボケの実験をしている。約10時間の時差だと…

反射時間はその日のうちにサイクルを現地時間に合わせるようになり、脈拍と血圧は四日で、手のひらからの発汗は八日間で現地時間に合ったサイクルを行うようになりました。

 個人差はあるにせよ、時差ボケの苦しみは一週間ぐらい続くようだ。

【マニアック】

 第8話では、当時の大型コンピュータが登場する。なんと真空管だ。現代の基準からみると性能は微々たるものだが、ここで語られる原理は今でも通用する事柄が多い。

「ぼくの召使いが、問題をコード化するのに要する時間のほうが、ぼくがそれをとくために使う時間よりもずっと長いんですからね」

 なんてのは、多くのプログラマが泣いて同意する話だろう。それでも一度でもコードが走ればまだマシな方で、たいていのコードは一度も使われずに寿命を迎えたり。それ以前に、問題をキチンと定義する時間のほうが…

 ここではもう一つ、やっと最近になって進歩が見えてきた分野の話が出てくる。「比較的に単純なルールだけで動くシロモノでも、巧く組み合わせれば複雑な事ができるんじゃないか?」という話だ。ここでは機械仕掛けのカメだが、その子孫はルンバだろう。

【脳みそ】

 昔から不思議に思っていた。アメーバみたいな生き物は、脳も神経系も持ってない。でも、動ける。どうやって動いてるんだろう? この謎は海綿が教えてくれた。

海綿には神経がありません。筋肉細胞それ自体が水の化学成分などに敏感で、それらに反応して収縮したり弛緩したりします。

 つまりエンジン自体にセンサーと制御系がついてるわけだ。賢いじゃないか。

【おわりに】

 さすがに出版が古いため、この本では不明となっているのが今では分かっていたり、現代科学では間違いが判明した事柄もある。例えばコンピュータは大型化ではなく小型集積化に向かい、また一か所に計算センターがあるのではなく随所にコンピュータが溢れる方向に向かった。

 とまれ、科学の世界は広い。基本的な事柄をおさらいするには、なかなか役に立つ本だった。

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2016年5月17日 (火)

「G. ガモフ コレクション 1 トムキンスの冒険」白揚社 伏見康治・市井三郎・鎮目恭夫・林一訳 1

私たちの世界と同じ物理法則が支配するけれども、古典的概念の適用可能な限界を定める、物理定数が異なるような世界においては、現代物理学がひじょうに長いあいだ苦心して研究した結果、やっと到達した空間や時間や運動の新しく、正しい概念が常識的な知識となってしまうだろう。
  ――はじめに

【どんな本?】

  ロシアに生まれアメリカで活躍した20世紀の理論物理学者、ジョージ・ガモフ(→Wikipedia)による、一般向け科学啓蒙書シリーズの一冊。原書が出たのが1940年~1967年と相当に古いため最新の成果は含まないが、その反面、現代物理学・生物学の基礎となる知識をわかりやすく伝えている。

 この本は二部からなる。Ⅰ部の Mr. Tompkins in Paperback は物理学で、相対性理論と量子力学が予言する奇妙な世界を扱う。Ⅱ部の Mr. Tompkins inside himself では生物学に焦点を当てる。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 成立過程は、少々ややこしい。原書は次の順番で発行した。

  1. 1940年 Mr Tompkins in Wonderland(不思議の国のトムキンス)
  2. 1944年 Mr Tompkins explores the atom(原子の国のトムキンス)
  3. 1953年 Mr Tompkins learns the facts of life(生命の国のトムキンス)
  4. 1965年 Mr. Tompkins in Paperback : 1. と 2. の合本
  5. 1967年 Mr Tompkins inside himself : 3. を加筆訂正したもの。Martynas Ycas と共著。

 この本は、上の 4. と 5. を合わせ、翻訳したもの。4. が Ⅰ Mr. Tompkins in Paperback に、5. が Ⅱ Mr. Tompkins inside Himself にあたる。

 日本語版は1990年4月30日第一版第一刷発行、私が読んだのは1991年11月20日発行の新装版第一刷。単行本ハードカバー縦二段組みで本文約446頁に加え、「あとがきにかえて 私の通俗科学書」4頁。9ポイント26字×22行×2段×446頁=約510,224字、400字詰め原稿用紙で約1,276枚。文庫本なら2~3冊分の大容量。

文章は比較的にこなれている。内容のわかりやすさは、Ⅰ部とⅡ部でだいぶ違った。

 物理学を扱うⅠ部は数式、それも微分方程式がアチコチに出てくるので、まじめに読むとかなり苦労する。が、ハッキリ言って、数式は全部読み飛ばしても大きな問題はない…んじゃ、ないかな。もちろん、私は読み飛ばした、はい。

 生物学を取り上げるⅡ部は、まれに分子式が出てくるぐらいで、かなり読みやすい。面倒だったら分子式も読み飛ばして構わない。

【構成は?】

 Ⅰ部とⅡ部は完全に独立しているので、どちらから読んでも構わない。

  •  Ⅰ Mr.Tompkins in Paperback
  • 第1話 のろい町
  • 第2話 相対性理論に関する教授の講演
  • 第3話 休息の一日
  • 第4話 空間の湾曲、重力および宇宙に関する教授の講演
  • 第5話 脈動する宇宙
  • 第6話 宇宙オペラ
  • 第7話 量子玉突き
  • 第8話 量子のジャングル
  • 第9話 マクスウェルの魔
  • 第10話 陽気な電子群
  • 第10.5話 講演のうち居眠りで聞き漏らした部分
  • 第12話 原子核内の世界
  • 第13話 原子核彫刻師
  • 第14話 真空に穴がある話
  • 第15話 トムキンス氏、日本料理を味わう
  •  Ⅰ Mr.Tompkins inside Himself
  • 第1話 血流の流れに乗って
  • 第2話 筋肉の浜
  • 第3話 左右あべこべ
  • 第4話 遺伝子に会う
  • 第5話 獣番号 遺伝のからくり
  • 第6話 ある航海
  • 第7話 宇宙時計と体内時計
  • 第8話 マニアック 人工頭脳の話
  • 第9話 脳みそ
  • 第10話 湖上の夢
  •  あとがきにかえて 私の通俗科学書
  •  著者紹介・略年譜

【感想は?】

 今のところ、物理学を扱う Ⅰ Mr. Tompkins in Paperback しか読んでいないので、そのこまでの感想を。

 ここでは、前半で相対性理論を、後半で量子力学を扱い、一般の人に親しみやすいように、物語形式で読者を「奇妙な世界」へと案内してゆく。

 主人公はトムキンス氏。初登場時は独身の銀行員だ。若いにも関わらず、いささか毛髪に不自由しているあたりに親しみが持てる(←をい)。彼が物理定数の違う世界へと迷い込み、不思議な体験をした後に、物理学教授が不思議な体験の種明かしをする構成だ。

 この構成はまるきしSF小説とその解説みたいな関係になっていて、SF小説のネタを探している人には実にありがたい形じゃなかろうか。また、トムキンス氏が迷い込む世界も実に摩訶不思議で、うまくアレンジしたらゲームの舞台として使えそうな気がする。

 最初にトムキンス氏が迷い込むのは、光速が極端に遅い町。相対性理論では光速が物理現象に様々な制限を課しているんだが、光はとても速い(真空中で秒速約30万km、→Wikipedia)ため、私たちは相対性理論の効果を体で感じることはない。

 そのため、相対性理論が予言する効果を私たちは不自然に感じるんだが、ここでは光速を極端に遅くすることで、相対性理論の効果を大げさに表現し、不思議な世界を作り出している。

 自転車は速く走るに従い短くなり、ペダルは重くなる。また速く走ると道は短くなり、町の時計に比べ自分の時計は遅れがちになる。長あいだ列車に乗って移動している制動手は孫娘より若く見え…

 いずれもSF者にはお馴染みの効果だ。これに光の波長の変化も加えれば、ずっとカラフルになったんだが。

 それでも相対性理論は連続的な変化なので、まだ体感的についていけるんだが、次の量子力学になると、明らかに人間の直感とは大きく異なる世界になってしまう。有名なシュレディンガーの猫(→Wikipedia)だ。全てが飛び飛びの値で、しかも確率的な話になってくる。

 ここでは、量子論の後半、原子の構造の話が面白かった。まずは電子になったトムキンス氏は、楽し気に原子核の周りを巡るのだが…

 核分裂でアルファ粒子(ヘリウムの原子核、→Wikipedia)が出てくる理由もなんとなくわかった。原子核の形にも安定した形と不安定な形がある。そして「二個の陽子と二個の中性子が結合したアルファ粒子は、きわめて安定」しているので、原子核が割れる場合も、その中のアルファ粒子は壊れないわけ。

 もっと驚いたのが、中性子の性質と中間子の話。

 電気的にマイナスの電子が、電気的にプラスの原子核にまとわりつくのは、なんか納得できる。プラスとマイナスは引き合うからだ。だが、プラスの陽子と電荷のない中性子は、なんで離れないのか。なんと、陽子と中性子には、意外な関係があるらしい。

ニュートロン(中性子)はふつうは白色で、つまり電気的に中性なわけですが、赤色のプロトン(陽子)にかわろうという傾向が強いのです。

 と、この本によると、核内の陽子と中性子は、常に陽電子を交換して、陽子になったり中性子になったりしているのだ。この交換が、陽子と中性子を強く結びつけている。これが湯川秀樹が予言した中間子(→Wikipedia)らしい。

 加速器の形も、私は完全に誤解していた。大型の加速器って丸いから、粒子が円周上を何度も回るんだと思ったら、そうとも限らない。当時は蚊取り線香に近い渦巻き型だった(→Wikipedia)。これだと…

粒子の速度が増してゆくとともに円形軌道の半径、したがって一周軌道の全長がやはり比例して増してゆく。

 渦巻き型の加速器=サイクロトロンは、円の中心から円周に向かう直線状に、粒子を加速する電気装置を置く。粒子は電気装置を通過するごとに加速するが、同時に回る円周の距離も長くなる、そのため、電気装置は一定の間隔で粒子に刺激を与えればいい。

 ところが Wikipedia を見ると、今の大型加速器は円周上で加速するシンクロトロン(→Wikipedia)っが主流らしい。制御技術が進歩したためだろうか。

 光速の遅い町にいったり、電子になったり、日本酒を飲んだりしたトムキンス氏。後半では人体に潜り込みミクロの決死圏へと向かい、彼の冒険はまだ続く。

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2016年5月15日 (日)

クリフォード・D・シマック「中継ステーション 新訳版」ハヤカワ文庫SF 山田順子訳

「さようなら、いとしいひと」

起こりえないことは、夢見るしかない。

【どんな本?】

 1904年、アメリカ中西部のウィスコンシン州に生まれた往年のSF作家クリフォード・D・シマックによる、情感あふれる長編SF小説。時は1960年代、アメリカとソ連の冷戦が火花を散らす時代。ウィスコンシン州の田舎にある普通の農家に、一人の若い男が暮らしていた。イーノック・ウォレス、記録では124歳、南北戦争では北軍兵としての従軍記録がある…

 シマックの田園趣味があふれる舞台で、徹底的な水平思考と温かいヒューマニズムを両立させた傑作。1964年にヒューゴー賞長編部門を受賞。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Way Station, by Clifford D. Simak, 1963。日本語版は1977年10月にハヤカワ文庫SFより刊行、のち2015年12月25日に新訳版で発行。文庫本で縦一段組み、本文約354頁に加え、森下一仁の解説「シマックとSF」8頁。9ポイント40字×17行×354頁=約240,720字、400字詰め原稿用紙で約602頁。長編としては標準的な長さ。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。なんたって半世紀も前の作品だけに、SFなガジェットもややこしいのは出てこない。肝心の「中継ステーション」と、色とりどりのエイリアンぐらいだ。むしろ、若い人にとっては、ネットどころかテレビもラジオも電話もない、昔のアメリカの田舎の生活の方がセンス・オブ・ワンダーかも。

【どんな話?】

 ウィスコンシン州の田舎に一人で済む若い男、イーノック・ウォレス。互いが互いに干渉しない田舎では、イーノックに構う者も滅多にいない。郵便配達人のウィンズロウ・グラントと、近所に住む密造酒造りのフィッシャー一家ぐらいだ。

 それがイーノックにはありがたい。なにせ彼が生まれたのは1840年。しかも、普通の農家に見える彼の家は、銀河の往来の交点、中継ステーションであり、奇妙な来客が日々彼の家を通り過ぎて行くのだから。

【感想は?】

 懐かしい作品。いろいろな意味で。

 ある種の人に、イーノックの生活は理想的な暮らしだ。なんたって、鬱陶しい人づきあいがない。一日に一度、郵便配達人のウィンズロウ・グラントと二言三言話すだけ。ウィンズロウも心得た奴で、余計な詮索はせず、ご近所のニュースを手際よく教えてくれる。

 隣のフィッシャー一家はやや胡散臭い連中だが、それもお互いさまのせいか、ズカズカと入り込んでくることはない。まあ、隣ったって、しばらく歩かなきゃいけない距離だし。

 ってなわけで、イーノックは朝夕の散歩で外に出るぐらいで、あとはずっと家の中にいる。それで誰も文句を言わないし、心配も詮索もしない。なんて理想的な引きこもり生活。ただし、インターネットはもちろんテレビすらなくて、水は井戸から汲んでこなくちゃいけないし、食事も自分で作る必要があるけど。

 変わった人みたいだが、昔のアメリカじゃこういう人はソレナリにいたし、一部のフィンランド人もこういう傾向があるらしい。著者のシマック自身も、新聞社なんて人づきあいの多い仕事をソツなくこなしちゃいるが、傑作「都市」では田園生活へのあこがれを切々と訴えている。

 主人公のイーノックは、田園生活を満喫しながらも、郵便物からは高い知性を伺わせる。読む新聞はニューヨーク・タイムズとウォールストリート・ジャーナルとアメリカの高級紙だし、雑誌はネイチャーとサイエンス。

 などと気楽で優雅な生活のようだし、実際、多分にシマック自身の理想を投影した設定なんだろうなあ、と思う。

 田園生活への憧れはシマックの特徴だが、加えて当時のSF者が持つ微妙な疎外感も、この作品のアチコチに潜んでいる。

 今でこそスター・ウォーズなどでSFはポピュラーな存在となったが、当時はSFなんか子供の読み物って扱いで、異星人を想像するとかは大人がする事じゃなかった。そんなわけで、当時のSFファンは少数派としての僻みと、その裏返しの選民意識を抱いていた。

「わたしが捜していたのは、多くの点でほかのひととは違う者だ。ことに、星を見あげて、あれはなんだろうと不思議に思うような人間でなければならない」

 これは、イーノックが中継ステーションの管理者に選ばれる時の台詞だ。当時の若きSF者は、この言葉だけでも滝のような涙を流しただろう。「確かに俺は人と違う、他の人とは巧く馴染めない、でもそれは…」と、SFファンの疎外感と選民意識を、見事なまでにくすぐる言葉だ。

 イーノックの隣人フィッシャー一家の娘ルーシーも、SFファンの理想を具現化した存在だろう。「ふたりとも自分だけの世界を持っている」。孤独なオタクが、他のオタクと出会った時の衝撃そのものだ。今じゃネットが当たり前になって同志を見つけるのは簡単だけど、昔は大変だったんです、はい。

 と、孤独なSFオタクにはたまらない設定で、物語は進んでゆく。

 発表の1963年はキューバ危機(→Wikipedia)の翌年。全米が核戦争に怯えた時代だ。ピンとこなければ、中国のミサイル原潜が能登半島沖をウロついている、とでも思ってほしい。それぐらい、危機が今そこに迫っていた時代だ。

 互いが人類を一掃できるだけの武器を持ち、絶滅の恐怖だけを防護壁として睨みあう時代。どちらもそれが愚かな事だとわかっていながらも、引けばやられる、そんな思いで雁字搦めになり、身動きが取れない状況。

 それを、広い銀河の各地から訪れる奇想天外な異星人たちの、往々にして理解不能なまでに進んだ雑多な文明に接したイーノックは、どんな目で見ていたのか。肌の色どころか肉体の形も組成も異なる者たちが共存する銀河と、思想の違いで核を突き付けあい睨みあう地球の人類たち。

 こういう、一種の突き抜けた、冷静であると同時に、高みから見下ろす傲慢とすら言える視点は、おおらかながらも理性と水平思考を重んじる、当時のSFだからこそ。私はこういうのにヤられてSFにハマったのだ。それにシマックの田園趣味が加わるんだから、懐かしさは更に盛り上がる。

 忘れかけていたSFの原点を再確認させてくれた、半世紀たっても色あせない名作。高慢といわれようが、やっぱりSFは上から目線がなくちゃ。

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2016年5月13日 (金)

大澤昭彦「高層建築物の世界史」講談社現代新書

 本書のねらいは、以下の三点を示すことにある。

 まず一つは、歴史を通して、人びとがどのような高層建築物をつくってきたのかを振り返ることである。時代や地域ごとに、たどっていきたい。

 二つ目は、人びとがどのような動機で高層建築物をつくってきたのかを探ることである。高層建築物にどのような意味を見出してきたのかについて、時代的、社会的背景をふまえながら探っていきたい。

 三つめは、高層建築物の歴史を通して、「建物の高さから見た都市の歴史」を考える事である。建物が作る街並みの高さが都市において何を表現してきたのかについて考えたい。
  ――はじめに

【どんな本?】

 ピラミッド,セント・ポール大聖堂,エッフェル塔,そしてワールド・トレード・センターやブルジュ・ハリファ。大きく高い建物は、その時代や地域のシンボルとなる。

 それぞれの時代や地域には、どんな高層建築物があるのか。いつ・だれが・何のために作ったのか。それはどう使われ、どんな役割を担ったのか。それを作った背景にはどんな事情があり、同時代や後世の者から、どう見られたのか。

 古代のジッグラトから現代の摩天楼まで、様々な高層建築物を訪ね、その背景を探るとともに、それが地域や後世に与えた影響にも目を向け、または高層建築が「建てられなかった」事情にも思いを馳せる、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2015年2月20日第一刷発行。新書版で縦一段組み、本部約399頁。9.5ポイント40字×16行×399頁=約255,360字、400字詰め原稿用紙で約639枚。文庫本なら少し厚めの一冊分。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。敢えて言えば、錬鉄と鋼鉄の違いか。大ざっぱに言うと、錬鉄は比較的に古い技術で製鉄でき、炭素含有量が少ない。鋼鉄は新しい技術が必要で、錬鉄より多くの炭素を含み、錬鉄より強くて硬い(鉱物たちの庭より19世紀中頃のヨーロッパ製鉄)。

【構成は?】

 流れとしては古代から現代に向かって時系列順に進むが、各章は比較的に独立しているので、気になった所だけをつまみ食いしてもいい。

  •  はじめに
    日常風景としての高層建築物/高層建築物を歴史のなかで見る/本書のねらい
  • 第1章 神々をまつる巨大建造物 紀元前3000年頃~紀元後5世紀頃
    • 1 古代メソポタミアのジッグラト
      ジッグラトとは「神の玉座」や「天へのはしご」/バベルの塔
    • 2 古代エジプトのピラミッドとオベリクス
      クフ王のピラミッド/太陽信仰/神殿を飾るオベリスク
    • 3 巨大・高層建築物の都市、古代ローマ
      パンテオン/凱旋門、娯楽施設/古代ローマは高層アパートが密集した都市だった/高層アパートがもたらした都市問題
    • 4 アレクサンドリアのファロスの大灯台
      旅行記が伝える巨大さ/学術都市と大灯台
    • 5 古代日本の巨大建造物
      前方後円墳/巨大な墓が作られた理由
  • 第2章 塔の時代 5~15世紀
    • 1 中世ヨーロッパの城塞
      土と木でつくられた城/木造から石造へ/領土拡張のための築城
    • 2 ゴシック大聖堂
      大聖堂とは/天井の高さの競争/塔の高さ/ゴシック大聖堂を支えた技術/キリスト教の布教/司教や国王の権威づけ/市民の競争心/建設費用の調達
    • 3 塔の都市、中世イタリア
      貴族間の争いと塔状住宅/シエナやフィレンツェの市庁舎/高さ制限を超えた部分は切り落とされた/塔と景観
    • 4 イスラームのモスク
      モスクとは/ミナレット(光塔)/ダマスクスのウマイヤ・モスク/螺旋状のミナレット/角塔のミナレット/宗教的な対立とモスク/オスマン帝国下で
    • 5 日本の仏塔
      仏塔とは/日本初の本格的仏塔 飛鳥寺の五重塔/国立の仏塔 大官大寺の九重塔/東アジアにおける仏塔の高さ競争/鎮護国家の象徴としての仏塔 東大寺大仏殿と東西の七重塔/信仰の対象から装飾としての仏塔へ/幻の出雲大社
  • 第3章 秩序ある高さと都市景観の時代 15~19世紀
    • 1 ルネサンス都市における高さ
      ゴシック大聖堂の衰退/サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂/中世の城塞都市からルネサンス理想都市へ
    • 2 宗教都市ローマの大改造
      教皇シクストゥス五世によるローマ改造/サン・ピエトロ大聖堂とオベリスク
    • 3 ロンドン大火と都市復興
      五日間続いた大火/幻の復興計画案/建築物の高さ制限と不燃化/セント・ポール大聖堂の再建
    • 4 国民国家の都市改造
      パリにおける都市改造/オスマンによるパリ大改造/都市改造時に実施された高さ制限/ナポレオン一世のエトワール凱旋門/ワシントンD.C.におけるアメリカの理念の表現/ディケンズの皮肉/連邦議会議事堂のドーム問題/ワシントン記念塔
    • 5 近世・近代日本における「都市の高さ」
      天守の誕生と発展/織田信長の安土城/豊臣秀吉の大阪城/慶長の築城ブーム/一国一城令/江戸城と大阪城/再建されなかった天守/城下町における高さ/身分制に基づく三階建て禁止/明治維新後の天守破壊と高さ制限の撤廃/文明開化と疑洋風建築物/銀座煉瓦街計画による街並みの統一/丸の内の赤煉瓦オフィス街「一丁倫敦」/正岡子規が描く400年後の東京の高さ
  • 第4章 超高層都市の誕生 19世紀末~20世紀半ば
    • 1 鉄骨、ガラス、エレベーター
      鉄とガラスの進化/エレベーター技術の発展
    • 2 万国博覧会と巨大モニュメント クリスタル・パレスとエッフェル塔
      クリスタル・パレス(水晶宮)/エッフェル塔/エッフェル塔への拒否反応
    • 3 シカゴ・ニューヨークにおける摩天楼の誕生と発展
      摩天楼の誕生/シカゴにおける高さ制限/摩天楼の中心はニューヨークへ/スカイラインの変化/ウールワース・ビル/フロンティア精神/1916年には高さ制限が/広告塔としてのクライスラー・ビル/エンパイア・ステート・ビル
    • 4 第二次世界大戦前のヨーロッパの超高層建築物
      ル・コルビュジエによるデカルト的摩天楼/ミース・ファン・デル・ローエによるガラスの摩天楼/ヨーロッパにおける高層建築物と高さ制限/大聖堂への眺めを守るための高さ制限/空襲を生き残ったセント・ポール大聖堂
    • 5 全体主義国家における高層建築物
      ローマの歴史的遺産を利用したムッソリーニ/コロッセウムとヴェネチア宮殿を結ぶ直線街路/サン・ピエトロ大聖堂へのアプローチ道路の整備/ヒトラーによる都市改造計画/ヒトラーが巨大さを求めた理由/スターリンによるソヴィエト宮殿/七つの摩天楼
    • 6 第二次世界大戦前の日本の高層建築物
      望楼建築ブームと浅草12階/永井荷風と三越百貨店の高層ビル/丸の内の「一丁紐育」/と100尺の高さ制限/軍艦島、同潤会アパート、野々宮アパート/国家プロジェクトとしての国会議事堂
  • 第5章 超高層ビルとタワーの時代 1950~1970年代
    • 1 アメリカの鉄とガラスの摩天楼
      「中庭・ピロティ+超高層」のレヴァー・ハウス/「広場・超高層」のシーグラム・ビル/容積率制限の導入とタワー・イン・ザ・パーク型高層ビル/「スーパーブロック+超高層」のチェース・マンハッタン銀行本社ビル
    • 2 高さ世界一を競って ワールド・トレード・センターとシアーズ・タワー
      ワールド・トレード・センター建設の背景/ミノル・ヤマザキによる設計案/ツイン・タワーの意味/映画で表現された超高層ビル/シカゴによる高さ世界一の奪取、シアーズ・タワー
    • 3 ヨーロッパの超高層ビル
      100メートル超の高層住宅ペレ・タワー、ヴェラスカ・タワー/ガラスの超高層、ピレリ・ビル
    • 4 日本における超高層ビル
      戦後のビルの大規模化/31メートルの高さ制限撤廃と容積制導入/霞ヶ関ビルの誕生と三菱一号館の解体/新宿副都心の超高層ビル群の誕生
    • 5 西ヨーロッパにおけるタワー
      イギリスのクリスタル・パレス送信塔/西ドイツで生まれた鉄筋コンクリート造のテレビ塔/鉄筋コンクリート造テレビ塔の波及
    • 6 共産圏におけるタワー
      モスクワのオスタンキノ・タワー/ベルリン・テレビ塔
    • 7 北米におけるタワー
      北米で自立式テレビ塔が少ない理由/フランク・ロイド・ライトの幻のタワー
    • 8 日本のタワーブーム 1950~1960年代
      日本の三本のタワー/日本初の集約電波塔、名古屋テレビ塔/東京タワーと正力タワー構想/通天閣/横浜マリンタワー/昭和築城ブームと天守再建
    • 9 高層化がもたらす影 1960~1970年代
      安全性 ロンドンの高層住宅の爆発事故/治安 セントルイス市の高層住宅が爆破解体されるまで/パリの超高層ビルと歴史的景観/京都の景観と京都タワー/東京の皇居濠端の景観をめぐる美観論争
  • 第6章 高層建築物の現在 1990年代~現在
    • 1 グローバル化する超高層ビル
    • 2 アジアにおける高さ世界一の更新
      ペトロナス・ツイン・タワー/イスラーム文化との関係/台北101/振り子型制御装置と高速エレベーター/副都心「信義計画区」の歴史と台北101
    • 3 中国における超高層ビル
      経済成長/国際金融拠点としての上海、浦東新区/北京の変容
    • 4 ドバイとサウジアラビアの超高層ビル
      石油価格の高騰とオイル・マネー/ドバイの象徴ブルジュ・ハリファ/サウジアラビアの1000メートルビル/二聖モスク/メッカ・ロイヤル・クロック・タワー・ホテル
    • 5 ヨーロッパでの超高層ビルの増加
      2000年代以降、超高層ビルが次々に/ロンドン・シティの超高層ビル/パリにおける規制緩和と超高層ビル開発
    • 6 日本の超高層ビルの現在
      臨海部の超高層ビル開発/バブル後の規制緩和と超高層ビルの都心回帰
    • 7 自立式タワーの現在
      東京スカイツリー/広州タワーとスカイツリー/変わる東京タワーの存在/クウェートとイランの電波塔が示すもの/イランの情報統制のためのタワー
  • 終章 高層建築物の意味を考える
    1 権力/2 本能/3 経済性/4 競争/5 アイデンティティ/6 眺め/7 景観
  • おわりに
  • 参考文献

【感想は?】

 書名は「高層建築物の世界史」だが、実際には「都市と高層建築」みたいな内容だ。

 と、いうのも。高層建築物は、都市と深い関係がある。大抵の高層建築物は、都市にあるからだ。そのため、高層建築物は、都市の象徴やランドマークとなる。

 また、都市は、権威や権力が居座る場所でもある。よって、高層建築は権威や権力とも深い関係がある。

 そもそも高層建築物を建てるには莫大な費用が必要なわけで、当たり前の話なのだが、そういった事情もあって、この本では高層建築物そのものに加え、それが建っている都市の政治・行政・経済事情の話もふんだんに入っている。

 最初に出てくる都市は、ローマだ。なんと紀元前からインスラ(→Wikipedia)と呼ばれる「六階から八階建ての高層アパート」で庶民は暮らしていた。増えた人口を収容するためだ。当然エレベーターも水道もないんで、「市民は水場まで水を汲みに行く必要があった」。眺めはいいんだろうけど、かなり不便だなあ。

 中世ヨーロッパでは、教会が高層建築の代表になる。教会が高い建築物にこだわった理由の解釈が面白い。都市住民の多くは多神教の元農民で、巨木に畏敬の念を抱いている。

そこで、キリスト教会側は、失った巨木の森林の象徴としてゴシック大聖堂を建設することで、住民のキリスト教化を図っていったとされる。

 信者獲得用の広告塔みたいな効果も狙ったのね。

 ここでは出雲大社の話も出てくる。その本殿は「平安時代の中期から、鎌倉時代の初期にかけて七回も倒壊したとの記録が残っている」。友森工業古代出雲大社48m復元CG遷宮に、CGで再現した画像があるんだが、確かにあぶなっかしい感じがする。もちっと下半身デブなピラミッド型にするとか、考えなかったのかなあ。

 さて。高層建築物が一つだけなら、それは都市のシンボルになる。シンボルとして定着すると、これは都市に別の影響を及ぼし始める。

 この影響がよくわかるのが、ロンドンのセント・ポール大聖堂(→Wikipedia)だ。SFファンにはコニー・ウィリスの「空襲警報」などでお馴染みの建物。ザ・シティの象徴となったのはいいが、その景観を守るために、今でもロンドンでは高層建築物の規制の基準となっている。

 この根っこにあるのが、「図」と「地」の理屈。低い建物ばかりの所に、一つだけ高い建物があれば、とても目立つ。でも周りに高い建物が沢山できたら、景色の中に埋もれてしまう。都市計画のなかで、そういったバランスを考えながら開発を進めていこう、そういう配慮が、次第に芽生えてくるわけです。

 ロンドンでは市民が中心となって規制を進めたが、日本の江戸時代は対照的に幕府が規制を加えている。このため、自然とお城の天守閣がランドマークとなっていく。こういう都市の景観も、お上にひれ伏す日本人の意識構造に影響を与えたのかなあ?

 やがて産業革命以降に進んだテクノロジーが生み出した鉄筋コンクリートと電気とエレベーターは、より高いビルを建築可能にし、また利用可能にもしてゆく。

「オフィスの仕事と運営を変えつつあったタイプライターと電話の発達がなかったなら、摩天楼は利益をもたらさず、事業としても成り立たなかった」(エドワード・レルフ「都市景観の20世紀」)。

 情報機器も高層化に大きな役割を果たしたんだなあ。

 摩天楼のもう一つの特徴は、民間の資本が作っていること。かつては王や教会など権力者でなければ建てられなかった高層建築物が、民間でも建てられるようになった。と同時に、シカゴやニューヨークではニョキニョキと高さの競争が始まり、スカイラインは一変してゆく。

 ところが、今世紀あたりから、新しい高層建築物が、アジアや中東で次々と建ち始めた。「資本主義経済を導入しつつも、国の関与が強いため、トップダウンで建築が進められていった」。ドバイのブルジュ・ハリファが、その代表だろう。普通に考えたら高すぎて採算が取れそうにないんだが、高い事に意味があるんだろうなあ。

 笑っちゃうのが、イランのミーラード・タワー。イスラム主義のイランじゃ、情報を統制したい。ってんで、1995年に衛星放送受信禁止法を決めた。「勝手に西側の衛星放送を見るな」って法律だ。ところが、コッソリとパラポラ・アンテナを買って衛星放送を見る人が絶えない。そこでミーラード・タワーから妨害電波を出している。ご苦労なこって。

 各章には、同時代の日本の事情も書いてあって、東京タワー誕生秘話とかは実に日本らしいゴタゴタが面白かった。高層建築物を通し、世界に共通する都市の事情と、逆にお国や都市ごとの違いが見えてくる、少し変わった視点から見た歴史と地理の本。

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2016年5月11日 (水)

籘真千歳「θ 11番ホームの妖精 アクアリウムの人魚たち」ハヤカワ文庫JA

「奥様にもすぐできる! 三分ハッキングであなたも億万長者!」
  ――Ticket 04 本と機雷とコンピューターの流儀

「がんばれ、男の子」
  ――Ticket 05 ツバクラメと幸せの王子様と夏の扉

【どんな本?】

 「スワロウテイル」シリーズで人気を博した新鋭SF作家、籘真千歳によるもう一つのシリーズ「θ 11番ホームの妖精」の、第二作品集。

 東京駅第11番ホーム。上空2200mに浮かぶ、滅多に乗客が乗り降りしない特別なホーム。そこに勤務するのは、T・Bと呼ばれる少女の駅員と、人の言葉を話す犬もとい狼の義経、そして駅を管理する人工知能のアリス。ワケありのホームに起居するワケありの三人?に降りかかる災難とその顛末を描きながら、壮大な未来史を綴ってゆく。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年1月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約329頁に加え、あとがき5頁。9ポイント40字×17行×329頁=約223,720字、400字詰め原稿用紙で約560枚。文庫本としては標準的な厚さ。

 文章は比較的にこなれている。が、内容はSFとして結構濃く、かなり凝った仕掛けをアッサリと流してたり。シリーズ物で各作品の登場人物は共通しており、また「スワロウテイル」シリーズとも同じ世界に属しているようだが、この作品集に限ると、舞台背景や登場人物の紹介もしているので、この本から読み始めても問題ないだろう。

【収録作は?】

Ticket 04 本と機雷とコンピューターの流儀 / 初出:SFマガジン2014年9月号
 11番ホームに住み込みで働いているT・B。義経が怪我で入院しているので、今日は一人でのんびりできる…と思ったら、甘かった。駅ホームの管理を司る人工知能のアリスを、アップデートしなければならない。技術的にはオンラインでやれる筈なのだが、様々な事情があって大量のディスクで行う羽目になり、T・Bは眠い目をこすりながら手作業でのディスク入れ替えに励んでいた。
 今はOSのアップデートさえ回線でやれる時代。私も Windows7 から Windows10 に入れ替えた際は、大半が回線越しで終わり、使ったメディアはバックアップ用の外付けハードディスクだけだった。昔はフロッピ・ディスクを何枚も入れ替える必要があって、これが絶妙に困ったタイミングで入れ替えを求めてくるので、実に鬱陶しい作業だったなあ。
 などと年寄り臭い愚痴が出そうなエピソードで始まる、ヒトと人工知能の違いを巡る短編。少し前にマイクロソフトのAIであるTai が暴言を吐くなんて騒ぎがあったが、Tai は意味が解っているわけじゃない。場に相応しい言葉を過去の会話から拾い上げ、英語の文法に沿って文章を作り上げてるだけ。だから朱に交われば赤くなる。
 そういった現代の人工知能とは異なり、ちゃんと意味まで考えているアリスだが、所詮はコンピュータ。何かとズレた反応をしてくれて…。T・Bが埃まみれになる場面は、映画「2001年宇宙の旅」のボーマンを連想したり。
Ticket 05 ツバクラメと幸せの王子様と夏の扉 / 書き下ろし
 J.R.C.D.国際貨物1082号から、非常事態の緊急信号が届く。「荷物だったモノが命になった」と。応対したのはアリス。奇妙な事に、1082号の緊急信号は東J.R.C.D.全線の全車両および各駅に届いていない。そこで東京駅11番ホームへ誘導したが…
 長編と言っていい分量の作品。ガジェットの一つは冷凍睡眠。人体冷凍による未来への転生を試みる人が、実は既にいたりする(→Wikipedia)んだが、今のところは相当に怪しげ。単純に凍らせると細胞膜が壊れるなど、技術的な壁は厚い模様(→Wikipedia)。
 「スワロウテイル」と共通した世界を思わせる、峨東や西哂胡などの言葉も出てきて、舞台背景が少しづつ見えてくるので、このシリーズでは最初に読んでもいいかも。
 前作では出番のなかった義経が、この作品ではカッコいいアクションを決めるのだが、それまでの展開がちと情けなかったり。というのも、実にクセの強いゲストが美味しい所をさらっていっちゃうため。
 その名も音無静樹君。眉目秀麗、頭脳明晰。ソツなくセンス良く、事あるごとに T.B. にチョッカイを出すあたりは気があるのか天然なのか。本を読む時に脳内で声が聞こえる人は、緒方恵美さんの少年声をあてておこう。でも見た目はカオル君っぽいんだよなあ。
 ここでも重要なテーマとなるのは、人工知能とヒトのコミュニケーション…と思ったら、終盤ではスワロウテイル・シリーズとの絡みや T.B. の秘密など、とんでもなく大きな仕掛けが飛び出してきて、ライトノベルっぽい表紙に隠した骨太のSF魂がチラリと覗くのが美味しい所。
 コンピュータの歴史を見ていくと、懐かしのテクニックが蘇生するケースがよくある。1970年代あたりの大型汎用機は、入出力などをチャネルと呼ばれる専用システムが担い、CPUの負荷を軽くしていた。対して家庭に入る8ビット機は、大半の処理をCPUに任せる事で、部品を減らし安上がりに作っていた。
 それでもフロッピなどの制御は別ICが担っていたのだが、速度を追及するプログラマはCPU負荷を分散するため一部の演算を制御ICに任せるなんてマニアックな技を切り開く。
 やがてICがLSIとなり費用が安くなると、大型汎用機で使われたメモリ管理システムやチャネルなどの工夫が家庭用のマシンにも導入され始める。
 そういった周辺システムが充実してくると、今度はGPUに演算を任せてCPUの負荷を軽減しよう、なんて発想が出てきた。かつてフロッピ制御ICに演算させたテクニックの復活だ。
 現代のプログラミング言語の花形 JavaScript も、言語仕様を見ていくと古の言語 LISP の影響が型のない変数や無名関数や関数の戻り値などにチラホラと見える。そういえば JavaScript グラフィックスでも、懐かしのスプライトを使ってた。
 連続しているように見える今の世界でも、たかが50年前の技術が現代の最先端技術として復活する場合があるわけで、技術の蓄積ってのは案外と馬鹿にできないんだよなあ。
ところで DreamWeaverが Gary Write とは関係…ないか(→Youtube)。

 あとがきによると、「両シリーズともに忘れられぬうちに次をお届けしたい」との事なので、スワロウテイル・シリーズ最強のあのお方が再登場する日が来るんだろうか。これは待ち遠しい。

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2016年5月10日 (火)

デヴィッド・スタックラー&サンジェイ・バス「経済政策で人は死ぬか? 公衆衛生学から見た不況対策」草思社 橘明美・臼井美子訳

 まず皆さんにお礼を言いたい。「このたびは臨床試験にご参加いただき、ありがとうございます」。
  ――まえがき

わたしたちが大恐慌のデータから学んだことは、対策によっては不況下でも国民の健康促進は可能であり、またそれが経済そのものの回復にも一役買うということだった。
  ――第1章 ニューディール政策は人々の命を救ったか

 ロシアでは1990年代に数百万人もの成人男性の人口が減った。ロシアだけではない。旧ソ連・東欧諸国全体では970万人も減少した。
  ――第2章 ソ連崩壊後の死亡率急上昇

鍵になるのが、「政府支出乗数」と呼ばれる値である。これは政府支出を一ドル増やしたときに国民所得が何ドル増えるかを表す数字で(略)
アイスランドの場合、最も乗数が大きいのは保険医療と教育で、どちらも三を越えていた。(略)逆に小さいのは防衛と銀行救済措置で、どちらも一を大きく下回っていた。
  ――第4章 アイスランドの危機克服の顛末

これまで緊縮財政が失敗してきたのは、それがしっかりした論理やデータに基づいたものではないからであある。緊縮財政は一種の経済イデオロギーであり、小さい政府と自由市場は常に国家の介入に勝るという思い込みに基づいている。
  ――結論 不況下で国民の健康を守るには

【どんな本?】

 1929年の世界恐慌。東欧崩壊と、それに続くソ連崩壊。アジアの通貨危機。サブプライムローンの破綻に始まったリーマンショック。これらの経済危機に始まる不況は、国民の健康にどんな影響を与えるのだろうか。

 普通に考えれば、まず良い影響はないだろうと思える。だが、実際のデータを調べると、意外な事実が浮かび上がってきた。必ずしも不況が悪い影響を与えるとは限らない。悪い影響を及ぼす場合もあるが、あまり影響もない国や州もあり、わずかだが不況により健康的になるケースすらある。

 では、何が不況の影響を変えるのか。

 それは、政府による不況対策だ。適切な対策を取れば不況の影響を小さく抑えられる上に、経済の立ち上がりも早い。だが間違えば被害が大きくなるばかりか、肝心の経済の立て直しまで遅れてしまう。

 世界恐慌・東欧&ソ連崩壊・アジア通貨危機そしてリーマンショックなどの危機と、それに応じた各国・各州の対策、そしてその結果としての国民の健康状態と経済復興の関係を、アメリカ・ソ連&東欧諸国・イギリス・タイ・マレーシア・アイスランド・ギリシャ・スウェーデンなどの例を分析し、適切な不況対策を提案する、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Body Economic : Why Austerity Kills, by David Stuckler and Sanjay Basu, 2013。日本語版は2014年10月15日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約234頁。9ポイント45字×18行×234頁=約189,540字、400字詰め原稿用紙で約474枚。標準的な文庫本一冊分ぐらいの分量。

 文章は比較的にこなれている。内容も難しくない。経済政策を語る本だが、数式は出てこない。個々の経済危機についても、その原因と経過を短いながらわかりやすく説明しているので、経済に疎くても充分に理解できる。内容的には子供でもついていけるのだが、自分で税金や保険料を払ってるよ、より切実に実感がわく。

【構成は?】

 まえがき~第一章までは、最初に読もう。第2章以降は、ほぼ同じ主張の繰り返しなので、忙しい人は最後の結論に飛んでもいいだろう。

  •  まえがき/序文
  • 第1部 過去の「自然実験」に学ぶ
    • 第1章 ニューディール政策は人々の命を救ったか
      イギリス政府に見捨てられたマカードル一家/大不況への対応 銀行救済のための福祉削減/1930年代の大恐慌から学ぶべきこと/大恐慌の悪影響 労働者階級が苦境に/大恐慌の好影響 なぜか死亡率が低下/疫学転換による長期的な死亡率低下傾向/不況になると交通事故死者数は減る/大恐慌化での政策論争/禁酒法廃止をめぐる論争/財政政策をめぐる論争/ニューディール政策と公衆衛生
    • 第2章 ソ連崩壊後の死亡率急上昇
      男たちはどこへ消えたか/旧ソ連の経済はどのように崩壊したか/ロシアの統計データを精査すると……/飲酒がらみで死亡するロシア人男性の数/ブルーカラーや失業者は死亡率が著しく高い/死亡率上昇を避けることは不可能だったか/市場経済への移行方法の選択はどう行われたか/市場経済移行の速度差による自然実験/死亡率、貧困率に違いは大きく表れた/ロシアはまだ回復していない
    • 第3章 アジア通貨危機を悪化させた政策
      16歳の少女を襲った悲劇/アジア通貨危機はどのように起きたか/IMFに従った国、従わなかった国/貧困率、自殺率、物価が急上昇/医療支出削減が招いた悲惨な結果/自然実験の結果には明確な差が
  • 第2部 サブプライム問題による世界不況に学ぶ
    • 第4章 アイスランドの危機克服の顛末
      小国アイスランドの意匠制度が直面した危機/公衆衛生の実験室となったアイスランド/アイスランドが流星から凋落へといたる過程/IMFへの支援要請とアイスセーブ問題/金融危機下での政策選択をめぐる論争/国民が投票で政策を選択した/不況のせいで健康になった?/社会保障維持のために行われたこと/アイスランドから学ぶべきこと
    • 第5章 ギリシャの公衆衛生機器と緊縮財政
      「不況下での緊縮財政」という実験/ギリシャの急成長とその崩壊/ギリシャを襲った三つのショック/IMFの課した緊縮策をそのまま実施/公衆衛生への影響は当初隠された/医療費はどのように削られたか/人々は病院に行けなくなり健康状態が悪化/対策予算削減による感染症の拡大/公衆衛生の危機に政府はどう対応したか/政府は状況の悪化を見て見ぬふりで通した/政策は更に現実から剥離していった/IMFも緊縮策の失敗を認める羽目に
  • 第3部 不況への抵抗力となる制度
    • 第6章 医療制度改変の影響の大きさ
      健康保険を失ったために起きた悲劇/オバマ医療改革以前のアメリカの医療事情/市場原理が医療を不効率にしていた/国民皆保険制度の国々との比較/イギリスの国民保健サービス(NHS)の優秀さ/イギリスの「医療及び社会的ケア法」
    • 第7章 失業対策は自殺やうつを減らせるか
      徴税公社に追い詰められ自殺した人たち/失業者が増加すると自殺者も増えるか/失業増加でうつ病も増えた/再就職を促す積極的労働市場政策(ALMP)とは何か/フィンランドとスウェーデンのALMPの効果/ALMPは福祉依存度と自殺率を下げる決定打/歴史に学ばず事態を悪化させたイギリス
    • 第8章 家を失うと何が起こるか
      突然現れた奇妙な病気/ウエストナイルウイルス蔓延の原因と大不況/フォークロジャー危機の健康への影響/家を失いそうになるだけで健康は悪化する/大不況でアメリカのホームレスが激増した背景/状況を改善させたアメリカの対応/状況を悪化させたイギリスの対応/ヨーロッパ諸国はどのように対応したか/予算削減へと舵を切ったその後のアメリカ
    • 結論 不況下で国民の健康を守るには
      国民の命は経済政策に左右される/不況下での緊縮財政は景気にも健康にも有害/不況下での政策決定はどうあるべきか
  • 謝辞
  • 訳者あとがき
    [訳者あとがき資料]日本の自殺率と国民医療費の推移
  • 研究文献一覧/原注

【感想は?】

 本書の結論を言うと「不況時こそ社会福祉を充実させろ」だ。

 国家の財政が破たんに瀕した時は、IMF(国際通貨基金、→Wikipedia)が融資してくれる場合もある。ただし融資はヒモつきだ。IMFが求める政策を採用するなら貸してくれるが、そうでなければ貸さない。

 冷たいようだが、IMFにも言い分はある。だらしない政府にカネを貸しても、踏み倒されるだけだ。腐敗した政治家や役人がカネをネコババして、肝心の経済政策にカネが回らないなら、IMFが政府の腐敗を進めてしまい、逆効果になる。だから、カネを適切に使う場合に限り貸してあげましょう、そういう理屈だ。

 これはスジが通っている。問題は、IMFがつける条件が、適切かどうかだ。

 財政を改善するには、大ざっぱに言って二つの方向がある。収入を増やすか、支出を減らすかだ。一般にIMFは財政の緊縮、つまり支出を減らすよう求める。派手な暮らしをやめて質素に暮らせ、ちったあ節約しろよ、と。当然だよね。借金が嵩んでるのに、派手に遊び歩いてるなんて、許せないじゃないか。

 そこで重要なのは、何を節約し、何を守るかだ。商売不振なラーメン屋がベンツに乗ってるなら、中古の軽で我慢しろと言いたい。でも鍋を売っちゃったら、商売にならないんで、売り上げもなくなり、貸したカネも取り戻せなくなる。無駄な出費は減らし、必要な出費は守らなきゃ。

 個人なら浪費と必要な費用を見分けるのも簡単だが、国家となると難しい。IMFは、まず社会保護関係の予算削減を求める。失業保険・健康保険・住宅ローンの補助などだ。これが適切か否かを、過去の不況や経済危機のデータから検証したのが本書だ。

 本書の目的は、あくまでも「不況時の経済政策と国民の健康」にある。となれば結論はご想像のとおり、社会保護関係を削れば国民の寿命は縮む、だ。ところが、不況時においても社会保護関係の予算を減らさなかった国や州がある。むしろ、予算を増やしたケースも珍しくない。

 その最初の例として出てくるのが、世界恐慌時のニューディール政策(→Wikipedia)だ。Wikipedia では賛否両論があるが、この本では好意的に見ている。ニューディール政策開始と共に自殺率が下がり、公衆衛生も大きく進む。

 ここではアメリカ一国だけなので、どうにでも解釈できそうだが、アメリカは州の自治権が強く、州ごとにニューディールへの入れ込み方が違った。それを利用し、州ごとの違いを調べ、結論を出している。

ニューディールにおける社会保護政策の費用対効果は、費用に対して何人の命が救われたかという観点で計算すると、一般的な医薬品とほぼ同じレベルに達していた。
(略)それは死亡率の低下だけでなく、景気回復の加速にも役立ったのである。

 と、「不況時こそ社会保護政策を厚くすべき」と主張するのが、この本だ。それにより国民の健康が回復するばかりでなく、不況からの回復も早くなるのだ、と。

 アジア通貨危機ではタイ・インドネシア・マレーシア・韓国の通貨が一気に落ち込む。失業率が上がり食料は値上がりした上に、医薬品までも高騰する。通貨の暴落は薬まで値上がりするんだなあ、などと今さら気づいた。円安ってのは、そういう事です。

 ここでIMFに従ったのがタイ・インドネシア・韓国で、独自路線を貫いたのがマハティール(→Wikipedia)率いるマレーシア。結論は言うまでもない。

 中でも印象的なのがアイスランドの経済危機(→Wikipedia)。サブプライムローンの焦げ付きで痛手をこうむり、欧米諸国からの投資を集めた銀行が資金を失う。各国は投資の即時返済を求めたが、アイスランド国民は拒否。カネを集めたのは一部のエリートであって、俺たち労働者じゃねえ、なんで俺たちが尻ぬぐいせにゃならん?

 IMFが求める政策も国民投票で拒み、福祉を堅持して富裕層に増税する。笑っちゃうのが、その後の顛末。通貨が下落したためマクドナルドは原材料費が高騰し、撤退する。国民はファストフードをやめ魚を食べるようになり、本来の基幹産業である漁業が回復して輸出も拡大する。わはは。

 この章で印象的なのが、政府支出乗数。政府が一ドル出すとGNPが何ドル増えるかを示す数字だ。衝撃的なのが、IMFの姿勢で、「エコノミストたちはその国についてもおよそ0.5と想定していた」が、この数字には「しっかりした根拠がなかった」上に、「その分野の支出についても乗数は同じようなものだと考えていた」。

 どういう事か。先のラーメン屋の例でいえば、車を買おうが鍋を買おうが違いはない、天下のIMFのエコノミストがそう思っていたって事だ。にわかには信じがたいほど間抜けな話だが、本当なんだろうか?

 これを著者らは「ヨーロッパ25ヵ国とアメリカ、日本の過去10年上にわたるデータから」試算したところ、乗数は「実際には1.7」となる。不況時にはむしろ支出を増やす方がいい。ただし、何に使うかは考えなきゃいけない。お得なのは保険医療と教育で3以上、損なのは防衛と銀行救済措置。「ここらでガツンと戦争を」ってのは、間違いらしい。

 アイスランドの場合は人口約32万と小さい国だから小回りも利いたんだろうが、ギリシャやスペインの状況はドン詰まりだし、日本も年金や保険が危ない。不況と健康、一見当たり前のように見える事をキチンとデータで検証し、意外な結論へとたどり着いた衝撃的な本だった。

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2016年5月 8日 (日)

スタニスワフ・レム「泰平ヨンの未来学会議 改訳版」ハヤカワ文庫SF 深見弾・大野典宏訳

「人が制御できるものは、理解できるものに限られている。そして理解できるものといえば、ことばになった概念だけだ。しいたがってことばで表現できないことは理解できない。言語の将来の進化をさらに研究すれば、いつか言語が発見、変化、風俗習慣の変革にどのように反映されるかがわかるようになるはずだ」

【どんな本?】

 ポーランドが生んだ巨匠スタニスワフ・レムによるSF小説「泰平ヨン」シリーズの長編で、映画「コングレス未来会議」の原作。近未来の地球。爆発的な人口増加への対応を話し合う未来学会議の第八回は、コスタリカで開催された。出席した泰平ヨンは、そこで起きた騒ぎに巻き込まれ…

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2016年版」でベストSF2015海外篇の16位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は KONGRES FUTUROLOGICZNY, Stanislaw Lem, 1971。日本語版は1984年6月に集英社より単行本で刊行。私が読んだのは2015年5月25日にハヤカワ文庫SFから出た改訳版。

 文庫本で縦一段組み、本文約226頁に加え、深見弾の訳者あとがき4頁+大野典宏の文庫版へのあとがき4頁。9.5ポイント39字×16行×226頁=約141,024字、400字詰め原稿用紙で約353枚。短めの長編か長めの中編の分量。

 レムの作品のわりに、文章はこなれている。SFとしても特に難しいガジェットは出てこないので、理科が苦手な人でも大丈夫。ただし、原書の発表が1971年といささか古い作品だけに、一部の仕掛けは少々苦しいが、今風にデジタル化・IT化すれば充分に通用するアイデアなので、気になる人は脳内で書き換えながら読もう。

【どんな話?】

 泰平ヨンは、爆発的な人口増加への対応を話し合う第八回未来学会議に出席するため、開催地のコスタリカへ赴く。現地では過激派がアメリカ大使館の領事を誘拐し、泊まった106階建のヒルトン・ホテルには≪虎≫派青年抗議者協議会や開放文学出版社会議やマッチラベル収集家協会大会が開催され、バーで出会った男はローマ法王の狙撃を目論み…

【感想は?】

 意地悪レム爺さんが悪ノリしまくった大ぼらドラッグ風刺ギャグ作品。

 冒頭のヒルトン・ホテルの場面からノリノリの狂った場面の連続で、いきなりダッシュでぶっ飛ばしまくるため、頭のネジを数本緩めてないと振り落とされるかも。その味わいは筒井康隆に少し似ているかも。

 なんたってヒルトン、設備は充実しまくりだ。施設としては嫌な奴の人形をオーダーメイドで作ってくれる射撃場があり、暴徒鎮圧用の催涙ガス噴霧器も完備している。航空機搭乗の際はテロ防止用の金属探知機に引っかからぬよう、ベルトのバックルやブリーフケースの留め金までプラスチック製で揃えるのが旅慣れた人の知恵。

 ってな具合に、世情は何かと物騒な様子。

 テクノロジーの暴走を揶揄してか、106階建てなんて超高層のホテルを皮肉る半熟卵ネタも笑わせてくれる。実際、技術的には幾らでもビルを高くできるのだが、エレベーターの輸送能力がボトルネックとなって、極端な高層ビルは採算がとりにくいそうな(ジェームズ・トレフィル「ビルはどこまで高くできるか 都市を考える科学」)。

 先の催涙ガスを皮切りに、このお話では人の精神に作用する薬物が次々と登場する。特に前半で大活躍するのが、「いわゆるラブタミン」。

 現在のところ、暴徒の鎮圧に使う薬剤は催涙ガスが中心だ。21世紀の今日では、脱法ドラッグが話題になっている。向精神薬には様々な効用を持つ様々な薬剤があるが、その多くは飲んだり注射したりして使う。だが、中には空中に散布できそうなものもある。例えば愛情ホルモンの別名を持つオキシトシン。

 Wikipediaによると、オキシトシンは「闘争欲や遁走欲、恐怖心を減少させる」、「鼻からの吸引によるこの実験では金銭取引において相手への信頼が増す」など、なにかと悪用できそうな作用がある。これを強力にして、ヘロインみたいな大幸感をもたらす薬物を組み合わせたら、大変なシロモノになるかも。

 …などの可能性もあり、また既存の法を出し抜く目的もあり、デザイナー・ドラッグ(→Wikipedia)なんてのが出てきた。こういったドラッグを扱う小説はP・K・ディックが得意だが、レムの手にかかると全く肌合いが変わってくる。

 畏まった哲学的なネタを高濃度でブチ込む高尚な印象が強いレムだが、この作品ではヤケになったようなギャクが次から次へと押し寄せ、笑いが止まらない。なんだよ「アラジンとランプの性生活」ってw でも、この手は色々と使えそうだなあ。

 などと前半では少々イカれた近未来を描くが、後半ではドラッグ文化が更に高度化した遠未来を描き出す。

 こちらでは向精神薬が高度に発達し、人はいつでも望みの幻想が手に入るばかりでなく、状況に応じて適切な行動を促す薬物も手に入る…だけでなく、むしろ適切な薬物を摂ることが良き市民の務めとなっている。ある意味、行動心理学者バラス・フレデリック・スキナー(→Wikipedia)の理想郷かも。

 ここに出てくる「食べる本」とか、是非とも欲しいなあ。食べれば微分がマスターできるなんて、嬉しいじゃないか。とかのユートピア物語の中に、恒星の誕生の真相や世界的な軍縮成功の秘訣などの大法螺を随所にまぶし、狂気の物語は暴走してゆく。こういう芸風は、ちょっとカート・ヴォネガットと共通しているかな?

 ここに出てくる薬品の名前が、これまた訳者の苦労と植木等の影響を感じさせるセンスが発揮されて…

 小難しく観念的な印象が強いレムだが、この小説は徹底して悪フザケを追及したギャグ作品だ。崩壊前の東欧で書かれたものだけに、風刺や体制批判と解釈できる部分も多いし、改めて読み直すと猛毒が詰まってたりするが、それで可笑しさが減ることはない。

 文章も読みやすく、長さも手ごろだし、レム入門用には最適の作品だろう。

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2016年5月 6日 (金)

神子清「われレイテに死せず 上・下」ハヤカワ文庫NF

 落下傘兵たちに会ってから、私の心裡にある変化が起こった。期待が大きかっただけに失望も大きかったのだ。私は、空挺部隊の降下によって大きな積極的作戦の展開を期待したのだが、それが斬込作戦にすぎないと知ったとき、まったく失望した。いや、大きな憤りさえ感じた。こんな作戦指導の下に死ねるものか、と考えるようになった。
  ――上巻 死なぬ決心

「班長は理屈っぽく言うけど、要するに犬死はしたくないってことでしょう」
  ――下巻 逃亡

【どんな本?】

 太平洋戦争末期の1944年11月。大日本帝国陸軍玉兵団(第一師団→Wikipedia)は、劣勢となったレイテ島を奪還すべく約11000名でオルモックに逆上陸を果たす。第57連隊(→Wikipedia)で分隊を率いた神子清伍長は緒戦で優れた戦功をあげるものの、敵の旺盛な火力により兵力の大半を失ってしまう。

 やがて米軍の強力な反撃で戦線は崩壊し、原隊ともはぐれ連絡も途絶えた神子伍長らは、ジャングルの中を敵やゲリラに怯えながら遊兵として彷徨ううちに、稀有壮大な計画が頭の中に浮かび上がり…

 約八万五千名の兵力を投入し、うち約八万千名が戦死した地獄の戦場に、一下士官として従軍した神子清伍長は何を見て、何を考え、どのように生き延びたのか。指揮系統がズタズタになった戦場で、生死の淵に立った帝国陸軍の兵士たちは何を思ったのか。そして、崩壊した戦線の実情はどんなものなのか。

 南方における戦争の現実と、そこで戦った帝国陸軍の兵たちの心情、そして海を渡り山に潜む遊兵たちの奇想天外な冒険の日々を綴った、迫真の従軍記。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 元は1965年に出版協同社より出版。1988年1月31日にハヤカワ文庫NFより補足訂正し文庫版で出版。ただ今は入手困難なので、古本屋で探すか図書館で借りよう。たぶん図書館なら取り寄せられる。

 文庫本で縦一段組み、上下巻で本文約385頁+434頁=819頁に加え、著者によるあとがき8頁。8ポイント42字×17行×(385頁+434頁)=約584,766字、400字詰め原稿用紙で約1,462枚。上中下の三巻でもいい分量。

 いかにも帝国陸軍兵の従軍記らしい素朴ながらもかしこまった文章だが、不思議なくらいわかりやすく読みやすい。戦後の著者はいくつかの職を経て技術系の翻訳事務所を設立とあるので、正確かつ簡潔で読みやすくわかりやすい文章を書くべく研鑽を積んだんだろう。

 内容も素人にやさしく、軍事知識がなくても充分に読みこなせる。必要な前提知識を敢えて言えば、軍の階級と部隊編成ぐらい。

 階級だと、兵は下から二等兵・一等兵・上等兵・兵長、下士官は下から伍長・軍曹・曹長。たいてい兵は出世しても曹長どまり。将校(士官)は主に士官学校出身者で、下から少尉・中尉・大尉・少佐・中佐・大佐・准将・少将・中将・大将。軍属は民間人ながら軍と共に働く人で、技術者・研究者や通訳など。

 編成は小さいほうから組;班・分隊・小隊・中隊・大隊・連隊・旅団・師団と大きくなってゆく。帝国陸軍の兵は出身地ごとに編成したので、地元の顔なじみと同じ連隊に入る場合が多く、それが部隊の結束を強める効果が高かったという説を聞いたことがある。

【構成は?】

 話は時系列順に進むので、素直に頭から読もう。著者と共に行動するメンバーが次々と入れ替わるので、途中から読んでもよくわからないと思う。

  •  上巻
  • 緒戦
    オルモック上陸/進撃開始/遭遇戦/戦闘二日目/功績名簿/佐藤大隊全滅/激戦八尋山/陣中小閑/八尋中隊長戦死/転進
  • 望みなき死闘
    電気芋/ふたたび前線へ/斬込隊/負傷/隊を離れる/虎穴に入らずんば
  • 死なぬ決心
    敵中彷徨/非情/空の神兵/死んでたまるか/関谷伍長との再会
  • 脱出行
    山岳地帯に向かう/突撃隊編成/サン・イシドロへの道/関谷を失う/謎の呼び声/大慈悲心/海/別れ/四人水入らず/レイテ島の最後/自決四秒前
  •  下巻
  • 地上の楽園
    レイテよ、さらば/上陸/二村隊/肉の島/小林隊との出会い/分裂/大きい舟
  • 計画挫折
    メデリン島を去る/ネグロス島/ボン・ヴォヤージュ/最高司令部に出頭/敵、上陸す/七人の遊兵
  • 逃亡
    三人の初年兵/決行/遊兵再会/武田軍曹帰らず/天長節まで待とう/最後の関所破り
  • 魔の山
    剣山越え/長谷川が落ちた!/矢印の意味するもの/山中彷徨/誤解/飢餓の極みに/山を降りる/人間復帰
  • 無残な終着点
    大野、臼井を失う/ゲリラに包囲される/中島、長谷川の最後/孤飄
  •  著者あとがき

【感想は?】

 奇想天外、波乱万丈。戦争云々を抜きにしても、冒険物として文句なしの面白さ。

 もちろん、戦場が舞台なので、残酷な場面は多々ある。心を通い合わせた戦友は次々と倒れるし、道中には腐った死体がゴロゴロ転がっている。だから残酷な場面が苦手な人には薦めないが、そうでなければ探してでも読む価値がある。というか、是非とも読んでほしい。

 執筆した時点で著者は40代の働き盛りなので文章は落ち着いているが、物語当時の著者は23~24歳、今なら大学を出て2~3年ぐらいの若者だし、彼の部下となった兵たちは更に若い。そこを意識しながら読むと、かなり味わいが深くなる。自分が彼らぐらいの歳の頃は、どんな考え方だったろうか。

 物語は上陸の場面から始まる。輸送船に詰め込まれた兵の様子からして、想像を絶する無茶苦茶っぷり。

幾段にももうけられた「カイコ棚」に、兵隊たちは、体を二つに折って尻の方から這いこみ、膝を立てて開いた股の間に前の兵隊の尻をかかえこむといったかさなりかたで詰めこまれていた。

 この状態で海を渡るんだが、上空では輸送船を襲う敵機と迎え撃つ戦闘機が戦っている。船に爆弾が当たれば、カイコ棚の中で海に沈む。詰めこまれた兵には何もできない。よくも耐えたものだが、こんなのは序の口。最初の戦闘で約50名の小隊が20名ほどに減ってしまう。苦戦なんてもんじゃない。

 普通なら隊が崩壊してもおかしくない状況なんだが、彼らは頑として戦い続ける。ここまで頑強な兵となった原因の一つは軍隊教育と、無敵関東軍の誇りだろう。とまれ、かなり極端な教育なのは確かで。

「小隊長殿、テンシンってなんですか」

 なんて兵が尋ねてくる。転進、要は退却なんだが、兵はそんな言葉すら知らない。対して米軍は制空権を握り上空から悠々と攻撃し、圧倒的な火力で陣ごと叩き潰し、食事も休養も充分な兵は間断なく圧力を加え続ける。対して傷病兵すら前線に送り込む帝国陸軍に対し、神子伍長の疑念は次第に大きくなり…

 敗色が色濃くなり、飢えに苦しむに従い、兵たちの気持ちも変わってくる。それでも、投降はおろか脱走も反乱も考えない。彼らが考えるのは、いかに死ぬか、なのだ。

「自分たちは、どうせ死ぬんでありますから、どうせ死ぬんなら……」
どこかで野垂れ死にするくらいなら、中隊のこの家庭的雰囲気の中で死にたい。
いっそのこと、華々しく敵と渡り合って潔く死にたい。

 こんなんばっかだ。私なら「どうせお偉方は後方で旨いモン食ってんだろ、俺を召集しやがった事を後悔させてやる、どうせ死ぬなら、なるたけ偉い上官を撃ち殺して」と僻んでヤケになるかもしれない。が、この本に出てくる兵は、誠実な人たちばかり。そういう人たちが大勢、戦場で命を落とし、弔う者もなく屍を晒していた。

 ただ殺すためだけに増援を送り込むような上層部のやり方に愛想をつかした神子伍長は、脱走を企て仲間を募り…

 と、ここまでは、まっとうな従軍記なのだが、奇想天外なのは中盤以降。指揮系統を外れ遊兵となった彼らが、それぞれの思惑を抱えながらも群れを成し、様々な派閥に別れては合流し、時として協力し時として裏切り、米軍・現地のゲリラそして日本軍までも敵と看做して動き始める。

 飢えながら山野を徘徊してカニやカタツムリやヒルを貪り、漁民の船を盗んで海を渡り、米軍を襲ってレーションを奪い、日本軍の歩哨を計略で欺き、現地人の家では食料を略奪し、村ではゲリラに襲われ…

 などの極限状況における冒険行の面白さは、実録ならではの圧倒的な迫力があるばかりでなく、長く行動を共にした戦友たちの気持ちの揺らぎも、素朴ながら細やかな筆致で描き、半ば弱肉強食のケダモノ半ば誇りある人間として彷徨う下巻は、綺麗ごとだけでは済まない戦場のリアルを読者に突き付けてくる。

 当時の兵たちの考え方、通信系統が途絶した戦場の様子、崩壊した戦線で形作られる敗残兵たちの社会、生きるか死ぬかの状況での人の決断、そして戦場となった土地に住む人々の暮らし。あの戦いに出征した人々がどんな経験をしたのか、それを知るためにも、是非多くの人に読んでほしい。

 そして早川書房さん、是非ともマスターピースで復活させて頂きたい。これは日本が世界に誇れる優れた従軍記だし、後世に伝える価値のある手記と思う。

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2016年5月 3日 (火)

上田岳弘「私の恋人」新潮社

 2年前に絶命した高橋陽平の所見によると、この「繰り広げ絶滅の戦争」は、人類の二周目目の旅の最中に起きた悲劇であるとのことだ。

「人類は今三週目にいる」

【どんな本?】

 「太陽」で2013年の第45回新潮新人賞受賞を受賞したフレッシュな作家・上田岳弘による、「太陽・惑星」に続く二作目。アフリカから出て、ユーラシア全体に広がり、アメリカに渡り太平洋を越え地球全体へと広がった人類の歴史と、理想の女性に出会った男の物語を、独特の達観した視点で語る。

 第28回(2015年)三島由紀夫賞受賞作品。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 初出は雑誌「新潮」2015年4月号。単行本は2015年6月30日発行。ハードカバー縦一段組みで本文約124頁。9.5ポイント40字×16行×124頁=約79,360字、400字詰め原稿用紙で約199枚。長さとしては中編で、文庫本なら他の作品と合わせて出す分量。

 文章はこなれている。SFか純文学かは解釈が分かれるところだが、いずれにせよ特に難しい仕掛けは出てこないので、理科が苦手な人でも大丈夫。

【どんな話?】

 一人目の私は、約10万年前のクロマニョン人だ。とても賢かった当時の私は、人類の未来を見通し、それを退屈しのぎに洞窟に書き留めたのだが、未だ発掘されていない。二人目の私ハインリヒ・ケプラーは20世紀のドイツに生まれた。折悪くユダヤ人だったため、収容所送りとなった。

 現代日本に生まれた三人目の井上由祐は、前々生から理想の相手として思い描いた女性キャロライン・ホプキンスと出会う。

【感想は?】

 三人目の私って、「綾波レイかよ」と思ったが、ある意味サード・インパクトをテーマとした話かも。

 SFとして見たら、作品中で示されるヴィジョンは人類史全般に渡り、間近に迫る未来を展望する壮大なもの。既にセカンド・インパクトまでは起きていて、間もなくサード・インパクトが起きる、そういう世界観の話だ。

 話は一人称で進む。語り手の私こと井上由祐は、現代の日本に生きる三十代の独身男。歳も職業も、著者本人を投影しているのかも。彼は前世と前々世を覚えている…と、主張する。読み終わってから気づいたが、一人称って時点で、語り手の言葉を信じるか否かは読者に任されるんだよなあ。

 前々世の彼は、10万年前のクロマニョン人。賢明な彼は、人類の遠い未来を見通と共に、彼は理想の女性を思い浮かべるが、彼女と出会うことはなかった。前世の彼ハインリヒ・ケプラーはユダヤ人で、ナチスに連行され収容所で飢え死にする。彼も独房で彼女に思いを馳せた。

 と書くと、時を越えて運命の恋人に出会った二人の熱く切ない恋物語のように思えるが、全くそうはならない。

 どうもこの人の文章はどこか醒めていて、場面の描写もカメラ越しに見るような落ち着きと、他人事のような距離感がある。そのためか、「今、そこで起きていること」を語るワイドショーのレポーターというより、「歴史的に起こったこと」を解説する歴史家みたいな上から目線の冷徹さがあるんだよなあ。

 その割には堅苦しいだけではなく、ところどころに独特のユーモアがあったり。なんだよ「来世から本気を出そう」ってw と、語りに加え、登場人物も妙に醒めているというか達観しているというか。あまり感情に走らず、かといって四角四面の理屈に従うわけでもなく、波風立てずに生きてく感じの人が多い。

 こういうあたりが、マジなんだかオチョくってんだか本音が読めない所。

 この冷徹さが純文学らしくなくて、俯瞰した視点で見るSF的な感性を感じさせるし、実際に扱っているテーマも人類史そのもの…の、フリをしている。

 なにせ、最初に出てくるのが、「人類の二周目目の旅」ときた。

 人類の最初の旅は、アフリカを出て世界中に広がるまでを示す。約10万円前に始まり、スエズの地峡を経て東地中海沿岸へと渡り、西へ向かえばヨーロッパへ、東に向かえばユーラシアを横断し、ベーリング海峡を越えてアメリカ大陸にたどり着き…と、人類が地球全体を覆いつくすまでの旅を示す。

 「すげえ、頑張ったな、俺たちのご先祖は」と称えたくなるが、実はそれほど呑気な話でもないのが、終盤でそれとなく示唆される。なにせ今生き残っているのは、ホモ・サピエンスだけだし。他にもジャワ原人や北京原人などがいたはずなんだが、連中はどこにいったのか。

 そして第二の旅は、更に禍々しい。なにせ「二周目の旅の行き止まりの一つに二つの原子爆弾を落とした」とくる。リリンの生み出した文化の極みが、ソレかい。

 などの人類の旅と交互に語られるのが、「私の恋人」キャロライン・ホプキンス。なかなか理想と行動力に溢れた女性で、美貌と卓越した頭脳で一世を風靡し、NPOで人道支援に携わって大きな成果を上げるが組織の方針に疑問を抱き、一時期はジャンキーとなり果てるが…

 語り手の煮え切らなさとヒロインの苛烈さは、キョンと涼宮ハルヒを思わせるが、これはたぶん偶然でしょう、きっと。

 彼女の思想が、前作同様に倫理学者のピーター・シンガー(→Wikipedia)の影響を強く感じさせるもの。彼ほど徹底してはいないが、反捕鯨運動に携わるなど、少しづつでも理想に近づこうとするもの。

 一周目・二周目ともに、歴史では華やかな成果が語られるが、決して綺麗ごとではなかった。一周目は、そもそも綺麗ごとなんて概念すらなかった。二周目には綺麗ごとの概念はあったが、同時にそれを誤魔化す手口も狡猾なまでに発達を遂げた。これから始まる三周目は、少なくとも過去を踏まえた上で始めたい。

 などと大仰な話が進みながらも、主人公が考えているのは…

 解釈次第じゃ「男ってしょうもない生き物だよなあ」なんて身もふたもないトコに落ち着きそうだが、前の「太陽・惑星」じゃとんでもないヴィジョンを示してくれた著者だけに、どうなんだろう。

 いっそ吹っ切ってエンターテイメントな大作を書いてほしいなあ。

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2016年5月 2日 (月)

ニーアル・ファーガソン「マネーの進化史」ハヤカワ文庫NF 仙名紀訳

 この本の目的の一つは、金融、とくに金融史になじみの薄い方のために、入門書の役割を果たすことだ。
  ――はじめに

金属がカネなのではない。信用を刻印されたものがカネなのだ。
  ――第1章 一攫千金の夢

「このような戦いや乱闘ざた、それらはすべて金品のため」
「このような戦いに参加できるのは、それだけのカネを使える者だけ」
  ――第2章 人間と債権の絆

世界で最初に誕生した福祉超大国、もとよりこの原理を最大限に推し進めて大成功した国は、じつはイギリスではなく日本だった。日本ほど、福祉国家と戦争国家を厳密に連携させた国はない。
  ――第4章 リスクの逆襲

ボリビアのような国ぐにで、マイクロファイナンスの運動は驚くべき事実を掘り起こした。それは、ロンの担保にする持ち家があるかないかにかかわらず、女性は男性よりもじつは信用があるという点だ。
  ――第5章 わが家ほど安全なところはない

【どんな本?】

 「ベニスの商人」のシャイロックや、陰謀論の常連ロスチャイルド家など、金融関係者には胡散臭い印象が付きまとう。最近でもリーマン・ブラザースの破綻など、カネを動かす連中は世の中に迷惑ばかりをかけているように見える。中には「いっそカネなんかなくしてしまえ」と主張する強硬派さえいる。

 こういった考え方が出てくる原因の一つは、金融関係の理屈や言葉がやたら難しくて、わからないからだ。

 銀行・債権・株式・保険・先物取引など、金融には様々な制度がある。それぞれ、どんな仕組みで、いつ・だれが・何のために作ったのか。そういった制度があると、誰がどう嬉しいのか。それらは、歴史にどんな影響を与えたのか。ペテン師がデッチあげた幻想ではないのか。

 メディチ家がのし上がった原動力,新興国のオランダが新大陸の征服で豊かになったスペインに抗しえた理由,フランスの絶対王政が倒れた元凶などの歴史的なエピソードから、1960年代アメリカの公民権運動のもう一つの姿・エンロンの破綻・サブプライムの焦げ付きやジョージ・ソロスの魔術まで、様々なエピソードを取り混ぜて語る、一般向け金融史の入門書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Ascent of Money : A Financial History of the World, by Niall Ferguson, 2008。日本語版は2009年12月に早川書房より単行本で刊行。私が読んだのは2015年10月25日発行のハヤカワ文庫NF版。文庫本で縦一段組み、本文約472頁に加え、野口悠紀雄の解説「歴史的事例でマネーの魔術を解き明かす」10頁。9ポイント41字×18行×472頁=約348,336字、400字詰め原稿用紙で約871頁。文庫本としては厚い部類。

 文章は比較的にこなれている。ただ、内容的には、金融に関してズブの素人にはお勧めしがたい。というのも、金融・投機・経済に関する専門用語が、説明なしに出てくるためだ。特に、現代に近づく後半になるほど、馴染みのない言葉が増える。具体的な例を、次に挙げよう。

【構成は?】

 穏やかながら、前章を受けて次の章が展開する構成なので、素直に頭から読もう。

  •  はじめに
  • 第1章 一攫千金の夢
    カネの山/高利貸し/銀行の誕生/銀行業務の進化/破産国家
  • 第2章 人間と債権の絆
    負債の山/金融界のナポレオン/南部連合の敗退/利子生活者の安楽死/利子生活者の復活
  • 第3章 バブルと戯れて
    あなたの持ち会社/最初のバブル/牡牛と熊/ファットテールの話
  • 第4章 リスクの逆襲
    大いなる不安/屋根の下に避難する/戦争から福祉へ/南米チリの大寒波/「ヘッジあり」と「ヘッジなし」
  • 第5章 わが家ほど安全なところはない
    不動産を所有する貴族階級/住宅所有民主主義/S&Lからサブプライムへ/主婦ほど安全なものはない
  • 第6章 帝国からチャイメリカへ
    グローバリゼーションと最後の大決戦/エコノミック・ヒットマン/「ショートタイム・キャピタル・ミスマネジメント」 LTCMの皮肉な結末/チャイメリカ
  • 終章 マネーの系譜と退歩
  • 解説・野口悠紀雄
    マネーとは信用であって貴金属ではない/量的金融緩和政策の父、「ローのシステム」/アメリカ金融危機とその後遺症

【感想は?】

 正直って、たぶん充分には読みこなせていない。

 全般的な流れとして、だいたい過去から現代へと向かって流れる構成だ。それぞれの章では、金融関係の商品や概念を扱い、ソレが誕生した背景から、与えた影響を語ってゆく。それぞれ、こんな所か。

  • 第1章 一攫千金の夢 =銀行の誕生と進化
  • 第2章 人間と債権の絆 =債権の誕生と影響
  • 第3章 バブルと戯れて =株式市場
  • 第4章 リスクの逆襲 =保険
  • 第5章 わが家ほど安全なところはない =不動産市場
  • 第6章 帝国からチャイメリカへ =グローバル化の影響
  • 終章 マネーの系譜と退歩 =総まとめ

 わかったつもりになれたのは、第1章の銀行・第2章の債権・第4章の保険・第5章の不動産ぐらいで、第3章の株式と第6章のグローバル化は、よくわからなかった。傾向として保守的で堅実なモノはわかりやすく、投機的でリスクが高いモノはわかりにくいようだ。

 とまれ、本書は金融の教科書ではない。金融史の本だ。だから、金融そのものより、それが歴史に与えた影響に力点を置いているし、歴史に絡めて語られるエピソードの方が、読んで面白い。

 最初に印象に残るのは、16世紀~17世紀にかけてのオランダの独立(→Wikipedia)だ。新大陸から大量の貴金属を調達したスペインに対し、なぜ新興国のオランダが抗しえたのか。ウィリアム・マクニールは戦争の世界史で「常備軍を整え教練したから」としているが、これには一つ疑問が残る。

 常備軍を維持し、兵を平時から食わせる費用を、どうやって調達した?

 この秘訣を、著者は銀行制度に求める。当時のアムステルダム為替銀行は国内外の様々な通貨を両替し、「小切手や口座引き落とし、振り替えなどの業務を、世界ではじめて導入した」。これだけならどってことないが、大きいのは部分準備銀行制度(→Wikipediaの準備預金制度)だ。これを使うと、手元にあるカネの数倍が世に流れる。

 なんかインチキみたいだし、そう考える人も多い。だが、これのお陰でオランダは独立できた。つまりは借金なんだが、今だって日本の企業の多くは何らかの形で借金している。銀行からの融資ばかりでなく、社債や約束手形も借金の一種だし、株式だって株主から預かったカネだ。

 カネが流れて何が嬉しいのか。商人はそのカネで商品を仕入れて売れば利益が出る。元手が大きければ利益も大きい。と書くと得するのは金持ちばかりのようだが、実は貧乏人にも恩恵がある。ここで登場するのが、「ベニスの商人」のシャイロックと、現代グラスゴーの高利貸しジェラード・ロー。

 高利貸しは、その名のとおり高い利率でカネを貸す。悪辣なようだが、連中にも言い分はある。まっとうな銀行は失業者に貸さない。踏み倒される危険が大きいからだ。そのリスクがある分、利息が高くないとモトが取れない。特に規模が小さい業者だと、踏み倒された時のダメージは大きい。一度の焦げ付きで破産しかねない。

 規模が大きければ、一度や二度の焦げ付きでも持ちこたえられるだろう。そこで大資本の銀行だ。多くの商人に貸せば、うち何件かが踏み倒されても、他から取った利息で埋め合わせが効く。

 これは直感的にわかる図式だが、キチンと数学的に検証して誕生したのが、保険だよ、というのが第4章。はじまりはスコットランドの国教会牧師の寡婦年金で、二人の牧師ロバート・ウォーレスとアレグザンダー・ウェブスターがエディンバラ大学の数学教授コリン・マクローリンと共に、教区のデータを集めて計算し、保険をスタートする。

 保険というと人当たりのいいセールスのオバチャンが思い浮かぶが、その奥には相当なデータの蓄積があるんだなあ。そういえば安全管理の祖ハーバート・ウィリアム・ハインリッヒも保険関係の人だっけ。

 ってな歴史の話から始まり、国家が住宅ローンを支援する意外な理由を経てサブプライム騒ぎへと続き、中華マネーがアメリカへ流入する現状へと向かってゆく。

 終盤に近くなるほど現代の金融・投機・経済の専門用語が多くなって厳しくなるが、それもオプション取引(→Wikipedia)など多くの金融システムが生まれてきたため。これからも更にややこしくなっていくんだろうなあ。

 また、手持ちのお金に余裕がある人は、この本を読むと株を買いたくなります。投機じゃなくて投資の意味で。

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