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2016年5月11日 (水)

籘真千歳「θ 11番ホームの妖精 アクアリウムの人魚たち」ハヤカワ文庫JA

「奥様にもすぐできる! 三分ハッキングであなたも億万長者!」
  ――Ticket 04 本と機雷とコンピューターの流儀

「がんばれ、男の子」
  ――Ticket 05 ツバクラメと幸せの王子様と夏の扉

【どんな本?】

 「スワロウテイル」シリーズで人気を博した新鋭SF作家、籘真千歳によるもう一つのシリーズ「θ 11番ホームの妖精」の、第二作品集。

 東京駅第11番ホーム。上空2200mに浮かぶ、滅多に乗客が乗り降りしない特別なホーム。そこに勤務するのは、T・Bと呼ばれる少女の駅員と、人の言葉を話す犬もとい狼の義経、そして駅を管理する人工知能のアリス。ワケありのホームに起居するワケありの三人?に降りかかる災難とその顛末を描きながら、壮大な未来史を綴ってゆく。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年1月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約329頁に加え、あとがき5頁。9ポイント40字×17行×329頁=約223,720字、400字詰め原稿用紙で約560枚。文庫本としては標準的な厚さ。

 文章は比較的にこなれている。が、内容はSFとして結構濃く、かなり凝った仕掛けをアッサリと流してたり。シリーズ物で各作品の登場人物は共通しており、また「スワロウテイル」シリーズとも同じ世界に属しているようだが、この作品集に限ると、舞台背景や登場人物の紹介もしているので、この本から読み始めても問題ないだろう。

【収録作は?】

Ticket 04 本と機雷とコンピューターの流儀 / 初出:SFマガジン2014年9月号
 11番ホームに住み込みで働いているT・B。義経が怪我で入院しているので、今日は一人でのんびりできる…と思ったら、甘かった。駅ホームの管理を司る人工知能のアリスを、アップデートしなければならない。技術的にはオンラインでやれる筈なのだが、様々な事情があって大量のディスクで行う羽目になり、T・Bは眠い目をこすりながら手作業でのディスク入れ替えに励んでいた。
 今はOSのアップデートさえ回線でやれる時代。私も Windows7 から Windows10 に入れ替えた際は、大半が回線越しで終わり、使ったメディアはバックアップ用の外付けハードディスクだけだった。昔はフロッピ・ディスクを何枚も入れ替える必要があって、これが絶妙に困ったタイミングで入れ替えを求めてくるので、実に鬱陶しい作業だったなあ。
 などと年寄り臭い愚痴が出そうなエピソードで始まる、ヒトと人工知能の違いを巡る短編。少し前にマイクロソフトのAIであるTai が暴言を吐くなんて騒ぎがあったが、Tai は意味が解っているわけじゃない。場に相応しい言葉を過去の会話から拾い上げ、英語の文法に沿って文章を作り上げてるだけ。だから朱に交われば赤くなる。
 そういった現代の人工知能とは異なり、ちゃんと意味まで考えているアリスだが、所詮はコンピュータ。何かとズレた反応をしてくれて…。T・Bが埃まみれになる場面は、映画「2001年宇宙の旅」のボーマンを連想したり。
Ticket 05 ツバクラメと幸せの王子様と夏の扉 / 書き下ろし
 J.R.C.D.国際貨物1082号から、非常事態の緊急信号が届く。「荷物だったモノが命になった」と。応対したのはアリス。奇妙な事に、1082号の緊急信号は東J.R.C.D.全線の全車両および各駅に届いていない。そこで東京駅11番ホームへ誘導したが…
 長編と言っていい分量の作品。ガジェットの一つは冷凍睡眠。人体冷凍による未来への転生を試みる人が、実は既にいたりする(→Wikipedia)んだが、今のところは相当に怪しげ。単純に凍らせると細胞膜が壊れるなど、技術的な壁は厚い模様(→Wikipedia)。
 「スワロウテイル」と共通した世界を思わせる、峨東や西哂胡などの言葉も出てきて、舞台背景が少しづつ見えてくるので、このシリーズでは最初に読んでもいいかも。
 前作では出番のなかった義経が、この作品ではカッコいいアクションを決めるのだが、それまでの展開がちと情けなかったり。というのも、実にクセの強いゲストが美味しい所をさらっていっちゃうため。
 その名も音無静樹君。眉目秀麗、頭脳明晰。ソツなくセンス良く、事あるごとに T.B. にチョッカイを出すあたりは気があるのか天然なのか。本を読む時に脳内で声が聞こえる人は、緒方恵美さんの少年声をあてておこう。でも見た目はカオル君っぽいんだよなあ。
 ここでも重要なテーマとなるのは、人工知能とヒトのコミュニケーション…と思ったら、終盤ではスワロウテイル・シリーズとの絡みや T.B. の秘密など、とんでもなく大きな仕掛けが飛び出してきて、ライトノベルっぽい表紙に隠した骨太のSF魂がチラリと覗くのが美味しい所。
 コンピュータの歴史を見ていくと、懐かしのテクニックが蘇生するケースがよくある。1970年代あたりの大型汎用機は、入出力などをチャネルと呼ばれる専用システムが担い、CPUの負荷を軽くしていた。対して家庭に入る8ビット機は、大半の処理をCPUに任せる事で、部品を減らし安上がりに作っていた。
 それでもフロッピなどの制御は別ICが担っていたのだが、速度を追及するプログラマはCPU負荷を分散するため一部の演算を制御ICに任せるなんてマニアックな技を切り開く。
 やがてICがLSIとなり費用が安くなると、大型汎用機で使われたメモリ管理システムやチャネルなどの工夫が家庭用のマシンにも導入され始める。
 そういった周辺システムが充実してくると、今度はGPUに演算を任せてCPUの負荷を軽減しよう、なんて発想が出てきた。かつてフロッピ制御ICに演算させたテクニックの復活だ。
 現代のプログラミング言語の花形 JavaScript も、言語仕様を見ていくと古の言語 LISP の影響が型のない変数や無名関数や関数の戻り値などにチラホラと見える。そういえば JavaScript グラフィックスでも、懐かしのスプライトを使ってた。
 連続しているように見える今の世界でも、たかが50年前の技術が現代の最先端技術として復活する場合があるわけで、技術の蓄積ってのは案外と馬鹿にできないんだよなあ。
ところで DreamWeaverが Gary Write とは関係…ないか(→Youtube)。

 あとがきによると、「両シリーズともに忘れられぬうちに次をお届けしたい」との事なので、スワロウテイル・シリーズ最強のあのお方が再登場する日が来るんだろうか。これは待ち遠しい。

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