石毛直道「麺の文化史」講談社学術文庫
この本では、パスタや餅に相当する食品のすべてを対象とするのではなく、その一部にあたる線状に加工した食品、すなわち麺に話題を集中するつもりである。そして、中国、地中海、イスラム世界だけでなく、日本、朝鮮半島、モンゴル、中央アジア、東南アジアも考察の対象とする。
――はじめにこまったことには、世界のどこにでも通用する麺の定義というものないのだ。
――二 麺つくりの技術モンタナリさんによると、イタリア全土でスパゲッティが食べられるようになったのは、約40年前からのことであるという。イタリア人が、スバゲッティ好き国民になったのは、意外にあたらしいことなのだ。
――一〇 イタリアのパスタ
【どんな本?】
私達の身近な食べ物、麺。何の気なしに食べてるが、材料も製麺法も調理法も、実にバラエティに富んでいる。
例えば材料。そばは当然、蕎麦の実を使う。うどんやラーメンは小麦粉を使う。乾燥パスタは同じコムギでも硬質のデュラム小麦を使う。ビーフンは米だし、ハルサメは当初リョクトウ(→Wikipedia、モヤシの豆)から作り、今はジャガイモやサツマイモを使っている。
調理法もいろいろだ。そばやラーメンは茹でてスープをたっぷりかける。煮込むうどんもある。ヤキソバは具と一緒に炒める。揚げたあんかけヤキソバもある。スパゲッティはソースで和え、ラザニアはオーブンで焼く。
農学と文化人類学に通じた著者が、ユーラシア各国の文献を漁り、日本・韓国・中国はもちろん中央アジア・東南アジア・イタリアなど各国を訪ねて現地で食べ厨房を訪ねレシピと来歴を聞き、時には自らこねて麺を作り、「麺」の発生と伝達そして変化の模様を探る、一般向けの美味しくて親しみやすい地理・歴史書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
元は1991年にフーディアム・コミュニケーション社から刊行の「文化麺類学ことはじめ」。1995年に講談社文庫より「文化麺類学ことはじめ」として刊行。これを改題し、講談社学術文庫から刊行したのが本書。2006年8月10日第1刷発行。文庫本で縦一段組み、本文約382頁。8.5ポイント41字×18行×382頁=約281,916字、400字詰め原稿用紙で約705枚に加え、「講談社文庫版へのあとがき」3頁+「学術文庫版へのあとがき」2頁。文庫本としては少し厚め。
文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。敢えていえば、ユーラシア各地の地名が出てくるので、世界地図か Google Map があるとスケール感が味わえる。当然ながら、体重が気になる人は、夜遅く空腹時に読むと大変に危険な本なので要注意。
【構成は?】
はじめに~二 麺つくりの技術 までは、基礎編なので素直に頭から読もう。以降は、美味しそうな所をツマミ食いしてもいい。
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【感想は?】
基本的には、麺のルーツと伝播の様子を探る、文化人類学の真面目な本だ。
文献を漁り、仮説を立て、現地に渡って調査・取材し、時には自ら麺を作って検証する。学者として実にまっとうな研究の筋道である。
が、なんたって、テーマが麺だ。わかりやすいし、親しみやすい。著者はとても真面目に研究しているのに、「楽しそうだなあ」などと気楽に思えるし、読んでいる最中は、とても楽しかった。
今でも中国には多種多様な麺があるし、古代文明発祥の地でもあるためか、著者も麺のルーツは中国だろうと考えている模様。こういった考え方は、動植物の原産地を遺伝子の多様性で推測する生物学と少し似ているかも。
文化人類学なんて学問が欧米発祥のためか、そもそも麺の研究なんて先駆者がほとんどない。そこで著者は分類法から考える羽目になる。が、いきなり躓いてしまう。麺の定義すらない。パイオニアの辛いところだ。
そこをなんとか強引に定義し、まずは製麺法で大雑把にに分類する。引っ張って細く伸ばす手延べ、刃物で切る切りめん、トコロテンのような押しだし方。ただし、これはいずれも伝統的な製麺法なので、取材では色々と苦労してたり。最近はどこでも製麺機が普及していて、伝統的な製麺法が滅びつつあるとか。
読んでいて目を引くのは、やはり世界各国の様々なレシピだ。激烈な辛さに懲りた朝鮮の咸興冷麺、ヒツジの肉うどんはモンゴルのショルテイ・ホール、トマトペーストで炒めて目玉焼きと刻んだ牛肉を入れるウズベキスタンはブハラのラグマン、ダッタンソバが伝わるブータン。もっとも、最近のブータンはコメばかりで、「ソバはブタが食べる」そうな。
どうでもいいけど、寒い印象があるブータンだが、緯度は那覇と同じぐらいなんだよなあ。
中でも読んでいてワクワクするのは、東南アジア編。といってもタイのバンコクとマレーシアのペナンなんだが、バンコクのフードセンターの様子が実に心躍る。107店のテナントに4000席のテーブル。タイ料理はもちろん中国・マレー=インドネシア・日本・洋食となんでもござれ。麺料理の店だけでも25軒というから、胃袋がいくつあっても足りない。
注文方法も大変だ。麺の種類・ゆでる/炒める/揚げる・汁かけ/和える・具と、四段階で指定せにゃならん。スターバックスかい。味付けはやはりナム・プラーが流行のようだが、グルタミン酸ナトリウム(味の素?)も多く、中には油で揚げた麺を、油と「マナオというかんきつ類のジュースであえ」る食べ方もあるとか。
すっぱいソースってのが想像できないが、冷やし中華みたいな感じなのかな?そうめんにレモンをかけたら、雰囲気が出るかなあ?
などと中国からユーラシアを西へと向かう麺文化なのだが、海沿いではインドあたり、陸路ではカスピ海近辺で途切れてしまう。どうもインド文化やペルシア文化には、麺が入り込めなかった模様。
ところが。これは本書でも謎となっているのだが、地中海を越えイタリアに渡ると、途端にバラエティ豊かなパスタ文化が花開いているからわからない。本書ではこれをミッシング・リンクとしている。
製麺・調理法だけでなく、材料も土地それぞれなのが麺の楽しいところ。日本では小麦・米そしてソバが中心だが、中国ではコウリャンを使う麺もあり、「九州の島原地方や対馬ではサツマイモ」で作る麺もあるとか。全般的に、暖かい地域で反米、涼しい地域では小麦、もっと寒い所ではソバと、地域の産物を活用している模様。
これはイタリアがとてもわかりやすくて、硬質のデュラム小麦が取れる南部では乾燥パスタが中心だけど、普通の小麦しか取れない北部では生まパスタが中心だ。日本でも、ソバの名産地は信州など山地が多い。
これで驚いたのが、イタリア編。なんと、アルプス山麓でソバを作り、ソバ製のパスタを食べている。キャベツと一緒に煮て、パルメザンチーズと交互に何層も重ね、熱いバターをかける。まるでグラタンだ。日本じゃソバってあっさりした印象があるが、チーズ&バターなんてコッテリした食べ方もあるとは。
身近で美味しい麺を通じて、歴史の中の文化の伝達を探ると共に、各国の様々なレシピも学べる、真面目だけどとっても楽しい本。にしても、料理っていうのは、実に幅が広く創造性に富んでいて、その気になれば工夫と開拓の余地がいくらでもあるんだなあ、などと変に感心してしまった。
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