テリー・ビッスン「平ら山を越えて」河出書房新社 中村融編訳
彼は世界じゅうでひとりきり。きっと自分でわかっているよりもひとりきりなのだ。
――スカウトの名誉「いいですか。有機樹はひ弱すぎるんです。たとえ購入するだけの余裕があったとしても――じっさいは無理でしょうが――おかしな病気にかかって、枯れちまいます。昼も夜も肥料をあたえなくちゃいけない。マイクロソフトからでたこの新しいダッチ・エルムを見てください」
――カールの園芸と造園新しい世界では、古くなればなるほど値打ちのでるものがたくさんある。
――謹啓
【どんな本?】
アメリカのSF作家テリー・ビッスンの短編を集めた、日本独自の短編集。南部風の奇妙なほら話・ちょっと心に染みるファンタジイ・しょうもない莫迦話・現代アメリカの傾向を風刺する作品など、奇想にあふれバラエティ豊かで、微妙に懐かしくて切なくなる作品が多い。
SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2011年版」ベストSF2010海外篇で10位に食い込んだ。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2010年7月30日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約368頁に加え、編訳者あとがき「現代のトール・テール」10頁を収録。9ポイント42字×18行×368頁=約278,208字、400字詰め原稿用紙で約696枚。文庫本なら少し厚めの分量。
文章は現代アメリカの小説風で、比較的にこなれている。一応はSFだが、「変な話」が中心で、特に難しいガジェットは出てこないので、理科が苦手な人でも楽しめるだろう。
【収録作は?】
それぞれ 作品名 / 元題 / 初出 の順。
- 平ら山を越えて / Over Flat Mountain / <オムニ>1990年6月号
- 北アメリカ大陸東部のアパラチア山脈がぐんぐんと隆起し、アメリカが東西に引き裂かれた世界。西から東海岸にむけ連結トレーラー・トラックで山を越えるおれは、登りの途中で家出少年らしき小僧を拾う。ああ、この小僧のことはよくわかる。おれも30年前は…
- 平ら山って仕掛けさえなければ、トラック野郎が家出少年を拾う、ちょっと心に染みる物語として、普通の小説で通るお話。8リッターのディーゼル・エンジンとか、「ローの二速」とか、強力なマシンへのこだわりが、いかにもアメリカな気分を盛り上げる。なお現在でもトレーラーのギアは、ハイ・ミドル・ローの三段階×五~六速と、15~18段階で切り替えられるらしい。また1マイルは約1.6km、1フィートは約30cm。
- ジョージ / George / <パルプハウス>1993年10月号
- 男の子ですよ、と看護婦はいった。申し分なく健康で、体重は約5100g。体重の大部分は、翼の重さだという。そう、ジョージは翼を持って生まれたんだ。元気いっぱいで健康だと医者は言う。妻のケイティは「天使みたい」と大喜びだ。新生児室でジョージはとても静かで、翼が小刻みに震えていた。
- 翼の生えた赤ちゃんが生まれたカップルのお話。発表は93年だが、執筆はカレッジ在学中の64年だとか。どうでもいいが、天使の翼って、鷹や鷲など猛禽類の翼の形だ、という話をどこかで聞いたような。
- ちょっとだけちがう故郷 / Almost Home / <ザ・マガジン・オブ・ファンタシー&サイエンス・フィクション>2003年10・11月合併号
- 見数てられた競走場のスタンドに登った時、トロイはソレを見つけた。次の日、友達のバグを競走場に連れて行き、ソレを見せる。その次の日は、いとこのチュトも連れて行った。スタンドから見ると、フィールドの側面にそってトラックを半周しているフェンスが…
- 田舎の小さな町に住む、二人の少年と一人の少女が、秘密の冒険に出る物語。大人も不良も来ない秘密の場所に、友達と自転車で出かける夏休み。今の子供は携帯電話を持たされGPSで常に居場所を親に知られちゃうけど、少し昔は、休みの日の子供なんて放し飼いされてたんだよなあ。
- ザ・ジョー・ショウ / The Joe Show / <プレイボーイ>1994年8月号
- 長い一日を終え家にたどり着いた、一人暮らしのシングル・ガール。マイルス・デイヴィスのCDをかけ、ジョイントを一服してから、ゆっくりバスを楽しもうとした時、コルトレーンが…とちった。
- 独身の若い女性に語り掛けた「何か」。それはCDプレーヤーや電話やテレビを自在に操り、自らを一時的電子的存在と名乗る。「おお、ファースト・コンタクト!」などと身構えていたら、そういうオチかいw にしても、ボチボチ電話やCDプレーヤーなどのガジェットは過去のモノになりそうな気配なんだよなあ。
- スカウトの名誉 / Scout's Honor / <サイフィクション>2004年1月号
- 7月12日の朝。研究室のコンピュータに、謎のメッセージが届く。送り手はフランス南部の高地に居るらしい。次の日も、その次の日も、続きのメッセージが来た。わたしはメッセージを印刷して、たったひとりの友達のロンに見せた。今は亡きわたしの母との約束で、週に二回、彼と会うことになっている。
- 人づきあいが嫌いな研究者に届く、謎のメッセージ。つい自分の殻にこもりがちな主人公を、母ちゃんも色々と心配したんだろうし、それに根気よく付き合うロンもなかなか気のいい奴なんだが。切ない余韻が残る物語。
- 光を見た / I Saw the Light / <サイフィクション>2002年10月号
- だれもが、その光を見た。一分間に二回、30年も人がいなかった月面から。最後にマルコ・ポーロ・ステーションを離れたのはわたし。UNASAによると、基地から百キロほど離れた地点に光がある。そして電話が来た。相手はベレンスン、かつての国際遠征隊の上司。「君を技術チームのナンバー2として迎えたい」
- 月に国際ステーションができて、廃棄された未来でのお話。いきなり月に出現した人工物。それは人類とのコンタクトを求めているのか、それとも…。 この作品集の中では、最もストレートなSF色の濃い作品。老犬のサムがいい味出してる。
- マックたち / macs / <ザ・マガジン・オブ・ファンタシー&サイエンス・フィクション>1999年10・11月合併号
- 1995年4月19日、オクラホマ・シティ連邦政府ビルをテロリストが爆破し、168人が亡くなる(→Wikipedia)。犯人は薬物により死刑となり、執行の様子はカメラ越しで遺族に公開された。この事件を下敷きとした作品。犯人のクローンが遺族たちに配られ…
- 最近じゃ日本でも被害者の権利が注目されるようになり、裁判で遺族が証言もできるようになったが、それにクローン技術を絡めて、思いっきり突き進めた状況を描く、風刺の効いた作品。自分が遺族だったら、どうするだろう? 「本物があたれ」と願うかもしれない。
- カールの園芸と造園 / Carl's Lawn and Garden / <オムニ>1992年1月号
- 緊急度4。カールとあたしは、バーバー家に向かう。酷い。芝生は十字のパターンを描いている。点滴液飽和器が埋めてある処は緑だが、ほかの部分は黄色くなっている。近所のやじ馬が集まってきた。有機芝は評判がよくないらしい。
- 生きた街路樹や草花が育たなくなり、人工の樹や人工芝に切り替えた未来で、庭師として忙しく働く二人組を描く短編。日本にも樹木医(→Wikipedia)って制度がある。今はそれほどでもないが、一時期は酸性雨(→Wikipedia)が話題になったんだよなあ。風刺作品のはずが、中国では笑えない状況だったり。
- 謹啓 / Greetings / <サイフィクション>2003年11月号
- 知らせがやってきた。サンセット旅団への入隊。残された時間はあと10日。トムが考えたのは、どうやって妻のアラベラに伝えるかって事。そこで親友のクリフに相談し、クリフは妻のパムに話した。四人ともリベラルな考えに従って生きてきた。だが、こうなると…
- 人口過剰により、高齢者が強制的に始末される制度ができた未来。かつてベトナム戦争の時も、徴兵を拒否してカナダに亡命する若者が多かった。開拓者の集落から州政府ができ、独立戦争をきっかけに州政府が連合して連邦政府ができたアメリカだけに、市民の政府に対する姿勢は日本と大きく違うんだよなあ。やがてはジェリー・ガルシアも、商品として消費されるのかと思うと…
- 編訳者あとがき 現代のトール・テール
「ふたりジャネット」は、読者を空に放り出す感じのトボけた印象の作品が多かったが、この作品集は「平ら山を越えて」「スカウトの名誉」「光を見た」など、切ない喪失感を感じさせる作品が多い。
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