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2016年4月18日 (月)

トーマス・トウェイツ「ゼロからトースターを作ってみた結果」新潮文庫 村井理子訳

 やぁ。僕はトーマス・トウェイツ。この度、僕はトースターを作ったんだ。時間にして9ヶ月、移動距離にして3060キロ、そして金額にして1187.54ポンド(約15万円、2012年のレート)をかけて。
  ――プロローグ

【どんな本?】

 イギリスの美術大学の大学院生が、自分でトースターを作ってみようと思い立つ。まず量販店で安いトースターを買ってバラし、構造と必要な部品を調べる。次に専門店で部品を買い揃…えない。とりあえず鉄鉱山に行って鉄鉱石を手に入れなきゃ。

 へ? なんで鉄鉱石? それは、部品に必要な鉄を作るため。

 一介の美大生が、原材料から調達し、産業革命以前のテクノロジーを使って精錬・加工し、現代の家庭電化製品の代表であるトースターに仕上げるまで、波乱万丈紆余曲折の道のりをユーモラスに語りながら、現代のテクノロジーと産業社会の姿を照らし出す、奇妙で楽しいドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Toaster Project : Or a Heroic Attempt To Build a Simple Electric Appliance From Scratch, by Thomas Thwaites, 2011。日本語版は2012年に飛鳥新社より単行本で「ゼロからトースターを作ってみた」として出版。私が読んだのは新潮文庫の文庫版で、2015年10月1日発行。

 文庫本で縦一段組み、本文約195頁に加え、finalvent による解説8頁。9ポイント38字×16行×195頁=約118,560字、400字詰め原稿用紙で約297枚だが、写真や図版を豊富に収録しているので、実質的な文字数は7~8割ぐらい。小説なら中編の分量。

 内要は難しくない。少し化学の話が出てくるが、わからなかったら読み飛ばしても構わない。本が好きなら、小学校の高学年でも楽しく読めるだろう。ただ、文章にクセがある。原著が著者のブログを元にした作品のためか、「詰んだ」「何それ怖い」「マジかよ」などSNSやブログ風の文体なのだ。私はこういう文体も好きだが、合わない人もいるだろう。

【構成は?】

 お話は頭から順番に進むのだが、それぞれの章はほぼ独立しているので、美味しそうな所をつまみ食いしてもいい。

  •  プロローグ
  • 第一章 解体 Deconstruction
    トースターの秘密を暴く/なぜトースターなのか?/ルール
  • 第二章 鉄 Steel
    鉱山のサンタクロース/500年前の教科書/砕け散る「鉄の花」/2つの勘違い/電子レンジとズル
  • 第三章 マイカ Mica
    イギリスの車窓から/ネットがなくても使える酔っぱらいがいた/神秘の山
  • 第四章 プラスチック Plastic
    化学の時間/工作の時間/料理の時間/歴史の時間
  • 第五章 銅 Copper
    「泡」が人類に富と時間をもたらした?/ウェールズへの旅
  • 第六章 ニッケル Nickel
    いざロシアへ?/じゃあ、いざフィンランドへ?/ニッケルを取るか、命を取るか/カナダ万歳! eBay万歳!
  • 第七章 組み立て Construction
    トースターは完成した。でも…/僕は成功したのか?/値札には現れない「コスト」/君が持ってるなら僕も欲しい/世界を救うにはトースターを作るしかない!
  •  エピローグ 「ハロージャパン!」
  •   解説 finalvent

【感想は?】

 表紙がいい。黄色い粘土をコネて作ったゾンビみたいなシロモノ、これが著者が作ったトースターだ。

 世の中にはラジオ小僧という生き物がいる。秋葉原で部品を買い揃え、半田ごて片手にラジオを組み立てては喜ぶ変な習性を持つ生物だ。近縁種にガンプラ坊主やDIY親父がいる。どうもヒトにはモノを作って喜ぶ性質があるらしい。

 中でも著者は突き抜けている。最終目標のトースターは作品としちゃたいした事ないが、そのスタート地点が圧倒的に違う。秋葉原や日本橋で買ってくるのではなく、なんと鉱山に行って鉄鉱石を掘ろうってんだから。

 そう、この本は、「自然の中にある原料」から、工業製品を作り出そうとする話だ。

 彼が目指すのはトースター。それもお値段約500円の廉価品だ。だが、自分で作ってみると、約15万円もかかった。しかも、出来上がったのはゾンビのできそこないみたいな化け物で、タイマーも動作保障もない。そりゃそうだろう。採鉱から鉄の精錬・加工までやるんだし。

 単に完成度を求めるなら、ボディもプラスチックを使う必要はない。著者は美大生で木工にも長けているから、木を加工すれば済む。だが著者はプラスチックに拘る。なぜなら、量販店で買ったトースターのボディがプラスチックだからだ。この拘りが悲惨な結果を招くのは、表紙を見れば一発でわかるが、そのプロセスこそが楽しい。

 プロジェクトを始める際に、一応のルールを決める。

  1. 店で売っているような製品である。
  2. 部品はすべて一から作る。
  3. 産業革命以前の技術を使う。ただし現代の「道具」は使っていい。

 実際には途中で何度も挫折して色々とズルをしていて、そこが気になる人もいるだろうが、それでも充分に面白い本だ。出来ればルール完全遵守を目指して続編を書いて欲しいけど、そうすると続編は上下巻ぐらいの大ボリュームになってしまうかも。

 さて、鉄だ。さすがにツルハシまでは振るわなかったが、鉄鉱石はどうにか手に入れる。が、問題は製鉄法。

 「ジェット・エンジンの仕組み」や「エンジンのロマン」などを読むと、金属の精錬はかなり奥が深いことが分かる。ピストン一つとっても、表面と内側で炭素含有量が違ったり。でも、著者はそこまで難しい事は求めていない。とにかくトースターの部品として役に立つ鉄が欲しいだけだ。

 ってんで製鉄について調べ始めるんだが、ここで大笑い。なんと、現代の製鉄関係の本は、著者の役に立たないのだ。

 なんたって、現在の鉄鋼業は大型化・高度化している。お陰で私たちは安くて品質のいい鉄製品が手に入る。が、著者のように、「粗悪で少量もいいから手軽に製鉄する」なんて需要はないわけで、そういった目的で書かれた本もない。それでも諦めずに資料を漁った結果、なんとか使えそうな本を見つける。いやあ、そうきたかー。

 次に挑戦するのが、プラスチック。まずはイギリスの大手石油会社BP(→Wikipedia)に連絡して…って、なかなか著者も恐れ知らずだが、「採掘した石油からバケツ一杯分ぐらいの石油を分けて欲しい」なんてケッタイな問い合わせに対し、生真面目に対応するBP社も懐が深い。

 イマドキはプラスチックなんてのは安物の象徴だ。家電製品にしたって、木目も鮮やかな木製のボディだとお値段が一桁跳ね上がるんだが、材料から自分で作ろうとすると、安物に見えるプラスチックの方が遥かに苦労する上に、お値段も更に1~2桁も高くつくってのが、現代社会の不思議なところ。

 など調達・加工の苦労や工夫も面白いが、試行錯誤の際に迷い込む脇道・回り道の話もなかなか楽しい。

 鉄・プラスチック共に何回か挫折・失敗するし、ニッケルでもくじけそうになる。ここではロシアとフィンランドへの回り道が面白い。同じノリリスク・ニッケル・グループなのに、ロシアのノリリスクと、フィンランドのタルビバーラ鉱業は、正反対の評価を得ている。この違いは何なのか。

 それとは別に、ここで紹介されるバクテリア・リーチングなんて技術も、まるでSFみたいでゾクゾクする。バイオ・ナノテクって感じで、異星のテラフォーミングとかに使えそうだ。

 全般的にユルい雰囲気ながら、現代テクノロジーの根本を見直せると共に、私たちが生きている社会の不思議さも感じさせ、また意外な最新技術と共に原始的な技術も教えてくれて、楽しく読めると同時に妄想が広がる、手軽に読める割に面白さがいっぱい詰まったオトクな本だ。

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