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2016年4月 4日 (月)

ダン・ガードナー「リスクにあなたは騙される」ハヤカワ文庫NF 田淵健太訳 2

「我々のデータが示しているのは、判断が難しいかあいまいであり、影響を及ぼす代弁者が結束していて確信を持っている場合にかぎれば、正確さに対する重要性が増すことによって、同調する率だけでなく確信も高まるということである。これは危険な組み合わせである」
  ――第6章 群れは危険を察知する

H・L・メンケン「実際的な政治の全目的は、すべて想像上の産物である、つぎつぎ現れる幽霊のようなもので大衆を脅すことによって、大衆を不安にさせておく(その結果、騒ぎ立てさせ、安全な状態に導かれるようにする)ことである」
  ――第7章 恐怖株式会社

死因を歪めて取り上げることが、メディアによるリスクの扱いの唯一の失敗というわけではまったくない。もう一つの失敗は、どんなリスクの理解にも不可欠な質問をしていないことである。その質問とは、それはどのくらい起きやすいか、である。
  ――第8章 活字にするのにふさわしい恐怖

ロバート・ライナー「公式の犯罪統計や犠牲者の調査によると、暴力の最もありふれた犠牲者は若くて貧しい黒人男性だ」「しかし、彼らはニュース報道に主に犯人として登場する」
  ――第9章 犯罪と認識

 ダン・ガードナー「リスクにあなたは騙される」ハヤカワ文庫NF 田淵健太訳 1 から続く。

【前の記事のお話】

 ヒトの決断は二つのシステムからなる。腹と頭だ。腹は本能的で、決断が速い。頭は理屈屋で、計算が遅い。腹は野生状態に適応していて、現代社会には巧く適応していない。そのため、ヒトは往々にして危険を見逃し、どうでもいい事に拘ってしまう。腹の性質を理解し、腹を刺激する手口に気をつけよう。では、腹の性質とは…

【原子力発電所の是非】

 311以来、原子力発電所の是非について関心が高まり、推進派・反対派ともに熱く意見を語るようになった。特に原子力関係者とそれ以外の者の対立は、腹によるリスク評価の偏りを見事に表している。以下は、本書が指摘する「腹」の性質の一部だ。

  • 馴染み:日頃から馴染んでいるモノは安全に感じ、見慣れぬモノは危険と感じる。
  • 理解:よく理解出来るモノは安全と感じ、わからないモノは危なく感じる。
  • 個人による制御:自分で制御できないと、より危険に感じる。
  • 信用:関係者を信用できないと、より危険に感じる。
  • 公平さ:片方が得をして、もう一方に危険があると、より危険に感じる。
  • 利益:それのナニが嬉しいのかハッキリしないと、より危険に感じる、
  • 個人的なリスク:自分が直接被害を蒙るなら、より危険に感じる。

 これらが、今の日本だと、原子力発電に関しては、関係者とそうでない者とで、みごとに正反対に働くのだ。関係者は原子力に馴染んでいるし、原理もよく分かっている(ハズ)だし、制御システムを握っているし、関係者同士は日頃からよく顔を合わせて信頼関係を築いているし、原子力で利益を得ているし、事故の責任を追及する法律は制定されていない。

 という事で、関係者はリスクを軽視しやすい状況にある。互いの意見が歩み寄らないのも当然だろう。これを巧く応用する方法もありそうだ。互いの立場を変えて、歩み寄りやすいようにすればいい。例えば、問題発生時の関係者の責任を法律でハッキリと示し、厳罰を課すとか。

 ちなみに、私は原子力発電反対派です…とりあえず、今の所は。 

【腹の性質】

 腹の性質は、共通した欠点がある。確率や期待値(→Wikipedia)の計算が苦手な事だ。このため、大きな危険を見逃し、些細な危険に怯える。この傾向は、幾つかのパターンがある。係留規則/典型的なものに関する規則/実例規則/良い・悪い規則/確証バイアス/分母盲目/後知恵バイアスなどだ。

 「実例規則」では、とても見事な実験を例に出している。学生グループをAとBの二つ用意し、それぞれ別の問題を出す。いずれも特定のパターンに合致する単語を、60秒間で出来るかぎり挙げてもらう。

 グループAの問題は□□□□□n□で、こっちの問題を解いたグループは、平均2.9個の単語を挙げた。
 グループBの問題は□□□□ing だ。こっちのグループは、平均6.4個の単語を挙げた。

 おかしくないか?

 グループBの問題の解は、全てグループAの問題の解でもある。 だから、理屈だとグループAの方が沢山の解を挙げるはずだ。だが、実際には、Bの方が思いつきやすい。

プログラマなら、正規表現で先のパターンを表すと、直感的に理解できるかも。一方は /.....n./ で、もう一方は /....ing/ となる。ワイルドカードが多いと、一致する単語も多いのは、なんとなく感じとれると思う。

 これは、腹のリスク評価のクセによるものだ。腹は、実例を思いつきやすいとヤバいと感じ、思いつきにくいと大したことないと感じる。

 野生の頃は、それで良かったのだ。最近あったことや、被害が大きかったことは、思い出しやすい。昨日近所をウロついていたライオンは、たぶんまだ近くにいる。だから、こういう性質が役に立つ。だが、マスコミやインターネットが発達した現代だと、入ってくる情報に大きな偏りがある。これが私達の判断を誤まらせてしまう。

【実例】

 理屈を挙げるだけでは、本として面白くない。その点、本書は沢山の実例を挙げ、次々としくみを解明してゆくあたりが楽しくもあり、悲しくもあり。

 アリガチなパターンの典型例が、シリコン豊胸材の騒ぎだ。ちなみに「日本の娼婦がシリコンと豊胸を結び付けた最初の女性」だそうだ。その方がGIにウケるから、と。

 これがアメリカに逆輸入され流行ったのはいいが、シリコン注射を受けた日本人女性の何人かが、関節リウマチや繊維筋痛病と診断される。オーストラリアで似た症例が発表され、米国では訴訟騒ぎとなる。かつてシリコン豊胸材を注入し、現在は病気に苦しむ多くの女性が、訴えを起こしたのだ。

 科学に馴染んだ人なら、「あれ?」と思うだろう。

 シリコン豊胸材を注入し、後年に特定の病気になる。なんか因果関係がありそうだが、実はほとんど意味がない。対照群を設定していないからだ。

 シリコン豊胸材を注入しない人の発症率と比べないと、意味がない。だがヒトは、目の前で苦しんでいる人を見ると、つい「きっとこの人が正しい」と思い込みたくなるし、そこで「いや対照群が云々」とか言い出すと、「お前には血も涙もないのか!」と罵りたくなる。

【誰が何のために】

 ヒトのこういう性質を、マスコミは利用する。困ったことに、往々にして無意識に。

 狂牛病は大騒ぎになったし、日本では間もなくデング熱が騒ぎになるだろう。だが、それぞれの死者は何人だろう? ちなみに、前の記事でも書いたが、日本だと2014年には交通事故で4,113名が亡くなっている。交通事故とデング熱、私達の命を脅かしているのは、どっちだろうか?

 マスコミは滅多に起きない殺人事件について大きく騒ぐが、頻繁に起きる窃盗はまず放送しない。私たちは凶悪事件のニュースはよく触れるので、治安に不安を抱く。だが実際は、年次統計殺人事件被害者数のグラフがとてもわかりやすい。1955年をピークに、次第に減っている。

 マスコミは注目されてナンボだ。ケチな泥棒はつまらない。残酷な殺人こそ注目を集める。だから、マスコミは凶悪犯罪を大きく扱う。その結果、マスコミが映す社会の姿は、現実の社会とは大きく違ってしまう。ハインリッヒの法則(→Wikipedia)に曰く、1の大事故・30の小事故・300のインシデント。最もありがちな犯罪は、ケチな泥棒なのだ。

【反省】

 ニワカとはいえ軍ヲタのため、テロのニュースを聞くと大騒ぎしてしまう。だが、まさしく騒がせる事こそがテロリストの目的だ。終盤ちかく、私はトニー・ブレアにKOパンチを食らった。

「この恐ろしい行為を仕出かした者たちが価値観を表現するのはテロを通してだ。だから今すべきことは、我々の価値感を示すことだ。彼らは罪のない人たちの大量虐殺によって脅し、怖がらせ、したいことをさせないようにし、通常どおり仕事を続けさせないようにしているが、我々には今までどおりする権利がある。彼らは成功すべきではないし、成功させてはならない」

 そう、一般市民の私たちが、普通に過ごすことこそ、テロリストへの最大の反撃となる。

 やはり同じように、ニュースはシリアの内戦を大きく伝える。だが、実際には、戦争で失われる命は、時代が進むと共に減っているし、戦争・内戦ともに少なくなってきている。

 ジェレミー・スケイヒルの「アメリカの卑劣な戦争」にも、わかりやすい例があった。合衆国はイエメンで過激な言動を繰り返すアンワル・アウラキを危険人物と判断し、暗殺した。だが、彼が語る事柄は、それまでアルカイダがアラビア語で語った内容と、ほぼ同じだった。アウラキの言葉が政策決定者の腹に届いたために、より危険と判断されたのだ。

 同じ記事で、私は「テロとの戦い」を、ローマ帝国や中国の歴代王朝が悩んだ蛮族の侵入に例えた。だが、これは多分間違っている。なんたって、被害の絶対量が大きく違う。ローマに侵入した蛮族は周辺地域を攻め落とし、やがて都も手に入れたが、現代のテロリストが引き起こす被害は、せいぜい年に3桁の人命を奪うぐらいだろう。

 一見、パターンは似ているように見えるが、絶対量で見ると桁が3つ4つ違う。ただ、マスコミが大きく扱うので、腹がリスクを過大に見積もったのだ。

【おわりに】

 この記事では理論を中心に紹介したが、楽しく読めたのは、豊富に紹介される実例の方で、自分がいかに勘違いしていたかを何度も思い知らされた。例えば乳癌の最大のリスク要因は、年齢とある。つまり最も乳癌にかかりやすいのはお婆ちゃんであって、若奥様じゃないとか。

 笑っちゃったのは、オウム真理教のテロ能力を分析したギルモア委員会の結論だ。

「オウム真理教の科学者は、社会的、物理的に隔離され、被害妄想が進む指導者に支配されたため、現実から遊離し、健全な判断ができなくなった」

 イカれた奴が率いるイカれた組織は、往々にしてイカれた真似しかできないため、たいした事はできないらしい。

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