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2016年4月の18件の記事

2016年4月29日 (金)

SFマガジン2016年6月号

 鏡の中に現在を見ることはできない。光にも速度があるので、鏡像は過去である。
  ――早瀬耕「月の合わせ鏡」

「井出、人類が触れてはいけない領域などないのだよ」
  ――小林泰三「ウルトラマンF」

 376頁の標準サイズ。特集は前回のデビット・ボウイに続くミュージシャンを取り上げ、「やくしまるえつこのSF世界」として、作品レビュウやイラスト,短編小説など。

 小説は10本。まず連載は連載の夢枕獏「小角の城」第38回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第9回,小林泰三「ウルトラマンF」最終回,川端裕人「青い海の宇宙港」第9回。

 加えてやくしまるえつこ特集のひとつとして北野勇作「ラジオ温泉ユートピア」。単発は早瀬耕「月の合わせ鏡」,上遠野浩平「双極人間は同情を嫌う」,松永天馬「牡蠣の惑星」,トマス・オルディ・フーヴェルト「天地がひっくり返った日」鈴木潤訳,アリエット・ドボダール「失踪した旭涯(しゅうや)人花嫁の謎」小川隆訳。

 特集「やくしまるえつこのSF世界」。囁くような声なので、ライブじゃ苦労するかも…と思ったら、とんでもない。「ミスパラレルワールド」をかけながら、隣の部屋に行った時、奇妙な事に気づいた。スピーカーから数メートル離れるとギターやドラムの音は聞こえないのに、彼女の歌声はキッチリ聞こえる。不思議な声だ。

 北野勇作「ラジオ温泉ユートピア」。辺境の出張所にいる時に、折悪く会社が倒産してしまった。幸いにしてすぐ次の仕事にありつけた。「勤務とは名ばかりで寝ていればいいだけで給料はヒト並みの簡単なお仕事です」。そんな美味い話があるのかと思ったら…

 やくしまるえつこ&北野勇作って組み合わせが謎すぎるが、いずれもどっか正体不明な所があるのが共通しているのかも。相変わらずゆらゆらふわふわな風景が続く芸風で、「いつもの北野勇作か」と思ってたら、そういうオチかw

 早瀬耕「月の合わせ鏡」。もし月に鏡があったら、そこに映るのはいつの自分だろう? そんな事を思いついたのが、この実験の始まりだった。実験の費用をひねり出すため、同じフロアの南雲教授を訪ねる。モニタと小型ビデオカメラはすぐに来たが、肝心のコンピュータ本体は、なんと80年代に作られた有機素子コンピュータだという。

 デビュー作「グリフォンズ・ガーデン」,短編「有機素子板の中」に続く、有機素子コンピュータのシリーズ。ローブナー賞(→Wikipedia)なんてマニアックなネタが楽しい。にしても、この有機素子コンピュータのメモリ・システムは、なかなか魅力的かも。コンパイラをどう作るのか、とか下世話な事を考えると頭が痛くなるけど。

 川端裕人「青い海の宇宙港」第9回。ロケットは次第に形をなしてきた。今までのんびりしてた加瀬さんも、張り切って楽しそうだ。他の大人たちも本気になっている。でも、滞ってる所もある。肝心のセイルが巧くうかない。希美と萌奈美が体育館で悪戦苦闘しているんだけど…

 冒頭のロケットの配管の動作確認から迫真感たっぷり。かなり綿密に取材したんだろうなあ。セイルを広げるのも、簡単なようで、迅速かつ確実に広げるのは難しそう。にしても、燃料の重さを面積で換算するおやじには感服した。こういう風に、別の何かの別の単位に換算しようって発想には、いつも驚かされる。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第9回。ハンターは<ストレッチャー>を倒し、<ホスピタル>を捕えた。だが、邪魔者は<ストレッチャー>だけではなかった。<天使たち(エンジェルス)>。異様な風体の面々が、動物じみた声を上げながらやってくる。

 落ちぶれ果てたかに見えたハンターの一味クインテットが、逆襲に転じる回。ここ数回の連載はずっとクインテット視点のためか、読んでるこっちもクインテットを応援したくなってくる。肝心のウフコックはほとんど動かないし。にしても、論理的なエリクソンと軽口が止まらないラスティのコンビは見事なミスマッチw

 小林泰三「ウルトラマンF」最終回。暴れまわる闇の巨人たちに、ウルトラマンは…

 最終回だけあって、展開は二転三転。やはり最終回らしくあのお方も登場し、思う存分に暴れまわってくれる。京阪神地域にお住いの読者は大喜びだろうなあ。しかも、ウルトラマンの正体にまで迫るオマケつき。

 上遠野浩平「双極人間は同情を嫌う」。学校からの帰り道、コノハ・ヒノオは視線を感じた。どうも遠くに見える病院らしき建物が怪しい。近づくと、その四階からヒノオを見ている者がいる。ヒノオと同じぐらいの年頃の少女だ。「あんた――あれでしょ、ウトセラのペットでしょ?」

 ブギーポップと同じ世界を舞台に、製造人間ウトセラ・ムビョウと無能人間コノハ・ヒノオを描くシリーズの第三弾。「幼女キター!」などと喜んでいたら、見事に肩すかしを食らった←あたりまえだ。まあ、この人の作品だし、素直な人が出てくるなんて期待する方が間違ってるw

 松永天馬「牡蠣の惑星」。わたしは秘密クラブで先生に出会った。新宿歌舞伎町一番街原子力発電所建設予定地の地下十三階。これから死のうとしているわたしを、先生はスカウトした。「実は僕は君の担任です。今日から君の通う学校を紹介します」

 「ガラス板をシコシコ」だの「PCに描かれた銀の林檎は毒林檎」だの、表現がいかにもこの著者らしい。でも流石に「時の魔法」はこれ(→Youtube)じゃないよなあ。

 トマス・オルディ・フーヴェルト「天地がひっくり返った日」鈴木潤訳。この二日間で、世界は二度もひっくり返った。一度目はきみがこう言った時。「あなたのせいじゃない。わたしが悪いの」。二度目は、カウチに横たわっていた時。天地がひっくり返ったんだ。人々は天井に叩きつけられ、屋外にいた人は空へと落ちていった。

 突然に重力の方向が逆転した世界で、フラれた彼女に金魚を届けようとする青年。終末感漂う世界なのに、主人公がまず考えるのは元恋人ってのが、ちと情けない…と思ったけど、元恋人を妻や娘に置き換えると、まっとうすぎて面白くないよね。

 それ以上に、逆転した世界の描写が圧倒的で、読み終えて暫くは三半規管の調子がおかしくなった。ここまで空間感覚が混乱したのは、クリストファー・プリーストの「逆転世界」とA・K・デュードニーの「プラニバース」以来。乗り物酔いする人は避けたほうがいいかも。

 アリエット・ドボダール「失踪した旭涯(しゅうや)人花嫁の謎」小川隆訳。今日の依頼人は品のいいご婦人だ。金欠の今、払いのいい仕事は歓迎だが、難物の匂いも漂う。依頼は失踪人調査。七日間も返ってこない娘を探してほしい、と。娘は16歳で、婚約者の所にもいっていない。誘拐防止用の追跡インプラントは空きビルに捨ててあった。

 別の歴史を辿った世界を舞台にした、ハードボイルド探偵物。北米西海岸は中国の明が征服し、中米のアステカは明から文明を仕入れてスペインを撃退し、白人の入植はロッキー山脈の東に留まった。世界観は独特だが、物語の形式はストレートなハードボイルド物で、ビンボなお尋ね者だがタフで狡猾な探偵ブルックスの追跡劇は、とっても読みやすい。

 大野典宏「サイバーカルチャートレンド」。今回は、どうやって LIGO が重力波を検出し(→国立天文台の「LIGOによる重力波の直接検出について」)、それがノイズでなく重力波である事を確かめたのか、というお話。とんでもない精度で、よく検出できたなあと感心してしまう。どうやってノイズを取り除いたんだろ?

 長山靖生「SFのある文学誌」ベインのインド・ファンタジー 松村みね子の幻想世界1。英国生まれでインドのデカン・カレッジで歴史学教授を務めたフランシス・ウィリアム・ベインの作品を翻訳した松村みね子の紹介。ベイン氏、インドの古詩という触れ込みで作品を発表したが、実はインドの古典を下敷きにした創作だったって話で始まる。その芸風は…

インドラをはじめシュリー、ヴィシヌス、ラーダなど、お馴染みの神々(魔神、怪物)が登場する。その知識は正確なのだが、カオスの度合いが低く、筋立てが理性的で近代的なのである。

 なんて評されてる。カオス度が足りないんですな。逆に言えばカオスあってのインド…と思ったが、インドに限らず、神話や伝説の類って、原型はたいてい混乱してるんだよなあ。

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2016年4月27日 (水)

Windows:デスクトップの大量アイコンはお手軽ランチャで整理

 Windows には便利なアプリケーションが沢山ある。あるのはいいけど、使いたいアプリケーションを Windows メニューから探し出すのは手間がかかるし、面倒くさい。また、よく使う書類も、すぐ見つかる所に置いておきたい。じゃ、デスクトップに置いておこう。これなら一発で見つかるし。

 などと考えるのは人の常。でも、パソコンを何年も使っていると、デスクトップに置くアプリケーションや書類のアイコンが増えて、気が付いたらデスクトップはアイコンだらけ。

 なんてのは、多くの人が経験する話。幸いにして、この問題を解決する便利な道具がある。ランチャーと呼ばれるアプリケーションだ。

 ランチャーを極論すると。デスクトップにゴチャアゴチャとある多数のアイコンを、小さなラックにまとめて収納できるソフトだ。デスクトップのアイコンをクリックするように、ラック上のアイコンをクリックすれば、アプリケーションが立ち上がったり、書類が開いたりする。

 大抵のランチャーは他にも便利な機能があるんだが、基本的にはデスクトップを整理するための道具だと思っていい。私もぴょんきち氏が作った CLaunch を使っていた。軽くて速くて機能は充分だし、ラックもコンパクトで使う画面の面積も小さい上に、なんたってデザインがカッコいい。

 が、Windows7 だと、何か他のアプリケーションかドライバと相性が悪いらしく、なぜか動かなくなってしまった。結局、今でも何が原因かわかっていない。他のランチャーを使う事も考えたのだが、あまり余計なアプリケーションを入れたくない。

 どうせ基本的な機能しか使っていないんだし、もっと手抜きできる手口はないだろうか?

 と考えたら、実に姑息な方法があった。なんのことはない、アイコン専用のフォルダをデスクトップに置けばいい。このフォルダの中に、よく使うアプリケーションや書類のショートカットを、まとめて突っ込んでおく。書類の本体は適切なフォルダに置けば、デスクトップはスッキリする。

 パソコンを起動した時に、アイコン専用フォルダをダブルクリックで開けば、その窓がランチャーと同じように働く。表示を「一覧」にしておけば、小さいアイコンと名前だけが画面に出るので、あまり場所も取らない。Windows10 だと、こんな雰囲気の窓になります。

 この手口、さすがに CLaunch に比べると場所を取るが、利点はある。業務用のパソコンだと、セキュリティ上の目的で、余計なアプリケーションを入れてはいけない規則になっている場合がある。この手口は特にアプリケーションを入れなくていいので、業務用のパソコンでも問題ないのだ。

 なお、ショートカットを作る際は、CTRL キーと SHIFT キーを押しながら、元のファイルをアイコン専用フォルダにドラッグ&ドロップすると、 「ショートカットを作りアイコン専用フォルダに置く」操作が、一発でできます。出来上がるショートカットが「~のショートカット」って名前になるのが、ちと困りものだけど。

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2016年4月26日 (火)

Raffaele Cecco「JavaScriptグラフィックス ゲーム・スマートフォン・ウェブで使う最新テクニック」オライリージャパン 相川愛三訳 2

軽量な jQuery UI に対し、Ext JS は過酷な使用に耐えるユーザーインターフェースを提供します。
  ――4章 高度なUI

 Raffaele Cecco「JavaScriptグラフィックス ゲーム・スマートフォン・ウェブで使う最新テクニック」オライリージャパン 相川愛三訳 1 から続く。

【1章 コードの再利用と最適化】

 なんとなく、著者は8ビット機の時代からゲームを作っていたんじゃないかと思う。というのも、1章から年寄りには懐かしいネタが次々と出てくるので。浮動小数点演算を避けるために予め計算してルックアップ・テーブルにキャッシュしておくとか、キャラクターはスプライト・オブジェクトを使って背景に重ねるとか、まるでファミコンだ。

 かと思えば、Duff's device(→Wikipedia)なんて懐かしいネタも出てきたり。低レベルの話だと、2の累乗での乗除算はシフト演算で代行って小技もあったが、JavaScriptでは「実際に調べてみると」乗除算ともに特に利益はないとか。こういう所を、ちゃんと測っているのが流石だし、測り方まで教えてくれるのが俺しい。

 ただし切り捨ては Math.floor() より n >> 0 の方が、Google Chrome だと3割ほど速かったとか。他のブラウザじゃ大差ないんだけど。

 やっぱり、と思ったのが、DOM の要素を jQuery で扱う時の注意点。ドキョメント全体から指定の要素を探すのは、ソレナリに時間がかかり、処理時間にして3~8倍の差が出る。だから、扱う要素は初期化時に予め DOM を呼び出して変数に代入しておき、ループの中ではなるたけ jQuery に検索させないようにするといい。

 同様に面白いのが、多くの要素を追加する時。これも、何度も append() するより、多数の要素を含む長い文字列で HTML を作っておき、一気に append() する方が速いとか。

 ここでの描画サンプルは、縦に細長い(1ピクセル)の div 要素を横に並べてサインカーブを描くなんて荒業を見せてくれる。その手があったかw

【2章 DHTML】

 2章では、Web ならではの最適化が出てくる。例えば多数のキャラクターを一枚の PNG 画像にまとめて収納しておき、描画時にクリッピングして表示するなんて小技。HTTP プロトコルだと、小さい画像を何枚も送るより、一枚の大きい画像を送る方が速いのだ。

 これをスプライト・オブジェクトとして、描画位置は css をいじって動かす。これならフリッカーに悩まないね←古い。

 ブラウザ・ゲームで辛いのが、マシンごとの性能の違い。setInterval()setTimeout() を使ってもいいが、「Windows XP が提供するOSレベルのタイマー精度は15ミリ秒」と、あまし信用できない。

 また、スプライト・オブジェクトの移動量も、マシン性能に応じて変えなきゃいけない。遅いマシンじゃ一回の移動量を大きく、速いマシンじゃ移動量を小さくしたい。ところがPCだとブラウザ以外のアプリケーションが動いてたりするんで、最初にマシン性能を測っただけじゃ後で困ったことになる。

 ってんで、ここでは、スプライト・オブジェクト全体を処理するのにかかった時間を常に測り、これに応じてスプライト・オブジェクトの移動量を調整したり、タイムアウト値を変えたりしてる。そういう事かあ、と納得した。

【3章 スクロール 】

 最初に出てくるのは視差スクロール。複数のレイヤを重ね、手前のレイヤは速く、奥のレイヤは遅く動かすことで、立体感を出すテクニック。低予算アニメでもよく使ってたなあ。タイル・マップ・エディタ(Tiled)なんて便利なモノがあるとは。これなら私にも大戦略が作れそう←ツケあがるな

【4章 高度なUI 】

 ここでは軽量で軽快なユーザ・インタフェース・ライブラリの jQuery UI と、本格的な Ext JS 紹介。サンプルは jQuery UI を使い、回転木馬風に回る画像の列を描くもの。この章から、マウスイベントのハンドラが出てくるので、いじって楽しいプログラムが出てくる。

 ここでは Web プログラムの悩みの一つ、クライアントが画像などをキャッシュしている場合に、load イベントが発生しない問題の対処なんてのが面白い。

【5章 JavaScriptゲーム 】

 懐かしのインベーダーゲームを作る章。若い人はオリジナルのインベーダーゲームを知らないかも…と思ったが、ニンテンドーDSi や FLASH やスマートフォン向けのもあるのね。

 インベーダーゲームの細かい仕様については著者も詳しいが、註で訂正する訳者も相当なもの。段々とインベーダーが速くなる工夫は、「やはりそうか」と納得。衝突判定の工夫は楽しいが、コードそのものはコールバック使いまくりで相当に難しくなってくる。

【6章 HTML5 Canvas】

 いよいよ HTML5 の本領、Canvas。雰囲気は PostScript で、既に描いた物は参照できず、xor で描くとかは無理で、常に上書き。ただし描く際に透明度は指定可。そのためかアニメーションは難しそうで、Canvas 全体を描きなおす方法が載っている。

 最初のサンプルは、制御点をマウスで動かしベジェ曲線/二次曲線を描くもの。制御点は独立した div 要素を使う。やはり Canvas で描いた要素をスプライト的に動かすのは難しいようだ。

 FLASH/SVG/Illustrator 形式を Canvas 用 JavaScript に変換する道具が、サードパーティーから出てるのは嬉しい。

 別の意味で興奮するのが、WebSocket のチャット・ツール。ちょっと前、テロリストが情報交換に MMORPG のチャットを使ってるって話があったが、これと P2P を君合わせると金楯を出し抜けるなあ、などと思ったり。にしても XAMPP(→Wikipedia) なんて便利なモンもあるのか。これ使えば PHP を独習できるね。

【7章 ベクトル計算 】

 シューティング・ゲームなどで必須のベクトルについて、大砲の弾丸の飛翔をシミュレートするアニメーションを例に説明してゆく。弾丸の残像が少しづつ消えていく効果を出すのに、背景画像の透明度を変えながら重ね書きするって大技を繰り出してるw

 最後に、複雑なキャラクタを軽い処理で描く手法が賢い。いったん隠れ Canvas に描き、「この隠れ要素を Canvas の drawImage() 関数のビットマップソースとして用いてみましょう」。

【8章 Google Chart Tools】

 HTTP 経由で Google の API を呼び出し、グラフに変換する Google Chart API の紹介。簡単な呼び出し法では <img> タグの src で URL を指定するだけなんで、固定の HTML 頁でも使える。JavaScript 経由で呼び出すなら、Google のライブラリ jsapi(→MDN)が便利。マウスなどのイベントにコールバックを設定すれば、エフェクトもつけられる。

【9章 jQuery Mobile】

 スマートフォン用のスライディングブロックパズル(→Wikipedia)を例に、スマートフォン用 JavaScript ライブラリ jQuery Mobile を紹介する。

【10章 PhoneGap】

 10章で作った JavaScript 版を、PhoneGap により Android のネイティブに変換する。といっても、内容の大半は開発用ツールのインストールと設定。入れるのは JDK,Android SDK,Eclipse,Eclipse 用 ADT プラグイン,PhoneGap。インストールのコツや日本語版パッチも紹介してるのがありがたい。

【おわりに】

 意外と HTML5 Canvas の話は少なく、DHTML でコトが済むネタが多い。6章・7章のサンプルも DHTML で作れそうだし。

 などの JavaScript に特化した話よりも、リアルタイム系のゲーム作りの工夫のネタが楽しかった。昔はマシンが貧弱なため工夫せにゃならなかった。マシンが強力になった今は、OSやブラウザや JavaScript インタープリタが計算力を食いつぶし、結局はアプリケーション・プログラマが知恵を絞る羽目になってるのが皮肉。

 JavaScript に興味がなくても、ゲーム作りに興味があるなら、読んで損はないと思う。

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2016年4月25日 (月)

Raffaele Cecco「JavaScriptグラフィックス ゲーム・スマートフォン・ウェブで使う最新テクニック」オライリージャパン 相川愛三訳 1

 本書は、ワンランク上を目指す JavaScript プログラマーに向けた解説書です。主にグラフィックスやアニメーションを扱いますが、単に HTML5 Canvas や jQuery について説明するだけの書籍ではありません。

【どんな本?】

 Web ブラウザ上のゲーム・アプリケーションの開発用としては現在最も有力なプログラミング言語である JavaScript を使い、主に2Dのアクション・ゲームを作りたい人のための技術解説書。

 単にアニメーション用のインタフェースを紹介するだけでなく、実行速度を速くする方法、マシンの性能が違っても同じような操作感を実現するコツや、使うメモリの容量を減らす工夫、他言語と比べた JavaScript のクセ、CSS と組み合わせた印象的なエフェクトなど、今すぐ応用できるテクニックを豊富なソースコードと共に紹介する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Supercharged JavaScript Graphics, by Raffaele Cecco, 2011。日本語版は2012年3月17日初版第1刷発行。単行本ソフトカバー横一段組みで本文約257頁。8.5ポイント46字×38行×257頁=約449,236字、400字詰め原稿用紙で約1,124枚。文庫本なら上下巻ぐらいの分量だが、キャプチャ画像やイラストを豊富に収録しているので、実際の文字数は6~7割程度。当然ながら、ソース・プログラムもふんだんに出てくる。

 訳者は相当にプログラミングがわかっている人らしく、文章はこなれていて読みやすいし、言葉の使い方も適切。問題は内容で、次の条件三つをを全て満たす人向け。

  1. HTML と CSS が書ける。救くとも、この記事頁の HTML と CSS ぐらいは、マニュアルを見ながらでもいいので、自分で作れる。
  2. JavaScript でプログラムを作れる。と言っても、この程度のオモチャで喜んでいる程度では苦しい。プログラミング技術として、クロージャ・コールバック・継承ぐらいは使えて、Web プログラマとしては DOM(Document Object Model、→XML用語辞典) による要素の追加や変更ができる。
  3. jQuery を多少は知っている。日頃から使っていると更によし。

 意外なことに、ゲームを作った経験がない人でも、上記三つを満たす人なら、読みこなせる。なお、デバッガは Firebug を紹介しているので、ブラウザは Firefox を使っているといいかも。

 本書のゴールとしては、次のようなゲームやエフェクトが出てくる。ただし、サウンドはなし。

  • 懐かしのインベーダーゲーム:PC版&Android版
  • チャット
  • 棒グラフ:ポップアップする吹き出しつき

 描く画像は2Dが中心で、グラデーションや影をつけて立体感を出すあたりが限界。テトリスを作るには可能だけど、ぷよぷよは少しエフェクトを簡素化しないと難しいかも。さすがに物理演算エンジンを酷使する3Dゲームまでは無理です。ゲーム専用機ならPSP未満、かな。

 HTML の規格だと、5章までは DHTML 対応で、6章から HTML5 が必要になる。

【構成は?】

 前章を受けて後の章が続く形なので、素直に頭から読もう。

  •  訳者まえがき/まえがき
  • 1章 コードの再利用と最適化
    • 1.1 高速化
    • 1.2 何をいつ最適化するか
    • 1.3 自家製コードプロファイリング
    • 1.4 JavaScriptの最適化
      • 1.4.1 ルックアップテーブル
      • 1.4.2 ビット演算、整数、2進数
    • 1.5 jQueryとDOM操作の最適化
      • 1.5.1 CSSスタイル変更の最適化
      • 1.5.2 DOM挿入の最適化
    • 1.6 その他の情報
  • 2章 DHTML
    • 2.1 DHTMLスプライトの作成
      • 2.1.1 アニメーション
      • 2.1.2 カプセル化と描画の抽象化(詳細隠蔽)
      • 2.1.3 スプライトのコード
      • 2.1.4 スプライトのコード
      • 2.1.5 簡単なSpriteアプリ
      • 2.1.6 より動きのあるスプライト
    • 2.2 jQueryプラグインに変換
    • 2.3 タイマー、スピード、フレームレート
      • 2.3.1 setIntervalとsetTimeoutの使用
      • 2.3.2 タイマーの精度
      • 2.3.3 一定スピードの実現
      • 2.3.4 Internet Explorer 6 の背景キャッシュ
  • 3章 スクロール
    • 3.1 CSSだけを使ったスクロール効果
    • 3.2 JavaScriptを使ったスクロール
      • 3.2.1 背景画像のスクロール
      • 3.2.2 タイルベース画像のスクロール
  • 4章 高度なUI
    • 4.1 HTML5のフォーム
    • 4.2 JavaScriptのUIライブラリ
      • 4.2.1 jQuery UIを用いたWebインタフェース強化
      • 4.2.2 Ext JSを用いた強力なUI
    • 4.3 UI要素の自作
      • 4.3.1 3D回転木馬の作成
  • 5章 JavaScriptゲーム
    • 5.1 ゲームで使うオブジェクトの概要
    • 5.2 ゲームのコード
      • 5.2.1 ゲーム全体で用いる変数
      • 5.2.2 キーの読み込み
      • 5.2.3 キャラクタの移動
      • 5.2.4 簡単なアニメーション効果
      • 5.2.5 衝突判定
      • 5.2.6 インベーダー
      • 5.2.7 プレイヤー
      • 5.2.8 シールド
      • 5.2.9 UFO
      • 5.2.10 gameオブジェクト
      • 5.2.11 ひとつにまとめる
  • 6章 HTML5 Canvas
    • 6.1 Canvasのサポート
    • 6.2 ビットマップかベクターか? あるいは、その両方か?
    • 6.3 Canvasの制限
    • 6.4 CanvasとSVGの比較
    • 6.5 CanvasとFlashの違い
    • 6.6 Canvasエクスポータ
    • 6.7 Canvasの描画の基本
      • 6.7.1 Canvas要素
      • 6.7.2 描画コンテクスト
      • 6.7.3 矩形の描画
      • 6.7.4 直線と曲線を使ったパスの描画
      • 6.7.5 ビットマップ画像の描画
      • 6.7.6 色、境界線、塗り潰し
    • 6.8 Canvasを使ったアニメーション
    • 6.9 Canvasと再帰的な描画
      • 6.9.1 Canvasによる樹木のページレイアウト
    • 6.10 DHTMLスプライトをCanvasのスプライトに置き換える
      • 6.10.1 CanvasSpriteオブジェクト
      • 6.10.2 他のコードの修正
    • 6.11 CanvasとWebSocketを使ったグラフィカルなチャットアプリ
      • 6.11.1 WebSocketの利点
      • 6.11.2 WebSocketoのサポートとセキュリティ
      • 6.11.3 チャットアプリ
  • 7章 ベクトル計算
    • 7.1 ベクトルの計算
      • 7.1.1 足し算と引き算
      • 7.1.2 拡大と縮小
      • 7.1.3 正規化
      • 7.1.4 回転
      • 7.1.5 内積
    • 7.2 JavaScriptによるベクトルオブジェクトの作成
    • 7.3 ベクトルを使った大砲シミュレーション
      • 7.3.1 シミュレーション全体で用いる変数
      • 7.3.2 弾丸
      • 7.3.3 大砲
      • 7.3.4 背景
      • 7.3.5 メインループ
      • 7.3.6 ページレイアウト
    • 7.4 ロケットのシミュレーション
      • 7.4.1 ゲームオブジェクト
      • 7.4.2 障害物オブジェクト
      • 7.4.3 ロケットオブジェクト
      • 7.4.4 背景
      • 7.4.5 衝突判定と反作用
      • 7.4.6 ページレイアウト
      • 7.4.7 改良・改造のアイデア
  • 8章 Google Chart Tools
    • 8.1 制限事項
    • 8.2 グラフ一覧
    • 8.3 画像グラフ
      • 8.3.1 データ形式とグラフ分解能
      • 8.3.2 動的なデータの使用
      • 8.3.3 まとめ
    • 8.4 インタラクティブなグラフ
      • 8.4.1 インタラクティブなグラフのペイント
  • 9章 jQuery Mobile
    • 9.1 jQuery Mobile の基本
    • 9.2 TilePic:モバイル向けのWebアプリ
      • 9.2.1 TilePicゲームの説明
      • 9.2.2 TilePicゲームのコード
    • 9.3 PhoneGapとは
  • 10章 PhoneGap
    • 10.1 インストール
      • 10.1.1 JDKのインストール
      • 10.1.2 Android SDKのインストール
      • 10.1.3 Eclipseのインストール
      • 10.1.4 ADTのインストール
      • 10.1.5 PhoneGapのインストール
    • 10.2 EclipseでのPhoneGapプロジェクトの作成
      • 10.2.1 App.javaファイルの変更
      • 10.2.2 AndroidManifest.xmlファイルの変更
      • 10.2.3 簡単なWebアプリを作成してのテスト
      • 10.2.4 TilePicアプリのテスト
  • 付録A ソケットサーバのソースコード
  • 付録B モバイル版 Orbit Assault
    • B.1 jQuery Mobileによるモバイル対応
      • B.1.1 タッチによる砲台操作
      • B.1.2 画面回転の対応
      • B.1.3 ページレイアウト
    • B.2 PhoneGapによるネイティブアプリ化
  • 索引

【全般】

 掟破りの楽しさ。いやこの記事を書く時点では5章までしか読んでいないんだけど。

 なんといっても、いきなり最適化の話が出てくるのが掟破り。プログラミングの教科書なら、普通は「まずチャンと動くようにしろ、最適化はその後だ」と来る筈なんだがw

 というのも、出てくる例の多くが、リアルタイムの応答が必要なモノが多く、実効速度に厳しい制限があるモノが多いため。そんなわけで、プログラミングの本としては、JavaScript が云々というより、リアルタイム系のゲームを作る際のコツやテクニックの紹介がやたら楽しいし、他のプログラム言語にも応用できそうな話が多い。

 ということで、次の記事に続きます。

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2016年4月22日 (金)

フランク・ディケーター「毛沢東の大飢饉 史上最も悲惨で破壊的な人災 1958~1962」草思社 中川治子訳

1958年から62年にかけて、少なくとも4500万人が本来避けられたはずの死を遂げた――これが本書の見解である。
  ――はじめに 「四千五百万の死」が意味するもの

「私たちにはどういうことになるか、わかっていましたが、思い切って意見を言おうとする人はいませんでした。何か言ったところで、殴られるだけです」
  ――第五章 「衛星(スプートニク)を打ち上げる」

通渭県は、黄河の支流を山の中に迂回させ、不毛な高原を緑の大地に変える水路を建設するという省の計画の要に位置していたため、農民の五人に一人がダム建設に駆り出された。そして、灌漑事業に発破をかけるために派遣された視察団を満足させるために、農民の半数が収穫期の真っ只中に遠く離れた建設現場に引っぱって行かれた。
  ――第三十五章 戦慄の地

四川省の栄県では、県の指導者、徐文正が公式統計には二つのルールを設けるよう命じた。すなわち出生率が死亡率を上回ること、死亡率は2%以上であってはならないことの二つだった。
  ――第三十七章 死者の最終集計

【どんな本?】

 1957年、スプートニク打ち上げで意気が上がったソ連のフルシチョフは宣言する。「15年以内にアメリカを追い抜く」。これに対抗し、毛沢東も対抗した。「中国も15年以内に、イギリスに追いつき追い越す」と。これが人類未曽有の大災厄の始まりだった。

 以後、中華人民共和国は産業力の強化を目指し、人民公社による集団農場や大規模ダム建設、国家あげての製鉄など無数のプロジェクトを立ち上げ、壮大な成果を上げてゆく…少なくとも、書類の上では。

 だが、集団農場は農地を荒廃させ、建設したダムは土地を水没させた上に洪水を引き起こし、製鉄フィーバーは粗悪な鉄を量産した上に鉄道のレールなど鉄鋼製品の品質低下を招き、インフラを崩壊させてゆく。

 その時、中国では何が起きていたのか。人々は目前の危機に対し、どう対応したのか。なぜこんな間抜けな政策がまかり通ったのか。現実を直視し政策の誤りを指摘する者はいなかったのか。事実を示した時、共産党の幹部たちはどんな反応を示したのか。

 「大躍進(→Wikipedia)」と呼ばれる悲劇の実態を、主に地域の档案館に保存された公開資料を基に、多くのインタビューで補いながら描く、衝撃のドキュメント。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Mao's Great Famine : The History of China's Most Devastating Catastrophe, by Frank Dikötter, 2010。日本語版は2011年8月5日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約463頁に加え、訳者あとがき4頁+鳥居民の解説「毛沢東の誤りを認めよと説く幹部がいる」6頁。9.5ポイント42字×18行×463頁=約350,028字、400字詰め原稿用紙で約876枚。文庫本なら厚めの一冊分。

 文章は比較的にこなれている。中国物だけに見慣れない漢字がたくさん出てくるが、その大半は地名・人名などの固有名詞なので読めなくても問題ない上に、ルビもふってある。

 内容も特に難しくない。それまでの歴史的な経緯も第一部で説明がある。「20世紀の中国では国民党と共産党が争い、共産党が勝って大陸を支配し、国民党は台湾に逃れた」ぐらいに知っていれば十分。

 ただし肝心の大躍進自体がかなり悲惨な事件であり、バタバタと人が死んでゆく。次の目次を見ればわかるように、グロ耐性のない人には辛い本だ。

【構成は?】

 第1部で大躍進政策へと至る経緯を語り、第2部以降では様々な視点で現場の様子を描いてゆく。第2部以降は比較的に独立しているので興味がある所を拾い読みしてもいいが、第1部は最初に読んでおこう。

  •  はじめに 「四千五百万の死」が意味するもの
  •  関連年表
  •  中国 1958年(地図)
  • 第1部 ユートピアを追い求めて
    • 第一章 毛沢東の二人のライバル
      スターリンにひれ伏す/フルシチョフを小馬鹿にする
    • 第二章 競り合い開始
      レーニン廟上に立つ/東風は西風を圧倒する
    • 第三章 階級の粛清
      「大いに意気込もう」/忠実な下僕、周恩来/魔女狩りの始まり
    • 第四章 集合ラッパの合図
      デタラメな“土掘り”合戦/“キリング・フィールド”の先駆
    • 第五章 「衛星(スプートニク)を打ち上げる」
      省同士の競争心を煽る/あり得ない数字に酔いしれる
    • 第六章 砲撃開始
      中ソ共同艦隊構想に激怒/金門を砲撃し人民に意欲を高める
    • 第七章 人民公社
      共産主義への黄金の架け橋/軍隊式に働かせる/最後の“やけ食い”
    • 第八章 製鉄フィーバー
      社会主義の聖なる原料/村から農民が消える
  • 第2部 死の谷を歩む
    • 第九章 大飢饉の前触れ
      餓死者は「貴重な教訓」/退却は許されない
    • 第十章 買い漁り
      モスクワへの大量発注/“危ない食品”を輸出
    • 第十一章 「成功による眩暈」
      賢い王と悪い臣下/「半分が餓死したほうが得策」
    • 第十二章 真実の終わり
      蘆山会議の“爆弾”/内外の共謀を疑う/彭徳懐、仕留められる
    • 第十三章 弾圧
      幹部たちの忠誠心比べ/三百六十万人に右傾分子のレッテル
    • 第十四章 中ソの亀裂
      顧問団、引き揚げ/「犯人はソ連」の神話
    • 第十五章 資本主義国の穀物
      死に物狂いで外貨獲得/見栄、プライド、恐怖/途上国をめぐる縄張り争い/援助は一切お断り
    • 第十六章 出口を探す
      モデル省での大量飢餓/劉少奇、天啓を受ける
  • 第3部 破壊
    • 第十七章 農業
      食料モノポリー/指令経済の代償:生産量の水増し,耕作地の消失,流通の破綻,繊維製品の欠乏,家畜頭数の激減,農具の劣化
    • 第十八章 工業
      ノルマに追われ粗製乱造/現代版“苦力”/大赤字でも倒産しない
    • 第十九章 商業
      無駄の積み重ね/どんどん長くなる「行列」/インフレの進行/サービスなしの「制務組」
    • 第二十章 建築
      巨大モニュメント狂/歴史遺産がめちゃくちゃ/丸裸にされた農村/水利事業で故郷を失う/墓を暴き、亡骸を「肥料」に
    • 第二十一章 自然
      屈服させるべき敵/森林の濫伐/大洪水、旱魃/土壌のアルカリ化、塩化/大汚染/スズメ退治の愚行
  • 第4部 生き残るために
    • 第二十二章 飢餓と飽食
      “カースト”に応じて分配/「豚幹部」
    • 第二十三章 策を講じる
      欠乏対策:コネ、賄賂、物々交換,配給名簿をごまかす,こっそり商う,配給票の偽造,闇市場,二束三文で子供を売る
    • 第二十四章 ずる賢く立ち回る
      「共産風」がすべてを奪う/生と死を分けるもの
    • 第二十五章 「敬愛する毛主席」
      「大躍進」を疑った人々/ドグマと噂/空しい陳情
    • 第二十六章 強盗と反逆者
      農民の最後の手段/なぜ大暴動が起きなかったのか
    • 第二十七章 エクソダス
      都市の人口爆発/ゴースト・ビレッジ/退去命令/越境する難民たち
  • 第5部 弱者たち
    • 第二十八章 子供たち
      名ばかりの保育園ラッシュ/生徒たちの勤労動員/受難のとき/「苦しみをくぐり抜けて」/出生率が半減
    • 第二十九章 女たち
      フルタイムで働く/婦人病/性的虐待/売春、人身売買/試練に耐える力
    • 第三十章 老人たち
      家族の解体/“役立たず”の末路
  • 第6部 様々な死
    • 第三十一章 事故死
      安全軽視は宿痾/労働災害
    • 第三十二章 病死
      医療現場の崩壊/伝染病は即座に軍が隔離/「集団化」が病気を作る/泥土を食べる/餓死者
    • 第三十三章 強制労働収容所
      「労改」が生産に貢献/「私立刑場」の乱立
    • 第三十四章 暴力
      「鶏を殺して猿を脅す」/拷問の記録/ゲリラの“新兵訓練”/プレッシャーの連鎖/弱者を“間引く”/ナチ式のクラス分け/「袋小路に追い込まれ、自殺」
    • 第三十五章 戦慄の地
      飢餓の代名詞 河南省信陽地区/恐怖政治 甘粛省通渭県/死亡率10% 四川省重慶地区/“ミニ毛沢東”たちの欺瞞 貴州省赤水県/荒涼たる穀倉地帯 山東省斉河県/逃げ道なし 安徽省
    • 第三十六章 人肉を食べる
    • 第三十七章 死者の最終集計
      亡命幹部による数字/「正常死」と「非正常死」/平均死亡率から割り出す/人口統計学者によるベースライン
    • 終章 文化大革命への序曲
  • 資料について/謝辞/訳者あとがき
  • 解説 毛沢東の誤りを認めよと説く幹部がいる 鳥居民
  • 主要参考文献/原注/索引

【感想は?】

 権力の暴走が何をもたらすのか、その悲惨さをまざまざと見せつけられる。

 大躍進がどの程度に間抜けな政策だったのかは、Wikipedia を見ればだいたいわかる。というか、Wikipedia の記事は、この本も参考としている。

 多くの政策のパターンは同じだ。

  1. 偉い人が、無謀な政策をブチ上げて、農民の多くを動員し、コキ使う。
  2. 完成した物は役に立たないどころか、逆に大きな災害をもたらす。
  3. おまけに農繁期に農民が動員されたため、田畑は荒れて作物は実らない。
  4. 偉い人は叱責を恐れ「大成功」と報告し、報告に応じた年貢を中央に送る。
  5. 村は死屍累々の地獄にかわる。

 例えば甘粛省。ボスの張仲良は中部と西部に水を行きわたらせるため、大水路を計画する。山にトンネルを掘り渓谷に橋を架ける工事に、省の労働人口の70%を動員する。ところが土壌浸食で山崩れが頻発、貯水池は泥で埋まる。農作業を放り出して工事に動員したため、農業は壊滅する。

 間抜けな政策は山もりで、雀退治で害虫が増えたとか、深耕や密植で収穫が壊滅とか、灌漑したつもりが塩害で全滅とか、幾らでも出てくる。おまけに、作物を収穫しても杜撰な保管でネズミや害虫に食われたり、流通が麻痺して野ざらしになった穀物が腐ったり。

 工業も似たようなもんで、高い金払って輸入した工作機械はメンテもせず酷使したため駄目になり、原材料は屋外に放置したため錆び、肉の缶に果物のラベルを貼ったので腐り、機械のスペアや部品は港の倉庫に積み上げられる、ばかりでなく、それらを製品として出荷したから、さあ大変。

 有毒な染料で着色した食品を食べた者は中毒で倒れ、農機具はすぐに壊れ、時計はバラバラな時刻に鳴り響き…

 など現場の状況をあげていくとキリがないし、ネットを漁れば幾らでも出てくる。この本には、そういった愚策の例に加え、こんな狂気の沙汰がまかり通った仕組みと、生き延びるため民衆がどう対応したのかも、生々しく描いている。

 狂気がまかり通った仕組みも、色々ある。上層部では、政策が権力に直結しており、毛沢東に逆らったら転落するため、逆らえなかった。どころか、ご機嫌を取って法螺を吹き、嘘の実績をあげてツケを民衆に回す者が権力を握った。これは中国に限らず組織ではありがちな構図なので以外でもないが。

 元がフルシチョフへの対抗心で始まったため、外交的な見栄も働いている。繊維製品は原価を割って売り飛ばし、宿敵の日本を倒そうとする。飢餓のさなかにキューバ・インドネシア・ポーランド・ベトナムに穀物を提供し、アルジェリア・カメルーン・ケニア・ウガンダ等の共産主義者を支援する。

 ここでもう一度、日本が出てくる。「日本の外務大臣は中国の陳毅外交部長に、小麦十万トンを目立たないように送ると内密に持ち掛けたが拒絶された」とある。時期的に岸内閣の藤山愛一郎か池田内閣の小坂善太郎/大平正芳か。

 現場に近いところで威力を発揮したのが、共同食堂。家庭での煮炊きを禁じ、共同食堂でしか食えない制度にする。これは実に恐ろしいしくみで、食うものを党に握られてしまう。幹部に睨まれたら食えなくなるわけで、命を握られているのと同じことだ。

 こういった絶対的な権力を握った者が、反省なんぞする筈もなく。女は犯し男は殴り殺し、亡くなった者の配給票はネコババして懐を肥やし…

 それでも飢えた者たちは、生き残るため必死に工夫する。駅員や船頭は輸送中の穀物をチョロまかし、郵便局は小包をパクり、農民は畑の作物を盗み食いする。共同食堂に務める者も、当然ながら…。などとコッソリやるばかりでなく、地域によっては党の書記が「近隣の村への襲撃を組織」する始末。

 ここまで追い込まれても、体制が揺らがなかった理由を、著者はこう書いている。

飢餓に見舞われたベンガルやアイルランド、ウクライナなどでも、飢餓状態が確実となった時点では、すでに人々は衰弱しきっており、武器を手に入れ反乱を組織することはおろか隣村に歩いていくことさえ難しくなっていたからだ。

 加えて、毛沢東への個人崇拝もあった。「皇帝は慈悲深いが取り巻きは堕落している」って図式を、人々は信じ込んでいたようだ。

 批判を許さぬ権力が暴走したとき、どんな地獄が出現するか。無能な出世主義者が地位を得たとき、どんな愚かな真似をするか。矛盾に満ちた社会に、人々はどう対応するか。権力の恐ろしさを、つくづく感じる一冊だ。

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2016年4月19日 (火)

テリー・ビッスン「平ら山を越えて」河出書房新社 中村融編訳

彼は世界じゅうでひとりきり。きっと自分でわかっているよりもひとりきりなのだ。
  ――スカウトの名誉

「いいですか。有機樹はひ弱すぎるんです。たとえ購入するだけの余裕があったとしても――じっさいは無理でしょうが――おかしな病気にかかって、枯れちまいます。昼も夜も肥料をあたえなくちゃいけない。マイクロソフトからでたこの新しいダッチ・エルムを見てください」
  ――カールの園芸と造園

新しい世界では、古くなればなるほど値打ちのでるものがたくさんある。
  ――謹啓

【どんな本?】

 アメリカのSF作家テリー・ビッスンの短編を集めた、日本独自の短編集。南部風の奇妙なほら話・ちょっと心に染みるファンタジイ・しょうもない莫迦話・現代アメリカの傾向を風刺する作品など、奇想にあふれバラエティ豊かで、微妙に懐かしくて切なくなる作品が多い。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2011年版」ベストSF2010海外篇で10位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2010年7月30日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約368頁に加え、編訳者あとがき「現代のトール・テール」10頁を収録。9ポイント42字×18行×368頁=約278,208字、400字詰め原稿用紙で約696枚。文庫本なら少し厚めの分量。

 文章は現代アメリカの小説風で、比較的にこなれている。一応はSFだが、「変な話」が中心で、特に難しいガジェットは出てこないので、理科が苦手な人でも楽しめるだろう。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 元題 / 初出 の順。

平ら山を越えて / Over Flat Mountain / <オムニ>1990年6月号
 北アメリカ大陸東部のアパラチア山脈がぐんぐんと隆起し、アメリカが東西に引き裂かれた世界。西から東海岸にむけ連結トレーラー・トラックで山を越えるおれは、登りの途中で家出少年らしき小僧を拾う。ああ、この小僧のことはよくわかる。おれも30年前は…
 平ら山って仕掛けさえなければ、トラック野郎が家出少年を拾う、ちょっと心に染みる物語として、普通の小説で通るお話。8リッターのディーゼル・エンジンとか、「ローの二速」とか、強力なマシンへのこだわりが、いかにもアメリカな気分を盛り上げる。なお現在でもトレーラーのギアは、ハイ・ミドル・ローの三段階×五~六速と、15~18段階で切り替えられるらしい。また1マイルは約1.6km、1フィートは約30cm。
ジョージ / George / <パルプハウス>1993年10月号
 男の子ですよ、と看護婦はいった。申し分なく健康で、体重は約5100g。体重の大部分は、翼の重さだという。そう、ジョージは翼を持って生まれたんだ。元気いっぱいで健康だと医者は言う。妻のケイティは「天使みたい」と大喜びだ。新生児室でジョージはとても静かで、翼が小刻みに震えていた。
 翼の生えた赤ちゃんが生まれたカップルのお話。発表は93年だが、執筆はカレッジ在学中の64年だとか。どうでもいいが、天使の翼って、鷹や鷲など猛禽類の翼の形だ、という話をどこかで聞いたような。
ちょっとだけちがう故郷 / Almost Home / <ザ・マガジン・オブ・ファンタシー&サイエンス・フィクション>2003年10・11月合併号
 見数てられた競走場のスタンドに登った時、トロイはソレを見つけた。次の日、友達のバグを競走場に連れて行き、ソレを見せる。その次の日は、いとこのチュトも連れて行った。スタンドから見ると、フィールドの側面にそってトラックを半周しているフェンスが…
 田舎の小さな町に住む、二人の少年と一人の少女が、秘密の冒険に出る物語。大人も不良も来ない秘密の場所に、友達と自転車で出かける夏休み。今の子供は携帯電話を持たされGPSで常に居場所を親に知られちゃうけど、少し昔は、休みの日の子供なんて放し飼いされてたんだよなあ。
ザ・ジョー・ショウ / The Joe Show / <プレイボーイ>1994年8月号
 長い一日を終え家にたどり着いた、一人暮らしのシングル・ガール。マイルス・デイヴィスのCDをかけ、ジョイントを一服してから、ゆっくりバスを楽しもうとした時、コルトレーンが…とちった。
独身の若い女性に語り掛けた「何か」。それはCDプレーヤーや電話やテレビを自在に操り、自らを一時的電子的存在と名乗る。「おお、ファースト・コンタクト!」などと身構えていたら、そういうオチかいw にしても、ボチボチ電話やCDプレーヤーなどのガジェットは過去のモノになりそうな気配なんだよなあ。
スカウトの名誉 / Scout's Honor / <サイフィクション>2004年1月号
 7月12日の朝。研究室のコンピュータに、謎のメッセージが届く。送り手はフランス南部の高地に居るらしい。次の日も、その次の日も、続きのメッセージが来た。わたしはメッセージを印刷して、たったひとりの友達のロンに見せた。今は亡きわたしの母との約束で、週に二回、彼と会うことになっている。
 人づきあいが嫌いな研究者に届く、謎のメッセージ。つい自分の殻にこもりがちな主人公を、母ちゃんも色々と心配したんだろうし、それに根気よく付き合うロンもなかなか気のいい奴なんだが。切ない余韻が残る物語。
光を見た / I Saw the Light / <サイフィクション>2002年10月号
 だれもが、その光を見た。一分間に二回、30年も人がいなかった月面から。最後にマルコ・ポーロ・ステーションを離れたのはわたし。UNASAによると、基地から百キロほど離れた地点に光がある。そして電話が来た。相手はベレンスン、かつての国際遠征隊の上司。「君を技術チームのナンバー2として迎えたい」
 月に国際ステーションができて、廃棄された未来でのお話。いきなり月に出現した人工物。それは人類とのコンタクトを求めているのか、それとも…。 この作品集の中では、最もストレートなSF色の濃い作品。老犬のサムがいい味出してる。
マックたち / macs / <ザ・マガジン・オブ・ファンタシー&サイエンス・フィクション>1999年10・11月合併号
 1995年4月19日、オクラホマ・シティ連邦政府ビルをテロリストが爆破し、168人が亡くなる(→Wikipedia)。犯人は薬物により死刑となり、執行の様子はカメラ越しで遺族に公開された。この事件を下敷きとした作品。犯人のクローンが遺族たちに配られ…
 最近じゃ日本でも被害者の権利が注目されるようになり、裁判で遺族が証言もできるようになったが、それにクローン技術を絡めて、思いっきり突き進めた状況を描く、風刺の効いた作品。自分が遺族だったら、どうするだろう? 「本物があたれ」と願うかもしれない。
カールの園芸と造園 / Carl's Lawn and Garden / <オムニ>1992年1月号
 緊急度4。カールとあたしは、バーバー家に向かう。酷い。芝生は十字のパターンを描いている。点滴液飽和器が埋めてある処は緑だが、ほかの部分は黄色くなっている。近所のやじ馬が集まってきた。有機芝は評判がよくないらしい。
 生きた街路樹や草花が育たなくなり、人工の樹や人工芝に切り替えた未来で、庭師として忙しく働く二人組を描く短編。日本にも樹木医(→Wikipedia)って制度がある。今はそれほどでもないが、一時期は酸性雨(→Wikipedia)が話題になったんだよなあ。風刺作品のはずが、中国では笑えない状況だったり。
謹啓 / Greetings / <サイフィクション>2003年11月号
 知らせがやってきた。サンセット旅団への入隊。残された時間はあと10日。トムが考えたのは、どうやって妻のアラベラに伝えるかって事。そこで親友のクリフに相談し、クリフは妻のパムに話した。四人ともリベラルな考えに従って生きてきた。だが、こうなると…
 人口過剰により、高齢者が強制的に始末される制度ができた未来。かつてベトナム戦争の時も、徴兵を拒否してカナダに亡命する若者が多かった。開拓者の集落から州政府ができ、独立戦争をきっかけに州政府が連合して連邦政府ができたアメリカだけに、市民の政府に対する姿勢は日本と大きく違うんだよなあ。やがてはジェリー・ガルシアも、商品として消費されるのかと思うと…
編訳者あとがき 現代のトール・テール

 「ふたりジャネット」は、読者を空に放り出す感じのトボけた印象の作品が多かったが、この作品集は「平ら山を越えて」「スカウトの名誉」「光を見た」など、切ない喪失感を感じさせる作品が多い。

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2016年4月18日 (月)

トーマス・トウェイツ「ゼロからトースターを作ってみた結果」新潮文庫 村井理子訳

 やぁ。僕はトーマス・トウェイツ。この度、僕はトースターを作ったんだ。時間にして9ヶ月、移動距離にして3060キロ、そして金額にして1187.54ポンド(約15万円、2012年のレート)をかけて。
  ――プロローグ

【どんな本?】

 イギリスの美術大学の大学院生が、自分でトースターを作ってみようと思い立つ。まず量販店で安いトースターを買ってバラし、構造と必要な部品を調べる。次に専門店で部品を買い揃…えない。とりあえず鉄鉱山に行って鉄鉱石を手に入れなきゃ。

 へ? なんで鉄鉱石? それは、部品に必要な鉄を作るため。

 一介の美大生が、原材料から調達し、産業革命以前のテクノロジーを使って精錬・加工し、現代の家庭電化製品の代表であるトースターに仕上げるまで、波乱万丈紆余曲折の道のりをユーモラスに語りながら、現代のテクノロジーと産業社会の姿を照らし出す、奇妙で楽しいドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Toaster Project : Or a Heroic Attempt To Build a Simple Electric Appliance From Scratch, by Thomas Thwaites, 2011。日本語版は2012年に飛鳥新社より単行本で「ゼロからトースターを作ってみた」として出版。私が読んだのは新潮文庫の文庫版で、2015年10月1日発行。

 文庫本で縦一段組み、本文約195頁に加え、finalvent による解説8頁。9ポイント38字×16行×195頁=約118,560字、400字詰め原稿用紙で約297枚だが、写真や図版を豊富に収録しているので、実質的な文字数は7~8割ぐらい。小説なら中編の分量。

 内要は難しくない。少し化学の話が出てくるが、わからなかったら読み飛ばしても構わない。本が好きなら、小学校の高学年でも楽しく読めるだろう。ただ、文章にクセがある。原著が著者のブログを元にした作品のためか、「詰んだ」「何それ怖い」「マジかよ」などSNSやブログ風の文体なのだ。私はこういう文体も好きだが、合わない人もいるだろう。

【構成は?】

 お話は頭から順番に進むのだが、それぞれの章はほぼ独立しているので、美味しそうな所をつまみ食いしてもいい。

  •  プロローグ
  • 第一章 解体 Deconstruction
    トースターの秘密を暴く/なぜトースターなのか?/ルール
  • 第二章 鉄 Steel
    鉱山のサンタクロース/500年前の教科書/砕け散る「鉄の花」/2つの勘違い/電子レンジとズル
  • 第三章 マイカ Mica
    イギリスの車窓から/ネットがなくても使える酔っぱらいがいた/神秘の山
  • 第四章 プラスチック Plastic
    化学の時間/工作の時間/料理の時間/歴史の時間
  • 第五章 銅 Copper
    「泡」が人類に富と時間をもたらした?/ウェールズへの旅
  • 第六章 ニッケル Nickel
    いざロシアへ?/じゃあ、いざフィンランドへ?/ニッケルを取るか、命を取るか/カナダ万歳! eBay万歳!
  • 第七章 組み立て Construction
    トースターは完成した。でも…/僕は成功したのか?/値札には現れない「コスト」/君が持ってるなら僕も欲しい/世界を救うにはトースターを作るしかない!
  •  エピローグ 「ハロージャパン!」
  •   解説 finalvent

【感想は?】

 表紙がいい。黄色い粘土をコネて作ったゾンビみたいなシロモノ、これが著者が作ったトースターだ。

 世の中にはラジオ小僧という生き物がいる。秋葉原で部品を買い揃え、半田ごて片手にラジオを組み立てては喜ぶ変な習性を持つ生物だ。近縁種にガンプラ坊主やDIY親父がいる。どうもヒトにはモノを作って喜ぶ性質があるらしい。

 中でも著者は突き抜けている。最終目標のトースターは作品としちゃたいした事ないが、そのスタート地点が圧倒的に違う。秋葉原や日本橋で買ってくるのではなく、なんと鉱山に行って鉄鉱石を掘ろうってんだから。

 そう、この本は、「自然の中にある原料」から、工業製品を作り出そうとする話だ。

 彼が目指すのはトースター。それもお値段約500円の廉価品だ。だが、自分で作ってみると、約15万円もかかった。しかも、出来上がったのはゾンビのできそこないみたいな化け物で、タイマーも動作保障もない。そりゃそうだろう。採鉱から鉄の精錬・加工までやるんだし。

 単に完成度を求めるなら、ボディもプラスチックを使う必要はない。著者は美大生で木工にも長けているから、木を加工すれば済む。だが著者はプラスチックに拘る。なぜなら、量販店で買ったトースターのボディがプラスチックだからだ。この拘りが悲惨な結果を招くのは、表紙を見れば一発でわかるが、そのプロセスこそが楽しい。

 プロジェクトを始める際に、一応のルールを決める。

  1. 店で売っているような製品である。
  2. 部品はすべて一から作る。
  3. 産業革命以前の技術を使う。ただし現代の「道具」は使っていい。

 実際には途中で何度も挫折して色々とズルをしていて、そこが気になる人もいるだろうが、それでも充分に面白い本だ。出来ればルール完全遵守を目指して続編を書いて欲しいけど、そうすると続編は上下巻ぐらいの大ボリュームになってしまうかも。

 さて、鉄だ。さすがにツルハシまでは振るわなかったが、鉄鉱石はどうにか手に入れる。が、問題は製鉄法。

 「ジェット・エンジンの仕組み」や「エンジンのロマン」などを読むと、金属の精錬はかなり奥が深いことが分かる。ピストン一つとっても、表面と内側で炭素含有量が違ったり。でも、著者はそこまで難しい事は求めていない。とにかくトースターの部品として役に立つ鉄が欲しいだけだ。

 ってんで製鉄について調べ始めるんだが、ここで大笑い。なんと、現代の製鉄関係の本は、著者の役に立たないのだ。

 なんたって、現在の鉄鋼業は大型化・高度化している。お陰で私たちは安くて品質のいい鉄製品が手に入る。が、著者のように、「粗悪で少量もいいから手軽に製鉄する」なんて需要はないわけで、そういった目的で書かれた本もない。それでも諦めずに資料を漁った結果、なんとか使えそうな本を見つける。いやあ、そうきたかー。

 次に挑戦するのが、プラスチック。まずはイギリスの大手石油会社BP(→Wikipedia)に連絡して…って、なかなか著者も恐れ知らずだが、「採掘した石油からバケツ一杯分ぐらいの石油を分けて欲しい」なんてケッタイな問い合わせに対し、生真面目に対応するBP社も懐が深い。

 イマドキはプラスチックなんてのは安物の象徴だ。家電製品にしたって、木目も鮮やかな木製のボディだとお値段が一桁跳ね上がるんだが、材料から自分で作ろうとすると、安物に見えるプラスチックの方が遥かに苦労する上に、お値段も更に1~2桁も高くつくってのが、現代社会の不思議なところ。

 など調達・加工の苦労や工夫も面白いが、試行錯誤の際に迷い込む脇道・回り道の話もなかなか楽しい。

 鉄・プラスチック共に何回か挫折・失敗するし、ニッケルでもくじけそうになる。ここではロシアとフィンランドへの回り道が面白い。同じノリリスク・ニッケル・グループなのに、ロシアのノリリスクと、フィンランドのタルビバーラ鉱業は、正反対の評価を得ている。この違いは何なのか。

 それとは別に、ここで紹介されるバクテリア・リーチングなんて技術も、まるでSFみたいでゾクゾクする。バイオ・ナノテクって感じで、異星のテラフォーミングとかに使えそうだ。

 全般的にユルい雰囲気ながら、現代テクノロジーの根本を見直せると共に、私たちが生きている社会の不思議さも感じさせ、また意外な最新技術と共に原始的な技術も教えてくれて、楽しく読めると同時に妄想が広がる、手軽に読める割に面白さがいっぱい詰まったオトクな本だ。

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2016年4月17日 (日)

パール・バック「大地 1~4」新潮文庫 新居格訳 中野好夫補訳 4

この国の土は新しい。人間の骨が十分に埋まっていない。
  ――第三部 第三部 分裂せる家

「…君だの、わしだのは、土地を見ると、種子をまくとか収穫することばかり考えるが、建築家は同じ土地を見ても、そこに建築する家ばかり考えるし、画家なら色彩ばかり見るだろう」
  ―――第三部 第三部 分裂せる家

 パール・バック「大地 1~4」新潮文庫 新居格訳 中野好夫補訳 3 から続く。

【テーマ】

 前の記事ではゴチャゴチャと小難しい事を書いたけど、この作品の最大の魅力は、もっとわかりやすい。

 カッコよく言えば断絶と継承、カッコつけなければ、変わってゆくものと受け継がれてゆくもの、だろう。同じテーマが、父と子の関係や、欧米文明に触れて激動する中国の精度・文化・風俗の形をとって、何度も繰り返される。

【父と子】

 王龍は、貧しい農民から身を興す。

 彼は昔からのしきたりに従って生き、新しい時代を垣間見ながらも、身に染み付いたしきたりに従って死んでゆく。第一部の前半は、彼が成り上がる過程を描く。そこで彼はひたすらに種を撒き、耕し、獲り入れ、儲けで新しい土地を買い入れる。この段階だと、なぜ彼が畑に出るのか、その理由は幾つも考えられる。

 食うためでは、もちろん、ある。そして、出来るかぎり儲けたいという欲もある。儲けて金を稼ぎ、地位を手に入れて、地主の黄家を見返したいって気持ちもあるだろう。それ以前に、彼が育った世界では、子が家業を継ぐのは当たり前で、幼い頃から農民となる事しか考えていなかったんだろう。

 ところが、それだけじゃない事が、晩年を描く場面で明らかになる。息子が立派に育ち、自らはボケて体の自由も効かなくなった王龍が、どこに赴き、どう暮らすのか。この場面で涙する、仕事一途に生きてきたオジサンも多いんじゃなかろか。これはこれで、それなりに幸せな晩年なのかも。

 と、「子は親の決めた道へ進むもの」と決めてかかっていた王龍だが、その子供たちは…

 作品内で親と子のスレ違いを描いた場面は沢山ある中で、私が最も好きなのは、陳(岩波文庫版では青)を葬る場面。王龍にとって陳は長く苦楽を共にした信頼できる相棒だが、子にとっては違うのだ。流れてしまった時と、それと共に変わってしまった世間を、見事に象徴する名場面。

 そして、第二部・第三部でも、同じテーマが繰り返される。

 農作業を嫌い、勇ましさに憧れ、軍人となった王虎。仕事一本やりで家庭を顧みないのも、王龍と同じ。幸い天分はあったようで、見事に一軍の将となる。ただし生真面目さは受け継いでいても、土への愛は継がなかった模様。

 ところが、男の子が生まれると、コロリと参ってしまう。参ったのはいいが、人の殺し方は知っていても、愛し方は知らない。というわけで、彼の息子の王淵への接し方ときたら…。 王龍も王虎に同じように接していたんだが、王虎がそれに全く気づかないあたり、親子関係ってのは、そういうモンなのかも。

 と思ったら、そうでもない親子が、第三部になって出てくる。これは知見の広さの差なのか、育ちの違いなのか、性格によるものなのか。

【立場】

 子がやがて親になる、そういった繰り返される変化と共に、貧しい農民が地主になれば、立場も大きく変わってくる。

 貧しい農民として育った王龍と、地主のお坊ちゃまとして育った王大・王二・王虎。先の陳の葬儀の場面が示すように、「自分は何者か」って所からして、親と子は全く違う。初孫が生まれた時に王龍が感じる悲しさは、かのヒロインの面影と共に、切なく読者の心に忍び寄ってくる。

 このテーマも第二部以降で、何度か繰り返す。

 軍人になろうと出奔した王虎は軍に入る。将の目に止まり戦功を立て、昇進を果たす。民を苦しめる支配者に対し、革命を唱え立ち上がった将に忠実に従ってきた王虎だが…。 革命なんてそんなもん、と言っちゃえばそれまでなんだけど、当時は欧米から銃火器などの新しい武器に加え軍の編成など概念的にも軍事に革命が起きた時期でもあって。

 などと理想に燃えた王虎だが、彼が目指す先にあるものと言えば、これもやっぱり旧世代の発想から一歩も出ていないあたりが、やはり切ない。とまれ、これは王虎に限らず今でも…いや、やめとこう。

 これと同じ構図が、第三部の終盤でも再び繰り返される。

 第三部では、こういった事柄に加え、「中国人から見た米国」を描いているのも、ちょっとした読みどころ。日本と中国の区別がつかない欧米人が多いように、日本人だってアメリカ人とイギリス人の違いはわからない。これを「白人の女はどうして自分の亭主を見分けるのだろう」と皮肉るあたりは、思わずニンマリしてしまった。

【社会】

 世代が変わり、それぞれの立場も変わるばかりでなく、当時の中国は社会制度や文化・風俗も大きく変わる時期だ。都会に住む豊かな階層の若い世代は新しいモノに順応するが、田舎に住む者・貧しい者そして老いた者は、古い型から抜け出せない。

 第三部では、こういった中国社会の変化を、孫の王淵を中心に描いてゆく。

 都会と農村、豊かさと貧しさ、新しいモノと古いモノ、そして中国文化と西欧文化。こういった相反するモノゴトを一手に引き受けさせられるのが王淵で、そのためか頁が変わる度に彼の姿勢はアチコチへと揺れ動く。

 自由を求めて親元を去った王淵だが、さて親から離れてみると、何を求めているのかトンとわからないあたりが、頼りなくはあるが少し可愛くもあったり。当時の中国は何かと変化の大きい社会で、それまでの中国で通用していた職業や概念が通用しないってのはあるにせよ、自由ってのも手にしてみるとなかなか重たいもので。

ここにいる老人たちは、若いとき、みんなはっきりした単純な生活を送ってきている――金、戦争、快楽――それらは、彼らが生命をかけて求めるだけの価値のある、立派なことだったのだ。

 と、なまじ自由を手にしたがために悩んでしまう。同じ年頃に祖父の王龍は妻を買いに行った事を思えば、どっちが幸福だったのやら。

 新しい時代に対し、流れに乗って泳ぐ道を選ぶ愛蘭と生。更に新しい流れを自ら生み出そうとする猛。彼らの視野が狭いと決め付けることもできるけど、狭いからこそ勢いに乗って前に進めるってのもある。ウダウダと考えてたら革命なんて起こせないし。

 弁髪を切り、洋装に着替え、伴侶を自ら選ぶ。そういった新しい生き方を当然と考えながらも、王淵の身に流れている血は…。

【最後に】

 実はこの作品を読むのは三度目で、読むたびに新しい発見がある。歴史に興味がなかった昔はこれをハッピーエンドだと思っていた。発表年を考えると著者もそのつもりだったのかもしれないが、その後の中国の現代史を考えると、更にもう四巻ぐらいの激動巨編がかけそうな気もする。

 色々と悪し様に言われる中国共産党だが、20世紀からこっち、ここ40年ほどが最も平穏な時代に思えるから大変な国だ。

 などと難しい事は一切考えず、単に「面白い大河小説」だと思って手にとって欲しい。翻訳物とは思えぬほど文章は親しみやすいし、ストーリーは次々と事件が起きて飽きない上に、異国情緒たっぷりながら、身につまされるエピソードも満載で、読み終えたら「何かとんでもないモノを読んでしまった」と感じる、誰にもお勧めできる傑作なのだから。

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2016年4月15日 (金)

パール・バック「大地 1~4」新潮文庫 新居格訳 中野好夫補訳 3

「これは女だから、男よりもねじくれてるんだ。それに狐だから、女よりもねじくれてるんだ」
  ――第二部 息子たち

 パール・バック「大地 1~4」新潮文庫 新居格訳 中野好夫補訳 2 から続く。

【悪役たち】

 面白い物語には、憎たらしい悪役が必要だ。

 この作品だと、第一部ではかなりハッキリ明暗が分かれているが、第二部にはボンヤリとしてきて、第三部では切り分けできないほどに交じり合っていくる。

 第一部だと、王龍の叔父一家がわかりやすい。ロクに働きもせず、王龍に金をせびり、デマで村人を扇動して王龍一家を襲い…と、やりたい放題だ。それでも中国には長幼の序ってモンがあり、むげにはできない。シガラミの嫌らしさを体現したようなファミリーなんだが…

 次いで憎たらしいのが、王龍の第二夫人となる蓮華と、蓮華とツルんで王家に入り込む杜鵑。悪さったって、ツルんで浪費する蓮華と、その上前をハネる杜鵑って構図で、積極的に悪さをするわけじゃないんだが、こういう連中がどういう手を使うか、それを実に分かりやすく描いてゆく。

 つまりは「可哀相なアテクシ」を気取るんだけど、こういうのが上手い人って、いるんだよなあ。で、彼女らに対する阿蘭のアテツケが、なかなかに気が利いていると同時に、滅多に感情を見せない阿蘭が珍しく気持ちを露わにする場面なだけに、いっそう印象に残る。

 第二部以降になると、わかりやすい悪役がいなくなる。または、名前を持たぬモブが小さな悪役となる。

 その中で大きな役割りを果たすのは、「豹将軍の女」だろう。彼女が、まんまファンタジイに出てくるような人物で。

 構図としては。王龍の三男・王虎は軍人になる。彼の敵である匪賊が豹将軍で、その女が「彼女」。名前すら出てこないんだよなあ。美しいだけでなく、知恵も度胸もある上に、多少の事じゃ根を上げない芯の強さもある。お話の構図では悪役になるんだろうけど、映像化するなら若い頃の梶芽衣子あたりが演じるとピッタリなキャラクター。

 王龍の長男・次男もなかなかに困った人物なんだが、これはまた別のテーマを背負っていて。

【文化と風俗】

 発表当時の状況を考えると、この作品は中国の文化や風俗を伝える役割りも担ったと考えていいだろう。

 男女平等だの人権だのといったタテマエが通用しないのは、冒頭で嫁を買う所で衝撃を与えつつ、「ここはアメリカとは全く違う国なんですよ」とハッキリと示すので、読者も納得するしかない。

 著者は宣教師の両親に連れられて中国に渡り、米国への帰国後も敬虔なクリスチャンだった。が、この作品では、中国人目線での宗教観やキリスト教観が、皮肉交じりにチョロチョロと出てくる。こういった場面は、この作品の中ではいささか浮いている感もあるので、人により好き嫌いが分かれるかも。

 南方に出稼ぎに出た王龍が、外国人から手渡されたキリスト教の布教パンフレットを見て、何を感じたか。それを阿蘭がどう始末したか。王龍と阿蘭の立場で見ると実に当然の結果なんだが、当時の読者はどう感じただろう?

 村の祠や正月の行事などで異国情緒たっぷりに紹介される中国の宗教観が、最も良く出ているのは、葬式の場面だろう。

 死にどう立ち向かうかは、ある意味、その人の人生観を見事に映し出す。阿蘭が長男の結婚を急ぐ場面で、私は「歓喜の街カルカッタ」でのハザリを思い浮かべた。両者とも無学だし迷信まみれだが、こうまで潔く死を迎える姿は、どうも何か感じ入ってしまう。

第一部の終盤では、次々と葬式の場面が続く。これが物語の哀愁を盛り上げてゆく。が、最後の葬式の準備では、「同じ東洋でもやっぱり違う」と感じてしまう。日本でも、自分の墓を生前に自ら用意する人は多いが、さすがにココまで用意する人は滅多にいまい。

【軍事】

 第一部での軍は、水害や日照りみたいな扱いだった。「またどこかで戦争があるんだろう。何のために方々で戦争があるのか、誰も知らんがね」と、完全にヒトゴトだ。ところが第二部では、王龍の三男・王虎が軍人として登場し、軍閥としてのしあがってゆく。

 軍ヲタとして読むと、これが「混乱時の軍事動向」を、実にわかりやすく解説してくれている事に気がつく。たぶん、似たような事がアフガニスタンやシリアでも起きているんじゃなかろか。

 成長した王虎、最初は軍閥中の有力指揮官として登場する。日本史だと黒田官兵衛みたいな位置かも。当時の軍事勢力は大きく分けて二種類あって、一つは政府が指名する正規軍、もう一つは土地のワルがツルんだ匪賊。ところが当時の政府は弱体化し、正規軍でも地方の軍は政府を無視しつつあって。

 なんでそんな風になるのか。どうやって地域の隊が軍閥化するのか。軍閥は何を考えているのか。こういった事が、王虎を通し、素人でもよくわかるように描かれていて、ちょっとビックリ。にしても、読んでて「こりゃ軍閥化するのも仕方がないなあ」と思う箇所もあったり。いやね、金の流れがマトモな軍と逆で、ヤクザそのままなんだな。

 と同時に、人を指揮する者の心得も分かるのが楽しい所。王虎がスパイを放ち、その話を聞く場面は、上に立つ者が部下の報告をどう聞くべきか、実に参考になります、はい。

 加えて、軍事的な混乱が民衆にどういう変化をもたらすのかも、悲しいぐらいによく見えてくるのが第二部。

 どうせロクなもんじゃないのは予想がつくだが、ほんとたまったモンじゃない。匪賊が跳梁跋扈して有り金さらっていくのを皮切りに、税金も軍事費の負担で重くなり、おまけに軍の通り道になっただけでも様々な災難が降りかかる。これは中国だからってわけでもなく、第二次世界大戦の西部戦線でも大きく変わっちゃいなかったようだ。

 今も昔も、軍は食糧や武器弾薬など多くのモノと共に移動する。今のイラクあたりじゃアカデミ(→Wikipedia)とかの民間軍事会社が兵站を担っているが、昔はもっとシンプルな解決法をとった。第一部でも軍の横暴が少し描かれていたが、「台湾海峡1949」でも似たような場面が出てきたんで、今でも貧しい軍は似た手口を使ってるんだろう。

【国】

 国家とは何か、などと大きく構えた所は微塵もない作品だが、人がどうやって国民になるか、その過程も描いている。

 これも始点は王龍だ。田舎の農民だった王龍は、食いつなぐため南の都会へと向かう。ところが、最初は「中国人と言われても、それは自分のことのようには思えなかった」。

 そりゃまあ、朝から晩まで作物の面倒を見るだけの毎日で、テレビはもちろんラジオもなく、読み書きもできないから新聞や雑誌も読めないんじゃ、世界情勢なんか知りようもない。周囲にいるのは村の者と町の者だけじゃ、それが世界の全てと思っても仕方がない。

 ところが、否応なしに民族を意識させられる事件が起き…

 このテーマは、第三部になり、今度は主題の一つとして浮かび上がってくる。孫の王淵は、なんと米国にまで渡航するのだ。

 解説によると、第一部には在米の中国人から散々な非難を受けたらしい、それに対する返答も含んでいるのか、王淵の気持ちの揺らぎを通し、国というシロモノの捕らえ難さと、それが巻き起こす感情の嵐が、しつこいぐらいに繰り返される。ここで王淵が米国に抱く嫌悪感は、案外とサイイド・クトゥブ(→Wikipedia)のソレと同じじゃないか、と思ったり。

 サイイド・クトゥブ、エジプト人。地主の倅で知識人であり、米国に留学する。ところが留学中に反米および過激なイスラム思想に目覚め、帰国後はムスリム同胞団と合流するが、政府より弾圧され処刑される。彼の過激な思想は、アイマン・ムハンメド・ラビ・アル・ザワヒリ(→Wikipedia)などに受け継がれ、やがてアルカイダを生み出してゆく。

 911の主犯モハメド・アタも、エジプトの中産階級出身で、母国にいた頃はノンポリだった。ハンブルグ留学中にテロ組織にスカウトされ、過激思想に染まった(「テロリストの軌跡 モハメド・アタを追う」)。その過程は今でも謎だ。ただ、王淵が感じた怒りは、多くの留学生が体験する事だろうと思う。

【続く】

 なんぞと大きく振りかぶった事を中心にかいたが、この作品の最大の魅力は、もっと身近で誰でもわかるテーマにこそある。次の記事で、なんとか決着をつけるつもりです、はい。どうも好きな作品だと熱が入ってダラダラと書きすぎてしまうが、許してください。

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2016年4月14日 (木)

パール・バック「大地 1~4」新潮文庫 新居格訳 中野好夫補訳 2

「これでいい。陳はいつもおれの災難を防いでくれた番人なんだから、こうするのが一番いい」

 パール・バック「大地 1~4」新潮文庫 新居格訳 中野好夫補訳 1 から続く。

【どんな本?】

 中国で育ったアメリカ人のパール・バックが、1931年~1935年にかけて発表した三部作。清朝末期から戦乱の世へと向かう中国で、貧しい農民から身を興し付近一帯の大地主に成り上がる王龍から始まる一族の三代記を、親しみやすいながらも緻密な筆致で描く怒涛の大河小説。

【謎の魅力】

 ノーベル文学賞に輝いたり名作全集に入ったりとナニやら難しそうだが、新潮文庫版は2年に3刷ぐらいのペースで版を重ね、2013年には95刷になっている。派手な話題にこそならないものの、今でも着実に売れ続けているロングセラーだ。しかし、シェイクスピアやトルストイのように、いわゆる「教養溢れる」類の文脈で語られることはない。

 それは、この作品が、そういう高尚なシロモノではないからだ。単純に、お話として面白いから売れている。

 この面白さを味わうのに、多くの前提知識や教養は要らない。必要なのは、本をじっくり読む時間だけ。中学一年生でも、「お話」が好きなら、充分に楽しめる。逆に、技巧を尽くしたトリッキーな作品を読みなれた人だと、あまりに朴訥な語りにシラけてしまうかもしれない。

 ただ、何がどう面白いのかと言われると、巧く説明するのは難しい。でも好きなモノは布教したい。ってんで、頑張ってやってみよう。

【舞台】

 いきなり読者は清朝末期の中国の田舎に放り込まれる。清朝末期とは言ったが、作品中に「清朝」なんて言葉は出てこないし、登場人物たちもそんな言葉は知らない。第一部は、あくまでも田舎の貧しい無学な農民、王龍の目線で進む。読者も、「ちょっと昔の中国」ぐらいに思っていればいい。

 冒頭では、貧しい農民の暮らしをじっくり描く。

 窓はあっても、ガラスなんかない。紙を貼ってあるだけだ。家は土で作る。竈も土だ。いずれも自分たちの手で作ったものだ。水道なんかない。水は外から汲んできて、瓶に溜めておく。湯を沸かすにしても、ガスなんかない。枯葉に火打石で火をつける。お茶は贅沢品で、普段はお湯だ。おまけに「おれ、正月から全然、体洗ってねえんだ」とくる。

 現代日本の生活からすれば、こりゃもう完全に異世界で、もはやファンタジイやSFの領域だ。

 なんか遠い世界のような気がするが、私達の祖父母・曽祖父母の時代も似たようなもんだった。今の私たちはこういう描写を「よく作りこまれた世界」に感じるけど、発表当時のアメリカの読者、特に農民は「農民って、どの国も似たようなもんだな」と思ったんじゃなかろか。

 異世界に感じるにせよ、身近に感じるにせよ。こういった生活をじっくりと書き込むことで、舞台がクッキリと姿を現し、読者を物語世界へと一気に引きずりこんでいく。

 著者はアメリカ人宣教師の娘で、幼い頃から中国で暮らし、英語より先に中国語を覚えたそうだ。にしても、貧しい農民の暮らしをここまで詳しく描けるとは、当時のアメリカ人、それも女性としては凄まじく珍しい。よほど現地の人に溶け込んで暮らしていたんだろうなあ。

 改めて読み返すと、冒頭は夜明けだ。少しづつ明るくなってくる頃合で、読者の目にも描写にあわせ次第に舞台背景が見えてくる仕掛けになっている。粗野な台詞に釣られて語り口も粗暴のように思えるけど、実は読者にとても親切かつ細やかな気配りをしていて、とにかく分かりやすくて読みやすい文章なのだ。

 たぶん、これは著者がアメリカ人の読者を意識したからだろう。

 今と違い、当時はテレビが普及していないし、中国人の生活も知られていない。そこで、中国をよく知らないアメリカ人向けに、しつこいぐらいに細かく中国人の生活を綴ったんだろう。おかげで、当時の中国を良く知らない私たちにも、世界設定がわかりやすく伝わってくる。

【社会】

 そんな世界に住む人々が作る社会は、というと。

 話は王龍の結婚の日から始まる。結婚ったって、当時の事だ。王龍は、どんな嫁さんが来るのか知らない。全て父ちゃんが決めたのだ。しかも。

 嫁さんは、近くの地主の奴隷を、金で買ってくるのだ。その嫁さんも、元は食うに困った親が、幼い彼女を地主に売ったのだ。持たないものは弱く卑しく、持つ者は強く偉い。人権なにそれ美味しいの、そういう社会である。

 どんな社会にも、そういう部分はある。今の日本だって、持つ者と持たない者の格差は、れっきとしてある。だが、ビョードーだのジンケンだのといったタテマエに隠されているだけだ。この物語は、そういったタテマエが発明される前の社会を舞台にした事で、人のホンネを実に分かりやすく示してくれる。

 そんな弱肉強食の世界なだけに、そこに生きる人々も厳しいルールに従っている。

 わかりやすいのが、地主の門番だ。所詮は雇われ人だが、何せ旦那様との面会の権利を握っている。ただそれだけなのに、王龍に対してはやたら横柄に振舞う。相手が弱いと見ると、とりあえずタカピーに出て噛み付く。そういう困った人の性質が、悲しいぐらいによく出ている。

 その門番が、多少豊かになって立派な服を着た王龍が再度訪れる場面では…。まあ、人って、そういう所もあるよね。

 長幼の序や男女の差別も激しい。嫁さんが身ごもった時は、男の子か女の子かで大騒ぎしたり。男の子だと大喜びなのに、女の子だと「今度は、奴隷です」とくる。そもそも王龍の嫁さんに対する仕打ちも、現代日本の感覚からすると、かなり無茶苦茶だったり。

【王龍】

 第一部で主人公を務める王龍、貧しい農民から地主へと成り上がるんだが、いわゆる成功譚のヒーローといったタイプじゃない。

 彼は当時の農民の典型だろう。無学で字も読めず、劣等感の塊なのに見栄っ張り。そんな王龍の最大の特徴は、何度も繰り返し出てくる、土地へのこだわりだ。少しでも金が溜まれば、土地を買い漁る。手に入れた土地は、意地でも手放さない。日照りで家を捨てなければならない時も、家財道具は売っても鍬と鋤は手放さない。

 と書くとまるで王龍の特徴のようだが、農民ってのはみんな似たような性分なんじゃないかと思う。

 「無学で字も読めず」などと書いたが、別に愚かなわけじゃない。農民にとっては土地が資本だと、世の本質を見抜く目は持っている。

 おまけに、農業に関しては文句なしのプロだ。今の日本人で、土地を見ただけで肥えてるか痩せてるか、どんな作物が相応しいか、いつ種を撒きいつ獲りいれるか、水や肥料は適切か、こういった事を判断できる人が、どれぐらいいるだろう? 相場を見て、作物の売り時を適切に決められる人は? 牛の良し悪しがわかる人は?

 農業に関しちゃプロだが、残念ながら当時の中国じゃ農民は地位が低く、馬鹿にされている。そんなわけで、王龍も町の者や商人には卑屈になってしまうあたりが、なんとも。

 そんな農民が暮らす村の社会も、なかなかに面倒くさい。

 豊作が続き余裕ができても、派手な暮らしはできない。なんたって、「あまり親しくなると、借金を申し込まれる」なんて心配しなきゃいけない。こういうせせこましい人の心情が、これでもかと繰り返し出てくる。飢饉の年に、一族の厄介者である叔父が実に困った嫌がらせをしてくれるんだが、この場面には思わず「小学生のイジメかよ」と思ったり。

 今から思えば、小学校ってのは、ソレナリにヒトの本性を教えてくれる場所でもあったんだなあ。

 やがて成り上がる王龍だが、財産を築いた後の王龍の姿が、これまた典型的な成金なのが切ない。

 なにせ貧しい農民の出で、学もなく字も読めない。それだけならともかく、遊び方も知らない。彼が茶店に赴く場面で、見につまされる男は、意外と多いんじゃなかろか。相応の金は持っている。社会的な地位もある。でも、遊興地での遊び方は知らない。こういう時の、心細い気持ちを、なんで女性である著者が、こんなに巧く書けるんだか。

 成り上がり大きなお屋敷に住む事になる王龍。身分は上がったものの、元々が農民の王龍、作物のことはわかっても、上流階級の付き合い方は知らない。ってんで、色々と苦労する羽目になるんだが。長男の結婚のゴタゴタから彼が逃げ出す場面では、思わず王龍に同情するお父様が沢山いるだろう。ほんと、男ってのはw

 などと、決してカッコいいヒーローじゃないんだが、何かと「うんうん、あるある」と、男なら身につまされる部分の多いキャラクターなのだ、王龍は。なんで女性の著者が、これほど男の本性を掴んだ人物を創造できたんだろう?

【阿蘭】

 やっと出ました、文句なしに三部作中で最高のヒロイン。

 冒頭で王龍に買われる、奴隷の娘。嫁さんを買うって時点で、凄まじい話ではあるが。

 決して美人ではない。これは結構、大事な点だ。美しくないからこそ、彼女はヒロインとして輝く。

 10歳の時、親に売られ地主の家で働き始める。育ちが貧しいせいか、暮らしの知恵には長けている。薪を節約するために、枯れ木や落ち葉をかき集め、また大通りでは獣の糞を拾って肥料にする。骨惜しみせず働き、家事ばかりか畑仕事もこなす。おまけに無口で、特に自分の事は滅多に話さない。

 当時の感覚だと、理想の嫁さんなんだろう。他にも何かと王龍を助けるわけで、ぶっちゃけ王龍の出世は八割がた彼女の功績と言っていい。

 にも関わらず、作品中の彼女の運命は…。 だからこそ、彼女は燦然と輝くヒロインなんだけど。

 まるで従順な獣のように黙々と働く彼女が漏らす台詞は、口数が少ないだけに、朴訥ながらどれもこれも読者の心に突き刺さってくる。無口で無表情、口を動かさずひたすら手を動かす彼女が、ごくまれに漏らす心の内。途切れ途切れに語られる、彼女が胸の奥に秘めた想い、幼い頃からの彼女の人生。

 決して綺麗ごとだけで生きている人ではない。特に、かつて勤めていた黄家への思いは、滅多に感情を表に出さない彼女が、その心の奥に何を潜めているかが、少しだけ覗き見れる貴重な場面だ。

 常に王龍の陰に隠れ、機転が利くわりに功は王龍に譲り、黙ってひたすら働き続けるだけなのに、この作品を語る人は口を揃えて彼女を絶賛する。登場場面はそれほど多くないし、台詞も少なく、けっして美しくもないのに、この作品で最も鮮烈な印象を残す、物語の登場人物としては空前絶後のヒロインだろう。

【続く】

 と、また熱中してダラダラと書いてしまった。次の記事に続きます。

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2016年4月12日 (火)

パール・バック「大地 1~4」新潮文庫 新居格訳 中野好夫補訳 1

それは土から来たのだ――銀貨は、彼が耕し、掘り返し、体をすりへらした土から来たのだ。彼は自分の生命を土から得たのだ。一滴また一滴と額に汗して、彼は土から作物を、作物から銀貨を、しぼり出したのだ。
  ――第一部 大地

【どんな本?】

 中国で育ったアメリカ人の作家パール・バックが、1931年に発表した雄大な三部作。清朝末期から革命へと向かう中国で、貧しい農民から成り上がる王龍・その子で軍人となる王虎・王虎の子で将来に悩む王淵と、制度も価値観も激動する社会の中で、命を繋いでゆく一族の三代を描く。

 1932年ピューリッツアー賞のほか、1938年には他の作品もあわせノーベル文学賞を受賞している。

【いつ出たの?分量は?】

 三部作の大作で、全体としては The House of Earth, by Pearl S. Buck となっている。それぞれは、以下。

  • 第一部 大地 The House of Earth 1931
  • 第二部 息子たち Sons 1932
  • 第三部 分裂せる家 A House Divided 1935

 Wikipedia によると、最初の日本語訳は第一書房から1935年~1949年の新居格訳。これが後に中野好夫の補訳により新潮文庫に入る。新潮文庫版は四巻からなる。それぞれの収録作と初版は以下。

  • 一巻 1953年12月28日発行 「第一部 大地」
  • 二巻 1954年3月8日発行 「第二部 息子たち」
  • 三巻 1954年3月15日発行 「第二部 息子たち」、「第三部 分裂せる家」
  • 四巻 1954年3月25日発行 「第三部 分裂せる家」

 私が読んだ第一巻は2013年6月15日発行の95刷改版。大雑把に2年に3刷ぐらいのペースで増刷してるんだから、今でも安定した人気があるんだなあ。

 文庫本で四巻、縦一段組みで本文約(483頁+457頁+463頁+372頁)=約1,775頁に加え、四巻には補訳の中野好夫による解説11頁。9ポイント38字×16行×(483頁+457頁+463頁+372頁)=約1,079,200字、400字詰め原稿用紙で約2,698枚。文庫本なら5冊でもおかしくない分量。

 というか、第二部と第三部をそれぞれ上下にして、全五分冊にした方が収まりがいいんじゃないだろうか。

【訳の読みやすさを比べる】

 今だと、新潮文庫の新居格訳と、岩波文庫の小野寺健訳が手に入れやすい。通して読んだのは新潮文庫の新居格訳で、岩波文庫の小野寺健訳は冒頭を少し読んだだけだが、印象はだいぶ違う。違いは台詞に大きく出ている。主人公の王龍の台詞を少し引用しよう。

新潮文庫の新居格訳 岩波文庫の小野寺健訳
「春だから、こんなものいらねえや」 「もう春だ、こんなものはいらない」
いいぞ。こう太陽ががんがん照り続いたんじゃ、小麦は実を結べねえな。 よかった。(略)こんなにぎらぎらと焼けつくような日差しがつづいたら麦の穂が実らないだろう
「んならほんとに左まえなんだな。土地って、血か肉みてえなもんだからな」 「それじゃ、ほんとうに困ってるんだな。土地というのはわれわれの血や肉とおなじなんだから」

 王龍は貧しく粗野で無学な百姓だ。新潮文庫版の新居格訳の方が、田舎者で品のない王龍のキャラクターが良く出ていると思う。これは他の所も同じで、新潮文庫版の新居格訳はくだけた講談調なのに対し、岩波文庫の小野寺健訳は上品でかしこまっている。そんなわけで、私は新潮文庫の新居格訳の方が好きだ。

 なお、人物の名前も訳によって違う。主人公の王龍、新潮版はワンロンで、岩波版はワンルン。どころか名前の文字まで違う人もいる。孫は新潮版だと王淵で、岩波版は王元、隣人も新潮版は陳で岩波版は青。

 内容的は特に難しくない。時代的には清朝末期~辛亥革命あたりなんだろうが、歴史なんか知らなくても大丈夫。そもそも登場人物たちからして、周りで何が起きているのか、よくわかってないしw 本が好きなら、中学一年生でも充分に楽しんで読める。

【感想は?】

 95刷は伊達じゃない。なぜ刷るか。理由は簡単。売れるから。なぜ売れるかというと、面白いから。

 ピューリッツアー賞だのノーベル文学賞だのと、ご大層な勲章がついているし、名作全集の類にもよく選ばれる。と書くとナニやら小難しくて高尚なブンガクみたく思われがちだが、決してそんな難しいモンじゃない。日本の文学賞で言えば直木賞や本屋大賞が似合う、「誰でも楽しめる面白いお話」だ。

 とはいえ、どこがどう面白いのかを説明しようとすると、けっこう難しい。

 第一部のストーリーを簡単に言うと、貧しい農民の王龍が嫁を貰ったのをきっかけに、成りあがって金持ちになるお話だ。というと男一代の成功物語のようだが、だいぶ感触は違う。

 読後の感触は心地の良い爽快感・達成感ではなく、「ああ、なんて遠いところまで来てしまったんだ」みたいな寂しさと切なさがこみ上げてくる。

 では人物はどうかというと、肝心の主人公である王龍が、実にありがちな頑固で古臭い農民で、成功物語のヒーロー像にはほど遠い。王龍に限らず、彼の父も王龍に負けず劣らずの頑固爺ぃだし、叔父さんはトラブルメーカーだし、地主の黄家の使用人は金をクスねる事しか考えてない俗物ばかりだし…

 と、しょうもない連中ばかりが出てくる。確かに魅力的な人物は出てくるんだが、この人が実に恵まれない。いやもう、読んでて「なんとかしろよ王龍、酷いじゃないか王龍!」と怒りたくなってくる。

 物語は清朝末期に始まる。王朝が倒れ、王龍の住む村にも戦乱が迫ってくる頃だ。が、肝心の王龍が読み書きもできない農民な上に、当時はインターネットはもちろんマスコミもない。そもそも電気きてないし。ってなわけで、背景となる社会情勢も、薄ぼんやりとしかわからない。

 にも関わらず、読み始めたら止まらない物語なのだ、不思議な事に。じゃあ、どこが面白いのか。その辺は、次の記事でおいおいと書くつもりです、はい。

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2016年4月10日 (日)

「戦闘技術の歴史 5 東洋編 AD1200~AD1860」創元社

本書で扱うのは、アジアに含まれる広大な範囲のうち、地理的には日本列島・朝鮮半島・モンゴル高原をはじめとするユーラシア東方が中心です。また時間的には、12世紀から19世紀の約700年間が取り上げられます。
  ――日本語版監修者序文

多くのアジアの軍隊では、歩兵の戦闘は混沌そのものであったといっても過言ではない。中国の歩兵隊などはあまりに規模が大きくなり過ぎたため、指揮官はせいぜいその大軍におおよその方角を示し、適切なタイミングで攻撃を開始させることしかできなかった。
  ――第一章 歩兵の役割

李舜臣水軍司令官(1544~98年)の経歴は、いかなる誇張もないほど華々しいものである。(略)指揮を執った戦いはすべて無敗であった
  ――第五章 海戦

【どんな本?】

 歴史的な絵画や現代のイラストレーターによるイラスト、そして戦場地図をたっぷり収録した贅沢な作りで、近世までの武器・防具・陣形・戦闘方法・戦術・編成・戦略から兵站・政略までを扱う、軍ヲタが随喜の涙を流して喜ぶシリーズの、最終巻。

 この巻では東洋編として、時代としては12世紀から19世紀、つまりモンゴル帝国の勃興からアヘン戦争を、地理的にはユーラシア東部から日本列島まで、つまりモンゴル・中国・朝鮮そして日本を扱う。という事で、当然、我々には馴染みの蒙古襲来や関ヶ原も出てくる。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Fighting Techniques of the Oriental World, 2008.。著者はマイケル・E・ハスキュー,クリステル・ヨルゲンセン,クリス・マクナブ,エリック・ニデロスト,ロブ・S・ライス。日本語版は杉山清彦監修、徳永優子,中村佐千江訳で2016年1月20日第1版第1刷発行。

 単行本ハードカバー縦一段組みで本文約351頁。9.5ポイント44字×22行×351頁=約339,768字、400字詰め原稿用紙で約850枚、文庫本なら厚めの一冊分だが、地図やイラストを豊富に収録しているので、実際の文字数は6~8割程度だろう。

 文章は比較的にこなれている。全般的に中国が中心ながら日本もアチコチに出てくる。日本の歴史は常識程度で充分で、加えて大雑把に中国の歴史を知っていると、更に楽しめる。ちなみに蒙古襲来については、文献の量が多いためか、日本側の視点での記述が多い。

【構成は?】

 最初の「日本語版監修者序文」がとてもよくまとまっているので、これだけは最初に読もう。以降の各章はほとんど独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  • 日本語版監修者序文
  • 第一章 歩兵の役割
    歩兵は利益の種/元の歩兵/報酬と腐敗/1449年 土木の変/兵站の破綻/明の衛所兵(15世紀)/日本の歩兵/戦国時代/兵士と民間人/組織化と戦術的展開/構成と統制/中国の歩兵(1500年)/区分と下位区分/戦闘隊形/第三次清緬戦争(メイミョーの戦い)(1767年)/包囲と殲滅/戦闘中の歩兵/1561年 川中島の戦い/足軽槍兵(1561年)/旗標を背負う武士(17世紀)/策略には策略を/攻撃開始/甲冑と軍装/武器と戦術/槍/槍兵の役割/刀と短刀/日本刀/その他の手持ち武器/投射武器隊/弩/小火器/小火器の技術/1575年 長篠の戦い/設楽原/攻撃開始/日本の僧兵(1600年)/大砲と爆弾/カノン砲/専門的歩兵/満州人の近衛兵(1780年)/護衛兵と傭兵/静かなる戦士たち/精鋭の衰退
  • 第二章 騎兵の働き
    女真の脅威/モンゴルの軍隊/機動射兵/第一次対金戦争(1211~13年)/モンゴルの騎射兵(1250年)/西方での作戦/金帝国の滅亡/フビライ・ハーンの元の騎兵軍団/南宋の制圧/ナサウンジャンの戦い(1277年):ビルマ侵攻と征服/元朝の漢人騎兵(1280年)/戦いの後/日本侵攻:1274年と1281年の失敗/モンゴル襲来以降の日本の騎兵/騎馬武者(13世紀)/時代の終焉/フビライのモンゴル戦役/モンゴルの重騎兵(1300年)/明の台頭/機動軍隊の興隆と没落/「新たな」騎馬隊/騎兵の戦闘力の低下/賄賂と脅迫/モンゴル軍の復活/専守防衛/明代の旗手(1550年)/満州の脅威/新たな同盟/満州人の中国平定:1644~50年/満州人の騎兵(17世紀)/ウラーン・ブトンの戦い 1690年:ラクダの壁/ジューンガルの攻撃/ジョーン・モドの戦い(1696年)/「殲滅せよ」/侵攻/モンゴル軍の罠/北京へ(1860年):勇敢なる最後の抵抗/時代の終焉
  • 第三章 指揮と統率
    征服と統一/技術の進歩/モンゴルの侵攻/有能な部下/西方への大遠征/見せかけの撤退/1223年 カルカ河畔の戦い/恐ろしい報復/馬を下りて戦うモンゴル軍弓騎兵(1220年)/最強の戦闘マシーン/チンギス・ハーンが用いた16の兵法/東方への展開/日本への転進/1274年 文永の役/モンゴル軍の撤退/神風/李舜臣 朝鮮の英雄/日本の脅威/李舜臣の軍船/朝鮮水軍の火砲/最初の交戦/1592年 閑山島の戦い/戦闘隊形/閑山島の戦いの結末/秀吉の終焉/密議/1600年 関が原の戦い/合戦/武士の戦装束(1600年)/転機/結論
  • 第四章 攻囲戦
    技術の伝播/中国の城塞都市/万里の長城/南京城 築城技術の偉業/中華門/中国の攻城兵器/攻城塔/装甲車と攻城梯子/火薬 歴史を変えた発明/火を噴く槍/銃砲と爆弾/チンギス・ハーン/モンゴルによる初の攻囲戦/モンゴルの中国征服/釣魚城/1267~73年 瀋陽攻囲戦/ペルシア式攻城兵器/封建時代の日本と火器/日本の城/1614~15年 大阪の役/朝鮮と壬辰倭乱(文禄の役)/朝鮮の武器/1992~93年 晋州攻囲戦/援軍/アジアの軍事技術の衰退/1859~60年 大沽砲台の戦い/失敗した攻撃/第二回遠征
  • 第五章 海戦
    戦術/技術力/火器と火薬/地形/1274年 モンゴルの日本侵攻 文永の役/1281年 フビライの再挑戦 弘安の役/1363年 潘陽湖の戦い/楼船/朱元璋の反撃/鎖で連結された艦隊/明朝と倭寇/秀吉の遠征計画/攻撃開始/朝鮮の救世主/亀船/亀船による攻撃/1842年 呉淞(上海)の戦い/東インド会社による軍事行動/イギリス艦隊、上流に向かう
  • 各地の戦略地図
    土木の変(1449年)/第三次清緬戦争(メイミョーの戦い)(1767年)/川中島の戦い(1561年)/長篠の戦い(1575年)/南口の戦い(1213年)/ナサウンジャンの戦い(1277年)/ウラーン・ブトンの戦い(1690年)/ジョーン・モドの戦い(1696年)/カルカ河畔の戦い(1223年)/文永の役(1274年)/閑山島の戦い(1592年)/関ヶ原の戦い(1600年)/瀋陽攻囲戦(1267~73年)/大阪の役(1614~15年)/晋州攻囲戦(1592~93年)/大沽砲台の戦い(1859~60年)/モンゴルの日本侵攻 弘安の役(1281年)/潘陽湖の戦い(1363年)/涸川の海戦(1592年)/呉淞(上海)の戦い 1842年
  •  参考文献/索引

【感想は?】

 本書の全体を通して強く印象に残るのは、モンゴルの騎兵と朝鮮の李舜臣。

 モンゴルの記述が多いのは、やはり東ヨーロッパまで攻め入ったため興味を持つ人が多いからだろうか。その特徴は、なんといっても騎兵の機動力と、強力な弓だろう。

 まず弓だが、これは当時でも世界最強の遠距離兵器だったようで、短く扱いやすい上に性能が凄い。イングランドの長弓の飛距離が最長229mなのに対し320m以上と、100mも上回っている。おまけに指貫で発射速度を上げ、走っている馬からも撃てた。それも、激しく揺れる馬の背で正確に矢を射るコツも知っていて…

馬の四本の足がすべて地面を離れる瞬間を待って矢を放つようにしたため、馬が全力で走っているときでもあらゆる方向に矢を射ることができた

 と、遠距離攻撃兵器としては無敵だ。

 西洋の騎兵は偵察任務も兼ねていたが、モンゴルの騎兵はそれも優秀で、なんたって視力が抜群にいい。民族としては人口が少ないのが弱点だが、それも遊牧民族だからみんな幼い頃から馬には慣れているので、国民皆兵にしても兵の質は降ちない。これで内輪揉めさえなければねえ。

 これに対して中国側も騎兵を揃えようとするんだが、どの王朝も馬と騎手の育成で詰まり、また王朝が代を重ねるに従い官僚制と腐敗が幅を利かせ、文官重視で軍が弱体化し…って筋道を辿るのが切ない。

 もう一つ、モンゴル軍の得意技が、機動力を活かした戦術。

 実はこれ、島津が得意とした釣り野伏せ(→Wikipedia)や、アブラハム・アダンが第四次中東戦争でシナイ半島の戦車戦で使った機動防御とソックリだから驚く。こういうのも平行進化っていうんだろうか。本書では「見せかけの撤退」と名づけた手口は、こうだ。

  1. 軽騎兵の先鋒が敵と戦い、コテンパンに叩かれて退却する。
  2. 勢いに乗った敵は全滅させようと大軍で追ってくる。軽騎兵はひたすら逃げ続ける。
  3. 先鋒はいきなり反転、反撃に移る。同時に左右から伏兵が現れ、敵を袋叩きにする。

 つまり負けたと見せかけて、コッチが有利な陣をしいた所に誘い込むわけ。モンゴル軍の場合、特に 2. が大掛かりで、1週間以上も逃げ続け、かつ途中で伏兵が補給部隊を襲ったりして、敵の力を削ぐんだからいやらしい。

 他にも、決戦の際はワザと包囲の一方向を開けておいて、敵に退却を促すって手もある。敗色が濃く逃げ道があると敵は総崩れになる。戦いじゃ撤退戦が一番難しいわけで、有利になった所を思う存分虐殺・略奪するわけ。

 逆にモンゴルが負けた際の引き際も見事なもんで。騎兵ならではの機動力を活かし、バラバラに分かれて四方八方に逃げるのだ。敵が追撃の主眼を決められずアタフタしている間にトンズラかますわけで、実に賢い。

 モンゴルは軍としての印象だが、個人として最も光ってるのが、朝鮮の李舜臣(→Wikipedia)。なんとフランシス・ドレークと同年生まれだ。「海軍の戦術家として史上最も偉大な一人」「20回以上の海戦で指揮を執り、一度として敗北を喫したことがない」と、著者は絶賛している。

 もっとも、海軍そのものの地位が、当時は朝鮮半島だけが突出していたって事情もあるらしい。明は「海を越えての軍事的圧力というものが皆無に近かった」し、日本は「地理的に孤立しているがゆえに関心は国内に向かい、自国中心主義」となったのに対し、「朝鮮の水軍のみが戦闘を専門とする水兵を擁し」てた、と。

 船の動力は帆と櫂の併用だが、「多数の漕手が立った状態」で漕ぐのも特徴。というのも、「必要があれば素早く戦闘に参加」するため。漕手は同時に戦闘員でもあったわけだ。

 にしても、この本でも李氏朝鮮王朝にはアレで、先の李舜臣に加え、ゲリラ戦で日本軍を苦しめた郭再祐(→Wikipedia)に対し…

崩壊しつつあった李氏朝鮮政府の官僚組織は、日本軍の侵攻を止めるには無力であったにも関わらず、その崩壊のさなかに、どうしたことか、(略)郭再祐という地主を反逆者呼ばわりして、討伐部隊を差し向けるような暇はあったようである。

 と手厳しい。

 得物では槍が意外と短いのに驚いたが、西洋と違い歩兵が臨時集めのため、訓練が必要な綺麗な密集隊形を取れなかったのが大きいのかも。また薙刀も「騎馬武者への攻撃に用いられ、安全な距離から敵を騎兵を落馬させるのに」使われている。別に女性向けじゃなかったんだ。

 西洋編に対し、幾つか欠けているものもある。軍の編成と訓練は、ほとんどない。陣形は駆け足で出てくるが。西洋じゃ攻城は穴掘りになったが、この本では一回しか出てこない。また傭兵がいないのも特徴だろう。でも忍者は出てきて、昭和の頃の日本の忍者の印象そのままなのが笑えたり。一次資料が渡ってないのかも。

 いささかお値段は高いが、イラストとカラー写真をたくさん収録しているので、仕方がないかも。武経七書(→Wikipedia)なんて読書案内もあって、特に孫子はアチコチで引用してるあたり、やはり有名なんだろうなあ。機会があったら六韜に挑戦してみよう。

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2016年4月 8日 (金)

宮内悠介「エクソダス症候群」東京創元社

悲しみたいのに、悲しむこともできない。

「信仰を信仰でしか殺せないように、狂気は狂気によってしか殺せないのだよ」

 そもそも、反社会的な行動を取った人間を、反社会性パーソナリティー障害と診断したからといって、それがなんだというのか。

【どんな本?】

 「盤上の夜」で華々しくデビューした新鋭作家による、長編SF小説。火星への植民が始まり、ドーム型の開拓都市が次々とでき始めた未来。火星は経済的な自立へと向かい始めていはいるが、未だに開拓中の辺境に留まっている。火星唯一の精神病院ゾネンシュタイン病院に赴任した青年医師を主人公に、精神医療の歴史と未来を描く。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2016年版」のベストSF2015国内篇で、堂々3位に輝いた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2015年6月30日初版。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約260頁。9ポイント43字×19行×260頁=約212,420字、400字詰め原稿用紙で約532枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分。

 文章はこなれている。SFではあるが、特に最先端の科学や工学を駆使しているわけではないので、理科や数学が苦手な人でも大丈夫。ガジェットの中心をなすのは精神医学だが、物語に必要な事柄は作中に充分な説明があるので、専門知識も要らない。

【どんな話?】

 現在の火星の人口は約60万人。泡のようなドームに包まれた居住区画を多数作る形で、開拓が進んでいる。カズキ・コロネンバーグは精神科医だ。地球の医院に居づらくなり、火星にやってきた。勤め先は火星唯一の精神病院、ゾネンシュタイン病院。人も薬も足りない火星の勤務は激務だ。ここでは、奇妙な症状が流行り…

【感想は?】

 火星の「ドグラ・マグラ」(→Yahoo! 知恵袋)。

 読み終えて改めて表紙を見たら、大笑い。いや冒頭の配置図を見て「あれ?なんか怪しいな」と思ったら、やっぱりそういう事かいw ええ、この表紙にピンときたら買いです。

 火星と精神医学。一見、なんの関係があるのか全く見当がつかないけど、最後まで読むと、舞台が火星でなければならない必然性が、ちゃんとあるから凄い。確かにこういう主題をこういう形で料理するなら、この時代の火星が最も都合がいいよねえ。

 アンディ・ウィアーの「火星の人」みたく、探索が始まったばかりじゃ、生き抜くのに精一杯で、精神病院どころじゃない。谷甲州の「航空宇宙軍史」みたく、太陽系内の一勢力として開発が進みすぎても、物語りが成立しない。開拓が進み始めて、初期の荒々しさが残りつつも、少しづつ過去になりつつある社会が、この物語には必要なのだ。

 なぜそうなのか。それは、物語の中で語られる、精神医学の歴史を辿るうちに、次第に見えてくる。

 医学が科学の形をなしたのは、ロベルト・コッホ(→Wikipedia)の業績が大きいだろう。それまではまじない師と大して変わらなかった医学が、論理とデータと数値を元にした科学へと大きく前進した。そこでは、顕微鏡が大きな役割りを果たした。今まで見えなかった病原菌が、ちゃんと見えるようになったのだ。

 以後、麻酔技術の発達は外科医療を大きく発展させ、X線などにより「見えない疾患」も見えるようになり、またペニシリンなど医薬の進歩も相まって、現代の医療へと繋がってきた。

 だが、進んできたのは肉体の疾患への対応だけで、精神的な疾患はどうだろう?

 昔から、精神病そのものは知られてきた。これは洋の東西を問わず、多くの記録が残っている。ただし、その治療に関しては、つい最近までほとんどお手上げだった。結局はどの社会も「症状にどう対応するか」に終始し、治療に関してはオカルトの域を出なかった。

 恐らく大きな転回点となったのはジクムント・フロイト(→Wikipedia)だろう。今となっては彼の理論も相当に疑問視されているが、精神科を医療として位置づけたのが最大の業績かも。彼以降も様々な理論が出てきたが、その多くもどこかオカルトじみて怪しげだ。いずれも会話や行動療法など、どうにも数値化しにくい手法が中心だった。

 そこに、向精神薬が革命を起こす。脳を肉体の器官の一つとして見て、その不全を薬で治そう、そういう発想だ。

 なぜ精神医療が遅々として進まなかったのか。かと言うと、つまりは脳の中身が見えないからだ。そこにDSM(→Wikipedia)などが整備され、現代的な医学の体裁をなしてゆく。

 最近になって PET(→Wikipedia) だの fMRI(→Wikipedia) だのといった技術が発達し、生きている脳の活動が目に見えるようになり、大きな飛躍が期待されている。遺伝子解析なども相まって、近い将来には再び革命が起こりそうな気配だ。

 とまれ、こういった技術革新の向うにある精神医療は、恐らく薬や手術による「外科的」医療で、従来のカウンセリングなどを用いる、医師と患者の心の交流を伴うものではなくなってゆくだろう。というか、「なくなってしまった」のが、この作品中での地球の現状だ。

 そこに、「微妙に辺境」な火星が登場する。精神病院が必要になる程度には充分な人口はいるが、辺境ゆえに医薬品や医療スタッフは足りない。巧い舞台設定だよなあ。

 SFの面白さの一つは、科学の先端の向こう側を覗き見る事にある。ただ、最近は、書き手も読み手も科学スキルが上がってきて、あまりにも怪しげなシロモノは少なくなってしまった。下手にオカルトを混ぜると「これはホラーでSFじゃない」とか「こんなのライトノベルでしょ」などと迫害されたりする。

 確かにグレッグ・イーガンの「白熱光」みたいな徹底的にサイエンスしたのも好きなんだが、優等生ばっかりってのも、なんか面白くない。ニーック・ハーカウェイの「エンジェルメイカー」みたくお馬鹿なのも楽しいが、最初から馬鹿面してるのも少し興が醒める.

 そこで精神医学なんぞという、科学と怪しさが巧い具合に混じりあっているシロモノを持ってきたのが、この作品の巧みなところ。

 インナースペースの追求って点ではニューウェーヴの流れを汲む作品なんだが、そのアプローチは、むしろ50年代~60年代の、大仰な作品が次々と出たオールドウェーヴ黄金時代の香りを残したもの。ごく真面目な語り口ながら、どこか怪しげで大掛かりで、全く新しい世界を予感させ、終盤でワクワクさせてくれるSFならではの面白さを秘めた作品だった。

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2016年4月 7日 (木)

石毛直道「麺の文化史」講談社学術文庫

 この本では、パスタや餅に相当する食品のすべてを対象とするのではなく、その一部にあたる線状に加工した食品、すなわち麺に話題を集中するつもりである。そして、中国、地中海、イスラム世界だけでなく、日本、朝鮮半島、モンゴル、中央アジア、東南アジアも考察の対象とする。
  ――はじめに

こまったことには、世界のどこにでも通用する麺の定義というものないのだ。
  ――二 麺つくりの技術

モンタナリさんによると、イタリア全土でスパゲッティが食べられるようになったのは、約40年前からのことであるという。イタリア人が、スバゲッティ好き国民になったのは、意外にあたらしいことなのだ。
  ――一〇 イタリアのパスタ

【どんな本?】

 私達の身近な食べ物、麺。何の気なしに食べてるが、材料も製麺法も調理法も、実にバラエティに富んでいる。

 例えば材料。そばは当然、蕎麦の実を使う。うどんやラーメンは小麦粉を使う。乾燥パスタは同じコムギでも硬質のデュラム小麦を使う。ビーフンは米だし、ハルサメは当初リョクトウ(→Wikipedia、モヤシの豆)から作り、今はジャガイモやサツマイモを使っている。

 調理法もいろいろだ。そばやラーメンは茹でてスープをたっぷりかける。煮込むうどんもある。ヤキソバは具と一緒に炒める。揚げたあんかけヤキソバもある。スパゲッティはソースで和え、ラザニアはオーブンで焼く。

 農学と文化人類学に通じた著者が、ユーラシア各国の文献を漁り、日本・韓国・中国はもちろん中央アジア・東南アジア・イタリアなど各国を訪ねて現地で食べ厨房を訪ねレシピと来歴を聞き、時には自らこねて麺を作り、「麺」の発生と伝達そして変化の模様を探る、一般向けの美味しくて親しみやすい地理・歴史書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 元は1991年にフーディアム・コミュニケーション社から刊行の「文化麺類学ことはじめ」。1995年に講談社文庫より「文化麺類学ことはじめ」として刊行。これを改題し、講談社学術文庫から刊行したのが本書。2006年8月10日第1刷発行。文庫本で縦一段組み、本文約382頁。8.5ポイント41字×18行×382頁=約281,916字、400字詰め原稿用紙で約705枚に加え、「講談社文庫版へのあとがき」3頁+「学術文庫版へのあとがき」2頁。文庫本としては少し厚め。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。敢えていえば、ユーラシア各地の地名が出てくるので、世界地図か Google Map があるとスケール感が味わえる。当然ながら、体重が気になる人は、夜遅く空腹時に読むと大変に危険な本なので要注意。

【構成は?】

 はじめに~二 麺つくりの技術 までは、基礎編なので素直に頭から読もう。以降は、美味しそうな所をツマミ食いしてもいい。

  • はじめに
    そば屋の小僧になりたい/麺文化研究の現状/凡例
  • 一 麺のふるさと中国
    粉食と粒食/コムギはシルクロードから/麺と餅/餅の分類/麺片小史/水引餅の再現実験/切り麺の出現/麺食店の繁栄
  • 二 麺つくりの技術
    麺の分類/麺とはなにか/麺の仲間はずれにした食品/製麺方を五つに分類/手延べラーメン系列/そうめん系列/切り麺系列/押しだし麺系列(1)リョクトウ/押しだし麺系列(2)ソバ・ハダカエンバク/押しだし麺系列(3)コメ/粉について/河粉系列
  • 三 日本の麺の歴史
    麺文化の問題点/古代のコムギ粉食品/索餅とむぎなわ/菓子か麺か/『延喜式』の索餅/索餅の再現実験/索餅=切り麺説の検討/麺の計量単位をめぐって/索餅からそうめんへ/そうめんの食べかた/切り麺の問題/そば切り
  • 四 朝鮮半島の麺
    ネンミョンとクッス/平壌冷麺/畑作地帯はネンミョン/麺食小史
  • 五 モンゴルの麺
    ゴリルとゴエモン/麺食の普及はいつか
  • 六 シルクロードの麺
    東からか、西からか/はじめてのラグマン/ラグマンの種類/二種類の切り麺/奇妙な麺、ナリン/ラグマンは東から、ピラフは西から
  • 七 チベット文化圏の麺
    ソバ畑をもとめて/ダッタンソバ/プッタつくり/チベット難民が伝えた麺/チベット文化圏のなかで
  • 八 東南アジアの麺
    33種類の麺料理ぜめ/麺料理の多様性/麺の種類と歴史/ニョニャ料理/ペナン・ラクサ/ネジ式の押しだし機/ペナンの麺の種類
  • 九 アジアの麺の歴史と伝播
    名称の分布/五系列の分布/文明論としての麺食
  • 一〇 イタリアのパスタ
    プリモ・ビアットの料理/パスタとは/ラザーニャとマカロニ/イットリーヤ、ヴェルミチェッリ/スパゲティ博物館/イタリアの手打ちそば
  • 一一 ミッシング・リンクをさぐる
    マルコ・ポーロ伝説/シャアリーヤとフィダーウシュ/クナーファ/イットリーヤのせんさく/ミッシング・リンクをつなぐ
  • 一二 あらたな展開
    外食と機械製麺/即席麺革命/食文化を映す鏡
  •  講談社文庫版へのあとがき/学術文庫版へのあとがき

【感想は?】

 基本的には、麺のルーツと伝播の様子を探る、文化人類学の真面目な本だ。

 文献を漁り、仮説を立て、現地に渡って調査・取材し、時には自ら麺を作って検証する。学者として実にまっとうな研究の筋道である。

 が、なんたって、テーマが麺だ。わかりやすいし、親しみやすい。著者はとても真面目に研究しているのに、「楽しそうだなあ」などと気楽に思えるし、読んでいる最中は、とても楽しかった。

 今でも中国には多種多様な麺があるし、古代文明発祥の地でもあるためか、著者も麺のルーツは中国だろうと考えている模様。こういった考え方は、動植物の原産地を遺伝子の多様性で推測する生物学と少し似ているかも。

 文化人類学なんて学問が欧米発祥のためか、そもそも麺の研究なんて先駆者がほとんどない。そこで著者は分類法から考える羽目になる。が、いきなり躓いてしまう。麺の定義すらない。パイオニアの辛いところだ。

 そこをなんとか強引に定義し、まずは製麺法で大雑把にに分類する。引っ張って細く伸ばす手延べ、刃物で切る切りめん、トコロテンのような押しだし方。ただし、これはいずれも伝統的な製麺法なので、取材では色々と苦労してたり。最近はどこでも製麺機が普及していて、伝統的な製麺法が滅びつつあるとか。

 読んでいて目を引くのは、やはり世界各国の様々なレシピだ。激烈な辛さに懲りた朝鮮の咸興冷麺、ヒツジの肉うどんはモンゴルのショルテイ・ホール、トマトペーストで炒めて目玉焼きと刻んだ牛肉を入れるウズベキスタンはブハラのラグマン、ダッタンソバが伝わるブータン。もっとも、最近のブータンはコメばかりで、「ソバはブタが食べる」そうな。

 どうでもいいけど、寒い印象があるブータンだが、緯度は那覇と同じぐらいなんだよなあ。

 中でも読んでいてワクワクするのは、東南アジア編。といってもタイのバンコクとマレーシアのペナンなんだが、バンコクのフードセンターの様子が実に心躍る。107店のテナントに4000席のテーブル。タイ料理はもちろん中国・マレー=インドネシア・日本・洋食となんでもござれ。麺料理の店だけでも25軒というから、胃袋がいくつあっても足りない。

 注文方法も大変だ。麺の種類・ゆでる/炒める/揚げる・汁かけ/和える・具と、四段階で指定せにゃならん。スターバックスかい。味付けはやはりナム・プラーが流行のようだが、グルタミン酸ナトリウム(味の素?)も多く、中には油で揚げた麺を、油と「マナオというかんきつ類のジュースであえ」る食べ方もあるとか。

 すっぱいソースってのが想像できないが、冷やし中華みたいな感じなのかな?そうめんにレモンをかけたら、雰囲気が出るかなあ?

 などと中国からユーラシアを西へと向かう麺文化なのだが、海沿いではインドあたり、陸路ではカスピ海近辺で途切れてしまう。どうもインド文化やペルシア文化には、麺が入り込めなかった模様。

 ところが。これは本書でも謎となっているのだが、地中海を越えイタリアに渡ると、途端にバラエティ豊かなパスタ文化が花開いているからわからない。本書ではこれをミッシング・リンクとしている。

 製麺・調理法だけでなく、材料も土地それぞれなのが麺の楽しいところ。日本では小麦・米そしてソバが中心だが、中国ではコウリャンを使う麺もあり、「九州の島原地方や対馬ではサツマイモ」で作る麺もあるとか。全般的に、暖かい地域で反米、涼しい地域では小麦、もっと寒い所ではソバと、地域の産物を活用している模様。

 これはイタリアがとてもわかりやすくて、硬質のデュラム小麦が取れる南部では乾燥パスタが中心だけど、普通の小麦しか取れない北部では生まパスタが中心だ。日本でも、ソバの名産地は信州など山地が多い。

 これで驚いたのが、イタリア編。なんと、アルプス山麓でソバを作り、ソバ製のパスタを食べている。キャベツと一緒に煮て、パルメザンチーズと交互に何層も重ね、熱いバターをかける。まるでグラタンだ。日本じゃソバってあっさりした印象があるが、チーズ&バターなんてコッテリした食べ方もあるとは。

 身近で美味しい麺を通じて、歴史の中の文化の伝達を探ると共に、各国の様々なレシピも学べる、真面目だけどとっても楽しい本。にしても、料理っていうのは、実に幅が広く創造性に富んでいて、その気になれば工夫と開拓の余地がいくらでもあるんだなあ、などと変に感心してしまった。

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2016年4月 5日 (火)

スタニスワフ・レム「短編ベスト10」国書刊行会 沼野充義・関口時正・久山宏一・芝田文乃訳

《分割せよ、而して治めよ》の原則に基づいて行動したペンタドコイのマルモゼルは、公的に許される性の数を法的に定めた。彼が治めた時代、男性と女性の他に、跳性、旋性があり、さらに補佐的な二つの性、下支郎と塗摩子があった。
  ――航星日記・第二十一回の旅

【どんな本?】

 2001年にポーランドで出版された、ファンによる投票を元に批評家とレム本人の意見を反映した短編集「ファンタスティックなレム」収録の15編より、既に日本語で翻訳・出版されている5編を除いた短編集。シリーズ物の多いレムだけあって、収録作の多くは「泰平ヨン」「ロボット物語」などのシリーズから取られている。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2016年版」でベストSF2015海外篇の9位に輝いた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2015年5月20日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約357頁に加え、沼野充義による解説「<メニッペア>としての小説 短編作家としてのレムを称えて」16頁。9.5ポイント44字×19行×357頁=約298,452字、400字詰め原稿用紙で約747枚。文庫本なら厚めの一冊分ぐらい。

 全般的に、レムにしては読みやすい作品が多い。あくまでも「レにしては」だけど。さすがに時代を反映してコンピュータやメカの描写は紙テープが出てくるなどいささか古臭いが、肝心のアイデアはレムならではのヒネリと考察に満ちていて、決して古びてはいない。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 元題 / 初出 / 訳者 の順。

三人の電騎士 / Trzej elekrycerze / ロボット物語 1964 / 芝田文乃訳
 古の偉大な発明建設家は、美しく賢い生物を作ろうとして、恒星から遠く離れ凍てついた惑星で、結晶体の生物・氷晶人(クリオニド)を作り出す。氷晶人は氷の町や宮殿を建設し、オーロラで明かりを灯す。美しく輝く氷晶星を手に入れんと冒険家たちが氷晶星に赴いたが…
 レム爺さんのSF風味なお伽噺。適度に古めかしいファンタジイ風味の語り口と、登場するロボットやクリオニアなどカタカナのルビが生みだすミスマッチ感が、楽しげでユーモラスな気分を盛り上げる。このまんま漫画か絵本にしてもいいぐらい、親しみやすい作品。
航星日記・第二十一回の旅 / Podróż dwudziesta pierwsza / 泰平ヨンの航星日記 1971 / 関口時正訳
 長い旅で最新情報に疎くなった私は、大量の文献を仕入れ、静かな所でじっくりと読み解き始めた。中の一つに触発された私は、人類と瓜二つの生物が見つかった「二分星」へと向かう。そこには耕地のような所に、寝室用の化粧台や陳列ケースやスツールが…生えていた。
 本題に入る前からレムの奇想が冴え渡り、冒頭から物語は二転三転してゆく。たぶんテーマは「信仰」だと思うんだが、その周囲で展開する二分星の文明・文化があまりにも奇妙奇天烈で、華々しいアイデアを楽しんでいるうちに肝心のテーマが見えなくなったりw
 若い人は、少しポーランドについて知っていると、より深く味わえる。カトリックが盛んな国で、なんと国民の95%に及び(→Wikipedia)、信仰はソ連の支配下でも揺るがなかった。二分星の歴史が、軍事力・経済力や流行ではなく、主義主張を中心に語られるのも、東欧らしい味わい。
洗濯機の悲劇 / Tragedia pralnicza / 「泰平ヨンの回想から」シリーズ 1966 / 芝田文乃訳
 旅から帰ってきた時は、二大洗濯機メーカーの熾烈な競争の真っ最中だった。まずヌッドレッグ社が全自動洗濯機を投入する。これは色物と白物を区別するだけでなく、アイロンかけ・ほつれの繕い・縁かがりに加え、イニシャルまで刺繍する。対してスノッドグラス社は…
 冒頭はマイナスイオン家電の騒ぎを予言するかのような展開で、資本主義を皮肉っているのかと思ったら、話は予想もしない方向へと転がってゆく。ちょうど今は人工知能が話題になっているためか、余計に楽しく読めた。かつてニューロだファジイだと売り込んだ家電業界が、安く大容量化したメモリを使い、IPv6 とディープラーニングを活用したら…
A・ドンダ教授 泰平ヨンの回想録より / Profesor A. Dońda, Ze wspomnież Ijona Tichego / 「泰平ヨンの回想から」シリーズ 1982 / 芝田文乃訳
 グルンドュワユとランブリア国境の近くで、我輩はこれを書いている。ドンダ教授は刻み煙草が切れたため、代用品を探しに行っている。ヨーロッパではペテン師扱いされたドンダ教授だが、ランブリアでは彼の研究テーマが高く評価されるばかりでなく、実際に優れた実績を挙げてしまったのがことの始まりで…
 紛争が続くアフリカの一画を舞台とした作品。ランブリアの社会は、腐敗が蔓延するアフリカ諸国の現状を見事に皮肉っている。その中で怪しげな研究にのめり込むドンダ教授の掴みどころのなさは、「コンゴ・ジャーニー」に登場するマルセラン博士を連想してしまう。
ムルダス王のお伽噺 / Bajika królu Murdasie / ロボット物語 / 芝田文乃訳
 王位を継いだムルダスは、臆病で自尊心が強かった。広い宮廷を歩き回るムルダス王は、「立入禁止」と書かれた扉を見つける。国王に何かを禁ずるとは不届きな、と憤慨した王は、扉を開けて進み、見捨てられた塔にたどり着く。そこには占い箱が残っており…
 絶対的な権力と臆病さが結びつくと、困ったことになるのは王制イランのパーレビが証明してるが、レムの手にかかると大変な方向にスッ飛んでいくから楽しい。コンピュータが蔓延する前のアナログなメカ描写も、今となっては独特の味になってたり。
探検旅行第一のA(番外編)、あるいはトルルルの電遊詩人 / Wyprawa Pierwsza A. czyli Elektybalt Trurla / 宇宙創世記ロボットの旅 1965 / 沼野充義訳
 あるとき、トルルルはコンピュータを作った。間抜けなくせに生意気なコンピュータを、クラパウツィウスに笑われたトルルルは、意地になって詩を書ける機械を作り始める。まずはサイバネティックス文学82万トンと詩1万2千トンを集め…
 「どうせやるなら根本的な所から問題を見直そう」と考えるのはプログラマの悪い癖で、それに充てられる時間と能力が揃っていると、往々にして当面の目的とは全く違った無意味(に見える)事をやりはじめたりする。時代的にレムがプログラミングを知っているとは思えないんだが、よくこんな事を思いついたなあ。
自励也エルグが青瓢箪を打ち破りし事 / Jak Erg Samowzbudnik bladawca pokonał / ロボット物語 / 芝田文乃訳
 ボルダル王が客人として迎えた電知ハラゾンは、法外な値で異様な生物アントロポス・ホモスを手に入れると王に約する。それは青白く、蝋より柔らかく、顔の下の裂け目で様々な音を出し、また同じ裂け目で様々な物体を粉砕して吸い込み、水からできているくせに不透明で…
 「三人の電騎士」同様に、お伽噺っぽいお話。さて、ホモスの正体は…って、言うまでもないか。この後の展開は、ちょっと竹取物語っぽかったり。これまた絵本や漫画にしたら、子供にもウケそうな作品。誰か描いてくれないかなあ。
航星日記・第十三回の旅 / Podróż trzynasta / 泰平ヨンの航星日記 1957 / 関口時正訳
 天才「オー」先生を生んだ星として有名なスペルフェノミア星を目指し地球を旅立ったのだが、磁界渦に巻き込まれて往生していたところ、突然の来客に驚かされた。「開けろ!警察だ!」
 「完全な真空」なんて作品を書いているレムだけあって、架空の理論や思想をデッチあげる手管は見事なもの。事あるごとに当局にイチャモンをつけられるピンタ自由大魚国の社会は、当時のポーランドを皮肉ったものだろう。続くパンタ国も、凄まじいオチが待っている。
仮面 / Maska / 仮面 1976 / 久山宏一訳
 目を開き微笑みながらドレスを引きずって先へ進むと、そこは宮廷舞踏会でした。わたしを見て殿方はひそやかに、ご婦人は嫉妬に満ちた溜息を漏らします。彼は廷臣たちに取り囲まれ、わたしに冷たい視線を向けました。振り返ったわたしは低く跪礼し身を屈めました。彼は国王だったのです。
 この短編集の中では、際立って異彩を放つ作品。絢爛豪華な舞踏会で始まる、女性の一人称って時点で、他のレムの芸風と大きく違う。一人称の語りだけあって、主人公の正体も冒頭からナニやら怪しげで、「なんじゃこりゃ」と思ってたら…
テルミヌス / Terminus / 宇宙飛行士ピルクス物語 1968 / 久山宏一訳
 ピルクスが飛ばす羽目になったロケットは歴戦の兵らしく、絶縁板は腐食しケーブルはつぎが当たりほつれ油圧圧搾装置は油が漏れる。反応炉まで降りて行くと、老いさらばえたロボットがいる。古くガタがきているだけでなく、ボケているようだ。「テル・ミヌスは……ここに――います――寒・い――よく――見えない」
 大型の原子力ロケットが直接に地表から離着陸し、リレーを使ってたりと、細かい部分はさすがに時代を感じさせるが、オンボロなロケットの船内やロボットのテルミヌスの描写は、スターウォーズの小汚いミレニアム・ファルコンを先取りしてるかも。ホラー風味なのもレムには珍しい。
<メニッペア>としての小説 短編作家としてのレムを称えて : 沼野充義

 訳者の芝田文乃は、レムを原文で読みたいがためにポーランド語を学んだとか。こういう熱心な人がいてくれるお陰で、私のような怠け者もレムを楽しめるのはありがたい限り。

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2016年4月 4日 (月)

ダン・ガードナー「リスクにあなたは騙される」ハヤカワ文庫NF 田淵健太訳 2

「我々のデータが示しているのは、判断が難しいかあいまいであり、影響を及ぼす代弁者が結束していて確信を持っている場合にかぎれば、正確さに対する重要性が増すことによって、同調する率だけでなく確信も高まるということである。これは危険な組み合わせである」
  ――第6章 群れは危険を察知する

H・L・メンケン「実際的な政治の全目的は、すべて想像上の産物である、つぎつぎ現れる幽霊のようなもので大衆を脅すことによって、大衆を不安にさせておく(その結果、騒ぎ立てさせ、安全な状態に導かれるようにする)ことである」
  ――第7章 恐怖株式会社

死因を歪めて取り上げることが、メディアによるリスクの扱いの唯一の失敗というわけではまったくない。もう一つの失敗は、どんなリスクの理解にも不可欠な質問をしていないことである。その質問とは、それはどのくらい起きやすいか、である。
  ――第8章 活字にするのにふさわしい恐怖

ロバート・ライナー「公式の犯罪統計や犠牲者の調査によると、暴力の最もありふれた犠牲者は若くて貧しい黒人男性だ」「しかし、彼らはニュース報道に主に犯人として登場する」
  ――第9章 犯罪と認識

 ダン・ガードナー「リスクにあなたは騙される」ハヤカワ文庫NF 田淵健太訳 1 から続く。

【前の記事のお話】

 ヒトの決断は二つのシステムからなる。腹と頭だ。腹は本能的で、決断が速い。頭は理屈屋で、計算が遅い。腹は野生状態に適応していて、現代社会には巧く適応していない。そのため、ヒトは往々にして危険を見逃し、どうでもいい事に拘ってしまう。腹の性質を理解し、腹を刺激する手口に気をつけよう。では、腹の性質とは…

【原子力発電所の是非】

 311以来、原子力発電所の是非について関心が高まり、推進派・反対派ともに熱く意見を語るようになった。特に原子力関係者とそれ以外の者の対立は、腹によるリスク評価の偏りを見事に表している。以下は、本書が指摘する「腹」の性質の一部だ。

  • 馴染み:日頃から馴染んでいるモノは安全に感じ、見慣れぬモノは危険と感じる。
  • 理解:よく理解出来るモノは安全と感じ、わからないモノは危なく感じる。
  • 個人による制御:自分で制御できないと、より危険に感じる。
  • 信用:関係者を信用できないと、より危険に感じる。
  • 公平さ:片方が得をして、もう一方に危険があると、より危険に感じる。
  • 利益:それのナニが嬉しいのかハッキリしないと、より危険に感じる、
  • 個人的なリスク:自分が直接被害を蒙るなら、より危険に感じる。

 これらが、今の日本だと、原子力発電に関しては、関係者とそうでない者とで、みごとに正反対に働くのだ。関係者は原子力に馴染んでいるし、原理もよく分かっている(ハズ)だし、制御システムを握っているし、関係者同士は日頃からよく顔を合わせて信頼関係を築いているし、原子力で利益を得ているし、事故の責任を追及する法律は制定されていない。

 という事で、関係者はリスクを軽視しやすい状況にある。互いの意見が歩み寄らないのも当然だろう。これを巧く応用する方法もありそうだ。互いの立場を変えて、歩み寄りやすいようにすればいい。例えば、問題発生時の関係者の責任を法律でハッキリと示し、厳罰を課すとか。

 ちなみに、私は原子力発電反対派です…とりあえず、今の所は。 

【腹の性質】

 腹の性質は、共通した欠点がある。確率や期待値(→Wikipedia)の計算が苦手な事だ。このため、大きな危険を見逃し、些細な危険に怯える。この傾向は、幾つかのパターンがある。係留規則/典型的なものに関する規則/実例規則/良い・悪い規則/確証バイアス/分母盲目/後知恵バイアスなどだ。

 「実例規則」では、とても見事な実験を例に出している。学生グループをAとBの二つ用意し、それぞれ別の問題を出す。いずれも特定のパターンに合致する単語を、60秒間で出来るかぎり挙げてもらう。

 グループAの問題は□□□□□n□で、こっちの問題を解いたグループは、平均2.9個の単語を挙げた。
 グループBの問題は□□□□ing だ。こっちのグループは、平均6.4個の単語を挙げた。

 おかしくないか?

 グループBの問題の解は、全てグループAの問題の解でもある。 だから、理屈だとグループAの方が沢山の解を挙げるはずだ。だが、実際には、Bの方が思いつきやすい。

プログラマなら、正規表現で先のパターンを表すと、直感的に理解できるかも。一方は /.....n./ で、もう一方は /....ing/ となる。ワイルドカードが多いと、一致する単語も多いのは、なんとなく感じとれると思う。

 これは、腹のリスク評価のクセによるものだ。腹は、実例を思いつきやすいとヤバいと感じ、思いつきにくいと大したことないと感じる。

 野生の頃は、それで良かったのだ。最近あったことや、被害が大きかったことは、思い出しやすい。昨日近所をウロついていたライオンは、たぶんまだ近くにいる。だから、こういう性質が役に立つ。だが、マスコミやインターネットが発達した現代だと、入ってくる情報に大きな偏りがある。これが私達の判断を誤まらせてしまう。

【実例】

 理屈を挙げるだけでは、本として面白くない。その点、本書は沢山の実例を挙げ、次々としくみを解明してゆくあたりが楽しくもあり、悲しくもあり。

 アリガチなパターンの典型例が、シリコン豊胸材の騒ぎだ。ちなみに「日本の娼婦がシリコンと豊胸を結び付けた最初の女性」だそうだ。その方がGIにウケるから、と。

 これがアメリカに逆輸入され流行ったのはいいが、シリコン注射を受けた日本人女性の何人かが、関節リウマチや繊維筋痛病と診断される。オーストラリアで似た症例が発表され、米国では訴訟騒ぎとなる。かつてシリコン豊胸材を注入し、現在は病気に苦しむ多くの女性が、訴えを起こしたのだ。

 科学に馴染んだ人なら、「あれ?」と思うだろう。

 シリコン豊胸材を注入し、後年に特定の病気になる。なんか因果関係がありそうだが、実はほとんど意味がない。対照群を設定していないからだ。

 シリコン豊胸材を注入しない人の発症率と比べないと、意味がない。だがヒトは、目の前で苦しんでいる人を見ると、つい「きっとこの人が正しい」と思い込みたくなるし、そこで「いや対照群が云々」とか言い出すと、「お前には血も涙もないのか!」と罵りたくなる。

【誰が何のために】

 ヒトのこういう性質を、マスコミは利用する。困ったことに、往々にして無意識に。

 狂牛病は大騒ぎになったし、日本では間もなくデング熱が騒ぎになるだろう。だが、それぞれの死者は何人だろう? ちなみに、前の記事でも書いたが、日本だと2014年には交通事故で4,113名が亡くなっている。交通事故とデング熱、私達の命を脅かしているのは、どっちだろうか?

 マスコミは滅多に起きない殺人事件について大きく騒ぐが、頻繁に起きる窃盗はまず放送しない。私たちは凶悪事件のニュースはよく触れるので、治安に不安を抱く。だが実際は、年次統計殺人事件被害者数のグラフがとてもわかりやすい。1955年をピークに、次第に減っている。

 マスコミは注目されてナンボだ。ケチな泥棒はつまらない。残酷な殺人こそ注目を集める。だから、マスコミは凶悪犯罪を大きく扱う。その結果、マスコミが映す社会の姿は、現実の社会とは大きく違ってしまう。ハインリッヒの法則(→Wikipedia)に曰く、1の大事故・30の小事故・300のインシデント。最もありがちな犯罪は、ケチな泥棒なのだ。

【反省】

 ニワカとはいえ軍ヲタのため、テロのニュースを聞くと大騒ぎしてしまう。だが、まさしく騒がせる事こそがテロリストの目的だ。終盤ちかく、私はトニー・ブレアにKOパンチを食らった。

「この恐ろしい行為を仕出かした者たちが価値観を表現するのはテロを通してだ。だから今すべきことは、我々の価値感を示すことだ。彼らは罪のない人たちの大量虐殺によって脅し、怖がらせ、したいことをさせないようにし、通常どおり仕事を続けさせないようにしているが、我々には今までどおりする権利がある。彼らは成功すべきではないし、成功させてはならない」

 そう、一般市民の私たちが、普通に過ごすことこそ、テロリストへの最大の反撃となる。

 やはり同じように、ニュースはシリアの内戦を大きく伝える。だが、実際には、戦争で失われる命は、時代が進むと共に減っているし、戦争・内戦ともに少なくなってきている。

 ジェレミー・スケイヒルの「アメリカの卑劣な戦争」にも、わかりやすい例があった。合衆国はイエメンで過激な言動を繰り返すアンワル・アウラキを危険人物と判断し、暗殺した。だが、彼が語る事柄は、それまでアルカイダがアラビア語で語った内容と、ほぼ同じだった。アウラキの言葉が政策決定者の腹に届いたために、より危険と判断されたのだ。

 同じ記事で、私は「テロとの戦い」を、ローマ帝国や中国の歴代王朝が悩んだ蛮族の侵入に例えた。だが、これは多分間違っている。なんたって、被害の絶対量が大きく違う。ローマに侵入した蛮族は周辺地域を攻め落とし、やがて都も手に入れたが、現代のテロリストが引き起こす被害は、せいぜい年に3桁の人命を奪うぐらいだろう。

 一見、パターンは似ているように見えるが、絶対量で見ると桁が3つ4つ違う。ただ、マスコミが大きく扱うので、腹がリスクを過大に見積もったのだ。

【おわりに】

 この記事では理論を中心に紹介したが、楽しく読めたのは、豊富に紹介される実例の方で、自分がいかに勘違いしていたかを何度も思い知らされた。例えば乳癌の最大のリスク要因は、年齢とある。つまり最も乳癌にかかりやすいのはお婆ちゃんであって、若奥様じゃないとか。

 笑っちゃったのは、オウム真理教のテロ能力を分析したギルモア委員会の結論だ。

「オウム真理教の科学者は、社会的、物理的に隔離され、被害妄想が進む指導者に支配されたため、現実から遊離し、健全な判断ができなくなった」

 イカれた奴が率いるイカれた組織は、往々にしてイカれた真似しかできないため、たいした事はできないらしい。

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2016年4月 3日 (日)

ダン・ガードナー「リスクにあなたは騙される」ハヤカワ文庫NF 田淵健太訳 1

私たちは歴史上最も健康で、最も裕福で、最も長生きな人間である。そして、私たちはますます怖がるようになりつつある。これは現代の大きなパラドックスの一つである。
  ――第1章 リスク社会

逸話はデータではない。
  ――第5章 数に関する話

計算能力が高ければ高いほど「腹」の誤りにひっかかることになりにくかった。
  ――第5章 数に関する話

【どんな本?】

 私たちの生活は、危険に満ちている。航空機は墜落し、食料品は化学添加物だらけで、子供を狙う犯罪者は絶えず、癌の罹患者は増え、世界中でテロが頻発している。つい最近も、ベルギーで連続テロが起きた。もう少し暖かくなると、東京でもデング熱に怯えなければならない。

 ところで。デング熱の患者が見つかったのは2014年だ。いったい、どれだけの命が失われたんだろう?

 Wikipedia によると、「感染者の合計は160名」。死者の記述はない。どうやら症状はあまり重くないようだし、早めに治療を受ければ「致死率は1%未満であるとされる」。本当に大騒ぎするほどの事だったのか?

 ちなみに同じ2014年、交通事故では4,113名が亡くなっている(全日本交通安全協会平成26年中の交通事故死者数)。しかも、これは事故発生後24時間以内に亡くなった人だけで、24時間以上持ちこたえた場合は勘定に入っていない。

 とすると、どっちを大騒ぎすべきなんだろう? どっちに気を配るべきなんだろう?

 テロも同じだ。テロに怯える人は多いが、日本で最も最近にテロがあったのは、いつだろうか? それで、何人が亡くなったのだろうか?

 現実にある危険と、ヒトが感じる危険には、大きな違いがある。なぜ違うのか。何が判断を誤まらせるのか、どれぐらい違うのか。どうすれば、危険を正確に評価できるのか。違うことで、どんな問題が起きているのか。

 リスクの評価をテーマに、私たちが判断を誤るメカニズムを心理学的に解説し、より正確に判断を下す方法を数学(というより算数)的に説明する、一般向けの数学・心理学の解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は RISK : The Science and Politics of Fear, by Dan Gardner, 2008。日本語版は2009年5月に早川書房より単行本で刊行。私が読んだのはハヤカ文庫NF版で、2014年7月25日発行。

 文庫本で縦一段組み、本文約506頁に加え、訳者あとがき3頁+佐藤健太郎の解説「合理的なリスク認識のための、現代人必読の書」7頁。9ポイント41字×18行×506頁=約373,428字、400字詰め原稿用紙で約934枚。文庫本なら上下巻でもいいぐらいの分量。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。少し確率の話が出てくるが、掛け算と割り算ができれば充分で、小学校卒業程度の算数ができればついていける。

 ただし、多くの例がアメリカなので、実感が湧きにくい。参考までに大雑把な数字を挙げておくので、読む際は参考にして欲しい。

 アメリカの人口は2014年で約3.2億人、日本の人口は2013年で約1.3億人だ。よって米国の数字を3で割れば、だいたい日本の数字になる。かなり雑な計算だが、本書を読めば、この程度の違いは問題にならないと納得するだろう。それこそ、桁が違うのだから。

【構成は?】

 頭から読む構成になっているが、アチコチを拾い読みしても面白い。適当なところを開いて味見してみよう。気に入る人は、どこから読んでも楽しめるだろう。

プロローグ
第1章 リスク社会
第2章 二つの心について
第3章 石器時代が情報時代に出会う
第4章 感情に勝るものはない
第5章 数に関する話
第6章 群れは危険を察知する

第7章 恐怖株式会社
第8章 活字にするのにふさわしい恐怖
第9章 犯罪と認識
第10章 恐怖の化学
第11章 テロに怯えて
第12章 結論 今ほど良い時代はない
 謝辞/注/訳者あとがき/解説;佐藤健太郎

【感想は?】

 横っ面を何度もひっぱたかれたような気分。

 一言で言えば、「あなたのリスク評価はとんでもなく間違っている」だ。なぜ間違うのか、どう間違うのか、どうすれば防げるのか。それらを、具体例を挙げて何度も畳み掛けてくる。「もうやめて、私のライフはゼロよ!」と言いたくなる。

 最初は私も「うん、ヒトって馬鹿だよねえ」と他人事の気分で読んでいた。そう、どこかで「いや私は騙されないぞ、だって賢いし冷静だし計算できるし」みたいな気分があったのだ。でも、素直に読んでいくと、「あれ?これ俺じゃね?」と思い当たる話が出てくる。決定打になったのが、「第11章 テロに怯えて」。これには完全にKOされた。

 本書が解き明かすのは、「ヒトはどうリスクを評価するか」だ。これは現実のリスクと大きく違っている、間違えるメカニズムはこういう形で、だからこうすれば防げる、そういった事を、多くの逸話によって裏書し、間違えたメカニズムを個々に解き明かしてゆく。

 著者の理論の基礎は、大きく分けて三段階になる。

 全ての基礎になるのは、ヒトの意思決定は二つの思考システムから成る、とする理屈だ。これはジョナサン・ハイトが「社会はなぜ左と右にわかれるのか」で主張しているのと同じで、最近の定説らしい。

 この二つを、著者は「腹」と「頭」と表現する。直感と理性でもいいし、本能と理論(または計算)と言い変えてもいい。

 腹は計算が速く、計算の過程を説明できない。腹は遠い昔のヒトが野生状態の頃に発達し、そういう環境に適応している。獣と出合った時、狩るか逃げるかスグ決めなきゃいけない。理屈を考えていたら、食われるか取り逃がす。森や草原で狩りまたは狩られている頃は決断の速さが命綱だし、理屈なんかどうでもよかった。

 問題は、現代のヒトがライオンに襲われる危険はまずないという事だ。腹は、文明生活とは違う環境に適応しているのだ。

 これに対し、頭は決断が桁違いに遅い。投げたボールをキャッチできる人は多いが、ボールの軌跡を微分方程式で表せる人は少ないし、キャッチするまでの間に解ける人はほとんどいないだろう。モノゴトを論理的に検証しようとすると、個々の根拠の確かさを調べ、理論の矛盾や発生確率も計算しなきゃいけない。私は二桁の掛け算が苦手だ。

 そんなわけで、ヒトは往々にして腹でモノゴトを決める。ただし、腹は計算するが、計算の過程は説明しない。「なぜそう決めたのか」と聞いても、何も答えてくれない。

 ところがヒトって生き物は便利だが難儀な性質を持っていて、頭が理屈を勝手にデッチあげるのだ。そこで一見理に適っているような理屈を繰り出し、頭が結論を出したかのように装う。この手の奇妙な現象は、政治や倫理や宗教についての会話じゃお馴染みのパターンだったりする。

 これだけだと、どうしようもないように思えるが、ちゃんと対策はあるのだ。腹のクセを見極め、それを頭で補正すればいい。が、困ったことに、世の中には腹を刺激して頭を働かせないようにする手口が溢れている。本書の第二段階が腹のクセを語る事で、第三段階が腹を刺激する手口を暴く事だ。

 腹にはどんなクセがあり、誰がどうやって腹を刺激しているのか。それを豊かな事例で解説するのが本書の主題であり、細かくは次の記事で紹介する。

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2016年4月 1日 (金)

王様の耳はロバの耳4

●IBMの創業者トーマス・ワトソンは予想した。
「世界にはコンピュータ5台分の市場がある」と。
愚かな発言と思われがちだが、私は妥当な数値だと思う。
当事の費用でコンピュータを使った時に、モトが取れる組織や個人の数は、その程度だろう。
コンピュータが普及した原因の一つは、値段が安くなりモトが取れる場面が多くなったためだ。

●学校教育などで、カリキュラムに何かを加えろ、と主張するのは簡単だ。
ただし、同時に、何を時間割から削るか、も同時に示すべきだろう。
大抵の場合、何かを加えるより、削る方が遥かに難しい。

●2進数は10桁で0~1023の数を表せる。ほぼ千=1キロだ。
つまり10ビットで1キロまで表現できる。
以下同様に、
20桁=20ビット=1メガ=約百万、
30桁=30ビット=1ギガ=約10億、
40桁=40ビット=1テラ=約1兆となる。

●毎年8%づつ人口が増えると、10年後には人口が2倍になる。
では100年後は?
約千倍に膨れ上がる。

●共感覚(→Wikipedia)という能力を持つ人がいる。
音を色で感じたり、味覚を形で感じたりする。
もしかしたら、霊感や第六感は、これかもしれない。

●その昔、某SF作家は予言した。
# A・C・クラークだと思うが、アイザック・アジモフかもしれない
「やがて電話は役に立たなくなる.。
 人類が増えると電話番号の桁も増える。
 やがて覚えきれない桁数になってしまうだろう」
予言は外れた。
今の携帯電話は番号やメールアドレスを覚えてくれる。
おまけに番号を入力しなくても、赤外線通信で交換すればいい。

●もしかしたらラッパーは現代の詩人なのかもしれない。
詩人というと高尚っぽいが、つまりは人々にウケるネタをリズムに乗せて語っていたのだから。

●吉川英治(→Wikipedia)がいい例なのだが。
昔の作家は何か格調が高そうに思える。
その最大の理由は、ファンの年齢層が高くなったためだろう。
大抵の社会では、年配者ほど社会的地位が高い。
そして社会的地位の高い者に好まれるモノは、高尚と見なされる。
# ライトノベルや週刊少年ジャンプと同じフィールドで勝負し続けて、
# 未だに生き延びている吉川英治って、凄い化け物だよなあ

●「犯人は必ず現場に立ち戻る」
「捕まる犯人は、だろ」

●左脳は論理が強く、右脳は直感に優れる、という説がある。
それはそれとして。
一般に、紳士服と婦人服はボタンのつけたかが違う。
紳士服は右手側にボタンがあり、婦人服は左手側にある。
幼い子供は、ボタンをはめるのが苦手だ。
暫く練習して、少しづつ上達してゆく。
男の子は右手でボタンをはめる。右手の動きを司るのは左脳である。
女の子は左手でボタンをはめる。左手を司るのは右脳だ。

●ただし。
Wikipedia の脳機能局在論の右脳・左脳論によると、
右脳と左脳の機能分担に関して、現時点ではいくつか異論が出ているようだ。

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