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2016年4月22日 (金)

フランク・ディケーター「毛沢東の大飢饉 史上最も悲惨で破壊的な人災 1958~1962」草思社 中川治子訳

1958年から62年にかけて、少なくとも4500万人が本来避けられたはずの死を遂げた――これが本書の見解である。
  ――はじめに 「四千五百万の死」が意味するもの

「私たちにはどういうことになるか、わかっていましたが、思い切って意見を言おうとする人はいませんでした。何か言ったところで、殴られるだけです」
  ――第五章 「衛星(スプートニク)を打ち上げる」

通渭県は、黄河の支流を山の中に迂回させ、不毛な高原を緑の大地に変える水路を建設するという省の計画の要に位置していたため、農民の五人に一人がダム建設に駆り出された。そして、灌漑事業に発破をかけるために派遣された視察団を満足させるために、農民の半数が収穫期の真っ只中に遠く離れた建設現場に引っぱって行かれた。
  ――第三十五章 戦慄の地

四川省の栄県では、県の指導者、徐文正が公式統計には二つのルールを設けるよう命じた。すなわち出生率が死亡率を上回ること、死亡率は2%以上であってはならないことの二つだった。
  ――第三十七章 死者の最終集計

【どんな本?】

 1957年、スプートニク打ち上げで意気が上がったソ連のフルシチョフは宣言する。「15年以内にアメリカを追い抜く」。これに対抗し、毛沢東も対抗した。「中国も15年以内に、イギリスに追いつき追い越す」と。これが人類未曽有の大災厄の始まりだった。

 以後、中華人民共和国は産業力の強化を目指し、人民公社による集団農場や大規模ダム建設、国家あげての製鉄など無数のプロジェクトを立ち上げ、壮大な成果を上げてゆく…少なくとも、書類の上では。

 だが、集団農場は農地を荒廃させ、建設したダムは土地を水没させた上に洪水を引き起こし、製鉄フィーバーは粗悪な鉄を量産した上に鉄道のレールなど鉄鋼製品の品質低下を招き、インフラを崩壊させてゆく。

 その時、中国では何が起きていたのか。人々は目前の危機に対し、どう対応したのか。なぜこんな間抜けな政策がまかり通ったのか。現実を直視し政策の誤りを指摘する者はいなかったのか。事実を示した時、共産党の幹部たちはどんな反応を示したのか。

 「大躍進(→Wikipedia)」と呼ばれる悲劇の実態を、主に地域の档案館に保存された公開資料を基に、多くのインタビューで補いながら描く、衝撃のドキュメント。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Mao's Great Famine : The History of China's Most Devastating Catastrophe, by Frank Dikotter, 2010。日本語版は2011年8月5日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約463頁に加え、訳者あとがき4頁+鳥居民の解説「毛沢東の誤りを認めよと説く幹部がいる」6頁。9.5ポイント42字×18行×463頁=約350,028字、400字詰め原稿用紙で約876枚。文庫本なら厚めの一冊分。

 文章は比較的にこなれている。中国物だけに見慣れない漢字がたくさん出てくるが、その大半は地名・人名などの固有名詞なので読めなくても問題ない上に、ルビもふってある。

 内容も特に難しくない。それまでの歴史的な経緯も第一部で説明がある。「20世紀の中国では国民党と共産党が争い、共産党が勝って大陸を支配し、国民党は台湾に逃れた」ぐらいに知っていれば十分。

 ただし肝心の大躍進自体がかなり悲惨な事件であり、バタバタと人が死んでゆく。次の目次を見ればわかるように、グロ耐性のない人には辛い本だ。

【構成は?】

 第1部で大躍進政策へと至る経緯を語り、第2部以降では様々な視点で現場の様子を描いてゆく。第2部以降は比較的に独立しているので興味がある所を拾い読みしてもいいが、第1部は最初に読んでおこう。

  •  はじめに 「四千五百万の死」が意味するもの
  •  関連年表
  •  中国 1958年(地図)
  • 第1部 ユートピアを追い求めて
    • 第一章 毛沢東の二人のライバル
      スターリンにひれ伏す/フルシチョフを小馬鹿にする
    • 第二章 競り合い開始
      レーニン廟上に立つ/東風は西風を圧倒する
    • 第三章 階級の粛清
      「大いに意気込もう」/忠実な下僕、周恩来/魔女狩りの始まり
    • 第四章 集合ラッパの合図
      デタラメな“土掘り”合戦/“キリング・フィールド”の先駆
    • 第五章 「衛星(スプートニク)を打ち上げる」
      省同士の競争心を煽る/あり得ない数字に酔いしれる
    • 第六章 砲撃開始
      中ソ共同艦隊構想に激怒/金門を砲撃し人民に意欲を高める
    • 第七章 人民公社
      共産主義への黄金の架け橋/軍隊式に働かせる/最後の“やけ食い”
    • 第八章 製鉄フィーバー
      社会主義の聖なる原料/村から農民が消える
  • 第2部 死の谷を歩む
    • 第九章 大飢饉の前触れ
      餓死者は「貴重な教訓」/退却は許されない
    • 第十章 買い漁り
      モスクワへの大量発注/“危ない食品”を輸出
    • 第十一章 「成功による眩暈」
      賢い王と悪い臣下/「半分が餓死したほうが得策」
    • 第十二章 真実の終わり
      蘆山会議の“爆弾”/内外の共謀を疑う/彭徳懐、仕留められる
    • 第十三章 弾圧
      幹部たちの忠誠心比べ/三百六十万人に右傾分子のレッテル
    • 第十四章 中ソの亀裂
      顧問団、引き揚げ/「犯人はソ連」の神話
    • 第十五章 資本主義国の穀物
      死に物狂いで外貨獲得/見栄、プライド、恐怖/途上国をめぐる縄張り争い/援助は一切お断り
    • 第十六章 出口を探す
      モデル省での大量飢餓/劉少奇、天啓を受ける
  • 第3部 破壊
    • 第十七章 農業
      食料モノポリー/指令経済の代償:生産量の水増し,耕作地の消失,流通の破綻,繊維製品の欠乏,家畜頭数の激減,農具の劣化
    • 第十八章 工業
      ノルマに追われ粗製乱造/現代版“苦力”/大赤字でも倒産しない
    • 第十九章 商業
      無駄の積み重ね/どんどん長くなる「行列」/インフレの進行/サービスなしの「制務組」
    • 第二十章 建築
      巨大モニュメント狂/歴史遺産がめちゃくちゃ/丸裸にされた農村/水利事業で故郷を失う/墓を暴き、亡骸を「肥料」に
    • 第二十一章 自然
      屈服させるべき敵/森林の濫伐/大洪水、旱魃/土壌のアルカリ化、塩化/大汚染/スズメ退治の愚行
  • 第4部 生き残るために
    • 第二十二章 飢餓と飽食
      “カースト”に応じて分配/「豚幹部」
    • 第二十三章 策を講じる
      欠乏対策:コネ、賄賂、物々交換,配給名簿をごまかす,こっそり商う,配給票の偽造,闇市場,二束三文で子供を売る
    • 第二十四章 ずる賢く立ち回る
      「共産風」がすべてを奪う/生と死を分けるもの
    • 第二十五章 「敬愛する毛主席」
      「大躍進」を疑った人々/ドグマと噂/空しい陳情
    • 第二十六章 強盗と反逆者
      農民の最後の手段/なぜ大暴動が起きなかったのか
    • 第二十七章 エクソダス
      都市の人口爆発/ゴースト・ビレッジ/退去命令/越境する難民たち
  • 第5部 弱者たち
    • 第二十八章 子供たち
      名ばかりの保育園ラッシュ/生徒たちの勤労動員/受難のとき/「苦しみをくぐり抜けて」/出生率が半減
    • 第二十九章 女たち
      フルタイムで働く/婦人病/性的虐待/売春、人身売買/試練に耐える力
    • 第三十章 老人たち
      家族の解体/“役立たず”の末路
  • 第6部 様々な死
    • 第三十一章 事故死
      安全軽視は宿痾/労働災害
    • 第三十二章 病死
      医療現場の崩壊/伝染病は即座に軍が隔離/「集団化」が病気を作る/泥土を食べる/餓死者
    • 第三十三章 強制労働収容所
      「労改」が生産に貢献/「私立刑場」の乱立
    • 第三十四章 暴力
      「鶏を殺して猿を脅す」/拷問の記録/ゲリラの“新兵訓練”/プレッシャーの連鎖/弱者を“間引く”/ナチ式のクラス分け/「袋小路に追い込まれ、自殺」
    • 第三十五章 戦慄の地
      飢餓の代名詞 河南省信陽地区/恐怖政治 甘粛省通渭県/死亡率10% 四川省重慶地区/“ミニ毛沢東”たちの欺瞞 貴州省赤水県/荒涼たる穀倉地帯 山東省斉河県/逃げ道なし 安徽省
    • 第三十六章 人肉を食べる
    • 第三十七章 死者の最終集計
      亡命幹部による数字/「正常死」と「非正常死」/平均死亡率から割り出す/人口統計学者によるベースライン
    • 終章 文化大革命への序曲
  • 資料について/謝辞/訳者あとがき
  • 解説 毛沢東の誤りを認めよと説く幹部がいる 鳥居民
  • 主要参考文献/原注/索引

【感想は?】

 権力の暴走が何をもたらすのか、その悲惨さをまざまざと見せつけられる。

 大躍進がどの程度に間抜けな政策だったのかは、Wikipedia を見ればだいたいわかる。というか、Wikipedia の記事は、この本も参考としている。

 多くの政策のパターンは同じだ。

  1. 偉い人が、無謀な政策をブチ上げて、農民の多くを動員し、コキ使う。
  2. 完成した物は役に立たないどころか、逆に大きな災害をもたらす。
  3. おまけに農繁期に農民が動員されたため、田畑は荒れて作物は実らない。
  4. 偉い人は叱責を恐れ「大成功」と報告し、報告に応じた年貢を中央に送る。
  5. 村は死屍累々の地獄にかわる。

 例えば甘粛省。ボスの張仲良は中部と西部に水を行きわたらせるため、大水路を計画する。山にトンネルを掘り渓谷に橋を架ける工事に、省の労働人口の70%を動員する。ところが土壌浸食で山崩れが頻発、貯水池は泥で埋まる。農作業を放り出して工事に動員したため、農業は壊滅する。

 間抜けな政策は山もりで、雀退治で害虫が増えたとか、深耕や密植で収穫が壊滅とか、灌漑したつもりが塩害で全滅とか、幾らでも出てくる。おまけに、作物を収穫しても杜撰な保管でネズミや害虫に食われたり、流通が麻痺して野ざらしになった穀物が腐ったり。

 工業も似たようなもんで、高い金払って輸入した工作機械はメンテもせず酷使したため駄目になり、原材料は屋外に放置したため錆び、肉の缶に果物のラベルを貼ったので腐り、機械のスペアや部品は港の倉庫に積み上げられる、ばかりでなく、それらを製品として出荷したから、さあ大変。

 有毒な染料で着色した食品を食べた者は中毒で倒れ、農機具はすぐに壊れ、時計はバラバラな時刻に鳴り響き…

 など現場の状況をあげていくとキリがないし、ネットを漁れば幾らでも出てくる。この本には、そういった愚策の例に加え、こんな狂気の沙汰がまかり通った仕組みと、生き延びるため民衆がどう対応したのかも、生々しく描いている。

 狂気がまかり通った仕組みも、色々ある。上層部では、政策が権力に直結しており、毛沢東に逆らったら転落するため、逆らえなかった。どころか、ご機嫌を取って法螺を吹き、嘘の実績をあげてツケを民衆に回す者が権力を握った。これは中国に限らず組織ではありがちな構図なので意外でもないが。

 元がフルシチョフへの対抗心で始まったため、外交的な見栄も働いている。繊維製品は原価を割って売り飛ばし、宿敵の日本を倒そうとする。飢餓のさなかにキューバ・インドネシア・ポーランド・ベトナムに穀物を提供し、アルジェリア・カメルーン・ケニア・ウガンダ等の共産主義者を支援する。

 ここでもう一度、日本が出てくる。「日本の外務大臣は中国の陳毅外交部長に、小麦十万トンを目立たないように送ると内密に持ち掛けたが拒絶された」とある。時期的に岸内閣の藤山愛一郎か池田内閣の小坂善太郎/大平正芳か。

 現場に近いところで威力を発揮したのが、共同食堂。家庭での煮炊きを禁じ、共同食堂でしか食えない制度にする。これは実に恐ろしいしくみで、食うものを党に握られてしまう。幹部に睨まれたら食えなくなるわけで、命を握られているのと同じことだ。

 こういった絶対的な権力を握った者が、反省なんぞする筈もなく。女は犯し男は殴り殺し、亡くなった者の配給票はネコババして懐を肥やし…

 それでも飢えた者たちは、生き残るため必死に工夫する。駅員や船頭は輸送中の穀物をチョロまかし、郵便局は小包をパクり、農民は畑の作物を盗み食いする。共同食堂に務める者も、当然ながら…。などとコッソリやるばかりでなく、地域によっては党の書記が「近隣の村への襲撃を組織」する始末。

 ここまで追い込まれても、体制が揺らがなかった理由を、著者はこう書いている。

飢餓に見舞われたベンガルやアイルランド、ウクライナなどでも、飢餓状態が確実となった時点では、すでに人々は衰弱しきっており、武器を手に入れ反乱を組織することはおろか隣村に歩いていくことさえ難しくなっていたからだ。

 加えて、毛沢東への個人崇拝もあった。「皇帝は慈悲深いが取り巻きは堕落している」って図式を、人々は信じ込んでいたようだ。

 批判を許さぬ権力が暴走したとき、どんな地獄が出現するか。無能な出世主義者が地位を得たとき、どんな愚かな真似をするか。矛盾に満ちた社会に、人々はどう対応するか。権力の恐ろしさを、つくづく感じる一冊だ。

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