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2016年4月 5日 (火)

スタニスワフ・レム「短編ベスト10」国書刊行会 沼野充義・関口時正・久山宏一・芝田文乃訳

《分割せよ、而して治めよ》の原則に基づいて行動したペンタドコイのマルモゼルは、公的に許される性の数を法的に定めた。彼が治めた時代、男性と女性の他に、跳性、旋性があり、さらに補佐的な二つの性、下支郎と塗摩子があった。
  ――航星日記・第二十一回の旅

【どんな本?】

 2001年にポーランドで出版された、ファンによる投票を元に批評家とレム本人の意見を反映した短編集「ファンタスティックなレム」収録の15編より、既に日本語で翻訳・出版されている5編を除いた短編集。シリーズ物の多いレムだけあって、収録作の多くは「泰平ヨン」「ロボット物語」などのシリーズから取られている。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2016年版」でベストSF2015海外篇の9位に輝いた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2015年5月20日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約357頁に加え、沼野充義による解説「<メニッペア>としての小説 短編作家としてのレムを称えて」16頁。9.5ポイント44字×19行×357頁=約298,452字、400字詰め原稿用紙で約747枚。文庫本なら厚めの一冊分ぐらい。

 全般的に、レムにしては読みやすい作品が多い。あくまでも「レにしては」だけど。さすがに時代を反映してコンピュータやメカの描写は紙テープが出てくるなどいささか古臭いが、肝心のアイデアはレムならではのヒネリと考察に満ちていて、決して古びてはいない。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 元題 / 初出 / 訳者 の順。

三人の電騎士 / Trzej elekrycerze / ロボット物語 1964 / 芝田文乃訳
 古の偉大な発明建設家は、美しく賢い生物を作ろうとして、恒星から遠く離れ凍てついた惑星で、結晶体の生物・氷晶人(クリオニド)を作り出す。氷晶人は氷の町や宮殿を建設し、オーロラで明かりを灯す。美しく輝く氷晶星を手に入れんと冒険家たちが氷晶星に赴いたが…
 レム爺さんのSF風味なお伽噺。適度に古めかしいファンタジイ風味の語り口と、登場するロボットやクリオニアなどカタカナのルビが生みだすミスマッチ感が、楽しげでユーモラスな気分を盛り上げる。このまんま漫画か絵本にしてもいいぐらい、親しみやすい作品。
航星日記・第二十一回の旅 / Podróż dwudziesta pierwsza / 泰平ヨンの航星日記 1971 / 関口時正訳
 長い旅で最新情報に疎くなった私は、大量の文献を仕入れ、静かな所でじっくりと読み解き始めた。中の一つに触発された私は、人類と瓜二つの生物が見つかった「二分星」へと向かう。そこには耕地のような所に、寝室用の化粧台や陳列ケースやスツールが…生えていた。
 本題に入る前からレムの奇想が冴え渡り、冒頭から物語は二転三転してゆく。たぶんテーマは「信仰」だと思うんだが、その周囲で展開する二分星の文明・文化があまりにも奇妙奇天烈で、華々しいアイデアを楽しんでいるうちに肝心のテーマが見えなくなったりw
 若い人は、少しポーランドについて知っていると、より深く味わえる。カトリックが盛んな国で、なんと国民の95%に及び(→Wikipedia)、信仰はソ連の支配下でも揺るがなかった。二分星の歴史が、軍事力・経済力や流行ではなく、主義主張を中心に語られるのも、東欧らしい味わい。
洗濯機の悲劇 / Tragedia pralnicza / 「泰平ヨンの回想から」シリーズ 1966 / 芝田文乃訳
 旅から帰ってきた時は、二大洗濯機メーカーの熾烈な競争の真っ最中だった。まずヌッドレッグ社が全自動洗濯機を投入する。これは色物と白物を区別するだけでなく、アイロンかけ・ほつれの繕い・縁かがりに加え、イニシャルまで刺繍する。対してスノッドグラス社は…
 冒頭はマイナスイオン家電の騒ぎを予言するかのような展開で、資本主義を皮肉っているのかと思ったら、話は予想もしない方向へと転がってゆく。ちょうど今は人工知能が話題になっているためか、余計に楽しく読めた。かつてニューロだファジイだと売り込んだ家電業界が、安く大容量化したメモリを使い、IPv6 とディープラーニングを活用したら…
A・ドンダ教授 泰平ヨンの回想録より / Profesor A. Dońda, Ze wspomnież Ijona Tichego / 「泰平ヨンの回想から」シリーズ 1982 / 芝田文乃訳
 グルンドュワユとランブリア国境の近くで、我輩はこれを書いている。ドンダ教授は刻み煙草が切れたため、代用品を探しに行っている。ヨーロッパではペテン師扱いされたドンダ教授だが、ランブリアでは彼の研究テーマが高く評価されるばかりでなく、実際に優れた実績を挙げてしまったのがことの始まりで…
 紛争が続くアフリカの一画を舞台とした作品。ランブリアの社会は、腐敗が蔓延するアフリカ諸国の現状を見事に皮肉っている。その中で怪しげな研究にのめり込むドンダ教授の掴みどころのなさは、「コンゴ・ジャーニー」に登場するマルセラン博士を連想してしまう。
ムルダス王のお伽噺 / Bajika królu Murdasie / ロボット物語 / 芝田文乃訳
 王位を継いだムルダスは、臆病で自尊心が強かった。広い宮廷を歩き回るムルダス王は、「立入禁止」と書かれた扉を見つける。国王に何かを禁ずるとは不届きな、と憤慨した王は、扉を開けて進み、見捨てられた塔にたどり着く。そこには占い箱が残っており…
 絶対的な権力と臆病さが結びつくと、困ったことになるのは王制イランのパーレビが証明してるが、レムの手にかかると大変な方向にスッ飛んでいくから楽しい。コンピュータが蔓延する前のアナログなメカ描写も、今となっては独特の味になってたり。
探検旅行第一のA(番外編)、あるいはトルルルの電遊詩人 / Wyprawa Pierwsza A. czyli Elektybalt Trurla / 宇宙創世記ロボットの旅 1965 / 沼野充義訳
 あるとき、トルルルはコンピュータを作った。間抜けなくせに生意気なコンピュータを、クラパウツィウスに笑われたトルルルは、意地になって詩を書ける機械を作り始める。まずはサイバネティックス文学82万トンと詩1万2千トンを集め…
 「どうせやるなら根本的な所から問題を見直そう」と考えるのはプログラマの悪い癖で、それに充てられる時間と能力が揃っていると、往々にして当面の目的とは全く違った無意味(に見える)事をやりはじめたりする。時代的にレムがプログラミングを知っているとは思えないんだが、よくこんな事を思いついたなあ。
自励也エルグが青瓢箪を打ち破りし事 / Jak Erg Samowzbudnik bladawca pokonał / ロボット物語 / 芝田文乃訳
 ボルダル王が客人として迎えた電知ハラゾンは、法外な値で異様な生物アントロポス・ホモスを手に入れると王に約する。それは青白く、蝋より柔らかく、顔の下の裂け目で様々な音を出し、また同じ裂け目で様々な物体を粉砕して吸い込み、水からできているくせに不透明で…
 「三人の電騎士」同様に、お伽噺っぽいお話。さて、ホモスの正体は…って、言うまでもないか。この後の展開は、ちょっと竹取物語っぽかったり。これまた絵本や漫画にしたら、子供にもウケそうな作品。誰か描いてくれないかなあ。
航星日記・第十三回の旅 / Podróż trzynasta / 泰平ヨンの航星日記 1957 / 関口時正訳
 天才「オー」先生を生んだ星として有名なスペルフェノミア星を目指し地球を旅立ったのだが、磁界渦に巻き込まれて往生していたところ、突然の来客に驚かされた。「開けろ!警察だ!」
 「完全な真空」なんて作品を書いているレムだけあって、架空の理論や思想をデッチあげる手管は見事なもの。事あるごとに当局にイチャモンをつけられるピンタ自由大魚国の社会は、当時のポーランドを皮肉ったものだろう。続くパンタ国も、凄まじいオチが待っている。
仮面 / Maska / 仮面 1976 / 久山宏一訳
 目を開き微笑みながらドレスを引きずって先へ進むと、そこは宮廷舞踏会でした。わたしを見て殿方はひそやかに、ご婦人は嫉妬に満ちた溜息を漏らします。彼は廷臣たちに取り囲まれ、わたしに冷たい視線を向けました。振り返ったわたしは低く跪礼し身を屈めました。彼は国王だったのです。
 この短編集の中では、際立って異彩を放つ作品。絢爛豪華な舞踏会で始まる、女性の一人称って時点で、他のレムの芸風と大きく違う。一人称の語りだけあって、主人公の正体も冒頭からナニやら怪しげで、「なんじゃこりゃ」と思ってたら…
テルミヌス / Terminus / 宇宙飛行士ピルクス物語 1968 / 久山宏一訳
 ピルクスが飛ばす羽目になったロケットは歴戦の兵らしく、絶縁板は腐食しケーブルはつぎが当たりほつれ油圧圧搾装置は油が漏れる。反応炉まで降りて行くと、老いさらばえたロボットがいる。古くガタがきているだけでなく、ボケているようだ。「テル・ミヌスは……ここに――います――寒・い――よく――見えない」
 大型の原子力ロケットが直接に地表から離着陸し、リレーを使ってたりと、細かい部分はさすがに時代を感じさせるが、オンボロなロケットの船内やロボットのテルミヌスの描写は、スターウォーズの小汚いミレニアム・ファルコンを先取りしてるかも。ホラー風味なのもレムには珍しい。
<メニッペア>としての小説 短編作家としてのレムを称えて : 沼野充義

 訳者の芝田文乃は、レムを原文で読みたいがためにポーランド語を学んだとか。こういう熱心な人がいてくれるお陰で、私のような怠け者もレムを楽しめるのはありがたい限り。

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