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2016年3月13日 (日)

アントニー・ビーヴァー「第二次世界大戦 1939-45 中」白水社 平賀秀明訳

 主要国の対立軸が、「英米ソ」対「独日」という形で整理される以前、ドイツ相手の戦争と、日本相手の戦争は、それぞれ別個の軍事衝突として進行していた。
  ――第18章 戦火は世界に 1941年12月~1942年1月

ボリシェヴィキ嫌いのコサックたちは、ドイツ軍を当初歓迎したけれど、そうした善意は恥知らずなほど踏みにじられてしまった。「地元民にとって、われわれはつまり、解放者としてやってきたわけだ」とドイツのある上等兵は苦々しい調子で書いている。「かれらのなけなしの種トウモロコシ、野菜、食用油、その他もろもろを“解放”する人間として」
  ――第22章 「ブラウ(青)作戦」 ふたたびソ連を攻める 1942年5月~8月

戦略的意味から言えば、太平洋戦争の趨勢を実際に変えたのは「ミッドウェー海戦」であろうが、二つの島(トゥラギとガダルカナル)をめぐるこの戦いは、太平洋戦域の戦争に、心理的転換点をもたらしたのである。
  ――第23章 太平洋の反撃 1942年7月~1943年1月

 ドイツ食料省を預かり、国民の食の問題をもっぱら主管するヘルベルト・バッケに対しては、「飢餓計画」の総元締めとして、3000万人にのぼるソ連国民を飢え死にさせることが求められた。
  ――第28章 ドイツ占領下の諸相 1942年~1943年

 新たに確保されたほとんどすべての島で最優先におこなわれたのは飛行場の設営だった。
  ――第30章 太平洋、中国、ビルマ 1943年3月~12月

肝心なのは、つねい相手より素早く動き、先駆けて高地を占領することだと、イギリス側はそうした教訓を学ばずに終わったが、山岳戦では結局、地形の高低差がすべてを決するのだった。
  ――第32章 シチリア島からイタリア本土へ 1943年5月~9月

「フェルドマンはたったひとりで死ななければならなかった。1943年の春に、かれ以外のユダヤ人はひとりも生存していなかったから」
  ――第33章 ウクライナと「テヘラン会議」 1943年9月~12月

  アントニー・ビーヴァー「第二次世界大戦 1939-45 上」白水社 平賀秀明訳 から続く。

【「読みやすさ」を訂正】

 先の記事で「第二次世界大戦の経緯を大まかに掴むには適した本」と書いたが、ちと訂正。ズブの素人には少し不親切だ。

 あの戦いには、幾つか有名な場面がある。上巻で扱う年代だと、ノモンハン戦争(→Wikipedia)・ダンケルクの戦い(→Wikipedia)・冬戦争(→Wikipedia)などだ。ところが、この本では、こういった有名な場面について、ハッキリと名前をつけた章を立てていない。文中にはノモンハンの名が出てくるのだが、見出しにはなっていない。

 戦争には様々な局面があり、その局面どおしは綺麗に分かれているわけじゃない。例えばダンケルクの撤退がいつ始まりいつ終わったのかは、人により意見が分かれるだろう。ハッキリと「ココからココまで」と線を引けるもんじゃない。そう考えれば、歴史家の書いた本としては誠実な態度ともいえる。

 とはいえ、第二次世界大戦ほど大きな事件ともなれば、一気に全体像を掴むのは難しい。幾つかの場面に区切って名前をつけ、それの繋がりとして見たほうが、素人には親切だろう。そんなわけで、有名な場面や事件には、小見出しをつけるなどの工夫があれば、素人には親切だったなあ、と思う。

 名前がついていれば、Wikipedia で調べるなり、他の人に聞くなり、他の本を読んで掘り下げるなりもできるし。そう考えると、ズブの素人には少し敷居が高く、入門書には向かない本だ。Wikipedia などで全体像を掴んだ人が更に細かく調べるか、逆に個々の場面に詳しい人が全体像を整理するか、そんな位置づけの本だろう。

【構成】

 上中下全体の構成は、前の記事を参照。

  • 凡例
  • 第17章 中国とフィリピン 1941年11月~1942年4月
  • 第18章 戦火は世界に 1941年12月~1942年1月
  • 第19章 「ヴァンゼー会議」と死の収容所 1941年7月~1943年1月
  • 第20章 日本軍の占領と「ミッドウェー海戦」 1942年2月~6月
  • 第21章 砂漠戦の敗北 1942年3月~9月
  • 第22章 「ブラウ(青)作戦」 ふたたびソ連を攻める 1942年5月~8月
  • 第23章 太平洋の反撃 1942年7月~1943年1月
  • 第24章 スターリングラード 1942年8月~9月
  • 第25章 「エル・アラメインの戦い」と「トーチ作戦」 1942年10月~11月
  • 第26章 南ロシアとチュニジア 1942年11月~1943年2月
  • 第27章 カサブランカ、ハリコフ、チュニス 1942年12月~1943年3月
  • 第28章 ドイツ占領下の諸相 1942年~1943年
  • 第29章 「大西洋の戦い」と「戦略爆撃」 1942年~1943年
  • 第30章 太平洋、中国、ビルマ 1943年3月~12月
  • 第31章 「クルクスの戦い」 1943年4月~8月
  • 第32章 シチリア島からイタリア本土へ 1943年5月~9月
  • 第33章 ウクライナと「テヘラン会議」 1943年9月~12月
  • 第34章 ガスによる「ショア(大量虐殺)」 1942年~1944年
  •  略号一覧

【お話の流れ】

 上巻はドイツの怒涛の快進撃で始まり、真珠湾の鮮やかな奇襲で終わった。この中巻では枢軸側の勢いが翳りを見せ、ミッドウェー海戦とスターリングラードを境に引き潮へと向かう。

 今までの第二次世界大戦物だと、この頃の記述は北アフリカとイタリアが中心の作品が多い。それに対し、ソ連崩壊の作品だけあって、東部戦線の様子が詳しくわかるのが、この作品の特徴のひとつ。

 また、大日本帝国の戦いでは、太平洋と中国を並行して描き、政略・腺略的な面での両者の関わりがわかること、また蒋介石の思惑も比較的に詳しく書いている。反面、スターリンについては多くの筆を割いているのに対し、毛沢東についてはおぼろげにしか掴めない。これは、資料が手に入りにくいためか、たいして働いていないためか。

【人の評価】

 淡々と事実を書くのではなく、有名な人については著者なりの評価をしていて、結構厳しい。

 スターリンは欲深で猜疑心の固まり、チャーチルは意志強固だが余計な口出しが多すぎ、ヒトラーは冷酷非情な理想主義者、ローズヴェルトは賢いがスターリンに対してはお人よし。意外なのが蒋介石で、苦労人に描かれている。注目の大日本帝国の人については、単に事実を書くだけに留まっているのが残念。

 中巻から下巻にかけて、散々にコキおろされるのがバーナード・モントゴメリー。登場していきなり「うぬぼれが強く、野心家で、他人には容赦がなく、時に限度を超えて滑稽にさえ思えるほど自己評価の高い」とええトコなし。この後も大口を叩くが優柔不断と、酷いいわれようだ。他著者の本でもモンティの評価はアレなんで、イギリス人にも好かれてない模様。

【東部戦線】

 スターリングラードについて、既に著者は「スターリングラード 運命の攻囲戦 1942~1943」で詳しく書いている。開けた土地での戦いに長けたドイツ軍を、ゴチャゴチャした都市スターリングラードに釘付けし、その間に戦力増強に努め、ドイツが疲れ果てた所で一気にひっくり返す、「天王星作戦」だ。

 この後、包囲されたパウルスと第六軍への空中補給を安請け合いするゲーリングの姿は、いわゆる現場の仕事をしている人なら、身近な憎たらしい誰かをつい思い浮かべてしまう場面。あなたの周りにもいませんか、ボスの前じゃ大見得切るくせに、納期が迫ると決して約束を果たさない奴。

 同時に氷付けのレニングラードの様子もアッサリと「なにしろ100万人近い人間が命を落とした」と攻囲戦の恐ろしさを感じさせる。

【大日本帝国関係】

 同じ頃、ガダルカナルは三万六千の兵員中「一万五千人は飢餓」で亡くなっている。こういう補給軽視の体質は今後も祟りまくるんだが、それの指摘が少ないのは、ちと手緩い。

 とまれ、日本人全体に対しては…

日本人は、同じく帝国主義者であるイギリス人には、ある種の敬意をもって接したが、他のアジア人種、なかんずく中国人に対しては、敬意の欠片も見せなかった。

 と、なかなかに手厳しい。また、従軍慰安婦についても、「日本国政府の最上層部の明確な承認があったはず」と断罪している。

 とまれ、占領地の政策に関しては、ドイツ軍による抑圧と虐殺を細かく描いているのに対し、帝国陸海軍の占領地についての記述はほとんどない。おそらく資料の多寡や取材のしやすさなどが違うためだろうが、も少し埋める努力が欲しいところ。

【情報戦】

 北アフリカ戦線を決したのは補給であり、補給を決したのは暗号、と感じるのがエル・アラメイン。なにせドイツ軍の暗号は筒抜けで、地中海を渡りロンメルに物資を運ぶ輸送船は潜水艦と爆撃機でバカスカ沈められる。

 ここでもエル・アラメインの功労者はモンティじゃないとくり返してるあたりが意地悪いw

補給線を容赦なく叩いたイギリス「陸軍砲兵隊」と「砂漠空軍」、ならびに枢軸側の地中海における生命線を寸断したイギリス海軍および連合軍の航空部隊の名を挙げるのが、より適切であろう。

【群集心理】

 エグい場面が多い本だが、最も怖かったのは全く違う所。東部戦線で第六軍が壊滅した後、危機感を感じたナチ党はベルリンのスポーツ宮殿で大衆集会を開く。ゲッペルス宣伝省の手腕は冴え渡り、彼の「諸君、総力戦を望むか?」の声に一斉に立ち上がって応える。怖いのは、取材で訪れた「ナチズムを心底嫌う記者」まで…

自分もその場の空気に呑まれて、思わず立ち上がってしまい、「ヤー(はい、望みます)!」と唱和しないよう自制するのがやっとだった

 と言っている点。こういった、周囲のノリに飲まれる気分は、私もロック・コンサートなどで何度も味わっていて、とっても気持ちがいいんだよなあ。コンサートならグッズに浪費するぐらいで済むけど、政治や宗教が絡むと恐ろしい事になる。

 こういうのは、幼いうちにデパートの屋上で特撮ヒーローショーに歓声をあげたり、若いうちにヘビメタのコンサートでヘッドバングしたりして免疫つけとくのが無難だと思うんだけど、あなたどう思います?

【小説ネタ】

 第二次世界大戦は欧米の小説じゃ定番のネタで、この本を読みながら「お、これは」と思う記述がアチコチにあるのも嬉しい所。

 イギリスから北極海をわたりソ連に向かう冬の補給船団で、船に氷がこびりつき斧で氷を引き剥がす場面は、「女王陛下のユリシーズ号」を思い出す。また、強制収容所の看守がウクライナ人って所では、「ザ・ストレイン 暗黒のメルトダウン」の某人物を思い浮かべたり。

【新兵器】

 戦線が膠着した第一次世界大戦と違い、第二次世界大戦では大きく戦場が動く。これはやはり戦車の威力が大きく、次いで航空機の発達も強い印象を残す。特に太平洋の戦いでは、空母が目玉になる。地味ながらも目立つのが、軍ヲタはアハト・アハト(→Wikipedia)と呼ぶ八八ミリ対戦車砲で、戦車殺しとして大活躍する。

【おわりに】

 終盤は虐殺の話が延々と続くので、どんどん気分が暗くなる巻だが、この後は更に酷い場面が待ってるんだよなあ、などとビビりながら次の記事に続きます。

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