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2016年3月16日 (水)

アントニー・ビーヴァー「第二次世界大戦 1939-45 下」白水社 平賀秀明訳 2

フォン・ルントシュテット元帥は、敵方の「アーヘン突出部」を粉砕するという限定的攻撃を念頭に、そのための準備を完璧に終えていた。だが、アントワープに向けた大攻勢なんて、およそ現実離れした話だと分かっていた。(略)
連合軍がこの作戦をまるでかれの発案のように「ルントシュテット攻勢」と呼んでいることをのちに知り、元帥閣下は怒りを滾らせることになる。
  ――第43章 アルデンヌとアテネ 1944年11月~1945年1月

やがて「大和」はゆっくりと横転を始め、爆発。「矢矧」およびその他の駆逐艦とともに、海へと沈んだ。この大がかりな出撃は、近代戦の歴史のなかでも最も無意味なもののひとつに数えられている。しかもそれにより、数千人の海軍将兵がその命を奪われたのである。
  ――第45章 フィリピン、硫黄島、沖縄、東京大空襲 1944年11月~1945年6月

驚くべきは、シュパンナー教授とその一派が裁判に一度もかけられなかったという事実である。人間の死体を加工処理する行為を、犯罪として定義する法律そのものが、この世に存在しなかったためである。
  ――第46章 ヤルタ、ドレスデン、ケーニヒスベルク 1945年2月~4月

ロシアの古い言い回し 「勝者は裁かれない」
  ――第49章 死者たちの街 1945年5月~8月

「アジア=太平洋戦争において広範囲に見られる日本兵の人肉食は、個人もしくは小グループが極限の状況下でたまたま犯した行為以上のものだった。各種の証言は、人肉食が制度化され、組織的に実行された軍事戦略だったことを示唆している」
  ――第50章 原爆投下と日本平定 1945年5月~9月

 アントニー・ビーヴァー「第二次世界大戦 1939-45 下」白水社 平賀秀明訳 1 から続く。

【終戦後に明らかになった醜聞】

 最も有名な醜聞は、ドイツが作った強制収容所だろう。

 東部戦線では、赤軍の進撃があまりに早いため、ナチス親衛隊は証拠隠滅の暇もなかったので、幾つかの収容所がほぼ手付かずでソ連に見つかっている。これを知ったスターリンは、当然ながら政治宣伝に利用する。外国人記者を招き、取材させるのだ。その最につけた条件が、なかなかいやらしい。

受けた受難をありようを報じる際、ユダヤ人を特別扱いするような言説は、厳に禁じるということである。「マイダネク」の犠牲者はただ、ソ連市民、ポーランド市民とだけ形容された。

 まあ、嘘じゃないけどね。

 ただし、多少なりとも時間に余裕があった場合は悲惨な事になる。最大の証拠である収容者を銃殺するのだ。バレちゃヤバいと思ってるなら、最初からやるなよ。これだから報道の自由は大事なんだよなあ。マスコミに言いふらされるとわかってたら、絶滅収容所なんか作らないでしょ。

 なかには「ダンツィヒ解剖医学研究所」みたく死体を「皮革や石鹸にかえる実験」なんて、何の意味があるんだ?

 これは帝国陸軍も負けちゃいない。有名な731部隊(→Wikipedia)の話も出てきて、オチが切ない。米軍にデータを引き渡す代わりに、関係者が免責されるのだ。

 冒頭の引用にあるように、日本軍は人肉食もあった。しかも、組織的に。犠牲になったのは、地元民や捕虜、そして人肉食を拒む友軍兵士。しかも…

太平洋戦争で亡くなった兵士の家族が真相を知った場合、あまりに大きな動揺を与えるため、連合軍としても表沙汰にしづらく、結局、人肉食については1946年の東京裁判で訴因として取り上げられることは一度もなかった。

 と、敢えて伏せている。素直に降伏して捕虜になりゃ、敵の補給線を圧迫できるのに←そういうこっちゃねえだろ

【無意味な殺し合い】

 終戦が目に見えている、または終戦がわかっているのに、戦闘が続いている場面は、本当に読んでいて悲しくなる。第四次中東戦争のように、体戦時の前線が交渉で意味を持つならともかく、何の意味もない戦闘で将兵が死んでいくのだ。

 とはいえ、中には、それもまた信念と思えるケースもあって、例えば包囲されたベルリンにフランス人が救援に来ている。曰く、

ベルリン官庁街を守る上で最も粘り強く戦ったのは、北欧およびフランスの出身者からなる武装親衛隊所属の二個外国人分遣隊だった。

 とある。どの国にも、全体主義が好きな人はいて、そういう人にはナチズムがウケるんだろう。これについては、ジョナサン・ハイトの「社会はなぜ左と右にわかれるのか」が、とても面白い。極論すると、脳がそうなっているらしい。他のソースによると、遺伝の影響も強いとか。

 まあいい。無意味な殺し合いに戻ろう。読んでいて悲しくなるのは、ベルリン陥落後の描写だ。西側連合軍がいるエルベ川に向け、第九軍らが逃げるのに対し、コーネフ配下の部隊が襲い掛かる。なぜ赤軍が戦う必要がある? もう勝利は決まっているじゃないか。ベルリンをジューコフに取られた腹いせか?

 これは帝国陸海軍も同じで。大和の特攻を、著者は「最も無意味なもののひとつ」と切って捨てる。大井篤も「海上護衛戦」で「馬鹿野郎」と癇癪を起こしている。やはり悲しいのが、玉音放送の後に、「一部のパイロットは最後の『玉砕』任務に飛び立っていった」こと。

 そして、最悪なのが、宮城事件(→Wikipedia)だ。玉音放送の前夜、陸軍の一部の将校がクーデターを企て、敗戦受諾を阻止しようとしている。これ以上、戦争を続けてどうなるんだ?

【戦後への影響】

 敗戦後の日本では多くの国民が飢えた。もともと多くの食糧を輸入に頼っていたが、軍が徴用した商船がボカスカ沈められたので輸送力が無くなった上に、凶作も災いした。加えて、国際的な食糧不足でもあったようだ。この食糧不足は、日本が自ら招いた結果なのが情けない。というのも…

日本軍による挑発や、あるいは農作業の妨害により、東南アジア、蘭領東インド(現インドネシア)、フィリピンの各地ではすでに飢餓が発生していた。かれらの略奪で農業は混乱に陥り、次の作付け用の種籾もほとんど残らぬほどだった。地域の一大穀倉地帯だったビルマは、戦争が終わるころには自分の口を賄うのがやっとという水準まで収穫量を減らしていた。

インドシナ北部では、状況はさらに過酷だった。農民はコメではなく、ジュートの栽培を強制され、しかもあらゆる船舶を日本側が押さえたため、南部のコメを持ってくることさえできなかった。

 …そりゃ、共産化するよなあ。どこが大東亜共栄圏だよ。

 しかも、共産化を手伝ったのはベトナムだけじゃない。一発逆転を狙った一号作戦(大陸打通作戦,→Wikipedia)だが、これは国民党軍に大きな打撃となった結果、

共産党は国民党軍の敗北をむしろ奇貨として、その部隊を南下させ、国民党軍が放棄せざるを得なかった地域をわがものとしていた。

 おまけに、ソ連による満州侵攻後、日本軍が置いていった武器・弾薬は、共産党軍が手に入れる。これが後の国共内戦で活躍するわけだ。大日本帝国が、中国の共産化を手伝った形になっている。なんだかなあ。

 内戦に陥ったのは中国だけじゃなく、ギリシアやユーゴスラヴィアも内戦へと突入する。東欧崩壊後もユーゴスラヴィアは内戦になったが、つまりは第二次世界大戦後の内戦が再開しただけなのかも。

【スターリン・ジョーク】

スターリン「ローマ教皇はいったい何個師団を持っているのかね」

 これはスターリンがヴァチカンを恐れたという話になっているが、実態は全く違うらしい。スターリンはポーランドを手に入れるつもりだった。チャーチルがそれを止めようとして、ヴァチカンの逆鱗に触れるそ、と脅したのに対し、先のように答え…

スターリンは自分がいま何個師団を持っているのか、いったいどれほどの土地を押さえているのかを誇示してみせたのだ。

 信じるものは力だけ、というスターリンの冷徹なまでにリアリスティックな性格がよく出ている。

【原爆】

 原爆について、トルーマンの思惑を、こう推測している。本土決戦を避ける他に、「ソ連に対する脅しの効果」もあった、と。まあ、順当な推測だろうなあ。

【おわりに】

 他にも、戦争神経症の話とか、ビルを制圧するには上の階からとか、ジューコフのサーチライトは失敗だよねとか、読み所は幾らでもある。一つの艦隊に二桁の空母が属してたり、今じゃ想像もつかない贅沢振りだ。ただ、戦場になった土地に住む民間人の話が、ロシア西部や東欧は沢山出てくるのに対し、アジアの人の声が無いのは不満。

 とまれ、戦争とはどういうものかを知るのに、優れた本であることに変わりはない。特に下巻は読みどころ満載なので、多くの人に読んで欲しい。戦争ってのは、単なる殺し合いってだけじゃなく、戦場になった土地に住む無関係の人まで殺しまくるものなのだ。

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