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2016年3月15日 (火)

アントニー・ビーヴァー「第二次世界大戦 1939-45 下」白水社 平賀秀明訳 1

ムッソリーニは1930年代に途方もない予算を投じ、「ポンティノ湿原」の水抜きをおこない、「第一次世界大戦」の復員軍人10万人を入植させ、この干拓地を一大穀倉地帯に見事変貌させたのである。マラリアを広める現況だった蚊もほぼ根絶させた。
  ――第35章 イタリア 硬い下腹 1943年10月~1944年3月

日本側の攻撃は、自殺願望でもあるのかと思うほど、ひどく律儀で几帳面だった。なにしろかれらは同じ地点を、同じ時間に攻撃してくるのだ。
  ――第37章 太平洋、中国、ビルマ 1944年

 ミンスクでは、復讐は容赦なく実行された。特に“ヒヴィ”として「ドイツ国防軍」の走狗となった元赤軍兵士は、ひとり残らずその対象とされた。白ロシアではじつに人口の1/4が殺害されており、当然ながら、私的制裁に走るものもいた。
  ――第39章 バグラチオンとノルマンディー 1944年6月~8月

日本軍の戦死者174万人のうち、10人に6人は病死もしくは餓死だったと推計されている。外国人に対する日本軍の戦争犯罪がどれほどの規模だったかはともかくとして、大本営の参謀たちは、まずは自国の兵士に対しておこなった犯罪行為によって、当然糾弾されるべきであろう。
  ――第41章 「一号作戦」とレイテ攻勢 1944年7月~11月

 アントニー・ビーヴァー「第二次世界大戦 1939-45 中」白水社 平賀秀明訳 から続く。

【構成は?】

 上中下全体の構成は、上巻を参照。

  • 凡例
  • 第35章 イタリア 硬い下腹 1943年10月~1944年3月
  • 第36章 ソ連の春季攻勢 1944年1月~4月
  • 第37章 太平洋、中国、ビルマ 1944年
  • 第38章 期待の春 1944年5月~6月
  • 第39章 バグラチオンとノルマンディー 1944年6月~8月
  • 第40章 ベルリン、ワルシャワ、パリ 1944年7月~10月
  • 第41章 「一号作戦」とレイテ攻勢 1944年7月~11月
  • 第42章 しぼむ終戦期待 1944年9月~12月
  • 第43章 アルデンヌとアテネ 1944年11月~1945年1月
  • 第44章 ヴィスワ川からオーデル川まで 1945年1月~2月
  • 第45章 フィリピン、硫黄島、沖縄、東京大空襲 1944年11月~1945年6月
  • 第46章 ヤルタ、ドレスデン、ケーニヒスベルク 1945年2月~4月
  • 第47章 エルベ河畔のアメリカ軍 1945年2月~4月
  • 第48章 ベルリン作戦 1945年4月~5月
  • 第49章 死者たちの街 1945年5月~8月
  • 第50章 原爆投下と日本平定 1945年5月~9月
  •  謝辞/訳者あとがき
  •  地図一覧/口絵写真一覧(クレジット)/略号一覧
  •  主要人名索引

【全体の印象】

 思った通り、読むのが辛い最終巻だ。日本にとっては負け戦ってのもあるが、他にも辛い点が多い。大きくわけて、次の5点だろうか。

  • 略奪・強姦・虐殺などの残酷場面。
  • 政治と軍事のジレンマ。戦後情勢を睨むか、早く戦争を終わらせるか。
  • 卑劣な権力者の姿。
  • 戦後に明らかになった醜聞。
  • 終戦直前の無意味な殺し合い。

 他にも読むのが苦しい要素が沢山あるが、それでも読む価値は高い本だと思う。特に下巻は問題提起が山盛りなので、これ一冊だけでも是非読んで欲しい。山ほどの宿題を出された気分になる。そう考えると、巻末に参考書籍の一覧がないのが少し残念。

【残酷場面】

 どの場面でも、ひたすら人が死にまくる。ちょっと有名なイベントを並べてみよう。

 どれもこれも、人が死にまくる話ばかりで、それぞれが文庫本5冊分ぐらいの本が書けるだけの大戦闘だし、背景にあるドラマはひどく切ないものがかりだ。しかも、インパール作戦とかは明らかに無謀な作戦で、ツケ上がった軍上層部の妄想のお陰で前線の将兵が犠牲になるんだから泣きたくなる。

 こういった戦場の話に加え、その周囲でも虐殺が起きるんだから嫌になる。進軍した赤軍が、占領地で最初にやるのは、対独協力者狩りだ。一見もっともなようだが、何せ戦争中である。悠長に裁判なんざやってるヒマはない。

 敵の捕虜になった者は殺す。敵に徴集され働いていた者も殺す。敵の軍服を奪い着込んでいた兵も殺す。ワルシャワ蜂起で独軍に戦いを挑んだ者も、共産党政権のライバルになるから殺す。民間人でも、敵に食糧などを与えた者は殺す。

 西側だって、ドレスデン空襲や東京大空襲(→Wikipedia)に代表される戦略爆撃で殺しまくる。

 なぜ戦略爆撃かというと、橋や工場などの小さな目標に当てられるほどの爆撃精度がないので、あたり一体を火の海にするしかないからだ。ノルマンディー上陸の前にも、予備攻撃として周囲の都市に爆弾の雨を降らせている。お陰で撤退するドイツ軍に、潜んで待ち伏せするのに恰好の瓦礫の山を進呈する羽目になった。

【軍事 vs 政治】

 などの地獄を散々に見せられながらも、政治家は違ったことを考えている。

 スターリンは犠牲を厭わず赤軍に先を急がせ、赤軍の被害を更に大きくする。加えて、アメリカから供与されたトラックを使い、チェチェン人とクリミア半島のタタール人をウズベキスタンへ強制移住させ、その多くを飢え死にさせている。戦後の反乱分子を一掃するためだ。

 チャーチルとアイゼンハワーの対立は、もっと微妙だ。

 チャーチルはソ連を警戒し、西部戦線で出来るかぎり連合軍を前進させると共に、バルカン半島にも上陸させたがっていた。ユーゴスラヴィアなどをソ連から奪うと共に、ポーランドを取り戻すためだ。一度掴んだ物を、スターリンは決して手放さないだろう。今から戦後の情勢を振り返れば、これは理に適っているように思える。

 だがアイゼンハワーの考えは違った。彼は出来るかぎり早く戦争を終わらせたがっていた。バルカン半島にまで戦線を広げれば、それだけ戦争は長びき、連合軍の将兵の犠牲も増える。多くの将兵の命を預かる軍の司令官として、とても良心的で責任感に溢れる判断だと思う。

 そんなわけで、私にはどっちがいいのか決められない。

【卑劣な権力者】

 敗戦が明らかになったとき、死守を命じた権力者たちはどうしたか?

 ハインリヒ・ヒムラーは土壇場でズラかる。ヒトラーは国民を巻き添えにすると決める。その取り巻きは酒と食糧で女性を釣り、ドンチャン騒ぎにふける。

 東プロイセンの大管区指導者の任にあったオットー・コッホは、野戦憲兵隊を組織して市民を狩りだし「国民突撃隊」に徴兵し、出鱈目な塹壕堀りを命じて国防軍の築陣を邪魔し、また女性や子供の避難まで妨害しておいて、自分は「早々と脱出し、すでに家族を安全な場所に避難させ」ていた。

 帝国海軍は、台湾沖航空戦(→Wikipedia)の敗北を、国民はおろか陸軍にすら伝えなかった。自分たちの面子を守るためだ。自分の面子のためなら将兵の命どころか国家すら犠牲にしても構わないのが、当時の誇り高き帝国軍人ってわけだ。

こういった卑劣さの裏にあるのは、地位や権力を失う事への恐れ以上に、もっとしょうもない気持ちがあるんじゃないかと私は考えている。凄い単純な事で、つ まりは「自分の間違いを認めたくない」って気持ちだ。間違いを認めようとしないヒトの傾向は、もっと深く研究する価値があると思う。とりあえず、参考図書にキャサリン・メルデールの「まちがっている」を挙げる。

 東欧で第三帝国の支配下にあった国でも、赤軍の侵攻を前にして恐ろしい場面が展開する。ハンガリーでは、ナチの親衛隊と組んだサーラシ・フェレンツを筆頭とするファシスト組織「矢十字党」は…

「ユダヤ人問題」の最終的解決に自力で決然と取り組むようになっていた。「矢十字党」の悪名高き活動家、クン・アンドレアス神父は、「神の御名において、撃て!」と命じ、500人の(ユダヤ人)殺害にみずから手を染めたことをのちのち認めている。

 敗戦を目の前にして、こんな事に何の意味があるんだか。これと似た風景は、この本の中じゃドイツが撤退するほぼ全ての国で繰り広げられている。もうこれは戦争の勝利とかは何の関係もなく、単に殺したいから殺したとしか思えない凶行だ。

 もっとも、全てのハンガリー人が虐殺を手がけたわけじゃなく、矢十字党のメンバーにも脱出に力を貸したアラ・ジェレジアン博士などもいる。日本だとユダヤ人救出は杉原千畝が有名だが、ハンガリーでは他にも多くの例が出てくる。

 スウェーデンの外交官ラウル・ワレンバーグは「数万通の『保護証書』を発行」した。同様にスイスの外交官カール・ルッツ,ポルトガルの外交官カルロス・ブランキーニョ,国際赤十字,ローマ教皇庁大使,エルサルバドル大使館,ニカラグア大使館,スペイン大使館…

【続く】

 すんません。熱くなってダラダラと書きすぎました。次の記事で終わる予定です、はい。

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書評:軍事/外交」カテゴリの記事

コメント

shinzei様、ありがとうございます。
帝国陸海軍は人命軽視に留まらず、敗戦が色濃くなると、
ワザと無駄に自軍の将兵を殺している感があります。
なぜそんな組織になってしまったのか、その理由を追求して、
組織の腐敗を防ぐ方法が知りたいものです。

投稿: ちくわぶ | 2016年3月16日 (水) 22時33分

おはようございます
つくづくこの本を読むと日本軍にある意味人命無視に近い軽視の体質が見えて
この戦争を指揮した司令官達の殺人的な無能さに腹が立ちますね。
果たして今の日本はこの馬鹿さ加減を克服できたのか?
甚だ疑問です。
では、
shinzei拝

投稿: shinzei | 2016年3月16日 (水) 07時25分

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