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2016年2月29日 (月)

ロベルト・サヴィアーノ「コカイン ゼロゼロゼロ 世界を支配する凶悪な欲望」河出書房新社 関口英子/中島知子訳

コカインはやる気を起こすドラッグだ。コカインを摂取すると一時的になんでもできる気分になる。やがては心臓が破裂し、脳が侵され、ペニスが永久に勃たなくなり、胃がただれて膿だらけになる
  ――コカ<2>

1997年、モギレーヴィチは数トンにもおよぶ濃縮ウランを手に入れた。どうやら、ベルリンの壁崩壊がもたらした山のような恩恵のひとつらしい。
  ――第12章 世界征服を目論むロシア・マフィア

輸送こそが、このビジネスの中心なのだ。
  ――第13章 航路

コカインと武器を同時に輸送するナルコ(密売人)らに、(マリ共和国の)イスラム過激派が自分たちの極秘の滑走路を使用させ、その後、ジープやトラックまで提供した上で、アルジェリアやモロッコ、エジプトへと運び込んでいるのではなかろうか。
  ――第14章 白い粉にまみれたアフリカ

【どんな本?】

 ニュースなどを見る限り、最近のメキシコはかなり物騒らしい。その原因は、マフィアの暗躍だ。なぜメキシコのマフィアは、酷く暴力的なのか? なぜ当局はマフィアを取り締まれないのか? 彼らの力の源泉は何か? コロンビアのメデジン・カルテルは壊滅したのではなかったのか? 

 イタリアの新鋭ジャーナリストが、コカインの流通経路を追い、コロンビア・メキシコ・アメリカ・スペン・イタリア・ロシアなど世界中を取材し、コカイン流通・密売の実態を暴き、マフィア組織の内情・抗争そして提携の現状を報告し、一般市民や民間企業を巻き込む流通経路・輸送や資金洗浄の手口までを暴く、衝撃のドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は ZeroZeroZero, by Roberto Saviano, 2013。日本語版は2015年1月30日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約501頁。9ポイント46字×19行×501頁=約437,874字、400字詰め原稿用紙で約1,095枚。文庫本なら上下巻で丁度いいぐらいの分量。

 日本語の文章は比較的にこなれている。ただ、沢山の人の名前が出てくる上に、メキシコ人・イタリア人・ロシア人など聞きなれない響きの名前が多いので、各章は一気に読んだ方がいい。できれば人名索引が欲しかった。内容も特に難しくないが、南欧人らしく詩的な表現が多い。また、かなりエグい場面が多いので、相応の覚悟をしておこう。

【構成は?】

 各章は比較的に独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。地図が最後の見開きにあのは便利だが、見逃しやすいので、できれば巻頭につけて欲しかった。

  •  コカ<1>
  • 第1章 老ボスの教え
  • 第2章 ビッグバン
  •  コカ<2>
  • 第3章 「白い原油」をめぐる戦い
  • 第4章 友殺し
  •  コカ<3>
  • 第5章 残虐性の習得
  • 第6章 残忍な殺し屋集団ロス・セタス
  •  コカ<4>
  • 第7章 売人(プッシャー)
  • 第8章 コロンビアの<美女>と<猿(エル・モノ)>
  • 第9章 ンドランゲタの樹
  •  コカ<5>
  • 第10章 金(かね)の重み
  • 第11章 マネーロンダリング
  • 第12章 世界征服を目論むロシア・マフィア
  •  コカ<6>
  • 第13章 航路
  • 第14章 白い粉にまみれたアフリカ
  •  コカ<7>
  • 第15章 もの言う死人
  • 第16章 犬の運命
  • 第17章 語る者には死を
  • 第18章 中毒
  • 第19章 000(ゼロゼロゼロ)
  •  謝辞/訳者あとがき

【感想は?】

 実録「世界のコカイン・マフィア」。

 コカインそのものについても断章で書いてあるが、本書の中心はその流通に携わるマフィアの実態だ。マフィアはどうやって、どれぐらい儲けるのか。なぜ激しく殺し合うのか。なぜ政府すら欺けるほどの力があるのか。

 思ったより、源泉であるコカの農家や加工工場の話は少ない。また街角で売る末端の密売人も少しだけ。話題の中心は、あくまでも輸送・流通を担うマフィアである。最も残酷で、最も力を持ち、最も金を稼ぎ、最も重要な役割りを果たし、最も政府を腐らせるのは、輸送・流通を担うマフィアなのだと、否応なく納得できる。

 なぜ輸送・流通が大事なのか。それは、断章の「コカ<3>」に端的に描かれる。

コロンビアでは1キロのコカインが1,500ドルで売られているが、メキシコではそれが12,000~16,000ドル、アメリカでは27,000ドル(略)、イギリスでは77,000ドルで売られている。さらに1グラムあたりの末端価格を見ていくと、ポルトガルの61ドル(略)、ルクセンブルグのではなんと166ドル…

 コロンビアで1,500ドルで仕入れた物が、ルクセンブルグまで運べば166,000ドルに跳ね上がる。原価率1%?うんにゃ。

 末端で売る物は、嵩まししてる。小麦粉や乳糖なんて可愛いもんで、ガラスやコンクリートってのも酷いが、メタンフェタミン(ヒロポン、→Wikipedia)を混ぜるのは、親切なのか阿漕なのか。いろいろあって、原価率は0.2~0.5%だ。こんな美味しい商売、そうそうあるもんじゃない。そんなこんなで、流通を仕切る者こそが王となる構造になっている。

 この本では、その流通を仕切る者に焦点を当て、その実態を描いてゆく。ただし、焦点は二つある。中南米から出荷する者と、ヨーロッパで荷受する者だ。国境をまたぐだけに、犯罪組織も国際化し、海を越えて提携しているのだ。

 この本は、前半を中南米、すなわちコロンビアやメキシコのマフィアの実態を描き、後半でイタリアやロシアの荷受側を描いてゆく。ところが、この両者は、国も文化も全く違うのに、その成長のストーリーは似通っているから面白い。読んでいると、ポップミュージックのサビを挟んで同じメロディーが現れたような、「お、このパターンか」みたいな気分になる。

 マフィアが生まれるパターンも似通っている。まずは政府が弱体化し、暴力が蔓延する。住民は自警団を組織して自衛に勤めるが、次第に武力が強化され、やがてマフィアへと成長してゆく。そんなパターンだ。

 コカインの流通ルートを掴めば、資金力を得て強力な武装を揃え、退役した特殊部隊の将兵も雇える。だからシマを獲り守る事が、組織の命運を握る。邪魔者は見せしめのため容赦なく残酷に殺し、仲間は厳しい上意下達の掟で縛り付ける。中南米に自然発生した組織なのに、掟の中身はイタリアのンドランゲタや日本のヤクザとほとんど同じだったり。

 なぜそうなるのかも、最後まで読むとわかってくる。

 やはり面白かったのが、グアテマラの対ゲリラ精鋭部隊カイビル(Wikipediaのグアテマラの軍事ではカイビレス)の退役兵のインタビュウ。これが合衆国海軍の特殊精鋭部隊SEALとソックリなバディ・システムを採用してたり(マーカス・ラトレル&パトリック・ロビンソン「アフガン、たった一人の生還」)。内戦の経緯を見る限り、偶然とは思えないなあ。

 さて。内戦が終わると、精鋭兵もお払い箱となる。軍は叩き出せば終わりだが、退役兵だって食ってかにゃならん。幸い、近いメキシコじゃ、優秀な兵を高く雇ってくれるらしい。まあ、そういう事です。

 後半で語られるイタリアのマフィアが、石材店の若き経営者をハメていく過程は、実に生々しく、説得力に富む。資金繰りに詰まった時、金貸しが現れる。借りたはいいが、目の玉が飛び出るほどの暴利を突きつけられ、仕方なくコカイン密輸の片棒を担ぐ羽目に。

 元より石材店で、海外から大理石を輸入していた。そこでコロンビアに飛び、仕入れる大理石に穴をあけ、その中にコカインを詰めてから穴を塞ぎ、イタリアの自分の店へ船便で送り…

 商売をやってりゃ、資金繰りに困る事は珍しくもないだろう。そこにツケ込まれたら、ハメられるのも無理はない。日本でもヤクザと付き合いがある人は自営業が多いのも、こういう構図を見るとわかる気がする。と同時に、マフィアの蔓延が地域経済の発展を阻む仕組みも、否応なしに納得させられる。

 ここで詳しく語られる石材貿易の他にも、赤ん坊のオムツや女性の豊胸手術、冷凍イカなど多彩なコカイン持込の手口を暴いているが、液体コカインやカプセルを飲み込む手口に至っては、「防ぎようがないだろ」と諦めたくなったり。今、欧州にはアラブ系の難民が押し寄せてるが、マフィアはこれをチャンスと見てるんだろうなあ。

 人質を担保にブツと金を交換するマフィア同士の取引方法、銀行すら買収する資金洗浄法、潜水艦まで建造する豊かな資金、暴力と金と胆力で成り上がったマフィアの肖像、食い物にされる貧しい少年少女たち、命をかけて潜入取材を試みるジャーナリストなど、衝撃的なエピソードはこと欠かない。

 「現代の国際犯罪事情の基礎知識」なんて高尚な態度で読んでもいいし、血生臭く扇情的なネタが欲しいと下世話な興味で読んでも、充分に報われる。ただし、相応にエグい場面も多いので、それなりの覚悟をしてから読もう。

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