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2016年2月10日 (水)

つかいまこと「世界の涯ての夏」ハヤカワ文庫JA

あの夏、ぼくは子供だった。
半ズボンとビーチサンダルと、汗ばんだり乾いたりするTシャツだった。
海パンと水中めがねと、虫とか魚とかだった。

「実は、ずっと、どうしてぼくらはこんなに役に立たないものを必死で作っているんだろうって思ってた。意味がないものに必死になって、つらいとも思ってた」

【どんな本?】

 2015年の第3回ハヤカワSFコンテスト佳作受賞作を加筆訂正したもの。

 球形の正体不明な空間<涯て>が現れ、少しづつ世界を侵食しつつある近未来。当初、人々は<涯て>を巡って混乱し、戦争すら引き起こしたものの、現在は落ち着いて<涯て>の存在を受け入れつつある。

 島で暮す小学校六年生の少年の夏休み,過去を思い出す事を仕事とする老人,ゲームのキャラクター・デザインに携わるフリーランスのデザイナーを交互に描く、静かな終末感が漂う物語

 …と思ったら。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2015年11月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約225頁に加え高槻真樹による著者インタビュウ11頁。9.5ポイント39字×16行×225頁=約140,400字、400字詰め原稿用紙で約351枚。長編小説としては短め。

 文章はこなれている。内要は…実は結構、最近のAI技術や画像処理技術などデジタル系の最新技術を取り込んだり、現在のちょっと先のテクノロジーを組み込んでたりするので、SFとしてはかなり濃い作品なのだが、語り口が柔らかい上に、特撮映画やゲームのCGなどに興味がある人にとっては、「キター!」的な仕掛けに溢れている作品。

 なお、巻末の著者インタビュウは、重大なネタバレを含んでいるので、それが嫌いな人は最後に読もう。

【どんな話?】

 突然に現れた球形の空間、<涯て>は全てを飲み込んだ。人々はその周辺で戦争まで引き起こす。

 小学校六年生のタッチンは、幼い頃に親をなくし、この島に来た。この島の子はみんなそうだ。そのためか特に悲しいとも感じず、学校も楽しかった。その日、転入生がやってきた。女の子だ。サカイミウ。かわいい子だ。でも、それだけじゃ足りない。何かもう少し、違うものなんだ。

 狭いブースの中で、タキタは目を覚ます。体中にケーブル類が取り付けられていて、下手に動けない。タキタの仕事は、想起だ。何かを思い出し、それを中継する。この仕事を50年間も続けてきたが、タキタの装置は古いので、最近の装置と比べて手間がかかる。最近の彼は子供時代の思い出に浸っていた。

 ノイは、エンターテイメント用のキャラクター・デザインをフリーランスで請け負っている。今手がけているのは、かつて勤めていた会社向けのキャラクター八体だ。納品したうちの一体に、修正の依頼が入った。これがなんともぼんやりした依頼で…

【感想は?】

 避け得ぬ終末に向け、それでも今までどおりの日々を過ごす人々の生活を静かに描く終末SF

 …と思ったら、そうきたか。これは一本取られた。もっと取ってくれ。詳しくは言えないが、古いSFが好きな人にはたまらなく美味しい仕掛けが終盤で待っている。

 お話は三つのパートが交互に進む。離島で夏休みを過ごす少年、「想起」を生業としながらも己のポンコツぶりにイラだつ老人、そして客の我がままに振り回されるキャラクター・デザイナーのノイ。

 最初に出てくる小学校六年生のタッチンのパートは、オジサンたち感涙のノスタルジーに溢れている。携帯電話もゲーム機もなかったけど、夏休みは毎日のように外で遊び歩いていた。大人が「危ない」と言う所には敢えて侵入したし、自分たちのナワバリに見慣れぬ物が現れたら、とりあえず調査しに行った。いや調査ったって、見て棒で突くぐらいだけどw

 そんなしょうもない少年の毎日に飛び込んできた、ちょっと気になるミステリアスな女の子、ミウ。いやあ、ノスタルジー物の鉄板だよなあ。

 逆にせせこましい現在を痛いぐらいに感じさせるのが、キャラクター・デザイナーのノイのパート。

 イマドキのデジタル商売ってのは、どこでも似たようなもんで、常に時代の波との追いかけっことなる。それまでは職人芸の手仕事でやっていたのが、すぐにコンピュータが処理を自動化し、ヒトより遥かに短い時間で仕事を済ませてしまう。

 ただ、自動化が始まった頃はコンピュータの仕事の質は荒く、人がチョコチョコ修正かけなきゃいけない。ってんで、最初のころは、ソレナリに人が仕事をする余地がある。

 はいいが、発注する側もこういった事情は心得てるのが困る。昔は慎重に要求仕様を決め、最初の納品で納得していたのが、「納品の前に一回チェックさせてよ」から始まって、「とりあえず出来上がりを見てから細かい所を決めよう」とか、ハナっから最初の納品は叩き台と決め付けてたり。

 ってんで、仕事を請け負う側も、最初はコンピュータの仕事の速さに喜んでたのが、何度も無駄な仕事をさせられるようになると、客に向かって「ええかげんにせんかい!」と怒鳴りたくなってくるんだが、そこはやはり金を出す側が強いわけでブツブツ…

 すんません。心の闇が漏れました。

 などの身につまされるエピソードに加え、著者がゲーム・デザイナーのためか、MMD(→Wikipedia)などに凝っている人には「そうきたか」なネタが満載。

 こういう「どこまでマシンでエミュレートするか」って問題は時代ごとに次第に進歩していくもので、昔は別メモリにスプライト・オブジェクトとして登録したのを背景に加えていたのが、マシンの性能が上がるに従い実メモリ上で重ねたり、ビットマップの画像がポリゴン形式になって表面にはテクスチャ張ったり…

 とかの画像処理や3Dデータ処理に詳しい人だと、「お、コレはアレだな」なネタが満載で身もだえしたりする。そういえばシンセサイザーも、音を作る際に実際の楽器内部での振動の伝わり方をエミュレートして音を作る場合があるって話を、どっかで聞いたような。

 といった二つのエピソードを繋げるのが、「想起」を生業とするタキタのパート。ある意味、このパートがSFとしての骨格を語る部分で、SFとして実に美味しい仕掛けをまぶせてあるんだが、そこは読んでのお楽しみ。最後まで読むと、「おお、あの頃のSFが帰ってきたー!」と踊り出したくなります。

 ノスタルジックで、身につまされて、細かいガジェットは造りこまれていて、終盤では大仕掛けが炸裂する。短くて読みやすくてセンチメンタルな皮を被って、中には骨太のSF魂を隠し持っている、想定外の掘り出し物だった。

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