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2016年2月の15件の記事

2016年2月29日 (月)

ロベルト・サヴィアーノ「コカイン ゼロゼロゼロ 世界を支配する凶悪な欲望」河出書房新社 関口英子/中島知子訳

コカインはやる気を起こすドラッグだ。コカインを摂取すると一時的になんでもできる気分になる。やがては心臓が破裂し、脳が侵され、ペニスが永久に勃たなくなり、胃がただれて膿だらけになる
  ――コカ<2>

1997年、モギレーヴィチは数トンにもおよぶ濃縮ウランを手に入れた。どうやら、ベルリンの壁崩壊がもたらした山のような恩恵のひとつらしい。
  ――第12章 世界征服を目論むロシア・マフィア

輸送こそが、このビジネスの中心なのだ。
  ――第13章 航路

コカインと武器を同時に輸送するナルコ(密売人)らに、(マリ共和国の)イスラム過激派が自分たちの極秘の滑走路を使用させ、その後、ジープやトラックまで提供した上で、アルジェリアやモロッコ、エジプトへと運び込んでいるのではなかろうか。
  ――第14章 白い粉にまみれたアフリカ

【どんな本?】

 ニュースなどを見る限り、最近のメキシコはかなり物騒らしい。その原因は、マフィアの暗躍だ。なぜメキシコのマフィアは、酷く暴力的なのか? なぜ当局はマフィアを取り締まれないのか? 彼らの力の源泉は何か? コロンビアのメデジン・カルテルは壊滅したのではなかったのか? 

 イタリアの新鋭ジャーナリストが、コカインの流通経路を追い、コロンビア・メキシコ・アメリカ・スペン・イタリア・ロシアなど世界中を取材し、コカイン流通・密売の実態を暴き、マフィア組織の内情・抗争そして提携の現状を報告し、一般市民や民間企業を巻き込む流通経路・輸送や資金洗浄の手口までを暴く、衝撃のドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は ZeroZeroZero, by Roberto Saviano, 2013。日本語版は2015年1月30日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約501頁。9ポイント46字×19行×501頁=約437,874字、400字詰め原稿用紙で約1,095枚。文庫本なら上下巻で丁度いいぐらいの分量。

 日本語の文章は比較的にこなれている。ただ、沢山の人の名前が出てくる上に、メキシコ人・イタリア人・ロシア人など聞きなれない響きの名前が多いので、各章は一気に読んだ方がいい。できれば人名索引が欲しかった。内容も特に難しくないが、南欧人らしく詩的な表現が多い。また、かなりエグい場面が多いので、相応の覚悟をしておこう。

【構成は?】

 各章は比較的に独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。地図が最後の見開きにあのは便利だが、見逃しやすいので、できれば巻頭につけて欲しかった。

  •  コカ<1>
  • 第1章 老ボスの教え
  • 第2章 ビッグバン
  •  コカ<2>
  • 第3章 「白い原油」をめぐる戦い
  • 第4章 友殺し
  •  コカ<3>
  • 第5章 残虐性の習得
  • 第6章 残忍な殺し屋集団ロス・セタス
  •  コカ<4>
  • 第7章 売人(プッシャー)
  • 第8章 コロンビアの<美女>と<猿(エル・モノ)>
  • 第9章 ンドランゲタの樹
  •  コカ<5>
  • 第10章 金(かね)の重み
  • 第11章 マネーロンダリング
  • 第12章 世界征服を目論むロシア・マフィア
  •  コカ<6>
  • 第13章 航路
  • 第14章 白い粉にまみれたアフリカ
  •  コカ<7>
  • 第15章 もの言う死人
  • 第16章 犬の運命
  • 第17章 語る者には死を
  • 第18章 中毒
  • 第19章 000(ゼロゼロゼロ)
  •  謝辞/訳者あとがき

【感想は?】

 実録「世界のコカイン・マフィア」。

 コカインそのものについても断章で書いてあるが、本書の中心はその流通に携わるマフィアの実態だ。マフィアはどうやって、どれぐらい儲けるのか。なぜ激しく殺し合うのか。なぜ政府すら欺けるほどの力があるのか。

 思ったより、源泉であるコカの農家や加工工場の話は少ない。また街角で売る末端の密売人も少しだけ。話題の中心は、あくまでも輸送・流通を担うマフィアである。最も残酷で、最も力を持ち、最も金を稼ぎ、最も重要な役割りを果たし、最も政府を腐らせるのは、輸送・流通を担うマフィアなのだと、否応なく納得できる。

 なぜ輸送・流通が大事なのか。それは、断章の「コカ<3>」に端的に描かれる。

コロンビアでは1キロのコカインが1,500ドルで売られているが、メキシコではそれが12,000~16,000ドル、アメリカでは27,000ドル(略)、イギリスでは77,000ドルで売られている。さらに1グラムあたりの末端価格を見ていくと、ポルトガルの61ドル(略)、ルクセンブルグのではなんと166ドル…

 コロンビアで1,500ドルで仕入れた物が、ルクセンブルグまで運べば166,000ドルに跳ね上がる。原価率1%?うんにゃ。

 末端で売る物は、嵩まししてる。小麦粉や乳糖なんて可愛いもんで、ガラスやコンクリートってのも酷いが、メタンフェタミン(ヒロポン、→Wikipedia)を混ぜるのは、親切なのか阿漕なのか。いろいろあって、原価率は0.2~0.5%だ。こんな美味しい商売、そうそうあるもんじゃない。そんなこんなで、流通を仕切る者こそが王となる構造になっている。

 この本では、その流通を仕切る者に焦点を当て、その実態を描いてゆく。ただし、焦点は二つある。中南米から出荷する者と、ヨーロッパで荷受する者だ。国境をまたぐだけに、犯罪組織も国際化し、海を越えて提携しているのだ。

 この本は、前半を中南米、すなわちコロンビアやメキシコのマフィアの実態を描き、後半でイタリアやロシアの荷受側を描いてゆく。ところが、この両者は、国も文化も全く違うのに、その成長のストーリーは似通っているから面白い。読んでいると、ポップミュージックのサビを挟んで同じメロディーが現れたような、「お、このパターンか」みたいな気分になる。

 マフィアが生まれるパターンも似通っている。まずは政府が弱体化し、暴力が蔓延する。住民は自警団を組織して自衛に勤めるが、次第に武力が強化され、やがてマフィアへと成長してゆく。そんなパターンだ。

 コカインの流通ルートを掴めば、資金力を得て強力な武装を揃え、退役した特殊部隊の将兵も雇える。だからシマを獲り守る事が、組織の命運を握る。邪魔者は見せしめのため容赦なく残酷に殺し、仲間は厳しい上意下達の掟で縛り付ける。中南米に自然発生した組織なのに、掟の中身はイタリアのンドランゲタや日本のヤクザとほとんど同じだったり。

 なぜそうなるのかも、最後まで読むとわかってくる。

 やはり面白かったのが、グアテマラの対ゲリラ精鋭部隊カイビル(Wikipediaのグアテマラの軍事ではカイビレス)の退役兵のインタビュウ。これが合衆国海軍の特殊精鋭部隊SEALとソックリなバディ・システムを採用してたり(マーカス・ラトレル&パトリック・ロビンソン「アフガン、たった一人の生還」)。内戦の経緯を見る限り、偶然とは思えないなあ。

 さて。内戦が終わると、精鋭兵もお払い箱となる。軍は叩き出せば終わりだが、退役兵だって食ってかにゃならん。幸い、近いメキシコじゃ、優秀な兵を高く雇ってくれるらしい。まあ、そういう事です。

 後半で語られるイタリアのマフィアが、石材店の若き経営者をハメていく過程は、実に生々しく、説得力に富む。資金繰りに詰まった時、金貸しが現れる。借りたはいいが、目の玉が飛び出るほどの暴利を突きつけられ、仕方なくコカイン密輸の片棒を担ぐ羽目に。

 元より石材店で、海外から大理石を輸入していた。そこでコロンビアに飛び、仕入れる大理石に穴をあけ、その中にコカインを詰めてから穴を塞ぎ、イタリアの自分の店へ船便で送り…

 商売をやってりゃ、資金繰りに困る事は珍しくもないだろう。そこにツケ込まれたら、ハメられるのも無理はない。日本でもヤクザと付き合いがある人は自営業が多いのも、こういう構図を見るとわかる気がする。と同時に、マフィアの蔓延が地域経済の発展を阻む仕組みも、否応なしに納得させられる。

 ここで詳しく語られる石材貿易の他にも、赤ん坊のオムツや女性の豊胸手術、冷凍イカなど多彩なコカイン持込の手口を暴いているが、液体コカインやカプセルを飲み込む手口に至っては、「防ぎようがないだろ」と諦めたくなったり。今、欧州にはアラブ系の難民が押し寄せてるが、マフィアはこれをチャンスと見てるんだろうなあ。

 人質を担保にブツと金を交換するマフィア同士の取引方法、銀行すら買収する資金洗浄法、潜水艦まで建造する豊かな資金、暴力と金と胆力で成り上がったマフィアの肖像、食い物にされる貧しい少年少女たち、命をかけて潜入取材を試みるジャーナリストなど、衝撃的なエピソードはこと欠かない。

 「現代の国際犯罪事情の基礎知識」なんて高尚な態度で読んでもいいし、血生臭く扇情的なネタが欲しいと下世話な興味で読んでも、充分に報われる。ただし、相応にエグい場面も多いので、それなりの覚悟をしてから読もう。

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2016年2月26日 (金)

ラヴィ・ティドハー「完璧な夏の日 上・下」創元SF文庫 茂木健訳

アメリカのスーパーヒーローは、新世界の熱気や色、その途方もない広さに圧倒された移民たちにとって、願望を充足させてくれる存在なのです。

【どんな本?】

 イスラエル出身で世界中を渡り歩いた新鋭SF作家による、ダークでシニカルな味わいのスーパーヒーローSF。第二次世界大戦の少し前から、世界中に様々な異能力を持つ者が現れ始めた。彼らはユーバーメンシュと呼ばれ、時には戦場で華やかに、時には人知れぬ秘密作戦に従事する。

 雪嵐の吹き荒れるベラルーシで、絶望的な抵抗に立ち上がったワルシャワで、銃弾と砲弾の雨が降るノルマンディーで、レジスタンスが粘り強く戦うカルパティア山脈で、飢えが支配するベルリンで、ケシの花が咲き乱れるラオスで。

 超能力を持つスーパーヒーローたちは、20世紀をどのように戦い、生き抜いたのか。ヒーローたちの生き様を通し、暴虐の20世紀を描く、長編歴史・戦争SF小説。

 SFマガジン編集部編「このSFが読みたい!2016年版」のベストSF海外篇で4位に輝いた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Violent Century, by Lavie Tidhar, 2013。日本語版は2015年2月20日初版。文庫本で上下巻、縦一段組みで本文約290頁+284頁=約574頁。8ポイント41字×17行×(290頁+284頁)=約400,078字、400字詰め原稿用紙で約1001枚。標準的な文庫本上下巻の分量。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。一部に量子力学をネタにした小難しい理屈が出てくるけど、どうせハッタリだし、分からなくても全く問題ない。

 それより大事なのは、第二次世界大戦を含む20世紀の現代史。前半ではワルシャワ・ゲットー蜂起(→Wikipedia)など欧州戦線ネタが、後半ではベトナム戦争など冷戦ネタが出てくるので、その辺に詳しいとニヤリとする場面が多い。

【どんな話?】

 第二次世界大戦では、イギリスの秘密工作員として活躍した青年フォッグ。本人は引退したつもりだったが、かつての相棒オブリヴィオンの呼びかけで、ボスのオールドマンと面会する羽目になる。オールドマンの問いに答えながら、フォッグはあの戦争の日々を思い出していた。はじまりは1932年の…

【感想は?】

 もし第二次世界大戦にスーパーヒーローたちが参加していたら、そんな能天気な設定の話

 …なのに、語り口は意外と暗い。なんたって、主人公の名がフォッグ、霧だ。作中で派手な戦闘場面もあるんだが、主人公はバトルじゃあまり活躍しない。彼の野力が最も活きるのは、身を隠す時。まさに相手を煙に巻く。

 そんなこんなで、全体は暗く陰鬱なトーンが続く。これは意図的にやっているらしく、例えば台詞も「」で囲うのではなく、行頭の――から始めているためか、全般的に感情を交えず静かで落ち着いた雰囲気が漂っている。

 とまれ、静かで落ち着いているのは雰囲気だけで、語られる物語はかなり陰惨な場面が多い。なんたって、原題からして The Violent Century、「暴虐の世紀」だ。

 第二次世界大戦は、欧州全体が戦場になった。拡張を続けるナチス・ドイツは東欧をあっさりと飲み込み、フランスも支配下に置く。さすがに空軍だけでイギリスを屈服させる事はできなかったが、東部戦線ではモスクワの直前まで進撃する。だがスターリングラードを境に形勢は逆転し、やがてベルリンも瓦礫の山と化す。

 戦争全般を見渡すとそんな感じになるのだが、こういう戦いだけに、それぞれの国に住む人ごとに「戦争の意味」が大きく違う。

 ソ連(現ベラルーシ・ウクライナを含む)にとっては、自分の国土で戦われた戦争だ。それだけに傷は深く、記憶も生々しい。自分の家が焼かれ、家族を殺された戦争である。本書に出てくるのはミンスクとレニングラード(サンクト・ペテルブルグ)だが、いずれも民間人を巻き込み餓死者が続々の地獄になった。

 東部戦線の地獄っぷりは、アントニー・ビーヴァーの「スターリングラード」と「ベルリン陥落」が生々しい。かなりエグい描写が続くので、グロ耐性のない人には勧めない。なんたって、緒戦時は赤軍が、後半ではドイツ軍が、それぞれ敵に食糧を渡さないよう、撤退時に焦土作戦で建物や作物を焼き捨てていくのだ。住民にとっちゃたまったモンじゃない。

 フランスも戦場となったが、こちらは予想に反して電撃戦でアッサリと降伏してしまう。そのためか、ナチス支配下での窮屈な暮らしの記録が多い。このお話でも、パリを舞台とした場面が幾つかあるが、いずれも砲火渦巻くわけではなく、暗く抑圧された空気が漂っている。

 イギリスもバトル・オブ・ブリテンなどで戦ってはいるのだが、なにせブリテン島まではドイツの戦車軍団が上陸していない。それだけに微妙に戦争に対し距離感があり、主人公のフォッグや相棒のオブリヴィオンも、主な任務は情報収集だったりする。

 更に能天気なのがアメリカで、激戦の代名詞ともなったノルマンディー上陸におけるアメリカン・ヒーローたちの戦いぶりは、まさしくアメリカン・コミックの世界そのもの。

 やはりニヤリとするのが、計算機屋の神アラン・チューリング(→Wikipedia)が登場する場面。現実の彼はブレッチリー・パークでドイツのエニグマ暗号(→Wikipedia)の解読に携わり、大きな業績を上げたが、なにせ戦時中の事、「ドイツの暗号は筒抜けだぜい」なんて宣伝するわけもなく、彼の業績は秘密とされてしまう。

 優れた数学者の多くにならい、作中の彼もなかなか楽しい人物に描かれていて、愛すべきマッド・サイエンティストとして一服の清涼剤の役割りを果たす。

 そんな中で、著者のイスラエル出身という視点が強調されるかのように、ナチス支配下でのユダヤ人抑圧・虐殺の場面もアチコチに出てくる。先のワル シャワ・ゲットー蜂起とかは、結末がわかっているだけに、読んでいて実に切なかった。ユダヤ関係は戦後編でも出て来て、ナチ戦犯の裁判の場面もあったり。

 など、いろいろと排斥される立場だったユダヤ人を、この作品では「人ではない存在」になってしまい、奇異の目で見られるユーバーメンシュに託して書いているのかも。

 ド派手な活躍を見せつけるアメリカン・ヒーローたち、堅実に敵を倒してゆくソ連のヒーローたち、残虐に敵を追いつめるナチスのヒーローたち、山に篭ってレジスタンスを続けるカルパティアのヒーローたち、そして陰険な秘密工作を続けるイギリスのヒーローたち。改めて考えると、それぞれのお国柄がよく出てるよなあ。

 そうやって活躍したヒーローたちの戦後も、なかなか個性が出てて笑ったり切なかったり。

 「007+超人大戦」と見せかけて、第二次世界大戦から現代まで続く「戦争の世紀」を綴った、オジサン好みの重厚な作品だった。スチーム・パンクならぬスチール・パンクといったところか。現代史が好きな人なら、ニヤリとする場面が沢山出てくるだろう。

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2016年2月25日 (木)

数式の姑息な読み方

 前の記事の「構造の世界」みたいな理系・技術系の本に数式はつきものだが、世の中に数式が好きな人は少ない。私も数式は苦手だが、幾つかのコツを覚えると、簡単な数式なら少しは楽しめるようになる。私が使っているコツは、だいたい次の4つだ。

  1. 定数は無視する。円周率のπや対数のeは「なかった」ものとする。
  2. 分子が大きくなると、同じ割合で結果も大きくなる。
  3. 分母が大きくなると、同じ割合で結果も小さくなる。
  4. 二乗や三乗があると、変わり方が極端になる。

 例えば、こんな式が「構造の世界」に出てくる。オイラーの座屈荷重を求める式で、柱などを曲げるのに必要な力を示す。ぶっちゃけた言い方だと、柱がどれぐらいの重さに耐えられるかを表す。

P=π(EI/L

 それぞれの記号は、こんな意味だ。

  • P:オイラーの座屈荷重(→Wikiedia)。柱の強さ。
  • E:ヤング係数(→Wikipedia)。大雑把に言うと、柱の材質の硬さ、または材質の曲がりにくさ。
  • I:断面二次モーメント(→Wikipedia)。太さや形などで変わる柱の硬さ。太い柱は硬く、細い柱は弱い。
  • L:柱の長さ

 これを、先の4法則に当てはめよう。

 まず、最初の「π」は円周率で定数なので、無視だ。二乗してるけど、どうせ無視するんだから気にしない。すると、こんな式になる。

P=(EI/L

 少し簡単になった。私は、上の数式から次の事を読み取る。

 Eはヤング係数の意味で、分子だ。そこで第2法則を使うと、こうなる。「ヤング係数が大きくなると、同じ割合でオイラーの座屈荷重も大きくなる」。かみくだくと、「強い柱が欲しいなら、硬い材質、例えば鋼鉄を使え」となる。

 Iは断面二次モーメントで、分子だ。そこで第2法則を使うと、こうなる。「断面二次モーメントが大きくなると、同じ割合でオイラーの座屈荷重も大きくなる」。普通の日本語なら、「柱は太いほど強く、細いほど弱い」だ。

 Lは長さで、分母だ。そこで第3法則を使おう。「長さが大きくなると、同じ割合でオイラーの座屈加重が小さくなる」。工学的には、「大きな座屈加重に耐えるモノが欲しいなら、長さを小さくしろ」となる。もっとわかりやすくすると、「柱は短いほど強く、長いほど弱い」かな?

 Lには二乗の印がついている。そこで第4法則を使う。「長さが大きくなると、オイラーの座屈加重が極端に小さくなる」。私なりの表現だと、「柱はちょっと長くしただけで、すんげえヤバくなる」となります。

 つまりは、出てくる記号(が意味するもの)の関係を掴むわけ。ヒトって、記号を覚えるのは苦手だけど、「お話の流れ」や「人物の関係」を掴むのは得意なんだよなあ。

 などと書いていくと、なぜヒトは数式が苦手なのか、わかってくる。文章だと、上の4パラグラフを使って説明せにゃならんほど多くの関係を、数式は "P=π(EI/L)" だけで表してしまう。それだけ、中身が濃いのだ。少ない文字数に沢山の意味を詰め込んだ、内容の濃い表現形式なんだから、中身を読み解くのに時間がかかるのが当たり前なわけ。

 そして、この「濃さ」が、数式の美しさでもある。散文では4段落も使わねばならない内容を、たった11文字で余すところなく表し、なおかつ、その意味する所については読者のイマジネーションに多くをゆだねてしまう。これほどまでに複雑な事柄を、これほどまで簡潔に表せて、かつ多くの余韻を残す表現を、「美しい」以外にどう評すればいいのか。

 次々と頁をめくっていくのも、読書の楽しみの一つだ。でも数式は、少し読むだけでも、沢山の時間を食いつぶしてしまう。この時間と進捗具合のアンバランスが、数式が嫌われる理由の一つだろう。これを意識して、数式が出てきたら「ここは読み解くのに多くの時間がかかる」と覚悟できれば、数式交じりの本も少しは読む気になれます。

 なお、この手口だと、定数を無視してるんで、実際に計算するには役に立たない。単に、数式が出てくる本でも少しだけ楽しめるようになる、それだけ。こうやって本読みは無駄な知識を貯えてゆく…と言いたいが、私のように脳ミソが劣化してると、読み終える度に内容を忘れていくので、結局は意味がないのであった。

 最後に、どうでもいい話なんだけど。私は最近のスマートでカクカクしててトゲトゲが沢山出っ張ってるガンダムより、昔のズングリムックリで丸っこくて下半身デブなザクの方が、壊れにくくて強そうに感じるんだけど、あなた、どうですか? だってさ、あのトゲって、すぐ折れそうでしょ。

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2016年2月24日 (水)

J・E・ゴードン「構造の世界 なぜ物体は崩れ落ちないでいられるか」丸善株式会社 石川廣三訳

 数学は科学者とエンジニアにとっては道具であり、数学者にとっては宗教であるが、一般の人にとっては邪魔者と考えられている。
  ――1章 私達の生活の中の構造

構造物の破壊の様相は、大てい一つではなくいくつかあり、それらの中でも最も弱い者によって破壊が起こる
  ――4章 安全な設計を求めて

組構造の建築物は本質的に圧縮構造物であるが(石積みやれんが積みは常に圧縮状態に保たねばならない)、実はその破壊は圧縮によって起こるのではない。一種の逆説になるが、組積造構造物は引張り状態になることによってのみ破壊する。
  ――13章 圧縮で壊れるということは

【どんな本?】

 なぜ初期の航空機は複葉機ばかりだったのか。ちょっと見には華奢に見える釣り橋が、なぜ壊れないのか。H型鋼は、なぜH型をしているのか。溶接に比べてリベットは何が嬉しいのか。教会の尖塔のうえには、なぜ彫像があるのか。竹にはなぜ節があるのか。

 造船学を修め造船所に勤めた後に新素材の研究・開発に携わった著者が、建築物・船・航空機・武器・生物の体など多彩なモノを例にとり、なぜモノの形がそうなっているのか・そこにはどんな材質を使いどんな特徴があるのか・どんな失敗でどんな事故が起きたのかなど、モノの素材と形と強さの関係を語る、一般向けの科学・工学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は STRUCTURES : or Why Things Don't Fall Down, by J. E. Gordon, 1978。日本語版は1991年10月30日発行。単行本ソフトカバー横一段組みで本文約338頁。8.5ポイント34字×32行×338頁=約367,744字、400字詰め原稿用紙で約920枚。文庫本なら上下巻でもいいぐらいの分量。

 文章はやや硬い。内容も少し歯ごたえがあり、時おり数式が出てくる。演算子は掛け算・割り算・累乗・平方根までで、微分や指数は出てこないから、中学卒業程度の数学力で読み解けるはず…なんだが、私は大半の数式を読み飛ばした。だって難しいし。重要な所はグラフやイラストが出てくるので、あましわからなくても、なんとかなります。

【構成は?】

 原則として前の章を受けて後の章が展開する形なので、なるべく頭から読もう。

  • 1章 私達の生活の中の構造 エンジニアとのコミュニケーションは可能か
  • 第1部 難産の末に生まれた材料工学
  • 2章 構造物はどうやって荷重を支えられるのか 固体のばね的性質
  • 3章 応力とひずみの概念の発見 コーシー男爵とヤング係数の謎とき
  • 4章 安全な設計を求めて 構造計算は本当に信用できるか
  • 5章 ひずみエネルギーと破壊理論 脱線ついでに弓、投石器、カンガルーについて
  • 第2部 引張りの構造
  • 6章 引張りを受ける構造物および圧力容器 ボイラー、コウモリ、および中国のジャンクについても
  • 7章 材料の接合と人間的要素 およびクリープ現象と戦車の車輪
  • 8章 柔らかな材料と生体の構造 芋虫を設計する方法
  • 第3部 圧縮と曲げの構造
  • 9章 壁、アーチ、ダム 天まで届く塔、および石積みの安定性
  • 10章 橋 二人の橋作り聖人、ベネゼとイザムバード
  • 11章 梁の利点 屋根、トラス、マストの観察を含む
  • 12章 せん断とねじりの秘密 ロケットとバイアスカットのネグリジェ
  • 13章 圧縮で壊れるということは サンドウィッチ、頭蓋骨こよびオイラー博士
  • 第4部 構造と設計
  • 14章 構造物の最適設計 設計のフィロソフィー 形態、重量、およびコスト
  • 15章 事故、そしてまた事故 罪、誤ち、および金属疲労に関する研究
  • 追記 公式の利用および構造設計ということについて
  • 付録 圧縮荷重を受ける柱及びパネルの構造的効率について

【感想は?】

 実は数式関係をほとんど読み飛ばしたんだが、意外なモノの意外な意味がわかって充分に楽しめた。

 例えば複葉機だ。古臭い印象のある設計だが、Wikipedia によると今でも農業用などで空を飛んでいるようだ。この本を読むと、案外とこれから複葉機が復活する可能性もあるんじゃないかと思えてくる。

 というのも。複葉機は、構造的に強いからだ。というより、この本を読むと、やたら翼の長いグライダーが危なっかしく思えて仕方がない。感覚的に、ズングリムックリなモノは、細くてスマートなモノより頑丈に見える。これにはちゃんとワケがあるんだよ、と数式で裏付けてくれるのが嬉しい所。

 だけでなく、複葉機にはもっと重要な意味がある。複葉機は、上の翼と下の翼を、柱やケーブルなどで繋いでいる。これが大事なのだ。というのも、翼には荷重だけでなく、「ねじれ」の力も加わるからだ。この本では、翼の前端を持ち上げる力が例として出てくる。この時、翼は前端だけが持ち上がるように「ねじれ」る。

 単葉機だと、ねじれに対抗するのは一枚の翼だけだ。形としては、薄い板に近い。だが、複葉機だと、翼の途中を柱やケーブルが別の翼と繋いでいるので、形は箱に近い。では、箱と薄い板、どっちが「ねじれ」やすいだろうか? 言葉にするとややこしいが、この本ではこれをイラストで示しているので、見れば一発で分かる。実にありがたい。

 などと考えると、「意外と複葉機もアリなんじゃね?」と思えてくる。現実には柱やケーブルが空気抵抗を増やすんで、速く飛ぶには不利だけど、短い滑走路で離着陸できて長い距離を飛ばないなら、それなりに需要はありそうな気がする。もしかして、三角翼が嬉しい理由の一つは、ねじれに強いから?

 やはり感動したのが、教会などの柱の上にある彫像の意味。特に、建物の最も外側にある、屋根を支える柱。

 あれにも、ちゃんと意味があるのだ。屋根から柱に伝わる力は、下向きの力だけじゃない。これは屋根の形にもよるんだけど、柱には横向きの力も加わる。ちょっと想像してほしい。鉛筆を立てて、先っぽを横に押すと、鉛筆は倒れるよね。柱も同じだ。横の力には弱い。じゃ、どうすりゃ鉛筆が倒れないか?

 鉛筆の頭を押さえて、下に押し付ければいい。下向きの力が加わると、鉛筆は倒れにくくなる。柱も同じだ。柱の上に重石を載せれば、倒れにくくなる。でも漬物樽じゃあるまいし、重石じゃ教会としてカッコつかないから、天使の彫像にしよう。それが柱の上の彫像の意味。

 これをわかりやすく伝えるのがイラストで、「じゃ具体的に何kgぐらいの重さが必要なのか」を示すのが推力線とかを使った数式。

 この辺を読むと、橋や建物の見え方が違ってくる。私たちは橋や建物を動かないモノと思っているけど、ソレが崩れずに建っているのは、中に様々な力が働いていて、それが釣り合っているからだ。それがわかると、橋や建物の中に働いている力を想像できるようになって、途端に生き生きとダイナミックなモノに見えてくる。

 モノの強さといっても、様々な意味がある。大雑把に言うと、引っ張りへの強さと、圧縮(押し付け)けの強さだ。意外なのは、この記事冒頭の三番目の引用にあるように、実は引っ張りへの強さが大事だ、ということ。

 例えば船が座礁して船腹に岩が食い込む場合を考えよう。船全体を見ると、外(岩)から船に向かって、押す力が働くように見える。でも、船腹の板を見ると、実は「引っ張り」の力が働いているのだ。

 板の岩側は、岩に押される。押されて板は曲がる。曲がると、曲面の内側と外側の長さが変わる。内側=岩に接する側の板は圧縮される。対して、曲面の外側=船の内側の板は、伸ばされる。つまり、引っ張られる。ここで、引っ張りにどれだけ対抗できるかで、船に穴が開くかどうかが決まるわけ。

 橋や建物が崩れる時も同じで、たいていはどっかが引っ張られ、引っ張りに対抗できなくなった時に壊れてしまう。というのも、たいていのモノは圧縮には強く、引張りには弱いからだ。

 ってな事を憶えると、自分でも色々と設計できそうな気になるが、実はそうでもない。たいてい、別の力も加わる事を忘れるからだ。しかも、モノが壊れるときは、最も弱い所をやられる。良い設計とは、長所を伸ばす設計ではなく、欠点がない設計らしい。バランスが大事なんですね。

 じゃ、どうすりゃいいかというと、第二次世界大戦で活躍したモスキート爆撃機(→Wikipedia)の例が賢い。この手口、他にもいろいろと使えそうだよなあ…と思ったら、unix の設計思想が近いかも。

 口調はしかめッ面だけど、冒頭から「エンジニアって普通の人とマトモに会話できないよね」と愚痴ったり、大工と船大工の考え方の違いを語ったり、弓のエネルギー効率を計算したり、古代エジプトにまで造船の歴史を遡ったりと話題は多岐に及び、意外とユーモラスでもある。

 幾つか数式は出てくるけど、読むと日頃の風景が少し違って見える、そんな本だった。時間がかかるのは覚悟して、じっくり取り組もう。

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2016年2月23日 (火)

Win7,iTunes : iPod を認識しなくなったがPC再起動で解決した

【概要】

 iTunes を立ち上げて、iPod nano を繋ぐ。いつもなら、ここで iPod の同期が始まるんだが、この日は違った。ケッタイなダイアログが出て、iTunes が iPod を認識しない。

 色々と試したが、最終的に PC を再起動したらあっけなく iPod を認識した。悔しいんで、ブログのネタとして活用する事にした。

【環境】

  • OS:Windows7 Home Premium バージョン6.1(ビルド 7601:Service Pack 1)
  • iTunes:iTunes 12.33.2.35
  • iPod:iPod nano 第七世代、ソフトウェアバージョン 1.0.4

【情報の元ネタ】

 Apple の「iPod nano (第 7 世代):ハードウェアのトラブルシューティング」を参考にした。
 URL は https://support.apple.com/ja-jp/HT203681

【やった事】

iPod nano の再起動:認識しない

  1. iPod nano を PC から外す。
  2. iPod nano 正面下部中央のホームボタンと、右上のスリープボタンを、アップルロゴが出るまで、約6秒ほど同時に押し続ける。
  3. 再起動したら、再び iPod nano を PC に繋ぐ。

iPod nano を繋ぎなおす:認識しない

  1. 別の USB ポートから繋いでみる→認識しない
  2. iPod nano 側のコネクタを表裏逆にして繋いでみる→認識しない

iTunes のバージョンを確認する;最新版だった

  1. iTunes のメニュー「ヘルプ(H)」から「更新プログラムを確認(C)」を選ぶ
    →「最新です」とダイアログが出る

iTunes を再起動して、再び iPod nano を繋ぐ:認識しない

Apple Mobile Device Service を再起動する:認識しない

  1. Windowsのスタートメニューから、「管理ツール」フォルダの「コンピュータの管理」を選ぶ
    →「コンピュータの管理」画面が立ち上がる
  2. 左端のタブから「サービスとアプリケーション」の左にある△印をクリックする
    →サービスとアプリケーションが開いて、項目「サービス」と「WMI コントロール」が出てくる
  3. 出てきた項目「サービス」をクリックする
    →中央のタブに沢山のサービスが出てくる
  4. 中央のタブから「Apple Mobile Device Service をApple Mobile Device Service」を右クリックする:
    →コンテキスト・メニューが出てくる
  5. コンテキスト・メニューから、再起動(E)を選ぶ
    →数秒でApple Mobile Device Service が再起動する。
  6. iPod nano を繋ぎなおす
    →認識しない

PC を再起動して、iTunes を立ち上げ、iPod nano を繋ぐ→見事に認識してくれた

【その他】

 WIndows の細かいバージョンを調べるには:

  • コマンドプロンプトから winver と入力し、リターン
    →Windows のバージョンがわかる

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2016年2月22日 (月)

世代別SF作家ガイド111+1

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2016年版」は、2015年のSF界隈の状況を伝える、年に一度のお祭り本だ。

 今年の特集は「世代別SF作家ガイド111」として、国内・海外問わず著名なSF作家を111人紹介している。ただ、1頁で2コマ=2人の作家を紹介するレイアウトであり、奇数の111人を載せたため、最後のコマが空白になってしまった。これは「最後のコマはお前が好きな作家を紹介しろ」的な編集部から読者への挑戦状だと勝手に解釈し、やってみた。

 なお、参考までに、それぞれの作家のコマは次の項目&文字数になっている。

  • 作家名の英語または原語表記
  • 作家名のカナまたは日本語表記
  • 作家概略:25字×3行=75字
  • 作家紹介:26字×20行=520字
  • 代表作:『代表作名』(発表年) 翻訳者 出版社
  • 代表作の紹介:12字×7行=84字

 では、私が偏愛する作家の一人、ロバート・R・マキャモンを紹介しよう。


Robert R. McCammon
ロバート・R・マキャモン
52年生まれ。1978年に「Baal」でデビュー。1987年「スワン・ソング」、1990年「マイン」、1991年「少年時代」でブラム・ストーカー賞を3度受賞。
 スティーヴン・キングとディーン・R・クーンツに次ぐ第三の男と呼ばれたマキャモンには、拭いがたいB級臭がつきまとう。本人もそれを厭ってか「もう超自然的なものは書かない」と宣言したが、あざといまでにケレン味を利かせながらも綺麗に物語をまとめる卓越した職人芸にこそ、彼の本領はある。また彼が描く主人公たちも、ローンに追いまくられ今日の食欲に負ける普通の人たちであり、それがペーパーバックを愛する読者の共感を呼び覚ます。加えて彼の魅力に欠かせないのが、奥底に流れる南部人の魂だ。典型的な聖邪の対立を描く代表作「スワン・ソング」では、読者が感じる聖なる側がただ日々を生き延びているのに対し、邪なる側は清浄かつ高邁な社会を実現するため私心を捨て邁進している点に注目しよう。一見わかりやすい善悪の対立に見せかけて、そもそも何が善悪を規定するのかという深い哲学的な問いを隠しているのだ。この問いに対し彼が示す解には、マーガレット・ミッチェルやスティーヴン・ハンターと同じく、独立不羈を尊しとする米国南部人の心意気が脈々と波うっている。(ちくわぶ)
『スワン・ソング』(1987)
加藤洋子訳
福武文庫
核戦争後の北米を彷徨う三組の旅人。奇跡の少女スワンと元悪役レスラーのジョシュ、ホームレスの狂女シスター、清浄な世界を望むベトナム帰還兵マクリン大佐。聖邪の最終決戦が始まる!

 などと試してみたが、やはり決められた文字数に文章を収めるのは難しい。プロのモノ書きの凄さをつくづく思い知らされた。もし真似したい人がいるなら、次のHTMLの雛形を参考にしてください。いやあ、我ながら table だらけで実に醜い html だよなあ。

<hr />
<table><tr>

<td>
英語または原語の著者名<br />
<strong>著者名</strong>
</td>

<td style="padding-left: 2em; width: 25em; height: 3em;">
著者の略歴:25字×3行=75字
</td>

</tr></table>

<table><tr>
<td colspan="2" style="width: 26em; max-height: 20em;">
 著者の紹介(紹介者名):26字×20行=520字
</td>
</tr></table>

<table><tr>
<td>
<strong>『代表作名』</strong>(発表年)<br />
翻訳者名<br />
出版社
</td>

<td style="padding-left: 2em; width: 12em; height: 7em;">
代表作の紹介:12字×7行=84字
</td>
</tr></table>
<hr />

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2016年2月21日 (日)

SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2016年版」早川書房

TVドラマ化が決まったキム・スタンリー・ロビンスン『ブルー・マーズ』なども準備中。
  ――このSFを読んでほしい! 東京創元社

 信じるぞ、信じていいんだね?

 今年もやってきました、「SFが読みたい!」の季節が。2015年のSF関係出版の状況をおさらいし、SF初心者は「どこから手をつければいいか」を知り、マニアを気取りたい人は見逃していた国内外の注目SF作品をチェックできる、手軽な最新SFガイドとなるムック。2016年2月15日初版発行、ソフトカバー192頁。

 やはり目玉は「ベストSF2015 国内篇・海外篇」。

 国内篇だと、情けない事に私は今回のトップ3を全部読んでない。いやSFマガジン連載で読んでたのはあるけど。つか円城塔、ベスト10に2作もランクインって、暴れてるなあ。藤井太洋もベスト20に2作入ってる。円城塔が数学・哲学・芥川賞なのに対し、藤井太洋は工学・会計学・直木賞なんだよなあ。いやまだ直木賞は取ってないけど。

 ザッと見ると、ベテラン・中堅そして若手&新人が満遍なくランクインしていて、書き手の層の厚さを感じるのが嬉しい。ハヤカワのSFコンテストや創元SF短編賞とかの新人賞が増えたのに加え、NOVAなどアンソロジーで積極的に若手を発掘しているのに加え、上田岳弘みたくSF以外のフィールドから乱入してくる人がいたり、盛り上がってきたなあ。

 海外篇のトップは予想通り。読みやすいわ泣かせるわ驚かせるわと芸達者だしなあ。こっちは国書刊行会が荒らしまわってるのが凄い。お高いハードカバーな上にマニアックなセレクションなんだけど、年齢的に趣味がコアで懐に余裕のある人が多いのか。

 「ヤングアダルトSF繚乱の時代に 中の人、緊急対談!」は、早川書房の某氏と東京創元社の某氏+αによる、最近の海外の青少年向け作品の出版・翻訳状況のお話。「日本には一対一で対応する市場がない」ってのが、ちょっと気になる所。いわゆるライトノベルとは少し違うようで。これについて、

ティーンエイジャーが主人公になるけど、若い世代を描くには文化的背景が欠かせない。端的に言って、ブロムは日本と縁遠いわけですから。

 と、国による読者の生活環境や感覚の違いが、輸出入の難しさを作り出しているようで。音楽だとアイドル歌謡みたいな市場なのかな? AKB48やSMAPとかは海外進出が難しそうだし、逆にテイラー・スウィフトとかは日本じゃピンとこないっぽいし。けど「最初から異世界が舞台の作品だと、そこのねじれは緩和され」るのがSFのいい所だ、えっへん!

 「新訳&改訳版で、あの名作をもういちど」。かの問題作「宇宙の戦士」が内田昌之で蘇るのは嬉しいが、矢野節も捨てがたいんだよなあ。暴力の是非ばかりが注目される作品だけど、組織の中の能力と責任と役割りとか、別の意味で刺激的で生臭いネタを扱ってるって意味でも、かなりの問題作。

 あとシマックの「中継ステーション」も読み逃してたんで、是非読んでおきたい。シマックの「都市」はナメてたけど、とんでもない傑作でガツンとやられたんだよなあ。

 「世代別SF作家ガイド111」。まず磯部剛喜による田中芳樹の紹介がちょっと笑える。「銀英伝なんて語りつくされてるじゃん、今さら何を語れってんだよ」的な開き直りなんだろうか。ちょっとネットで漁れば絶賛の声は尽きないし、でもそれコピーしたらモノ書きとしての沽券に関わるし、みたいな苦悩の表れかしらん。

 あと、つかいまこと「世界の涯ての夏」の終盤への評価が「ほえ~」と思った所。正体不明って点じゃ<涯て>は<ジャム>みたいなモンだよなあ。なら、終盤だけを舞台に絶望的な戦いを挑む人類の姿を描いたら、それなりにエンタテイメントになるかも。

 紹介する作家の数が111と奇数で、1頁2作家のレイアウトのため、最後のコマが空白となってるけど、これは「最後のコマは読者がお好きな著者を紹介して埋めてね」的な編集部から読者への挑戦状なのかな?えっと、8ポイント26字×20行=520字。さて、誰を紹介しよう?

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2016年2月18日 (木)

ラリー・コリンズ/ドミニク・ラピエール「さもなくば喪服を 闘牛士エル・コルドベスの肖像」早川書房 志摩隆訳

「泣かないでおくれ、アンヘリータ」弟はいいました。弟は、闘牛服の上に手を置いていいました。
「今夜は家を買ってあげるよ、さもなければ喪服をね」
  ――6 マレティリャ

【どんな本?】

 マヌエル・ベニテス、またの名をエル・コルドベス(コルドバの男)。1960年代のスペインで、総統フランシスコ・フランコと並び有名であり、スペインの国民的な英雄と言われた男。衰退しつつあった闘牛に新しい風を吹き込み、国家的な催しにまで盛り上げた革命的な闘牛士。

 内戦前夜のスペインに生まれ、戦乱後の荒廃したアンダルシアで極貧の家庭で育ちながら、己の肉体と精神だけを頼りに頂点へと登りつめた一人の男を中心に、内戦前後のスペインの社会や庶民の暮らし、そしてスペインの国家的イベントである闘牛の世界を、「パリは燃えているか?」で手腕を発揮した20世紀最高のジャーナリスト・コンビが、綿密な取材を元に白熱の臨場感で描く、興奮のノンフィクション。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Or I'll Dress You in Mourning, Larry Collins & Dominique Lapierre, 1967/2004。日本語版は1981年3月にハヤカワ文庫NFより文庫版で刊行、2005年6月30日にハヤカワ・ノンフィクション・マスターピース として復活した。

 単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約467頁。9ポイント45字×19行×467頁=約399,285字、400字詰め原稿用紙で約999枚。文庫本なら上下巻でもいいぐらいの分量。

 文章は比較的にこなれている。内容も、思ったより難しくない。

 内戦前後のスペインを舞台にした話だが、基本的な情勢は本書を読めば分かる。大雑把に言うと、社会主義の共和国政府に対し、ファシスト的なフランコを中心とした反乱軍が決起し、反乱軍が勝って抑圧的な国家になった(→Wikipedia)。

 それより重要なのは、闘牛。これについても、作中でとても詳しく説明しているので、全くの素人でも、読むに従ってその苛烈な世界がだんだんと見えてくる仕掛けになっている。

【構成は?】

 大きく分けて、二つの流れでできている。一つは1964年5月、マドリードの大闘牛場ラス・ベンタスにおけるエル・コルドベスの華々しい試合の息詰まる中継。もう一つは、エル・コルドベスが生まれてからラス・ベンタスに辿りつくまでの遍歴。これは終盤を盛り上げるための仕掛けなので、素直に頭から読もう。

 感謝のことば
 プロローグ
1 五月のある朝 マドリード
2 戦いの年 パルマ・デル・リオ
3 勇敢な牡牛 マドリード
4 飢えの年 パルマ・デル・リオ
5 闘牛 マドリード
6 マレティリャ
7 フェエナ マドリード
8 狂った夏
9 真実の瞬間 マドリード
 エピローグ
 闘牛用語集
 巻末特別エッセイ 闘牛士エル・コルドベスとその時代 佐伯泰英

 旧文庫版の巻末には、訳者解説が載っていた。10頁と簡潔ながら、著者両名の執筆秘話や当時のスペインの時代背景などを巧く説明しているので、できれば再録して欲しかった。

【感想は?】

 スペイン版「あしたのジョー」。

 貧富の差が激しいアンダルシアで貧しい家庭に生まれ、すぐに両親を失い飢えに苦しむ幼年時代を過ごした不良少年が、たった一つの夢にすがり武者修行の旅に出て、何度も挫折と屈辱を味わいながらも夢にかじりつき、やがて得たチャンスをモノにして、国民的英雄としての成功を手に入れる、そんな話だ。モロに梶原一騎(高森朝雄)の世界である。

 肝心の闘牛については、主人公エル・コルドベスの半生を描く所で、当時のスペインにおける闘牛の位置・その興行形態・関係する様々な人々、そして闘牛士への道などが次第に分かるようになっている。

 それと、できれば次の動画を見ておこう(→Youtube:6/6 Maestros del toreo "El Cordobes", "Palomo Linares", "Paquirri")。23分とやや長い上に、スペイン語なので何を言ってるのかサッパリ分からないが、闘牛のエッセンスが詰め込んである。

 単に牛と闘うだけなのかと思ったが、全く違う。牛の体重は500kg前後、角が刺さって闘牛士が死ぬことも珍しくない。にも関わらず、闘牛士はなかなか牛を殺さない。何度も己の身を牛の突進に晒し、かわしては赤いケープで牛を誘い、再び牛の攻撃を受ける。

 見ていて、最初はその恐ろしさに血が凍る思いをしたが、慣れると違うモノが見えてきた。やがて牛は闘牛士の周りをグルグルと回り、両者はピッタリと寄り添うような形になる。赤いケープだけで、牛を人形のように操り、まるでワルツを踊っているようだ。

 この時の闘牛士の姿勢が美しい。胸を張り、ピンと背筋を伸ばす。体の線がモロに出る衣装で、特に腰から下のラインはセクシーですらある。これじゃ女性も見ほれるだろう。

 かと思うと、敢えて動きにくい両膝を地面についた姿勢で、牛を誘う。「もうやめてくれー!」と叫びたくなる。

 勝てばいい、牛を殺せばいいってもんじゃ、ないのだ。いかに勇ましく闘うか、いかに巧みに牛を操るか、いかに美しく踊るか、そしていかに観客を魅了するか。単に強いだけではなく、ショーとして盛り上げ、己の技と勇気を示し、また牛の強さ・狡猾さも引き出さなければならない…己の命を削って。

 エル・コルドベスの半生は、モロに漫画だ。本名マヌエル・ベニテス。今日の食べ物にすら困る極貧の家庭に生まれ、わずかな稼ぎと盗みで命を繋ぎ、映画に触発されて闘牛士を目指す。満月の夜ともなれば、地主の牧場に忍び込み、勝手に牛と闘って腕を磨き、警官に見つかっては何度もブチのめされる。

 やがて故郷のパルマ・デル・リオを叩き出されたマヌエルは、悪友のフアン・オリリョと共に武者修行の旅に出る。修行ったって、別に闘牛士の道場があるわけじゃない。昼は盗みと物乞いで食いつなぎ、村で野良闘牛興行があれば飛び入りし、夜には牧場に忍び込んで牛を相手に練習する。何のことはない、ただの食い詰めた浮浪者だ。

 この過程で描かれる、当時のスペインの貧富の差は凄まじい。見渡す限りの土地を所有する大地主と、仕事を探して駆けずり回る貧民たち。貧しい者は電気も水道もなく、靴すらなくて冬でも裸足だ。

 そこで共和制が成立するが、手回しのいいフランコの反乱で内戦が勃発する。ここでも共和国側の戦闘に不慣れな様子が情けない。敵が来るのはわかってんだから、壕ぐらい掘っとけよ、と思うんだが、何せ素人の集りだしなあ。ってんで手もなく捻られ、復讐の念に燃えた大地主が村に帰ってきて…あとは、ご想像の通り。

 この本ではパルマ・デル・リオの事しか書いていないが、他の村でも似たような経過だったんだろう。シリアの内戦も、どう決着がつくにせよ、よほど手際よく国連軍が展開しない限り、終戦後に大量の血が流れるのは確実だ。

 こういった経過で成立したフランコのファシズム体制だけに、見かけはガチガチの締め付けだが、マヌエルとフアンの珍道中はフリーダムそのものなのが可笑しい。結局、体制側がどんなに頑張ろうと、全国民を見張るなんてのは無理なのだ…少なくとも、当時は。この変はローレンスレッシグの「CODE Version 2.0」のテーマが身に染みる。

 放浪の果てにチャンスを掴むマヌエルを中心に、辣腕マネージャーのエル・ピポことラファエル・サンチェス、妙な縁で運転手となるアンドレス・フラド、信仰と闘牛興行の矛盾に悩む神父ドン・カルロス・サンチェス、居酒屋を営み熱狂的な闘牛ファンのペドロ・チャルネカ、そして静かにマヌエルを支える姉のアンヘリータ。

 いずれも熱い感情と大げさな表現、胡散臭さと底知れぬ辛抱強さを秘め、スペイン人の気質を伝えてくる。にしても、誰も彼も詩的な表現を好むのは、これもやっぱりスペインの偉大な文化なんだろうか。

 血生臭い内戦、飢えに苦しむ戦後の生活、決して乗り越えられぬ社会的・経済的格差に隔てられたかつてのスペイン社会から、少しづつ芽を出し始めた経済成長の予兆といった時代を背景に、最底辺の貧民から国民的英雄へと登りつめた青年の半生を中心に、闘牛の底知れぬ魅力とその過酷な世界を描く、社会性と娯楽性を兼ね備えた異色のノンフィクション。

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2016年2月15日 (月)

藤井太洋「アンダーグラウンド・マーケット」朝日新聞出版

ベトナムやバングラデシュ、インドネシアとやりとりすることの多いアパレルの問屋がN円に対応していることは知っているが、本人の口から答えて貰う方がいい。人は、自分で話したことを強く信じるからだ。
  ――第1部 ヒステリアン・ケース

「…日本で五次、六次請けのIT土方に丸投げしてるデータセンターと、年収二千万貰ってサンフランシスコで優雅に暮らす連中の管理するクラウドと、どっちを信用するっつうんだよ」
  ――第2部 アービトレーター

【どんな本?】

 「Gene Mapper」で華々しくデビューし、「オービタル・クラウド」で再び日本のSFファンを狂喜させた新鋭SF作家の藤井太洋による、至近未来の日本を舞台にした金融サスペンスSF。

 アジア各国から実力もバイタリティも溢れる移民が大挙して押し寄せ、彼らが主導するアングラ・マネーの「N円」による取引が急成長しつつある日本で、それまでの主流だった「会社員」のコースからはみ出しN円経済に身をおく若者たちを主役に、猥雑で活発な移民たちと、従来の「円経済」の軋轢を描く。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2016年版」ベストSF2015国内篇16位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 お話は二本の連作中編「ヒステリアン・ケース」と「アービトレーター」から成る。いずれも初出は電子出版の Amazon Kindle で、「UNDERGROUND MARKET ヒステリアン・ケース」は2013年10月配信、「UNDERGROUND MARKET アービトレーター」は2014年3月配信。

 書籍版は両中編を加筆・訂正したもの。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約243頁、9ポイント45字×19行×243頁=約207,765字、400字詰め原稿用紙で約520枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分。

 文章はこなれている。内要は、えーっと… 両中編とも、主題となるトリックの部分が、思いっきりテクニカルで、プログラマ、それも UNIX 系で金融や決済関係の仕事をしている人なら、仰け反って身もだえするネタなのだが、そうでない人には全く通じないコアなシロモノ。

 ただし、それ以外の部分は現代日本の延長で、あまり難しくない。登場人物の多くは貧しい若者や日銭稼ぎにアクセクしている移民なので、豊かな人にはピンとこないかも。言いたくないが、私にも身につまされる場面がいっぱいで…

 それともう一つ。自転車が大活躍するので、自転車が好きな人にはたまらん作品です、はい。

【どんな話?】

 オリンピックを2年後に控えた東京には、多くの国から仕事を求める移民が押し寄せている。15%に上がった消費税を避け、また手軽な送金・決済システムとして、移民を中心にデジタル仮想通貨のN円の流通が急成長していく。そして卒業時に就職先が見つからなかった日本人の若者たちも、N円経済圏で生き延びていた。

 フリーの web エンジニア木谷巧と、同じくフリーのデザイナー鎌田大樹も、N円経済で生きる“フリービー”だ。今日は原宿の竹下通りのブティック<ヒステリア・ウィドウ>に営業に来た。「最近になって増えてきたN円決済にwebサイトを対応させ、外国人の顧客にアピールしましょう」という売り込みだ。

 今のサービスもよく出来ているが、ただ一つデザインが壊滅的に悪い。それを指摘した巧は、思わぬ災難に見舞われ…

【感想は?】

 すまない。この書評は冷静に書けない。なにせ、私の好きなモノが「これでもか」というぐらいに盛り込まれているからだ。

 まずは自転車。ぶっちゃけ貧しい主役の巧たちの移動手段は、自転車なのだ。それもママチャリではなく、軽快なロードバイクだったり頑丈なマウンテンバイクだったり。

 主な舞台は東京。地下鉄などで移動しているとよくわからないが、東京の地理をよく把握していると、意外な駅どうしが物理的には近くにあったりするので、自転車でも結構速く目的地にたどり着けたりするし、現実に今のビジネス界でも東京じゃバイク便が活躍していたりする。

こういう風に都市内での市内郵便が発達するのは別に珍しいことではなく、江戸時代でも市内飛脚あったらしい(星名定雄「情報と通信の文化史」)。

 はいいが、何せ東京の道路網は自動車を中心に出来ているので、自転車は肩身が狭い。それでも住宅地をママチャリがゆっくり走る分にはなんとかなるが、大通りの車道を自動車と同じスピードで走ろうとすると、大変な目に合う。特に路肩に駐車してる車があると大変で…

 など、都市内を勢いよく走り回ってるサイクリストには、「そうそう、そうなんだよ」な場面がいっぱい。

 次に多国籍な風景。なにせ日本に多数の移民が押し寄せたって設定だ。中国・韓国はもちろん、トルコ・インド・ユダヤ人などが入り混じり、活発で猥雑な雰囲気が溢れている。特に第2部冒頭の、多国籍屋台村の場面はワクワクしっぱなし。こういうゴチャゴチャした感じ、大好きなんだよなー。

 海外旅行に行った時に、綺麗なブティックには目もくれず、ついノミの市や路肩の屋台に足が向いちゃう人には、ツンとくるスパイスの匂いが漂ってくるような場面だ。にしても、よく知ってるなあ。Gene Mapper でもベトナムのカオスなネットワーク事情を巧く使っていた著者だから、あの辺によく行ってるのかも。

 そして、なんといってもコンピュータ関係の描写。

 著者お得意の技術的な部分はもちろん筋金入りで、第2部終盤では多くのプログラマが「こんなん書いて商売になるのか?」と心配するようなコアな描写がいっぱい。はいそこ、「vi が役に立つのって emacs をインストールする時だけだよね」とか嘯いてる人、これ読んで反省しなさい←私怨入ってます

 これは全般を通じてメインとなるネタなので詳しくは書けないが、技術的な部分の他に、プログラマを巡る人間関係も、身につまされる場面がいっぱい。特に、プログラマの森谷恵 vs プロデューサー斉藤和明の掛け合いでは、多数のプログラマの心の声そのまんまの台詞が随所に飛び出してくる。ほんと、一度言ってみたい。「わかんないなら黙ってろ」と。

 などの仕掛けの中で、人物としてよく書けてると思うのが、斉藤和明。作品中ではイラつかせてくれる困った人なんだが、たいていのプログラマは、どうしても身近な誰かさんを思い浮かべるんじゃないだろうか。あなたの周りにもいませんか、知ったかぶりしてワケわからん仕事を引き受け、客と話せば余計なことばかり喋るウザい奴が。

 などの小道具・大道具に彩られながら、作品名にもなっている「闇経済」が発達する過程と、それが勢いを増した向こう側の風景も、最近の円高・株安や間近に控えた消費税増税、そしてTPP合意などを考えると、「所詮は作り話」とばかりも言ってられないから悲しい。

 現実にもイスラム系の人はハワラなんて銀行を通さない送金システムを持っていて、恐らくはバブルの頃からバングラデシュやイランの人が日本にも持ち込んでいるはず。出稼ぎの人が家族に金を送るだけなら大きな害はないが、誰が誰に幾ら送ったかの実態が掴めないため、テロリストへの送金にも使われちゃうのが困った所で、国際的な問題にもなってたり。

 ってな大きな状況を、職につけずフリーで働く若者が、必死に生き延びながら見上げているあたりは、現代日本の隠れた社会階層をデフォルメして見せつけるようで、爽快とばかりも言っていられない。どうなるんだろうね、一体。

 などと大技小技を取り混ぜ、「もうすぐそこに来ている未来の日本」を垣間見せなつつ、一枚の写真から多くの情報を引き出す方法や、便利なことから困ったことまでスマートフォンの様々な使い方、ちょっとした営業のコツなど、美味しいネタをふんだんに取り込んだ、今まさに旬のSF小説。

 あ、それと。Fortran は汎用プログラム言語だと思うとアレだけど、浮動小数点レジスタとベクトル・レジスタのドライバを書くための言語だと思えば、よく出来てます。COBOL はいいトコないけど。

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2016年2月14日 (日)

ピーター・クレイン「イチョウ 奇跡の2億年史 生き残った最古の樹木の物語」河出書房新社 矢野真千子訳

一億五千万年前より古い時代に起源をもつ動植物のほとんどが絶滅していることを思えば、イチョウが二億年ものあいだ基本的に変わらないまま存続したのは、奇跡としかいいようがない。
  ――まえがき

イチョウは植物としてはかなりの変わり者で、現存する近縁種が存在しない。
  ――1章 長大な時間

現在、イチョウは世界中で見られるが、それは基本的にヒトが植えたものだ。
  ――24章古木の樹齢

【どんな本?】

 日本人には街路樹や神社などでお馴染みの木、イチョウ。あまりに身近にあるので特別な関心を抱く事は少ないが、実はかなり独特の性質を持った植物である。例えば、あの特徴的な葉。あんな形の葉をつけるのはイチョウだけだ。

 イチョウの歴史は波乱万丈で、古くて新しい。何度かの大絶滅期を生き延びながら、ゆっくりと衰退の道をたどり、係累を全て失いながらも、細々と生き延びた数少ない集団に、突然現れた意外な助っ人。強力な助力を得たイチョウは、その歴史から見れば瞬く間ほどの短い期間で世界中に広がってゆく。

 生きた化石としてのイチョウを、地学・生物学の題材として、また西洋と極東が交差する歴史物語として、またイチョウに関わったプランツ・ハンターや植物学者たちのエピソードを絡め、様々な視点で描く、一般向けの科学・歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は GINKGO : The Tree that Time Forgot, by Peter Crane, 2013。2014年9月30日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約382頁に加え、長田敏行の解説6頁。9ポイント46字×19行×382頁=約333,868字、400字詰め原稿用紙で約835枚。文庫本なら厚めの一冊か薄い上下巻ぐらいの分量。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。義務教育修了程度の理科・歴史の基礎知識があれば読みこなせる。当然ながら、身近にイチョウの木があると親しみを持って読める。茶碗蒸しなどでギンナンを食べた経験があれば、更によし。

【構成は?】

 各章は比較的に独立しているが、素直に頭から読むほうがいいだろう。

  •  まえがき ピーター・H・レイヴン
  • 序文
  • 第1部 プロローグ
    • 1章 長大な時間
    • 2章 樹木とヒト
    • 3章 イチョウの魅力
  • 第2部 植物としてのイチョウの生涯
    • 4章 エネルギー
    • 5章 成長
    • 6章 構造
    • 7章 有性生殖
    • 8章 性別
    • 9章 泳ぐ精子
    • 10章 復元力
  • 第3部 起源と繁栄
    • 11章 初期の陸上植物
    • 12章 イチョウの祖先
    • 13章 分岐分類学 類縁関係を探る
    • 14章 グリーンランドと北海沿岸の化石
    • 15章 中国の化石
    • 16章 多様さの増減
    • 17章 現生種とほぼおなじイチョウ
    • 18章 イチョウが好む環境
  • 第4部 衰退と生き残り
    • 19章 分布域の条件
    • 20章 分布域の縮小
    • 21章 消滅また消滅
    • 22章 粘り強い存続
    • 23章 生きている化石
  • 第5部 ヒトとの出合い
    • 24章古木の樹齢 
    • 25章 栽培のはじまり
    • 26章 船に乗る
    • 27章 ヨーロッパに戻る
    • 28章 名前をもらう
    • 29章 ヨーロッパで増える
  • 第6部 利用価値
    • 30章 庭木として
    • 31章 食べ物として
    • 32章 街路樹として
    • 33章 薬として
  • 第7部 植物の未来を考える
    • 34章 差し迫る危機
    • 35章 保険をかける
    • 36章 地球からの贈り物
    • 37章 遠大なる遺産
  •  解説 長田敏行
  •  付録 収録植物のラテン名
  •  原注/参考文献/図版出典/索引

【感想は?】

 昔からイチョウは身近にあった。通った小学校にはイチョウの木があったし、神社などにもよくある。日本人なら、誰でもイチョウはお馴染みだろう。

 だから、「普通の木」だと思っていたが、とんでもない。実はシーラカンス並の生きた化石だったとは。

 生物の種を巡る物語だと、たいていヒトは悪役だ。北アメリカのリョコウバトを滅ぼしたり、オーストラリアにネズミを持ち込み独自の生態系を壊したりと、ロクな事をしない。が、この本では、珍しくヒトが救世主を勤める。それも、中国と日本が大きな役割りを果たす。嬉しいじゃないか。

 二億年ほど前に生まれたイチョウには、幾つかの仲間がいた。だが一億年ほど前から勢いが衰えはじめる。それでも「500万年前にブルガリアとギリシアでイチョウが育っていた」が、一千年ほど前にはほとんど滅びてしまう…極東の一部を除いて。なぜか、中国の一部だけで細々と生き延びていたのだ、ヒトに愛でられながら。

 これが室町時代ごろ日本に入って来て、各地に移植される。やがて江戸時代になりオランダとの交易を通じて西洋に渡り、こちらでも多くの人に愛され世界中に広がってゆく。

 などの歴史を、最初は化石から、次に中国や日本そして韓国の文献と現物を調べ、実態へと迫ってゆく。

 のはいいが、どうも原産地がハッキリしないらしい。今なら遺伝子解析で「最も多様性の多い所」が原産地となりそうだし、実際に調べた結果も中国の天目山または重慶近くの金佛山が遺伝的な多様性が大きいのがわかったが、素直に解を出せない理由が笑ってしまう。曰く…

真に野生状態の樹木と人為的に栽培された樹木の区別がつかないことだ。中国には古くからヒトが住んでいて、イチョウの自生地の候補とされているところの大半は、数千年も前から人々が暮らしていた地域内にある。

 なまじ長い歴史を持つ中国なので、遠い昔にヒトの手が入った可能性がつきまとってしまう、と。

 先に「室町時代ごろ日本に入って来て」と書いたが、歴史が好きな人は「おや?」と思うだろう。鎌倉幕府の三代目の将軍、源実朝の暗殺だ。彼は鶴岡八幡宮で襲われたとされている。暗殺者は公暁、イチョウの木の陰に隠れていた…って、鎌倉時代にイチョウがあるじゃないか!

 ところが、当時書かれた吾妻鏡にはイチョウが出てこないのだ。イチョウが最初に出てくるのは「1659年ごろ書かれた『鎌倉物語』」だとか。どうも後世の創作らしい。とすると、鶴岡八幡宮の大銀杏も、もう少し若いってことになる。にしても、よく調べたなあ。

 科学者の考える事はアレで、変な実験もしている。イチョウの木には雄と雌がある。19世紀初期の植物学者ジョセフ・フォン・ジャカン(→Wikipedia)は考えた。雌木の枝を雄木に接ぎ木したら、実はなるのか? で、実際にやってみたら…

 見事に実をつけたそうです。体は雄でも枝は雌。植物だと、そういう事もあるそうで。ばかりでなく、雄木の一部が雌化して実をつける事が「日本でも古いイチョウの雄木で見られたことが数回、記録されている」。いずれにせよ、変化の方向は雄→雌に限られていて、逆はないとか。

 西洋に渡ってもヒトに愛されたイチョウだが、やはり秋のギンナンの臭いは騒動の元らしく、例えば「ニューヨーク市の公園遊園地管理局は既定方針として、この20年間イチョウの雌木を植えていない」。どうせ数日で消えるんだから、気にする事もないだろうに。

 最後の「第7部 植物の未来を考える」では、イチョウを離れ、絶滅の危機に瀕した植物を保護する話になる。ここに出てくるウォレミマツ保護の方法が賢い。オーストラリアのニューサウスウェールズ州で見つかったウォレミマツ。群生地はたった一つ。この集団が亡んだら、もうお終いだ。

 そこで、当局は、まず現地を秘密にして、野次馬が来ないようにする。下手に病原菌とかを持ちこまれても困るし。次に植物園で若木を育て、なんとザザビーズのオークションにかけた。なんたって絶滅危惧種だ。好き者はこぞって欲しがるだろう。これで世界各地に希少種が広がり絶滅の危険が減ると同時に、稼いだ金は保護活動費にする。賢いなあ。

 他にも GINKGO なんぞという奇妙な綴りの謎、意外としぶといイチョウの生殖戦略、イチョウ衰退の理由、イチョウの生殖研究で大手柄を挙げた日本人・平瀬作五郎の研究、街路樹の様々な利益、あの独特の形の葉の秘密、そして銀杏の名産地・祖父江町訪問記など、読み所はいっぱい。読むと、イチョウの木を探しに近所を散歩したくなる、そんな本だ。

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2016年2月10日 (水)

つかいまこと「世界の涯ての夏」ハヤカワ文庫JA

あの夏、ぼくは子供だった。
半ズボンとビーチサンダルと、汗ばんだり乾いたりするTシャツだった。
海パンと水中めがねと、虫とか魚とかだった。

「実は、ずっと、どうしてぼくらはこんなに役に立たないものを必死で作っているんだろうって思ってた。意味がないものに必死になって、つらいとも思ってた」

【どんな本?】

 2015年の第3回ハヤカワSFコンテスト佳作受賞作を加筆訂正したもの。

 球形の正体不明な空間<涯て>が現れ、少しづつ世界を侵食しつつある近未来。当初、人々は<涯て>を巡って混乱し、戦争すら引き起こしたものの、現在は落ち着いて<涯て>の存在を受け入れつつある。

 島で暮す小学校六年生の少年の夏休み,過去を思い出す事を仕事とする老人,ゲームのキャラクター・デザインに携わるフリーランスのデザイナーを交互に描く、静かな終末感が漂う物語

 …と思ったら。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2015年11月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約225頁に加え高槻真樹による著者インタビュウ11頁。9.5ポイント39字×16行×225頁=約140,400字、400字詰め原稿用紙で約351枚。長編小説としては短め。

 文章はこなれている。内要は…実は結構、最近のAI技術や画像処理技術などデジタル系の最新技術を取り込んだり、現在のちょっと先のテクノロジーを組み込んでたりするので、SFとしてはかなり濃い作品なのだが、語り口が柔らかい上に、特撮映画やゲームのCGなどに興味がある人にとっては、「キター!」的な仕掛けに溢れている作品。

 なお、巻末の著者インタビュウは、重大なネタバレを含んでいるので、それが嫌いな人は最後に読もう。

【どんな話?】

 突然に現れた球形の空間、<涯て>は全てを飲み込んだ。人々はその周辺で戦争まで引き起こす。

 小学校六年生のタッチンは、幼い頃に親をなくし、この島に来た。この島の子はみんなそうだ。そのためか特に悲しいとも感じず、学校も楽しかった。その日、転入生がやってきた。女の子だ。サカイミウ。かわいい子だ。でも、それだけじゃ足りない。何かもう少し、違うものなんだ。

 狭いブースの中で、タキタは目を覚ます。体中にケーブル類が取り付けられていて、下手に動けない。タキタの仕事は、想起だ。何かを思い出し、それを中継する。この仕事を50年間も続けてきたが、タキタの装置は古いので、最近の装置と比べて手間がかかる。最近の彼は子供時代の思い出に浸っていた。

 ノイは、エンターテイメント用のキャラクター・デザインをフリーランスで請け負っている。今手がけているのは、かつて勤めていた会社向けのキャラクター八体だ。納品したうちの一体に、修正の依頼が入った。これがなんともぼんやりした依頼で…

【感想は?】

 避け得ぬ終末に向け、それでも今までどおりの日々を過ごす人々の生活を静かに描く終末SF

 …と思ったら、そうきたか。これは一本取られた。もっと取ってくれ。詳しくは言えないが、古いSFが好きな人にはたまらなく美味しい仕掛けが終盤で待っている。

 お話は三つのパートが交互に進む。離島で夏休みを過ごす少年、「想起」を生業としながらも己のポンコツぶりにイラだつ老人、そして客の我がままに振り回されるキャラクター・デザイナーのノイ。

 最初に出てくる小学校六年生のタッチンのパートは、オジサンたち感涙のノスタルジーに溢れている。携帯電話もゲーム機もなかったけど、夏休みは毎日のように外で遊び歩いていた。大人が「危ない」と言う所には敢えて侵入したし、自分たちのナワバリに見慣れぬ物が現れたら、とりあえず調査しに行った。いや調査ったって、見て棒で突くぐらいだけどw

 そんなしょうもない少年の毎日に飛び込んできた、ちょっと気になるミステリアスな女の子、ミウ。いやあ、ノスタルジー物の鉄板だよなあ。

 逆にせせこましい現在を痛いぐらいに感じさせるのが、キャラクター・デザイナーのノイのパート。

 イマドキのデジタル商売ってのは、どこでも似たようなもんで、常に時代の波との追いかけっことなる。それまでは職人芸の手仕事でやっていたのが、すぐにコンピュータが処理を自動化し、ヒトより遥かに短い時間で仕事を済ませてしまう。

 ただ、自動化が始まった頃はコンピュータの仕事の質は荒く、人がチョコチョコ修正かけなきゃいけない。ってんで、最初のころは、ソレナリに人が仕事をする余地がある。

 はいいが、発注する側もこういった事情は心得てるのが困る。昔は慎重に要求仕様を決め、最初の納品で納得していたのが、「納品の前に一回チェックさせてよ」から始まって、「とりあえず出来上がりを見てから細かい所を決めよう」とか、ハナっから最初の納品は叩き台と決め付けてたり。

 ってんで、仕事を請け負う側も、最初はコンピュータの仕事の速さに喜んでたのが、何度も無駄な仕事をさせられるようになると、客に向かって「ええかげんにせんかい!」と怒鳴りたくなってくるんだが、そこはやはり金を出す側が強いわけでブツブツ…

 すんません。心の闇が漏れました。

 などの身につまされるエピソードに加え、著者がゲーム・デザイナーのためか、MMD(→Wikipedia)などに凝っている人には「そうきたか」なネタが満載。

 こういう「どこまでマシンでエミュレートするか」って問題は時代ごとに次第に進歩していくもので、昔は別メモリにスプライト・オブジェクトとして登録したのを背景に加えていたのが、マシンの性能が上がるに従い実メモリ上で重ねたり、ビットマップの画像がポリゴン形式になって表面にはテクスチャ張ったり…

 とかの画像処理や3Dデータ処理に詳しい人だと、「お、コレはアレだな」なネタが満載で身もだえしたりする。そういえばシンセサイザーも、音を作る際に実際の楽器内部での振動の伝わり方をエミュレートして音を作る場合があるって話を、どっかで聞いたような。

 といった二つのエピソードを繋げるのが、「想起」を生業とするタキタのパート。ある意味、このパートがSFとしての骨格を語る部分で、SFとして実に美味しい仕掛けをまぶせてあるんだが、そこは読んでのお楽しみ。最後まで読むと、「おお、あの頃のSFが帰ってきたー!」と踊り出したくなります。

 ノスタルジックで、身につまされて、細かいガジェットは造りこまれていて、終盤では大仕掛けが炸裂する。短くて読みやすくてセンチメンタルな皮を被って、中には骨太のSF魂を隠し持っている、想定外の掘り出し物だった。

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2016年2月 9日 (火)

ヴィクター・H・メア+アーリン・ホー「お茶の歴史」河出書房新社 忠平美幸訳

 茶のたどった道のりは叙事詩ながらに壮大だから、茶の歴史を書くことは、昔から至難の業だった。植物学、医学、宗教、文化、経済、人類学、社会、政治などさまざまな側面を持ち、起源は太古にさかのぼり、しかも地理上の距離や言葉の違いなどお構いなし
  ――プロローグ 茶 覚醒の葉

1854年、ペリー提督が日本を開国させるのに成功したので、19世紀後半には日本の緑茶がアメリカの茶の輸入量の大部分を占めた。
  ――第15章 名ティーポット職人の真夜中の騎行 アメリカの茶

【どんな本?】

 私は烏龍茶が好きだが、世間には紅茶党もいれば緑茶派もいる。同じ紅茶党でもミルク派とレモン派があるし、インド以西のアジアではチャイが定着している。原料は同じチャノキなのに、その加工法や淹れ方・味わい方は千差万別だ。

 茶の原産地はどこで、いつ・だれが発見したのか。それぞれの時代や地域で、人はどのような茶を、どのように味わったのか。どのように受け入れられ、どのように広がり、どう取引され、世界情勢にどんな影響を与えたのか。

 ペンシルヴェニア大学の中国語文学教授であるヴィクター・H・メアとジャーナリストのアーリン・ホーが、茶をめぐる歴史と世界情勢を辿りながら、その時代や地域のお茶のレシピも豊富に載せ、爽やかな香りと刺激的な味わいを閉じ込めた、美味しくて楽しい一般向けの歴史の本。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The True History of Tea, by Victor H. Mair & Erling Hoh, 2009。日本語版は2010年9月30日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約286頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント46字×19行×286頁=約249,964字、400字詰め原稿用紙で約625枚。文庫本ならやや厚めの一冊分。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。歴史物だけに、当時の各国・地域の情勢の知識が必要だが、個々のエピソードを味わうのに必要な背景事情は充分に書き込んであるので、特に歴史を知らない人でも楽しめる。当然ながら、緑茶・烏龍茶・紅茶に留まらず、さまざまなお茶を味わった経験がある人にこそお勧め。

【構成は?】

 だいたい時系列順に話が進むので、素直に頭から読んでもいいが、個々の章はそれだけで完結しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。特にコラムは、ちょっとした面白エピソードを綴っているので、味見用の拾い読みには最適。

  •  プロローグ 茶 覚醒の葉
  • 第1章 植物学の寄り道 茶のライバルたち
  • 第2章 国の威信のよりどころ 東南アジアと茶の起源
  • 第3章 酪(らく)の奴隷 一世紀から六世紀までの茶
  • 第4章 喫茶去(きっさこ)! 唐代
  •  コラム 悟りを開くきっかけを与えるために仏教で使われた、ある逆説的な問答
  •  コラム ブリトゥン島の茶碗
  •  コラム 法門寺
  • 第5章 兎毫盞(とごうさん)の中の雲脚(うんきゃく) 宋代
  •  コラム あの世で飲む茶
  •  コラム 詩の傑作
  • 第6章 極上の飲み物で平和を買う 茶馬交易
  • 第7章 禅の味は茶 12世紀から15世紀までの日本
  • 第8章 茶聖 千利休 日本の茶道の完成
  •  コラム 日本のもう一つの茶道
  • 第9章 韓信点兵(かんしんてんびょう) 明代と清代の茶
  • 第10章 ダライ・ラマの名前の由来 チベットとモンゴルの磚(たん)茶
  •  コラム 今日のチベットの茶
  • 第11章 われわれだって、サモワールを発明したじゃないか…… ロシア隊商(キャラバン)の茶貿易
  • 第12章 新たな地を征服する イスラムの茶の世界
  • 第13章 医者のお墨付き ヨーロッパへの茶の到来
  •  コラム 台湾の茶
  • 第14章 この有名な植物がたどってきた道 茶と阿片戦争
  •  コラム ジョサイア・ウェッジョウッドの天賦の才
  • 第15章 名ティーポット職人の真夜中の騎行 アメリカの茶
  • 第16章 FTGFOP 19世紀のインドとセイロン
  •  コラム ジャワ産の白い芽の茶
  •  コラム インドとセイロンの茶の等級体系
  • 第17章 クリッパー船の全盛期 イギリスの茶
  •  コラム クルンティエとクリームでベズーフステー
  • 第18章 地球村からの点描 私たちの時代の茶
  •  コラム ほら吹きの茶
  •   謝辞/訳者あとがき
  •   参考文献/引用出典/図版出典

【感想は?】

 一言でお茶と言っても、種類も飲み方はいろいろあるんだなあ。

 大雑把にいうと、四種類に分かれるそうだ。緑茶、紅茶、烏龍茶、そして磚(たん)茶。チベットの旅行記などでお茶にバターを入れて飲む場面がよく出てくるが、あれは緑茶ではなく磚茶だったのか。どうりで緑茶で試した時はマズかったわけだ。ええ、試しましたとも。

 などと書いちゃいるが、磚茶ってなんじゃい? と思ったら、プーアル茶が近いみたいだ。よし、もう一度挑戦しよう。

 意外な事に、世間で茶と呼ばれるのはすべて一つの種類の樹、茶樹から取れる。マテ茶や麦茶があるから、茶の文化は世界各地で独立して発生したのかと思っていたが、全く違う。中国で生まれ、世界中に広がり、その過程で様々な淹れ方や飲み方が派生していったらしい。

 この広がり方が本書の主題で、これが実にダイナミックで楽しい。一種の世界史の本なのに、極東の中国が最大の焦点なのも嬉しいじゃないか。そのおこぼれで日本もチョコチョコ顔を出すし。おまけに、折々に各地・各時代の茶のレシピが載っていて、これがまた実に食欲と言うか飲欲をそそる。

 日本人にとって茶はストレートで飲むものだが、イギリスじゃ紅茶はミルクまたはレモンに砂糖を加える。チベット人もお茶が大好きで、ミルクとバターを入れる。高地じゃ「低地の二倍の水分を発散する」ので、たくさん水を取らなきゃいけないのだ。モロッコじゃ緑茶に少しのヨモギギクとミント、それに大量の砂糖。ウズベク人は塩を入れる。

 カフェインを含むためか、各地での受け入れも、毒か薬かで論争を巻き起こしている。中国の伝説じゃ薬派で、神農(→Wikipedia)が見つけたそうだ。100種の植物を味見し、うち72種は毒らしく病気になった。たった一つ、病を治したのが茶樹だそうだ。実際、茶が病を防ぐ事を19世紀のイギリスが証明している。

 イギリスの人口は1801年の1050万人から1911年に4080万人と、四倍に増えた。お茶を飲むには湯を沸かさなきゃいけない。お陰で、水が媒介するコレラなどの伝染病が減ったからだ。これに限らず、茶は各地で禁酒運動と強く結びついているのも興味深い。これはコーヒーも同じなんだけど。

 といった親しみやすい話題を加えながらも、大筋の話は大規模な交易の話が中心で、これが歴史的なダイナミズムを感じさせると共に、ちょっとした冒険物語や秘境探検記のゾクゾクする味わいがある。

 最初に出てくるのが、中国とチベットの茶馬交易。騎馬民族の侵入に悩む中国は、軍馬の調達に苦労する。なんたって農耕民族だから、馬の育て方も調教方法も知らない。幸いチベット人が茶の虜になったので、チベットの馬と中国の茶を交換しましょう、って事になる。

 そこで陸路をはるばる数ヶ月かけて運ぶんだが、その途中で発酵してしまう。ところが、これがたまたまにチベット人の好みにあい、磚茶として受け入れられてゆく。美味しい物の誕生には、いろんな偶然が絡んでいるんだなあ。

 これがロシアに渡るルートとなると、更にスケールが大きくなる。18世紀ごろには中国からユーラシアを横断しモスクワまでキャラバンが陸路で往復し、茶を売り買いするようになる。やがて茶はロシアからペルシア・アフガニスタンへも渡り、特にトルコでは「コーヒーに取って代わって国民的飲料となった」。日本とトルコには、もう一つの共通点があるのだ。

 これに対し海が主要な舞台となるのが、西洋への伝播。こちらで重要な役割りを果たすのはイギリス人で、本書の書き方こそマイルドだが、阿片戦争に象徴されるように、なかなか阿漕な真似をやらかしてくれる。でも最初に西洋人が茶に触れたのは、日本だったようだ。そう、フランシスコ・ザビエルに代表される宣教師たちだ。

 イギリスの茶会に煩いマナーがあるように、日本にも茶道がある。これの「伝統」を暴く所も面白い。

 明治維新(1868年)とともに、女性は初めて茶道を習うことを許された。日本の女性が嫁入り前にしなければならない花嫁修業の一環として重視され、第二次世界大戦が終わるまで、茶の湯は事実上もっぱら女性の領域と化していた。

 そうだよなあ。千利休は男だし。こういう、案外と新しい「伝統」は他にも沢山ありそうだ。

 ライバルであるコーヒーとの因縁では、スリランカでの茶栽培のエピソードに紅茶党は歓声を上げるだろう。室町時代の闘茶は漫画の料理対決みたいだ。ロシア人スパイの見破り方や、トーマス・リプトンの類まれな商魂も楽しいし、、ティーバッグ誕生秘話はエンジニアをニヤリとさせる。

 意外と新しくて、なのに地域の権威や伝統と深く結びつき、香りと味わいは繊細なのに、その流通と伝播のプロセスはワールドワイドでダイナミック。日本人の多くが大好きな飲み物なのに、案外と知られていないお茶の歴史を辿りながら、「美味しいもの」に拘るヒトの尽きせぬ欲望も感じさせる、身近な雰囲気のわりに大きな広がりを感じさせる本だった。

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2016年2月 8日 (月)

ジェレミー・スケイヒル「アメリカの卑劣な戦争 無人機と特殊作戦部隊の暗躍 上・下」柏書房 横山啓明訳 3

「さらに危険なのは、オバマ政権はブッシュ前政権同様、全世界を戦場と見なしていることだ」
  ――34章 ナーセルの手紙

「目的はできる限り犠牲者の数を増やすことではなく、アメリカ経済の損失を最大にすることだった。(略)アメリカはじめ各国政府はあ、かなりの金額を費やして空港の警備手続きを検討し、変更することになるだろう。何十億ドルもかけて(略)」
  ――42章 大統領の権力

  ジェレミー・スケイヒル「アメリカの卑劣な戦争 無人機と特殊作戦部隊の暗躍 上・下」柏書房 横山啓明訳 2 から続く。

【アンワル・アウラキとサミル・カーン】

 JSOC(統合特殊作戦コマンド)と並ぶ本書の縦糸が、アンワル・アウラキ(→Wikipedia)だ。

 イエメン出身の両親の元、アメリカで生まれ合衆国の市民権を持つ彼が、過激な思想に向かう過程を描き、欧米出身のムスリムがテロリストに転向する原因と、合衆国のテロ対策体制の視点の歪みが見えてくる。

 アメリカで生まれ6歳で両親と共にイエメンに渡り、12年間学んだ後、コロラド大学に留学する。当初は特に熱心なムスリムじゃなかったが、湾岸戦争を機に政治と宗教に関心を深め始める。やがて説教師の才能に目覚め、大きな人気を得る。当時の彼は「9・11テロ攻撃を『凶悪である』と非難した」。決してテロ礼賛じゃなかったわけだ。

 面白いのが、2000年の大統領選でブッシュを支持していた点。中絶反対など倫理方面の政策に共感したようだ。

 デイヴィッド・レームニックの「レーニンの墓」によると、ソ連崩壊の際の混乱時にも正教会と共産党が手を組んでるし、スケイヒルの前著「ブラックウォーター」でも合衆国の福音派とカトリックの接近を描いてた。こういった傾向はジョナサン・ハイトの「社会はなぜ左と右に分かれるのか」が詳しくて、読むと何か分かったような気分になれます。

 ところが、困った事件が起きていた。1999年、FBIに二度逮捕されている。売春婦を買った容疑だ。これが世間にバレたら.彼の名声は地に墜ちる。本人は「おとり捜査のヤラセだ、私をムスリム社会を偵察しFBIにチクるスパイに仕立てるつもりだったんだ」と主張しているが、著者は真相について「解明されることはないだろう」としている。

 いずれにせよ、911以降、アンワルは穏健派ムスリムの代表としてテレビ・ラジオ・新聞に登場し始め、更に有名になってゆく。ところが彼自身へのFBIの捜査は続き、また他のムスリムへの合衆国市民による嫌がらせが増えるに従い、アンワルの言動は次第に変わって行く。合衆国の政策を批判し始めるのだ。

 そして彼はアメリカを離れ、暫くイギリスに滞在した後、両親の住むイエメンへ向かう。アンワルは地元じゃ有力な一族の一員らしい。米国の要請を受けたサレハ大統領の命により投獄されたアウラキは、獄中でサイイド・クトゥブ(→Wikipedia)の著作に触れ、過激思想へと傾いてゆく。

 このサイイド・クトィブに感化されて過激化するパターン、ローレンス・ライトが「倒壊する巨塔」でエジプトのイスラム同胞団の活動が過激化する過程とソックリだったりする。相当な影響力がある人なんだなあ、サイイド・クトゥブ。

 釈放された後、彼はインターネットで活動を始める。言動は更に過激化し、盛んにテロを煽りはじめたのだ。イエメン当局の監視・締め付けが厳しくなると共に、彼の言動も物騒になり…

 ここでもう一人の「ネトウヨ」が登場する。サミル・カーン。両親はパキスタン人で、サウジアラビアのリヤドで生まれた。7歳の時、両親と共にアメリカに引っ越し、普通のアメリカ人として育つが、やがて過激思想にかぶれ、物騒で景気のいいブログを立ち上げ人気を博す。2007年には彼のブログの一つがアレクサのランクで上位1%に入る。羨ましい←をい

 サミルもイエメンへ渡り<アラビア半島のアルカーイダ>に参加、英語による情報サイト<インスパイア>を立ち上げた。当局に追いつめられたアウラキも、やがて<インスパイア>に寄稿するようになる。アウラキとアルカーイダの糸が繋がった。

 なんの事はない、アウラキを追うアメリカが、元は穏健派だったアウラキをテロ組織へと追いやってしまったわけだ。

【英語】

 アウラキとサミルには、もう一つの共通点がある。いずれも英語で語った点だ。

 プリンストン大学のイエメン学者グレゴリー・ジョンセンが<インスパイア>の内容を評して曰く、「そこに書いてあることの多くは<アラビア半島のアルカーイダ>がそれまで長いあいだ言いつづけてきたこと」なのにも関わらず、アメリカ政府関係者は「ある種のパニック状態に陥った」。

 既にあった<戦いのこだま>はアラビア語だったので、何を言っているのかわからなかったのだ。

 アウラキも同じだ。元国防情報局のイエメン担当分析官ジョシュア・ファウストは語る。

「われわれがそれほどまでに彼に注目してしまうのは、その説教が英語で行なわれているからだ。だからこそわれわれは彼の発言により多く触れることになり、その結果、実際以上の影響力があると思い込んでしまうのだ」

 民間人じゃ仕方がないけど、政府関係者までこの体たらくってのは、なんだかなあ。もともとFBIはアイルランド系とイタリア系が多く(ロードリ・ジェフリー=ジョーンズ「FBIの歴史」)、CIAも職務の性格上アラビア語を母語とする者は雇いにくい事情があるにせよ、もちっとなんとかならんのか。我が国の公安も、同じ問題で苦労してるんだろうなあ。

【イエメン】

 最近何かと騒がしいイエメンの情勢が分かるのも、この本の面白い所。とはいえ、2015年以降は大統領だったサレハが退陣し内戦が勃発する(→Wikipedia)など、更に事態が急変しており、少し情報が古くはあるんだけど。

 アメリカのイエメン対策が、実にベトナムと同じ愚を冒しているのが情けない。

 当時の大統領はアリ・アブドゥーラ・サレハ。彼が実にしたたかな商売人で。イエメン国内はフーシ派の反乱や部族対立などを抱え、紛争の種なら山ほどある上に、アルカーイダまで流れ込んでくる。これで国内が落ち着くはずもないんだが、サレハ自身は親米の態度を示し、おねだりするのだ。

 「アルカーイダを退治したいんです。でも武器と費用が足りません。つきましては…」

 そして受け取った武器と金は、フーシ派の鎮圧に使う。サレハにとって、アルカーイダが消えちゃ困るのだ。だっておねだりの理由がなくなるから。ってなもんで、テキトーに怪しい者を捕まえては、なんだかんだと理由をつけて釈放してしまう。サレハに翻弄されるアメリカの情けなさは、ベトナム戦争から何も学んでいないんじゃないかと泣きたくなる。

【ソマリア】

 同様にソマリア情勢が見えるのも、この本の面白い所。

 こちらはイエメンと違い、政府はお飾りだ。実質的に仕切っているのは二種の勢力。ひとつはご想像通りの、地域の部族(高野秀行の「謎の独立国家ソマリランド」によると「氏族」)。もうひとつは軍閥で、空港などのインフラを押さえている。どちらも多数の勢力が乱立し、ぐんずほぐれずのバトルロイヤル状態だ。

 当初、アメリカは軍閥の一つに肩入れし、金と武器を渡す。「アルカーイダを捕まえたら金を出す」と。軍閥は誰彼構わず連行し、やがて気づく。「誘拐って、美味しいビジネスだよね」。捕縛者をアメリカが調べシロと出たらソマリアに送り返していたが、軍閥は「口封じのために彼らを処刑することもままあった」。

 これに困った部族勢力は、イスラム法廷(→Wikipedia)を立ち上げる。名前にイスラムが入っているので不穏な印象があるが、当初の性格は地域の部族連合だ。各部族の共通点がイスラムしかないので、イスラムを旗頭にした、それだけだったのだ。中には過激派もいたけど、大半は豪族みたいな勢力だった。

 やがてイスラム法廷は首都モガディシオを堕とし軍閥を追放、秩序とインフラを回復させる。だが、アメリカは読み違えた。「ヤバくね?メンバーに過激派のアル・シャバーブ(→Wikipedia)もいるし」。

 ここで最高にお馬鹿な真似をしてしまう。隣のエチオピアをけしかけ、ソマリアに侵攻させたのだ。

 元々、キリスト教のエチオピアとイスラム教のソマリアは犬猿の仲である。戦闘はエチオピアの勝利に終わったものの、その後の占領政策の不満もあり、ソマリア人はアメリカへの敵意を募らせた上に、混乱に乗じてアルカーイダが大量に流れ込み、イスラム法廷の主力はアル・シャバーブへと移ってゆく。

 アメリカの余計なお節介が、面倒くさい連中に力を与えてしまったわけだ。

【帝国と蛮族】

 帝国の定義は幾つかあるだろうが、その一つは他国から多くの留学生を集め、「洗脳」して影響力を強める点にあるだろう。同じ事をアンワル・アウラキも指摘している。

「外国人学生のための奨学金プログラムを通してアメリカ政府は、世界中に政府幹部予備軍を育成している。こうした人材の中から、あらゆる分野での指導者が生まれている。国の指導的な地位に就く者、政治家、実業家、科学者などだ」

 イエメンやソマリアの経緯を見ると、実は大昔からくり返されたパターンが見えてくる。蛮族に侵入に悩む帝国だ。ギボンの「ローマ帝国衰亡史」でも、ローマは蛮族の侵入に悩まされた。中国の各王朝も、匈奴などの遊牧民の侵略に悩まされてきた。

 対策としては遠征軍を送り込んで討伐し、または万里の長城などで周辺の警備を固める。だが遠征が成功しても何年かすれば蛮族は勢いを盛り返すし、周辺警備の費用は国庫を圧迫する。帝国はジワジワと体力を削られ、最後に蛮族の大侵入により首都を占領されて倒れてしまう。

 冒頭の2番目の引用にあるように、アルカーイダも歴史に学んだ戦略を取っている。アメリカに経済的な負担をかけ、体力を落とす作戦だ。ポール・ポーストの「戦争の経済学」でも、テロの経済効果は大きい、みたいな計算になっていた…ような、気がする。

 昔の蛮族が、急襲して略奪し、すぐにズラかって行方をくらましたように、現代のテロリストもヤバくなると他の国に移る。アフガニスタンが落ち着いたらイラクに行き、イラクが窮屈になるとイエメンやソマリアに逃げる。政情が不安定な国や地域は世界に幾らでもあるから、彼らが隠れる所は尽きない。ってんで、今は蛮族がシリアに集ってるわけ。

 歴史だと最終的に帝国は倒れる結果になるんだが、幸いにして現代は帝国に有利な材料が一つある。馬だ。

 過去の蛮族の強さの秘訣は、馬だった。定住して農業を営む帝国は、歩兵が主力となるのに対し、遊牧民は機動力に優れた騎兵が中心だ。この戦力差が、帝国の大きな弱点だった。だが現代の帝国の軍は機械化され、機動力は格段に上がった。組織化された蛮族軍が押し寄せても、充分に対処できる。

 そこで蛮族側が編み出した新たな戦術が、少人数によるテロだ。

 帝国は経済的に豊かな生活を味わうのに対し、蛮族は厳しい環境に耐えるのを誇りとする。この本に出てくるテロリストや扇動者たちも、アメリカの軟弱な生活を蔑む。いつの世にも、少ないながらそういう人はいる。だから、この先もなかなかテロリストは絶滅しないだろう。

【終わりに】

 ってな事を考えながら読み、記事を書いてたら、無駄に長くなってしまった。他にもビンラディン暗殺の描写などは、手に汗握るスリルに満ちている。かなり扇情的な書名なので感情的な内容と誤解されそうだが、大半は取材と調査に基く事実の記述だ。先の「ブラックウォーター」と並ぶ、刺激的で衝撃的な本だった。

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2016年2月 7日 (日)

ジェレミー・スケイヒル「アメリカの卑劣な戦争 無人機と特殊作戦部隊の暗躍 上・下」柏書房 横山啓明訳 2

 九月十一日、すべてが変わった。
 世界貿易センタービルが崩壊するとともに、過去十年間にわたって慎重に築きあげられてきた秘密暗殺作戦を監視し、再検討するシステムも崩れ去ったのだ。
  ――1章 対テロ対策を名目に

 ジェレミー・スケイヒル「アメリカの卑劣な戦争 無人機と特殊作戦部隊の暗躍 上・下」柏書房 横山啓明訳 1 から続く。

【概略】

 本書は、アメリカが行なっている暗殺の内幕を暴く本だ。名目は対テロ対策。

 いつから、誰を目的に、誰が命じ、誰がどのように行ない、どんな成果を収め、どんな犠牲を生み出し、どんな影響を与え、どんな結果をもたらしたか。それを、多くの政治文書や現地取材によって裏付けたドキョメンタリーである。

【議会とホワイトハウス】

合衆国の政治には二つの大きな権力がある。大統領が率いるホワイトハウスと、上院下院からなる議会だ。

 日本の首相は国会の多数勢力から出る。そのため議会の意向と大きく違った政策を首相は出しにくい反面、首相が出した政策は議会を通りやすい。

 対して合衆国の大統領は議会と違った選挙で選ばれる。よって議会とは大きく異なる政策を大統領が打ち出す事も出来るが、議会に反対されポシャる場合も多い。昔は大統領の力が強かったが、1980年代あたりから議会が力を増してきた。そのため、思い切った政策を取りたい大統領にとって、議会は邪魔に感じる時もある。

 ビッグス湾事件(→Wikipedia)のような秘密作戦を行なう場合、昔はCIAが主導したが、最近は議会の締め付けが厳しくなっており、CIAを使いにくくなってきた。おまけに、そこでブッシュJr時代の国防長官ドナルド・ラムズフェルドと副大統領ディック・チェイニーにとって、CIAは実に面白くない組織だった。

 ラムズフェルドとチェイニーは、「イラクに大量殺戮兵器がある」と決め付けている。ところが、いつまでたってもイラクに大量殺戮兵器がある証拠を持ってこない、どころか否定する材料ばかりを持ってくる。「いいから証拠をもってこい」と命じても、なかなかいう事を聞かない。

 情報機関の判断を無視して、自分の考えに固執すりゃ、どうしたって間違った結論に至る。おかげでコリン・パウエルはとんだピエロを演じさせられてしまった。あなたの周りにもいませんか、こんなボス。

 そんなわけで、思いどおりに事を動かしたい両名は、議会とCIAを迂回する抜け道を作り出した。それがJSOC、統合特殊作戦コマンドである。

【統合特殊作戦コマンド】

 米軍のエリート部隊だ。なんと、デルタ・フォース,海軍のSEAL、そして陸軍のレンジャーが集っている。部隊の指揮権を得たスタンリー・マクリスタルもレンジャー出身で、戦闘技能・豊かな知識と秀でた思考能力・不屈の精神力そして卓越した統率力を併せ持つ、軍神のような男だ。

 ただ、最初は失敗もしたらしい。デルタとSEALを連携して動かそうとした。そりゃ無茶だろう。レンジャーも含めいずれも能力は甲乙つけがたいが、性格が違いすぎる。

 SEALの特徴はバディ制で、ペアになった両名は常に行動を共にする。これを元にした強い連帯意識がモットーだ(→マーカス・ラトレル&パトリック・ロビンソン「アフガン、たった一人の生還」)。

 対してデルタは隊から離れた際も単独で任務を遂行できる、孤立に強い者を求める。そのためマイペースの個人主義者が集まった(マーク・ボウデン「ホメイニ師の賓客 イラン米国大使館占拠事件と果てしなき相克」)。

 陸軍の特殊部隊は任務の性格からして違う。SEALもデルタも米軍だけで完結するチームで動くのに対し、陸軍特殊部隊は現地の武装勢力と協力して事に当たる。そのため、様々な文化や生活習慣への柔軟な適応性が要求される(ダグ・スタントン「ホース・ソルジャー」)。

 この三者を融合させようってんから、大変な仕事である。それでもマクリスタルは困難を乗り越え、優れた部隊を育て上げた。能力は優れているのだ、この人。ただ、仕えるボスがアレなだけで…たぶん。

【誤爆のメカニズム】

 切れ味は鋭い部隊なんだが、いかんせん肝心の照準が甘かった。標的を決める情報の収集と分析に難があったのだ。ありがちな誤爆は、こんな感じになる。

現地人のハンペン氏からタレコミがある。「ニンジン氏はアルカーイダだ」。
同様のタレコミが、ダイコン氏とガンモ氏からもあった。
裏が取れたと考え、ニンジン氏の暗殺を決め、実施する。

ところが、これは誤爆だった。
ニンジン氏はアルカーイダと関係なかった。

ハンペン氏・ダイコン氏・ガンモ氏ともに、地元のオデン族の者だった。
オデン族はカレー族と対立している。ニンジン氏は、カレー族の頭だった。
三名が謀ってガセネタをタレコみ、目障りなニンジン氏を片付けたのである。自分の手を汚さずに。

 ちなみに、同じパターンが「ホース・ソルジャー」にも出て来ている。アフガニスタン・ソマリア・イエメンなど、多くの部族・氏族が群雄割拠している土地では、どこでも似たような問題が起きるようだ。

 ところが張り切り屋のマクリスタルは、部下の尻を叩き短い期間で多くの暗殺を行なおうとする。結果、情報の確認が疎かになり、薄くあやふやな証拠で多くの者を殺す方向へと突き進んでしまう。

 困ったことに、どの土地も大家族の文化で、身内の絆は強く国との絆は弱い。そのため、一人を間違って殺すと、多くの者が米軍を憎むようになる。かくして、優れた戦闘能力を持つJSOCは、多くの作戦を実施しながら、同時に合衆国の敵をせっせと生み出してしまったのだ。阿呆な話である。

 じゃ、どうすりゃいいのか。イエメンのシャブワ族長アリ・アブドゥラ・アブドゥルサラム、別名ムラー・ザバラが、解を教えてくれた。

「もし政府が学校や病院を建て、道路整備を行い、生活基盤を整えてくれるなら、政府に忠誠を近い、政府を守るために戦う」

「アルカーイダは、安全を保障し、略奪行為から守ってくれているんだ。もし車が盗まれたら、彼らが取り返してくれる。だが、政府管轄地域では略奪や強盗が多発している」

 とすると、自衛隊がサマワで給水設備を作ったのは、対テロ対策としては賢かったわけだ。私は別の理由で自衛隊の派遣に反対だが、この本の内容とは違う話なので別の記事に譲る。

【余談:ヘルファイア】

 無人機の話も少し出てくる。落ち着いて考えると、無人攻撃機プレデター(→Wikipedia)を使う以上、どうしたって誤爆が起きるのは確実なのだ。

 こんなシナリオを考えて欲しい。

 銃を持った暴漢が人質を取って建物に立て篭もった。警察は優先順位を決め対策を考える。最も大事なの人質の命、次に暴漢の無力化。暴漢の生死は問わない。よって警察は暴漢の殺害も有りとした。

 この時、警察はミサイルを使うだろうか? んなわきゃない。ミサイルの爆発に人質が巻き込まれてしまう。警察は狙撃銃を使うだろう。これなら確実に暴漢だけを殺し、人質は無事でいられる。

 プレデターの主な攻撃方法は、ヘルファイア空対地ミサイル(→Wikipedia)だ。テロリストが一人で居る事は少ない。自動車で異動するにせよ、家に篭っているにせよ、たいていは他の誰かと一緒に居る。

 にも関わらずヘルファイアを使う時点で、巻き添えが出るのは折り込み済みなのだ。標的を仕留められれば、巻き添えで無関係の人が死んでも構わない、そういう発想がヘルファイアに現れている。 

 ニワカとはいえ軍ヲタを自称するなら、プレデターの武装を知った時点で気づくべきだった。己のアホさ加減に呆れてしまう。故江畑謙介氏(→Wikipedia)なら、真っ先に指摘しただろう。

【おわりに】

 他にもソマリアおよびイエメン情勢や、アンワル・アウラキの話、ビンラディン暗殺の模様など、書きたい事があるので、次の記事に続きます。

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2016年2月 5日 (金)

ジェレミー・スケイヒル「アメリカの卑劣な戦争 無人機と特殊作戦部隊の暗躍 上・下」柏書房 横山啓明訳 1

 本書の内容を要約すれば、アメリカ合衆国がどのようにして暗殺を受け入れ、安全保障政策の中核に据えるようになったのか、ということになる。さらに、そのことが世界中の多くの人たちとアメリカ民主主義の未来に及ぼす影響についても言及している。
  ――読者へ

海軍対テロ専門家マルコム・ナンスがブッシュJr政権を評して
「…軍人を排除した人たちの誰一人として、戦闘での軍務に就いた経験はなかった。(略)戦闘員だった者は国務省に移され、一般のイデオロギー信奉者は国防総省に配置された。(略)決定を下す者たちは、戦いと陰謀をめぐるテレビゲームに夢中になっている子どもだった」
  ――3章 統合特殊作戦コマンド(JSOC)の台頭

【どんな本?】

 2011年5月2日、パキスタンでオサマ・ビンラディンが殺される。作戦は合衆国大統領バラク・オバマの承認を受け、合衆国海軍の精鋭部隊SEALsが中心となって実行した、とされている。このニュースに触れた合衆国市民は歓喜し、お祭り騒ぎとなる。合衆国ばかりではない。フランス・イギリス・ドイツそして我が日本もこの快挙を歓迎した(→Wikipedia)。

 だが、手放しで喜べない国もあった。パキスタンである。自国の領土内で、自国に内緒で、他国の軍が勝手に軍事行動を起こし、人を殺したのである。パキスタンの主権を踏みにじる行為だ。

 逆の立場で考えてみよう。ロシア軍が合衆国に内緒でテキサス州に特殊部隊を送り込み、チェチェン独立運動の闘士を殺したら、合衆国は納得するのか? 北朝鮮が日本に工作員を送り込み、拉致被害者奪還運動の活動家を東京で殺したら、あなたはどう思うだろう?

 911以降、「テロとの戦い」を掲げ世界中でテロ容疑者の暗殺へと突き進む米国。その中心となっているのは、JSOCこと統合特殊作戦コマンドである。

 統合特殊作戦コマンドとは何者か。それはどんな人員からなり、どんな目的で設立されたのか。従来の陸軍特殊部隊やSEALs,デルタと何が違うのか。いつから、なぜ、どのように彼らが台頭したのか。そして彼らの台頭が、米国の政策にどう影響し、世界情勢をどう変え、テロリストの立場をどう変えているのか。

 世界最大の傭兵企業の内幕を暴く「ブラックウォーター 世界最強の傭兵企業」で衝撃を与えた気鋭のジャーナリストによる、迫真のドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Dirty Wars : The World is a Battlefield, by Jeremy Scahill, 2013。日本語版は2014年10月10日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで上下巻、本文約415頁+413頁=約828頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント45字×20行×(415頁+413頁)=約745,200字、400字詰め原稿用紙で約1,863枚。文庫本なら3~4冊分の大容量。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくないが、近年のアフガニスタン・イラク・イエメン・ソマリア情勢に詳しいと、更に迫力が増す。ただし、2013年の著作であるためか、現在ホットなシリア情勢には触れていない。

 また、かなり際どい話も出てくるので、できれば出典を明らかにする注をつけて欲しかった。前の「ブラックウォーター」には出典を示す注が大量についていて、信頼性の証しとなっていただけに、残念。反面、冒頭に地図と登場人物一覧がついているのは便利で親切。

【構成は?】

 時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

  •  上巻
  •  読者へ
  •  プロローグ
  • 1章 対テロを名目に
  • 2章 アンワル・アウラキ
  • 3章 統合特殊作戦コマンド(JSOC)の台頭
  • 4章 アリ・アブドゥラー・サーレハ
  • 5章 アンワル・アウラキの謎
  • 6章 新しい戦争
  • 7章 特別な計画
  • 8章 生き残り、言い逃れ、抵抗、脱出
  • 9章 トラブルメーカー、その名はスタンリー・マクリスタル
  • 10章 ソマリアでの暗躍
  • 11章 アルカーイダの復活
  • 12章 イギリスのアンワル・アウラキ
  • 13章 イラクの混迷
  • 14章 キャンプ・ナマ
  • 15章 デス・スター
  • 16章 世界が戦場
  • 17章 非合法な戦争
  • 18章 アンワル・アウラキ投獄
  • 19章 ソマリアの内紛
  • 20章 大脱獄
  • 21章 熱い追跡(ホット・バスート)
  • 22章 漁夫の利を得るアル・シャバーブ
  • 23章 過激化するアンワル・アウラキ
  • 24章 ブッシュ路線を継承するオバマ
  • 25章 識別特性爆撃
  • 26章 80年代の栄光ふたたび
  •  下巻
  • 27章 自殺か殉死か?
  • 28章 統合特殊作戦コマンドを取り込むオバマ
  • 29章 野に放たれた統合特殊作戦コマンド
  • 30章 ネット戦士サミル・カーン
  • 31章 ソマリアの反発
  • 32章 アルマジャラの欺瞞
  • 33章 アンワル包囲網
  • 34章 ナーセルの手紙
  • 35章 ガルデースの惨劇
  • 36章 無人航空機の年
  • 37章 標的アンワル・アウラキ
  • 38章 CIAの結婚斡旋サービス
  • 39章 暗殺の競売
  • 40章 殉教
  • 41章 アブドゥレラ・ハイダル・シャイエの迫害
  • 42章 大統領の権力
  • 43章 ソマリアのアルカーイダ
  • 44章 アンワル・アウラキの脅威
  • 45章 レイモンド・デイヴィスの奇妙な事件 第一幕
  • 46章 レイモンド・デイヴィスの奇妙な事件 第二幕
  • 47章 変化の波
  • 48章 アポッターバードの要塞
  • 49章 ビン・ラディン殺害
  • 50章 次なる標的
  • 51章 蛮行
  • 52章 無人航空機の脅威
  • 53章 ピンクハウス
  • 54章 弱体化するアル・シャバーブ
  • 55章 アブドゥルラフマンの家出
  • 56章 ヘルファイア
  • 57章 息子もまた
  •  謝辞/訳者あとがき

【感想は?】

 副題は「アメリカの卑劣な戦争」だが、むしろ「アメリカの間抜けなテロ対策」の方が相応しい。

 全般的に時系列順に話が進む。大まかに言って、上巻はブッシュJr政権時代、下巻はオバマ政権時代を扱う。先の例に倣って副題をつけると、上巻は「みんなラムズフェルドとチェイニーのせい」、下巻は「オバマも同罪」となるかも。

 先の著作では、民間軍事企業の問題を扱い、その例としてブラックウォーター社(現アカデミ)を描いた。この本では、合衆国が行なっている「テロとの戦い」を扱い、その中心として合衆国の統合特殊作戦コマンド(JSOC)を描いてゆく。JSOCとは何者で、どんな任務を担い、どんな影響を与えているのか、だ。

 特に重要なのは、JSOCがホワイトハウスに与える影響と、それによる世界の変容である。より大きな目で見ると、これは歴史的に何度もくり返されたパターンであり、合衆国の対応は先達と同じ愚を冒している事が見えてくる。

 これに加え、もう一人の人物の足跡も追ってゆく。アンワル・アウラキ(→Wikipedia)、アルカーイダの幹部とされている。アメリカで生まれ、アメリカとイエメンの国籍を持つ。テロを煽る過激な言動で多くのイスラム教徒をテロ活動へと扇動し、これを脅威と見なした合衆国に暗殺された。

 アンワル・アウラキとは、どのような人物か。なぜ彼はテロ礼賛の思想に染まったのか。危険人物と目された後は、どこで何をして、どのように潜伏したのか。合衆国は、どのような経緯で彼の暗殺を決めたのか。彼が潜伏していたイエメンはどんな国で、どんな政情で、イエメン政府はどう対応したのか。

 下巻の終盤では、彼の暗殺を巡る法律上の大きな問題が浮かび上がってくる。これは背筋も凍る話だ。と同時に、彼の生涯を追う事で、多くのムスリムがなぜテロへと向かうのかが分かってくる。

 舞台となるのは合衆国に加え、アフガニスタン・パキスタン・イラク・イエメンそしてソマリアである。アフガニスタンとイラクに関しては多くの書籍が出ているし、私も何冊か読んだが、イエメンとソマリアの状況はよくわからなかったので、この両国の政治・軍事情勢を巧みに描いてくれたのが嬉しかった。

 書きたいことは沢山あるので、細かい部分は次の記事で。

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