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2016年2月 8日 (月)

ジェレミー・スケイヒル「アメリカの卑劣な戦争 無人機と特殊作戦部隊の暗躍 上・下」柏書房 横山啓明訳 3

「さらに危険なのは、オバマ政権はブッシュ前政権同様、全世界を戦場と見なしていることだ」
  ――34章 ナーセルの手紙

「目的はできる限り犠牲者の数を増やすことではなく、アメリカ経済の損失を最大にすることだった。(略)アメリカはじめ各国政府は、かなりの金額を費やして空港の警備手続きを検討し、変更することになるだろう。何十億ドルもかけて(略)」
  ――42章 大統領の権力

  ジェレミー・スケイヒル「アメリカの卑劣な戦争 無人機と特殊作戦部隊の暗躍 上・下」柏書房 横山啓明訳 2 から続く。

【アンワル・アウラキとサミル・カーン】

 JSOC(統合特殊作戦コマンド)と並ぶ本書の縦糸が、アンワル・アウラキ(→Wikipedia)だ。

 イエメン出身の両親の元、アメリカで生まれ合衆国の市民権を持つ彼が、過激な思想に向かう過程を描き、欧米出身のムスリムがテロリストに転向する原因と、合衆国のテロ対策体制の視点の歪みが見えてくる。

 アメリカで生まれ6歳で両親と共にイエメンに渡り、12年間学んだ後、コロラド大学に留学する。当初は特に熱心なムスリムじゃなかったが、湾岸戦争を機に政治と宗教に関心を深め始める。やがて説教師の才能に目覚め、大きな人気を得る。当時の彼は「9・11テロ攻撃を『凶悪である』と非難した」。決してテロ礼賛じゃなかったわけだ。

 面白いのが、2000年の大統領選でブッシュを支持していた点。中絶反対など倫理方面の政策に共感したようだ。

 デイヴィッド・レームニックの「レーニンの墓」によると、ソ連崩壊の際の混乱時にも正教会と共産党が手を組んでるし、スケイヒルの前著「ブラックウォーター」でも合衆国の福音派とカトリックの接近を描いてた。こういった傾向はジョナサン・ハイトの「社会はなぜ左と右に分かれるのか」が詳しくて、読むと何か分かったような気分になれます。

 ところが、困った事件が起きていた。1999年、FBIに二度逮捕されている。売春婦を買った容疑だ。これが世間にバレたら.彼の名声は地に墜ちる。本人は「おとり捜査のヤラセだ、ムスリム社会を偵察しFBIにチクるスパイに私を仕立てるつもりだったんだ」と主張しているが、著者は真相について「解明されることはないだろう」としている。

 いずれにせよ、911以降、アンワルは穏健派ムスリムの代表としてテレビ・ラジオ・新聞に登場し始め、更に有名になってゆく。ところが彼自身へのFBIの捜査は続き、また他のムスリムへの合衆国市民による嫌がらせが増えるに従い、アンワルの言動は次第に変わって行く。合衆国の政策を批判し始めるのだ。

 そして彼はアメリカを離れ、暫くイギリスに滞在した後、両親の住むイエメンへ向かう。アンワルは地元じゃ有力な一族の一員らしい。米国の要請を受けたサレハ大統領の命により投獄されたアウラキは、獄中でサイイド・クトゥブ(→Wikipedia)の著作に触れ、過激思想へと傾いてゆく。

 このサイイド・クトィブに感化されて過激化するパターン、ローレンス・ライトが「倒壊する巨塔」でエジプトのイスラム同胞団の活動が過激化する過程とソックリだったりする。相当な影響力がある人なんだなあ、サイイド・クトゥブ。

 釈放された後、彼はインターネットで活動を始める。言動は更に過激化し、盛んにテロを煽りはじめたのだ。イエメン当局の監視・締め付けが厳しくなると共に、彼の言動も物騒になり…

 ここでもう一人の「ネトウヨ」が登場する。サミル・カーン。両親はパキスタン人で、サウジアラビアのリヤドで生まれた。7歳の時、両親と共にアメリカに引っ越し、普通のアメリカ人として育つが、やがて過激思想にかぶれ、物騒で景気のいいブログを立ち上げ人気を博す。2007年には彼のブログの一つがアレクサのランクで上位1%に入る。羨ましい←をい

 サミルもイエメンへ渡り<アラビア半島のアルカーイダ>に参加、英語による情報サイト<インスパイア>を立ち上げた。当局に追いつめられたアウラキも、やがて<インスパイア>に寄稿するようになる。アウラキとアルカーイダの糸が繋がった。

 なんの事はない、アウラキを追うアメリカが、元は穏健派だったアウラキをテロ組織へと追いやってしまったわけだ。

【英語】

 アウラキとサミルには、もう一つの共通点がある。いずれも英語で語った点だ。

 プリンストン大学のイエメン学者グレゴリー・ジョンセンが<インスパイア>の内容を評して曰く、「そこに書いてあることの多くは<アラビア半島のアルカーイダ>がそれまで長いあいだ言いつづけてきたこと」なのにも関わらず、アメリカ政府関係者は「ある種のパニック状態に陥った」。

 既にあった<戦いのこだま>はアラビア語だったので、何を言っているのかわからなかったのだ。

 アウラキも同じだ。元国防情報局のイエメン担当分析官ジョシュア・ファウストは語る。

「われわれがそれほどまでに彼に注目してしまうのは、その説教が英語で行なわれているからだ。だからこそわれわれは彼の発言により多く触れることになり、その結果、実際以上の影響力があると思い込んでしまうのだ」

 民間人じゃ仕方がないけど、政府関係者までこの体たらくってのは、なんだかなあ。もともとFBIはアイルランド系とイタリア系が多く(ロードリ・ジェフリー=ジョーンズ「FBIの歴史」)、CIAも職務の性格上アラビア語を母語とする者は雇いにくい事情があるにせよ、もちっとなんとかならんのか。我が国の公安も、同じ問題で苦労してるんだろうなあ。

【イエメン】

 最近何かと騒がしいイエメンの情勢が分かるのも、この本の面白い所。とはいえ、2015年以降は大統領だったサレハが退陣し内戦が勃発する(→Wikipedia)など、更に事態が急変しており、少し情報が古くはあるんだけど。

 アメリカのイエメン対策が、実にベトナムと同じ愚を冒しているのが情けない。

 当時の大統領はアリ・アブドゥーラ・サレハ。彼が実にしたたかな商売人で。イエメン国内はフーシ派の反乱や部族対立などを抱え、紛争の種なら山ほどある上に、アルカーイダまで流れ込んでくる。これで国内が落ち着くはずもないんだが、サレハ自身は親米の態度を示し、おねだりするのだ。

 「アルカーイダを退治したいんです。でも武器と費用が足りません。つきましては…」

 そして受け取った武器と金は、フーシ派の鎮圧に使う。サレハにとって、アルカーイダが消えちゃ困るのだ。だっておねだりの理由がなくなるから。ってなもんで、テキトーに怪しい者を捕まえては、なんだかんだと理由をつけて釈放してしまう。サレハに翻弄されるアメリカの情けなさは、ベトナム戦争から何も学んでいないんじゃないかと泣きたくなる。

【ソマリア】

 同様にソマリア情勢が見えるのも、この本の面白い所。

 こちらはイエメンと違い、政府はお飾りだ。実質的に仕切っているのは二種の勢力。ひとつはご想像通りの、地域の部族(高野秀行の「謎の独立国家ソマリランド」によると「氏族」)。もうひとつは軍閥で、空港などのインフラを押さえている。どちらも多数の勢力が乱立し、ぐんずほぐれずのバトルロイヤル状態だ。

 当初、アメリカは軍閥の一つに肩入れし、金と武器を渡す。「アルカーイダを捕まえたら金を出す」と。軍閥は誰彼構わず連行し、やがて気づく。「誘拐って、美味しいビジネスだよね」。捕縛者をアメリカが調べシロと出たらソマリアに送り返していたが、軍閥は「口封じのために彼らを処刑することもままあった」。

 これに困った部族勢力は、イスラム法廷(→Wikipedia)を立ち上げる。名前にイスラムが入っているので不穏な印象があるが、当初の性格は地域の部族連合だ。各部族の共通点がイスラムしかないので、イスラムを旗頭にした、それだけだったのだ。中には過激派もいたけど、大半は豪族みたいな勢力だった。

 やがてイスラム法廷は首都モガディシオを堕とし軍閥を追放、秩序とインフラを回復させる。だが、アメリカは読み違えた。「ヤバくね?メンバーに過激派のアル・シャバーブ(→Wikipedia)もいるし」。

 ここで最高にお馬鹿な真似をしてしまう。隣のエチオピアをけしかけ、ソマリアに侵攻させたのだ。

 元々、キリスト教のエチオピアとイスラム教のソマリアは犬猿の仲である。戦闘はエチオピアの勝利に終わったものの、その後の占領政策の不満もあり、ソマリア人はアメリカへの敵意を募らせた上に、混乱に乗じてアルカーイダが大量に流れ込み、イスラム法廷の主力はアル・シャバーブへと移ってゆく。

 アメリカの余計なお節介が、面倒くさい連中に力を与えてしまったわけだ。

【帝国と蛮族】

 帝国の定義は幾つかあるだろうが、その一つは他国から多くの留学生を集め、「洗脳」して影響力を強める点にあるだろう。同じ事をアンワル・アウラキも指摘している。

「外国人学生のための奨学金プログラムを通してアメリカ政府は、世界中に政府幹部予備軍を育成している。こうした人材の中から、あらゆる分野での指導者が生まれている。国の指導的な地位に就く者、政治家、実業家、科学者などだ」

 イエメンやソマリアの経緯を見ると、実は大昔からくり返されたパターンが見えてくる。蛮族に侵入に悩む帝国だ。ギボンの「ローマ帝国衰亡史」でも、ローマは蛮族の侵入に悩まされた。中国の各王朝も、匈奴などの遊牧民の侵略に悩まされてきた。

 対策としては遠征軍を送り込んで討伐し、または万里の長城などで周辺の警備を固める。だが遠征が成功しても何年かすれば蛮族は勢いを盛り返すし、周辺警備の費用は国庫を圧迫する。帝国はジワジワと体力を削られ、最後に蛮族の大侵入により首都を占領されて倒れてしまう。

 冒頭の2番目の引用にあるように、アルカーイダも歴史に学んだ戦略を取っている。アメリカに経済的な負担をかけ、体力を落とす作戦だ。ポール・ポーストの「戦争の経済学」でも、テロの経済効果は大きい、みたいな計算になっていた…ような、気がする。

 昔の蛮族が、急襲して略奪し、すぐにズラかって行方をくらましたように、現代のテロリストもヤバくなると他の国に移る。アフガニスタンが落ち着いたらイラクに行き、イラクが窮屈になるとイエメンやソマリアに逃げる。政情が不安定な国や地域は世界に幾らでもあるから、彼らが隠れる所は尽きない。ってんで、今は蛮族がシリアに集ってるわけ。

 歴史だと最終的に帝国は倒れる結果になるんだが、幸いにして現代は帝国に有利な材料が一つある。馬だ。

 過去の蛮族の強さの秘訣は、馬だった。定住して農業を営む帝国は、歩兵が主力となるのに対し、遊牧民は機動力に優れた騎兵が中心だ。この戦力差が、帝国の大きな弱点だった。だが現代の帝国の軍は機械化され、機動力は格段に上がった。組織化された蛮族軍が押し寄せても、充分に対処できる。

 そこで蛮族側が編み出した新たな戦術が、少人数によるテロだ。

 帝国は経済的に豊かな生活を味わうのに対し、蛮族は厳しい環境に耐えるのを誇りとする。この本に出てくるテロリストや扇動者たちも、アメリカの軟弱な生活を蔑む。いつの世にも、少ないながらそういう人はいる。だから、この先もなかなかテロリストは絶滅しないだろう。

【終わりに】

 ってな事を考えながら読み、記事を書いてたら、無駄に長くなってしまった。他にもビンラディン暗殺の描写などは、手に汗握るスリルに満ちている。かなり扇情的な書名なので感情的な内容と誤解されそうだが、大半は取材と調査に基く事実の記述だ。先の「ブラックウォーター」と並ぶ、刺激的で衝撃的な本だった。

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