ジェレミー・スケイヒル「アメリカの卑劣な戦争 無人機と特殊作戦部隊の暗躍 上・下」柏書房 横山啓明訳 1
本書の内容を要約すれば、アメリカ合衆国がどのようにして暗殺を受け入れ、安全保障政策の中核に据えるようになったのか、ということになる。さらに、そのことが世界中の多くの人たちとアメリカ民主主義の未来に及ぼす影響についても言及している。
――読者へ海軍対テロ専門家マルコム・ナンスがブッシュJr政権を評して
「…軍人を排除した人たちの誰一人として、戦闘での軍務に就いた経験はなかった。(略)戦闘員だった者は国務省に移され、一般のイデオロギー信奉者は国防総省に配置された。(略)決定を下す者たちは、戦いと陰謀をめぐるテレビゲームに夢中になっている子どもだった」
――3章 統合特殊作戦コマンド(JSOC)の台頭
【どんな本?】
2011年5月2日、パキスタンでオサマ・ビンラディンが殺される。作戦は合衆国大統領バラク・オバマの承認を受け、合衆国海軍の精鋭部隊SEALsが中心となって実行した、とされている。このニュースに触れた合衆国市民は歓喜し、お祭り騒ぎとなる。合衆国ばかりではない。フランス・イギリス・ドイツそして我が日本もこの快挙を歓迎した(→Wikipedia)。
だが、手放しで喜べない国もあった。パキスタンである。自国の領土内で、自国に内緒で、他国の軍が勝手に軍事行動を起こし、人を殺したのである。パキスタンの主権を踏みにじる行為だ。
逆の立場で考えてみよう。ロシア軍が合衆国に内緒でテキサス州に特殊部隊を送り込み、チェチェン独立運動の闘士を殺したら、合衆国は納得するのか? 北朝鮮が日本に工作員を送り込み、拉致被害者奪還運動の活動家を東京で殺したら、あなたはどう思うだろう?
911以降、「テロとの戦い」を掲げ世界中でテロ容疑者の暗殺へと突き進む米国。その中心となっているのは、JSOCこと統合特殊作戦コマンドである。
統合特殊作戦コマンドとは何者か。それはどんな人員からなり、どんな目的で設立されたのか。従来の陸軍特殊部隊やSEALs,デルタと何が違うのか。いつから、なぜ、どのように彼らが台頭したのか。そして彼らの台頭が、米国の政策にどう影響し、世界情勢をどう変え、テロリストの立場をどう変えているのか。
世界最大の傭兵企業の内幕を暴く「ブラックウォーター 世界最強の傭兵企業」で衝撃を与えた気鋭のジャーナリストによる、迫真のドキュメンタリー。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Dirty Wars : The World is a Battlefield, by Jeremy Scahill, 2013。日本語版は2014年10月10日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで上下巻、本文約415頁+413頁=約828頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント45字×20行×(415頁+413頁)=約745,200字、400字詰め原稿用紙で約1,863枚。文庫本なら3~4冊分の大容量。
文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくないが、近年のアフガニスタン・イラク・イエメン・ソマリア情勢に詳しいと、更に迫力が増す。ただし、2013年の著作であるためか、現在ホットなシリア情勢には触れていない。
また、かなり際どい話も出てくるので、できれば出典を明らかにする注をつけて欲しかった。前の「ブラックウォーター」には出典を示す注が大量についていて、信頼性の証しとなっていただけに、残念。反面、冒頭に地図と登場人物一覧がついているのは便利で親切。
【構成は?】
時系列順に進むので、素直に頭から読もう。
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【感想は?】
副題は「アメリカの卑劣な戦争」だが、むしろ「アメリカの間抜けなテロ対策」の方が相応しい。
全般的に時系列順に話が進む。大まかに言って、上巻はブッシュJr政権時代、下巻はオバマ政権時代を扱う。先の例に倣って副題をつけると、上巻は「みんなラムズフェルドとチェイニーのせい」、下巻は「オバマも同罪」となるかも。
先の著作では、民間軍事企業の問題を扱い、その例としてブラックウォーター社(現アカデミ)を描いた。この本では、合衆国が行なっている「テロとの戦い」を扱い、その中心として合衆国の統合特殊作戦コマンド(JSOC)を描いてゆく。JSOCとは何者で、どんな任務を担い、どんな影響を与えているのか、だ。
特に重要なのは、JSOCがホワイトハウスに与える影響と、それによる世界の変容である。より大きな目で見ると、これは歴史的に何度もくり返されたパターンであり、合衆国の対応は先達と同じ愚を冒している事が見えてくる。
これに加え、もう一人の人物の足跡も追ってゆく。アンワル・アウラキ(→Wikipedia)、アルカーイダの幹部とされている。アメリカで生まれ、アメリカとイエメンの国籍を持つ。テロを煽る過激な言動で多くのイスラム教徒をテロ活動へと扇動し、これを脅威と見なした合衆国に暗殺された。
アンワル・アウラキとは、どのような人物か。なぜ彼はテロ礼賛の思想に染まったのか。危険人物と目された後は、どこで何をして、どのように潜伏したのか。合衆国は、どのような経緯で彼の暗殺を決めたのか。彼が潜伏していたイエメンはどんな国で、どんな政情で、イエメン政府はどう対応したのか。
下巻の終盤では、彼の暗殺を巡る法律上の大きな問題が浮かび上がってくる。これは背筋も凍る話だ。と同時に、彼の生涯を追う事で、多くのムスリムがなぜテロへと向かうのかが分かってくる。
舞台となるのは合衆国に加え、アフガニスタン・パキスタン・イラク・イエメンそしてソマリアである。アフガニスタンとイラクに関しては多くの書籍が出ているし、私も何冊か読んだが、イエメンとソマリアの状況はよくわからなかったので、この両国の政治・軍事情勢を巧みに描いてくれたのが嬉しかった。
書きたいことは沢山あるので、細かい部分は次の記事で。
【関連記事】
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