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2016年1月19日 (火)

上田岳弘「太陽・惑星」新潮社

余裕がなくなれば「自分たち」の範囲はどんどん狭まっていき、自分の人種、自分の国、自分の家族、自分、という具合に限定されるのではないか?
  ――太陽

奇跡と見なされていたものが、時を経て単なる物理現象として一般化される例はありふれている。
  ――太陽

なぜなら私は、最終結論そのものであるのだから。
  ――惑星

環境を左右し得る上位者は、このケースでは殺戮と未然排除、そのどちらがよきことであるのかを見極める義務がある。では、それを検討するために、それぞれのやり方で発生する差分がどんなものなのか計ってみよう。
  ――惑星

【どんな本?】

 新人作家・上田岳弘のデビュー作。「太陽」は2013年の第45回新潮新人賞受賞。

 現代社会の様々な環境や立場で生きる人々の生き様や考え方を追いかけながら、大掛かりな仕掛けでアサッテの方向へとスッ飛んで行く「太陽」と、意欲的なテクノロジーによって世界を変えようと試みるIT企業家の野望が作り出す未来を、電子メールの形式で描く「惑星」の二中編を収録。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2014年11月25日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約223頁。9.5ポイント41字×18行×223頁=約164,574字、400字詰め原稿用紙で約412枚。文庫本ならやや薄い一冊分。

 文章はこなれている。いずれも大掛かりな仕掛けのSFだが、「ソードアート・オンライン」などのライトノベルを読みこなせるなら、充分についていける。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 初出。

太陽 / 新潮2013年11月号
 大学教授の春日春臣は、指名したデリヘル嬢を見て「当たりだ」と喜ぶ。デリヘル嬢は高橋塔子、アイドルとしてデビューするはずだったが、直前で時代の潮目が変わり、今はこうして稼いでいる。アフリカ中央部のドンゴ・ディオンムは働いていた農園が潰れ、食っていくためにちょっとしたビジネスを始めるが…
 いきなり恒星内部での元素生成の過程から始まり「へ?」と思わせて、何かと思ったら。
 次にはまっとうな小説風に大学教授→デリヘル嬢→アフリカの鬼畜な事業家→その息子…と視点は動かしながら、いずれも醒めた目線で観察している風な語りで話が進む。
 その途中、登場人物を紹介する際に、IQ/所得/グジャラート指数/美醜/情動/信仰因子など、人物の様々な側面を、パラメータ化して示している点に注意しよう。実は重要な意味を持っている。RPGに慣れている人にはピンとくる表現方法だが、これが文学誌の「新潮」に載り賞まで取っているから、最近の文学界はわからない。
 やがて「第一形態」だの「大錬金」だのと怪しげな言葉が入り込み、お話はオラフ・ステープルドンやグレッグ・イーガン並の大変な事になっていくのだが、その着地点は予告どおりの奇想天外なもの。
 ある意味、究極の平等が成立した世界の成立と終焉を描くユートピア小説…のような気もするが、この終わり方とその動機は、今までのSFの定石やSF作家の視点に対する、腹立たしいほど鮮やかに虚をついたアンチテーゼかもしれない。
惑星 / 新潮2014年8月号
 先端技術を提供する、代々木の総合病院の精神科に勤める医師の内上用蔵は、最終結論だ。彼は最強人間フレデリック・カーソン氏に電子メールを送る。イスタンブールのアッパス・アルカン氏は、自らが綴る教典の執筆と解釈に熱中している。シリコンバレーで成功したスタンリー・ワーカー氏は野心的な新製品を企画していて…
 どこにいる相手でも、、他人の視点と心を覗き見できて、なおかつ時間すら超越しているらしき奇妙な能力を持つ、精神科の医師の内上用蔵、自称「最終結論」の目線で描かれる、これまたスケールが大きくて不思議な物語。
 お話の仕掛けは、大ヒットした某特撮映画や、やはり1990年代に話題となったSFアニメに似た物だけど、「こう料理するか~」と切り口に感心してしまう。
 中でも「最強人間」フレデリック・カーソン氏のキレっぷりが半端ない。一種のマインド・ハッカーとでも言うか、なんとも恐ろしい能力を持ち、その能力を振るうことに全く躊躇わない、鋼の精神を持った人。こういう人に見込まれちゃったら、それはそれで幸福なような不幸なような。
 というと悪人のようだし、作品中ではラスボスっぽい雰囲気を発しているんだが、彼の考え方はソレナリにスジが通っているようで、もしかしたら倫理学者のピーター・シンガー(→Wikipedia)の思想を更に推し進めた、究極の功利主義なのかも。
 その彼を正義の旗の下に打倒しようとするのが、これまたコミュニタリアニズ(→Wikipedia)を極めすぎてハミ出してしまったアッパス・アルカン氏と考えると、仕掛けこそお馬鹿なお話だけど、実は倫理というモノを徹底して考え抜いた末の彼岸を描いた作品…なのかなあ?

 雑誌「新潮」と聞くと、歳相応の教養と落ち着きを備えた人が読む、日本文学の伝統を受け継いだ雑誌って印象があったんだが、そんな読者がいきなり「恒星内で重元素が造られる仕組み」なんて講釈を読まされて、どんな気分がしたんだろう?とか考えると、よくもまあ新人賞を取れたなあ、と驚いてしまう。

 しかも、内容もSFとしてスケールが大きいし、そのために使っているガジェットも今風な上に、展開される議論も浮世離れしたSFならではの主題。

 つまりは今までの純文学が「人間とは何か」を描こうとしたのに対し、この作品集では「人類とは何か」なんて大掛かりなテーマに対し、真っ向から向かい合った上で、「え、なんでそうなるの?」と見事に従来のSFの発想からはみ出て、苔の生えたSF者には少しばかり居心地の悪い結論に行っちゃうあたりが憎い。

 もしかしたらオラフ・ステープルトンやスタニスラフ・レムを超えた、冷徹なまでに論理的な発想のような気もするが、実は筒井康隆ばりの悪ふざけなのかもしれない。にしても、こんな作品についてこれる読者がどれだけいるんだろう?

 SFファンの間で話題になって欲しいが、あまり持ち上げすぎると「小難しいSF」と思われて敬遠されそうで、なんとも難しい。少なくとも伊藤計劃や円城塔よりはとっつき易いんで、「新鮮な発想で、なおかつ読みやすい作品」を探している人にはお勧め。

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