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2016年1月18日 (月)

緒方卓郎「ヘリコバクター・ピロリ菌 胃潰瘍、十二指腸潰瘍、慢性胃炎の元凶」講談社ブルーバックス

 ピロリ菌に感染して、潰瘍で苦しむ人がいる一方、感染していてもほとんど症状のない人がいるのは、個体の抵抗力の差とこのようなピロリ菌の遺伝子の差により、細胞外に出す毒素に差があるためと考えられています。
  ――第2章 ピロリ菌の特徴

もし除菌療法を受けるのなら、必ず専門医の指導のもとにこの治療を受けること、そして治療をはじめたら途中で放棄せず、専門医が中止してよいというまで必ず続けて薬を服用し、指定された通りに検査を受けることです。
  ――第13章 ピロリ菌の除菌療法

【どんな本?】

 「胃に穴が開く」などの慣用句があるように、かつては胃炎や胃潰瘍はストレスが原因と考えられていた。1984年にこの常識が覆る。ロビン・ウォレンとバリー・マーシャルが英国の医学雑誌ランセットに発表した論文「胃炎と消化性潰瘍患者にみたれる未確認の湾曲した細菌について」により、細菌が大きな要因だとわかったのだ。

 ヘリコバクター・ピロリ菌(→Wikipedia)。年齢と共に感染率が高くなり、日本人全体では約半数が感染していると言われる。それはどんな特徴があり、どのような悪さをするのか。なぜ強力な胃酸の中で生き延びられるのか。どんな検査で感染を調べ、除菌はどんな方法で、それぐらいの期間がかかり、どんな副作用があるのか。

 中高年に感染者が多いヘリコバクター・ピロリ菌について、一般向けに説明した、医学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 1997年8月20日第1刷発行。新書版で縦一段組み、本文約171頁。9ポイント43字×16行×171頁=約117,648字、400字詰め原稿用紙で約295頁。文庫本なら薄い一冊分だが、写真やイラストを豊富に掲載しているので、実際の文字数は7割ぐらいだろう。

 文章はこなれている。内容だが、読み方による。

 「胃の調子が悪い、ピロリかな?」とか「検査でピロリ菌が出た、除菌した方がいい?」など医師の診断や治療を受ける立場で読むのなら、遺伝子解析など途中の難しい部分は読み飛ばそう。とりあえずだいたいの所はわかる。もっと突っ込んで原理や技術の細かい所が知りたいなら、多少の医学知識があった方がいい。

 ただ、さすがに約20年前の著作なのは苦しい。発見が1984年と比較的に新しい話題なので、学術的・技術的に大きく進歩しているはずだし、2013年に慢性胃炎の除菌も保険適用範囲になるなど、制度的なものも変わっている。緒方先生は亡くなっているが、お弟子さんの協力を仰いで改訂第二版を出して欲しい。

【構成は?】

 できれば頭から読んだほうがいいが、手っ取り早く自分に関係のある所だけ知りたい人は、第11章以降を読めばいいだろう。

  •  はじめに
  • 第1章 ピロリ菌の歴史
  • 第2章 ピロリ菌の特徴
  • 第3章 ピロリ菌はどのようにして胃粘膜を破壊するのか?
  • 第4章 動物とピロリ菌
  • 第5章 ピロリ菌感染の実態
  • 第6章 胃と十二指腸の構造と機能
  • 第7章 ピロリ菌と胃炎
  • 第8章 ピロリ菌と胃潰瘍・十二指腸潰瘍
  • 第9章 ピロリ菌と胃癌
  • 第10章 小児におけるピロリ菌の感染
  • 第11章 ピロリ菌とその他の疾患
  • 第12章 ピロリ菌感染の検査と診断
  • 第13章 ピロリ菌の除菌療法
  •  おわりに
  •  参考文献・参考図書
  •  さくいん

【感想は?】

 実は最近の健康診断で「ピロリ菌がいます」と出たので、思わず手に取った本なのだ。やはり自分に関係があると、熱心に読んでしまう。

 感染したら必ず胃潰瘍になるわけではなく、単に可能性が高くなるだけだ。原因は人の体質もあるが、ピロリ菌の種類によるものらしい。たかが原核細胞生物のくせに、幾つもの変種があり、特定の遺伝子配列を持つものが凶暴なのだとか。私のはどれなんだろう、と気になる所。

 怖いのは、その感染率。一般に先進国で感染率が低く、発展途上国で高い。しかも、同じ国でも、年収が高いほど感染率が低いというから憎いじゃないか。先進国の中でも日本は「きわだって高」く、特に(1992年の検査で)40歳以上で感染率は約80%。日本の中高年は、5人に4人が感染している勘定になる。

 いったい、いつどうやって感染したのか。この本では経口感染の可能性が高いように書かれているが、詳しい事はまだわからない。ただし、感染直後は大きな自覚症状=急性胃炎にかかるので、その気になって調べればわかるのかも。その症状は…

原因になるものを飲んだ直後、あるいは数日後に、急激なみぞおち部の痛み、悪心、嘔吐などがあり、ときには出血で便が黒くなったりすることもあります。

 とあるが、昔の人は、この症状を「食べすぎ」とか「何か悪いものでも食ったんだろ」で片付けてたような。特に子どもだと、腹痛を訴えるのは珍しくないだろうし、ピロリを疑うのは難しいだろうなあ。

 とまれ、この症状を人体実験で自ら確認した、ニュージーランドのモリス君の苦闘には同情してしまう。ボランティアで協力したのはいいが、二日目に胃けいれん・三日目にみぞおちの痛み・四日目に二回の嘔吐と苦しみぬく羽目に。その後、幾つもの治療薬を試した末、966日目から始まった三剤併用療法でやっと正常化。

 なんと約三年もの間、ピロリで苦しんでいる。まさかこんな長期間になるとは、思ってなかっただろうなあ。

 今は胃潰瘍に悩んでいなくても、ピロリ菌の感染者は薬に気をつけなくちゃいけないようで。この本では非ステロイド系炎症剤は要注意…と言われても素人にはよくわからないが、「アスピリンやインドメタシン等、またこれらが含まれる風邪薬」は、「空腹時のほうが作用が強いので、食後に飲むことをお勧めします」。

 でないと、胃の粘膜にポツポツと小さな穴が開いちゃいます。

 さて、除菌なんだが、これがなかなか面倒くさい。というのも、手っ取り早く調べるには血清学的診断法、つまり血を採ってピロリ菌に対する抗原体の有無を調べる方法で、「判定制度は約95%」と心強いのはいいが、除菌が終わっても抗原体そのものはなかなか消えず、「半年以上経ってからのチェックには有効」だとか。

 つまり、「ピロリ菌に感染している」のはスグにわかるけど、「菌がいなくなった」のを確認するのは、ちと時間がかかるわけ。めんどくせえ。

 しかも、だ。ピロリ菌はタチが悪い。抗生物質が一種類だけだと除菌の成功率は2~3割程度なんで、複数の薬を同時に使わなきゃいけない上に、菌が胃の粘膜に潜んでいるため、「通常の使用量の二倍ぐらいの抗生物質が必要」で、「使用した薬の副作用が出やす」いからうっとうしい。

 かと言って、途中で投げ出すと更に悲惨なことになる。いわゆる耐性菌だ。このメカニズムの説明が、この本は実にわかりやすかった。

 細胞内で、染色体とは別にフラついている遺伝子であるプラスミド(→Wikipedia)が、耐性を持ってたりする。これが細胞分裂とは別に、他の細菌にも耐性を伝えるのだ。しかも、同じピロリ菌同士だけでなく、「大腸菌の抗生物質耐性プラスミドが赤痢菌に伝え」るなんて離れ業もやってのける。生命恐るべし。

 だもんで、除菌を始めたら、完全に成功するまで徹底して殺し尽くさないとヤバい。あなたの腹の中の細菌が、みんな抗生物質じゃ死なないようになってしまう。やるからには徹底して虐殺し、一匹残らず消し去らないと。

 日本人の中高年には、5人に4人の割合で蔓延しているピロリ菌。その発見から生態、そして検査から治療まで、普通の人に必要な事柄を、わかりやすくコンパクトにまとめ、手軽に読める解説書だ。中高年には文句なしにお勧め。

 ただし、進歩の激しい分野の話だけに、約20年前の本なのは悲しい。なんとか改訂第二版を出してください、講談社さん。

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