ギレルモ・デル・トロ&チャック・ホーガン「ザ・ストレイン」早川書房 大森望訳
「サルデューが来るよ、ズサッ・ズサッ・ズサッ」
【どんな本?】
パシフィック・リムで大ヒットをカッ飛ばした映画監督ギレルモ・デル・トロが、作家チャック・ホーガンと組んで発表した、ホラー・サスペンス・アクション三部作の開幕編で、既にTVドラマ化されている。
2010年9月24日。ベルリンから飛来し、ニューヨークJFK空港に定刻どおり無事に着陸したボーイング777旅客機が、何の前兆もなく誘導路上で連絡を絶つ。機内を捜索した結果、乗員・乗客すべてが着席したまま亡くなっている。これが、大きな災厄の始まりだった。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は The Strain, by Guillermo Del Toro & Chuck Hogan, 2009。日本語版は2009年9月15日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約556頁。9ポイント45字×20行×556頁=約500,400字、400字詰め原稿用紙で約1251枚。文庫本なら厚めの上下巻の分量。なお、今はハヤカワ文庫NVから「沈黙のエクリプス ストレイン」とタイトルを変え文庫本上下巻で出ている。
文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。肝心の災厄の正体なんだが、これは皆さんお馴染みのナニを捻ったシロモノで、特に科学とかSFとかに詳しくなくても全く問題ないです、はい。
それと、気が小さい人は、夜に後半を読まない方がいい。いやほんと、怖くて朝日が待ち遠しかった。
【どんな話?】
2010年9月24日、ベルリン発のボーイング777旅客機がニューヨークJFK空港に着陸後、連絡を絶つ。着陸までの無線交信では何の異常もない。近づいて調べると、全ての窓にブラインドが降りている。乗客・乗員合わせ200名以上いるのに、携帯電話の発信もない。
ニューヨーク港湾管理委員会・運輸保安局・国家運輸安全委員会・国土安全保障局そしてCDC(疫病対策センター)などが総出で現場に駆けつけ、爆弾テロや伝染病発生など考えられる限りの可能性を考慮して調査に当たったチームが発見したのは、思いも寄らぬ事態だった。
全ての乗員乗客が、座席に座ったまま、こと切れている。
【感想は?】
前半は災厄の謎を巡るミステリ、後半は広がる災厄を押さえ込もうと即席チームが奮闘するスリラー。
なんたって、ギレルモ・デル・トロだ。あの「ヘルボーイ」「パシフィック・リム」の。しかも、冒頭はポーランドのお婆ちゃんが語る昔話で始まる。という事で、災厄の正体も、そういう仕掛けだと見当がつくだろう。
という事で、前半は、現実的に考える専門家たちが、災厄の正体に迫ろうと科学的に分析を進めながら、常識外れの現象に翻弄される姿を描いてゆく。ここでの主人公はCDCのチームを率いる、イーフリアム・グッドウェザー。元妻との離婚調停を抱え、愛する息子の親権を巡り悩むお父さん。
「パシフィック・リム」なんか作る人だから、日常の描写はいい加減だろうと思っていたが、とんでもない。実際のアメリカの危機対応体制がどうかは知らないが、「いかりもありそう」と読者に感じさせる意味でのリアリティは充分。
ボーイング777型機の構造はどうなっていて、緊急時にはどこからどうやって突入するのか。原因不明の航空機事故では、どんなチームがどんな順番で現場を確認するのか。CDC対策チームが機内に入る際は、どんな準備をするのか。遺体はどこに運ばれ、どんな検査を受けるのか。
事件発生時から遺体の検査まで、意外なくらいに作り物臭さがなく、刑事物のサスペンス・ドラマのような緊張感を漂わせる。が、そこに、もう一人の主人公エイブラハム・セトラキアンのパートや、理屈に合わない物証などから、どうにも噛み合わない違和感が染みこんでくる。
この違和感は中盤から後半に向かい次第に存在感を増し、最悪の事態を読者に予測させ…
リアリティという点で中盤から後半にかけ大きく貢献しているのが、即席チームの最後のメンバーであるヴァシーリ・フェット。職業は有害動物駆除業者…と書くと大変そうだが、つまりはネズミ駆除業者だ。
ネズミ駆除と言っても、なんたってプロである。素人がネズミ捕りを置くのとはワケが違う。ネズミの性癖を知り尽くし、ネズミが出る場所を見れば、そこでネズミがどう行動するか、どこにネズミが潜んでいるか、どこから侵入するか、そしてどこに逃げるかまで、たちどころに見抜いてしまう。
彼のウンチクが実に長年の経験を積んだプロらしく、妙な重みがあるのがいい。こういう、一つの問題に長く取り組んだ専門家ってキャラに、私はやたらと惹かれてしまう。だって、カッコいいじゃないか、こいういうオジサンって。
疫病体策のエキスパートであるイーフリアム・グッドウェザーや、ネズミ駆除のプロのヴァシーリ・フェットなど、現実的で現代的な事柄の専門家と組む、もう一人がエイブラハム・セトラキアン。ポーランドからの移民で、質屋を営むユダヤ人の爺さん。怪しげな骨董に囲まれ暮す彼の正体は…
などの謎ときで読者を引っ張る前半に対し、後半は即席チームの絶望的な戦いへと突入してゆく。
もうね。災厄の正体は少しづつほのめかされるんだけど、だいたいの見当がついた時には、状況は絶望的になっているから辛い。「うわあ、もう手遅れじゃん」と読者も希望を失った頃に示される、たった一つの小さな希望。
この絶望的な状況の描写が、アメリカ人の好きそうなアレを連想させ、「ああ、この場面を映像にしたらウケるだろうなあ」などと感心してしまう。最も強く印象に残っているのは、タクシーが危機に陥る場面だなあ。お約束っぽい展開ではあるけれど、やっぱりアメリカのタクシーはこうでなくちゃ。
そんなこんなで、緊張感が漂う前半に対し、後半は動きの激しい場面が多くなり、意外な新兵器も登場して、読者をぐいぐいと引っ張ってゆく。
遊び好きなギレルモ・デル・トロらしく、P・K・ディックの作品から取ったエルドリッジ・パーマーなんて名前や、ハイチ出身のご婦人も出てきて、好き者ならニンマリする場面もアチコチにある。終盤は怖くてビビりながらも、なかなか本から目が離せない板ばさみに悩まされた。
細部に拘った描写、ホラー・マニア向けのサービス・シーン、B級作品のお約束、そして二重三重に主人公たちを苦しめ抜く凝った設定。忙しい映画監督が書いたにしては意外なぐらいによく練りこまれた、上質のエンタテイメント・ホラー作品だ。
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