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2016年1月28日 (木)

ギレルモ・デル・トロ&チャック・ホーガン「ストレイン 永遠の夜 上・下」ハヤカワ文庫NV 嶋田洋一訳

「おれのことは“銀の忍者”と呼んでくれ」

「おれはただ生き延びるだけじゃなく、死ぬときも人間として死ななくちゃならないんだ」

今度こそちゃんよやれよ、ドク。

【どんな本?】

 パシフィック・リムなどの特撮娯楽映画で有名な映画監督ギレルモ・デル・トロが小説家チャック・ホーガンと組んで発表した。長編娯楽小説「ストレイン」シリーズ三部作の完結版。

 2010年9月ニューヨークJFK空港から始まった災厄は、たちまちのうちに全世界を席巻し、地球は常に黒い雲が覆う暗黒の世界となってしまう。多くの人々が支配に屈し、家畜のように日々を生き抜く中、レジスタンスたちはわすかな希望の光を見出すが…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Night Eternal, by Guillermo Del Toro & Chuck Hogan,2011。日本語版は2012年11月15日発行。文庫本の上下巻で縦一段組み、本文約347頁+311頁=約658頁に加え、堺三保の解説8頁。9.5ポイント39字×16行×(347頁+311頁)=約410,592字、400字詰め原稿用紙で約1023枚。標準的な文庫本上下巻の分量。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。敢えていえば、旧約聖書に詳しいと一部のネタをじっくり味わえるだろう。あ、当然、続き物なので、前の「沈黙のエクリプス」「暗黒のメルトダウン」から読んだ方がいい。

【どんな話?】

 2010年9月24日にJFK空港に降り立ったボーイング777旅客機から始まった災厄。だがそれは緻密に計算された計画だった。人類を裏切る者たちの協力もあり、地球は新たな支配者のものとなり、昼も厚い雲に覆われる暗黒の世界となる。

 息子のザックを取り戻そうとするイーフことイーフリアム・グッドウェザー、イーフの元部下のノーラ・マルティネス、有害生物駆除業者だったヴァシーリ・フェット、元ギャングのガスことオーガスティン・エリザルディらは、エイブラハム・セトラキアンの教唆に基づき手に入れた古文書『オッキド・ルーメン』を頼りに、密かにレジスタンスを続けながら反撃の手段を探るが…

【感想は?】

 シリーズ通しての主役はイーフ…と見せかけて、改めて見直すと、各巻ごとに彼のお株を奪う人がいる。

 第一部の主役は、エイブラハム・セトラキアンだろう。最初に登場する人だし。若い頃に災厄の尻尾を掴み、長い生涯を賭けてその正体を暴き追いつめようと戦い続けた執念の人であり、メンバーの中でも最も早くから戦いを始めていた歴戦の戦士。見た目はただの爺さんだけど。

 第二部は、ヴァシーリ・フェットかな。途中からひょっこり出て来たのに、ネズミ駆除の専門知識と意外な戦闘力で、頼れる助っ人だったのは第一部。それが第二部では狡猾で容赦ない戦士として目覚め、反撃の中心人物となってゆく。

 そして第三部の完結編では、オーガスティン・エリザルディが暴れまくり、随所でキレのいい台詞をキメまくる。初めて出てきた時はチンケなチンピラだったのに、第三部じゃレジスタンスの主力として組織を率い、“銀の天使”アンヘルの遺志を継ぎ“銀の忍者”として八面六臂の活躍を見せてくれる。

 なにせ元がチンピラなだけに、くだけた下品な口調だが、それが逆に古の知恵を貯えた“マスター”と見事な対照をなしているし、やはりあまり育ちの良くない私には親近感が湧く。彼がアンヘルに敬意を表する場面は、静かではあるけれど、頼れる新ヒーローの登場の予感をひしひしと感じさせる。

 前巻の終盤でわかるように、第三部の始まりは絶望に彩られたもの。敵を牽制する“長老”は滅び、“マスター”の秘密を知るセトラキアンも失った。エルドリッチ・パーマーの計略により、地上も「永遠の夜」と化し、世界は“マスター”に牛耳られている。細々と抵抗を続けるイーフたちに、反撃の機会はあるのか?

 生存を賭けたバトル物としては、やはり悪役が大事だ。肝心のラスボスである“マスター”は、長い生涯をかけて貯えた狡知に加え、肉弾戦でも無敵の能力を誇る。強さは感じるものの、憎しみより恐れが先にたって、闘志が湧くどころか「一体どう攻略するんだ」と戸惑いを感じてしまう。

 その点、エルドリッチ・パーマーは、生身の人間だからこその憎たらしさに満ちていた。支配に慣れた者ならではの緻密な計略はあったが、肝心の所でアレだった。

 第三部では、元CDC局長のエヴェレット・バーンズが再登場し、いかにもな小悪党を演じてくれる。傲慢ではあるものの、エルドリッチ・パーマーのような身に染みこんだ物ではなく、突然に手に入れた権力が嬉しくてしょうがない感じで、いわば権力成金とでもいうか、人に君臨するのが板についてない小者ぶりが、逆に憎たらしさを際立たせる。

 このバーンズとノーラ・マルティネスの絡みも、娯楽作品のお約束をキッチリと守る様式美の世界。当然、小者だけに、最初は勢いがいいけど、話が進むに従い…。彼が出てくる度に「コンチキショー、さっさとクタバレ」と悪態をつきながら読むと、このお話は更に楽しめます。思いっきり憎みましょう。

 ご当地物としては、当然ながら主な舞台のニューヨークが大事な所。特に印象に残ったのが、ニューヨーク公共図書館本館(→Wikipedia)ってのが本好きの性というか。地下に七階分のスペースと数キロメートル分の書棚って、頭がクラクラする。この世の楽園だよなあ。

 が、しかし。そこはアクション作品なだけに、このお話では貴重な古文書も単なる鈍器扱い。人類の叡智の結晶が、単なる運動エネルギーを伝える道具のように扱われる場面では、思わず悲鳴が出そうになる。他にいくらでも人が死んでるのに、心を動かされるのは本ってあたり、我ながら業が深いとは思っちゃいるが。

 イーフとケリーとザックそして“マスター”の確執もケリをつけ、歴史の中で蠢いてきた災厄の正体もキッチリと明らかにし、最近の作品では珍しく綺麗に締めた完結編だった。

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