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2016年1月の14件の記事

2016年1月28日 (木)

ギレルモ・デル・トロ&チャック・ホーガン「ストレイン 永遠の夜 上・下」ハヤカワ文庫NV 嶋田洋一訳

「おれのことは“銀の忍者”と呼んでくれ」

「おれはただ生き延びるだけじゃなく、死ぬときも人間として死ななくちゃならないんだ」

今度こそちゃんよやれよ、ドク。

【どんな本?】

 パシフィック・リムなどの特撮娯楽映画で有名な映画監督ギレルモ・デル・トロが小説家チャック・ホーガンと組んで発表した。長編娯楽小説「ストレイン」シリーズ三部作の完結版。

 2010年9月ニューヨークJFK空港から始まった災厄は、たちまちのうちに全世界を席巻し、地球は常に黒い雲が覆う暗黒の世界となってしまう。多くの人々が支配に屈し、家畜のように日々を生き抜く中、レジスタンスたちはわすかな希望の光を見出すが…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Night Eternal, by Guillermo Del Toro & Chuck Hogan,2011。日本語版は2012年11月15日発行。文庫本の上下巻で縦一段組み、本文約347頁+311頁=約658頁に加え、堺三保の解説8頁。9.5ポイント39字×16行×(347頁+311頁)=約410,592字、400字詰め原稿用紙で約1023枚。標準的な文庫本上下巻の分量。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。敢えていえば、旧約聖書に詳しいと一部のネタをじっくり味わえるだろう。あ、当然、続き物なので、前の「沈黙のエクリプス」「暗黒のメルトダウン」から読んだ方がいい。

【どんな話?】

 2010年9月24日にJFK空港に降り立ったボーイング777旅客機から始まった災厄。だがそれは緻密に計算された計画だった。人類を裏切る者たちの協力もあり、地球は新たな支配者のものとなり、昼も厚い雲に覆われる暗黒の世界となる。

 息子のザックを取り戻そうとするイーフことイーフリアム・グッドウェザー、イーフの元部下のノーラ・マルティネス、有害生物駆除業者だったヴァシーリ・フェット、元ギャングのガスことオーガスティン・エリザルディらは、エイブラハム・セトラキアンの教唆に基づき手に入れた古文書『オッキド・ルーメン』を頼りに、密かにレジスタンスを続けながら反撃の手段を探るが…

【感想は?】

 シリーズ通しての主役はイーフ…と見せかけて、改めて見直すと、各巻ごとに彼のお株を奪う人がいる。

 第一部の主役は、エイブラハム・セトラキアンだろう。最初に登場する人だし。若い頃に災厄の尻尾を掴み、長い生涯を賭けてその正体を暴き追いつめようと戦い続けた執念の人であり、メンバーの中でも最も早くから戦いを始めていた歴戦の戦士。見た目はただの爺さんだけど。

 第二部は、ヴァシーリ・フェットかな。途中からひょっこり出て来たのに、ネズミ駆除の専門知識と意外な戦闘力で、頼れる助っ人だったのは第一部。それが第二部では狡猾で容赦ない戦士として目覚め、反撃の中心人物となってゆく。

 そして第三部の完結編では、オーガスティン・エリザルディが暴れまくり、随所でキレのいい台詞をキメまくる。初めて出てきた時はチンケなチンピラだったのに、第三部じゃレジスタンスの主力として組織を率い、“銀の天使”アンヘルの遺志を継ぎ“銀の忍者”として八面六臂の活躍を見せてくれる。

 なにせ元がチンピラなだけに、くだけた下品な口調だが、それが逆に古の知恵を貯えた“マスター”と見事な対照をなしているし、やはりあまり育ちの良くない私には親近感が湧く。彼がアンヘルに敬意を表する場面は、静かではあるけれど、頼れる新ヒーローの登場の予感をひしひしと感じさせる。

 前巻の終盤でわかるように、第三部の始まりは絶望に彩られたもの。敵を牽制する“長老”は滅び、“マスター”の秘密を知るセトラキアンも失った。エルドリッチ・パーマーの計略により、地上も「永遠の夜」と化し、世界は“マスター”に牛耳られている。細々と抵抗を続けるイーフたちに、反撃の機会はあるのか?

 生存を賭けたバトル物としては、やはり悪役が大事だ。肝心のラスボスである“マスター”は、長い生涯をかけて貯えた狡知に加え、肉弾戦でも無敵の能力を誇る。強さは感じるものの、憎しみより恐れが先にたって、闘志が湧くどころか「一体どう攻略するんだ」と戸惑いを感じてしまう。

 その点、エルドリッチ・パーマーは、生身の人間だからこその憎たらしさに満ちていた。支配に慣れた者ならではの緻密な計略はあったが、肝心の所でアレだった。

 第三部では、元CDC局長のエヴェレット・バーンズが再登場し、いかにもな小悪党を演じてくれる。傲慢ではあるものの、エルドリッチ・パーマーのような身に染みこんだ物ではなく、突然に手に入れた権力が嬉しくてしょうがない感じで、いわば権力成金とでもいうか、人に君臨するのが板についてない小者ぶりが、逆に憎たらしさを際立たせる。

 このバーンズとノーラ・マルティネスの絡みも、娯楽作品のお約束をキッチリと守る様式美の世界。当然、小者だけに、最初は勢いがいいけど、話が進むに従い…。彼が出てくる度に「コンチキショー、さっさとクタバレ」と悪態をつきながら読むと、このお話は更に楽しめます。思いっきり憎みましょう。

 ご当地物としては、当然ながら主な舞台のニューヨークが大事な所。特に印象に残ったのが、ニューヨーク公共図書館本館(→Wikipedia)ってのが本好きの性というか。地下に七階分のスペースと数キロメートル分の書棚って、頭がクラクラする。この世の楽園だよなあ。

 が、しかし。そこはアクション作品なだけに、このお話では貴重な古文書も単なる鈍器扱い。人類の叡智の結晶が、単なる運動エネルギーを伝える道具のように扱われる場面では、思わず悲鳴が出そうになる。他にいくらでも人が死んでるのに、心を動かされるのは本ってあたり、我ながら業が深いとは思っちゃいるが。

 イーフとケリーとザックそして“マスター”の確執もケリをつけ、歴史の中で蠢いてきた災厄の正体もキッチリと明らかにし、最近の作品では珍しく綺麗に締めた完結編だった。

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2016年1月26日 (火)

パオロ・バチガルピ「神の水」」新☆ハヤカワSFシリーズ 中原尚哉訳

「行き着く先が地獄であることはみんなわかっていた。それでも座視した。そんな愚かさにもそれなりの報酬はあるということかな」

「どうしてかしら。いつもそうなる。お金持ちはさらにお金持ちに、貧乏人はさらに貧乏になる」

「守れない約束はしたくなかった。おまえへの約束を破りたくはなかったんだ。おまえはいろんな人たちからいろんな約束をされ、反故にされてきたはずだからな」

【どんな本?】

 「ねじまき少女」でヒューゴー賞・ネビュラ賞・ローカス賞のトリプル・クラウンに輝いた、アメリカの新鋭SF作家パオロ・バチガルピによる新作SF長編。近未来のアメリカ合衆国、極端な水不足に悩む西部を舞台に、コロラド川の水利権をめぐるネバダ・アリゾナ・カリフォルニアなどの各州の争いと、その中でもがきながら生き抜く人々を描く、迫真の破滅小説。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Water Knife, by Paolo Bacigalupi, 2015。日本語版は2015年10月25日発行。新書版ソフトカバー縦二段組で本文約460頁に加え、訳者あとがき6頁。9ポイント24字×17行×2段×460頁=約375,360字、400字詰め原稿用紙で約939枚。文庫本なら上下巻にしてもいい分量。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。訳者が解説しているように、コロラド川流域の地図を見ながら読むと、更に迫力が増す。ほんと、笑っちゃうぐらい砂漠ばっかしの地域。

【どんな話?】

 近未来の合衆国西南部。水が枯渇した上にテキサスから難民が押し寄せ、カリフォルニア・ネバダ・アリゾナの各州は州境を閉ざし争いあっている。高効率で水を循環利用する快適なサイプレスに住めるのは金持ちだけ、難民や貧しい者は市場価格で乱高価する水を買い入れて日々を凌ぐが、街はギャングに支配されている。

 キャサリン・ケースはSNWA(南ネバダ水資源公社)の女王だ。コロラド川の水利権を確保し、ラスベガスを守る。アンヘル・ベラスケスはケースの部下として、主にアリゾナの現場で働く水工作員(ウォーターナイフ)だ。

 アリゾナ州フェニックスでの異変は、調査に赴くアンヘルや新鋭ジャーナリストのルーシー・モンロー、そしてテキサス難民の少女マリアを巻き込み…

【感想は?】

 これはかなり挑発的な作品。特にアメリカでは。

 Google Earth で日本を見ると、海岸近くに灰色の市街地が張り付いてるが、中央は太い緑の帯が占めている。降水量が多く水が豊かなので、植生も豊かになるんだろう。

 同様に Google Earth で合衆国西南部を見ると、ネバダ州は黄土色の砂漠ばっかりだ。ラスヴェガスは相当な無理をして水を調達し、維持しているのがわかる。コロラド川から水を取って無理やり維持しているんだが、ロサンゼルスを抱えるカリフォルニア州も札束で顔をひっぱたくような形で水を買っている。

 充分に水があればそれでもいいが、最近だと西海岸の水不足は深刻らしい。これが更に酷くなったのが、この作品の世界。この舞台設定が単なる外挿ならともかく、水不足は現実に目の前に迫っているから怖い。

 これへの対処が、実にアメリカらしいのが、この作品の大きな特色であり、パオロ・バチガルピの特徴でもある。

 まずは、州が軍事力を用いて争い合うところ。日本の県はあまり自治権を持っていないし、県知事も軍に指示できない(災害時に救援の要請はできるけど)。

 対して、アメリカの州は、歴史からして違う。アメリカの州は、元々が独立した国に近く、それぞれが独自に政府と軍を持ち、法を定めてきた。独立戦争などで連合としての政府の必要性を痛感し、連合の参加国が共同して作り上げたのが連邦政府だ。だから、それぞれの州は独立意識が強い。

 この作品でそれを痛感するのが、州境を閉鎖する設定。水不足という危機的状況により州のエゴがむき出しになり、各州は押し寄せる難民を押し留めようと、銃で叩き返す。

 今でもアメリカは、メキシコから押し寄せる難民を押し留めるために、国境を閉鎖して警備している。特に強硬なのがテキサスなんだが、この作品ではそのテキサスが水害にやられ、テキサス州民が難民にされているあたりが、バチガルピの意地の悪い所。

 やはり昔からアメリカへの移民が多い中国が、この作品では大企業が積極的に経済進出し、場面によってはドルより人民元の方が信用されているあたりも、実に皮肉が効いてる。

 もう一つ、特にブッシュJr 以降のアメリカで幅を利かせているのが、極端な市場主義。政府が下手に手出しせず、市場に任せれば、神の見えざる手が働いて、妥当な形に落ち着くよって理屈。逆に全部を政府が管理したのが共産主義で、これがダメなのはソ連崩壊が証明したが、かといって全部を市場に任せると…

 日本だと、水不足の時は、まず取水制限になる。一日のうち何時間か水の出が悪くなったり、断水したりと、政府が管理して水の消費を抑えるわけだ。だが、これじゃ収まらなくなったら、どうするか。

 そこでアメリカお得意の市場主義だ。水の取引を市場に任せれば、受容と供給のバランスで自動的に消費が妥当な分量に収まるんじゃね? と思ってやってみたのが、この作品の舞台。これも、新自由主義へのバチガルピらしい強烈な風刺だろう。

 などに加え、ペンデホ(馬鹿)やチヨロビ(ギャング)など、あちこちに混じるスペイン語も、メキシコとの国境が近い舞台の雰囲気を伝えると共に、登場人物たちの育ちの悪さも匂わせ、汗臭い生活感をかもし出している。

 などのヌカミソ臭いリアルさに加え、そこはSF。ジャーナリストのルーシーとカメラマンのティモが絡むあたりでは、近い将来のジャーナリズムの姿が垣間見えたり。日本でもテレビの視聴率や新聞の発行部数が減って、ニュースメディアの経営基盤が崩れつつあるけど、こういう形に落ち着いたらいいなあ。

 チンピラ上がりの水工作員アンヘル、スキャンダルを追うジャーナリストのルーシー、そして生き延びるために必死のテキサス難民の少女アリス。序盤ではバラバラに描かれる三人が、やがてある秘密へと引き寄せられ…

 既に身近な問題となりつつある水不足を題材に、アメリカ合衆国が抱える根本的な体質と、最近の新自由主義の問題点をアメリカ人の視点で痛烈に批判する、現代アメリカにとっては極めて挑発的な作品。

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2016年1月24日 (日)

ローレンス・レッシグ「CODE Version 2.0」翔泳社 山形浩生訳 2

政府は自由を破壊できるだけの力はあるけれど、でも自由を守るには政府が必要なのだ。
  ――序文

サイバー空間のコードは、これまた国の規制ツールになりつつある。間接的に、コード書きを規制することで、政府は規制上の目的を実現できるし、しかもその同じ目的を直接追求したときに生じるはずの政治的な結果に苦しまずにすむことが多い。
  ――第七章 なにがなにを規制するか

「多数にとって困惑を生じさせる性的材料の生産者となる費用を上げる」のにきわめて熱心な法廷が、創造的・批評的な言論の生産者になる費用を著作権法が上げていることを露骨に無視していることは、わたしには絶え間ない驚きのもとだ。
  ――第一二章 言論の自由

セカンドライフのCEOフィリップ・ローズデール
「バーチャル世界で神とは何でしょう? 唯一の神はコードです」
  ――第十四章 独立主権

 ローレンス・レッシグ「CODE Version 2.0」翔泳社 山形浩生訳 1 から続く。

【おおまかな内容】

 今までコンピュータとネットワークの世界は無政府主義的な自由を謳歌できる世界だと思われてきたけど、本当はその逆だよ、原理的にとっても規制しやすい世界だし、事実規制は強くなっていくだろう…私たちが何もしなければ。

 と警鐘を鳴らす本。著者はスタンフォード大学の憲法学教授およびサイバー法センターの教授であり、またフリーソフトウェア財団の理事でもある。基本は法律家であり、コンピュータ方面を得意とする人で、オープン系への理解が深い立場だ。

 思想的にはリバタリアン寄りの功利主義といった感じ。アメリカ全体の利益を大きくする事を目的とし、その為には出来るかぎり多くの自由を市民に与えるべき、でも無政府状態はマズいぜ政府も必要だよ、みたいな考え方。

 いずれにせよ、追求しているのは正義でも誇りでも信念でもなくて、利益なのがポイント。だから伝統主義的な考え方の人には面白くない本だろう。

 また、根本的な所に政府不信があるのも大きな特徴。「放っときゃお上が上手くやってくれるさ」的な考え方ではなく、「政府は私達の代表のハズなんだけど、今の政府は間抜けな事ばかりしてるし、今後もそうだろうから、あまし大きな力を与えるのもマズいんじゃね?」みたいな発想がある。

 これは法律家にありがちな考え方なのかもしれないし、アメリカ人だからかもしれない。アメリカは独立していた州が連邦を組み、その連邦が成長して現在のワシントン政府になったわけで、アメリカ人の発想の根底には、市民と州政府・州政府と連邦政府の力のバランスを取ろうとする本能があるのかも。

 「合衆国」ではなく「合州国」と訳しているのも、そういうレッシグの姿勢を伝える訳者の工夫だろう。

【規制】

 全体を通し語るのは、自由と規制の話だ。規制とは何だろう? 自由を制限するものだ。レッシグは、これを四つあげる。例えばタバコだと…

  1. 法律:日本じゃ20歳未満は吸っちゃいけない事になってます。前科がつくのが嫌なら法を守りましょう。
  2. 規範:タバコが嫌いな人の前で吸うのはケンカを売ってるようなもんです。マナーを守って楽しく吸いましょう。
  3. 市場:タバコを値上げすれば吸う人は減ります…たぶん。
  4. アーキテクチャ:ライターを忘れると火をつけられません。これを「火のない所に煙はたたない」といいます←をい

 アーキテクチャなどと偉そうに言ってるけど、つまりは自然法則や技術的な制限のこと。投げた石は落ちるし、ガソリンがなきゃ自動車は走らない。私たちは、そういう制限を「当たり前」と思って受け入れてきたわけ。

【アーキテクチャ】

 そのアーキテクチャなんだが。コンピュータとネットワークの世界は、アーキテクチャが全てみたいな所がある。現実の私はモテないけど、美少女ゲームの中ではモテモテだ。現実にガンダムを操縦するのは(今は)無理だけど、操縦できるゲームもある。無敵の戦士になって戦場を駆け回る事だってできるぞ、ガンパレード・マーチなら←しつこい

 これは、ゲームのプログラムがそうなっているからだ。コンピュータとネットワークの世界では、プログラムが全てを決める。プレイヤーが空を飛べるようにプログラムを作れば、誰でも空を飛べる。何ができて何が出来ないかは、プログラムが決めることであって、自然法則や航空力学は関係ない…少なくとも、理屈の上では。

 「なら、政府は関係ねーじゃん」と思うでしょ?

【政府の介入】

 ブログをやっている以上、なるべく多くの人に読んで欲しいと私は望んでいる。そのためには、Google に好かれた方がいい。なんたって、Google 経由で来るお客さんは多い。だから、Google に媚びるよう工夫している。記事名は内容をハッキリ表すようにする。下品な写真は置かない。コンピュータ・ウィルスなんてもってのほか。

 …などと頑張ってるのに、相変わらず流行らないが、それはさておき。

 そう工夫すると、誰かが Google で検索したとき、結果一覧の最初の方に並びやすい。じゃ、Google はどうやって並びの順番を決めているのか。Google の従業員が並び替えてるわけじゃない。プログラムが並び替えている。

 Google のプログラムは、記事名と内容が違っていると、「広告じゃね?悪質だよね」と疑って、後ろに回す。下品な写真はセーフサーチに引っかかり、記事そのものを「なかった」事にする。Google さんはコンピュータ・ウィルスも大嫌いだ。これを全部、プログラムで判断してるわけ。Google すげえ。じゃ逆にエロい写真だけを探すことも←をい

 と、そんな風に、私は Google に従順に従ってブログを書いている。私だけじゃない。多くのブロガーは、Google 様のご機嫌に一喜一憂してる。この世界じゃ Google こそが支配者なのだ。

 その Google が、中華人民共和国政府に屈した。検閲に協力したのだ(その後、中国から撤退した→NHKオンライン)。ブログはうじゃうじゃある。中国共産党を批判するブログも山ほどある。中国共産党が、それを全部規制するのはまず無理だろう。でも大丈夫。Google を押さえちゃえば、ウザいブログも一緒に消える。ラッキー。

 政府が何かを規制したければ、ウザい個人を相手にする必要はない。根っこを押さえちゃえばいいのだ。個人は強固な思想信条を持っているかもしれないが、企業は違う。数人の経営者だけを説き伏せればいいし、経営者は利益で動いているんだから、物分りもいいだろう。

 と、政府はむしろ介入しやすくなっているのだ。

【政府の限界】

 警察がガサ入れするには、令状が必要だ。これは無闇なガザ入れを防ぐためだ。なぜ防ぐ必要があるのか?

 毎日ガザ入れに来られたら、生活できないじゃん。仕事にも行けないし、おちおち寝てもいられない。つまり、実質的に被害を受けるからだ。だが、本当にそれだけか?

 じゃ、部屋に盗聴器を仕掛けたり、電話を盗聴したりしたら? この場合、実害は出ないけど、やっぱし鬱陶しい。詮索されるってだけで嫌な気分になる。プライバシーの侵害だろ!

 この本では、日本の法ではなく合衆国憲法修正第四条を例に出している。これは「ガサ入れには令状が要りますよ」とした部分だ。問題は、これが「あいまい」だ、という点。修正第四条を決めた時点では、電話も盗聴器もなかったので、盗聴器や電話の盗聴を考える必要がなかったのだ。

 だが今は盗聴器も電話もある。とすると、困ったことになった。修正第四条の目的が、「実質的な被害を防ぐ」のか、「プライバシーを守る」のか、わからないからだ。

 テクノロジーの発達が、憲法の持つ「あいまいさ」を露呈させてしまったわけ。それまでは、議論しなくても「あいまいさ」は市民に有利な方向に解釈するしかなかった。だが、電話が出てきて、解釈する必要が出てきた。どうしよう?

 固定電話なら、まだ盗聴は難しいが、現代日本のように携帯電話やスマートフォンが普及したとなると、更に話はヤバくなる。前の記事で上げた酒井法子失踪事件のように、携帯電話の使用履歴でアシがついてしまう。他にもクレジット・カードやらTASPOやら、手繰る手段は増えつつある。そしてマイナンバーに至っては…

 さすがに現金は追跡不可能に思えるが、近い将来はわからない。IPv6 は別名「物のインターネット」だ。今だってお札には固有の番号がついているし、硬貨にIDチップを埋め込む事もできる。自動販売機にIDを調べる機能を仕込むぐらい出来るだろうし、通信も可能なのはプリクラが証明している。

 それ犯罪者の話だよね、善良な市民の私には関係ない。

 と思う人は、PC遠隔操作事件(→Wikipedia)を思い出して欲しい。何人もの人が冤罪となった。パソコンが遠隔操作できるのなら、携帯電話やスマートフォンだって遠隔操作できるのだ。少なくとも、原理的には。うっかり妙なアプリを入れたら、どんな悪さをされるか、わかったもんじゃない。

 しかも、スマートフォンにはGPSがついてる。当局と犯人は、いつでもあなたの居所を掴める。その気になれば、政府は私達の動きをいくらでも掴めるのだ。これが、コンピュータとネットワークがもたらした成果である。

 自由は、どこへ行った?

【軍ヲタの妄想】

 などと書いてて、思いついた。私が某国のスパイなら、きっとスマホ向けウイルスを開発するだろう。ちょっとエロいゲームのフリをしてスマートフォンに住み着き、利用者の情報を集め、カモの一覧を作る。権力者か、その側近のスマートフォンに潜り込めたら、しめたものだ。

【山形浩生の訳者あとがき】

 B・F・スキナーの「自由と尊厳を越えて」でもそうなんだが、この人の解説はとってもわかりやすい。と同時に、とっても危険だ。

 なぜ危険か。それは、あとがきを読んだだけで、本全体がわかったようなつもりになっちゃうからだ。本文は480頁を超える著作が、12頁にまとまるわけがない。だから、何が必要で何が不要か、山形氏が選びとり、重要だと思った部分だけを抜き取って書いている。当然、著者の主張とは少し違ったモノになる。

 にも拘らず、山形氏の文章はとても巧くまとまっている上に、なんたってわかりやすい。人間ってのは困ったもんで、わかったつもりになると、それ以上は学ぼうとしない。これがヤバい。

 この本の主題は規制と自由の問題だろう。だが、面白いのはそれだけじゃない。他にも沢山あるのだ。

 例えば、先の【政府の限界:】で挙げた、憲法のあいまいさ。これは法律に詳しい人には当たり前の事なのかもしれないが、私は「おお、法律って、そういう性質があるんだ!」と、ちょっとした驚きで、こういう「法律家の見ている世界」とのカルチャー・ギャップがとても楽しい本だった。

 ここで出てきた、憲法解釈を迫られた裁判所の立ち回りも、ちょっとした読みどころ。司法ってのは、そういう機能も持ってるんだなあ。

 著者の視点で面白いもうひとつは、政府への不信だ。これが単なる「政治家は汚い」とかではなく、仕組みそのものに疑問を呈しているあたりが、私にはとても新鮮に思えた。

 結論は「アメリカの議会は腐敗している」なんだが、その原因を政治家に求めるのではなく、アメリカの政治制度にまで切り込んで考えている。現在の選挙制度だと、どうしても金権政治になってしまう、というわけ。問題の原因を人ではなく制度に求めるあたりは、賢さの違いなのか文化の違いなのか。いすれにせよ、これは日本の政治も同じなんだよなあ。

【おわりに】

 など、ダラダラと長くなったが、つまりはそれだけ面白くてエキサイティングな本だ、と言いたいんです。パソコンを使う人、携帯電話やスマートフォンを使う人、そして自由を愛する全ての人にお勧めの本。

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2016年1月22日 (金)

ローレンス・レッシグ「CODE Version 2.0」翔泳社 山形浩生訳 1

 本書は無政府状態のサイバー空間からコントロールのサイバー空間への変化について語る。サイバー空間がたどりつつある道をたどると――これは第一部で説明する発展だ――サイバー空間に存在していた「自由」のほとんどは、将来は取り除かれることがわかる。
  ――第一章 コードは法である

憲法起草者たちが与えてくれた保護は、起草者たちが想像もしなかったような世界にどのように適用されるべきだろうか。
  ――第二章 サイバー空間からのパズル四つ

【どんな本?】

 元々は自由だったコンピュータとインターネットの世界は、同時に無政府状態でもあった…良くも悪くも。

 リーナス・トーバルズはオペレーティング・システム LINUX を開発し、現在のスマートフォン向けOSである Android の基礎を作った。ティム・バーナーズ=リーは World Wide Web を生み出し、やがて Amazon や Google などの土台となる。更に辿ればケン・トンプソンやデニス・リッチーによるc言語や unix に…とか言い出すとキリがない。

 だが、困った事もある。

 年に何度かはコンピュータ・ウイルスが騒ぎになる。迷惑メールは毎日やってくるし、無修正ポルノもその気になれば幾らでも手に入る。2ちゃんねるではデマと罵倒が飛び交い、Twitter では犯罪を自慢する馬鹿が続出し、LINE によるいじめも後を絶たず、個人情報の流出も珍しくなくなり、テロリストは Youtube で首切り動画を自慢して仲間を募る。

 どうにかならんのか。首相、出てこい。なんとかしろ。

 と言いたいところだが、ちょっと待て。本当に、それでいいのか。今、私たちは、2ちゃんねるじゃ安心して首相の悪口が言えるし、日本のメディアが伝えないシリア内戦の模様も、BBC やアルジャジーラで把握できる。ニコニコ動画には面白いMADが溢れ、ニュース等で話題になった場面は見逃しても Youtube で確認できる。だが、中国では?

 いや中国は極端だろ、と思うかもしれない。では、こういう話はどうだろう。東洋経済ONLINE のニュースだ。曰く「4K番組は録画禁止という驚愕のシナリオ」。

 かつてストリーミングはリアルタイムが基本だった。Youtube のような動画サービスができて、いつでもどこでも動画を楽しめるようになった。そこにネクタイ族がやってきて政府を動かし、著作権が煩く言われるようになってきた。著作権では、ミッキーマウス法(→Youtube)なんて陰口もある。

 インターネットは自由だ、なんて言っていられたのは、もう昔の話だ。既に法と規制の網がインターネットを絡み取り始めている。Winny 事件(→Wikipedia)をご存知だろうか? どころか、最近じゃ事はインターネットだけの話じゃ済まなくなってきている。政府と市民の力関係が大きく変わってしまったのだ。

 なぜ、こうなったのか。こうなる原動力は、何なのか。インターネットなどの新しい問題に対し、行政府は、議会は、司法は、どう動くのか。これは喜ばしい事なのか。将来はどうなるのか。私たちには何ができ、政府に何を求めればいいのか。コンピュータとインターネットは、今までの技術と何が違うのか。

 アメリカの憲法学の教授であり、フリーソフトウェア財団(→Wikipedia)の理事でもある著者が、サイバー空間と政府による規制について、多くの例を挙げながら原理とメカニズムと力学を解説し、また将来の展望を語る、とてもエキサイティングな法律とネットワークの解説書・思想書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は CODE Version 2.0, by Lawrence Lessig, 2006。日本語版は2007年12月19日初犯第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約482頁に加え、訳者あとがき12頁。9ポイント53字×19行×482頁=約485,374字、400字詰め原稿用紙で約1,214枚。文庫本なら厚めの二冊分ぐらい。

 文章はこなれていて読みやすい。山形浩生の文章は独特のクセがあり、特にこの本は強くクセが出ている。O'Reilly の翻訳本を読みなれている人には好まれる文体なんだが、合わない人もいるかも。

 内要は技術論1/4、法律論3/4といった感じ。いずれも初心者を想定し、丁寧に説明している。私は技術を多少知っているが、法律は素人だが、肝心の法律の部分はとてもわかりやすかった。逆に技術面は、無駄に詳しすぎる部分が多いと思う。イラストを入れるなどの工夫が欲しかったが、それより他の本を読んだり WEB で調べるほうが楽じゃないかな。

 全般的に義務教育修了程度でも、充分に理解できるレベル。

 ただし、誤字が目立つ。私でも気がつく程度なので、たぶん誤訳ではなく校正もれだろう。

【構成は?】

 前の章を受けて後の章が展開する形なので、素直に頭から読もう。訳者あとがきはとても親切で、実に分かりやすく本書の中身をまとめている。反面、大変に危険でもある。なぜ危険か、というと…

  • 第二版への序文/序文
  • 第一章 コードは法である
  • 第二章 サイバー空間からのパズル四つ
    境界線/統治者たち/ジェイクのコミュニティ/かぎまわるワーム/主題
  • 規制可能性
  • 第三章 現状主義:現状は変わらないのか?
    サイバー場所:ハーバード大学 vs シカゴ大学
  • 第四章 コントロールのアーキテクチャ
    「誰が」どこで何をした?/誰がどこで「何をした」?/誰が「どこで」何をした?/結果
  • 第五章 コードを規制する
    アーキテクチャを規制する:規制の二段階方式/コードを規制して規制のしやすさを高める/東海岸コードと西海岸コード/Z理論
  • コードによる規制
  • 第六章 各種のサイバー場所
    空間の価値観/サイバー場所/なぜアーキテクチャが問題になって空間に差が出るのか/コードを規制してよりよい規制を
  • 第七章 なにがなにを規制するか
    点の暮らし/政府と規制する方法について/間接的な手法の問題点/その先にあるもの
  • 第八章 オープンコードに見る限界
    かぎまわるバイト/数える機械/ネット上のコード/ネット上のコード小史/オープンソースの規制/いきつくところ
  • 隠れたあいまいさ
  • 第九章 翻訳
  • 第一〇章 知的財産
    著作権の終焉を告げる各種の報告について/法が救いに/サイバー空間における知的財産の未来/財産・所有物保護の限界/公法を私法で置き換える/不完全性からくる匿名性/許認可文化 vs フリー文化/完成がもたらす問題/選択
  • 第一一章 プライバシー
    私的状況でのプライバシー/公共の場でのプライバシー:監視/公共の場でのプライバシー:データ/解決策/捜索/プライバシーの比較
  • 第一二章 言論の自由
    言論を規制するもの:出版/言論の規制:迷惑メールとポルノ/言論の規制:フリー文化/言論を規制するもの:流通・配布/言論の教訓
  • 第一三章 間奏
  • 競合する主権
  • 第一四章 独立主権
    空間の主権:規則/空間の主権:規則の選択
  • 第一五章 競合する主権
    対立/互恵的な盲目性/サーバー空間の「中に」いることについて/考えられる解決策
  • 対応
  • 第一六章 われわれが直面している問題
    法廷の問題/立法の問題/コードの困ったところ
  • 第一七章 対応
    司法の対応/コードに対する対応/民主主義の対応
  • 第一八章 デクランは何を見落としているのか
  • 第一九章 補遺
  • 訳者あとがき
    バージョン2について/本書の概要/「規制」とインターネット/民主主義の将来/本書の意義(個人的に)/レッシグその後/謝辞など
  •  注/索引

【感想は?】

 ヤバい。かなりヤバい。この本の警告は、既に現実になっている。

 ばかりか、この本が予告した以上の危険が迫っている。この本では、「サイバー空間」という言葉を使っていた。当時、インターネットはいわゆる「コンピュータ」の世界だったからだ。だが、今はそうじゃない。

 私が思い浮かべたのは、酒井法子の失踪事件だ。あれは2009年8月、この本が日本で出てから2年も経っていない。彼女が姿を消してから、マスコミは報じた。「携帯電話も使っていない」。どういう意味か。携帯電話を使えば、居所がわかる、そういう意味だ。

 2007年当時だと、インターネットはパソコンの世界だった。サイバー空間は大きなモニタの向うで、現実世界との境目はハッキリしていた。でも今はそうじゃない。携帯電話やスマートフォンと共に、いつだって私達の傍にある。その気になれば、当局はいつでも私達の居所を掴める。かつては中継局から手繰る形だったが、今はGPSで細かく場所がわかる。

 これの何がヤバいのか。犯人が捕まりやすくなって治安がよくなる。いい事じゃないか。

 そんな簡単な話ではないのだ。民主主義国家では、市民の力と政府の力のバランスがある。一時期は、インターネットが市民の力を増やすと思われていた。だが、現実は違った。警察は、携帯電話で市民の居所を掴める。つまり、政府の力が大きくなっているのだ。マイナンバーと IPv6 の普及は、この動きを更に後押しするだろう。

 例えば、イランは中国政府の技術協力を得て、携帯電話網の監視システムを作り上げた。今のイスラム体制を批判する勢力を押さえ込むためだ。当然、中国も共産党政権に逆らう者を捕らえるために同じ技術を使っている。

 つまり、いわゆる「政府」と「市民」の力関係が、コンピュータとネットワークの普及により、大きく変わってしまったのだ。それも、政府有利に。

 すまない。興奮して突っ走りすぎた。次の記事では、もう少し頭を冷やして内容を紹介したい。

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2016年1月19日 (火)

上田岳弘「太陽・惑星」新潮社

余裕がなくなれば「自分たち」の範囲はどんどん狭まっていき、自分の人種、自分の国、自分の家族、自分、という具合に限定されるのではないか?
  ――太陽

奇跡と見なされていたものが、時を経て単なる物理現象として一般化される例はありふれている。
  ――太陽

なぜなら私は、最終結論そのものであるのだから。
  ――惑星

環境を左右し得る上位者は、このケースでは殺戮と未然排除、そのどちらがよきことであるのかを見極める義務がある。では、それを検討するために、それぞれのやり方で発生する差分がどんなものなのか計ってみよう。
  ――惑星

【どんな本?】

 新人作家・上田岳弘のデビュー作。「太陽」は2013年の第45回新潮新人賞受賞。

 現代社会の様々な環境や立場で生きる人々の生き様や考え方を追いかけながら、大掛かりな仕掛けでアサッテの方向へとスッ飛んで行く「太陽」と、意欲的なテクノロジーによって世界を変えようと試みるIT企業家の野望が作り出す未来を、電子メールの形式で描く「惑星」の二中編を収録。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2014年11月25日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約223頁。9.5ポイント41字×18行×223頁=約164,574字、400字詰め原稿用紙で約412枚。文庫本ならやや薄い一冊分。

 文章はこなれている。いずれも大掛かりな仕掛けのSFだが、「ソードアート・オンライン」などのライトノベルを読みこなせるなら、充分についていける。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 初出。

太陽 / 新潮2013年11月号
 大学教授の春日春臣は、指名したデリヘル嬢を見て「当たりだ」と喜ぶ。デリヘル嬢は高橋塔子、アイドルとしてデビューするはずだったが、直前で時代の潮目が変わり、今はこうして稼いでいる。アフリカ中央部のドンゴ・ディオンムは働いていた農園が潰れ、食っていくためにちょっとしたビジネスを始めるが…
 いきなり恒星内部での元素生成の過程から始まり「へ?」と思わせて、何かと思ったら。
 次にはまっとうな小説風に大学教授→デリヘル嬢→アフリカの鬼畜な事業家→その息子…と視点は動かしながら、いずれも醒めた目線で観察している風な語りで話が進む。
 その途中、登場人物を紹介する際に、IQ/所得/グジャラート指数/美醜/情動/信仰因子など、人物の様々な側面を、パラメータ化して示している点に注意しよう。実は重要な意味を持っている。RPGに慣れている人にはピンとくる表現方法だが、これが文学誌の「新潮」に載り賞まで取っているから、最近の文学界はわからない。
 やがて「第一形態」だの「大錬金」だのと怪しげな言葉が入り込み、お話はオラフ・ステープルドンやグレッグ・イーガン並の大変な事になっていくのだが、その着地点は予告どおりの奇想天外なもの。
 ある意味、究極の平等が成立した世界の成立と終焉を描くユートピア小説…のような気もするが、この終わり方とその動機は、今までのSFの定石やSF作家の視点に対する、腹立たしいほど鮮やかに虚をついたアンチテーゼかもしれない。
惑星 / 新潮2014年8月号
 先端技術を提供する、代々木の総合病院の精神科に勤める医師の内上用蔵は、最終結論だ。彼は最強人間フレデリック・カーソン氏に電子メールを送る。イスタンブールのアッパス・アルカン氏は、自らが綴る教典の執筆と解釈に熱中している。シリコンバレーで成功したスタンリー・ワーカー氏は野心的な新製品を企画していて…
 どこにいる相手でも、、他人の視点と心を覗き見できて、なおかつ時間すら超越しているらしき奇妙な能力を持つ、精神科の医師の内上用蔵、自称「最終結論」の目線で描かれる、これまたスケールが大きくて不思議な物語。
 お話の仕掛けは、大ヒットした某特撮映画や、やはり1990年代に話題となったSFアニメに似た物だけど、「こう料理するか~」と切り口に感心してしまう。
 中でも「最強人間」フレデリック・カーソン氏のキレっぷりが半端ない。一種のマインド・ハッカーとでも言うか、なんとも恐ろしい能力を持ち、その能力を振るうことに全く躊躇わない、鋼の精神を持った人。こういう人に見込まれちゃったら、それはそれで幸福なような不幸なような。
 というと悪人のようだし、作品中ではラスボスっぽい雰囲気を発しているんだが、彼の考え方はソレナリにスジが通っているようで、もしかしたら倫理学者のピーター・シンガー(→Wikipedia)の思想を更に推し進めた、究極の功利主義なのかも。
 その彼を正義の旗の下に打倒しようとするのが、これまたコミュニタリアニズ(→Wikipedia)を極めすぎてハミ出してしまったアッパス・アルカン氏と考えると、仕掛けこそお馬鹿なお話だけど、実は倫理というモノを徹底して考え抜いた末の彼岸を描いた作品…なのかなあ?

 雑誌「新潮」と聞くと、歳相応の教養と落ち着きを備えた人が読む、日本文学の伝統を受け継いだ雑誌って印象があったんだが、そんな読者がいきなり「恒星内で重元素が造られる仕組み」なんて講釈を読まされて、どんな気分がしたんだろう?とか考えると、よくもまあ新人賞を取れたなあ、と驚いてしまう。

 しかも、内容もSFとしてスケールが大きいし、そのために使っているガジェットも今風な上に、展開される議論も浮世離れしたSFならではの主題。

 つまりは今までの純文学が「人間とは何か」を描こうとしたのに対し、この作品集では「人類とは何か」なんて大掛かりなテーマに対し、真っ向から向かい合った上で、「え、なんでそうなるの?」と見事に従来のSFの発想からはみ出て、苔の生えたSF者には少しばかり居心地の悪い結論に行っちゃうあたりが憎い。

 もしかしたらオラフ・ステープルトンやスタニスラフ・レムを超えた、冷徹なまでに論理的な発想のような気もするが、実は筒井康隆ばりの悪ふざけなのかもしれない。にしても、こんな作品についてこれる読者がどれだけいるんだろう?

 SFファンの間で話題になって欲しいが、あまり持ち上げすぎると「小難しいSF」と思われて敬遠されそうで、なんとも難しい。少なくとも伊藤計劃や円城塔よりはとっつき易いんで、「新鮮な発想で、なおかつ読みやすい作品」を探している人にはお勧め。

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2016年1月18日 (月)

緒方卓郎「ヘリコバクター・ピロリ菌 胃潰瘍、十二指腸潰瘍、慢性胃炎の元凶」講談社ブルーバックス

 ピロリ菌に感染して、潰瘍で苦しむ人がいる一方、感染していてもほとんど症状のない人がいるのは、個体の抵抗力の差とこのようなピロリ菌の遺伝子の差により、細胞外に出す毒素に差があるためと考えられています。
  ――第2章 ピロリ菌の特徴

もし除菌療法を受けるのなら、必ず専門医の指導のもとにこの治療を受けること、そして治療をはじめたら途中で放棄せず、専門医が中止してよいというまで必ず続けて薬を服用し、指定された通りに検査を受けることです。
  ――第13章 ピロリ菌の除菌療法

【どんな本?】

 「胃に穴が開く」などの慣用句があるように、かつては胃炎や胃潰瘍はストレスが原因と考えられていた。1984年にこの常識が覆る。ロビン・ウォレンとバリー・マーシャルが英国の医学雑誌ランセットに発表した論文「胃炎と消化性潰瘍患者にみたれる未確認の湾曲した細菌について」により、細菌が大きな要因だとわかったのだ。

 ヘリコバクター・ピロリ菌(→Wikipedia)。年齢と共に感染率が高くなり、日本人全体では約半数が感染していると言われる。それはどんな特徴があり、どのような悪さをするのか。なぜ強力な胃酸の中で生き延びられるのか。どんな検査で感染を調べ、除菌はどんな方法で、それぐらいの期間がかかり、どんな副作用があるのか。

 中高年に感染者が多いヘリコバクター・ピロリ菌について、一般向けに説明した、医学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 1997年8月20日第1刷発行。新書版で縦一段組み、本文約171頁。9ポイント43字×16行×171頁=約117,648字、400字詰め原稿用紙で約295頁。文庫本なら薄い一冊分だが、写真やイラストを豊富に掲載しているので、実際の文字数は7割ぐらいだろう。

 文章はこなれている。内容だが、読み方による。

 「胃の調子が悪い、ピロリかな?」とか「検査でピロリ菌が出た、除菌した方がいい?」など医師の診断や治療を受ける立場で読むのなら、遺伝子解析など途中の難しい部分は読み飛ばそう。とりあえずだいたいの所はわかる。もっと突っ込んで原理や技術の細かい所が知りたいなら、多少の医学知識があった方がいい。

 ただ、さすがに約20年前の著作なのは苦しい。発見が1984年と比較的に新しい話題なので、学術的・技術的に大きく進歩しているはずだし、2013年に慢性胃炎の除菌も保険適用範囲になるなど、制度的なものも変わっている。緒方先生は亡くなっているが、お弟子さんの協力を仰いで改訂第二版を出して欲しい。

【構成は?】

 できれば頭から読んだほうがいいが、手っ取り早く自分に関係のある所だけ知りたい人は、第11章以降を読めばいいだろう。

  •  はじめに
  • 第1章 ピロリ菌の歴史
  • 第2章 ピロリ菌の特徴
  • 第3章 ピロリ菌はどのようにして胃粘膜を破壊するのか?
  • 第4章 動物とピロリ菌
  • 第5章 ピロリ菌感染の実態
  • 第6章 胃と十二指腸の構造と機能
  • 第7章 ピロリ菌と胃炎
  • 第8章 ピロリ菌と胃潰瘍・十二指腸潰瘍
  • 第9章 ピロリ菌と胃癌
  • 第10章 小児におけるピロリ菌の感染
  • 第11章 ピロリ菌とその他の疾患
  • 第12章 ピロリ菌感染の検査と診断
  • 第13章 ピロリ菌の除菌療法
  •  おわりに
  •  参考文献・参考図書
  •  さくいん

【感想は?】

 実は最近の健康診断で「ピロリ菌がいます」と出たので、思わず手に取った本なのだ。やはり自分に関係があると、熱心に読んでしまう。

 感染したら必ず胃潰瘍になるわけではなく、単に可能性が高くなるだけだ。原因は人の体質もあるが、ピロリ菌の種類によるものらしい。たかが原核細胞生物のくせに、幾つもの変種があり、特定の遺伝子配列を持つものが凶暴なのだとか。私のはどれなんだろう、と気になる所。

 怖いのは、その感染率。一般に先進国で感染率が低く、発展途上国で高い。しかも、同じ国でも、年収が高いほど感染率が低いというから憎いじゃないか。先進国の中でも日本は「きわだって高」く、特に(1992年の検査で)40歳以上で感染率は約80%。日本の中高年は、5人に4人が感染している勘定になる。

 いったい、いつどうやって感染したのか。この本では経口感染の可能性が高いように書かれているが、詳しい事はまだわからない。ただし、感染直後は大きな自覚症状=急性胃炎にかかるので、その気になって調べればわかるのかも。その症状は…

原因になるものを飲んだ直後、あるいは数日後に、急激なみぞおち部の痛み、悪心、嘔吐などがあり、ときには出血で便が黒くなったりすることもあります。

 とあるが、昔の人は、この症状を「食べすぎ」とか「何か悪いものでも食ったんだろ」で片付けてたような。特に子どもだと、腹痛を訴えるのは珍しくないだろうし、ピロリを疑うのは難しいだろうなあ。

 とまれ、この症状を人体実験で自ら確認した、ニュージーランドのモリス君の苦闘には同情してしまう。ボランティアで協力したのはいいが、二日目に胃けいれん・三日目にみぞおちの痛み・四日目に二回の嘔吐と苦しみぬく羽目に。その後、幾つもの治療薬を試した末、966日目から始まった三剤併用療法でやっと正常化。

 なんと約三年もの間、ピロリで苦しんでいる。まさかこんな長期間になるとは、思ってなかっただろうなあ。

 今は胃潰瘍に悩んでいなくても、ピロリ菌の感染者は薬に気をつけなくちゃいけないようで。この本では非ステロイド系炎症剤は要注意…と言われても素人にはよくわからないが、「アスピリンやインドメタシン等、またこれらが含まれる風邪薬」は、「空腹時のほうが作用が強いので、食後に飲むことをお勧めします」。

 でないと、胃の粘膜にポツポツと小さな穴が開いちゃいます。

 さて、除菌なんだが、これがなかなか面倒くさい。というのも、手っ取り早く調べるには血清学的診断法、つまり血を採ってピロリ菌に対する抗原体の有無を調べる方法で、「判定制度は約95%」と心強いのはいいが、除菌が終わっても抗原体そのものはなかなか消えず、「半年以上経ってからのチェックには有効」だとか。

 つまり、「ピロリ菌に感染している」のはスグにわかるけど、「菌がいなくなった」のを確認するのは、ちと時間がかかるわけ。めんどくせえ。

 しかも、だ。ピロリ菌はタチが悪い。抗生物質が一種類だけだと除菌の成功率は2~3割程度なんで、複数の薬を同時に使わなきゃいけない上に、菌が胃の粘膜に潜んでいるため、「通常の使用量の二倍ぐらいの抗生物質が必要」で、「使用した薬の副作用が出やす」いからうっとうしい。

 かと言って、途中で投げ出すと更に悲惨なことになる。いわゆる耐性菌だ。このメカニズムの説明が、この本は実にわかりやすかった。

 細胞内で、染色体とは別にフラついている遺伝子であるプラスミド(→Wikipedia)が、耐性を持ってたりする。これが細胞分裂とは別に、他の細菌にも耐性を伝えるのだ。しかも、同じピロリ菌同士だけでなく、「大腸菌の抗生物質耐性プラスミドが赤痢菌に伝え」るなんて離れ業もやってのける。生命恐るべし。

 だもんで、除菌を始めたら、完全に成功するまで徹底して殺し尽くさないとヤバい。あなたの腹の中の細菌が、みんな抗生物質じゃ死なないようになってしまう。やるからには徹底して虐殺し、一匹残らず消し去らないと。

 日本人の中高年には、5人に4人の割合で蔓延しているピロリ菌。その発見から生態、そして検査から治療まで、普通の人に必要な事柄を、わかりやすくコンパクトにまとめ、手軽に読める解説書だ。中高年には文句なしにお勧め。

 ただし、進歩の激しい分野の話だけに、約20年前の本なのは悲しい。なんとか改訂第二版を出してください、講談社さん。

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2016年1月17日 (日)

ギレルモ・デル・トロ&チャック・ホーガン「ストレイン 暗黒のメルトダウン 上・下」ハヤカワ文庫NV 嶋田洋一訳

「武器には名前をつけなくてはならない。呼びかけることのできない相手では、信用することもできないからな」

「映画だ。どう終わるかはわかっている。悪役がヒーローと対面し、絶体絶命のピンチに陥る」

【どんな本?】

 「パシフィック・リム」などの特撮映画で有名な映画監督ギレルモ・デル・トロが、作家チャック・ホーガンと組んで発表したホラー・サスペンス・シリーズ三部作の第二段。

 2010年9月24日、ベルリンを出発しニューヨークJFK空港着陸した後、応答を絶ったボーイング777旅客機。その原因はテロでも疫病でもなく、もっと恐ろしい存在だった。当局が原因を把握しかねる間に、同日の日蝕などを利用してソレは機から市内へと広がる。

 突発的な災害と見られた災厄だが、その裏には周到に準備された計画があった。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Fall, by Guillermo Del Toro & Chuck Hogan, 2010。日本語版は2012年9月15日発行。文庫本縦一段組みで上下巻、本文約275頁+273頁=548頁に加え、小島秀夫の解説「ギレルモ・デル・トロ監督との出会い」8頁。9.5ポイント39字×16行×(275頁+273頁)=約341,952字、400字詰め原稿用紙で約855枚。文庫本1冊か2冊か迷う分量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。ただし、続き物なので、できれば前の「沈黙のエクリプス」から読もう。

【どんな話?】

 疾病対策センターのイーフリアム・グッドウェザー(イーフ)は、同僚のノーラ・マルティネスと共に老いたエイブラハム・セトラキアンと出会い、災厄の正体を掴む。だがCDC局長のエヴェレット・バーンズの裏切りにより、凶悪犯に仕立てられ、イーフの忠告は無視されてしまう。

 有害動物駆除業者のヴァシーリ・フェットと共に問題の根源へとイーフたちは迫るが、根絶には至らなかった。絶望的な戦いを続けるイーフたちの前に、意外な者たちが現れ…

【感想は?】

 前作の終盤は、世界の終末を予期させるものだった。このパートでは、敵の周到な計画が明らかになってゆく。

 主役のイーフ君は、更に過酷な運命を背負い込む羽目になる。奥さんのケリーが敵の手に落ち、加えて愛する一人息子のザカリー(ザック)君まで執拗に狙われる始末。

 圧倒的な存在感を放っていた悪役の「マスター」、このパートでは更に恐ろしげな力を見せ付けてくる。前の収容所の場面などでも冷徹で悪辣かつ傲岸な奴だったのが、第二部の終盤に至っては…

 「マスター」の手下も、実に相応しい連中で。徹底した利己主義に描かれていたエルドリッチ・パーマー老は相変わらずの冷酷非道ぶりで、この巻では彼の身勝手さを物語るエピソードが幾つも用意されている。同じ人間であるだけに、憎たらしさに限ればマスターを超えるキャラクターだ。

 といったボスキャラの緊張感漂う恐ろしさもあるが、このパートでは派手な集団戦が堪能できるのが美味しいところ。わらわらと無数に群がって襲ってくる奴らに対し、日頃の鬱憤をぶつけるかのように嬉々として戦いへと突入してゆくのは、前巻でも少し顔を見せた奴に率いられた、意外な連中。

 前巻でも意外な形で登場し、大活躍を見せたヴァシーリ・フェットは、引き続きここでも活躍してくれる。既に彼の仕事だったネズミ退治は完全に失業状態ではあるものの、鍛えたハンターの腕は更に磨きがかかり、戦闘場面では最も頼りになる戦士へと成長してくれた。何かと気持ち的に不安定なイーフとは対照的。

 やはりフェットが得意とする戦場である地下は更に広がり、ニューヨークの複雑な地下鉄網を舞台として、意外な展開を見せてくれる。古くから発展した街は、どこでも似たようなモンなのかもしれない。

 メキシコ出身のギレルモ・デル・トロながら、前巻では不良のガスことオーガスティン・エリザルディが出てくる程度で、かなり「控えめだったのが、このパートではだんだんとメキシコならではの味が染みてくるのも嬉しいところ。そう、上巻の終盤で登場する銀の天使ことアンヘル・グスマン・ウルタード。

 元はプロレスラー。といっても、ただのレスラーじゃない。メキシコじゃプロレスが大人気で、国民的な娯楽だ(→Wikipedia)。その大きな特徴は、レスラーの多くがマスクを着けている点。アンヘルもご多聞にもれず、「銀の天使」として大人気を博していた。ばかりでなく、多くのアクション映画にも出ているのがメキシコ流。

 こういう融通無碍なところがメキシコ風というか、日本じゃ仮面ライダーや戦隊物のヒーローの役割りを、メキシコじゃプロレスラーが演じているらしい。大昔に流行ったカンフー俳優みたいな立場なのかな?

 が、しかし、膝を壊して肝心のリングに上がれなくなり、落ちぶれ果てて流れ着いたのがニューヨーク。今じゃ…と、登場場面では悲惨な姿を晒すが、そこはそれ。やはりメキシコ出身のためか、ちゃ~んとアンヘルの見せ場も終盤に用意してあるから嬉しい。いやあ、こういう、過去を背負った男の一発勝負ってのは、最高に燃える。

 そんなアンヘルと共に、年寄りの執念と底力を見せ付けてくれるのが、エイブラハム・セトラキアン老。

 前巻では彼の生い立ちが簡単に語られたが、ここでは更に血塗られた運命が明らかにされる。なぜ彼が執拗にマスターに執着するのか。いかにして奴らの秘密を掴んだのか。奴らを追いつめ、戦う中で、どのように変質していったのか。そして、彼が求める古文書「オッキド・ルーメン」には何が書かれているのか。

 ヒタヒタと絶望が迫ってきた第一部を受け、第二部ではド派手なバトルが展開し、一気に動きが活発になる。敵が用意した周到な計画に対し、イーフらに対抗策はあるのか。第三部が楽しみだ。

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2016年1月14日 (木)

「本当は間違っている心理学の話 50の俗説の正体を暴く」化学同人

ジェームズ・ウッドらは、ロールシャッハ・テストの採点の圧倒的多数が、本質的にパーソナリティ特性と関係していないことを明らかにしました。
  ――神話35 ロールシャッハ・テストでパーソナリティがわかる

世界的に有名な飛行家であるチャールズ・リンドバーグの息子が、1932年に誘拐されたあとには、200人以上がその罪を自白しました。彼ら全員が有罪でないのは明らかです。
  ――神話46 自白する人は実際に罪を犯している

【どんな本?】

 人は脳の10%しか使っていない。右脳を使って柔軟な発想を伸ばそう。子どもにモーツァルトを聞かせると天才になる。老人は愚痴ばかりこぼす。筆跡で性格がわかる。

 誰もが、こういった話を聞いた頃があり、また信じているだろう。だが、その多くは、何の根拠もないデッチアゲか、キチンとした科学的な手順を踏んで証明された説ではないか、または元になった論文の意味を間違って解釈したものだ。

 著者らは、これらを心理学神話または通俗心理学と呼び、それぞれについて検証して化けの皮をはがすと共に、なぜそんな説が生まれたのか・なぜ多くの人が信じたのか・そこにどんな誤解があるのか、そして間違った説がどんな害を引き起こすのかを明らかにしてゆく。

 世の中に流布してる心理学のデマを打ち消すと同時に、我々がデマに踊らされるカラクリを解き明かし、また最近の心理学会や臨床医師の実情を伝える、一般向けの解説書。

 なお、長くなるので記事タイトルでは著者名と翻訳者名を略したので、次に記す。

 著者は四人。スコット・O・リリエンフェルド/スティ-ヴン・ジェイ・リン/ジョン・ラッシオ/バリー・L・バイアースタイン。
 監訳者は三人。八田武志/戸田山和久/唐沢穣。
 訳者は12人。監訳者の三人に加え、岩澤直哉/菅原裕輝/竹下至/竹橋洋毅/豊沢純子/中山健次郎/野寺綾/八田純子/八田武俊。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は 50 Great Myths of Popular Psychology : Shattering Widespread Misconceptions about Human Behavior, by Scott O. Lilienfeld, Steven Jay Lynn, John Ruscio, and Barry L. Beyerstein, 2010。日本語版は2014年3月20日第1刷発行。

 単行本ハードカバー縦一段組みで本文約331頁に訳者あとがき8頁、それに加えて猛烈に美味しい「付録1 検討すべきその他の神話」18頁。9ポイント46字×20行×331頁=約304,520字、400字詰め原稿用紙で約762枚。文庫本なら厚めの一冊分。

 文章は比較的にこなれている。読みこなすのにも、特に前提知識は要らない。国語が得意なら、中学生でも充分に読みこなせる。文中に例としてアメリカの映画やテレビドラマが出てくるので、映画ファンなら更に楽しめるだろう。ただし、人によってはサイコサスペンス物のドラマや小説が楽しめなくなるかも。

【構成は?】

 全般的に各章は独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいいが、序章だけは最初に読もう。軽く味見してから読む・読まないを決めたい人は、巻末の「付録1 検討すべきその他の神話」を流し読みするといい。

  •  はしがき
  • 序章 心理学神話の世界
    通俗心理学産業/自称心理学者たちの心理学/心理科学と常識/なぜ注意しなければならないのか?/心理学神話を生む10の原因 神話退治のための道具/心理学神話の世界 その先にあるもの
  • 第1章 脳が秘めた力 脳と知覚をめぐる神話
    • 神話1 人は脳の10%しか使っていない
    • 神話2 左脳人間と右脳人間がいる
    • 神話3 超感覚(ESP)は科学的に確立された現象だ
    • 神話4 ものが見えるのは、眼から微細な物質が出るからだ
    • 神話5 サブリミナル効果でものを買わせることができる
  • 第2章 人が死ぬまでに経験すること
    • 神話6 モーツァルト効果で子供の知能が向上する
    • 神話7 青年期は心理的に不安定な時期である
    • 神話8 40代から50代前半に中年の危機が訪れる
    •  神話退治 再検討の結末 空の巣症候群
    • 神話9 高齢者は不満が多くなり、心身ともに衰えが増す
    • 神話10 余命を知ると、誰もが同じ心境の変化を経験する
  • 第3章 過去の出来事の思い出 記憶をめぐる神話
    • 神話11 人は過去の出来事を正確に記憶している
    • 神話12 催眠術で忘れた記憶を取り戻せる
    • 神話13 トラウマ的な出来事の記憶は抑圧される
    • 神話14 記憶喪失は過去の出来事をすべて忘れる
  • 第4章 学習効果の高め方 知能と学習をめぐる神話
    • 神話15 IQテストは特定の人には不利になる
    • 神話16 試験に自信がないなら、最初の直感を信じるのが一番
    • 神話17 ディスレクシア(読み書き障害)の特徴は逆さ文字である
    • 神話18 生徒の学習スタイルに合った指導で最高の学習効果が得られる
  • 第5章 こころの奥をのぞき込む 意識をめぐる神話
    • 神話19 催眠は目覚めているのとは違う「トランス」状態である
    • 神話20 夢には象徴的な意味がある
    • 神話21 睡眠学習は効果的な方法である
    • 神話22 体外離脱体験の間、意識は体から離れる
  • 第6章 気の持ちようで変わること 感情と動機をめぐる神話
    • 神話23 嘘発見器は確実に嘘を見破る
    •  神話退治 再検討の結果 自白剤は嘘を発見できるか?
    • 神話24 幸せは生活環境で決まる
    • 神話25 潰瘍の原因はストレスだ
    • 神話26 ポジティブ思考でガンを克服できる
  • 第7章 他者との良好な関係を築くために 対人行動をめぐる神話
    • 神話27 自分とは違うタイプの人に惹かれる
    • 神話28 緊急時、数多ければ安全である
    • 神話29 男女のコミュニケーションはまったく違う
    • 神話30 怒りは抱え込まず発散したほうがよい
  • 第8章 自分の内面に目を向ける パーソナリティをめぐる神話
    • 神話31 同じ環境で育てられた子どものパーソナリティは似ている
    •  神話退治 再検討の結果 出産順とパーソナリティの関係
    • 神話32 遺伝的な特性は変えることができない
    • 神話33 自尊心の低さが心理的問題の原因だ
    • 神話34 幼児期の性的虐待は、深刻なパーソナリティ障害を引き起こす
    •  神話退治 再検討の結果 子どもの立ち直る力を過小評価すること
    • 神話35 ロールシャッハ・テストでパーソナリティがわかる
    • 神話36 筆跡にはパーソナリティが現れる
  • 第9章 こころの病気への対処 精神疾患をめぐる神話
    • 神話37 精神医学的診断名は差別のもとになる
    • 神話38 自殺するのは重いうつ病患者だけだ
    • 神話39 統合失調症は多様なパーソナリティーを持つ
    • 神話40 アルコール依存症の親を持つ子はすぐにわかる
    • 神話41 幼児の自閉症が急増している
    •  神話退治 再検討の結果 自閉症の人は優れた知的スキルを持つか?
    • 神話42 満月の日には精神病院への入院と犯罪が増える
  • 第10章 犯罪者の取り違え 心理学と法律をめぐる神話
    • 神話43 精神病の人は暴力的である
    • 神話44 犯罪プロファイリングは事件解決に役立つ
    • 神話45 犯罪者の多くは心神喪失で罪から逃れようとする
    • 神話46 自白する人は実際に罪を犯している
  • 第11章 こころの問題を解決する 心理療法をめぐる神話
    • 神話47 臨床場面で一番頼りになるのは専門家の判断と直感だ
    • 神話48 アルコール中毒の現実的な治療法は禁酒である
    • 神話49 幼児期の問題に対峙させる心理療法は効果がある
    • 神話50 電撃(ショック)療法は残酷で身体にも悪い
  • あとがき 真実は小説より奇なり
  • 訳者あとがき
  • 索引
  • 付録1 検討すべきその他の神話
  • 付録2 関連する推薦資料
  • 付録3 心理学神話を探求するうえで役立つウェブサイト
  • 参考文献

【感想は?】

 私はソレナリにモノを知っているつもりだったが、かなり勘違いしていると改めて思い知った。

 さすがに超能力は信じていないが、覆された思い込みも多かった。若者は不安定で老人は愚痴ばかりだと思っていたが、そうでもない。アメリカの人口調査によると、「もっとも幸せな人はもっとも年齢が高かった」とか。長生きこそが幸福の秘訣なのかも。

 若者の話に戻ると、確かに2割ほどの若者は不安定だが、「むしろ例外」だとか。反抗期がない方が普通で、なくても何の問題もないそうです。いい子の親御さんは安心しましょう。

 この本の特徴は、こういった俗説を覆すだけでなく、「本当にそんな俗説が流行っているのか」「なぜそんな俗説が流行るのか」にまで踏み込み、検証している点。後者は科学啓蒙書でよくあるが、前者をキチンと検証しているあたりで、一気にこの本の信頼性が増す仕掛けになっている。

 ではなぜ「若者は不安定」だと思われてるのかというと、そうじゃないとハリウッド映画が困るじゃん、とみもふたもない結論w そりゃそうだ、でなきゃジェイムス・ディーンがスターになれないし、ライトノベル業界も困ってしまう。涼宮ハルヒは暴れるからヒロインなんで、朝倉さんみたいな人ばっかりじゃお話が盛り上がらないじゃないか。

 こういった映画やドラマの影響で私が誤解していた事柄はイロイロあって、例えば電気ショック療法。「カッコーの巣の上で」の小説や映画で、精神病院内での拷問として扱われていた療法。おかげで私は「死刑用の電気椅子に似たモノ」だと思い込んでいた。

 これの実態は少しややこしい。初期では確かに「骨や歯が折れたり、ときには死亡することもありました」。そして、今でも「発展途上国、ロシアの一部、現在のイラクでは」似たようなモンなのだが、欧米だと麻酔や筋弛緩剤を与え、「ほかに手がない最後のもの」って扱いだとか。ただし、「どのように働くかについての科学的なコンセンサスはありません」。

 理屈はわかんないけど、最後の手段として役に立つこともあるから、とりあえず使っているってわけ。

 病気関係はやはり素人が勘違いしやすいもの。統合失調症も昔は精神分裂症と呼ばれ、多重パーソナリティ(いわゆるジキルとハイド、多重人格)と混同されていた、というか、私も勘違いしていた。これは私だけじゃなく、心理学入門コースの学生の77%・警察官の40%・一般人の50%が勘違いしていたそうな。私だけじゃなかったんだ。

 私は更に誤解していて、統合失調症は治らず、寛解(→コトバンク)に漕ぎつけるのが精一杯だと思い込んでいたが、今だと時間はかかるけどちゃんと治る病気だとか。医学の進歩は凄い。

 などと勘違いを正してくれる口調も、決して堅苦しいものではなく、映画やドラマを引き合いに出して親しみを増し、またユーモラスでもあるのが嬉しい。いや映画やドラマはアメリカの物ばっかりなんで、洋モノに疎いと伝わらないのが難点だけどw 最も笑ったのが、フロイトの次の言葉。

これまで答えが出ておらず、女性の精神に関する研究を30年間続けてきた私でさえも答えることができない大きな疑問は、「女性が何を望んでいるか」です。

 天下のフロイト先生も女性の気持ちはわからなかったのかw

 ってなのとは別に、「ほほう、欧米じゃこんな迷信が流行ってるのか」と無駄な知識が増えるのも楽しい。例えば「神話4 ものが見えるのは、眼から微細な物質が出るからだ」。これ、スーパーマンの透視能力あたりからの誤解かな、とも思ったんだが、日本でも「視線を感じる」って人はいるんだよなあ。

 「神話42 満月の日には精神病院への入院と犯罪が増える」ってのも、欧米ならではの伝説かも。CCRも Bad Moon Rising(→Youtube)とか歌ってるし、魔女の集会も満月だった。どうも西洋じゃ、満月は不吉や狂気の印らしい。対して日本だとお月見なんて風習もあるし、満月は決して悪いモンじゃないんだよなあ。

 など、世間に流布している迷信を打ち砕くだけでなく、序章で「我々が迷信を信じてしまうわけ」をキチンと説明しているあたりも、マトモな科学解説書らしい所。相関関係と因果関係の混同とか、選択的知覚とか錯誤相関とかサンプルの偏りとか手っ取り早い解決法が欲しいとか。

 そして、最後に強烈なのが「付録1 検討すべきその他の神話」。ここでは。はびこっている迷信と、その実態だけを並べてるだけなんだが、読んでいくとやたらと濃い。例えば酒のチャンポンは怖いと言われてるけど、特にそういう事はなくて、単にアルコールの総量だけが問題だとか。あと、Gスポットも迷信だそうです。余計なお世話だw

 と、様々な迷信を吹きとばしてくれると同時に、「なぜそんな迷信も信じるのか」「どうすれば迷信を見破れるのか」も、親しみやすい言葉で教えてくれて、心理学をテーマにしながら科学的な考え方を身につけられる、楽しく読めて役に立つ本だった。でもサイコサスペンス物のドラマを見る時は、野暮な突っ込みをしないように。

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2016年1月12日 (火)

トニ・モリスン「ソロモンの歌」ハヤカワepi文庫 金田眞澄訳

 メイコンはフレディが愚か者で嘘つきではあるが、しかし信頼のできる嘘つきであることを知っていた。フレディの言うことはいつも事実については正しく、その事実を生み出した動機については間違っていた。

「お前以外はみんな間違った方向に進んでいる、とでもいうみたいじゃないか、え?」

名前には意味がある。

【どんな本?】

 1993年にノーベル文学賞を受賞したトニ・モリスンの第三長編。全米批評家協会賞・アメリカ芸術院賞受賞作。

 1931年、合衆国北部のミシガン州に生まれた黒人のミルクマンを主人公に、成金不動産屋の父親メイコン・デッド,精気のない母親ルース,父の妹で密造酒作りのパイロットなど血族のしがらみや、悪友のギター,告げ口屋のフレディ,借家人のポーターなど町の者たちの奇行で彩りながら、人々の生き様を描いてゆく長編小説。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Song of Solomon, b Toni Morrison, 1977。日本語版は1994年9月に早川書房より刊行。私が読んだのは2009年7月15日発行のハヤカワepi文庫版。文庫本で縦一段組み、本文約625頁に加え、訳者あとがき6頁。9ポイント40字×17行×625頁=約425,000字、400字詰め原稿用紙で約1,063枚。上下巻に分けてもいいぐらいの分量。

 文章は少々クセがあり、慣れるまではとっつきにくい。地の文は翻訳文らしくクールな文体なのに対し、会話文はエディ・マーフィー風にリズミカルで無駄口が多く、そのコントラストが唐突すぎて戸惑ってしまう。もしかしたら、地の文も英語ではリズミカルでくだけた感じなのかも。

【どんな話?】

 1931年2月18日の水曜日、保険集金人のロバート・スミスが小丸屋根から飛び降りた日の翌日、ミルクマンは生まれた。合衆国北部、ミシガン州 の町マーシーで、初めて病院で生まれた黒人の子だ。父親はメイコン・デッド、不動産業を営む、ちょっとした資産家。母親はルース、市でただ一人の黒人医師 の娘だ。

 ロクに料理もできない妻ルースに、怒鳴り散らすメイコン。冷たい家庭で育ったミルクマンだが、父の妹で密造酒を売って暮すパイ ロットの家にはすぐ馴染んだ。特にパイロットの孫娘で、五つ年上のヘイガーには心を奪われる。親友のギターとツルみながら、ミルクマンはマーシーで暮らす が、やがて周囲の人々の生き様を知り…

【感想は?】

 読み始めた時は、奇人変人大集合かと思った。実際、終盤近くまで、そんな感じなのだ。

 冒頭からして、「自分の翼で飛び立ちます」と予告し、そのとおりにキューポラから飛び立って死んだ男ロバート・スミスのエピソードで始まる。「変な奴だな」と思っていたら、次々と変な奴が出てくる。

 主人公はミルクマン。本名はメイコン・デッド三世だ。ミルクマンは渾名なんだが、この由来も酷い。年は明示していないが、たぶん4~5歳ぐらいまで、母親のルースがミルクマンに乳を飲ませていた。これ自体が既に奇行だが、これを見かけたおしゃべり屋のフレディがご親切にも近所に触れ回り、ミルクマンの渾名が定着してしまう。

 こういうロクでもない噂をアチコチに吹聴する人ってのは確かにいるもんなんだが、フレディのウザさは格別だ。と同時に、この町の濃厚なご近所付き合いも、冒頭の数頁からねっとりと伝わってくる。

 1931年だから、当然インターネットなんかない。情報は人づてに伝わるだけ。にも関わらず、通りの名が「ノット・ドクター・ストリート」として有名になるエピソードも、当時の黒人が置かれていた立場が判ると同時に、彼らが持っていた情報ネットワークの緻密さと広さを想像させる。

 この「人づてに伝わる情報ネットワーク」の凄さは、物語の終盤になると大きな存在感を持って蘇ってくるのだが、それは追って。

 人々の名前も奇妙だ。主人公のファミリー・ネームからして、デッドである。グレイトフル・デッドのファンには少し嬉しい名だが、1931年じゃそんなバンドはない。叔母のパイロットも不思議だ。いずれもちゃんと由来はあるんだが、なんとも間抜けというか酷いというか。

 こういった、名前にまつわる過去の話が、この物語にはアチコチに出ていて、これもまた終盤の伏線なんだろうなあ。

 ただ、肝心の主人公のミルクマンが、ちと感情移入しにくい。なんたってモテるし←をい。確かに冷たい家庭だが、ソレナリに豊かな環境で育ったためか、若いわりにガツガツした所がなく、かといって醒めているわけでもない。セイシュンっぽいモヤモヤは抱えているけど、それで愚行に走るっほどでもない。なんか中途半端なんだよなあ。

 対して大きな存在感を放つのが、叔母のパイロット。娘のリーバ・孫娘のヘイガーと狭い家に住み、密造酒を売って暮している。兄のメイコンとは仲が悪いが、娘・孫娘とは上手くやっている。大柄でリーダーシップに溢れ、学はないが見聞は広く、逞しい生活力のある女性。

 最初から妙に魔女みたいな不思議な力を持っていそうな雰囲気の人なんだが、やがて明らかになる彼女の経歴は、いかにもこの人に相応しい壮大なもの。

 などと始まりの方では単なる奇人変人ばかりだった登場人物たちが、中盤以降では意外な素顔を見せ始め、そのあたりから物語は次第に面白くなってくる。このあたり、ほぼミルクマンの視点で描かれるので、たぶんミルクマンが描く人物像をそのまま読者に提示しているのかも。

 つまり、それまで周囲の人々を「あの人はそういう人」と考え、それで分かったつもりになっていたミルクマンが、彼らの中にも物語があると気づき始める、そういう事なのかも。これがハッキリわかるのは、姉のマグダリーンがコリンシアンズの件で爆発する下り。でも男って、そういうモンなんだよなあ。

 やがて終盤に入ると、物語はミステリの様相を示してくる。それまで饒舌に語られた数々の奇妙なエピソードが、幾つかのトリガーを介し次々と繋がり、アメリカの歴史の中で逞しく生きてきた者たちの伝説へと広がってゆく。ここで改めて冒頭のスミス氏のエピソードを読み返すと、実はアチコチに山ほどの伏線が張り巡らしてあるのに気がついた。

 長い物語だし、エピソードは盛りだくさん。しかもそれらが終盤の重要な伏線になっているので、できれば一気に読む方がいいだろう。数々の奇行の謎がスルスルと解けていく中盤以降はちょっとした快感。充分な時間をとって、ひと息に読みとおしたい本だ。

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2016年1月10日 (日)

老ボータ・シンの物語 ラピエール&コリンズ「今夜、自由を」ハヤカワ文庫NF 杉辺利英訳より

 1947年8月15日、インドとパキスタンが独立する。

 これは両国の民にとって喜びの日となったが、同時に惨劇の始まりでもあった。ヒンディー・ムスリム・シークが互いに争い始めたのだ。中でも最も凄惨を極めたのがパンジャブである。現インドの首都デリーの北西部に広がるパンジャブは、シークの聖地であると同時に、豊かな農地に恵まれたインドの穀倉地帯だった。

 両国家の分割は、このパンジャブを真っ二つに引き裂く。周到に整備された用水路網や道路網はズタズタになり、パンジャブの富の源泉となる社会資本は崩壊してしまう。

 国の分割は、平和だったパンジャブの民も巻き込んで行く。それまで共に住んでいたヒンディー・シーク・ムスリムが突然に憎しみを滾らせ、殺しあい始めてしまう。インドに編入される東側ではヒンディーとシークがムスリムを襲い、パキスタンとなる西ではムスリムがヒンディーとシークを殺し始めた。

 殺戮の嵐から逃れようとする者は列をなし、歩いて国境へと向かう。インドとパキスタン全体で一千万を超える者が、家を捨て身一つで新しい母国へと歩んでいった。

 だが、憎しみの嵐は彼らも見逃さない。。身を守る術のない難民を、追いはぎは容赦なく襲い、財産を奪い、女を犯し、殺す。両国を繋ぐ街道は、あちこちに死体が転がっていた。

【出会い】

 ボータ・シンは65歳、シーク教徒の農民で、天涯孤独の身だ。ビルマ戦役では、マウントバッテンの指揮下で戦ったこともある。その日、ボータ・シンは畑で働いていた。突然に悲鳴が聞こえ、若い女が走ってくる。その後に、彼女を追う男。娘は必死にボータ・シンに助けを求めている。

 ムスリムの彼女は難民となってパキスタンへと向かう途中で賊に攫われ、ここまで逃げてきたのだ。

 ボータ・シンは賊と娘の間に割って入り、彼女を買い取る。1400ルピーだった。娘はラジャスタンの農民の娘で17歳、ゼニブという名だった。

 ゼニブとボータ・シンは共に暮し始める。長い一人暮らしに突然現れた若い娘を、ボータ・シンはお姫様のように扱った。貧しい貯えの中から、サリーや香水やサンダルを惜しみなく与える。殺戮の嵐が吹きすさぶパンジャブにあって、ボータ・シンの家は平和な安らぎに満ちていた。やがてゼニブはボータ・シンと共に畑に出て、一緒に働き始める。

 そんな或る日のまだ暗い朝。

 陽気な楽隊の音が聞こえ、羽飾りで着飾ったボータ・シンがビロードの飾りをつけた馬に乗り、多くの村人を従えて我が家にやってきた。ゼニブにプロポーズするためである。ゼニブは金糸を縫いこんだサリーを纏い、ボータ・シンの後に従って聖なる書グラント・サーヒブのまわりを四回まわる。

 グルは宣言する。「二人は夫婦になった」と。

 夫婦の幸福は続く。やがてゼニブは身ごもり、ボータ・シンは娘を授かったのだ。聖なる書グラント・サーヒブより、娘はタンヴィーと名づけられる。「恩寵の力」のような意味である。 

【別離】

 タンヴィーが八歳になる頃。ボータ・シンの甥二人が、遺産相続を巡り恨みを抱く。二人は、復讐の方法を見出した。

 独立の混乱時には、多くのムスリム女性が攫われた。パキスタン当局は、被害にあった女性を探し出し、パキスタンに送還していた。二人の甥は、この当局にゼニブを通報したのだ。

 ゼニブはボータ・シンから引き離され、臨時キャンプに収容されてしまう。

 悲しみにくれるボータ・シンだが、潔く決意を固める。誇り高いシークの証しである髪を切り落とし、ニューデリーの回教大寺院に向かい、ムスリムとなったのだ。彼はジャミル・アーメドの名を得、娘はスルタナの名をもらう。そしてパキスタン高等弁務官府に出頭し、妻の引取りを求めるが、あっさりと却下されてしまう。

 六ヶ月の間、ボータ・シンは臨時キャンプへ通い、移送を待つ妻を訪ね、何時間も傍らに座って過ごした。しかし、やがてゼニブの親戚が見つかり、妻はパキスタンへ送られてしまう。

【執念】

 ボータ・シンは決意した。パキスタンに移住し、向うで妻と暮らそう。

 ムスリムである由を理由に、パキスタンへの移民を申請する。だが、冷酷に却下されてしまう。せめて訪ねるだけでも、とビザを求めたが、これも断られてしまう。こうなったら最後の手段だ。密入国である。村に戻り全ての財産を貧しい者に分け与え、娘を連れて国境へと向かった.。

 娘はラホールに残し、一人でゼニブの家族が住む村に向かったボータ・シン。しかし、運命は残酷だった。

 インドからゼニブが乗ったトラックが村に着いた数時間後、彼女は従兄と結婚させられていたのだ。

 妻を帰せと叫ぶボーダ・シン。しかしゼニブの親戚の男たち総出で彼を叩きのめし、密入国者として警察に突き出してしまう。

【対決】

 ボータ・シンは判事に願い出た。私はムスリムだ。妻を返して欲しい。せめて、妻自身に自分の意思を語って欲しい、と。彼の悲しみは判事に伝わり、一週間後に法廷で決着をつけることに決まった。

 この事件は新聞に載り、ラホールじゅうに知れ渡る。当日、法廷は傍聴人で満員となった。皆、ボータ・シンを応援している。ボータ・シンは、娘を連れて法廷に出た。

 ゼニブも入廷してきた。家族の男たちに囲まれ、怯えきっている。

 判事は訪ねる。「この二人といっしょにインドに帰りたいかね」

 ゼニブは家族を顧みた。みな、彼女をみつめている。法廷に沈黙が下り、暫くして、眼を伏せたゼニブは呟いた。

 「いいえ」

 法廷に野獣の咆哮が響き渡った。ボータ・シンである。ひとしきり叫んだ後、ボータ・シンは娘をボータ・シンの元に連れてゆき、こう語った。

 「お前から子供を取り上げることは、わしにはできない。さあ、お前にあげよう」

 そして、残った全ての札束と共にセニブへ差し出す。

 だが、妻の一族の者は目で合図した。断れ、と。シークの血が入った者を一族に迎え入れるわけにはいかない。それは名誉を汚す。仮に引き取っても、娘は一族からのけ者にされ、幸福にはなれないだろう。ゼニブはうめくように答えた。

 「いいえ」

 長い間、じっと妻を見つめたボータ・シンは、娘の手を取り静かに法廷を後にした。振り向きもせずに。

【悲劇】

 ダータ・ガンジ・バクシュのモスクでひと晩泣き続けたボータ・シンは、翌朝、近くのバザールで娘に新しい服とサンダル買い与えた。そして、シャーダラー駅へと向かう。プラットホームに機関車が入ってきたとき、娘はいきなり突き飛ばされる。ボータ・シンは、単身、機関車の前に身を投げたのだ。

 轢死体から、血まみれの遺書が見つかった。

「愛するゼニブよ。私はお前をうらんではいない。お前の傍にいることが私の最後の願いだ。私をお前の村に埋め、時々は花を持ってお詣りに来ておくれ」

【墓標】

 この事件はパキスタン中の話題となり、彼の葬儀はパキスタンあげての行事となった。

 だが、ゼニブの家族と村の住民の意見は違った。村の墓地にボータ・シンの棺を入れることを拒んだのだ。ゼニブの新しい夫と一族はバリケードを築き、ボータ・シンの棺を入れさせなかった。1957年2月22日の事である。

 暴動を恐れる当局は、ラホールに引き返すよう葬列に命じる。ラホールに戻るボータ・シンの棺には数千のパキスタン人が従い、花の山に埋もれるのだった。

 ゼニブの家族はこれに怒り、彼の墓を汚すために襲撃隊を放った。だが、これは逆効果となってしまう。パキスタン全土から、壮麗な霊廟を建てるための寄付金が集まり、数百人のムスリムが老いたシークの墓の警備を買って出たのだ。

【後日談】

  なお、二人の娘スルタナはラホールで養い親に引き取られ、やがて技師の夫を得て三児の母となる。

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2016年1月 8日 (金)

ドミニク・ラピエール&ラリー・コリンズ「今夜、自由を 上・下」ハヤカワ文庫NF 杉辺利英訳 2

インドの問題に対する真の答えは、村々にしか見出されないものなのだ。
  ――2 四億人の神懸り

警察将校アシュウィニ・クマル
「理性を失わないでいるただ一つの方法は、毎日少なくとも一人の生命だけは救おうと試みることだった」
  ――14 「人類の悲しくも甘美な音楽」

モハンダス・カラムチャンド・ガンディー
「いつの時代にも、世間は預言者を殺し、後になって彼を祀って寺院を建立してきた。こんにち人はキリストを崇めているが、生きているキリストをカリツケにしたのではなかったか」
  ――16 “火によって浄められた”二人のブラーマン

 ドミニク・ラピエール&ラリー・コリンズ「今夜、自由を 上・下」ハヤカワ文庫NF 杉辺利英訳 1 から続く。

【全般】

 大雑把に書くと。

 上巻の主役は最後のインド総督となったマウントバッテン。彼の視点で、インド&パキスタン(&バングラデシュ)が独立する1947年8月15日までを描いてゆく。

 四億の民を抱え、独立の気運が高まる亜大陸は、同時にヒンディー・ムスリム・シークが混在しており、下手をするとイギリスの撤退と共に泥沼の内戦に突入しかねない。これを避け、イギリスの名誉ある撤退を果たし、新しい独立国家にはイギリス連邦(→Wikipedia)に加盟して欲しい、それがイギリスの立場だ。

 そもそも独立させたくないウィンストン・チャーチル、統一インドを望むガンディー、パキスタン独立を唱えて譲らないジンナー、古の栄光が忘れられない藩王たち、そして調整に苦労するネルーなどを尻目に、粘り強くかつ大胆にマウントバッテンは独立へと邁進してゆく。

 下巻の主役は、なんといってもガンディー。数多くの難問を前に、時には調整し時には強引に進めたマウントバッテンだが、懸念したとおり各地でヒンディー&シーク vs ムスリムの対立が起こり、虐殺へと発展してゆく。双方で一千万人に及ぶ難民が発生し、国境へ向けて長い列を成し歩み続けるが、彼らもまた暴徒の餌食となってしまう。

 暴動を止めるべき警察と軍もまた、分割に伴い多くの人員を欠いてしまい、事態に対応できない。流れ続ける血と、溢れる難民たちに心を痛めるガンディーは、最大の暴動が予想される混沌の地・カルカッタへと向かうが、彼が頼みとするのはただ一つ、己の命だけだった。

 といった大雑把な流れを彩るのは、やはり複雑怪奇で奇想天外なインドの風土と文化。贅を尽くした総督や藩王たちの生活と、狭い路地にひしめき合って暮す無数の貧民たち。カルカッタを訪れた経験があれば、あの濃厚なインドの香りを思い出すだろう。

【著者の姿勢】

 訳者があとがきで、著者の姿勢に多少の疑問を呈しているように、素人でも多少の偏りは見て取れる。

 前の記事でも書いたが、この本ではジンナーが強硬にパキスタン独立を主張した事になっているが、最近は違う説が出てきている(→Wikipedia)。

 また、マウントバッテンが快く取材に応じたためか、彼は完全無欠の好人物に描かれているのに対し、ジンナーは冷徹で頑固、ネルーは線が細く優柔不断な印象がある。さすがにガンディーは神秘的で高潔に描かれているし、下巻では次々と奇跡を起こす現代の聖人にも見えるが、意外な一面も顔を覗かせる。 

【ガンディー】

 ガンディー、優秀な弁護士だっただけあって、駆け引きに長けている。マウントバッテンが最初の面会を申し出た際も、返事の手紙の「投函を二日ほど遅らせた」。 ちゃんと意図がある。「私が招きに応じてすぐかけつけるだろう、とこの若い人が思い込んではこまるのだ」。相手を待たせて心理的な優位を保つ。駆け引きの 初手ですね。

 ドップリとヒンディー文化に浸かり、テクノロジーを嫌うのも困り者で、毛沢東やポル・ポトが喜びそうな事も言ってる。

「彼ら(技術者)をして、村人たちが体を洗い、家畜が入って水を飲むその池の水をのましめよ。彼らをも、その都会育ちの肉体を烈日の下にさらして労働せしめよ。そのとき初めて、彼らは農民の仕事がどんなものであるかを理解し始めるであろう」

 これが必ずしも技術に対する無知ゆえとは言い切れないのがややこしい所で、農村では衛生状態の改善に努め、井戸を掘るべき場所・便所のつくり方を教え、「人が裸足で歩く場所に痰を吐きちらす」のをたしなめている。また、「飢えに迫られたインド農民を救うに足る、何か新しい穀物を常に捜し求め」ていた。

 つまりインドの殖産興業策として、ネルーの工業重視に対し、農業重視だったとも取れる。当時のインドの現状を考えると、実は最も手っ取り早く現実的な方針だったかも。さすがに遺伝子改造は認めないだろうが、品種改良には興味を持っただろう。小麦の品種改良で優れた功績をあげたノーマン・ボーローグ(→Wikipedia)に対して、どう評価しただろうか?

 とまれ、インテリを農村送りにしちまえって理屈は、一歩間違えると国を滅ぼしかねない。エンジニアは現場に行くべしって意味なら間違っちゃいないし、事実この本に出てくるインドの現状は奇想天外な事ばかりなので、確かに現場を知るのは大事だと思うんだが、大躍進やキリング・フィールドを見る限り、上手く運用するのは難しい。

 下巻では彼の最大の戦術、断食が魔術的な効果を発揮する。ただし、この戦術も万能ではなく…

厳しい肉体的、精神的基準に従って行なわなければならないという。断食は誰でもかまわず相手にして行なってよいというものではなく、「愛情を期待できる相手に対して」のみ行なうべき

 と、ある。とすると、断食は、相手に対して非難するだけではなく、「あなたには人間的な感情がある」と認めるメッセージも含んでいるわけだ。

【独立の日】

 インドとパキスタンの独立は、1947年8月15日となっている。これに関わるエピソードが、マウントバッテンの性格とインド・パキスタンの民族性の双方を見事に象徴している。

 これがどう決まったかと言うと。なんと、記者会見で問い詰められたマウントバッテンが、アドリブで決めたのだ。その前に、総督としての全権を首相クレメント・アトリからもぎ取り、本国への相談なしで独断専行する権限を持っていたとはいえ、無茶苦茶な話である。ちなみになぜ8月15日かというと、日本が降伏した日だから。ぐぬぬ。

 これが大きな騒動を巻き起こすのだが、その理由が実にインド的。

 星占いによると、1947年8月15日は最悪の凶日と出たのだ。そりゃもう大騒ぎになったんだが、幸運な偶然もあった。その前日、8月14日は最高の吉日になる。そこで一計を案じ、インド・パキスタンの独立は8月14日午後12時って事になったそうな。

【分割の悲劇】

 なぜ国家分割が困るのか。それを端的に示すのは、パンジャブとベンガルだろう。

 パンジャブは現インド北西部とパキスタン北東部にまたがり、シーク教が盛んで豊かな土地だ。プロレスラーのタイガー・ジェット・シンが被っている独特のターバンが、シークの証し。当時からパンジャブは緻密な水路・道路網が発達し、多くの小麦が実る豊かな穀倉地帯だった。

 ところが、分割によりバッサリと二つの国に分けられてしまう。お陰で実りをもたらす水路網も、流通を促す道路網もズタズタになってしまう。それでも両国家が友好的な関係を保っていればなんとかなったかもしれないが、カシミールの帰属を巡って戦争になった事で、その望みも絶たれてしまった。

 ベンガルはもっとわかりやすい。こちらは現インド東南部と、現バングラデシュ(東パキスタン)だ。バングラデシュって国名からして「ベンガル人の国」なわけで、地域としての一体感が強く、今でもインドのベンガル地方には独立の気運が残っている。だいたい言語からしてベンガル語だし。

 ベンガルの悲劇は、ジュート(→Wikipedia)が象徴している。現バングラデシュ側は、世界最大のジュート生産地域で、現インド側はジュートの加工工場が発達していた。同じ国内であれば、ジュートの生産・加工がベンガルで完結し、豊かになれたかもしれない。

 これも両国関係次第だったんだが、最近はインド・バングラデシュ間で飛び地の交換が推進されるなど、両国間は相当に改善している模様で、最貧国のバングラデシュも発展の芽が出るのかも。

 そのパンジャブは、下巻で血の海に変わるのに対し、ベンガル(カルカッタ)は緊張感を漂わせながらも平穏を保つ。ここでのガンディーの活躍は、まさしく東洋の神秘そのものだ。痩せさらばえた老人が、己の身ひとつで何を成し遂げ、ヨーロッパの栄光を体現するマウントバッテンが彼をどう評したか。この作品屈指の読みどころ。

【ヒンディー・ナショナリズム】

 最近になって、インドは存在感が増している。経済発展もあるし、強引な軍備強化を進める中国を牽制する意味もある。はいいが、強姦の多発や宗教的な因習など、困ったニュースも多く入るようになった。

 インドじゃヒンディーが盛んだが、これとテロはちと連想しにくい。にも拘らず、この本ではヒンディー・ムスリム・シークが壮絶な殺し合いを繰り広げる。シークはパンジャブにルーツがあるので、なんとなく分かる気がするんだが、ヒンディーとナショナリズムの関係はよくわからなかった。が、これも、ちゃんと歴史的な経緯があるのがわかった。

 本拠地はデカン高原のプーナ(→Wikipedia)。300年ほど前、ここに一人の英雄が誕生した。ムガージー。ムスリムのムガル朝アウランジーブ帝に対し、ムガージーは粘り強くゲリラ戦で抵抗したのだ。彼の後も、プーナの民はイギリスの支配に対し抗い続ける。

 この歴史が、やがてインド全土に広がるヒンディー・ナショナリズムへと変質していく。伝説の英雄の存在ってのも、罪なもんだなあ。

【おわりに】

 これだけの大作なので、紹介したいエピソードはキリがない。なんとか最後にひとつだけ、老ボータ・シンの物語を次の記事で紹介したい。

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2016年1月 6日 (水)

ドミニク・ラピエール&ラリー・コリンズ「今夜、自由を 上・下」ハヤカワ文庫NF 杉辺利英訳 1

ビルマ子爵ルイス・フランシス・ヴィクター・ニコラス・マウントバッテン
「インド独立の公式声明は1947年8月15日に行なわれるであろう」
  ――8 「星に呪われた日」

モハンメッド・アリ・ジンナー
「私は生きてパキスタンを見るとは思っていなかったのだよ」
  ――10 「友よ、しばしの別れに過ぎないのだ」

【どんな本?】

 1947年。第二次世界大戦の傷跡がまだ残るイギリスは、もう一つの大きな問題を抱えていた。大英帝国の栄光の象徴であり、当時の人類の1/5、四億人を擁する亜大陸インドを手放すべき時が来たのだ。情勢は悪化する一歩間違えば大虐殺になりかねない。せめて名誉ある撤退を望むイギリスは、この難事業に相応しい人物を見つけた。

 ビルマ子爵ルイス・フランシス・ヴィクター・ニコラス・マウントバッテン(→Wkipedia)。ヴィクトリア女王の曾孫であり、第二次世界大戦では南東アジア連合軍最高司令官を勤めた。常に前向きで自信にあふれ、迅速に果断な決断を下す彼以外に、この難事を乗り切れる者はいない。

 だが、そのインドは無数の問題を抱え、様々な矛盾に満ちた地だった。

 今までインド独立を主導し、民衆から絶大な信頼を集めるモハンダス・カラムチャンド・ガンディー(→Wikipedia)は、統一インドを切望する。対してモハンメッド・アリ・ジンナー(→Wikipedia)は、パキスタンの独立を主張して譲らない。ジャワハルラル・ネルー(→Wikipedia)は国民会議派を率い、パキスタン分離を認める可能性もあったが、その国民会議派はガンディーの信奉者が集まっていた。何より、ネルー自身がガンディーの弟子である。

 四億の人口のうち、約三億はヒンディー、一億はムスリム、加えて数千万のシーク教徒がいて、あらゆる町や村に混在して住んでいる。今まで共存してきた者たちも、分割となれば互いが殺し合うだろう。だがジンナーは主張する。統一インドは三億のヒンディーが牛耳り、一億のムスリムの声は掻き消えてしまう、と。

 そればかりではない。カシミールやパンジャブやベンガルは人も社会も地域としての結びつきが強く、更なる独立を求めかねない。そして、500を超える藩王国も独立を求め始めたら、インドは無数の小国家群と成り果て、戦乱と貧困しか残らないだろう。

 インド・パキスタン独立に関わった権力者たちの動き、支配者として君臨したイギリス人たちの生活、伝説となるに相応しい藩王の振る舞い、宗教に強く影響されたインド人たちの暮らし、そしてカルカッタ・ボンベイ(ムンバイ)・シムラ・ラホール・カラチなどインド・パキスタンの名所の様子。

 あらゆる矛盾を抱えつつも独立を果たし、やがては20世紀後半を揺るがす最大勢力となった第三世界の代表となったインドとパキスタンの独立を、「パリは燃えているか?」「おおエルサレム!」で成功を収めたジャーナリスト・コンビのラピエール&コリンズが、綿密な取材に裏打ちされた豊かなエピソードで綴る、重量級のドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Cette Nuit La Liberté, récit par Dominique Lapierre et Larry Collins, 1975。日本語版は1981年12月15日発行。文庫本縦一段組みで上下巻、本文約332頁+343頁=約675頁に加え、訳者あとがき6頁。8ポイント43字×20行×(332頁+343頁)=約580,500字、400字詰め原稿用紙で約1452枚。文庫本なら三冊でもいいぐらいの大容量。

 残念ながら、今は絶版となって入手が難しい。古本屋で探すか、図書館で借りよう。

 文章は比較的にこなれている。読みこなすのに、特に前提知識は要らない。「インドとパキスタンとバングラデシュは昔イギリスの植民地で、バングラデシュはかつて東パキスタンといった」ぐらいで充分。また、インド・パキスタン・バングラデシュに興味があったり、実際に訪れた経験があると、更に楽しめる。

【構成は?】

 基本的に時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

  •  上巻
  • 日本語版によせて
  • プロローグ
  • 1 最後の浪漫的帝国
  • 2 四億人の神懸り
  • 3 自由への道
  • 4 礼砲31発の轟く総督就任式
  • 5 「炎がわれわれを浄化するであろう」
  • 6 「この傷口からインドの最上の地が流れ出てしまうだろう」
  • 7 象とロールスロイスとマハラージャ
  • 8 「星に呪われた日」
  • 9 史上最大の分割
  • 10 「友よ、しばしの別れに過ぎないのだ」
  •  下巻
  • 11 「今夜、12時の鐘が鳴り、人びとが深く眠っているとき……」
  • 12 「この夜明けにいきてあることのなんと美しいことか」
  • 13 「わが国民は発狂した」
  • 14 「人類の悲しくも甘美な音楽」
  • 15 カシミールよ、わが胸に刻まれたる汝が名
  • 16 “火によって浄められた”二人のブラーマン
  • 17 「ガンディーを死なせておけ!」
  • 18 ビルラ・ハウスの爆弾
  • 19 「警察に捕まらないうちにガンディーを殺さねばならない」
  • 20 「第二の磔刑」
  • エピローグ
  •  年表/登場人物のその後
  •  訳者あとがき

【感想は?】

 なんといっても、インドで強烈なのは「匂い」だ。

 寺院に渦巻く線香の香り。カレーのスパイスの強烈な香り。花束のやさしげな香り。人々の体臭と、それを押し隠す香水の匂い。そして、高温多湿の気候でたちまち腐ってゆくゴミやクズの匂い。

 これらは、夏のインドを訪ねた経験のある人ならお馴染みだ。そういう人は、クラクラするような匂いの渦を再体験できる。したいかどうかは人によるけど。

 「パリは燃えているか?」ではパリ司令官フォン・コルティッツに多くの情報を負っていたように、この作品ではルイス・マウントバッテンの視点が最も多くの記述を占める。

 イギリス最後のインド提督であり、インド独立をイギリスの側から担当した人だ。社交的な人らしく、インタビューにも快く応じ、多くの資料を提供したんだろう。そのためか、彼は徹底して有能かつ果断なリーダーとして描かれている。ヨーロッパの王族によくあるように、イギリスばかりでなくロシアなど多数の王家の血をひくサラブレッドだ。

 マウントバッテンと並ぶ存在感を放つのは、もちろんモハンダス・カラムチャンド・ガンディー、あのマハトマだ。

 この二人は実に対照的だ。働き盛りで勢力溢れるマウントバッテン、老いて弱々しいガンディー。大量の勲章を下げた軍服を着こなすマウントバッテン、誰の前にも腰布一枚で現れるガンディー。常に自信にあふれるマウントバッテン、事あるごとに悩み嘆くガンディー。軍人らしく現実的な解を求めるマウントバッテン、あくまで慈愛を信じるガンディー。

 それは同時に、斜陽とはいえかつては世界を支配した大英帝国を、頂点から見晴らし見下ろし続けたマウントバッテンと、イギリスに支配されたインドの混沌と矛盾の中で、更に底辺で喘ぐ不可触賎民たちと起居を共にするガンディーという、世界そのものの両端を表すものでもある。

 この強烈な個性を放つ両者のワリを食っちゃったのが、ジャワハルラル・ネルー。この本ではマウントバッテンの片腕的な役割りに甘んじる羽目になっているが、読む進めると彼の苦悩は否応なしに伝わってくると思う。とにかく、インドってのは大変な国だし、この物語は、その中でも最も大変な時期を描いたお話なのだから。

 この三人に対し、悪役扱いなのがモハンメッド・アリ・ジンナー。パキスタン建国の父である。イギリスに留学し、完全にジェントルマンに成りきった知識人で、当然ながらウィスキーもよく嗜む反面、ラマダンの日程も知らなかったりする。ムスリムの守護者として頑強に戦いながら、自らは洗練されたヨーロッパの教養人そのものだった人。

 この本では、インド分割もジンナーの強硬な姿勢によるもの、として描いている(日本語版 Wikipedia のジンナーの項には異なった解釈があるので見ておこう)。とまれ単なる悪役ではなく、パキスタン建国のためあらゆる犠牲を払い、自らの全てをその意思に捧げた人物だと読者が理解するのは、彼の最後を描く場面だろう。

 ただでさえ暑いインドが更に酷暑に喘ぐ季節を舞台にしながら、彼が登場すると一気に冷気に包まれる、強烈なキャラクターだ。

 読み所は盛りだくさんなので、その紹介は次の記事で。

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2016年1月 4日 (月)

ギレルモ・デル・トロ&チャック・ホーガン「ザ・ストレイン」早川書房 大森望訳

「サルデューが来るよ、ズサッ・ズサッ・ズサッ」

【どんな本?】

 パシフィック・リムで大ヒットをカッ飛ばした映画監督ギレルモ・デル・トロが、作家チャック・ホーガンと組んで発表した、ホラー・サスペンス・アクション三部作の開幕編で、既にTVドラマ化されている。

 2010年9月24日。ベルリンから飛来し、ニューヨークJFK空港に定刻どおり無事に着陸したボーイング777旅客機が、何の前兆もなく誘導路上で連絡を絶つ。機内を捜索した結果、乗員・乗客すべてが着席したまま亡くなっている。これが、大きな災厄の始まりだった。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Strain, by Guillermo Del Toro & Chuck Hogan, 2009。日本語版は2009年9月15日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約556頁。9ポイント45字×20行×556頁=約500,400字、400字詰め原稿用紙で約1251枚。文庫本なら厚めの上下巻の分量。なお、今はハヤカワ文庫NVから「沈黙のエクリプス ストレイン」とタイトルを変え文庫本上下巻で出ている。

文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。肝心の災厄の正体なんだが、これは皆さんお馴染みのナニを捻ったシロモノで、特に科学とかSFとかに詳しくなくても全く問題ないです、はい。

 それと、気が小さい人は、夜に後半を読まない方がいい。いやほんと、怖くて朝日が待ち遠しかった。

【どんな話?】

 2010年9月24日、ベルリン発のボーイング777旅客機がニューヨークJFK空港に着陸後、連絡を絶つ。着陸までの無線交信では何の異常もない。近づいて調べると、全ての窓にブラインドが降りている。乗客・乗員合わせ200名以上いるのに、携帯電話の発信もない。

 ニューヨーク港湾管理委員会・運輸保安局・国家運輸安全委員会・国土安全保障局そしてCDC(疫病対策センター)などが総出で現場に駆けつけ、爆弾テロや伝染病発生など考えられる限りの可能性を考慮して調査に当たったチームが発見したのは、思いも寄らぬ事態だった。

 全ての乗員乗客が、座席に座ったまま、こと切れている。

【感想は?】

 前半は災厄の謎を巡るミステリ、後半は広がる災厄を押さえ込もうと即席チームが奮闘するスリラー。

 なんたって、ギレルモ・デル・トロだ。あの「ヘルボーイ」「パシフィック・リム」の。しかも、冒頭はポーランドのお婆ちゃんが語る昔話で始まる。という事で、災厄の正体も、そういう仕掛けだと見当がつくだろう。

 という事で、前半は、現実的に考える専門家たちが、災厄の正体に迫ろうと科学的に分析を進めながら、常識外れの現象に翻弄される姿を描いてゆく。ここでの主人公はCDCのチームを率いる、イーフリアム・グッドウェザー。元妻との離婚調停を抱え、愛する息子の親権を巡り悩むお父さん。

 「パシフィック・リム」なんか作る人だから、日常の描写はいい加減だろうと思っていたが、とんでもない。実際のアメリカの危機対応体制がどうかは知らないが、「いかりもありそう」と読者に感じさせる意味でのリアリティは充分。

 ボーイング777型機の構造はどうなっていて、緊急時にはどこからどうやって突入するのか。原因不明の航空機事故では、どんなチームがどんな順番で現場を確認するのか。CDC対策チームが機内に入る際は、どんな準備をするのか。遺体はどこに運ばれ、どんな検査を受けるのか。

 事件発生時から遺体の検査まで、意外なくらいに作り物臭さがなく、刑事物のサスペンス・ドラマのような緊張感を漂わせる。が、そこに、もう一人の主人公エイブラハム・セトラキアンのパートや、理屈に合わない物証などから、どうにも噛み合わない違和感が染みこんでくる。

 この違和感は中盤から後半に向かい次第に存在感を増し、最悪の事態を読者に予測させ…

 リアリティという点で中盤から後半にかけ大きく貢献しているのが、即席チームの最後のメンバーであるヴァシーリ・フェット。職業は有害動物駆除業者…と書くと大変そうだが、つまりはネズミ駆除業者だ。

 ネズミ駆除と言っても、なんたってプロである。素人がネズミ捕りを置くのとはワケが違う。ネズミの性癖を知り尽くし、ネズミが出る場所を見れば、そこでネズミがどう行動するか、どこにネズミが潜んでいるか、どこから侵入するか、そしてどこに逃げるかまで、たちどころに見抜いてしまう。

 彼のウンチクが実に長年の経験を積んだプロらしく、妙な重みがあるのがいい。こういう、一つの問題に長く取り組んだ専門家ってキャラに、私はやたらと惹かれてしまう。だって、カッコいいじゃないか、こいういうオジサンって。

 疫病体策のエキスパートであるイーフリアム・グッドウェザーや、ネズミ駆除のプロのヴァシーリ・フェットなど、現実的で現代的な事柄の専門家と組む、もう一人がエイブラハム・セトラキアン。ポーランドからの移民で、質屋を営むユダヤ人の爺さん。怪しげな骨董に囲まれ暮す彼の正体は…

 などの謎ときで読者を引っ張る前半に対し、後半は即席チームの絶望的な戦いへと突入してゆく。

 もうね。災厄の正体は少しづつほのめかされるんだけど、だいたいの見当がついた時には、状況は絶望的になっているから辛い。「うわあ、もう手遅れじゃん」と読者も希望を失った頃に示される、たった一つの小さな希望。

 この絶望的な状況の描写が、アメリカ人の好きそうなアレを連想させ、「ああ、この場面を映像にしたらウケるだろうなあ」などと感心してしまう。最も強く印象に残っているのは、タクシーが危機に陥る場面だなあ。お約束っぽい展開ではあるけれど、やっぱりアメリカのタクシーはこうでなくちゃ。

 そんなこんなで、緊張感が漂う前半に対し、後半は動きの激しい場面が多くなり、意外な新兵器も登場して、読者をぐいぐいと引っ張ってゆく。

 遊び好きなギレルモ・デル・トロらしく、P・K・ディックの作品から取ったエルドリッジ・パーマーなんて名前や、ハイチ出身のご婦人も出てきて、好き者ならニンマリする場面もアチコチにある。終盤は怖くてビビりながらも、なかなか本から目が離せない板ばさみに悩まされた。

 細部に拘った描写、ホラー・マニア向けのサービス・シーン、B級作品のお約束、そして二重三重に主人公たちを苦しめ抜く凝った設定。忙しい映画監督が書いたにしては意外なぐらいによく練りこまれた、上質のエンタテイメント・ホラー作品だ。

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2016年1月 3日 (日)

マーティン・ガードナー「新版 自然界における左と右」紀伊國屋書店 坪井忠二・藤井昭彦・小島弘訳

鏡が、ものの左右を逆にするだけで、上下は逆にしないのはなぜだろうか。
  ――1 いろいろな鏡

物理学者のフリーマン・ダイソンは、胚種広布説にはあまり感銘を受けてはいないが、地球の大洋に発生した生命は二つの起源を持っている、という説を提唱した。核酸の分子はタンパク分子とは別個に発達し、後にいっしょになって最初の生命ができたのだ、というのである。
  ――15 生命の起源

「ファインマン」とウィーラがいった。「なぜ電子がすべて同じ電荷と同じ質量をもっているかがわかったよ。」
「なぜです」とファインマンがきいた。
「それは電子はすべて同じ一つの電子なんだ。」
  ――31 時間反転下の人と粒子

フィジカル・レビュー誌に投稿されたきちがい論文の大部分は採用されないが、それは理解不可能ではなくて可能だからである。理解不可能な論文はふつう掲載される。大改新が現れるときは、ほぼ確実に、整理がつかず不完全で混乱した形で出てくる。
  ――34 スーパーストリング

【どんな本?】

 数学・科学系のライターとして定評のある著者が、「なぜ鏡は左右を反転するのに上下は反転しないのか?」という疑問をきっかけにして、右利きと左利き.右回りと左回り,動植物の対称性,結晶の形,分子のカイラリティなどの不思議な左右非対称を探りながら、現代物理学の最先端スーパーストリング理論にまで読者を導く、一般向けの科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The New Ambidextrous Universe, by Martin Gardner, 1964, 1979, 1990。日本語版は1990年の改訂第三版を元にしたもので、1992年5月22日第1刷発行。私が読んだのは1996年4月30日発行の第6刷。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約455頁。9ポイント51字×21行×455頁=約487,305字、400字詰め原稿用紙で約1,219枚。文庫本なら少し厚めの二冊分。

 日本語の文章は比較的にこなれている。実はかなり高度な内容なのだが、中学卒業程度に理科が分かっていればついていける。「フレミングの右手の法則」について、「なんか名前を聞いたことあるなあ、電気と磁気だっけ?」程度にわかれば充分。

 それと、できれば手鏡を二つ用意するといい。

【構成は?】

 前の章を受けて次の章が展開する構成なので、できるだけ頭から読もう。

  •  第三版へのまえがき
  •  第二版へのまえがき
  •  第一版へのまえがき
  • 1 いろいろな鏡
  • 2 直線の世界、平面の世界
  • 3 立体の世界
  • 4 手品
  • 5 絵画、音楽、詩、数字
  • 6 銀河系、恒星、惑星
  • 7 植物と動物
  • 8 動物における非対称
  • 9 人のからだ
  • 10 少数派の左利き
  • 11 結晶
  • 12 いろいろな分子
  • 13 炭素
  • 14 生きている分子
  • 15 生命の起源
  • 16 非対称性の起源
  • 17 第四次元
  • 18 オズマの問題
  • 19 マッハのショック
  • 20 パリティ
  • 21 反粒子
  • 22 パリティの破れ
  • 23 ニュートリノ
  • 24 スプリット君
  • 25 時間不変性の破れ
  • 26 反物質
  • 27 単極子
  • 28 時間の矢
  • 29 エントロピー
  • 30 時間の反転した世界
  • 31 時間反転下の人と粒子
  • 32 初期の物質の理論
  • 33 スピン
  • 34 スーパーストリング
  •  問題の解答
  •  旧版への訳者あとがき
  •  新版への訳者あとがき
  •  文献案内/事項索引/人名索引

【感想は?】

 一見、身近なネタを扱った本のフリをして、最新の物理学へと読者を招待する、侮れない本。

 本の形がハードカバーの単行本なので、ザッと見た時は敷居が高そうに思えるが、意外と語り口は柔らかいし、取り扱う内容も難しくない…ように感じる。つまり、実際に読むと、思ったよりとっつきやすい。

 途中に出てくる話題も、ちょっとした手品を教えてくれたり、笑えるイタズラのエピソードを挟んだり、アサガオ等のつる植物の巻き方だったりと、身近な話やユーモラスなネタを挟みつつ、ちょっとした練習問題で「あれ?意外とオレ、わかってるじゃん」と読者に自信をつけさせたりと、多くの工夫をこらして読者をひっぱってゆく。

 そこで調子に乗り頁をめくってゆくと、大変な所に連れて行かれてしまう。気がつけば物理学の最先端の話題であり難しい事でも定評のある、あのスーパーストリング理論(→Wikipedia)になっているのだ。それでも、なんか分かったような気にさせられてしまうから、この本は凄い。

 初版は1964年と、半世紀も前だ。科学の本でそれだけ古ければ、相当の部分が時代遅れになる。にも関わらず、スーパーストリング理論なんて最新の話題を扱っているのは、改版する際に書き足したため。それも、ロジャー・ペンローズなどの大物物理学者に校正を頼んでいるから、信頼性は充分だろう。

 話は「なぜ鏡は左右で逆転するのか?」に始まり、右巻き・左巻きの話を介し、ちょっとSFな「オズマの問題」へと向かう。他の恒星系に住む知的生物と、ファースト・コンタクトする話だ。向うに電波を送る際、どんな情報をどう符号化して送ればいい? 

 まずは、こっちが知的生物である由を伝えるために、「簡単な一連の数字」を送ろう。ここから始めれば、たぶん画像も送れるだろう。まずは黒&白の二値のビットマップ画像でもいい。が、画像を送ろうとすると、途端に問題が起きる。

 個々のピクセルは、右から左に並べるべきか、左から右に並べるべきか? 上と下は、難しくない。下は「惑星の中心に向かう方向」だから、向うも惑星上に住んでいるなら、伝える術はある。だが、右と左は、どうやって伝えよう?

 実は、あるのだ。だが、それは物理学に疎い者には思いも寄らぬ方法であり、また多くの物理学者を悩ませる問題の始まりにもなった。これが判ったのは1950年代後半なのだが、以降、物理学は大きな曲がり角を迎える。「どうやら宇宙は左右対称じゃないらしい」からだ。

 この後、本書は宇宙の構造の話に入り、最新物理学の世界へと読者を導いてゆく。が、少し戻ろう。その前の右と左の話でも、面白いネタが満載だからだ。例えば、動物の目の話。これがなんと…

眼には少なくとも三とおりの、全く別な発達のしかたがある。脊椎動物の眼、昆虫の眼、いろいろな軟体動物の眼、これらは互いには関係なく別個に発達したのである。

 なんて書いてある。まぶた・角膜・虹彩・水晶体・網膜などのはニトもタコも共通のパーツを持ち、それぞれが同じ役割りを果たしていて、しかも左右一対という大きな構成も同じだ。にも関わらず、それが独自に進化したというから驚き。とすると、SFでエイリアンを考える時も、目玉は二つでいいらしい。

 カイラリティ(キラリティ、→Wikipedia)の項では、ダイエットに悩む者に嬉しいネタが。炭素を含む分子は、左右対称でない分子が多い。ここでは右むき・左むきと呼んでいる。生物が絡まず生成した分子は、右向きと左向きが、だいたい同じぐらい混ざっている。が、生物が消化し生成する分子は、その多くが右向きだけ・左向きだけに偏る。

 分子の向きが違うと、消化できないのだ。ところで、普通の砂糖の分子は、右向きになっている。ヒトの体は右向きの砂糖しか消化できない。1981年にバイオスフェリックス社の創業社長ギルバート・レヴィンが、左むきの砂糖の「製造工程の特許を取り、食品薬品局の許可が得られ」た。これの何が嬉しいか、というと。

 この砂糖、ちゃんと甘い。「普通の砂糖とまったく同じ味」だそうだ。にも関わらず…

代謝過程では消化されないので、太らず、糖尿病にも影響せず、また、微生物も食べることができないのでいつまでも新鮮であり、さらに、同様の理由から虫歯の原因にもならない。

 グレート! ただし、問題はお値段で、この本によると「製造コストが抑えられれば販売を開始する」とあるが、あまり話題になっていない所を見ると、安いもんじゃないらしい。なんとかならんのか。

 著者の本職が著作業のためか、多くの文学の話題が出てくるのも特徴だろう。内容が内容だけにA.C.クラークやベン・ボーヴァなどSF小説が多いが、ウラジミール・ナボコフやF・スコット・フィッツジェラルドも出てくるのが意外。当然、SF者には有名なフレッド・ホイルはアチコチで大暴れする。本業の物理学じゃお騒がせな人だったんだなあ。

 などと考えると、この本はSF者にこそお勧めの本なのかも。他にも目次を見れば分かるように、反物質や単極子(モノポール、→Wikipedia)など、美味しそうな言葉がゾロゾロと出てくるし。私もSFが好きなのに、なぜモノポールが嬉しいのか分からなかったが、これを読んで分かった…ような気になった。

 あくまでも普通の人向けに、トランプの手品や鏡文字などの身近な話題を使って親しみやすく、かつわかりやすい説明で読者を引っ張りながら、量子力学や宇宙論の最近の成果まで一気に駆け抜ける、科学啓蒙書のお手本みたいな本。見た目は迫力あるが、読み始めると意外ととっつきやすい。宇宙論に興味はあるが、数式は苦手な人に是非お薦め。

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