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2016年1月12日 (火)

トニ・モリスン「ソロモンの歌」ハヤカワepi文庫 金田眞澄訳

 メイコンはフレディが愚か者で嘘つきではあるが、しかし信頼のできる嘘つきであることを知っていた。フレディの言うことはいつも事実については正しく、その事実を生み出した動機については間違っていた。

「お前以外はみんな間違った方向に進んでいる、とでもいうみたいじゃないか、え?」

名前には意味がある。

【どんな本?】

 1993年にノーベル文学賞を受賞したトニ・モリスンの第三長編。全米批評家協会賞・アメリカ芸術院賞受賞作。

 1931年、合衆国北部のミシガン州に生まれた黒人のミルクマンを主人公に、成金不動産屋の父親メイコン・デッド,精気のない母親ルース,父の妹で密造酒作りのパイロットなど血族のしがらみや、悪友のギター,告げ口屋のフレディ,借家人のポーターなど町の者たちの奇行で彩りながら、人々の生き様を描いてゆく長編小説。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Song of Solomon, b Toni Morrison, 1977。日本語版は1994年9月に早川書房より刊行。私が読んだのは2009年7月15日発行のハヤカワepi文庫版。文庫本で縦一段組み、本文約625頁に加え、訳者あとがき6頁。9ポイント40字×17行×625頁=約425,000字、400字詰め原稿用紙で約1,063枚。上下巻に分けてもいいぐらいの分量。

 文章は少々クセがあり、慣れるまではとっつきにくい。地の文は翻訳文らしくクールな文体なのに対し、会話文はエディ・マーフィー風にリズミカルで無駄口が多く、そのコントラストが唐突すぎて戸惑ってしまう。もしかしたら、地の文も英語ではリズミカルでくだけた感じなのかも。

【どんな話?】

 1931年2月18日の水曜日、保険集金人のロバート・スミスが小丸屋根から飛び降りた日の翌日、ミルクマンは生まれた。合衆国北部、ミシガン州 の町マーシーで、初めて病院で生まれた黒人の子だ。父親はメイコン・デッド、不動産業を営む、ちょっとした資産家。母親はルース、市でただ一人の黒人医師 の娘だ。

 ロクに料理もできない妻ルースに、怒鳴り散らすメイコン。冷たい家庭で育ったミルクマンだが、父の妹で密造酒を売って暮すパイ ロットの家にはすぐ馴染んだ。特にパイロットの孫娘で、五つ年上のヘイガーには心を奪われる。親友のギターとツルみながら、ミルクマンはマーシーで暮らす が、やがて周囲の人々の生き様を知り…

【感想は?】

 読み始めた時は、奇人変人大集合かと思った。実際、終盤近くまで、そんな感じなのだ。

 冒頭からして、「自分の翼で飛び立ちます」と予告し、そのとおりにキューポラから飛び立って死んだ男ロバート・スミスのエピソードで始まる。「変な奴だな」と思っていたら、次々と変な奴が出てくる。

 主人公はミルクマン。本名はメイコン・デッド三世だ。ミルクマンは渾名なんだが、この由来も酷い。年は明示していないが、たぶん4~5歳ぐらいまで、母親のルースがミルクマンに乳を飲ませていた。これ自体が既に奇行だが、これを見かけたおしゃべり屋のフレディがご親切にも近所に触れ回り、ミルクマンの渾名が定着してしまう。

 こういうロクでもない噂をアチコチに吹聴する人ってのは確かにいるもんなんだが、フレディのウザさは格別だ。と同時に、この町の濃厚なご近所付き合いも、冒頭の数頁からねっとりと伝わってくる。

 1931年だから、当然インターネットなんかない。情報は人づてに伝わるだけ。にも関わらず、通りの名が「ノット・ドクター・ストリート」として有名になるエピソードも、当時の黒人が置かれていた立場が判ると同時に、彼らが持っていた情報ネットワークの緻密さと広さを想像させる。

 この「人づてに伝わる情報ネットワーク」の凄さは、物語の終盤になると大きな存在感を持って蘇ってくるのだが、それは追って。

 人々の名前も奇妙だ。主人公のファミリー・ネームからして、デッドである。グレイトフル・デッドのファンには少し嬉しい名だが、1931年じゃそんなバンドはない。叔母のパイロットも不思議だ。いずれもちゃんと由来はあるんだが、なんとも間抜けというか酷いというか。

 こういった、名前にまつわる過去の話が、この物語にはアチコチに出ていて、これもまた終盤の伏線なんだろうなあ。

 ただ、肝心の主人公のミルクマンが、ちと感情移入しにくい。なんたってモテるし←をい。確かに冷たい家庭だが、ソレナリに豊かな環境で育ったためか、若いわりにガツガツした所がなく、かといって醒めているわけでもない。セイシュンっぽいモヤモヤは抱えているけど、それで愚行に走るっほどでもない。なんか中途半端なんだよなあ。

 対して大きな存在感を放つのが、叔母のパイロット。娘のリーバ・孫娘のヘイガーと狭い家に住み、密造酒を売って暮している。兄のメイコンとは仲が悪いが、娘・孫娘とは上手くやっている。大柄でリーダーシップに溢れ、学はないが見聞は広く、逞しい生活力のある女性。

 最初から妙に魔女みたいな不思議な力を持っていそうな雰囲気の人なんだが、やがて明らかになる彼女の経歴は、いかにもこの人に相応しい壮大なもの。

 などと始まりの方では単なる奇人変人ばかりだった登場人物たちが、中盤以降では意外な素顔を見せ始め、そのあたりから物語は次第に面白くなってくる。このあたり、ほぼミルクマンの視点で描かれるので、たぶんミルクマンが描く人物像をそのまま読者に提示しているのかも。

 つまり、それまで周囲の人々を「あの人はそういう人」と考え、それで分かったつもりになっていたミルクマンが、彼らの中にも物語があると気づき始める、そういう事なのかも。これがハッキリわかるのは、姉のマグダリーンがコリンシアンズの件で爆発する下り。でも男って、そういうモンなんだよなあ。

 やがて終盤に入ると、物語はミステリの様相を示してくる。それまで饒舌に語られた数々の奇妙なエピソードが、幾つかのトリガーを介し次々と繋がり、アメリカの歴史の中で逞しく生きてきた者たちの伝説へと広がってゆく。ここで改めて冒頭のスミス氏のエピソードを読み返すと、実はアチコチに山ほどの伏線が張り巡らしてあるのに気がついた。

 長い物語だし、エピソードは盛りだくさん。しかもそれらが終盤の重要な伏線になっているので、できれば一気に読む方がいいだろう。数々の奇行の謎がスルスルと解けていく中盤以降はちょっとした快感。充分な時間をとって、ひと息に読みとおしたい本だ。

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