ローレンス・レッシグ「CODE Version 2.0」翔泳社 山形浩生訳 1
本書は無政府状態のサイバー空間からコントロールのサイバー空間への変化について語る。サイバー空間がたどりつつある道をたどると――これは第一部で説明する発展だ――サイバー空間に存在していた「自由」のほとんどは、将来は取り除かれることがわかる。
――第一章 コードは法である憲法起草者たちが与えてくれた保護は、起草者たちが想像もしなかったような世界にどのように適用されるべきだろうか。
――第二章 サイバー空間からのパズル四つ
【どんな本?】
元々は自由だったコンピュータとインターネットの世界は、同時に無政府状態でもあった…良くも悪くも。
リーナス・トーバルズはオペレーティング・システム LINUX を開発し、現在のスマートフォン向けOSである Android の基礎を作った。ティム・バーナーズ=リーは World Wide Web を生み出し、やがて Amazon や Google などの土台となる。更に辿ればケン・トンプソンやデニス・リッチーによるc言語や unix に…とか言い出すとキリがない。
だが、困った事もある。
年に何度かはコンピュータ・ウイルスが騒ぎになる。迷惑メールは毎日やってくるし、無修正ポルノもその気になれば幾らでも手に入る。2ちゃんねるではデマと罵倒が飛び交い、Twitter では犯罪を自慢する馬鹿が続出し、LINE によるいじめも後を絶たず、個人情報の流出も珍しくなくなり、テロリストは Youtube で首切り動画を自慢して仲間を募る。
どうにかならんのか。首相、出てこい。なんとかしろ。
と言いたいところだが、ちょっと待て。本当に、それでいいのか。今、私たちは、2ちゃんねるじゃ安心して首相の悪口が言えるし、日本のメディアが伝えないシリア内戦の模様も、BBC やアルジャジーラで把握できる。ニコニコ動画には面白いMADが溢れ、ニュース等で話題になった場面は見逃しても Youtube で確認できる。だが、中国では?
いや中国は極端だろ、と思うかもしれない。では、こういう話はどうだろう。東洋経済ONLINE のニュースだ。曰く「4K番組は録画禁止という驚愕のシナリオ」。
かつてストリーミングはリアルタイムが基本だった。Youtube のような動画サービスができて、いつでもどこでも動画を楽しめるようになった。そこにネクタイ族がやってきて政府を動かし、著作権が煩く言われるようになってきた。著作権では、ミッキーマウス法(→Youtube)なんて陰口もある。
インターネットは自由だ、なんて言っていられたのは、もう昔の話だ。既に法と規制の網がインターネットを絡み取り始めている。Winny 事件(→Wikipedia)をご存知だろうか? どころか、最近じゃ事はインターネットだけの話じゃ済まなくなってきている。政府と市民の力関係が大きく変わってしまったのだ。
なぜ、こうなったのか。こうなる原動力は、何なのか。インターネットなどの新しい問題に対し、行政府は、議会は、司法は、どう動くのか。これは喜ばしい事なのか。将来はどうなるのか。私たちには何ができ、政府に何を求めればいいのか。コンピュータとインターネットは、今までの技術と何が違うのか。
アメリカの憲法学の教授であり、フリーソフトウェア財団(→Wikipedia)の理事でもある著者が、サイバー空間と政府による規制について、多くの例を挙げながら原理とメカニズムと力学を解説し、また将来の展望を語る、とてもエキサイティングな法律とネットワークの解説書・思想書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は CODE Version 2.0, by Lawrence Lessig, 2006。日本語版は2007年12月19日初犯第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約482頁に加え、訳者あとがき12頁。9ポイント53字×19行×482頁=約485,374字、400字詰め原稿用紙で約1,214枚。文庫本なら厚めの二冊分ぐらい。
文章はこなれていて読みやすい。山形浩生の文章は独特のクセがあり、特にこの本は強くクセが出ている。O'Reilly の翻訳本を読みなれている人には好まれる文体なんだが、合わない人もいるかも。
内要は技術論1/4、法律論3/4といった感じ。いずれも初心者を想定し、丁寧に説明している。私は技術を多少知っているが、法律は素人だが、肝心の法律の部分はとてもわかりやすかった。逆に技術面は、無駄に詳しすぎる部分が多いと思う。イラストを入れるなどの工夫が欲しかったが、それより他の本を読んだり WEB で調べるほうが楽じゃないかな。
全般的に義務教育修了程度でも、充分に理解できるレベル。
ただし、誤字が目立つ。私でも気がつく程度なので、たぶん誤訳ではなく校正もれだろう。
【構成は?】
前の章を受けて後の章が展開する形なので、素直に頭から読もう。訳者あとがきはとても親切で、実に分かりやすく本書の中身をまとめている。反面、大変に危険でもある。なぜ危険か、というと…
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【感想は?】
ヤバい。かなりヤバい。この本の警告は、既に現実になっている。
ばかりか、この本が予告した以上の危険が迫っている。この本では、「サイバー空間」という言葉を使っていた。当時、インターネットはいわゆる「コンピュータ」の世界だったからだ。だが、今はそうじゃない。
私が思い浮かべたのは、酒井法子の失踪事件だ。あれは2009年8月、この本が日本で出てから2年も経っていない。彼女が姿を消してから、マスコミは報じた。「携帯電話も使っていない」。どういう意味か。携帯電話を使えば、居所がわかる、そういう意味だ。
2007年当時だと、インターネットはパソコンの世界だった。サイバー空間は大きなモニタの向うで、現実世界との境目はハッキリしていた。でも今はそうじゃない。携帯電話やスマートフォンと共に、いつだって私達の傍にある。その気になれば、当局はいつでも私達の居所を掴める。かつては中継局から手繰る形だったが、今はGPSで細かく場所がわかる。
これの何がヤバいのか。犯人が捕まりやすくなって治安がよくなる。いい事じゃないか。
そんな簡単な話ではないのだ。民主主義国家では、市民の力と政府の力のバランスがある。一時期は、インターネットが市民の力を増やすと思われていた。だが、現実は違った。警察は、携帯電話で市民の居所を掴める。つまり、政府の力が大きくなっているのだ。マイナンバーと IPv6 の普及は、この動きを更に後押しするだろう。
例えば、イランは中国政府の技術協力を得て、携帯電話網の監視システムを作り上げた。今のイスラム体制を批判する勢力を押さえ込むためだ。当然、中国も共産党政権に逆らう者を捕らえるために同じ技術を使っている。
つまり、いわゆる「政府」と「市民」の力関係が、コンピュータとネットワークの普及により、大きく変わってしまったのだ。それも、政府有利に。
すまない。興奮して突っ走りすぎた。次の記事では、もう少し頭を冷やして内容を紹介したい。
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