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2016年1月14日 (木)

「本当は間違っている心理学の話 50の俗説の正体を暴く」化学同人

ジェームズ・ウッドらは、ロールシャッハ・テストの採点の圧倒的多数が、本質的にパーソナリティ特性と関係していないことを明らかにしました。
  ――神話35 ロールシャッハ・テストでパーソナリティがわかる

世界的に有名な飛行家であるチャールズ・リンドバーグの息子が、1932年に誘拐されたあとには、200人以上がその罪を自白しました。彼ら全員が有罪でないのは明らかです。
  ――神話46 自白する人は実際に罪を犯している

【どんな本?】

 人は脳の10%しか使っていない。右脳を使って柔軟な発想を伸ばそう。子どもにモーツァルトを聞かせると天才になる。老人は愚痴ばかりこぼす。筆跡で性格がわかる。

 誰もが、こういった話を聞いた頃があり、また信じているだろう。だが、その多くは、何の根拠もないデッチアゲか、キチンとした科学的な手順を踏んで証明された説ではないか、または元になった論文の意味を間違って解釈したものだ。

 著者らは、これらを心理学神話または通俗心理学と呼び、それぞれについて検証して化けの皮をはがすと共に、なぜそんな説が生まれたのか・なぜ多くの人が信じたのか・そこにどんな誤解があるのか、そして間違った説がどんな害を引き起こすのかを明らかにしてゆく。

 世の中に流布してる心理学のデマを打ち消すと同時に、我々がデマに踊らされるカラクリを解き明かし、また最近の心理学会や臨床医師の実情を伝える、一般向けの解説書。

 なお、長くなるので記事タイトルでは著者名と翻訳者名を略したので、次に記す。

 著者は四人。スコット・O・リリエンフェルド/スティ-ヴン・ジェイ・リン/ジョン・ラッシオ/バリー・L・バイアースタイン。
 監訳者は三人。八田武志/戸田山和久/唐沢穣。
 訳者は12人。監訳者の三人に加え、岩澤直哉/菅原裕輝/竹下至/竹橋洋毅/豊沢純子/中山健次郎/野寺綾/八田純子/八田武俊。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は 50 Great Myths of Popular Psychology : Shattering Widespread Misconceptions about Human Behavior, by Scott O. Lilienfeld, Steven Jay Lynn, John Ruscio, and Barry L. Beyerstein, 2010。日本語版は2014年3月20日第1刷発行。

 単行本ハードカバー縦一段組みで本文約331頁に訳者あとがき8頁、それに加えて猛烈に美味しい「付録1 検討すべきその他の神話」18頁。9ポイント46字×20行×331頁=約304,520字、400字詰め原稿用紙で約762枚。文庫本なら厚めの一冊分。

 文章は比較的にこなれている。読みこなすのにも、特に前提知識は要らない。国語が得意なら、中学生でも充分に読みこなせる。文中に例としてアメリカの映画やテレビドラマが出てくるので、映画ファンなら更に楽しめるだろう。ただし、人によってはサイコサスペンス物のドラマや小説が楽しめなくなるかも。

【構成は?】

 全般的に各章は独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいいが、序章だけは最初に読もう。軽く味見してから読む・読まないを決めたい人は、巻末の「付録1 検討すべきその他の神話」を流し読みするといい。

  •  はしがき
  • 序章 心理学神話の世界
    通俗心理学産業/自称心理学者たちの心理学/心理科学と常識/なぜ注意しなければならないのか?/心理学神話を生む10の原因 神話退治のための道具/心理学神話の世界 その先にあるもの
  • 第1章 脳が秘めた力 脳と知覚をめぐる神話
    • 神話1 人は脳の10%しか使っていない
    • 神話2 左脳人間と右脳人間がいる
    • 神話3 超感覚(ESP)は科学的に確立された現象だ
    • 神話4 ものが見えるのは、眼から微細な物質が出るからだ
    • 神話5 サブリミナル効果でものを買わせることができる
  • 第2章 人が死ぬまでに経験すること
    • 神話6 モーツァルト効果で子供の知能が向上する
    • 神話7 青年期は心理的に不安定な時期である
    • 神話8 40代から50代前半に中年の危機が訪れる
    •  神話退治 再検討の結末 空の巣症候群
    • 神話9 高齢者は不満が多くなり、心身ともに衰えが増す
    • 神話10 余命を知ると、誰もが同じ心境の変化を経験する
  • 第3章 過去の出来事の思い出 記憶をめぐる神話
    • 神話11 人は過去の出来事を正確に記憶している
    • 神話12 催眠術で忘れた記憶を取り戻せる
    • 神話13 トラウマ的な出来事の記憶は抑圧される
    • 神話14 記憶喪失は過去の出来事をすべて忘れる
  • 第4章 学習効果の高め方 知能と学習をめぐる神話
    • 神話15 IQテストは特定の人には不利になる
    • 神話16 試験に自信がないなら、最初の直感を信じるのが一番
    • 神話17 ディスレクシア(読み書き障害)の特徴は逆さ文字である
    • 神話18 生徒の学習スタイルに合った指導で最高の学習効果が得られる
  • 第5章 こころの奥をのぞき込む 意識をめぐる神話
    • 神話19 催眠は目覚めているのとは違う「トランス」状態である
    • 神話20 夢には象徴的な意味がある
    • 神話21 睡眠学習は効果的な方法である
    • 神話22 体外離脱体験の間、意識は体から離れる
  • 第6章 気の持ちようで変わること 感情と動機をめぐる神話
    • 神話23 嘘発見器は確実に嘘を見破る
    •  神話退治 再検討の結果 自白剤は嘘を発見できるか?
    • 神話24 幸せは生活環境で決まる
    • 神話25 潰瘍の原因はストレスだ
    • 神話26 ポジティブ思考でガンを克服できる
  • 第7章 他者との良好な関係を築くために 対人行動をめぐる神話
    • 神話27 自分とは違うタイプの人に惹かれる
    • 神話28 緊急時、数多ければ安全である
    • 神話29 男女のコミュニケーションはまったく違う
    • 神話30 怒りは抱え込まず発散したほうがよい
  • 第8章 自分の内面に目を向ける パーソナリティをめぐる神話
    • 神話31 同じ環境で育てられた子どものパーソナリティは似ている
    •  神話退治 再検討の結果 出産順とパーソナリティの関係
    • 神話32 遺伝的な特性は変えることができない
    • 神話33 自尊心の低さが心理的問題の原因だ
    • 神話34 幼児期の性的虐待は、深刻なパーソナリティ障害を引き起こす
    •  神話退治 再検討の結果 子どもの立ち直る力を過小評価すること
    • 神話35 ロールシャッハ・テストでパーソナリティがわかる
    • 神話36 筆跡にはパーソナリティが現れる
  • 第9章 こころの病気への対処 精神疾患をめぐる神話
    • 神話37 精神医学的診断名は差別のもとになる
    • 神話38 自殺するのは重いうつ病患者だけだ
    • 神話39 統合失調症は多様なパーソナリティーを持つ
    • 神話40 アルコール依存症の親を持つ子はすぐにわかる
    • 神話41 幼児の自閉症が急増している
    •  神話退治 再検討の結果 自閉症の人は優れた知的スキルを持つか?
    • 神話42 満月の日には精神病院への入院と犯罪が増える
  • 第10章 犯罪者の取り違え 心理学と法律をめぐる神話
    • 神話43 精神病の人は暴力的である
    • 神話44 犯罪プロファイリングは事件解決に役立つ
    • 神話45 犯罪者の多くは心神喪失で罪から逃れようとする
    • 神話46 自白する人は実際に罪を犯している
  • 第11章 こころの問題を解決する 心理療法をめぐる神話
    • 神話47 臨床場面で一番頼りになるのは専門家の判断と直感だ
    • 神話48 アルコール中毒の現実的な治療法は禁酒である
    • 神話49 幼児期の問題に対峙させる心理療法は効果がある
    • 神話50 電撃(ショック)療法は残酷で身体にも悪い
  • あとがき 真実は小説より奇なり
  • 訳者あとがき
  • 索引
  • 付録1 検討すべきその他の神話
  • 付録2 関連する推薦資料
  • 付録3 心理学神話を探求するうえで役立つウェブサイト
  • 参考文献

【感想は?】

 私はソレナリにモノを知っているつもりだったが、かなり勘違いしていると改めて思い知った。

 さすがに超能力は信じていないが、覆された思い込みも多かった。若者は不安定で老人は愚痴ばかりだと思っていたが、そうでもない。アメリカの人口調査によると、「もっとも幸せな人はもっとも年齢が高かった」とか。長生きこそが幸福の秘訣なのかも。

 若者の話に戻ると、確かに2割ほどの若者は不安定だが、「むしろ例外」だとか。反抗期がない方が普通で、なくても何の問題もないそうです。いい子の親御さんは安心しましょう。

 この本の特徴は、こういった俗説を覆すだけでなく、「本当にそんな俗説が流行っているのか」「なぜそんな俗説が流行るのか」にまで踏み込み、検証している点。後者は科学啓蒙書でよくあるが、前者をキチンと検証しているあたりで、一気にこの本の信頼性が増す仕掛けになっている。

 ではなぜ「若者は不安定」だと思われてるのかというと、そうじゃないとハリウッド映画が困るじゃん、とみもふたもない結論w そりゃそうだ、でなきゃジェイムス・ディーンがスターになれないし、ライトノベル業界も困ってしまう。涼宮ハルヒは暴れるからヒロインなんで、朝倉さんみたいな人ばっかりじゃお話が盛り上がらないじゃないか。

 こういった映画やドラマの影響で私が誤解していた事柄はイロイロあって、例えば電気ショック療法。「カッコーの巣の上で」の小説や映画で、精神病院内での拷問として扱われていた療法。おかげで私は「死刑用の電気椅子に似たモノ」だと思い込んでいた。

 これの実態は少しややこしい。初期では確かに「骨や歯が折れたり、ときには死亡することもありました」。そして、今でも「発展途上国、ロシアの一部、現在のイラクでは」似たようなモンなのだが、欧米だと麻酔や筋弛緩剤を与え、「ほかに手がない最後のもの」って扱いだとか。ただし、「どのように働くかについての科学的なコンセンサスはありません」。

 理屈はわかんないけど、最後の手段として役に立つこともあるから、とりあえず使っているってわけ。

 病気関係はやはり素人が勘違いしやすいもの。統合失調症も昔は精神分裂症と呼ばれ、多重パーソナリティ(いわゆるジキルとハイド、多重人格)と混同されていた、というか、私も勘違いしていた。これは私だけじゃなく、心理学入門コースの学生の77%・警察官の40%・一般人の50%が勘違いしていたそうな。私だけじゃなかったんだ。

 私は更に誤解していて、統合失調症は治らず、寛解(→コトバンク)に漕ぎつけるのが精一杯だと思い込んでいたが、今だと時間はかかるけどちゃんと治る病気だとか。医学の進歩は凄い。

 などと勘違いを正してくれる口調も、決して堅苦しいものではなく、映画やドラマを引き合いに出して親しみを増し、またユーモラスでもあるのが嬉しい。いや映画やドラマはアメリカの物ばっかりなんで、洋モノに疎いと伝わらないのが難点だけどw 最も笑ったのが、フロイトの次の言葉。

これまで答えが出ておらず、女性の精神に関する研究を30年間続けてきた私でさえも答えることができない大きな疑問は、「女性が何を望んでいるか」です。

 天下のフロイト先生も女性の気持ちはわからなかったのかw

 ってなのとは別に、「ほほう、欧米じゃこんな迷信が流行ってるのか」と無駄な知識が増えるのも楽しい。例えば「神話4 ものが見えるのは、眼から微細な物質が出るからだ」。これ、スーパーマンの透視能力あたりからの誤解かな、とも思ったんだが、日本でも「視線を感じる」って人はいるんだよなあ。

 「神話42 満月の日には精神病院への入院と犯罪が増える」ってのも、欧米ならではの伝説かも。CCRも Bad Moon Rising(→Youtube)とか歌ってるし、魔女の集会も満月だった。どうも西洋じゃ、満月は不吉や狂気の印らしい。対して日本だとお月見なんて風習もあるし、満月は決して悪いモンじゃないんだよなあ。

 など、世間に流布している迷信を打ち砕くだけでなく、序章で「我々が迷信を信じてしまうわけ」をキチンと説明しているあたりも、マトモな科学解説書らしい所。相関関係と因果関係の混同とか、選択的知覚とか錯誤相関とかサンプルの偏りとか手っ取り早い解決法が欲しいとか。

 そして、最後に強烈なのが「付録1 検討すべきその他の神話」。ここでは。はびこっている迷信と、その実態だけを並べてるだけなんだが、読んでいくとやたらと濃い。例えば酒のチャンポンは怖いと言われてるけど、特にそういう事はなくて、単にアルコールの総量だけが問題だとか。あと、Gスポットも迷信だそうです。余計なお世話だw

 と、様々な迷信を吹きとばしてくれると同時に、「なぜそんな迷信も信じるのか」「どうすれば迷信を見破れるのか」も、親しみやすい言葉で教えてくれて、心理学をテーマにしながら科学的な考え方を身につけられる、楽しく読めて役に立つ本だった。でもサイコサスペンス物のドラマを見る時は、野暮な突っ込みをしないように。

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