「本当は間違っている心理学の話 50の俗説の正体を暴く」化学同人
ジェームズ・ウッドらは、ロールシャッハ・テストの採点の圧倒的多数が、本質的にパーソナリティ特性と関係していないことを明らかにしました。
――神話35 ロールシャッハ・テストでパーソナリティがわかる世界的に有名な飛行家であるチャールズ・リンドバーグの息子が、1932年に誘拐されたあとには、200人以上がその罪を自白しました。彼ら全員が有罪でないのは明らかです。
――神話46 自白する人は実際に罪を犯している
【どんな本?】
人は脳の10%しか使っていない。右脳を使って柔軟な発想を伸ばそう。子どもにモーツァルトを聞かせると天才になる。老人は愚痴ばかりこぼす。筆跡で性格がわかる。
誰もが、こういった話を聞いた頃があり、また信じているだろう。だが、その多くは、何の根拠もないデッチアゲか、キチンとした科学的な手順を踏んで証明された説ではないか、または元になった論文の意味を間違って解釈したものだ。
著者らは、これらを心理学神話または通俗心理学と呼び、それぞれについて検証して化けの皮をはがすと共に、なぜそんな説が生まれたのか・なぜ多くの人が信じたのか・そこにどんな誤解があるのか、そして間違った説がどんな害を引き起こすのかを明らかにしてゆく。
世の中に流布してる心理学のデマを打ち消すと同時に、我々がデマに踊らされるカラクリを解き明かし、また最近の心理学会や臨床医師の実情を伝える、一般向けの解説書。
なお、長くなるので記事タイトルでは著者名と翻訳者名を略したので、次に記す。
著者は四人。スコット・O・リリエンフェルド/スティ-ヴン・ジェイ・リン/ジョン・ラッシオ/バリー・L・バイアースタイン。
監訳者は三人。八田武志/戸田山和久/唐沢穣。
訳者は12人。監訳者の三人に加え、岩澤直哉/菅原裕輝/竹下至/竹橋洋毅/豊沢純子/中山健次郎/野寺綾/八田純子/八田武俊。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は 50 Great Myths of Popular Psychology : Shattering Widespread Misconceptions about Human Behavior, by Scott O. Lilienfeld, Steven Jay Lynn, John Ruscio, and Barry L. Beyerstein, 2010。日本語版は2014年3月20日第1刷発行。
単行本ハードカバー縦一段組みで本文約331頁に訳者あとがき8頁、それに加えて猛烈に美味しい「付録1 検討すべきその他の神話」18頁。9ポイント46字×20行×331頁=約304,520字、400字詰め原稿用紙で約762枚。文庫本なら厚めの一冊分。
文章は比較的にこなれている。読みこなすのにも、特に前提知識は要らない。国語が得意なら、中学生でも充分に読みこなせる。文中に例としてアメリカの映画やテレビドラマが出てくるので、映画ファンなら更に楽しめるだろう。ただし、人によってはサイコサスペンス物のドラマや小説が楽しめなくなるかも。
【構成は?】
全般的に各章は独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいいが、序章だけは最初に読もう。軽く味見してから読む・読まないを決めたい人は、巻末の「付録1 検討すべきその他の神話」を流し読みするといい。
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【感想は?】
私はソレナリにモノを知っているつもりだったが、かなり勘違いしていると改めて思い知った。
さすがに超能力は信じていないが、覆された思い込みも多かった。若者は不安定で老人は愚痴ばかりだと思っていたが、そうでもない。アメリカの人口調査によると、「もっとも幸せな人はもっとも年齢が高かった」とか。長生きこそが幸福の秘訣なのかも。
若者の話に戻ると、確かに2割ほどの若者は不安定だが、「むしろ例外」だとか。反抗期がない方が普通で、なくても何の問題もないそうです。いい子の親御さんは安心しましょう。
この本の特徴は、こういった俗説を覆すだけでなく、「本当にそんな俗説が流行っているのか」「なぜそんな俗説が流行るのか」にまで踏み込み、検証している点。後者は科学啓蒙書でよくあるが、前者をキチンと検証しているあたりで、一気にこの本の信頼性が増す仕掛けになっている。
ではなぜ「若者は不安定」だと思われてるのかというと、そうじゃないとハリウッド映画が困るじゃん、とみもふたもない結論w そりゃそうだ、でなきゃジェイムス・ディーンがスターになれないし、ライトノベル業界も困ってしまう。涼宮ハルヒは暴れるからヒロインなんで、朝倉さんみたいな人ばっかりじゃお話が盛り上がらないじゃないか。
こういった映画やドラマの影響で私が誤解していた事柄はイロイロあって、例えば電気ショック療法。「カッコーの巣の上で」の小説や映画で、精神病院内での拷問として扱われていた療法。おかげで私は「死刑用の電気椅子に似たモノ」だと思い込んでいた。
これの実態は少しややこしい。初期では確かに「骨や歯が折れたり、ときには死亡することもありました」。そして、今でも「発展途上国、ロシアの一部、現在のイラクでは」似たようなモンなのだが、欧米だと麻酔や筋弛緩剤を与え、「ほかに手がない最後のもの」って扱いだとか。ただし、「どのように働くかについての科学的なコンセンサスはありません」。
理屈はわかんないけど、最後の手段として役に立つこともあるから、とりあえず使っているってわけ。
病気関係はやはり素人が勘違いしやすいもの。統合失調症も昔は精神分裂症と呼ばれ、多重パーソナリティ(いわゆるジキルとハイド、多重人格)と混同されていた、というか、私も勘違いしていた。これは私だけじゃなく、心理学入門コースの学生の77%・警察官の40%・一般人の50%が勘違いしていたそうな。私だけじゃなかったんだ。
私は更に誤解していて、統合失調症は治らず、寛解(→コトバンク)に漕ぎつけるのが精一杯だと思い込んでいたが、今だと時間はかかるけどちゃんと治る病気だとか。医学の進歩は凄い。
などと勘違いを正してくれる口調も、決して堅苦しいものではなく、映画やドラマを引き合いに出して親しみを増し、またユーモラスでもあるのが嬉しい。いや映画やドラマはアメリカの物ばっかりなんで、洋モノに疎いと伝わらないのが難点だけどw 最も笑ったのが、フロイトの次の言葉。
これまで答えが出ておらず、女性の精神に関する研究を30年間続けてきた私でさえも答えることができない大きな疑問は、「女性が何を望んでいるか」です。
天下のフロイト先生も女性の気持ちはわからなかったのかw
ってなのとは別に、「ほほう、欧米じゃこんな迷信が流行ってるのか」と無駄な知識が増えるのも楽しい。例えば「神話4 ものが見えるのは、眼から微細な物質が出るからだ」。これ、スーパーマンの透視能力あたりからの誤解かな、とも思ったんだが、日本でも「視線を感じる」って人はいるんだよなあ。
「神話42 満月の日には精神病院への入院と犯罪が増える」ってのも、欧米ならではの伝説かも。CCRも Bad Moon Rising(→Youtube)とか歌ってるし、魔女の集会も満月だった。どうも西洋じゃ、満月は不吉や狂気の印らしい。対して日本だとお月見なんて風習もあるし、満月は決して悪いモンじゃないんだよなあ。
など、世間に流布している迷信を打ち砕くだけでなく、序章で「我々が迷信を信じてしまうわけ」をキチンと説明しているあたりも、マトモな科学解説書らしい所。相関関係と因果関係の混同とか、選択的知覚とか錯誤相関とかサンプルの偏りとか手っ取り早い解決法が欲しいとか。
そして、最後に強烈なのが「付録1 検討すべきその他の神話」。ここでは。はびこっている迷信と、その実態だけを並べてるだけなんだが、読んでいくとやたらと濃い。例えば酒のチャンポンは怖いと言われてるけど、特にそういう事はなくて、単にアルコールの総量だけが問題だとか。あと、Gスポットも迷信だそうです。余計なお世話だw
と、様々な迷信を吹きとばしてくれると同時に、「なぜそんな迷信も信じるのか」「どうすれば迷信を見破れるのか」も、親しみやすい言葉で教えてくれて、心理学をテーマにしながら科学的な考え方を身につけられる、楽しく読めて役に立つ本だった。でもサイコサスペンス物のドラマを見る時は、野暮な突っ込みをしないように。
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