半村良「戦国自衛隊」角川書店
「時間は俺になにをさせようというのだろう」
【どんな本?】
SF・伝奇・時代物と優れた作品を量産した作家・半村良によるSF小説。映画化もされ、平成の今も別の作家により続編が書き続けられている代表作。
総合演習中の自衛隊員が、タイムスリップにより戦国時代に飛ばされてしまう。現代の兵装システムを擁し戦闘では無敵ではあるが、燃料や弾薬には限りがあり人数も少ない自衛隊は、戦いが続く戦国の世でいかに生き延び、また時代にどのような影響を与えてゆくのか。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
1979年10月30日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約177頁。今は角川文庫から文庫版が出ている。9ポイント38字×15行×177頁=約100,890字、400字詰め原稿用紙で約253頁。中編と言っていいコンパクトな分量。
文章はこなれていて読みやすい。内容も難しくない。難がありそうなのは当時の自衛隊の兵器だが、主なものは文中で説明しているので、素人でもだいたいわかる。当然ながら、戦国時代に詳しいと更に楽しめる。
参考までに、火縄銃と64式自動小銃の違いを大雑把に書くと。火縄銃の射程距離はせいぜい80mで、一発撃つごとに銃口から弾丸を再装填しなきゃいけない。64式自動小銃は射程距離400m以上、安全装置の設定により単発と連発が切り替えられる。装弾数は20発。
【どんな話?】
その日。能登半島外浦と北海道に敵の圧力が加えられたという想定で、自衛隊は大規模な演習を行なっていた。新潟県と富山県の県境、境川の川口に臨時の野戦補給所を設営中の伊庭三尉らは、突然の異変に巻き込まれる。気づいた時には、北陸本線も国道も、境川にかかるコンクリート製の橋も見当たらず、周囲には誰もいない。
やがて一人の男が近づいてくる。籠をしょって…ちょん髷をしている。
【感想は?】
現代なら数巻になりそうな内容を中編に押し込めた、ストーリーの濃厚な作品。
基本的なアイデアは実に単純で、かつワクワクするもの。現代の兵器と戦闘知識を備えた自衛隊が、戦乱渦巻く戦国時代に現れたらどうなるか、というもの。そりゃワクワクするでしょ、男の子なら。
なんたって、小銃からして威力が全く違う。例えば火縄銃の射程80mに対し、64式自動小銃は400mだ。補給所ごと来たんで、当面は燃料と弾薬にも不自由しない。おまけにトラック・60式装甲車(→Wikipedia)にl加え、大型輸送ヘリV107(→Wikipedia)や海上自衛隊の哨戒挺まである。わはは、無敵ではないか。
実際、戦闘場面は、なかなか気持ちがいい。圧倒的に優秀な兵器が存分に活躍し、サムライを蹴散らしてゆく。
などと笑ってばかりもいられない。なんたって、こっちは人数が少ない上に、現地の情勢がよく分かっていない。燃料と弾薬もいずれは尽きてしまう。そんなわけで、現地の勢力と手を組む形になる。
ここで最初の同盟相手と接触し、戦闘に突入するまで、色々と迷うあたりが、実に自衛隊らしくていい。米軍なら何も考えずヒャッホーしそうな状況でも、まずは鉄条網をめぐらして守りを固め、「戦闘はできん。あれも日本人だ」と、あくまで自衛に徹するのだ。やっぱり、こうでなくちゃ。
などの物理的な戦力差に加え、SFとして美味しいのが、現代と戦国時代の思想・文化・性格の違い。伊庭が最初の戦闘に突入するあたりから、この違いがハッキリと出てくる。あまりにアッサリと書いちゃってるんで、うっかりすると見落としちゃうけど。
と同時に、積み重ねられた歴史と、それに応じて広がった人類の視野も、しみじみ感じさせてくれる。当時としては情勢に通じた当時の武将よりも、現代に住む我々の方が、広く世界全体を知っていたり。これもまた、交通と通信が発達した現代文明の賜物だろう。
自衛隊のチートは、他にもある。地図などの道具もそうだが、知識も大きい。これは燃料と弾薬が苦しくなる後半に入り、より大きな役割りを果たすようになる。そして何より、戦国時代の歴史を知っていること。もっとも、これは最初から少しズレていて、しかも理屈の上では自衛隊が動く度に更にズレていくんだけど。
戦国時代に詳しい人なら、最初に伊庭が現地の将と接触した時点で、「キターッ!」と叫ぶかもしれない。これは後半に向かうに従い、更に各地の有名な武将が続々と顔を出してくる。贔屓の将がどんな役割りを果たすか、または軽くいなされるか、武将に思い入れがある人ほど深く味わえるだろう。
なにせ短い。それだけに、個々の描写も簡潔で、うっかりすると美味しい所を読み逃してしまう。特に後半、次第に現地の人が活躍し始めるあたりは、話が盛り上がっているので読むほうも気分が急いて、ついつい急いで読んじゃうけど、実は巧妙に辻褄を合わせてたりする。
素直に読んでももちろん楽しめるが、その後に「俺が伊庭ならどうするだろう?」などと妄想を始めると、眠れなくなってしまう。読んでよし、読後に妄想してもよし、短いくせに楽しみは無限に広がる、実に困った作品だ。
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