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2015年12月 7日 (月)

ビル・ブライソン「人類が知っていることすべての短い歴史 上・下」新潮文庫 楡井浩一訳

地球上で生きていくのは、意外に難事業だ。黎明期から今までに存在した天文学的な数の生物種のうち、ほぼ全部――99.99%――がすでに姿を消している。
  ――序章

体内では、最低でも20万種類の蛋白質がせっせと働いているのに、現時点でわたしたちが理解しているのは、そのうち約2%の働きだけだ。
  ――24 細胞

アラン・ソーン「19世紀に人類学者が初めてパプアニューギニアを調査した際、内陸部の険しい山岳地帯で、薩摩芋を栽培する民族が発見されました。薩摩芋は南アメリカ原産です。どうやってそれがパプアニューギニアに伝わったのか?」
  ――29 落ち着かない類人猿

【どんな本?】

 宇宙はいつ、どうやって生まれたのか? 様々な元素は、なぜできたのか? 恐竜は、なぜ絶滅したのか? 原初の生命は、どんなものだったのか? 人類はいつ誕生し、そのように地球上に広がっていったのか? そして、科学者たちは、それをどうやって調べ、どのような謎が残っているのか?

 天文学・物理学・光学・化学・地質学・古生物学・気象学・海洋学など広い範囲で科学と科学史を漁り、その中で面白そうな所を拾い上げると共に、世界中の研究者を尋ね、現代科学の最先端のトピックを紹介し、また今まさに科学者たちを悩ませている謎を紹介する、一般向けの科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は A Short History of Nearly Everything, by Bill Bryson, 2003。日本語版は2006年3月にNHK出版より単行本で出版。私が読んだのは新潮文庫の文庫版の上下巻で、2014年11月1日発行。文庫本の上下巻で縦一段組み、本文約435頁+435頁=約870頁に加え、訳者あとがき4頁+成毛眞の解説8頁。9ポイント38字×16行×(435頁+435頁)=約528,960字、400字詰め原稿用紙で約1323枚。上中下の三巻にしてもいいぐらいの大容量。

 翻訳物の科学解説書だが、文章は拍子抜けするほどこなれていて読みやすい。内容も不思議なくらいわかりやすい。数式が2~3ヶ所に出てくるが、読み飛ばして構わない。ちゃんと日本語で式の意味を説明している。高校生はもちろん、中学生でも読みこなせるだろう。

【構成は?】

 ただの科学解説書としてみると、各章の内容はほぼ独立しているので、妙味がある所だけを拾い読みしてもいい。が、本の構成として、全体が一つの物語になる形になっているので、頭から順に読む方が楽しく読める。

  •  上巻
  • 序章
  • 第Ⅰ部 宇宙の道しるべ
    • 1 宇宙の創りかた
      すべては無から/宇宙の果てには何がある
    • 2 ようこそ太陽系へ
      太陽系の端を見に行く/地球外生命体が存在する確率
    • 3 エヴァンス師の宇宙
      巨星の死を待つ牧師/近くで星が爆発したら
  • 第Ⅱ部 地球の大きさ
    • 4 物の測定
      ニュートンとハレーの歴史的問答/いかにして地球のサイズを測ったか
    • 5 石を割る者たち
      紳士を興奮させた地質学/地球年表作成への飽くなき挑戦
    • 6 科学界の熾烈な争い
      初の恐竜発見を見過ごしたアメリカ/無慈悲なイギリスの考古学者/恐竜発掘を加速させた世紀のいがみあい
    • 7 基本的な物質
      化学が近代化に遅れたわけ/秩序をもたらした元素の周期表
  • 第Ⅲ部 新たな時代の夜明け
    • 8 アインシュタインの宇宙
      「宇宙を満たすエーテル」への執着/時間は絶えず変化する/遠ざかる銀河に着目したハップル
    • 9 たくましき原子
      あらゆるものは原子でできている/消えては現れる奇妙な電子
    • 10 鉛を取り出す
      欲と嘘と化学の悪用/地球の年齢測定の鍵は宇宙から
    • 11 マーク王にクォーク三つ
      素粒子物理学者を悩ませる基本原理の山/宇宙は何からできているのか
    • 12 大地は動く
      大陸間にかけられた幻の橋/プレートテクトニクスでも解けない数々の謎
  • 第Ⅳ部 危険な惑星
    • 13 激突!
      地球の軌道をしきりに横切る小惑星/シューメーカー・レヴィ彗星衝突の衝撃
    • 14 足もとの炎
      地震は予測できるのか/地球が内部に抱える高熱の液体
    • 15 危険な美しさ
      気まぐれな超火山/足元に控えるマグマ
  •  下巻
  • 第Ⅳ部 危険な惑星
    • 13 激突!
      地球の軌道をしきりに横切る小惑星/シューメーカー・レヴィ彗星衝突の衝撃
    • 14 足もとの炎
      地震は予測できるのか/地球が内部に抱える高熱の液体
    • 15 危険な美しさ
      気まぐれな超火山/足元に控えるマグマ
  • 第Ⅴ部 生命の誕生
    • 16 寂しい惑星
      水圧の極限に挑む/生き物にとって幸運なこと
    • 17 対流圏へ
      空の上の出来事/海水と気候はリンクしている
    • 18 波踊る大海原
      深海ダイビングの成果/魚を捕りつくす可能性
    • 19 生命の誕生
      蛋白質誕生の奇跡/貪欲なミトコンドリア
    • 20 小さな世界
      細菌の貢献/微生物が抗生物質に勝利する日
    • 21 生命は続いていく
      化石になって残りたいなら/進化する体のデザイン
    • 22 すべてに別れを告げて
      陸に上がって天下を取る/絶滅はくり返す
    • 23 存在の豊かさ
      一つの苔にたくさんの名前/終わりなき分類
    • 24 細胞
      生まれ変わる細胞/化学反応が生物を作る
    • 25 ダーウィン独自の概念
      『種の起源』の重要な欠点/紙と猿のはざまで
    • 26 生命の実体
      世界一非凡な分子/DNAの主人は誰なのか
  • 第Ⅵ部 わたしたちまでの道のり
    • 27 氷河時代
      地球が凍り始めるきっかけ/地球温暖化は氷河期を止められるか
    • 28 謎の二足動物
      “失われた環”の正体/なぜ木から下りたのか
    • 29 落ち着かない類人猿
      新天地を求めて移動する/ケニアに残る謎の石斧工場
    • 30 結び
  • 訳者あとがき/解説/参考文献/原注

【感想は?】

 科学の美味しいトコ取りな、我侭で楽しい一般向け科学解説書。

 というと、科学に興味がある人向けの感があるが、実はオカルト・マニアにも嬉しいネタ満載の本だったりする。携帯電話だの遺伝子解析だのと科学万能な雰囲気の現代だが、意外なぐらい「わかっていない」「今の理屈じゃ説明がつかない」事ばっかりなのだ。

 まずは科学好き向けの話。

 これは大きく分けて二種類ある。科学の歴史を辿りながら、今わかっている基本的な事柄を、物語風に紹介する話が一つ。それなりに一般向けの科学解説書を読んでいる人なら、マイケルソン・モーリーの実験(→Wikipedia)など、他の本で何度か読んだ事がある有名なエピソードが多い。

 もう一つが、最近の科学の成果を紹介する所。科学が好きな人なら、ワクワクする話が一杯だ。何が楽しいって、最近の科学の爆発的な進歩を体感できるからだ。例えば…

ボイジャーの惑星探査以前には、海王星にはふたつの衛星があると考えられていたが、ボイジャーがさらに六個を発見した。わたしが子どものころは、太陽系の衛星数は30だとされていたが。それが今では、全部で少なくとも90の衛星があり、そのおよそ1/3がここ十年以内に見つかったものだ。

 この一文だけで、我々が考える太陽系の姿が、凄い勢いで変わっているのが伝わってくる。世界観そのものが、大きく変わっている時代なのだ。ほんと、ワクワクするじゃないか。

 物語は宇宙探索で始まり、次に地球の大きさと年齢の話へと続く。主に舞台は西欧を中心に繰り広げられるのだが、出てくる人物の多くが変なヒトなのも楽しい。

 例えば17世紀のドイツ人、ヘニッヒ・ブラント(→Wikipedia)。人間の尿を蒸留すれば金ができると思い込み、バケツ50杯の尿を集める。んなもん、よく集めたなあ。色々と加工して半透明の蝋質にしたら、奇妙な事がおきた。光りだすばかりか、勝手に燃え出す。燐だ。これを商業化しようと考えた実業家がいるってんだから、なんともはや。

 問題の地球の年齢なんだが、19世紀には数千万年とされていた。それより古いと、計算じゃ地球は凍り付いているはずだからだ。大陸移動説の萌芽もあったが、数千万年では時間が足りない。これを変えたのが、キュリー夫妻の発見。すなわち放射能だ。ラザフォードが、これにエネルギーがある、つまり熱を出す由を見つける。

 この発見が、地球の年齢を大きく変えてゆく。凍りつかないための熱源が見つかったために、大陸移動説に必要な時間がひねり出せるようになった。今まで意味不明だった山頂にある貝殻も、これで説明がつく。放射能なんぞという物理学の発見が、地学や生物学にまで大きな変化をもたらしていく様子は、実にダイナミックだ。

 やがて放射性炭素年代測定法(→Wikipedia)などを介し、クレア・パターソン(→Wikipedia)の功績で地球の年齢は45億5千万年ぐらい、と決まる。ところが、これを語る10章の終わり方が、この著者の巧みなところ。

クレア・パターソンの研究のおかげで、1953年、ついに地球は誰もが同意できる年齢を得た。いまや唯一の問題は、地球が、生みの親の宇宙よりも高齢になってしまったことだけだった。

 わはは。かくして科学者たちは、宇宙の年齢も見直さねばならない羽目になる。問題が一つ解決する度に、新しい問題が次々と生まれていく。こういう所は、科学も技術も同じようなもんだなあw

 後半で、物語は生物学の領域に入って行く。ここでも様々な驚きが待っているが、私が最も面白かったのは、「人類がいかに生物の世界について知らないか」を語る部分だ。

 例えばスティーヴン・ジェウ・グールドの著作「ワンダフル・ライフ」で有名なバージェス頁岩だが、あれが化石になったのは奇跡的な偶然の賜物。「化石化する骨は、だいたい十億本に一本」で、しかもその大半は発見できない。まして骨のない生き物は何も残らない。我々は古代生物について、ごく一部しか知らないのだ。

 とすると、恐竜の時代も実際はどうなのか。ナメクジ軍団が地表を覆いつくし、巨大ミミズが地中を掘り進んでいたかもしれない。巨大な生き物なら何か痕跡が残っているかもしれないが、細菌類に至ってはどうしようもない。なんたって、現在生きている生物にしても…

「エコノミスト」誌のレポートによると、世界じゅうの動植物種の97%がいまだに発見を待っているという。

 なんて有様で、つまりは生物、それも動植物に限っても、ヒトが知っているのはたった3%に過ぎないわけ。なんとまあ、ヒトは世界について何も知らないことか。そんなわけで、オカルト・マニアがツケいるスキが、現代科学には幾らでもあるのだ。これは終盤、人類史に入ると更に楽しい事になる。

 例えば冒頭の引用、アラン・ソーンの言葉だ。なぜ隔絶されているはずのパプア・ニューギニアに、南米原産の薩摩芋があるのか。他にも謎の石斧工場や、正体不明の6万二千年前のオーストラリアのマンゴ人など、人類史には妄想を膨らませる余地がううじゃうじゃあるらしい。

 物語形式で楽しく読み進められる、一般向けの科学解説書。科学の歩みと、その基本的な理屈が分かるばかりでなく、「いかに我々は世界をわかっていないか」も実感できる、読者の世界観を揺さぶる本だ。

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