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2015年12月の14件の記事

2015年12月31日 (木)

2015年に面白かった小説2つノンフィクション5つ

 去年も似たような事をかいたが、真面目に選ぶといつまでたっても決まらないので、ほとんど気分で選んだ。当然、順番はつけてない。去年は小説3ノンフクション3だったが、今年はノンフクションの収穫が大きかったんで、バランスを気にせず2+5とした。

【小説】

ジェイムズ・バイロン・ハギンズ「凶獣リヴァイアサン 上・下」創元SF文庫 中村融訳
 アイスランドの孤島で行なわれている、怪しげな実験。それは最終兵器「リヴァイアサン」を生み出そうとするものだった。最新のバイオ・テクノロジーをつぎ込んで誕生したソレは、世界の全てを滅ぼそうとする欲望と、人智を超えた思考能力を持つ怪物で…
 日本では2003年発売。最新科学で生み出された最強最悪の怪獣が、制御不能になって暴れまわるという、由緒正しい様式の怪獣物語。炎を吐いたり戦車砲に耐えられたり強靭な再生能力を持ってたりと、リヴァイアサンのスペックは無茶苦茶なのに、一応はソレナリの理屈をつけてあるのが嬉しい。
リチャード・バック「かもめのジョナサン 完全版」新潮社 五木寛之創訳
 1970年代のベストセラーに、著者自らが最終章を付け足した完全版。食糧あさりに余念のない仲間たちから離れ、ジョナサンは奇妙な事ばかりをしている。どうすれば、思いっきり遅く飛べるのか。逆に速く飛ぶにはどうすればいいか。両親はジョナサンを心配するが…
 今も昔も、この作品は読者が勝手に自分の主義主張を投影して、好き勝手に解釈しているけど、実の所は「新人パイロットが飛行技術をマスターする話」なのだと、次の作品「イリュージョン」の解説に書いてあった。何かの技術・技能を身につけようと頑張っているうちに、人としての生き方・考え方も変わってきた、そんな経験がある人は、そういう話だと思って読むと、心地よく読めます、きっと。

【ノンフィクション】

ラリー・コリンズ/ドミニク・ラピエール「パリは燃えているか? 上・下」早川書房 志摩隆訳
 1994年。ノルマンディより上陸した連合軍は着々と前進を続け、パリ奪回も時間の問題となる。だが連合軍総司令官アイゼンハワーは、パリ解放を後回しにするつもりだ。補給が追いつかないのである。その頃、新たにパリ司令官となったフォン・コルティッツに、ヒトラーは命令を下す。「パリを死守せよ。不可能なら、瓦礫の山に変えろ」と。同じ頃、パリでは共産党系を中心としたレジスタンスが、拳銃と火炎瓶で蜂起を画策していた…
 私の大好きなジャーナリスト・コンビ、ラリー・コリンズ&ドミニク・ラピエールのデビュー作。同じ頃、瓦礫の山となってしまったワルシャワに対し、パリはいかにして救われたのか。まさしく危機一髪でルーブルが救われた事がわかるばかりでなく、様々な軍事・政治勢力と思惑が絡み合う戦場のややこしさや、戦場となった土地に住む人々の暮らしが皮膚感覚で伝わってくる20世紀のドキュメンタリーの傑作。
デイヴィッド・ダンマー/ティム・スラッキン「液晶の歴史」朝日新聞出版 鳥山和久訳
 テレビ・パソコン・スマートフォンの画面として大流行の液晶。その名前は知っていても、どんなモノかを知っている人は少ないだろう。液晶とは何か、それは液体や固体と何が違うのか、いつ・誰が・どのように液晶を発見し、どのように応用されていったのか。現代科学技術の象徴とも言える液晶を通し、科学から技術そして産業へとテクノロジーが普及していく過程を描く。
 実はかなりとっつきづらい雰囲気の本だし、実際に中身も相当に専門的だ。だが、ビビらずに取り組もう。じっくり読めば、素人でもちゃんと理解できるようになっている。実は液晶の原理だけでなく、化学の光異性体や亀の甲、数学のテンソルなど、液晶を理解するのに必要な基礎知識について、幅広くかつ分かりやすく説明しているのが嬉しい。歯ごたえはあるが、読了後の満足感も半端ない。
ジェレミー・スケイヒル「ブラックウォーター 世界最強の傭兵企業」作品社 益岡賢・塩山花子訳
 ブラックウォーター、現在はアカデミと名乗っている。世界中に二万名以上の傭兵を派遣する、世界最大の民間軍事企業だ。その設立からイラク戦争による急成長を通し、現在の戦場にはびこる傭兵の実態を明らかにすると共に、彼らが戦場に及ぼす影響、そして合衆国政府との関わりを暴く、衝撃のドキュメンタリー。
 なぜ民間軍事企業が注目され、問題視されるのか。なぜアフガニスタンやイラクの情勢がいつまでたっても落ち着かないのか。ブラックウォーター社の急成長の秘密は何か。世界的な傭兵企業の成長過程を明らかにしつつ、合衆国の軍事政策やネオコンが勢いを得た理由までも暴く、衝撃的なルポルタージュ。中東情勢に興味があるなら、是非とも読んでおきたい一冊。
アニー・ジェイコブセン「エリア51 世界でもっとも有名な秘密基地の真実」太田出版 田口俊樹訳
 エリア51。アメリカ合衆国ネヴァダ州ネリス試験訓練場にある、謎の区画。宇宙人が隠れていると噂され、映画「インディペンデンス・デイ」などでも取り上げられた。そこで、実際には何が行なわれているのか。合衆国とCIAは、何を隠しているのか。丹念な取材から見えてきた実態は、意外なものだった。
 思いっきり怪しげなタイトルで大損している本。ある意味、中身を素直に表しているし、本書が暴く実態もショッキングな代物なのだが、このタイトルじゃ適切な読者に届かないと思うw というのも、本書が扱う内容の半分近くが、合衆国の核開発の話だからだ。これがまた、実に身の毛もよだつ話の連続で。日本人なら、是非とも読んでおきたい作品。
ジョン・ダワー「増補版 敗北を抱きしめて 第二次大戦後の日本人 上・下」岩波書店 三浦陽一・高杉忠明・田代泰子訳
 1945年8月、3年8ヶ月に及ぶ総力戦は終結、大日本帝国は降伏する。だがその後の米軍による占領は、1952年4月までの6年8ヶ月に及んだ。空襲により荒廃した国土の中で、日本人はどの様に生き延びたのか。戦前の大日本帝国から日本国へ、国家はどう転換したのか。そして占領軍は、何を考えていたのか。明治維新以来の国家体制の大転換を、飢えに苦しむ民衆から国家の指導者、そして占領軍司令官マッカーサーなど様々な視点で描く、歴史的な問題作。
 太平洋戦争を語るには様々な視点がある。その中で、「敗者である日本」という視点は、この本ならではのもの。喰うものにもこと欠く庶民の暮らしも切ないが、孤児たちは更に厳しい。そんな中で、なんとか旧体制の保全を図る政治家や、煙のごとく消えた軍需物質などの話もキチンと書いてあるし、東京裁判の茶番もキッチリと描いている。これだけ大規模かつ総合的であると同時に、細かい部分にも目の行き届いた作品が書けてしまうのが、アメリカン・ジャーナリズムの底力なんだろう。憲法議論が熱い今だからこそ、多くの日本人に読んで欲しい作品。

【おわりに】

 軍事とその周辺が多くなっちゃったけど、面白かったんだから仕方ない。ノンフィクションは他にも スーザン・フォワード「となりの脅迫者」パンローリング 亀井よし子訳 が面白かったなあ、とか言ってるとキリないので、この辺で止めよう。長く生きていると、いい加減に面白そうな本が尽きると思っていたが、現実には逆で、次から次へと読みたい本が増殖していくから不思議だ。

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2015年12月29日 (火)

SFマガジン2016年2月号

戦場に人間の出る幕はない。
  ――ジェイムズ・L・キャンビアス「契約義務」中原尚哉訳

「いやなことがあっても、これも話のネタになると思えば、やり過ごせちゃうんです」
  ――早瀬耕「有機素子版の中」

 376頁。今回の特集は三つ。まずは映画「スターウォーズ/フォースの覚醒」公開にあわせ、スターウォーズ特集。次もやはり映画「オデッセイ」公開にあわせ、「『オデッセイ』と火星SFの系譜」。そして冲方丁 PRESENTS 新人クリエイター発掘企画として、「冲方塾」小説部門マルドゥック・コース優秀作10編を掲載。

 小説は読みきりが2本、ジェイムズ・L・キャンビアス「契約義務」中原尚哉訳と、早瀬耕「有機素子版の中」に加え、連載が川端裕人「青い海の宇宙港」第7回,夢枕獏「小角の城」第36回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第7回,小林泰三「ウルトラマンF」第2回。

 スターウォーズ特集。堺三保のアメリカン・ゴシップ特別編では、ノベライズを手がけたSF作家をリストアップしてるんだが、中には「この人に書かせて大丈夫なんだろうか」と思うような人も。グレッグ・ベアは変な設定を持ち込みそうだし、テリー・ビッスンは田舎の片隅でのんびりしそうだし、K・W・ジーダーに至っては…

 ジェイムズ・L・キャンビアス「契約義務」中原尚哉訳。太陽系の惑星系に人類が進出した未来。ヤマダ大尉と六体のロボット兵機は、作戦開始に備え目覚め始めていた。目標はアンファ・ハビタット、直径1kmの巨大な球形をしている。金星を60度先行した軌道上にある。輸送船を装って接近したヤマダ大尉らは…

 現在でもドローンは自律的に航路を選べるし、シリアやアフガニスタンでは無人航空機が空を飛び偵察や攻撃を請け負っている。イージス艦やF-22ラプターなどは戦場の情報を多数の兵器で共有できる。この調子で宇宙用の兵器が進歩したら? なんて発想の作品。メカ視点の描写がクールで気持ちいいと感じる私は変態かもしれないw

 川端裕人「青い海の宇宙港」第7回。周太がもどってきた。駆たちが夏休みの話をすると、「ずりー!」と文句をいいっぱなし。久しぶりに宇宙探検隊の四人が周太の家、岩堂エアロスペースに集い、屋根の上で天体観察を始める。今日は、ハイタカ3の地球スイングバイの観察だ。

 今回は「計算」の話が面白かった。軌道脱出速度のように、ある程度は微分方程式で簡単に解ける問題と、三体問題に代表されるように、シュミレ-ションで近似的に解くしかない問題と。今使えるロケット・モーターの能力と、持ち上げる荷物の質量がわかれば、どんな軌道に投入できるかという工学的な問題が、綺麗に解が出るのに対し、宇宙に出た後の軌道という物理学的に解けそうな問題を、モンテカルロ法とニュートン法を組み合わせた泥臭い手法でやってるとは。

 小林泰三「ウルトラマンF」第2回。実験の事故に巻き込まれてしまった富士隊員は、隔離検査室に閉じ込められる。目覚めた富士隊員は大声で呼びかけるが、何の返事もない。体にはモニター用のケーブルが多数取り付けられている。それらを外して歩きだそうとするが…

 当時の怪獣物番組は勢いで作っているような所があって、真面目に考察するといろいろと困った点が出てきてしまうのは、「空想科学読本」でネタにされている。が、そこを何とか理屈をつけて辻褄を合わせようとする、この作品の姿勢が楽しめる回。体積と体重の問題も、思わず「そうくるか~」と唸ってしまった。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第7回。バロットは、自分の将来に向け前向きに歩き始めている。だが、同じ頃、ハンターも着々と計画を進めていた。新たに仲間に迎えた者たちも含め、メンバーに五段階のステージから成る計画を説明する。その第一段階は…

 マルドゥック市の裏社会に、突然出現した<クインテット>と、そのリーダーであるハンター。彼が何を望みどこを目指しているのか、その一端が明らかにされる回。沈みがちなイースター・オフィスに比べ、<クインテット>の描写は自信と希望に満ちているのが皮肉で、おもわずハンターを応援したくなるから困るw

 続く「冲方塾」小説部門優秀作10編は、マルドゥック・シリーズの二次創作を集めた特集。うち前の七編は真面目にシェアード・ワールドした作品なのに対し、後ろの三篇はメタがかかったもの。

 私が一番気に入ったのは坂堂功「マルドゥック・スラップスティック」。タイトル通り、阿呆なアイデアで突っ走るギャグ作品で、毒づくバロットに大笑いした。加えて、この作品独特の"/"で区切る文体も、「こう使うか~」と妙に納得w にしてもウフコック、何集めてんだw 続く渡馬直伸「マルドゥック・クランクイン! ―if―」も、「こう料理するかー!」と発想に感心。

 鹿野司「サはサイエンスのサ」。「電気で生きる生命を発見」なんてニュースを元にしたコラム。この発見にも驚くが、電気生物が持つ「電極タンパクをもつ細菌はありふれて」いるってのも驚き。とすると、木星の大気中にもケッタイな生物がいるかもしれない。

 早瀬耕「有機素子版の中」。ぼく北上渉は、下関駅から釧路へと向かう寝台列車で、彼女と出会った。尾内佳奈は、左手の薬指に包帯をしている。バー・タイムの食堂車で相席となり、共に食事をしている時、思わぬ失言をしてしまう。「つまらない」

 「グリフォンズ・ガーデン」の後日譚。恋人たちの会話が独特だった「グリフォンズ・ガーデン」に、見事な設定を仕掛けた作品…と書いた時点で、既にネタバレしちゃってる気がする。にしても、日本で長距離の列車旅行をしようと思ったら、こういう特別なルートにしないと難しいのは、便利なような寂しいような。

 長山靖生 SFのある文学誌 第44回 『浮城物語』をめぐって 政治小説の終わりと近代文学のはじまり。明治の議会開催をきっかけとして、活発に出版された政治小説群に対し、坪内逍遥の「小説神髄」に端を発した純文学側の批判。こういう構図は直木賞vs芥川賞とかニューウェーヴvsLDGとか、アチコチで見られるんだよなあ。そもそも、創作物に一つの普遍的・絶対的な評価基準を当てはめようとするのが間違っていると私は思うんだが。

 鳴庭真人 NOVEL&SHORT STORY REVIEW 宇宙SF。「恒星間航行を扱った作品に贈られるカノープス賞」なんてのが始まったのか。楽しみだなあ。今回のネタの一つは、それにノミネートされたアレックス・シュヴァーツマン「アルカディアへの競争」 The Race for Arcadia、なんとロシア出身の作家。ついにロシアから本格的宇宙SFを書く作家が出てきた!

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2015年12月27日 (日)

星名定雄「情報と通信の文化史」法政大学出版局 2

一冊の聖書をつくるのに羊500頭もの皮が必要となった
  ――第1章 コミュニケーションの源流をさぐる

 星名定雄「情報と通信の文化史」法政大学出版局 1 から続く。

【トロイ落城】

 まずは情報記録媒体の話から始まり、粘土板→樹皮→木簡そして紙へと続く。紙ったって羊皮紙=パーチメントに手書きだ。当時の書籍の価格は先の引用の通り。インターネットで調べりゃ大概の事が分かる今が、なんと贅沢な時代であることか。

 そして次に通信手段なのだが、最初に出てくるのは狼煙。ここに例として出ているのがトロイア戦争(→Wikipedia)で、紀元前13世紀頃の話だ。なんとトロイ落城の知らせが、その日のうちにミケーネの王宮に届いている。これを可能にしたのが、狼煙のリレーで、総距離555km。途中に幾つかの中継基地を置いて、狼煙通信を次の基地へと伝えていったわけ。

 狼煙は予め煙や焔の色や数を決めておき、そのプロトコルに従って相応しい信号を送る、いわばデジタル通信だ。これに対し、アナログなのが飛脚。馬や足の速い者が、リレーで手紙を運ぶ精度である。

【駅制と飛脚】

 これも幾つか出てくるが、いずれも古代の強力な中央集権の王制国家によるものなのが特徴。

 古代エジプト・古代ペルシアそして秦と続くが、圧巻はやはりローマ帝国。古代ローマは土木に秀でていたが、ここでもその技術が充分に発揮される。土木と通信に何の関係あるの?と思われるだろうが、大変な意味があるのだ。

 当時は、人や馬が走って手紙をやりとりした。だから、人や馬が走れる道が必要になる。そこで、ローマ帝国はまず道の整備から始めた。「すべての道はローマに通じる」というより、ローマから道がやってくる形になる。そのための労力調達が上手い。

 ローマは周辺の地域を戦争で征服して拡大していく。戦争が終わると、兵は失業する。今も昔も失業者は社会不安の原因だ。そこで、兵を道造りに雇うのである。賢い。

 道と同時に、飛脚を交代したり代えの馬を揃える、宿駅も作る。ローマだと、だいたい30km~50kmおきだ。やがて宿駅には宿泊所や食事どころができて、人・モノ・情報が集まるようになり、町のようなものが発展してゆく。

 とはいえ、遠い昔の話。道中は獣や追いはぎが出没し、飛脚もなかなかデンジャラスな仕事だったようで、槍などで武装する場合が多かった様子。

 いずれにせよ、こういった制度がキチンと機能するのは、強力な中央集権型の国家があっての話。この本には日本の通信史も出てきて、これも世界史と同じ流れで発展・退化・再発展するから面白い。

【歴史のパターン】

 そう、通信史全体を通してみると、西洋・中国そして日本で、みな似たようなパターンで変化していくのだ。

 まず、古代の強力な中央集権国家ができて、駅制が全国に整備される。日本では律令時代がこれに当たる。ここでは手紙文学の話もあって、書札礼(→Wikipedia)なんてのも出てくる。「今様にいえば、手紙文上達早わかりとでもいうべきガイドブック」で、文例集まであった。奈良時代から直子の代筆みたいな需要はあったのだ。

 全国的な駅制は平安時代にシステムが綻び、鎌倉時代に少し持ち直したものの、室町時代になると消えてしまう。これが戦国時代になると、完全な崩壊に陥いって、江戸時代に再び復活し始める。

 これは西洋も似たようなもんで、ローマの崩壊・封建領主の時代になると衰え、絶対王政の時代に復活し始める。考えてみればこれも当たり前の話で、駅制が成立・機能するには、国内全土に行きわたる強力な権力が必要だからだ。とはいえ、世界全般で似たような歴史の流れがあり、それを通信史が端的に表しているのは面白い。

 こういった変化の原動力となったのは「馬」だ、と断じたのはマクニールの「戦争の世界史」だったかな?

【制度のパターン】

 中世以降の飛脚制度も、やはり似たようなパターンで変化・発展していく。国王や幕府の肝いりで全国のネットワークが張り巡らされるのとは別に、パリ・ロンドン・江戸などの市内飛脚も発展してゆくのである。こちらはどこでも民間資本が中心なのも面白い一致点だ。現代のバイク便にあたる仕事だろう。

 そして、新興国アメリカが顔を出すとともに、近代的な郵便制度の整備を、米・英・仏・日を舞台に描いてゆく。ここでも民間主導のアメリカ、内外への威信をかけ政府主導で進める日本の対照が鮮やかだ。

 ここで意外だったのが、ペニー・ブラック(→Wikipedia)で有名な、イギリスのローランド・ヒル(→Wikipedia)の郵政改革。最初から大成功だったわけじゃなく、初年度は取り扱い量が倍に増えたものの、収入は43%減、利益は69%減。「導入直前の利益水準までに回復するのに、何とその後24年もかかった」。

 にも関わらず、ヒルの評判がいいのは、大幅な値下げが利用者に大好評だったからだ。

【科学の世紀】

 終盤では、鉄道から始まって、航空機・電信・無線・自動車などのテクノロジーが、恐ろしい勢いで通信速度を上げてゆく。スイス軍が1995年まで伝書鳩を使ってたり、憧れのグラーフ・ツェッペリン(→Wikipedia)が出てきたり、なかなかワクワクする話が多い。特に無線電信と日露戦争の話は、実にギリギリのタイミングだったんだなあ、と感心したり。

 そんな中で、一見キワモノ的だが興味津々だったのが、腕木通信(→Wikipedia)。キース・ロバーツのパバーヌでSF者には有名なシロモノで、詳しくは Wikipedia を見て欲しい。腕木の形を符号化して92×92=8464個のコードにし、そそれぞれを単語や制御記号に対応させる。

 当時から通信の優先順位やエラー訂正などの制御符号もプロトコルに含めていて、現在のデジタル通信の基礎がここで誕生しているのに驚いた。今でもマルチタスク時のリソース管理に使う「セマフォ(→Wikipedia)」なんて言葉に、この腕木通信の名残が残っている。

 ちなみに、日本でも江戸時代から手旗信号のリレーで相場情報を江戸・大阪間でやりとりしてたとか。

 元々の駅制とかだと、国王主導で軍事系の情報をやりとりするために発達したのが、商業と金融が台頭すると民間の情報網が発展してゆくのも、やはり歴史のパターンなのかも。いや腕木通信は、やっぱり軍事情報が中心だったんだけど。

【マスコミ】

 都市化と商業の発達は新聞を生み出し、マスコミが発達、そしてロイターなどの通信社も誕生してくる。ここでも民間主導のアメリカと、政府主導の日本は対照的。

 特にアメリカの新聞だと、1690年の黎明期にボストンのベンジャミン・ハリス発行の「パブリック・オカーランス」が「創刊号において事実を報道することを強調するあまり、それを恐れた植民地総督から睨まれ、敢えなく創刊号だけで廃刊」なんて起源で始まっていて、当時からジャーナリズムが自由の象徴だった事がうかがえる。

 これが20世紀に入るとラジオ→テレビ→インターネットへと急激に進歩し、それと共に情報伝達の費用も劇的に下がってゆく。昔は初任給数か月分もかかった手紙の配達が、今はそれこそ湯水のごとく情報を送受信できてしまう。

 しかも、昔の飛脚ネットワークは、途中や目的地の治安が悪いと完全に絶たれてしまったのに対し、現在は携帯電話網や衛星通信で、戦場とも連絡が取れたりする。単に安く速くなっただけでなく、意外と頑丈でもある。つくづく、21世紀ってのは、人類史上で実にとんでもない時代なんだなあ、と思う。

 まあ、この辺は、黒電話の時代を知っている世代でないと実感できないのかもしれない。

【終わりに】

 などの大まかな話ばかりでなく、例えば平安時代の手紙文化の話だと、紙の色が差出人の美術センスを表してたり、中世ヨーロッパの為替がキリスト教で禁止されてた利子を誤魔化す手段になったり、イギリスの郵便列車が走行中に郵便袋を積み込んだりと、面白エピソードはてんこもり。

 特にアメリカのポニー・エクスプレス(→Wikipedia)では、アメリカでの郵便配達夫の地位がわかって、デビット・ブリンが「ポストマン」を書いた原因は、この辺にあるのかなあ、などと思ったり。

 という事で、プリーズ・ミスター・ポストマンが聴きたくなってしまう本でもあった。「郵便屋さん、ちょっと待ってよ、彼からの手紙来てない?」って可愛らしい歌。あれ、オリジナルはビートルズじゃなくてマーヴェレッツだったのね。私はカーペンターズのが好きです(→Youtube)。

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2015年12月25日 (金)

星名定雄「情報と通信の文化史」法政大学出版局 1

 人間はどのようにして情報をはこび、そして伝えてきたのだろうか――。そのことについて、古代から現代にいたるまでの足跡をたどるのが本書のテーマである。
  ――はじめに

【どんな本?】

 現代では、大抵の連絡ごとはインターネットや携帯電話によるデジタル通信で事が足りる。昭和の頃は、固定電話やファックスが活躍した。電話が普及する前は、手紙や葉書が主な手段だった。では、その前は?

 情報の記録媒体としての粘土板やパピルスから、伝達する手段としての狼煙や使者などを紹介し、また駅制などに代表される様々な情報通信ネットワークを作り上げた原動力や、それが社会に与えた影響、そしてシステムを維持するための工夫や問題点などを、当時の歴史背景とともに語り、情報通信の歴史と意義を明らかにする、一般向け歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2006年10月25日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦二段組で本文約487頁にくわえ、あとがき2頁。8.5ポイント27字×22行×2段×487頁=約578,556字、400字詰め原稿用紙で約1,447枚。文庫本なら三冊分ぐらいの大容量。

 学術書に近い内容だが、比較的に文章はこなれている。読みこなすのに特に前提知識は要らないが、やはり歴史の本なので、歴史、それもヨーロッパ史に詳しい人ほど楽しめる。

【構成は?】

 だいたい時代に沿って話が進むので、素直に頭から読もう。

  •  はじめに
  • 第Ⅰ部 情報通信史のあけぼの 人類の歴史と共に出発
    • 第1章 コミュニケーションの源流を辿る
      1. プロローグ 古代人のコミュニケーション
      2. 絵から文字へ ヒトは記録する
      3. 書写の材料 石から紙へ
      4. 焔と煙と 狼煙が伝えたもの
    • 第2章 古代王国を支えた強大な駅制
      1. 古代オリエント 乾いた大地に使者が走る
      2. 古代ペルシア 王の道と駅伝システム
      3. 古代ギリシャ ヘメロドローメンが走る
      4. 古代中国 漢字に秘められた郵駅の仕組み
    • 第3章 古代ローマ帝国の駅制
      1. ローマの道 すべての道はローマより発す
      2. クルスス・プブリクス 公共の道というけれど
      3. ディプロマタ 乱用が制度崩壊の一因に
  • 第Ⅱ部 基本通信メディアの誕生 中世から近世へ
    • 第4章 大帝国の巨大通信ネットワークの出現
      1. 唐の駅制 南船北馬の地に展開
      2. サラセンの駅伝 カリフの魔法の鏡
      3. モンゴルの站赤 東西の架け橋となる
      4. インカの飛脚 王の目と耳に
    • 第5章 仏英における駅制の発展過程
      1. フランスの駅制 ルイ11世が整備開始
      2. イギリスの駅制 ヘンリー八世が創設
    • 第6章 わが国の情報通信の歩み
      1. 弥生時代 意外と高い情報密度
      2. 大化前代 大和と筑紫のあいだに早馬が走る
      3. 律令時代 唐制を範に通信網を敷く
      4. 平安時代 手紙文化の誕生
      5. 鎌倉時代 六波羅飛脚が京都と鎌倉を結ぶ
      6. 戦国時代 密使が飛び交う世界
      7. 江戸時代 飛脚のネットワークが完備
    • 第7章 中世ヨーロッパの成立と飛脚の台頭
      1. 僧院飛脚 キリスト教社会の絆に
      2. 大学飛脚 故郷と学生を結ぶ
      3. 商都の飛脚 商業活動を支える
      4. 為替と飛脚 支払期限を決める飛脚の速さ
      5. 騎士飛脚 青い外套をまとい馬にまたがる
      6. 都市の飛脚 市民のコミュニケーションを支える
    • 第8章 ハプスブルグ家と歩んだタクシス郵便(駅逓)
      1. 16世紀中葉までの発展 フランツが基礎を築く
      2. 18世紀中葉までの発展 帝国駅逓の地位を獲得
      3. タクシス郵便の終焉 400年の歴史に幕
  • 第Ⅲ部 改革と発展の時代 近世から近代へ
    • 第9章 合衆国成立とアメリカ郵便の誕生
      1. 手紙を運んだ私営船 母国との絆を担う
      2. 植民地飛脚の整備 遅々として進まず
      3. 植民地の駅逓 イギリス本国が管理する
      4. 駅逓から郵便へ 新聞郵便がスタート
      5. アメリカ郵便の発展 西部開拓とともに進む
      6. ニューヨークの市内郵便 民営郵便が活躍する
      7. 安息日の労働 是非を巡り論争
    • 第10章 19世紀イギリスの郵便改革
      1. 近代の郵便事情 高い料金が利用を阻む
      2. ヒルの郵便改革案 外部からの提案
      3. 1ペニー郵便開始 社会生活に溶け込む
    • 第11章 日本の郵便近代化
      1. 創業前夜 幕末の混乱で宿駅制度が崩壊
      2. 前島密 近代郵便創設を建議
      3. 杉浦譲 新式郵便スタートに尽力
      4. 郵便創業 65の郵便局でスタート
      5. 前島洋行 英米の郵便制度を視察
      6. 旧制の再編成 交通と通信を分離
      7. 郵便の全国展開 政府専掌を打ち出す
      8. 外国郵便の開始 日米郵便交換条約の締結で
      9. 東京府内の郵便 1日19回も配達
  • 第Ⅳ部 情報の伝達 古代から現代まで
    • 第12章 陸路の情報伝達
      1. 使者と飛脚 情報通信史のプロローグを飾る
      2. 駿馬 至急報伝達の主役に
      3. 馬車 旅人と郵便を運ぶ
      4. 鉄道 機械時代の到来
      5. 自動車 馬なし時代に移る
    • 第13章 海路の情報伝達
      1. イギリス 郵便の船舶輸送に補助金を出す
      2. 日本 官主導で日本郵船を創設
    • 第14章 空路の情報伝達
      1. 伝書鳩 古代から情報を空輸する
      2. 気球 普仏戦争で活躍
      3. 飛行船 世界一周を敢行する
      4. 航空機 郵便輸送で民間航空がスタート
    • 第15章 空間と時間を克服した通信技術
      1. 人間テレグラフ 目と耳と口と
      2. 腕木通信 現代通信ネットワークの起源に
      3. 有線電信 電気式テレグラフの誕生
      4. 無線電信 海の世界で不可欠に
      5. 電話 人々の生活に浸透する
  • 第Ⅴ部 マスメディアの台頭 近代
    • 第16章 新聞の創業
      1. 新聞前史 口承伝達から手書きメディアへ
      2. ヨーロッパ 印刷メディアの誕生
      3. アメリカ 独立運動を鼓舞する
      4. 日本 瓦版からはじまる
    • 第17章 通信社の誕生
      1. ヨーロッパ 英仏独の三強が誕生
      2. アメリカ 共同取材から出発
      3. 日本 政治宣伝機関から出発
    • 第18章 ラジオからテレビの時代へ
      1. ラジオ 無線電話かの技術を使う
      2. テレビ 新聞と並ぶマスメディアに
  • 第Ⅵ部 エピローグ
    • 第19章 情報通信の隠された世界
      1. 暗号 古代から活用される
      2. 情報活動 検閲と密使の話
    • 第20章 昭和の思い出と平成の変貌
      1. 昭和の時代 人の温もりを残すコミュニケーション
      2. 平成の時代 高度情報化社会の到来
  • あとがき
  • 図版・地図・表リスト
  • 参考文献/索引

【感想は?】

 インターネットの有難みが、しみじみと伝わってくる本。

 インターネットが普及しはじめた頃、「情報革命の時代だ」などと言われた。ちょっとピンと来なかったのだが、この本を読むと、ほとんどリアルタイムかつ安価で世界中の人と話ができるのは、凄い事なんだと改めて感じる。

 というのも、歴史上の多くの大国が、国内外の情報ネットワークを整備するために国家あげての努力をし、また通信速度を上げ通信費用を捻出するために大変な投資をしてきたのが分かるからだ。それもそのはず、情報の伝達には、時として国家の命運すらかかっているのだから。

 では、どのような情報ネットワークがあったのか。それは次の記事で。

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2015年12月23日 (水)

半村良「戦国自衛隊」角川書店

「時間は俺になにをさせようというのだろう」

【どんな本?】

 SF・伝奇・時代物と優れた作品を量産した作家・半村良によるSF小説。映画化もされ、平成の今も別の作家により続編が書き続けられている代表作。

 総合演習中の自衛隊員が、タイムスリップにより戦国時代に飛ばされてしまう。現代の兵装システムを擁し戦闘では無敵ではあるが、燃料や弾薬には限りがあり人数も少ない自衛隊は、戦いが続く戦国の世でいかに生き延び、また時代にどのような影響を与えてゆくのか。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 1979年10月30日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約177頁。今は角川文庫から文庫版が出ている。9ポイント38字×15行×177頁=約100,890字、400字詰め原稿用紙で約253頁。中編と言っていいコンパクトな分量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も難しくない。難がありそうなのは当時の自衛隊の兵器だが、主なものは文中で説明しているので、素人でもだいたいわかる。当然ながら、戦国時代に詳しいと更に楽しめる。

 参考までに、火縄銃と64式自動小銃の違いを大雑把に書くと。火縄銃の射程距離はせいぜい80mで、一発撃つごとに銃口から弾丸を再装填しなきゃいけない。64式自動小銃は射程距離400m以上、安全装置の設定により単発と連発が切り替えられる。装弾数は20発。

【どんな話?】

 その日。能登半島外浦と北海道に敵の圧力が加えられたという想定で、自衛隊は大規模な演習を行なっていた。新潟県と富山県の県境、境川の川口に臨時の野戦補給所を設営中の伊庭三尉らは、突然の異変に巻き込まれる。気づいた時には、北陸本線も国道も、境川にかかるコンクリート製の橋も見当たらず、周囲には誰もいない。

 やがて一人の男が近づいてくる。籠をしょって…ちょん髷をしている。

【感想は?】

 現代なら数巻になりそうな内容を中編に押し込めた、ストーリーの濃厚な作品。

 基本的なアイデアは実に単純で、かつワクワクするもの。現代の兵器と戦闘知識を備えた自衛隊が、戦乱渦巻く戦国時代に現れたらどうなるか、というもの。そりゃワクワクするでしょ、男の子なら。

 なんたって、小銃からして威力が全く違う。例えば火縄銃の射程80mに対し、64式自動小銃は400mだ。補給所ごと来たんで、当面は燃料と弾薬にも不自由しない。おまけにトラック・60式装甲車(→Wikipedia)にl加え、大型輸送ヘリV107(→Wikipedia)や海上自衛隊の哨戒挺まである。わはは、無敵ではないか。

 実際、戦闘場面は、なかなか気持ちがいい。圧倒的に優秀な兵器が存分に活躍し、サムライを蹴散らしてゆく。

 などと笑ってばかりもいられない。なんたって、こっちは人数が少ない上に、現地の情勢がよく分かっていない。燃料と弾薬もいずれは尽きてしまう。そんなわけで、現地の勢力と手を組む形になる。

 ここで最初の同盟相手と接触し、戦闘に突入するまで、色々と迷うあたりが、実に自衛隊らしくていい。米軍なら何も考えずヒャッホーしそうな状況でも、まずは鉄条網をめぐらして守りを固め、「戦闘はできん。あれも日本人だ」と、あくまで自衛に徹するのだ。やっぱり、こうでなくちゃ。

 などの物理的な戦力差に加え、SFとして美味しいのが、現代と戦国時代の思想・文化・性格の違い。伊庭が最初の戦闘に突入するあたりから、この違いがハッキリと出てくる。あまりにアッサリと書いちゃってるんで、うっかりすると見落としちゃうけど。

 と同時に、積み重ねられた歴史と、それに応じて広がった人類の視野も、しみじみ感じさせてくれる。当時としては情勢に通じた当時の武将よりも、現代に住む我々の方が、広く世界全体を知っていたり。これもまた、交通と通信が発達した現代文明の賜物だろう。

 自衛隊のチートは、他にもある。地図などの道具もそうだが、知識も大きい。これは燃料と弾薬が苦しくなる後半に入り、より大きな役割りを果たすようになる。そして何より、戦国時代の歴史を知っていること。もっとも、これは最初から少しズレていて、しかも理屈の上では自衛隊が動く度に更にズレていくんだけど。

 戦国時代に詳しい人なら、最初に伊庭が現地の将と接触した時点で、「キターッ!」と叫ぶかもしれない。これは後半に向かうに従い、更に各地の有名な武将が続々と顔を出してくる。贔屓の将がどんな役割りを果たすか、または軽くいなされるか、武将に思い入れがある人ほど深く味わえるだろう。

 なにせ短い。それだけに、個々の描写も簡潔で、うっかりすると美味しい所を読み逃してしまう。特に後半、次第に現地の人が活躍し始めるあたりは、話が盛り上がっているので読むほうも気分が急いて、ついつい急いで読んじゃうけど、実は巧妙に辻褄を合わせてたりする。

 素直に読んでももちろん楽しめるが、その後に「俺が伊庭ならどうするだろう?」などと妄想を始めると、眠れなくなってしまう。読んでよし、読後に妄想してもよし、短いくせに楽しみは無限に広がる、実に困った作品だ。

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2015年12月22日 (火)

B・F・スキナー「自由と尊厳を超えて」春風社 山形浩生訳

 物理学や生物学のたどった道をたどるためには、行動と環境との関係を直接見るべきであり、それを仲介するとされる心の状態は無視すべきだ。(略)私たちだって、行動の科学的な分析を進めるにあたって、人格だの心の状態だの、感情、気質、計画、目的、意図など、自律的な内なる人の要件など発見する必要はないのだ。
  ――第1章 人間行動のテクノロジー

真の脅威とは、あまりにうまく設計されて反逆を引き起こさないような奴隷制なのだ。
  ――第2章 自由

自律的であるなら、定義からしてまったく変えることはできない。でも環境なら変えられるし、その変え方も理解されつつある。私たちが使うのは、物理と生物の知識だが、それを特別な形で使うことで行動に影響を与えるのだ。
  ――第6章 価値観

問題は、いま現状での人々に好かれる世界をデザインすることではなく、その新しい世界に暮らす人々に好かれる世界をデザインすることだ。
  ――文化のデザイン

【どんな本?】

 行動心理学の開祖の一人、バラス・フレデリック・スキナー(→Wikipedia)による、一般向けの思想書。

 敢えて心理学から「心」や「人格」などを取り除き、環境と刺激に対する反応という形で人間の行動を説明しようとすることで、心理学を物理学や生物学と同じ「科学」へと変え、またそれを社会に応用できると説き、その発想に対する反論「それは人間の自由と尊厳を踏みにじるものだ」に答えようとする。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Beyond Freedom and Dignity, by B. F. Skinner, 1971, 2002。日本語版は2013年4月18日初版発行。1972年に番町書房より「自由への挑戦 行動工学入門」で出たが、春風社版は2002年刊のペーパーバックと Kindle 版が底本。

 単行本ハードカバー縦一段組みで本文約267頁に加え、訳者あとがきがなんと28頁。9ポイント43字×16行×267頁=約183,696字、400字詰め原稿用紙で約460枚。文庫本なら標準的な一冊分の分量。

 思想書でもあり、やや文章は硬いが、具体例を挙げて説明しているので、じっくり読めば理解できるだろう。特に前提知識は要らないが、スキナーや行動心理学を知らない人は、訳者あとがきを先に読むといい。

 また、思想的には功利主義に近く、伝統主義者には腹の立つ本かもしれない。

【構成は?】

 基本的に前の章を受けて後の章が展開する構成なので、できれば頭から読んだほうがいい。また、各章の最後は章のまとめになっているので、忙しい人は各章の最後だけを読めばいい。

 訳者あとがきは、とても親切でわかりやすい。というより、わかりやすすぎる。

 実は訳者である山形浩生自身の主張や、スキナー以降の神経医学や心理学の成果も多分に入っていて、「現代科学の成果をスキナーが消化したら、こんな主張をするだろう」的な領域に足を踏み入れている。なまじ親しみやすくわかりやすい文章なので、あとがきを読んでわかったつもりになってしまうので要注意。

第1章 人間行動のテクノロジー
第2章 自由
第3章 尊厳
第4章 罰
第5章 罰に代わるもの
第6章 価値観
第7章 文化の進化
第8章 文化のデザイン
第9章 人間とは何だろうか?
謝辞/訳者あとがき/註/索引

【感想は?】

 映画「マトリックス」の世界は、ユートピアなんだろうか? いや第一部しか観てないんだけど←をい

 今はビッグデータが注目を集めている。膨大なデータを処理して、有益な情報を引き出そうとする技術だ。遺伝子分析や気象情報など自然現象を扱う場合もあるが、ヒトの行動を統計的に調べる時にも使う。

 身近な応用例が Google で、毎日量産される膨大なインターネット上の情報を集めて索引を作り、素早い検索と応答を実現している。お陰で私のようなしょうもないブログにも、いらして下さるお客さまがいらっしゃる。ありがたいことだが、困った事態も引き起こす。少し前に話題になった、Google サジェスチョンだ。

 "夫 "で検索しようとすると、世の男性にはあまり嬉しくないキーワードを示してくる。

 Google サジェスチョンの場合は使う人の傾向を素直に示しているだけなので仕方がない。が、Google 検索だと、多少 Google 社の意向が入っているようだ(→Google ウェブマスターガイドライン)。大雑把にまとめると、こんな感じだろう。「検索する人が喜ぶサイト・頁を優遇し、ズルい事してるサイト・頁は冷遇しますよ」

 私も多くのお客さまに来て欲しいので、なるべくガイドラインに沿うようにしている。例えば記事名は著者名・書名・出版社名(・訳者名)だけとして、「…を読んだ」みたいな余計な言葉はつけない。必要な情報は記事名で全て示し、要らない情報を省く事で、記事名を見れば記事の内容が見当つくようにしている。

 これをスキナー風に言うと、「Google という環境が私の記事の書き方=行動を変えた」となるだろう。環境により、人間の行動が変わった、一つの例だ。そして、Google は、そういう環境を整えることで、インターネットを「使う人が喜ぶ社会」にしようとしているわけだ。

 これはインターネットという小さな社会ではあるけど、スキナーが目指した社会の一例だと思う。

 Webサイト・頁を作る人は、なるべく多くの人に見てもらおうとする。なぜ見てもらいたいのか、その理由を分析しても仕方がない。とにかく見てもらおうとしている事が分かったら、その性質を巧く利用して有益な事に使いましょうよ、そんな理屈だ。

 そんなわけで、私は Google に迎合した様式や内容で記事を書いているんだが、これは私が Google にコントロールされているようにも見える。だとすると、私の自由や尊厳は、どこにある?

 とまれ、社会を成立させるには、何らかのルールが必要だし、時として罰も必要だろう。ルールという点では、そもそも IP プロトコルに準じていなければ Google に相手して貰えないし、あまり下品な記事ばかりだと、いわゆる Google 村八分にされてお客さまが来なくなる。やんわりと、Google は我々を縛っているわけだ。

 実社会でも、治安や文化を守るために、人は様々なルールや賞罰を定め、または道徳や価値観を育ててきた。スキナーが環境という時、それは温度や天気ばかりでなく、社会が定めた法や価値観も含む。少なくとも、この本では、そういう意味で「環境」という言葉を使っている。そして、社会的な環境を文化と呼ぶ。

 文化もまた、人をコントロールする。私はコメのメシが大好きだし、食べ物を粗末にするのは嫌いだ。これは日本の文化に染まっているからだ。南インドに生まれていたら、同じコメでもインディカが好きになっていただろうし、メキシコに生まれていたらタコスが大好きになっていただろう。

 では、どこに生まれたら私は幸福なんだろうか? 今の私は日本が好きだが、アメリカに生まれたら、たぶんアメリカが好きになっているだろう。だが北朝鮮に生まれていたら、なんとかして他の国に行きたいと願うだろう。

 ソコで生まれ育った人が、やっぱりソコが一番だと思う、そういう社会にしましょうよ、スキナーの主張は、そういう事なんだとも受け取れる。だとすると、実に当たり前の事しか言っていないじゃないか。だが、この本は出版時に大きな反響を呼び、中には強い反発もあったし、それは今でも続いている。それは挑発的な書き方をしているからだ。

 文化や伝統を「環境」と一言でくくり、それは変えられるし、科学的な知見を元に変えて行きましょうよ、と断言する。例えばそうだなあ、私はコメのメシが好きだけど、これを「トウモロコシの方が単位面積当たりで収穫できるカロリー量が多いからトウモロコシを主食にしよう」とか言われたら、やっぱり抵抗がある…って、ちょっと誤解を招きやすい例かも。

 違う例だと、道路整備がある。昔は一直線の道路がいいとされていたけど、最近の高速道路は緩いカーブが続く形が多い。真っすぐだとドライバーが眠ってしまい事故を起こしやすくなるが、曲がっていると眠りにくくなり事故が減るからだ。

 やはり住宅地などでは、車が真っすぐ進めないよう、道の途中に街路樹を植えたりする。邪魔物を置き、車がギザギザに進むようにして、ゆっくり走るようにすることで、事故を減らす効果がある。

 これらは、「ハンドル操作があるとヒトは眠くなりにくい」「障害物があるとスピードを出しにくい」などの、行動心理学の成果とも言えるだろう。そんな風に、やんわりとヒトを誘導する事で、みんながハッピーになれるんなら、それが一番いいのかも。

 その為には、「ヒトはどんな事にどう誘導されるか」が、わかってないといけない。そこで行動心理学者の出番ですよ、とスキナーは言いたかったんだろう。

 とまれ、そうやって「誰もがハッピーになれる世界」は、昔からユートピア小説で描かれてきたし、今もSF物の定番テーマだ。映画「マトリックス」も、極限まで推し進めたユートピアを描いていた。どうもヒトは、「誰かにコントロールされている」という感覚を嫌うらしい。そんな世界じゃ、ヒトの自由や尊厳はないじゃないか。

 と、やっと本書のテーマ「自由と尊厳を超えて」に辿りついた。この矛盾を、どう解決するのか。望もうと望むまいと、我々は既にこの矛盾を目の前に突きつけられている。広告はモノを買わせようとするし、道路は事故を起こさせまいとし、政府は支持率を上げようと画策する。そしてビッグデータやマイナンバーででヒトの行動はトレースしやすくなりつつある。

 そう考えると、今こそ読まれるべき本なのかもしれない。ただし、思想書であって、行動心理学の具体的な成果は書いていないので、心理学的な内容は期待しないように。

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2015年12月20日 (日)

キジ・ジョンスン「霧に橋を架ける」創元海外SF叢書 三角和代訳

デーモン・ナイトによる六つの物語の種類は――

  1. 解決の物語。主人公には問題があり、それを解決する、あるいは解決しない。
  2. 説明の物語。
  3. 意外なラストの物語。
  4. 決断がなされる物語。実際に実行されるかどうかは重要ではない。
  5. 主人公が謎を解く物語。
  6. 暴露の物語。隠されていたものが主人公に、あるいは読者にあきらかにされる。
      ――ストーリー・キット

「わたしたちの暮らしはつねに変化するものだ。望むか望まないかは関係ない」
  ――霧に橋を架ける

【どんな本?】

 アメリカのSF/ファンタジイ作家キジ・ジョンスンの、最初の邦訳短編集。日本オリジナルの編集。SFというよりファンタジイまたはスリップストリーム的な作品が中心で、奇妙な状況・現象に立たされた者が、その状況に戸惑い、または受け入れてゆく過程や心の動きを描いた作品が多い。また、猿・猫・犬など動物の登場が多いのも特徴。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2014年5月30日初版。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約247頁に加え、訳者あとがき2頁+橋本輝幸の解説10頁。9ポイント43字×20行×247頁=約212,420字、400字詰め原稿用紙で約532枚。標準的な文庫本一冊分の文字量。

 文章は比較的にこなれている。内容もファンタジイ寄りのものが多く、特に科学知識は要らない。ただ、表題作の「霧に橋を架ける」だけは、吊り橋の理屈や構造(→Wikipedia)を知っていると迫力が増す。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 元題 / 初出 の順。元題は Ameqlistキジ・ジョンスンを参考にした。

26モンキーズ、そして時の裂け目 / 26 monkeys! Also, the Abyss / Asimov's Science Fiction 2008.7
 2009年世界幻想文学大賞ショート・ストーリー部門受賞。エイミーの舞台は、クライマックスで26匹の猿を消す。26匹の猿が次々とバスタブに飛び込み、最後に飛び込んだゼブが大きな咆哮をあげる。フラッシュが光ると、バスタブはからっぽになる。猿たちがどこに行くのか、エイミーも知らない。だが猿たちはちゃんとツアーバスにもどってくる。
 26匹の猿による見世物興行の旅を続ける、エイミーの話。昔は神社のお祭りなどで見世物小屋がよくあったけど、最近はどうなんだろう? 旅の暮らしは、しがらみがなくて楽しそうに思えるけど、長く続けるのはしんどいだろうし。「わたしたち、庭をもつつもりなんです」って台詞には、そんな想いがこもっているのかな?
スパー / Spar / Clarkesworld 2009.10
 2010年ネビュラ賞ショート・ストーリー部門受賞。宇宙で遭難し、ちっぽけな救命艇に閉じ込められた、彼女とエイリアン。エイリアンは二足動物ではなく、絨毛がある。両者はひたすらファックする。エイリアンは千通りに彼女を貫き、彼女もエイリアンを貫く。
 得体の知れないエイリアンと、ひたすらファックするだけのお話なんだが、ポルノとしては全く実用性がないw 三人称で語っているのが更におかしい。両者は全くコミュニケーションが成立していないので、そもそもファックなのかも怪しいし、相手が生命体だという保証もない。なんなんだw
水の名前 / Names for Water / Asimov's Science Fiction 2010.10-11
 工学部の三年生のハーラが教室に足っていると、突然に携帯が鳴り出した。電話に出たが、誰の声もしない。よく聞いても、雑音しか聞こえない…いや、水音だ。砂浜に押し寄せる波の音みたいだ。まるで海が電話をかけてきたみたいだ。
 単位を落としそうになり焦っている学生にかかってきた、不思議な電話。その正体は何なのか。全体的に重苦しい作品が多い中で、ちょっと楽しい気分になる、「日常の中の少し不思議」なお話。
噛みつき猫 / The Bity Cat / At Month of the River of Bees 2012
 三歳のセアラは、猫を飼っている。ママとパパは喧嘩ばっかり。兄のポールは六歳で、猫をもらえなくて怒ってる。みんなは噛みつき猫と呼ぶけど、セアラはペニーの正体を知っている。本当は猫じゃない。怪獣なんだ。
 両親の仲が悪い家庭の、小さい女の子と猫のお話。誰彼構わず噛みつく暴れん坊の猫ペニーは、みんなに嫌われてる。でもセアラはペニーが大好き。何かを・誰かを好きになるってのは、こういう事なんだろうなあ。
シュレディンガーの娼館 / Schrödinger's Cathouse / Fantasy and Science Fiction 1993.3
 郵便局で受け取った、差出人住所のない茶色の紙包み。中には小さな箱が入っている。ボブは車の中で箱を開けた。あたりを見回すと、広い部屋の中だ。壁紙は赤紫と深紅の大きな渦巻き…と思ったが、瞬きすると濃い青に銀色の縞模様になっている。
 有名な「シュデディンガーの猫」に引っかけたお話。生きている状態と、死んでいる状態が重なり合っている猫。観測する度に、状態は変わってゆく。ボブが迷い込んだ部屋も、見るたびに変わって行く。部屋だけでなく、その中にいる人も。それでもボブの人格は連続してる…のかなあ?
陳亭、死者の国 / Chenting, in the Land of the Dead / Realms of Fantasy 1999.10
 何度も科挙に挑みながら、老いてしまった書生に、仕官の話が来た。ただし、任地は死者の国にある陳亭という僻地の県令。書生は内縁の妻の阿蓮と、何度も話し合った。書生は豊かで暮らしやすい場所だろうと考え、彼女は寒く寂しい所だろうと言う。
 現世と死者の国が完全に断絶しているわけじゃなく、妙に連続した感じになっているあたり、ちょっと聊斎志異っぽい雰囲気で、中国の怪異譚の死生感を上手く掴んでいると思う。でもこのオチは酷いw
蜜蜂の川の流れる先で / At the Mouth of the River of Bees / SciFiction 2003.10
 リンナは、蜂に刺された。ちょっとドライブに出かけるつもりで、シアトルから東へ向かった。老いたジャーマン・シェパードのサムと一緒に。軽いドライブのつもりだったが、もう二日も走り続けている。登り坂のてっぺんまで来ると、州警察に止められた。蜜蜂の川が道を塞いでいる。
 「蜜蜂の川」ってなんじゃい、と思ったら、本当に蜜蜂の川だった。犬好きな人は、老いた犬のサムを労わるリンナの気持ちがわかるのかな? そういう意味では、「噛みつき猫」と対を成す作品なのかも。
ストーリー・キット / Story Kit / Eclipse 4 2011
 古代ローマの詩人ウェルギリウスの作品「アエネーアース」(→Wikipedia)と、夫との不和に悩む作家、そして彼女が作品に仕上げる過程を並べて描き、小説を書く技法を解説してゆく。
 Wikipedia によれば「ラテン文学の最高傑作」となっているけど、この作品での取り上げ方だと、だめんずに引っかかった女のソープ・オペラに思えてくる。もしかしたら、本当にそうなのかも。いや「アエネーアース」は読んだことないんだけどw
ポニー / Ponies / Tor.com 2010.11
 2010年ネビュラ賞ショート・ストーリー部門受賞。バーバラに招待状が来た。ポニーのサニーも喜んでいる。《選抜ガール》のパーティーに招待されたのだ。選抜ガールに気に入られれば、バーバラとサニーも選抜ガールになれる。
 幼女向けアニメ「マイリトルポニー」をネタにした作品。「友だちについて学ぶ」ってテーマの作品が下敷きで、なんでこうなるんだかw でも現実は、こんなものかもw
霧に橋を架ける / The man who bridged the mist / Asimov's Science Fiction 2011.10-11
 2012年ヒューゴー賞・2011年ネビュラ賞ノヴェラ部門受賞。金属と石以外は、何でも溶かしてしまう「霧」が、川のように流れている。ここに橋を架けるため、キットはやってきた。今は渡し船で霧を渡る。腕のいい渡し守、ラサリ・フェリーの話だと、今日は渡れないらしい。
 内燃機関はないが、微積分はあるレベルに科学と技術が発達した世界で、1/4マイル(約400m)幅の「霧」に吊り橋を架ける話。工程のみならず、部品や技術者・作業員の調達までじっくり書き込み、大工事の過程を堪能できるばかりでなく、架橋工事のにわか景気で変わってゆく河岸の町、そして職を失う渡し守などを生き生きと描き出し、大きな工学プロジェクトが社会に与える影響と、変わってゆく世界の中で生きてゆく人々の姿が、生々しく迫ってくる。静かに過去へと流されてゆく《でかいの》が切ない。
《変化》後のノース・パークで犬たちが進化させるトリックスターの物語 / The evolution of trickster stories among the dogs of North Park after the Change / The Coyote Road : Trickster Tales 2007
 牛が、馬が、山羊が、リャマが、豚が、ミンクが、そして犬と猫が、話せるようになった。猫は去った。わたしたちは猫を怖がるし、猫は屋根の下で暮らすより、野良暮らしの方がいいらしい。犬にも去るものがいる。または飼い主に捨てられる。リンナはノースパークに行く。そこに何匹かの犬が潜んでいるのだ。
 「ペットが喋ったら」と、飼い主は願うだろうが、本当に喋り出したらどうなるか。著者の動物好きが色濃く出た作品。去る猫と、捨てられる犬って対比は…そんなもんなんだろうか。しかし犬や猫ならまだしも、牛や豚や羊が喋り出したら、たまんないだろうなあ。
訳者あとがき/解説:橋本輝幸

 やはり中編の「霧に橋を架ける」の迫力は見事で、産業革命前の技術で大きな吊り橋を造る過程を通し、そこに生きる人々を含めた世界そのものを鮮やかに創りあげている。「霧」を渡る場面も、危うげな緊張感が伝わってきて、特に《でかいの》らしき者の気配がする場面は怖かった。

 小品ながら、「噛みつき猫」も好きだ。「怪獣」って解釈は、確かに子どもっぽいけれど、「そういう生き物」として受け入れる大らかさ、「そこがいいんじゃないか」と慈しむ気持ちこそ、ペットを飼う者に要求される資格なんだろうなあ。

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2015年12月18日 (金)

マーク・E・エバハート「ものが壊れるわけ 壊れ方から世界をとらえる」河出書房新社 松浦俊輔訳

歴史全体を通じてわれわれはせっせと研究し、いつものが砕け、撓(たわ)むかという問題に対しては、ほとんど完全な答えを発達させてきたというのに、なぜそうなるかについては、あまりに初歩的な理解しか得られていない。
  ――2 古代の芸術、古代の工芸

信頼性と複合性は両立しない――ところがこの単純な事実が、しばしば見過ごされる。
  ――9 なぜ、なぜと問うのか

【どんな本?】

 ガラスの棒を曲げようとすると、ポッキリ折れる。だが針金は折れず、グニャリと曲がる。なぜ、折れるものと曲がるものがあるんだろう? その違いは、どこから来るんだろう? なぜ日本刀や強化ガラスは硬いんだろう? 軍用機の装甲は、どんな工夫をしてる?

 化学と材料化学を専門とする著者が、ガラスが割れる・飛行機の機体が千切れる・豪華客船タイタニック号の沈没などの「壊れた」事例を通し、主に金属素材や合金を中心に、その内部の構造や硬さ・脆さ・柔らかさの原因、そして新素材開発の手法などを紹介する、一般向け化学解説書・エッセイ集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Why Things Break : Understanding the world by the way it comes apart, by Mark E. Eberthart, 2003。日本語版は2004年11月30日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約248頁に加え、訳者あとがき4頁。9.5ポイント42字×17行×248頁=約177,072字、400字詰め原稿用紙で約443枚。文庫本なら普通の厚さの一冊分の分量。

 日本語は比較的にこなれている。化学と量子化学の本だが、不思議なほどわかりやすい。「原子核には陽子と中性子があって、その周囲に電子雲がある」「たいていの物質は冷やすと小さくなる」程度に化学と物理学が分かっていれば充分。理科が得意なら、中学生でも読みこなせるだろう。それと、エンジンや航空機に興味があると更に楽しめる。

【構成は?】

 各章のつながりは緩いが、できれば頭から読んだほうがいい。

  • 1 原子、ビー玉、壊れ方
  • 2 古代の芸術、古代の工芸
  • 3 古代科学
  • 4 脆化とめぐりあわせ
  • 5 衝撃的、ただただ衝撃的
  • 6 壊れないもの
  • 7 どんどんタフに
  • 8 タフじゃなければ
  • 9 なぜ、なぜと問うのか
  • 10 正解、不正解、無益解
  • 11 設計による材料 その内側
  • 12 設計による材料 復活
  • 13 壊れた、直さなきゃ
  •  訳者あとがき/参考文献

【感想は?】

 量子化学が何をするのか、なんとなく分かった気になる。また、なぜアメリカが優れたジェット・エンジンを作れるのかも。

 タイトル通り、ガラスが割れたり、鋼板が割けたりする例から、モノが壊れる原因を追究する本だ。ここで言うモノとは、例えばタイタニック号なら、船体全体ではない。沈む原因となった、「脆い鋼板」を示す。

 タイタニック号は、北大西洋で氷山とぶつかり、船体に裂け目ができて沈んだ(→Wikipedia)。その原因の追求方法は様々だが、著者は「なぜ船体に裂け目ができたか」に注目する。なぜ鋼板は撓(たわ)まず、裂けたのか? 撓んだのなら、あまり穴は大きくならず、沈まずに済んだはずだ。

 どうやら、鋼板の素材に問題があったようだ。鉄には様々な不純物が入っている。代表的なのが炭素で、これが多いと脆い銑鉄(→Wikipedia)になり、少ないと強靭な鋼(→Wikipedia)になる。タイタニックの船体は強靭な鋼のハズだったが、様々な理由で脆くなっていた。

 その一つが不純物で、鋼を脆くする硫黄や燐を多く含んでいた。マンガンを加えると、マンガンが硫黄や燐を吸収して脆くならずに済むのだが、タイタニックの鋼板はマンガンも少なかった。

 加えて、温度もマズかった。一般にモノは熱くなると柔らかくなり、冷やすと脆くなる。大抵のモノは、特定の温度を境に極端に脆く(または柔らかく)なる(展性=脆性温度、DTB温度→Wikipedia)。タイタニックの鋼板は、この境目が20℃あたりらしい。当時の水温は-2℃で、鋼板は脆い状態にあったわけだ。

 では、なぜ硫黄や燐が混じると鋼が脆くなるのか、というと、これは金属の結晶構造が関係していて…

 みたいな風に、タイタニック号という一つのテーマから、冶金に始まり量子化学へと話は広がってゆく。同じ「なぜタイタニックは沈んだか」という問いに対し、立場によって様々な解があるんだなあ。なお、ここで著者がこぼす愚痴は、技術者の多くが頷くだろう。

 スペースシャトル・チャレンジャーも事故で失われた。いずれも、後に調査委員会が開かれる。

 だが、二つの調査委員会の結論は、だいぶ論調が違う。タイタニックの時は、警告を聞き入れて氷山がある海域を避けろ、だ。つまり、運用する者が危険を避ける努力をしろ、となる。だがチャレンジャーでは、「何が故障したかを特定して、それを修理せよ」だ。壊れないモノを作れ、と、まるで技術者が悪いみたいじゃないか。

 それもこれも、機械やソフトウェアの信頼性が異様に上がっちゃったせいで、技術屋が自分で自分の首を絞めちゃった結果なんだが、優れたベテラン・エンジニアなら、似たような思いを何度も味わっているんじゃないだろうか。「そんな使い方するとは思ってなかった」みたいな。

 冶金・量子力学・材料工学と様々な分野から美味しい話を拾い上げるこの本、なんと熱力学でも意外な収穫があった。カルノーの定義(→Wikipedia)だ。これはエンジンの効率を示す式で、理論的な限界を計算できる。曰く。

1-T/T

 知っている人には有名な式なんだろうけど、私には何のことだか分からなかったが、この本で「おお!」と納得できた。 T は最高温度、T は排気温度。4サイクル・エンジンだと、最高温度はシリンダ内で燃料が着火した時の温度になる。この時にシリンダ内の燃料と空気は熱で膨張し、エンジンを回す。

 上の式から、「どうすれば強力なエンジンが作れるか」が見えてくる。最高温度を上げ、排気温度を下げればいい。排気温度を下げるのは難しいから、最高温度を上げよう…と思うんだが、現実的には難しい。あまし温度を上げると、エンジンが溶けちゃうのだ。ってんで、最近のエンジンは色んな素材を使っている。例えばジェット機のタービンの羽根だと…

ニッケルをクロム、アルミ、チタン、コバルト、硼素、炭素、モリブデン、タンタル、ハフニウム、鉄、タングステンと混ぜた合金の一個の結晶でできている。

 よくもまあ、これだけのモノを混ぜるレシピを見つけたものだと感心する。終盤では、そのレシピを見つける秘訣について、幾つかの話が出てくるんだが、やっぱりコンピュータ、それもスーパーコンピュータによるシミュレーションが重要な役割りを担っているようだ。

 計算力は材料工学を発達させ、材料工学はエンジンの性能を伸ばし、エンジンは戦闘機の能力を決める。そう考えると、科学教育・数学教育ってのは、重要だよなあ。それと、エンジニアの待遇も。

 この本のテーマである「モノが脆くなる理由」として、頭の方からラスボスっぽい存在感を放っているのが、実は水素。

 これは「大気を変える錬金術」でもボッシュが苦労していたシロモノで、何にでも染みこんで脆くしてしまう。水素社会なんて言われてるけど、水素はかなり扱いが難しいシロモノなんだよなあ。燃やしたときの熱も大きいんで、エンジンも高熱になり、それに耐えられる素材が必要になってくる。

 もう一つ、脆くなる原因が、放射線だ。核分裂でも核融合でも、核反応があれば放射線が出る。放射線が金属に当たると、結晶構造が壊れて脆くなる。原子力発電の費用を考える際には、これも考えに入れないとマズいよね。

 なんて真面目な話に加え、ボストンがデンバーより寒い理由・日本の刀鍛冶の秘密・MITの学生が見つけた自転車泥棒の手口・最新の戦車の装甲の構造など、小ネタもドッサリ。量子化学なんて難しい分野の本ながら、不思議なぐらいにわかりやすく楽しく読める本だった。

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2015年12月16日 (水)

「完本 池波正太郎大成16 仕掛人・藤枝梅安」講談社

 世の中には、生きていてもらっては世の中のためにならぬ人間どもが、〔法〕の網の目からこぼれ、ぬくぬくと生きている。
 本格の仕掛け人は、そうした連中のみを目ざして殺しをおこなうのがたてまえであった。
  ――梅安晦日蕎麦

【どんな本?】

 昭和のベストセラー作家・池波正太郎による、「鬼平犯科帳」「剣客商売」とならぶ人気時代小説シリーズであり、長寿テレビドラマ「必殺」シリーズの源流となった連作小説群。

 江戸・寛政年間。品川台町に一人で住む鍼医者の藤枝梅安は、腕がよく払いにも鷹揚で、近所の町人や百姓から評判がいい。だが梅安には、知られてはならない裏の顔があった。仕掛人。金で殺しを引き受ける殺し屋である。裏の世界でも凄腕で名の通った梅安に、今日も仕掛けの以来がやってきた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 解題によると、初出は「小説現代」連載で、1972年3月号の「おんなごろし」から1990年4月号梅案冬時雨まで。完本は1999年2月20日第一刷発行、私が読んだのは2008年9月22日発行の第五刷。かなりのお値段なのに安定して売れてるなあ。なお、講談社文庫から文庫本も全七巻で出ている。

 単行本ハードカバー縦二段組で本文約835頁。重さがハンパないです。8.5ポイント28字×25行×2段×835頁=約1,169,000字、400字詰め原稿用紙で約2923枚。文庫本なら6~7冊分の巨大容量。

 ベストセラー作家の作品だけあって、文章の読みやすさは抜群。困ったことにこの人の文体は独特のクセがあり、あまり読みふけると文体のクセがうつるのでブロガーとしては注意しないといけない。内容も分かりやすい。敢えていえば、当時の時刻の表し方(→Wikipedia)を知っているといいが、知らなくても大事な場面では現代の時刻表記を補足してあるので心配いらない。

 もう一つの特徴は、長い連作シリーズにもかかわらず、どこから読み始めても楽しめる事。重要な登場人物は、出てくる度にしつこくない程度に立場や背景事情や登場作品の説明が入るので、どの作品から読み始めても楽しめる上に、もっと知りたくなったらどの作品を読めばいいのかも分かるようになっている。

【収録作】

おんなごろし/殺しの四人/秋風二人旅/後は知らない/梅安晦日蕎麦/春雪仕掛針/梅安蟻地獄/梅安初時雨/闇の大川橋/梅安鰹飯/殺気/梅安流れ星/梅安最合傘/梅安迷い箸/さみだれ梅安/梅安針供養(長編)/梅安雨隠れ/梅安乱れ雲(長編)/梅安影法師(長編)/梅案冬時雨(長編、未完)

【感想は?】

 相変わらずの池波ワールドにドップリ浸れるシリーズ。

 まず気がつくのが、「仕掛人」制度の構築の巧みさ。つまりは金で殺しを請け負う殺し屋なわけで、ゴルゴ13と同じなのだが、完全に個人営業のデューク東郷とちがい、この世界では仲介人が入るのが上手いところ。

 殺しを頼む者を、「起り(おこり)」と呼ぶ。起りは、暗黒街の顔役に話を持ちかける。顔役を「蔓(つる)」という。蔓は話を聞き、引き受けるか否かを判断する。引き受けるなら、知っている多くの殺し屋=仕掛人から、最も相応しいと思える仕掛人に、仕事を持ちかける。

 仕掛人は、報酬を聞いて引き受けるか断るかを決める。引き受けるまでは、殺す相手すら教えてもらえない。引き受けても、「起り」が誰かとか、その目的などは知らされない。

 仕掛人だって人間だ。人殺しで稼ぐ商売だが、自分を悪人だとはたくない。生きる資格のない悪党を殺すのなら自らの良心も宥められようが、「起り」の私利私欲で善人を殺すのは心が痛む。だが、そういった事情は一切知らされずに、仕掛けの是非を決めねばならない。蔓への信頼だけが、判断材料になる。

 このジレンマが、シリーズ前半の緊張感を盛り上げて行く。詳しい事情を知らずに受けるか否かを決め、いったん引き受けたら断れない暗黒街の掟。蔓と仕掛人の信頼関係だけが制度を支えているのだが、なかなか理屈どおりにはいかず…

 人殺し稼業なだけに、全体のトーンは暗い。同じ人を殺すにしても、鬼平には正義の看板があったし、剣客商売の秋山小兵衛には剣に命を賭けた意地があった。しかし梅安には何もない。ばかりか、最初の「おんなごろし」から、梅安の凄まじい生い立ちや、仕掛人の非情な生き様が明らかになる。

 ここでも大江戸ハードボイルドとは言い切れないのが、池波ワールドの味だろう。デューク東郷なら無表情で淡々と仕事をこなすだろうが、梅安も仲間も人の情を捨てきれず、罪の意識にじくじくと苛まされる人間臭さがいい。そのためか、己の寿命も長くはないと思い定めている哀しみが、全編に漂っている。

 などと闇にドップリ浸かりつつも、表じゃ腕のいい鍼医者として患者の面倒を見る際には、「人のいのちをあずかるも同然」なんて考える矛盾も、このシリーズの魅力だろう。冷酷な独裁者も家庭じゃいいパパだったりするし、「人間ってそんなもんだよね」で片付けてもいいけど、立場が人を作るみたいな部分もあるんじゃなかろか。

 いずれにせよ、こういった矛盾に満ちた梅安たちの人物像が、お話に深みを与えると同時に、物語中で描かれる人々の死が生々しく感じさせてゆく効果もあげていると思う。

 こういった制度や人物がシリーズ前半を引っぱってゆくが、後半に入ると俄然空気が重苦しくなってゆく。

 なんたって梅安は殺し屋だ。人の怨みも買っているし、仕掛人制度そのものも無理があり、梅安を狙う者が増えてゆく。鬼平や秋山小兵衛を狙う者も多かったが、鬼平には公儀の立場と多くの部下や仲間がいるし、秋山小兵衛は妖怪じみた強さを誇る剣客で、どっしりとした安心感があった。

 しかし梅安の仲間は少ないし、強いといっても剣の修行をしているわけじゃない。狙われる者の心細さ・恐ろしさ・息苦しさが、話を追うごとに増してゆき、暗黒世界に足を突っ込んだ者の悲しい定めが否応なしに伝わってくる。下手な道徳の教科書より、よっぽど不良青少年の更正に役立つ本じゃなかろか。

 いやほんと、真綿で首を絞められるような重苦しさがあるんだ、このシリーズの後半は。危機また危機の連続で、しかも危機を乗り越えるごとに梅安たちを付け狙う者が増えていくし。今日を生き残るには、破滅に向かって突き進むしかない、そんなどうしようもない絶望感が立ち込めてるんだ。

 池波作品のもう一つの特徴は、美味しそうな料理。無駄な贅肉を抱える身には大変に困る作品が多いのだが、このシリーズは比較的に罪が軽い。不味そうtってわけじゃなく、やはり美味そうな食べ物が多いんだが、全般的に低カロリーで、かつ手軽に作れるメニューが多いのが嬉しい所。

 というのも、梅安の好みが大根で、彼の頼れる仲間・彦次郎の好物が豆腐。いずれもカロリーは少なく、かつ安く手に入る。これを煮て熱い所をいただく場面が多く、寒い季節に読むとどうしても自分で試したくなってくる。最初に出てくる大根と油揚げの煮物とか、実に手軽で安上がりだからたまんない。出汁は昆布かなあ?

 どうでもいいが、ハードボイルドと言いきれないのは料理のせいもある。よく出てくるのが、熱い味噌汁に生卵を入れたもの。美味しいんだよね、あれ。

 やはり鬼平や剣客と一線を画しているのが、女性の描き方。剣客では三冬とかの魅力的な女性が出てきたんだが、このシリーズでは、最初の「おんなごろし」から女への怨みつらみがにじみ出ているような描き方。これは著者の心境の変化なのか、シリーズの色合いに合わせたのか。

 絶筆で未完なのは悲しいが、平成の人気作家が完成させてくれないかなあ。でも絶大な人気を誇る作品だけに、熱心なファンを納得させるのは難しいだろうなあ。いっそ複数作家の競作で、複数の結末を描くアンソロジーを出すとか。

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2015年12月13日 (日)

ロバート・サーヴィス「ロシア革命1900-1927」岩波書店 中島毅訳

ロシア革命は現代史の中でも最も大きな衝撃を与えた出来事の一つである。そしてそれをどのように理解するかという問題は、ソヴィエト・ロシアを認識する者がおかれた立場や属している社会の利害関心などにより、大きく影響されてきた。
  ――訳者解説

旧ロシア帝国内で一つの革命があったのではなく、地方で、県で、郡で、都市近郊や農村で多数の革命があったのである。
  ――第2章 崩壊 1915-1917

彼ら(ボリシェヴィキ)は権力の座にあって、生き残るための実験をおこなわねばならなかった。そして実験をおこなうたびに、ボリシェヴィキは概して、真っ先に反革命から自身を護ることを選択した。
  ――第3章 実験の限界 1917-1927

レーニンは一党制の単一イデオロギー国家を後世に残した。彼は支配の方法としてテロルを使用し続けた。スターリンが自らのいっそう恐ろしい共産主義独裁の形態を開始するの二必要とした制度的枠組みを確立したのは、レーニンであった。
  ――第4章 結論

【どんな本?】

 1917年、第一次世界大戦のさなかに勃発したロシア革命(→Wikipedia)。当時のロシアは、どんな社会だったのか。どんな者たちが、どんな状況におかれ、どんな勢力をなし、どんな主張をしたのか。

 当時のロシアの社会・経済・権力構造そして文化にまで目を配り、革命が勃発した1917年を中心にその前後十数年のロシアの歴史を追いながら、ロシア革命の推移と意義を捉えなおす、一般向けの歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Russian Revolution 1900-1927 : Third Edition : Studies in European History, by Robert Service, 1986, 1991, 1999。日本語版は2005年6月28日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約141頁に加え、訳者解説9頁。9ポイント45字×17行×141頁=約107,865字、400字詰め原稿用紙で約270枚。文庫本なら薄い部類になるだろう。

 文章はやや硬く、いかにも歴史の教科書っぽい。書き方が冷静というか突き放した雰囲気の文体のためか、ちと感情移入しにくいのだ。内容も人物に焦点をあてるのではなく、俯瞰してモノゴトの推移を追う形のため、身を入れて読むのが難しい。とまれ、ロシア物のわりには比較的に前提知識が要らない方だし、文章量も少ないなので、ロシア革命の全体像を掴む入門用としては向いているだろう。

【構成は?】

 基本的に時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

  •  序文/凡例
  • 第1章 不安定な構造 1900-1914
    1. 1900年のペテルブルクと世界
    2. 1905年以前のロマノフ君主制
    3. 経済的進歩
    4. ロシア社会の変容
    5. 社会的不満
    6. 政治的大変動 1905-1906
    7. 体制の順応性の限界
    8. 社会的弾力性と社会組織の成長
    9. 1914年以前の経済的諸問題
    10. 政治的不安定
  • 第2章 崩壊 1915-1917
    1. 戦争と強まりゆく経済危機
    2. 社会的騒乱
    3. 1917年の2月革命
    4. 社会が切望したもの
    5. 「二重権力」
    6. 経済的崩壊と社会の反応
    7. 大衆組織
    8. ボリシェヴィキ党
    9. 国家の解体
    10. 1917年の十月革命
  • 第3章 実験の限界 1917-1927
    1. 政治的陶酔
    2. 経済的および軍事的消耗 1917-1918
    3. 社会改良と大衆参加
    4. 引き締め
    5. 内戦 1917-1921
    6. ボリシェヴィズムに対する抵抗
    7. ネップと経済復興 1921-1927
    8. 社会の回復
    9. 党と政治システム
    10. 1927年のモスクワと世界
  • 第4章 結論
  • 訳者解説/関連年表/
    参考文献・日本語文献案内/索引

【感想は?】

 歴史を学ぶのは難しい。特にロシア史はややこしい。

 なんたって、書く人の思想信条により同じ事件の評価が違う。特にロシア・ソヴィエト史、それもロシア革命は、著者の立場が色濃く出る。おまけに、一般的に政治信条が強く影響する本は、背景事情の説明を省きがちで、いきなり個人名や細かい話が出てくるので、著者が何を言っているのか素人にはよく分からない本が多い。

 そんな中で、この本は比較的手軽にロシア革命の概要を掴める本だと思う。いや他の本を読んで比べたわけじゃないので、イマイチ信用できないけど、なんといっても、文章量が少ないし。

 こういう本は、著者と読者の政治信条の相性が評価に大きく影響する。つまりロシア革命を人民による偉大な革命と見なすか、世界の秩序を乱す悪の秘密結社の台頭と見なすかだ。

 著者は意図的に良し悪しの判断を避け、賛否双方の見解を併記すると共に、当時の社会的・経済的な状況の中で、各勢力の動きを力学的に描くよう心がけているようだ。

 評する私は、そもそもロシア革命についてほとんど知らない。ニコライ二世とトロツキーも、知っているのは名前ぐらいだ。ニワカとはいえ軍オタなので、さすがにスターリンは多少知っているけど。恥ずかしながら、レーニンもほとんど知らず、ソ連の崩壊を描くデイヴィッド・レームニックの「レーニンの墓」で、その影響力の大きさを痛感した次第。

 そういう無知な者の評価として、この記事をお読みいただきたい。

 この本の特徴は、経済的な面に大きな比重を置いている点だろう。とにかく、アチコチに数字が出てくる。

 例えば「第一次世界大戦前の五年間に、ロシアは年平均で1150トンの穀物を国外に販売した」「1916年までに、機械製造業のほぼ4/5は、帝国軍の必要に充当されていた」「臨時政府が存在した八ヶ月間に、政府の穀物調達期間が調達したのは、国の穀物必要量のわずか48%であった」etc。

 そんなわけで、当時のロシアの経済状況が、かなり具体的に掴めるのが嬉しい。いっそグラフを付けてくれれば、もっと感覚的にわかるんだが。

 そういう目で見ると、ロマノフ王朝の終焉は、「こりゃ誰がやっても政権がコケるな」と思えてくる。日露戦争敗戦の危機はあったにせよ、第一次世界大戦が起きるまでは、穏やかではあるけどなんとか経済成長していたし、農地もジワジワと農奴の手に渡っていた。工業も脆弱ながら立ち上がりかけ、農具も農民の手に渡り始めていたんだが。

 そこに大戦争の勃発だ。工場は軍需に転換され、農機具の生産が減り、農業の生産性は元に戻る。脆弱な鉄道はフル回転するものの、大量の物資と人員を必要とする軍需に回され、国内の流通が麻痺する。おまけに「強壮な成年男子を1400万人も徴兵」したんだからたまらない。

 ってんで、ロマノフ王朝は倒れ、「都市と農村の中流階級の利益を守る包括的政党」カデットが政権につく。が、日露戦争以降に大きく成長した各地のソヴィエトとの軋轢は大きくなるばかり。カデットが大戦の継続を掲げたのもマズかった。

 ってんでボリシェヴィキが台頭するんだが、当時のロシアの状況は、やはり誰が政権についてもどうしようもない状態だったように感じる。じゃ、以前の政権と何が違うかっつーと、強引さではあるまいか。非常委員会チェカを創って逆らう者を粛清し、街頭デモを銃撃する。つまりは暴力で押さえつけたわけで、これがソ連崩壊までずっと続く。

 当初はボリシェヴィキに対する反乱も多かったようだが、いずれも暴力で鎮圧する。熟練労働者が不足して工業は停滞、1921年には「ヴォルガ流域では数十万の農民が餓死」する上に、外交的にも孤立してしまう。

 この辺を読んでて、なぜボリシェヴィキが権力を維持できたのが不思議に思ったんだが、この本では冷酷な暴力によるものとしている。暴力を使うにしても、軍を掌握できなけりゃ話が始まらないんだが、どうやって軍を従わせたか、にまでは、この本は踏み込んでいない。このあたりは、少し不満が残る。

 やがて1921年に新経済政策ネップなんてのが登場してくる。部分的な自由経済だ。これが多少は功を奏するんだが、レーニンが死にスターリンが継ぐと、ネップも潰される。

 などと、ロシア革命のおおまかな流れはなんとなくわかる本ではあるが、ボリシェヴィキが権力を掴みかつ維持した秘訣や、スターリンが頂点に登るまでのボリシェヴィキ内部の権力闘争まではわからない。あくまでもロシア革命の全体像を掴むための本だと考えよう。

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2015年12月11日 (金)

宇月原晴明「信長 あるいは戴冠せるアンドロギュヌス」新潮社

信長は、誰でもが誰とでもと殺し合う時代に生まれた。彼のような日本の、そのまた取るに足らない小国の王子にとって、家系は剣によって形作られるのである。

【どんな本?】

 自ら第六天魔王とうそぶき、比叡山・本願寺・一向一揆などで虐殺を繰り広げ、相次ぐ戦いの中で生涯を終えた織田信長。14歳の初陣でローマ皇帝の座を手に入れ、以降は常軌を逸した淫蕩を尽くした挙句に処刑されたヘリオガバルス。3世紀のシリアから16世紀の日本、そして1930年代のベルリンを繋ぎ、歴史の奥に蠢く異物を紡ぎ出す長編伝奇ファンタジイ小説。

 1999年第11回日本ファンタジーノベル大賞受賞作。SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2001年版」でも、ベストSF2000国内篇で11位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 1999年12月15日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約321頁。今は文庫本が出ている。9ポイント44字×21行×321頁=約296,604字、400字詰め原稿用紙で約742枚。長編小説の文庫本としてはやや厚め。

 文章は少しクセがあるが、慣れれば気にならなくなる。内容も特に難しくない。主な舞台は織田信長が暴れまわった戦国時代だが、漫画や小説で「だいたいのところ」を知っていれば充分。それより、多くの日本人はヘリオガバルス(→Wikipedia)に馴染みがないと思うので、できれば Wikipedia で軽く調べておこう。

【どんな話?】

 家内の者にもうつけ呼ばわりされる三郎信長。父・信秀の葬儀でも抹香を仏前に投げかけ帰った信長を、「あれこそ国持ちになえれる者」と評する坊主がいた。信長に「何者だ」と問い詰められた坊主は答える。

 「国が取りたければ、後刻、津島の社にまいられよ」「その身でなければ、天下は取れぬのだ」

【感想は?】

 くり返すが、ヘリオガバルス(→Wikipedia)を予め調べておこう。

 3世紀のローマ皇帝。うぁりウス・アウィトゥス・バッシアヌス。シリアに生まれ、14歳の時にアンティオキアの戦いで皇帝の座につく。以後は暴虐と淫蕩の限りを尽くし、女装癖もあった。Wikipedia でザッと調べただけでも、「よくこんなのが玉座につけたなあ」と呆れるばかりだ。

 どこをどうすりゃ、この愚帝と合理主義者で名高い信長が繋がるのかと思うが、そこをなんとかするのが作家の力量。歴史上の事実と様々な伝説を組み合わせ、血の川と屍の山を築きながら、壮大で少し切ない物語を紡いでゆく。

 両者を繋ぐのは、1930年代のベルリン、アントナン・アルトー(→Wikipedia)。シュルレアリズムに傾倒し、「ヘリオガバルス または戴冠せるアナーキスト」を著す。すんません、こっちはまだ読んでないです。ナチスが台頭し、暗い陰が差しはじめたベルリンで、陰鬱な詩人がどんな役割りを果たすのか。

 3世紀のローマ・16世紀の日本・1930年代のベルリンを行き交う物語の中で、最も楽しめたのは、やっぱり16世紀の日本を描くパート。

 派閥に別れ争い合う尾張を統合し、桶狭間で大国の今川を下し、弱兵で有名な尾張兵を用いながら、勇猛で知られる武田騎馬軍団を破り…といった日本史上の有名な事件を、この作品ならではの異様な世界観を元に組み立てなおし、騙りなおしてゆく。

 そこで使うネタが、地域的にはユーラシア全土にまたがり、歴史的には3世紀から現代にまで通じる壮大なもの。ローマ・シリア・インド・中国そして日本へと、数々の神話と伝説そして遺物を取り上げ、ヨーロッパから極東への長い旅路を辿るもの。

 シルクロードの終点は中国のように思えるが、更に東に進もうとすれば、やがて極東のこの島国に行き着く。そう考えれば、確かに日本列島は地果てる所だし、古の有象無象が形を変え潜んでいてもおかしくない。

 物語の構造としても異様だ。なんといっても、主役の信長が自ら言葉を発するのは冒頭ぐらいで、後は周囲の者から見た信長像ばかりが語られてゆく。重厚な物語ながら、中心がポッカリと虚ろなのだ。まさしく、その虚ろの正体を巡るミステリでもあるんだが、その解釈は少しボヤけている。

 今川義元・武田信玄・上杉謙信など当時の武将も顔を出す中で、私が最も気に入ったのは羽柴秀吉。やはり有名な草履取りのエピソードも、全く違った解釈で騙ってくれる。彼が信長に抱く想いと、それに応えて信長が残すもの。この二人の、どうしようもない気持ちのすれ違いが、実にやるせない。秀吉は血の涙を流しただろう。

 この下り、信長の正体をどう考えるかでだいぶ感触が違うと思う。私の解釈だと、この作品は一種のSFで、そう考えると、なかなかに切なく悲しい物語になる。気持ちはすれ違うどころか、そもそも…

 歴史の中で、時おり暴れまわる、残虐で冷酷で、それでいて虚ろな異形の者の正体に迫りつつ、古今東西の歴史を再構成する、華麗で切ない伝奇小説。

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2015年12月 9日 (水)

アリス・W・フラハティ「書きたがる脳 言語と創造性の科学」ランダムハウス講談社 吉田利子訳

書くことは人間の至高の営みの一つである。  ――はじめに

アマチュア作家はまず自己表現のために書くのに対し、プロになれる作家は自分のアジェンダを隠しあるいは変容させて、人々にとっておもしろいものを書く。  ――第一章 ハイパーグラフィア 書きたいという病

 側頭型認知症のせいで芸術的な活動が始まる人たちは側頭葉の機能が低下しているが、側頭葉てんかんから芸術活動が生まれる人の場合は、一見したところ――発作とは電気的な嵐のようなものだと考えれば――側頭葉の活動が亢進しているように思える。  ――第二章 文学的創造力と衝動

 心理学者のディラン・エヴァンスは、言葉は最初の向精神薬だったと主張する。  ――第六章 なぜ書くのか 辺縁系

(ジュリアン・)ジェインズはギリシャの叙事詩を基本事例として、内なる声は紙が語っているのではなくて自分の中にあると人間が気づいたのはごく最近だと言う。こう考えると、なぜ古代の文学の主人公には、現代人を当惑させるほど、自分が行動しているという意識が欠如しているのかということも説明がつくかもしれない。  ――第七章 暗喩、内なる声、詩神

【どんな本?】

 文章を書くのが、または絵を描くのが好きな人がいる。好きを超えて、止められない人もいる。逆に、なかなか書けない人もいる。いわゆるライターズ・ブロックだ。そして、読まずにいられない活字中毒者もいる。

 なぜッヒトは書きたがるのか。または書けないのか。書くとき、書けないとき、ヒトの脳の中では何が起きているのか。小説家たちは、ライターズ・ブロックをどうやって克服したのか。そして、優れた芸術家に訪れるインスピレーション、詩神の正体は何か。

 神経科医であり、文学を愛し、また自らも産後うつを患いハーパーグラフィア(書かずにはいられない衝動)を経験した著者が、最新の神経医学と古今の小説、そして自らの経験を縦横に交えて語る、書くこと・書けないこと・語ること・読むことに関する、一般向けの科学解説・エッセイ集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Midnight Disease : The Drive to Write, Writer's Block, and the Creative Brain, by Alice W. Flaherty, 2004。日本語版は2006年2月1日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約335頁に加え、茂木健一郎の解説「現代人のためのロマンティック・サイエンス」8頁。9.5ポイント43字×18行×335頁=約259,290字、400字詰め原稿用紙で約649枚。文庫本ならやや厚めの一冊分。

 文章はエッセイ集としてはやや硬く、科学解説書としては柔らかい。面白さを味わうのに必要なのは、科学よりむしろ英文学の素養だろう。と言っても、あまり海外文学を読まない私でも楽しめたので、あまり構えなくてもいい。「ヘミングウェイはマッチョっぽくてスティーヴン・キングは売れっ子」程度に知っていれば充分。

【構成は?】

 各章は比較的おだやかにつながっているが、できれば頭から読んだほうがいいだろう。

 謝辞
はじめに
第一章 ハイパーグラフィア 書きたいという病
第二章 文学的創造力と衝動
第三章 精神状態としてのライターズ・ブロック
第四章 脳の状態としてのライターズ・ブロック
第五章 どうやって書くのか 皮質
第六章 なぜ書くのか 辺縁系
第七章 暗喩、内なる声、詩神
解説 現代人のためのロマンティック・サイエンス 茂木健一郎

【感想は?】

 科学が好きな人に。文学を愛する人に。そして、自分の心に興味がある全ての人に。

 やたらと筆まめな人や、多作な作家がいる。筆まめと言えば聞こえはいいが、この本の中では「ハイパーグラフィア」と一種の病気扱いだ。どうも側頭葉てんかんと関係があるらしいが、詳しい事は最後まであいまいなまま。今でも研究中のテーマなのだ。

 側頭葉てんかんとハイパーグラフィアの関係は、1970年代に神経学者のスティーヴン・ワックスマンとノーマン・ゲシュウィンドが確かめた。その方法が賢い。てんかん患者に手紙を送り、健康状態を尋ねた。結果は鮮やかで、ハイパーグラフィアでない患者の返信は平均語数78語、ハイパーグラフィアは平均5千語。ハッキリと差が出ている。

 文章の大量生産はできるのだが、質が伴うとは限らないのが辛いところ。とはいえ、なかにはドフトエフスキーのように優れた質を伴う人もいるから、世界はわからない。

 こういう人たちは、自分が病気だと思っていない。どころか、「書くことに喜びを感じているから、治療には抵抗する」。スティーヴン・キングもハイパーグラフィアっぽいが、彼の場合は本人に加え世界中のファンが「治療なんてとんでもない!」と猛反対するだろう。

 この病気と治療の関係が、この本ならではの独特の味を生み出している。

 なんといっても、著者の立場が独特だ。神経科医として患者の治療に当たりつつ、自らも産後うつを患い、その際にハイパーグラフィアを経験したからだ。医師・研究者として客観的に症状を眺める視点と、患者として症状を感じた体験、そして豊かな文学の素養が複雑に絡み合い、科学とも文学論ともつかない不思議な味わいを生み出している。

 科学面では、機能的MRI(核磁気共鳴画像法)やPET(陽電子放射断層撮影)を使い、脳の部位が人の性格や創造性にどう関係しているかの話も面白いが、まるでSFな話も出てくる。

 一つはTMSこと経頭蓋的時期刺激法(→Wikipedia)。これは脳の一部の活動を活性化・抑制するシロモノ。使った人の経験談は、「詩神の訪れという感覚を引き出した」「絵を描く能力と数学的能力が増強された」と、まるで賢くなる機械みたいだ。羨ましい。

 もう一つは脳深部刺激療法で、「神経外科手術で電極をうつ病患者の脳に永久的に植え込む」。電極の近くの脳の活動を亢進または低下させ、「ほかの治療法に反応しない重症のうつ病患者に効果をあげている」。細かく設定を変えられるので、ある患者かこんなリクエストを出してきた。

「うちにいるときは、落ち着いていられるので2の設定にします。でもパーティに行くときには設定を4にして元気になるんです」

 まるきしグレッグ・イーガンの「しあわせの理由」じゃないか。あれはこの技術をネタにしたのか、それともイーガンの想像に現実が追いついたのか、どっちなんだろう?

 ちょっとドキッとしたのが、宗教的な啓示を語る最終章。これも詩神と同じ側頭葉てんかんが関係あるらしいんだが、V・S・ラマチャンドランの実験が怖い。側頭葉てんかんで宗教的感情が強い患者に、性的・暴力的・宗教的など様々なイメージのある写真を見せ、感情の変化を調べた。結果…

宗教的な写真や言葉の場合に大きく変化したが、そのほかはふつうの人なら大きく反応する性的暴力的なイメージにさえあまり変化しなかった。

 宗教に入れ込み、暴力に鈍感になる。これって、オウム真理教やシリアの山賊そのものだ。我々がカルトを恐れるのは、本能的にこういう事を知っているからかも。

 書くことに加え、書けないこと、すなわちライターズ・ブロックについても多くの章を割いている。古今の作家が語るライターズ・ブロックの苦しみ、様々な脱出法、そして考えられる原因。ここでも医師が薬物を処方するあたりが、いかにも即物的なアメリカだけど、もっと穏やかな方法も幾つか紹介している。

 一つは規則正しい生活をし、時間を決めて文章の質は問わずとにかく書け、というもの。一時期のロバート・シルヴァーバーグみたく、多作な作家はこういう人が多いのかも。日照が足りなくてうつな気分になってるなら、日に当たるのがいい。逆に夜型の人は、無理せず夜に書くといいとか。

 日頃から駄文を量産している私だが、ハイパーグラフィアではない。書かなくても苦しくないし。でも活字中毒ではある。これもちゃんと名前がついていて、ハイパーレキシアと呼ぶそうだ。「読むものがないとシリアルの箱のラベルから魚を包んだ新聞紙まで何でも読まずにはいられないのだ」って、モロに私だ。

 なんていう、書くこと・読むことに苦しむ人の話も面白いが、加えて古今の作家の言葉を引用しているのも楽しい。やっぱりバーナード・ショーは皮肉が効いてるなあ。

ウイリアム・S・バロウズ 「ヘロイン嗜癖の経験がなければ『裸のランチ』は書けなかっただろうが、同時にヘロイン使用をやめなければ書けなかったはずだ」

ジョージ・バーナード・ショー 「わたしが文学を仕事にした最大の理由は、作家は顧客の目に触れることがなく、立派な服装をする必要がないからである」

E・M・フォスター 「言葉にしなければ、自分が何を考えているかわからないではないか?」

 著者も産後うつを患い、患者の視点からうつを描く部分も興味深い。別に病気でなくとも、深い悲しみを味わった人なら、著者の気持ちに共感できるだろう。薬で明るい気分にされても、なんか納得できないのだ。

 科学が好きなら、現代の神経医学の成果を楽しめる。文学が好きなら、書くこと・読むことの意義を再確認できる。書かずにはいられない人や読まずにいられない人は、共感できる部分がアチコチにある。そして書けずに悩んでいる人には、幾つもの対策を紹介してくれる。

 分量は手軽だが、興味深いエピソードが沢山あって、思ったより濃い本だった。ただし、深い信仰を持つ人は不愉快な気持ちになるかもしれない。

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2015年12月 7日 (月)

ビル・ブライソン「人類が知っていることすべての短い歴史 上・下」新潮文庫 楡井浩一訳

地球上で生きていくのは、意外に難事業だ。黎明期から今までに存在した天文学的な数の生物種のうち、ほぼ全部――99.99%――がすでに姿を消している。
  ――序章

体内では、最低でも20万種類の蛋白質がせっせと働いているのに、現時点でわたしたちが理解しているのは、そのうち約2%の働きだけだ。
  ――24 細胞

アラン・ソーン「19世紀に人類学者が初めてパプアニューギニアを調査した際、内陸部の険しい山岳地帯で、薩摩芋を栽培する民族が発見されました。薩摩芋は南アメリカ原産です。どうやってそれがパプアニューギニアに伝わったのか?」
  ――29 落ち着かない類人猿

【どんな本?】

 宇宙はいつ、どうやって生まれたのか? 様々な元素は、なぜできたのか? 恐竜は、なぜ絶滅したのか? 原初の生命は、どんなものだったのか? 人類はいつ誕生し、そのように地球上に広がっていったのか? そして、科学者たちは、それをどうやって調べ、どのような謎が残っているのか?

 天文学・物理学・光学・化学・地質学・古生物学・気象学・海洋学など広い範囲で科学と科学史を漁り、その中で面白そうな所を拾い上げると共に、世界中の研究者を尋ね、現代科学の最先端のトピックを紹介し、また今まさに科学者たちを悩ませている謎を紹介する、一般向けの科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は A Short History of Nearly Everything, by Bill Bryson, 2003。日本語版は2006年3月にNHK出版より単行本で出版。私が読んだのは新潮文庫の文庫版の上下巻で、2014年11月1日発行。文庫本の上下巻で縦一段組み、本文約435頁+435頁=約870頁に加え、訳者あとがき4頁+成毛眞の解説8頁。9ポイント38字×16行×(435頁+435頁)=約528,960字、400字詰め原稿用紙で約1323枚。上中下の三巻にしてもいいぐらいの大容量。

 翻訳物の科学解説書だが、文章は拍子抜けするほどこなれていて読みやすい。内容も不思議なくらいわかりやすい。数式が2~3ヶ所に出てくるが、読み飛ばして構わない。ちゃんと日本語で式の意味を説明している。高校生はもちろん、中学生でも読みこなせるだろう。

【構成は?】

 ただの科学解説書としてみると、各章の内容はほぼ独立しているので、妙味がある所だけを拾い読みしてもいい。が、本の構成として、全体が一つの物語になる形になっているので、頭から順に読む方が楽しく読める。

  •  上巻
  • 序章
  • 第Ⅰ部 宇宙の道しるべ
    • 1 宇宙の創りかた
      すべては無から/宇宙の果てには何がある
    • 2 ようこそ太陽系へ
      太陽系の端を見に行く/地球外生命体が存在する確率
    • 3 エヴァンス師の宇宙
      巨星の死を待つ牧師/近くで星が爆発したら
  • 第Ⅱ部 地球の大きさ
    • 4 物の測定
      ニュートンとハレーの歴史的問答/いかにして地球のサイズを測ったか
    • 5 石を割る者たち
      紳士を興奮させた地質学/地球年表作成への飽くなき挑戦
    • 6 科学界の熾烈な争い
      初の恐竜発見を見過ごしたアメリカ/無慈悲なイギリスの考古学者/恐竜発掘を加速させた世紀のいがみあい
    • 7 基本的な物質
      化学が近代化に遅れたわけ/秩序をもたらした元素の周期表
  • 第Ⅲ部 新たな時代の夜明け
    • 8 アインシュタインの宇宙
      「宇宙を満たすエーテル」への執着/時間は絶えず変化する/遠ざかる銀河に着目したハップル
    • 9 たくましき原子
      あらゆるものは原子でできている/消えては現れる奇妙な電子
    • 10 鉛を取り出す
      欲と嘘と化学の悪用/地球の年齢測定の鍵は宇宙から
    • 11 マーク王にクォーク三つ
      素粒子物理学者を悩ませる基本原理の山/宇宙は何からできているのか
    • 12 大地は動く
      大陸間にかけられた幻の橋/プレートテクトニクスでも解けない数々の謎
  • 第Ⅳ部 危険な惑星
    • 13 激突!
      地球の軌道をしきりに横切る小惑星/シューメーカー・レヴィ彗星衝突の衝撃
    • 14 足もとの炎
      地震は予測できるのか/地球が内部に抱える高熱の液体
    • 15 危険な美しさ
      気まぐれな超火山/足元に控えるマグマ
  •  下巻
  • 第Ⅳ部 危険な惑星
    • 13 激突!
      地球の軌道をしきりに横切る小惑星/シューメーカー・レヴィ彗星衝突の衝撃
    • 14 足もとの炎
      地震は予測できるのか/地球が内部に抱える高熱の液体
    • 15 危険な美しさ
      気まぐれな超火山/足元に控えるマグマ
  • 第Ⅴ部 生命の誕生
    • 16 寂しい惑星
      水圧の極限に挑む/生き物にとって幸運なこと
    • 17 対流圏へ
      空の上の出来事/海水と気候はリンクしている
    • 18 波踊る大海原
      深海ダイビングの成果/魚を捕りつくす可能性
    • 19 生命の誕生
      蛋白質誕生の奇跡/貪欲なミトコンドリア
    • 20 小さな世界
      細菌の貢献/微生物が抗生物質に勝利する日
    • 21 生命は続いていく
      化石になって残りたいなら/進化する体のデザイン
    • 22 すべてに別れを告げて
      陸に上がって天下を取る/絶滅はくり返す
    • 23 存在の豊かさ
      一つの苔にたくさんの名前/終わりなき分類
    • 24 細胞
      生まれ変わる細胞/化学反応が生物を作る
    • 25 ダーウィン独自の概念
      『種の起源』の重要な欠点/紙と猿のはざまで
    • 26 生命の実体
      世界一非凡な分子/DNAの主人は誰なのか
  • 第Ⅵ部 わたしたちまでの道のり
    • 27 氷河時代
      地球が凍り始めるきっかけ/地球温暖化は氷河期を止められるか
    • 28 謎の二足動物
      “失われた環”の正体/なぜ木から下りたのか
    • 29 落ち着かない類人猿
      新天地を求めて移動する/ケニアに残る謎の石斧工場
    • 30 結び
  • 訳者あとがき/解説/参考文献/原注

【感想は?】

 科学の美味しいトコ取りな、我侭で楽しい一般向け科学解説書。

 というと、科学に興味がある人向けの感があるが、実はオカルト・マニアにも嬉しいネタ満載の本だったりする。携帯電話だの遺伝子解析だのと科学万能な雰囲気の現代だが、意外なぐらい「わかっていない」「今の理屈じゃ説明がつかない」事ばっかりなのだ。

 まずは科学好き向けの話。

 これは大きく分けて二種類ある。科学の歴史を辿りながら、今わかっている基本的な事柄を、物語風に紹介する話が一つ。それなりに一般向けの科学解説書を読んでいる人なら、マイケルソン・モーリーの実験(→Wikipedia)など、他の本で何度か読んだ事がある有名なエピソードが多い。

 もう一つが、最近の科学の成果を紹介する所。科学が好きな人なら、ワクワクする話が一杯だ。何が楽しいって、最近の科学の爆発的な進歩を体感できるからだ。例えば…

ボイジャーの惑星探査以前には、海王星にはふたつの衛星があると考えられていたが、ボイジャーがさらに六個を発見した。わたしが子どものころは、太陽系の衛星数は30だとされていたが。それが今では、全部で少なくとも90の衛星があり、そのおよそ1/3がここ十年以内に見つかったものだ。

 この一文だけで、我々が考える太陽系の姿が、凄い勢いで変わっているのが伝わってくる。世界観そのものが、大きく変わっている時代なのだ。ほんと、ワクワクするじゃないか。

 物語は宇宙探索で始まり、次に地球の大きさと年齢の話へと続く。主に舞台は西欧を中心に繰り広げられるのだが、出てくる人物の多くが変なヒトなのも楽しい。

 例えば17世紀のドイツ人、ヘニッヒ・ブラント(→Wikipedia)。人間の尿を蒸留すれば金ができると思い込み、バケツ50杯の尿を集める。んなもん、よく集めたなあ。色々と加工して半透明の蝋質にしたら、奇妙な事がおきた。光りだすばかりか、勝手に燃え出す。燐だ。これを商業化しようと考えた実業家がいるってんだから、なんともはや。

 問題の地球の年齢なんだが、19世紀には数千万年とされていた。それより古いと、計算じゃ地球は凍り付いているはずだからだ。大陸移動説の萌芽もあったが、数千万年では時間が足りない。これを変えたのが、キュリー夫妻の発見。すなわち放射能だ。ラザフォードが、これにエネルギーがある、つまり熱を出す由を見つける。

 この発見が、地球の年齢を大きく変えてゆく。凍りつかないための熱源が見つかったために、大陸移動説に必要な時間がひねり出せるようになった。今まで意味不明だった山頂にある貝殻も、これで説明がつく。放射能なんぞという物理学の発見が、地学や生物学にまで大きな変化をもたらしていく様子は、実にダイナミックだ。

 やがて放射性炭素年代測定法(→Wikipedia)などを介し、クレア・パターソン(→Wikipedia)の功績で地球の年齢は45億5千万年ぐらい、と決まる。ところが、これを語る10章の終わり方が、この著者の巧みなところ。

クレア・パターソンの研究のおかげで、1953年、ついに地球は誰もが同意できる年齢を得た。いまや唯一の問題は、地球が、生みの親の宇宙よりも高齢になってしまったことだけだった。

 わはは。かくして科学者たちは、宇宙の年齢も見直さねばならない羽目になる。問題が一つ解決する度に、新しい問題が次々と生まれていく。こういう所は、科学も技術も同じようなもんだなあw

 後半で、物語は生物学の領域に入って行く。ここでも様々な驚きが待っているが、私が最も面白かったのは、「人類がいかに生物の世界について知らないか」を語る部分だ。

 例えばスティーヴン・ジェウ・グールドの著作「ワンダフル・ライフ」で有名なバージェス頁岩だが、あれが化石になったのは奇跡的な偶然の賜物。「化石化する骨は、だいたい十億本に一本」で、しかもその大半は発見できない。まして骨のない生き物は何も残らない。我々は古代生物について、ごく一部しか知らないのだ。

 とすると、恐竜の時代も実際はどうなのか。ナメクジ軍団が地表を覆いつくし、巨大ミミズが地中を掘り進んでいたかもしれない。巨大な生き物なら何か痕跡が残っているかもしれないが、細菌類に至ってはどうしようもない。なんたって、現在生きている生物にしても…

「エコノミスト」誌のレポートによると、世界じゅうの動植物種の97%がいまだに発見を待っているという。

 なんて有様で、つまりは生物、それも動植物に限っても、ヒトが知っているのはたった3%に過ぎないわけ。なんとまあ、ヒトは世界について何も知らないことか。そんなわけで、オカルト・マニアがツケいるスキが、現代科学には幾らでもあるのだ。これは終盤、人類史に入ると更に楽しい事になる。

 例えば冒頭の引用、アラン・ソーンの言葉だ。なぜ隔絶されているはずのパプア・ニューギニアに、南米原産の薩摩芋があるのか。他にも謎の石斧工場や、正体不明の6万二千年前のオーストラリアのマンゴ人など、人類史には妄想を膨らませる余地がううじゃうじゃあるらしい。

 物語形式で楽しく読み進められる、一般向けの科学解説書。科学の歩みと、その基本的な理屈が分かるばかりでなく、「いかに我々は世界をわかっていないか」も実感できる、読者の世界観を揺さぶる本だ。

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2015年12月 2日 (水)

ロバート・ブートナー「孤児たちの軍隊5 星間大戦終結」ハヤカワ文庫SF 月岡小穂訳

虚勢を好むのは戦争を経験していない者だけだ。

「人々のために自由を作り出すことが、間違いであるはずがない。たとえ、その自由から間違いを作り出す者がいたとしてもだ」

戦争は、いつ、どこで起こっても、必ず大勢の孤児を生みだす。

フェアな戦いは、優秀な指揮官がちばんしかけたがらないものだ。

【どんな本?】

 元合衆国陸軍情報士官の著者による、ミリタリ・スペースオペラ・シリーズの最終巻。

 突然の異星人の攻撃で絶滅の危機に瀕した人類は、敵の本拠地がガニメデにある事を突き止め、一万人の兵をガニメデに送る。辛くも任務は成功したものの、生き残ったのは七百人。その一人ジェイソン・ワンダーは兵卒から少将に昇格し、生存者を率いて地球へと帰還した。

 その後も異星人との戦いは続く。敵の技術を用いて人類は恒星間へ進出し、異星人が連行した人類の末裔が住む多くの惑星を発見する。ジェイソンも宇宙へ飛び出し、幾つかの惑星で戦いに身をおいた。

 圧倒的な兵力を擁し自殺的な戦闘を仕掛ける異星人の個体は、人体で言う白血球のような存在で、自らの意思を持たないらしい。氷河期の惑星バイクセルで、指揮能力を持つらしい異星人の個体を見つけたジェイソンらは、それを捕らえるためにバイクセルに赴くが…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Orphan's Triumph, by Robert Buettner, 2009。日本語版は2015年10月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約468頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント41字×18行×468頁=約345,384字、400字詰め原稿用紙で約864枚。文庫本としてはやや厚め。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。あまり真面目にサイエンスする作品じゃないので、気楽に読もう。とまれ、続き物で、背景事情や登場人物は今までのシリーズを引きついでいるので、できれば最初の「ガニメデへの飛翔」から読むほうがいいだろう。

【どんな話?】

 ナメクジどもは、多くの惑星に人類を移住させていた。その一つ、氷河期の惑星バイクセルに再びナメクジどもの軍勢が現れる。情報部のハワード・ヒブル大佐は、ここに敵の補助脳である<神経節(ガングリオン)>が居るという。急襲してこれを捕らえれば、ナメクジどもの母星を見つけ、敵を殲滅できるかもしれない。

 急遽、即応旅団を伴い、ジェイソンとヒブルはバイクセルに急襲をかけるが…

【感想は?】

 堂々のフィナーレ。

 今までも歴史上の有名な戦闘をなぞってきたこのシリーズ、今回の最も印象的な戦闘では、テルモピュライの戦い(→Wikipedia)を再現する。映画「300」で有名な戦いだ。

 歴史上では、300人のスパルタ軍が20万人のペルシア軍を押し留めたことになっている。なぜそんな事ができたかというと、狭い場所で戦ったから。この作品では、二百人の素人兵で錬度の高い八千の兵を相手に戦う。さすがに槍と剣ではなく銃の撃ち合いだが、地の利次第で趨勢が大きく変わるのは昔と同じ。

 テルモピュライでは矢でケリがついたようだが、ここでも怖いのは似たような飛び道具。銃の弾丸は真っすぐにしか飛ばないが、歩兵には頼りになる味方がいるのだ。精度にはちと問題があるが、けっこう単純な構造で造るのに高い技術力が要らず、手軽に持ち運べる頼れる奴が。おかげでテロにも使われたりするけど。

 前巻から派手な活躍を見せた航空機スコーピオンを駆る航宙戦もあるが、やはりこの人は陸上での銃撃戦を描くのが巧い。吹雪の惑星バイクセルで、ジェイソンとハワード先生にナメクジどもが追いすがる場面は、映画にしたらきっとウケるだろう。にしても、なんちゅう前進方法だw

 バイクセルと共に、今回の重要な舞台となるのが、惑星トレッセル。科学技術は第一次世界大戦ぐらいだが、先の戦い以来、抑圧的な体制が続いている。この社会を嫌う地球は外交関係を維持しつつも、技術的・経済的な協力は拒むが、最終決戦を前に重要な問題が持ち上がり…

 トレッセルの雰囲気はナチスだが、似たような問題は21世紀の今も残ってるんだよなあ。サウジアラビアを始め湾岸諸国は今も抑圧的な王制なんだけど、油田の上にデーンと構えてるんで大げさには騒げない。そんな所に介入しようとする地球なんだが、その手口はやっぱり今と同じだったり。

 こういう方法がどの程度に有効化というと、それは今のシリアが実証してるんだよなあ。

 やはりシリーズ通して印象的な武器が登場するこの作品、今回は自動拳銃コルト・ガバメントことM-1911(→Wikipedia)。制式採用が1911年というから、相当な骨董品だが、45口径の強力なストッピング・パワーに加え、圧倒的に普及したため部品や弾薬が調達しやすいためか、今でも広く使われているロングセラー。

 いくら強力とはいえ所詮は拳銃、小銃に比べれば威力も射程距離も劣るが、ちゃんと活躍の場を用意してあるあたりが憎い。

 幕開けから多くの仲間を失ったジェイソン君、この巻でも切ない別れが迫っている。前巻では「そこまでやるか」と思ったが、ここでも運命は冷酷だ。せめてもの救いは、その別れの悲しみを多くの人と分かちあえる事ぐらいか。ここでは、敵味方を問わず尊敬を集めていた様子がわかる。

 短い章を積み重ね、テンポよく読み勧められる構成。随所に散りばめられた、皮肉で気の利いた会話。何より、難しい事を考えず気楽に楽しめるストーリー。全体で5巻という長さも、ミリタリ物のシリーズとしてはとっつきやすいだろう。あまりSFに慣れていない人でも楽しめる、娯楽SF小説だ。

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